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思索の森と空の群青

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2009年 10月 19日

このまま暮していって、それで何うなるんだと思うのが、一番たまらないんだな——安部公房『砂の女』

 手書きで論文をまとめたり、研究の構想を練ったり。やっぱり手書きのほうがよいかもしれない。

 56 (189) 安部公房『砂の女』新潮文庫、新潮社、1981年。

 掴み取れるものはあったけれど、場面設定——この砂の家が一体いかなる状況にあるのか——がよくわからない。実際に存在するものとして想定すればよいのか、あるいは喩えなのか。

 いずれにしても、「現実」がテーマのような気がした。

「『しかし、これじゃまるで、砂掻きするためにだけ生きているようなものじゃないか!』
 『だって、夜逃げするわけにもいきませんしねえ……』
 男はますますうろたえる。そんな生活の内側にまでかかわり合いになるつもりはなかったのだ。
 『出来るさ!……簡単じゃないか……しようと思えば、いくらだって出来るよ!』
 『そうはいきませんよ……』女はスコップをつかう動作に呼吸を合わせて、さりげなく、『部落がなんとか、やっていけるのも、私らがこうして、せっせと砂掻きに、せいをだしているおかげなんですからね……これで、私らが、ほうりだしてしまったら、十日もたたずに、すっかり埋まっちまって……次は、ほら、同じように裏手のならびに、お鉢がまわっていくんです……』
 『これはどうも、恐れいった美談だね……それで、あのモッコの連中も、あんなに熱心だったというわけか。』
 『そりゃ、役場から、日当はもらってはいますけど……』
 『そんな金があるくらいなら、なぜもっとちゃんとした防砂林をつくらないんだ?』
 『計算してみたら、やはりこのやり方のほうが、ずっと安上がりらしいんですね……』
 『やり方?やり方だって!』ふいに腹立ちがこみ上げてくる。女をしばりつけているものにも、腹が立ったし、しばられている女にも腹が立ったのだ。『そんなにまでして、どうしてこんな部落にしがみついていなけりゃならないのさ?さっぱりわけが分らんね……砂ってやつは、そんなに生易しいものじゃないんだ!こんなことで、砂にさからえると思ったら、大間違いさ。下らん!……こんな下らんことは、もうやめだ、やめだ……まったく、同情の余地もありゃしない!』」
(46-47頁)。

—————

「『沸いたら、体を拭きましょうか?』
 ふと、夜明けの色の悲しみが、こみ上げてくる……互いに傷口を舐め合うのもいいだろう。しかし、永久になおらない傷を、永久に舐めあっていたら、しまいに舌が磨滅してしまいはしないだろうか?
 『納得がいかなかったんだ……まあいずれ、人生なんて、納得ずくで行くものじゃないだろうが……しかし、あの生活や、この生活があって、向うの方が、ちょっぴりましに見えたりする……このまま暮していって、それで何うなるんだと思うのが、一番たまらないんだな……どの生活だろうと、そんなこと、分りっこないに決まっているんだけどね……まあ、すこしでも、気をまぎらわせてくれるものの多い方が、なんとなく、いいような気がしてしまうんだ……』
 『洗いましょう……』
 はげますように女が言った。しめった、しびれるような声だった」
(231頁)。

 内部に閉じこもっていたとして、外部に脱出したとして、あるいは外部だと思っていたものが何がしかの内部であったとして、しかし人間にとってはそこが現実になるのであり、人間には必ず現実が付随するのである。


@研究室

by no828 | 2009-10-19 19:15 | 人+本=体


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