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思索の森と空の群青

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2010年 03月 25日

留置されて最初のうち一番つらかったことは私が自由人の考え方をしていたことだった——カミュ『異邦人』

 昨日から雨。今はもう小雨だが、気温はなお低め。

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 版元 

 29(262)カミュ、アルベルト『異邦人』窪田啓作訳、新潮文庫、新潮社、1954年。
 * 原著:Camus, Albert, 1942, L'Etranger.

 言わずと知れた作品。頭から通して読んだのは初。ストーリーは知っていた。まさに“意味”が不明な小説だと思っていた。だが、今回読んでみて、わからなくはないと思った。共感までは行かないまでも、想像力は届くような気がした。

 わたしの研究対象に引き付けてカミュを語れば、という余計なことをしてしまうが、彼は哲学者のジャン=ポール・サルトルとともにユネスコ(*)を発足当時から支持している。カミュは、フランス〔政府? or 国内委員会?〕を代表するユネスコ執行委員であったが、1952年にユネスコと訣別する。というのも、フランス政府がフランス・ユネスコ国内委員会の反対を無視し、フランコ独裁政権下のスペインのユネスコ加盟を承認したからである(**)。
* ユネスコは、国際連合教育科学文化機関(United Nations Educational, Scientific and Cultural Organization: UNESCO)の通称。1945年にユネスコ憲章が採択、1946年に加盟国が署名したことにより憲章が発効、組織としての設立を見る。
** ここまで書いて、わたしはユネスコにおける「政府」と「国内委員会」の違いについて何となくしかわかっていないことに気付く。

 前置きが長くなってしまった。


判事は私をさえぎり、重ねて私に訓戒を施し、すっかり立ち上がって、私が神を信じるか、と尋ねた。私は信じないと答えた。彼は憤然として腰をおろした。彼は、そんなことはありえない、といい、ひとは誰でも神を信じている、神に顔をそむけている人間ですらも、やはり信じているのだ、といった。それが彼の信念だったし、それをしも疑わねばならぬとしたら、彼の生には意味がなくなったろう。「わたしの生を無意味にしたいというのですか?」と彼は大声をあげた。思うに、それは私とは何の関係もないことだし、そのことを彼にいってやった。ところが、彼は、机ごしに、クリストの十字架像を私の眼の前に突き出し、ヒステリックなようすで叫んでいた。「私はクリスト教徒だ。私は神に君の罪のゆるしを求めるのだ。どうして君は、クリストが君のために苦しんだことを信じずにいられよう?」
■(74-5)

 信念の対決に決着は付かない。


留置されて最初のうちは、それでも、一番つらかったことは、私が自由人の考え方をしていたことだった。例えば、浜へ出て、海へと降りてゆきたいという欲望に捕えられた。足もとの草に寄せてくる磯波のひびき、からだを水にひたす感触、水のなかでの解放感——こうしたものを思い浮かべると、急に、この監獄の壁がどれほどせせこましいかを、感じた。これが数カ月続いた。それから後は、もう私には囚人の考え方しかできなかった。私は、中庭での毎日おきまりの散歩や、弁護士の訪問を待っていた。残りの時間はうまく処理した。その頃、私はよく、もし生きたまま枯木の幹のなかに入れられて、頭上の空にひらく花をながめるよりほかには仕事がなくなったとしても、だんだんそれに慣れてゆくだろう、と考えた。
■(82)

 適応的選好形成。


 検事が腰をおろすと、かなり長い沈黙がつづいた。私は暑さと驚きにぼんやりしていた。裁判長が少し咳をした。ごく低い声で、何かいい足すことはないか、と私に尋ねた。私は立ち上がった。私は話したいと思っていたので、多少出まかせに、あらかじめアラビア人を殺そうと意図していたわけではない、といった。裁判長は、それは一つの主張だ、と答え、これまで、被告側の防御方法がうまくつかめないでいるから、弁護士の陳述を聞く前に、あなたの加害行為を呼びおこした動機をはっきりしてもらえれば幸いだ、といった。私は、早口にすこし言葉をもつれさせながら、そして、自分の滑稽さを承知しつつ、それは太陽のせいだ、といった。廷内に笑い声があがった。
■(109-10)

 わからなくはない。ただし、あくまで想像の世界において。


@研究室

by no828 | 2010-03-25 14:14 | 人+本=体


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