2009年 02月 13日
人文・社会科学とは何か。 昨年暮れ、わたしのアカデミック・アイデンティティとは何かと悩んだ。人文・社会科学が客観性を装ったイデオロギー闘争の場以外の何物でもないように思われた。それは学問ではないように思われた。 いまは、こう考えるようになった。人文・社会科学(者)はイデオロギー闘争と言われようとも最後に命がけの跳躍をしなければならないのだ、と。 現実を分析し、「現状はこうなっている」という記述・説明だけでよいか。よいと言う人もいるであろうが、わたしはよくないと思う。「現状はこうなっている。だからこうすべきだ、こうしたほうがよい」、そこまで言う必要があると思う。しかし、「こうなっている」という現状分析から、「こうすべきだ」という規範的判断の<あいだ>には、論理的には何らつながりがない。しかし、だから「こうすべきだ」について黙するべきだとは思わない。そこは言うべきだ。だが、それを言うためには論理を跳躍しなければならない。論理に支えられないぶん、その跳躍は全身全霊を賭けた命がけのものにならざるをえない。しかしその<あいだ>の跳躍は、人文・社会科学者には必要なものなのだ、すくなくともわたしという人文・社会科学者には。 わたしは悩んだ結果、そう思うようになった。だからこそ、以下の耳塚の言葉がものすごく響いた。胸が熱くなった。 「〔……〕 本書の実証性に疑問を挟む研究者がいるかもしれない。大胆な分析と解釈を含むからである。きわどいいい方をすれば、厳密な分析が意義深い知見を生むとは限らない。どのような「事実」を発見しようとし、それをどんな「文脈」にのせて議論するか。この社会を生きる者として持っているはずの切迫した課題意識と規範的判断がなければ社会科学者は使命を果たすことができない。私は、その重要性を表現したものとして本書を読む。 新自由主義の大合唱時代は去った感があるものの、不平等の拡大を伴う更なる変化の予感を私たちはひしひしと感じている。そのとき、教育にいっそうの資源を割り当てるべきだとわかってはいても、実際には、教育への社会的投資は縮小を余儀なくされるだろう。著者は、「教育という基本財の再分配をどのように行うことで、『よりましな不平等な社会』を築き上げていくことができるのか」と問う。悲しいけれども、前進するために必要な現実的問いにほかならない」(強調引用者)。 出典:耳塚寛明「書評・苅谷剛彦『学力と階層―教育の綻びをどう修正するか』」、『朝日新聞』2009年2月8日付朝刊/ウェブ版。 「不平等が拡大している」という現状があるが、そこから論理的に「だから不平等をなくせ」とは言えない。そこは跳躍する以外にない。跳躍には覚悟が必要だ。その覚悟を形作っているのは、問題意識――耳塚の言葉では「課題意識」――である。だからわたしは問題意識が大切なのだと思う。そしてその問題意識を理論的に支えてくれるのは、哲学であると思う。その哲学なしに問題意識だけで跳躍してしまうと、「え、何でそうなるの?」ということになりかねない。問題意識はある、過剰なほどにある、ではそれを冷ましてくれる理論は何か、内なる情動を他者へと通じる言葉にしてくれる理論は何か――哲学を学ぶ理由のひとつはきっとそこにある。 耳塚と合わせてこれも読みたい。 ・ 文部科学省 科学技術・学術審議会 学術分科会『人文学及び社会科学の振興について(報告)-「対話」と「実証」を通じた文明基盤形成への道』 「おお、よいことも言っているではないか」というのが率直な――偉そうな――感想。すべてを熟読していないが、人文学・社会科学のありかたについては耳塚の言葉と響きあうところがある。 @研究室
by no828
| 2009-02-13 14:48
| 思索の森の言の葉は
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自省のために。他者の言葉に出会うから自分の言葉を生み出せる。他者の言葉に浸かりすぎて自分の言葉が絞り出せなくなることもある。自分の言葉と向き合うからその言葉は磨かれる。よろしくお願いします。 by no828 カレンダー
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