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思索の森と空の群青

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2008年 11月 27日

ひとりで読む本 みんなで読む本

くもり のち 雨


昨日のゴミ収集は「ペットボトル」で、今朝は「ビンとスプレー缶」であった。

このような、ゴミのなかではマイナーな(と言うとペットボトルとビンとスプレー缶に失礼だが)ものは、なかなか出すことができない。その理由は、ゴミが出にくいから捨てなくても邪魔にならないから、というよりも、そうであるがゆえに面倒くさがってゴミ出ししないから、である。これは意志の問題である、ということなのである。

しかし、最近思うのは、「ゴミを捨てる」というのは、物質的な衛生のうえでも望ましいことであると同時に、精神的な衛生のうえでも望ましいということである。捨てるとすっきりする。だから、最近どんな小さな・少ないゴミでも、捨てるべきときにきちんと捨てるようにしている。

文章の乱れは思考の乱れ

とたしか国際政治学のS木先生がおっしゃっていたが(そして論文を書くようになったわたしは「たしかに」と思うわけだが)、

部屋の乱れは心の乱れ

ということもあるのかもしれない。

と思いながら大学に来る。

10時30分から読書会。読んでみたら「みんなで読むことなくない?」という内容であった。

読書会を活用するなどして「みんなで読んだほうがよい本」と、逆に「ひとりで読めばよい本」があるように思われる。

その違いをうまく言語化することはできないのだが、感覚としてはわかる。

そのように分けた場合、秋休み中にもかかわらず(そもそも秋休みは院生には関係ないが)開催された授業で読んでいる本は明らかに「ひとりで読めばよい本」で、さらにひどいことを言ってしまうと「読まなくてもよい本」である(なぜならば「あれ」は、著者たちの好悪というか信条を述べているだけで、論を展開しているわけではないからだ)。

そうした本を使って、そして3時間ぐらい使ってみんなで議論することに意味を見出すことはできない。あえて見出そうとすれば、そこには「無意味」という意味しかないであろう。

だから今日も、わたしは別の本を読んだ。

「それなら授業出るの止めればいいじゃん」とも思うわけだが、そこまでの勇気がわたしにはない。

授業中にテキストとは別の本を読むほうが勇気要るよ、という意見も一方ではあるけれど。


@研究室

by no828 | 2008-11-27 16:36 | 日日


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