思索の森と空の群青

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2009年 10月 16日

損した。青春しとけばよかった——恩田陸『夜のピクニック』

 夕方、書籍部に行って雑誌『BRUTUS』を買った。特集は「美しい言葉」。言葉とか本が特集のときは買ってしまうのだ。
 
 で、目下食後。


c0131823_156390.jpg54(187)恩田陸『夜のピクニック』新潮文庫、新潮社、2006年。

版元 → 


 ある高校の全校生が夜を徹して80km歩きとおすという「歩行祭」、それに臨む高校3年生のお話。だから会話は、基本的に全部この80kmを歩きながらのもの。

「『しまった?』
 『うん。「しまった、タイミング外した」だよ。なんでこの本をもっと昔、小学校の時に読んでおかなかったんだろうって、ものすごく後悔した。せめて中学生でもいい。十代の入口で読んでおくべきだった。そうすればきっと、この本は絶対に大事な本になって、今の自分を作るための何かになってたはずだったんだ。そう考えたら悔しくてたまらなかった。〔……〕』
 『へえー』
 融は意外に思った。忍は過去のことにこだわらないタイプだと信じていたからだ。
 『だからさ、タイミングなんだよ』
 忍はボソボソと話し続けた。
 『おまえが早いところ立派な大人になって、一日も早くお袋さんに楽させたい、一人立ちしたいっていうのはよーく分かるよ。あえて雑音をシャットアウトして、さっさと階段を上りきりたい気持ちは痛いほどよく分かるけどさ。もちろん、おまえのそういうところ、俺は尊敬してる。だけどさ、雑音だって、おまえを作ってるんだよ。雑音はうるさいけど、やっぱ聞いておかなきゃなんない時だってあるんだよ。おまえにはノイズにしか聞こえないだろうけど、このノイズが聞こえるのって、今だけだから、あとからテープを巻き戻して聞こうと思った時にはもう聞こえない。おまえ、いつか絶対、あの時聞いておけばよかったって後悔する日が来ると思う』
 〔……〕
 『その雑音っていうのは、女か?女とつきあえってこと?』
 『うーん。分からない。その一つかもしれないけど、全部じゃない』
 『俺はどうすればいいんだ?』
 『どうしろとは言わないけど、もっとぐちゃぐちゃしてほしいんだよな』
 〔……〕
 『世の中、タイミングなんだよな。順番といってもいいけど』
 忍が溜息混じりに呟いて、融の顔を見た。
 『順番が違ってれば何とかなったのにってこと、ないか?』
 『あるような気がする』」
(188-190頁)。


「だが、正しいのは彼らだった。脇目もふらず、誰よりも速く走って大人になるつもりだった自分が、一番のガキだったことを思い知らされたのだ。
 そして、彼らは融よりもずっと寛大だった。一人で強がっていたのに、彼らは融のことを愛してくれていた。いつも離れずそばについていてくれたのだ。
 融は自分が情けなく、恥かしくてたまらなくなった。
 『——もっと、ちゃんと高校生やっとくんだったな』
 融は思わず呟いていた。
 『え?何?』
 貴子が振り向く。
 『損した。青春しとけばよかった』
 『何、それ』
 『愚痴』
 貴子は、本気で後悔している表情の融の表情を見て、沈んでいた心のどこかが動くのを感じた。
 忍の声が、唐突に脳裏に蘇る。
 なんて言うんでしょう、青春の揺らぎというか、煌めきというか、若さの影、とでも言いましょうか。
 忍の冗談めかした声と、つまらなそうな顔の融とが重なりあった。
 ひょっとして。
 貴子は融の顔をじっと見つめた。やけに無防備な、子供のような不満顔を。
 今ごろになって感じてるわけ?そういうものを?今更、この男が?
 貴子は、あきれて笑い出したくなった。
 この男は、落ち着いていて偉そうに見えるが、実は、とんでもなく不器用で生真面目なのだ。
 『ちゃんと青春してた高校生なんて、どのくらいいるのかなあ』」
(428-429頁)。

 わたしも、高校生の頃を振り返って、もっと青春しとばよかったなあと思う。勉強と部活で終わった気がする。もちろんそれも青春だとは思うし、たのしいこともたくさんあった。けれど、もっといろいろあってもよかったなあと思う。男子校だったから、恋、なんてこともなかったし、女子がいるからがんばれる、ということもなかった。そういう意味では、「なぜ高校に行くのか」はわかっていたけれど、「何のために高校に行くのか」はよくわかっていなかったのかもしれない。「何のために」は「大学進学のために」だと思っていたけれど、それは「なぜ」のほうだったのかもしれない。

—————

「『言わないでよ』
 『もちろん、誰にも言わない』
 『あたしも、打ち明ける気なんてないし』
 『どうして』
 千秋は小さく首を振った
 『いいの。そう思ってるだけで。告白したからってどうにかなるとは思ってないし、別にどうにかなりたいわけでもないし。これから受験で卒業するだけでしょ。今、そう思える相手がいるだけでいいんだよ』
 千秋はゆっくりと低くそう呟いた。
 今度は貴子が絶句する。
 千秋の言いたいことはよく分かった。
 好きという感情には、答がない。何が解決策なのか、誰も教えてくれないし、自分でもなかなか見つけられない。自分の中で後生大事に抱えてうろうろするしかないのだ。
 好きという気持ちには、どうやって区切りをつければいいのだろう。どんな状態になれば成功したと言えるのか。どうすれば満足できるのか。告白したって、デートしたって、妊娠したって、どれも正解には思えない。だとすれば、下手に行動を起こして後悔するより、自分の中だけで大事に持っている方がよっぽどいい」
(271-272頁)。 

 なるほどなあ。


@研究室
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by no828 | 2009-10-16 18:53 | 人+本=体 | Comments(0)


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