思索の森と空の群青

onmymind.exblog.jp
ブログトップ
2010年 05月 11日

日本より頭の中の方が広いでしょう。囚われちゃ駄目だ——夏目漱石『三四郎』

c0131823_20565795.jpg40(273)夏目漱石『三四郎』新潮社(新潮文庫)、1948年。


版元
* 1908(明治41)年に「朝日新聞」に連載。


 漱石は“大人になる”をテーマに小説を書いていたのかなぁと(改めて)思った。それから、1908年に書かれたものが2010年に“読める”というのもすごいなぁと、(これも改めて)思った。「日本語」の成立と普及ということを考えてしまう。


□三四郎が熊本から東京へ行く汽車の中
「然しこれからは日本も段々発展するでしょう」と〔三四郎は日本を〕弁護した。すると、かの男は、すましたもので、
「亡びるね」と云った。――熊本でこんなことを口に出せば、すぐ擲ぐられる。わるくすると国賊取扱にされる。三四郎は頭の中の何処の隅にもこう云う思想を入れる余裕はない様な空気の裡で生長した。だからことによると自分の年齢の若いのに乗じて、他を愚弄するのではなかろうかとも考えた。男は例の如くにやにや笑っている。その癖言葉つきはどこまでも落付いている。どうも見当が付かないから、相手になるのを已めて黙ってしまった。すると男が、こう云った。
「熊本より東京は広い。東京より日本は広い。日本より……」で一寸切ったが、三四郎の顔を見ると耳を傾けている。
日本より頭の中の方が広いでしょう」と云った。「囚われちゃ駄目だ。いくら日本の為を思ったって贔屓の引倒しになるばかりだ
 この言葉を聞いた時、三四郎は真実に熊本を出た様な心持がした。同時に熊本に居た時の自分は非常に卑怯であったと悟った。

■(20-1)

 これは漱石の思想を「男」に代弁させたところなのか。日露戦争に勝って世界の一等国に、という時代的気分のときに書かれたことに鑑みると、“漱石はすごい”と思わざるをえない。


—―明治の思想は西洋の歴史にあらわれた三百年の活動を四十年で繰返している。
■(22-3)


大観音の前に乞食が居る。〔略〕誰も顧みるものがない。〔三四郎ら〕五人も平気で行過ぎた。五六間も来た時に、広田先生が急に振り向いて三四郎に聞いた。
「君あの乞食に銭を遣りましたか」
「いいえ」と三四郎が後を見ると、例の乞食は、白い額の下で両手を合せて、相変らず大きな声を出している。
「遣る気にならないわね」とよし子がすぐに云った。
「何故」とよし子の兄は妹を見た。窘める程に強い言葉でもなかった。野々宮の顔付は寧ろ冷静である。
「ああ始終焦っ着いていちゃ、焦つ着き栄がしないから駄目ですよ」と美禰子が評した。
「いえ場所が悪いからだ」と今度は広田先生が云った。「あまり人通りが多過ぎるから不可ない。山の上の淋しい所で、ああいう男に逢ったら、誰でも遣る気になるんだよ」
「その代り一日待っていても、誰も通らないかも知れない」と野々宮はくすくす笑い出した。
 三四郎は四人の乞食に対する批評を聞いて、自分が今日まで養成した徳義上の観念を幾分か傷つけられる様な気がした。けれども自分が乞食の前を通るとき、一銭も投げてやる料簡が起らなかったのみならず、実を云えば、寧ろ不愉快な感じが募った事実を反省してみると、自分よりもこれ等四人の方が却って己れに誠であると思い付いた。又彼等は己れに誠であり得る程な広い天地の下に呼吸する都会人種であるという事を悟った。

■(114-5)

 ダッカでのことを思い返してみる。

□広田先生
「御母さんの云う事はなるべく聞いて上げるが可い。近頃の青年は我々時代の青年と違って自我の意識が強過ぎて不可ない。吾々の書生をしている頃には、する事為す事一として他を離れた事はなかった。凡てが、君とか、親とか、国とか、社会とか、みんな他本位であった。それを一口にいうと教育を受けるものが悉く偽善家であった。その偽善が社会の変化で、とうとう張り通せなくなった結果、漸々自己本位を思想行為の上に輸入すると、今度は我意識が非常に発展し過ぎてしまった。昔しの偽善家に対して、今は露悪家ばかりの状態にある」
■(163)

「社会」なんて言葉が使われていたんだなぁ……。

□原口さん
「どうもならないのさ。だから結婚は考え物だよ。離合聚散、共に自由にならない。広田先生を見給え、野々宮さんを見給え、里見恭助君を見給え、序でに僕を見給え。みんな結婚をしていない。女が偉くなると、こう云う独身ものが沢山出来て来る。だから社会の原則は、独身ものが、出来得ない程度内に於て、女が偉くならなくっちゃ駄目だね
■(231)

 いや、それは……。


@研究室
[PR]

by no828 | 2010-05-11 20:54 | 人+本=体 | Comments(0)


<< あーだこーだ      プレミアムレッドエール >>