2009年 12月 31日
2009年最後の本、の投稿は明けて2010年1月5日だが、記録上実際に読み終わった2009年12月31日付けでエントリしておく。 100 (233) 庄司薫『ぼくの大好きな青髭』中公文庫、中央公論社、1980年。 単行本は1977年刊行。 意味はよく呑み込めなかったけれど、とりあえず青春を描いていることはわかった。日本の1960年前後からの学生運動・社会運動の激化と1970年代はじめにかけての衰退、あるいは世界規模で起こった1968年以後の社会運動の同時多発、増加、そして安定化——そういったものが念頭に置かれているのかもしれない。あるいはそうしたものへの皮肉? だが、よくはわからない。だから以下の引用も、文脈に即して、ということではなく、単文的に印象に残ったものを挙げる。 □■で挟まれた箇所が引用。■のあとの数字は頁数。強調および〔〕内は引用者。 ————— 「高橋くん」という若者が自殺を試みたが、病院に担ぎ込まれ、とりあえず一命は取り留めた。しかし、余談は許さない。という状況において、以下。引用文中の「高橋氏」というのは、その「高橋くん」の父親。 □「私の頃は戦争でしたからね。〔ママ〕」とやがて高橋氏は大きく深呼吸した。「友達が沢山死にました。おかげでかなりなれたつもりでいるんですが……。」 「でも、」と、シヌへはちょっと口ごもり、それから聞きとれないほど小さな声で言った。「でも、ぼくの友達も、みんななんです。」 「ほう。」高橋氏は、初めて見るようにじっとシヌへに目を注いだ。 「ほんとに死んだのも、死んだのも同然みたいのも、死んだのより悪いのも……。」 「まるで、まだ戦争をやってるみたいですね。」と高橋氏は言った。 「ええ、そうなんです。ほんとにまだ戦争をやってんですよ。そうなんだと思います。」とシヌへが答えた。 「いや、私が言いたいのは……、」と言いかけてから、高橋氏は改めて言い直した。「もしかすると、私が息子に戦わせたのかもしれませんね。昔から、人間が何故子供を作るのかという問いに、自分の人生をもう一度試せるから、という答えがあります。大昔から老人というのは、自分は戦争に出かけず子供たちに戦わせてきた。私も結局そうだったのでしょうか。」■ (140) 青春の先送り。 ————— □ぼくは黙ったまま軽くうなずき、スクラップ・ブックを両腕で抱えるようにして次々とページをめくっていった。〔中略〕 「学生運動のその辺はね、大したことはないんだよ。」と、彼〔=記者〕はぼくの手許を見ながら言った。「同じ若者といってもね、政治的セクトに所属する連中の動きというのは、これはまた専門家が別にいてね、暗号解読家みたいな特殊技術者集団をなしているんだね。それにね、まことに興味深いことだが、われわれシロート、つまりセクトに関する非専門家から眺めるとね、セクトの連中ってのは、なんとも古風でつまらない律儀者みたいに見えてくるんだよ。たとえば、結局のところサラリーマンそっくりに、こうセクトの中でだんだん出世して肩書がついて偉くなっていくなんてわけで、つまらないわけなんだな。」■ (163) 同感。 ————— □「高橋は、あなたを敵だと思っていたわけですか?」と、ぼくは訊ねた。 「ぼくと言うより、この新宿全体を敵の仕掛けた罠だと考えてたんだろうね。」と彼(=記者)はあっさり答えた。 「(え?)」 「つまり、高橋くんが最終的に辿りついたらしい見解はね、この世界ってのは、若者の夢とか情熱をエネルギーにして燃えていてね、そしてこの新宿なんてのは、そのエネルギー源になる若者をつかまえるための典型的な罠で、この罠にはまった若者はたちまち細いタキギみたいに燃えつきちゃう、っていうようなことらしかったんだな。」 〔中略〕 「高橋くんによれば、そんなことは許しがたいんだ。つまりそんな、若者をいけにえにして、その夢とか可能性を食い物にして活気を維持しているような世界は許せないってことになるわけだね。」〔中略〕「まあ、それは確かにそのとおりなんだな。ぼくは若者というのは星によく似ていると思う。すなわち、きみも知っていると思うけれど、星、恒星の運命ってのはその重さによって変わってくるわけだね。つまり、われわれの太陽程度の軽い星だと細く長く燃え続けるけれど、重い星だとそうはいかない。重い星ほど燃え方も早く不安定で、すぐそのエネルギーを使い尽してしまって、そして冷えて縮んでいったかと思うと、今度はその縮んでいく圧力から突然例の超新星の大爆発などを起してふっとんでしまうことになる。若者もそんなところがあるんじゃないか? その抱いている夢が大きく、生きることへの情熱が重いと、その若者は不安定で爆発を起し易い。