2011年 01月 07日
2(324)森博嗣『すべてがFになる The Perfect Insider』講談社(講談社文庫)、1998年。 版元 学類同期のごく一部できわめて有名な本。とはいえ有名なのは、本の内容ではなく、本のタイトル。その内輪では、「F(エフ)」が秘密のコードとして機能することになったのであった。懐かしい。 だが、わたしが実際にこれを読むということはなく(「貸そうか?」と言ってくれた同輩もいたが、わたしは借りた本は読めない人なのです)、ここまで来た。それが、森博嗣『喜嶋先生の静かな世界』を読み、彼の本を積極的に読んでみようと思い立ったわけである(もちろん古本屋で安く入手して)。 主人公は、N大工学部建築学科助教授・犀川 創平(さいかわ そうへい)と女子学生・西之園 萌絵(にしのその もえ)。このコンビが活躍する物語は以後も続き、「S&Mシリーズ」と呼ばれている(ということを読んでから知った)。 中身を読んでいると、“研究とは何か”を問うような文章にぶつかることがある。だから、そういう問いを常に抱いている研究者および研究者(仮)は、きっとおもしろく読めると思う。少なくともわたしはおもしろく読んだ。 □ 「自然を見て美しいなと思うこと自体が、不自然なんだよね。汚れた生活をしている証拠だ。窓のないところで、自然を遮断して生きていけるというのは、それだけ、自分の中に美しいものがあるということだろう? つまらない仕事や汚れた生活をしているから、自然、自然って、ご褒美みたいなものが欲しくなるんだ」 □(78-9) □ 「でも、核エネルギィなんかは問題ではありませんか?」萌絵は膝を抱えてきく。 「少しエネルギィが大き過ぎるという問題は確かにある」犀川は言った。「しかし、火だって同じくらい危険だし、環境を汚染する。水力発電だって、風力発電だって、太陽電池だって、すべて環境を破壊するよ。人間が生きていることがクリーンではありえない。我々は本来環境破壊生物なんだからね。何万年もまえに、我々は自然を破壊する能力によって選ばれた種族なんだ。ただ、速度の問題なんだよ。環境を早く破壊しないためには、エネルギィを節約するしかない。それには……、すべてにコンピュータを導入して、エネルギィを制御することだ。それに対する人間性確保の欲求には、バーチャル・リアリティの技術しかない。まやかしこそ、人間性の追求なんだ。全員が自分の家から一歩も出ないようにすることだね、ものを移動させないこと……」 「同じことを間賀田博士がおっしゃったわ」 「自明のことだからね」犀川は頷く。「今は君のために、簡単な単語を選んで、近いニュアンスの表現で、極論をしたんだけど……。それは間違いのない認識だ。僕ら研究者は、何も生産していない、無責任さだけが取り柄だからね。でも、百年、二百年さきのことを考えられるのは、僕らだけなんだよ」 □(80-1) □ 「どこにいるのかは問題ではありません。会いたいか、会いたくないか、それが距離を決めるのよ」 □(279) □ 「思い出と記憶って、どこが違うか知っている?」犀川は煙草を消しながら言った。 「思い出は良いことばかり、記憶は嫌なことばかりだわ」 「そんなことはないよ。嫌な思い出も、楽しい記憶もある」 「じゃあ、何です?」 「思い出は全部記憶しているけどね、記憶は全部は思い出せないんだ」 □(289) □ 「日本では、一緒に遊ぶとき、混ぜてくれって言いますよね」犀川は突然話し出した。「混ぜるという動詞は、英語ではミックスです。これは、もともと液体を一緒にするときの言葉です。外国、特に欧米では、人間は、仲間に入れてほしいとき、ジョインするんです。混ざるのではなくて、つながるだけ……。つまり、日本は、液体の社会で、欧米は個体の社会なんですよ。日本人って、個人がリキッドなのです。流動的で、渾然一体になりたいという欲求を社会本能的に持っている。欧米では、個人はソリッドだから、けっして混ざりません。どんなに集まっても、必ずパーツとして独立している……。ちょうど土壁の日本建築と、煉瓦の西洋建築のようです」 □(430) □ 「死を恐れている人はいません。死にいたる生を恐れているのよ」四季は言う。〔略〕 「そもそも、生きていることの方が異常なのです」四季は微笑んだ。「死んでいることが本来で、生きているというのは、そうですね……、機械が故障しているような状態。生命なんてバグですものね」 〔略〕 「〔略〕そう、たとえばね、先生。眠りたいって思うでしょう? 眠ることの心地良さって不思議です。何故、私たちの意識は、意識を失うことを望むのでしょう? 意識がなくなることが、正常だからではないですか? 眠っているのを起こされるのって不快ではありませんか? 覚醒は本能的に不快なものです。誕生だって同じこと……。生まれてくる赤ちゃんって、だから、みんな泣いているのですね。生まれたくなかったって……」 □(495-6) □ 「どうして、ご自分で……、その……、自殺されないのですか?」 「たぶん、他の方に殺されたいのね……」四季はうっとりとした表情で遠くを見た。「自分の人生を他人に干渉してもらいたい、それが、愛されたい、という言葉の意味ではありませんか? 犀川先生……。自分の意志で生まれてくる生命はありません。他人の干渉によって死ぬというのは、自分の意志ではなく生まれたものの、本能的な欲求ではないでしょうか?」 □(497) 解説は瀬名秀明。瀬名は、森の小説のおもしろさを、登場人物の、ではなく、読み手の認識あるいはリアリティという幻想をこそ、物語の謎の出自として、ゆえにその認識の変容をこそ物語の展開として、設定している点に求めている。そして、この点を瀬名は森博嗣と京極夏彦との共通点として指摘する。 おぉ。(← 最近わたしが京極にはまりはじめているがゆえの感嘆) 瀬名は森に関して次のようにも言っている。「私は本シリーズをもっと若い研究者たちに読んでほしいと思っている。犀川が語ることは、常に若い研究者への励ましであり、また科学の営みとは何かということを再確認させてくれる的確なアドバイスなのである」(520-1)。わたしも実際に読んでそのように思ったことは冒頭に述べたとおりである。 今年の読書のひとつの軸は、森と京極とが絡み合ったものになるかもしれない。 @研究室
by no828
| 2011-01-07 14:09
| 人+本=体
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自省のために。他者の言葉に出会うから自分の言葉を生み出せる。他者の言葉に浸かりすぎて自分の言葉が絞り出せなくなることもある。自分の言葉と向き合うからその言葉は磨かれる。よろしくお願いします。 by no828 カレンダー
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