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思索の森と空の群青

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2009年 11月 07日

一つの主題を生涯保ちつづける精神体質をもっていた——司馬遼太郎『箱根の坂(下)』

 研究棟工事中。この建物は年がら年中工事をしているかのような印象を持つ。部分的に工事していないで、建物自体を新しくしたほうがよいと思うのだが。

 82 (215) 司馬遼太郎『箱根の坂(下)』講談社文庫、講談社、1987年。

 最終巻。以下、これまで引用してきたところと重なるものがあり、それはわたしの関心を示すものであるが、それ以上に早雲の政治思想を表すものであり、あるいは司馬遼太郎の政治観を示唆するものであるかもしれない。

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 早雲の人となり。

「早雲は、怨みについての執念ぶかさはない。
 ただ、執拗さはある。というより、一つの主題を生涯保〔も〕ちつづける精神体質をもっていた。
 かれは若いころをとりとめもなくすごした。
 伊勢氏という華麗な姓をもちながら、身分はないにひとしく、相続すべき田畑もなく、ただ鞍をつくるという職仕事をしつつ、世の中に対し、つよく憂憤の感情をもっていた。
 日本国に政治はない、ということだった。
 かれがその屋敷の片隅に置かせてもらっていた将軍家の執事である伊勢家というのは、ある意味では日本じゅうの政治情報があつまる稀有な家といってよかった。しかしその情報というのは、すべて家督相続と所領の相続をめぐる内紛についてのことで、家督を嗣いだ者もまた、国人・地侍をふくめた農民に対しどういう政治をしたかという話など、ついぞきいたことがない。
『みな、まちがっている』
 若いころ、これはと思う者をみつけては語ったが、正義を語る者には力というものがなく、みなむなしかった。あのころの気炎というものは液体でもなく、気体ですらなく、立ちのぼって空で雲になるわけでもなく、雨となって降りもどってくるわけでもなかった。
 その主題を、興国寺領で実現させてみた。しかしわずか十二郷の範囲では、箱庭をつくっているようで、手ごたえといえるほどの実感はなかった」
(116-117頁。傍点は省略、〔〕内および強調は引用者、以下同様)。

「精神体質」とは一体何だ、矛盾する概念がくっついているぞと思うが、「執拗さ」あるいは「一つの主題を生涯保ちつづける」という早雲の気質は見習いたい。また、早雲の若い頃の状況に自分を重ねてみたりして、「まだだ。時機はきっと来る」と大器晩成を誓ったりもする。

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 室町の「公」=「私」。

「足利の武家貴族というのは、ほとんどが家修まらず、一門族葉はたがいに反目嫉視し、事あれば相闘った。
 いったい、どういうわけなのだろう。
 現在の駿府の今川氏親の場合は、幸い、一家一族が平穏であった。その平穏も、かつて血を見るまでに相続を争ったあとの一時的なもので、将来、氏親の子が成長すればどうなるかわからない。要するに、慢性的に騒動の因子をかかえているといっていい。
 ひとつには慣習法として相続法が確立していないということもあったが、いまひとつには、権力が後世でいうところの『公』的なものになっていなかったことにもよるだろう。
 この時代にも、すでにふれたように公という言葉は存在した。意味するところは単純で、将軍、守護のことであり、百姓のためという要素はまったく入っていなかった。権門の座はあくまでも私欲の対象であり、その座が治国平天下のためにあるなどという後世(江戸期)の思想はかけらもなかった。

 のちの戦国期は、私権の世であり、割拠と戦いの時代であった。しかし富国強兵の基礎が農村にあることを領主たちは知っていたし、百姓の統治をあやまれば隣国から攻められ、結局は亡びるということも知っており、心ある国主たちはつねにそれがために領国統治については緊張していた。
 このように考えると、室町期の武家貴族ほど、存在理由のあいまいなものはない。ただ、私欲のために当主の位置につきたがり、その位置が天下万民のためにあるなどということがなく、ひとえに、相続有資格者という狼たちの前に置かれた肉片でしかなかった
(142-143頁)。

 室町にかぎらないことではないか。今はどうか。
 先日NHKでたしか二夜連続、90年代から00年代にかけての日本の政権交代をめぐる政治を、当時の渦中の人物たちにインタヴューしながら浮き上がらせるという番組があった。そこで見えてきたのは、「政権を取る」だけが政治家たちの目標であり、それ以外はないということであった。もちろん番組編成上そう見えたにすぎないかもしれないが、政権政権政権、権力権力権力とがめつく政治家たちの姿にあきれた。

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@研究室

by no828 | 2009-11-07 18:42 | 人+本=体


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