細く長く安定した運命なんかに甘んじていられない。」 〔中略〕 「ところが、ここからがまあ高橋くんと意見が分れるところなんだが、問題は、星とちがって人間の場合には、星の重さをはかるようにその夢や情熱の重さをはかったりすることはできない、っていうところにあるとぼくは思うわけだ。〔中略〕問題は、ではわれわれ人間は、天才たち以外は激しい大爆発を起してはいけないのか、その人なりの小さな爆発を起す権利はないのか、っていうところにくるわけなんだよ。言いかえると、われわれごく普通の人間は、みんな細く長く燃え続けることしか許されないのかって疑問だね。いや、それ以前にね、われわれ人間の一人一人のその夢や情熱がさ、星の重さをはかるようにはかられて、誰のが重くて誰のは軽いなんて比較されることがそもそも許されるのだろうか? 夢とか情熱というのは、その人間にとってすべてかけがえのない重さを持つもので、その重さを決めるのはその本人以外にはあり得ないし、またあってはいけない、そういうものなのじゃあるまいか?」 〔中略〕 「つまり、それぞれの主観的な意味で、その自分自身の夢と情熱を重く背負った若者が、次から次へと新宿にやってくる。そして燃える。時には燃えつきてしまう。確かにこれは事実だよね。でもね、だからといって、それは許しがたいことなのか、となると、ぼくは必ずしもそうは思わないってことになるわけなんだ。分るだろう?」 〔中略〕 「つまりね、ま、新宿に一人の若者がやってくる。彼、または彼女は、もちろんそのそれなりの夢を抱き情熱を胸に秘めていて、そしてその重さをこの現実の中で実際にはかって試そうとしている場合もあるし、ただ自由に憧れてやってきた場合もあるし、逆に何かの束縛から逃れようとしているだけの場合もあるし、また、ただ刺激が欲しかったり、何かいいことがありそうだ、面白そうだ、なんて思ってやってくる場合もあるし、それはそれぞれいろいろだ。ただね、問題をごく絞って言ってしまうとね、きみはその一人の若者を見て、ただちにその重さをはかって、そして言ってやれるかい? きみは重さが足りないから、大爆発したつもりでもただタキギ代りに燃えるだけなんだよ、なんてさ。きみは軽いんだから細く長く燃えなさい、それが身分相応だ、なんてさ。いや、もし重さがはかれないってことを前提にした場合にはね、説明ぬきで、とにかく早くおうちに帰っておとなしく寝なさい、それが身のためだ、って言ってやる他ないわけだな。そして、どうしてそんなこと言うのかってきかれたら、しようがない、お巡りさんみたいにさ、新宿は危険だし罠がいっぱいあるよなんて答える……」 〔中略〕 「つまりね、問題は他にあると思うんだね。こちらからの全く一方的な言い方をすればね、要するにわれわれは、こりもせずに若者の夢と情熱に期待し続けた。そこにすべての問題があったと思うわけなんだ。」 〔中略〕 「要するにね、少くともぼくが生きている間でのことだろうがね、若者の時代はもう最終的に終ったんだということだな。」と彼はあっさり続けた。「なんていうのかな、要するに若者がね、その青春という限られた時期に短期決戦で世界を動かすという種類の試みが、このたった今、最終的に敗北しつつある、ということなんだろうね。」■ (164-73)。 ————— 1968年って何であったのか、という疑問がある。あるいは学生運動全般にまで広げてもいい。あの時代のあの情熱、というより、熱情は何であったのか。学生運動に従事した人びとも、あるいは“結局どうにもならない”と思って、普通に就職し、昇進し、定年退職を迎える。大学の教員もまたしかり。わたしはそこに“暴れるだけ暴れてやっぱり無理でした、わたしたちは普通に生きていきます”というメッセージを読み取ってしまう。だからこそ、“やっぱり無理なんですね。結局無理なら何もしないでおきましょう”とも思う。あの年代にしっかりと決着を付けてほしい。それは次代の若者へと先送りされてよいものではないと思う。 @研究室
by no828
| 2009-12-31 18:09
| 人+本=体
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自省のために。他者の言葉に出会うから自分の言葉を生み出せる。他者の言葉に浸かりすぎて自分の言葉が絞り出せなくなることもある。自分の言葉と向き合うからその言葉は磨かれる。よろしくお願いします。 by no828 カレンダー
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