2011年 04月 26日
23a(345a)伊藤計劃『虐殺器官』早川書房(ハヤカワ文庫JA)、2010年。 ※ 単行本は2007年に早川書房より刊行。 版元 先進国-後進国という問題が出てくる(らしい)、また、民族問題が取り上げられている(らしい)ということから、3.11後に某西武内の某リブロで5%引きで新刊を購入。(3.11後のつくば市内のお店の再開という点では、某西武はきわめて迅速であった。) なお、著者の伊藤計劃は1974年生まれ、癌のため2009年没。大森望の解説には、伊藤本人の mixi 日記や伊藤のお母上のことばが引用されている。 本書は兵士(=ハイテク殺し屋)の罪の物語であり、現代のエチカの書でもある。 以下、前半の引用。後半は別途エントリしたい。それだけ引きたいことばがあるということだ。それは、ここでははじめてのことだ。 □ 心の健康を保つためには、深く考えないのがいちばんだし、そのためにはシンプルなイデオロギーに主体を明け渡すのがラクチンだ。 倫理の崖っぷちに立たせられたら、疑問符などかなぐり捨てろ。 内なる無神経を啓発しろ。世界一鈍感な男になれ。 正しいから正しいというトートロジーを受け入れろ。 □(25) □ 「漢字、かっこいいですよね」 「読めない文字は情報というよりも意匠だからね」 「読めないからこそカッコいい、てことですか」 「そういう部分もあるな。理解できない文化は排斥の対象になりやすいのと同じくらい、崇拝や美化の対象になりやすいんだよ。エキゾチック、とか、オリエンタル、とかいう言葉のもつクールさは、理解できない文化的コードから発しているというべきだね」 「異国の文字は、ことばでありながらことばでない、と。それはテキスタイルと同じようなパターンや図像に近いわけですね」 「意味情報を消失しているわけだからね——正確に言うなら、ぼくらが意味情報を取得できない、ということだが。異国の文字でスクラブルをやったら、できあがったボードはほとんどアートにしか見えないだろうな」 □(40-1) □ 逆に言えば、国家を生々しくイメージできる人々が、ぼくのかわりに世界のことを考えてくれる。そういう人間たちは国防総省やラングレー〔CIA〕やフォートミード〔NSA〕やワシントンにいて、アメリカという国家を生々しくイメージしながら、ぼくに誰それを殺せと命令してくれる。 いま、ぼくたちがいるこの国で戦いを指揮している各武装勢力の親玉たちもまた、そうした能力を持っているのだろう。国を生々しく物として感じられるがゆえに、ぼくがイメージしづらい自国と他国の境界もまた、はっきりとイメージできるのだろう。現実感が「国家」に付着している人間でなければ、異質な他者を明確に敵として意識しつづける〔ママ〕ことは難しいに違いない。殴りかかってきたり撃ってきたりする目の前の暴力的な他者ならともかく、宗教や民族といった抽象によって彼我〔ひが〕の境界を維持し続け、あまつさえそれを敵として殺戮し続けるには、それなりの現実の在り方があるものだ。 □(43) □ 歴史とは勝者の歴史、という言い方もあるが、それもまた異なる。 歴史とは、さまざまな言説がその伝播を競い合う闘技場〔コロセウム〕であり、言説とはすなわち個人の主観だ。そのコロセウムにおいて勝者の書いた歴史が通りやすいのは事実ではあるが、そこには弱者や敗者の歴史だってじゅうぶんに入りこむ余地がある。世界で勝者となることと、歴史で勝者となることは、往々にして別なこともあるのだ。 □(44) □ 「虐殺だと。われわれの平和への願いをそのような言葉で冒瀆するのか。これは、われわれ政府と国民に対する卑劣なテロリズムとの戦いなのだ」 「あんたが『国防大臣』を務める『政府』とやらは、どの国連加盟国からも承認されてはいないし、その国民を殺して回っているのはあんた自身だ」 「国連がどうしたというのだ。われわれの文化を土足で踏みにじり、自決権を鼻で笑う最悪の帝国主義者どもが、長いあいだ異民族が共存して平和に暮らしてきたわが国を……」 □(59) □ 父はなぜ自らの死を選んだのか。そもそもこの表現が間違っているのだろう。たぶん、父は「選ぶ」ことなんてできなかったに違いないのだから。選択肢がないから人は自死するのであって、その逆ではない。少なくとも父の脳内には自死以外の選択肢は降りてこなかった。 □(69) □ 「実際にはね、ヒトの現実認識は言語とはあまり関係がないの。どこにいたって、どこに育ったって、現実は言語に規定されてしまうほどあやふやではない。思考は言語に先行するのよ」 「でも、ぼくはいま英語で思考していますよ」 「それは、思考が取り扱う現実のなかにことばが含まれているからね。思考が対象とするさまざまな要素のなかに言語が含まれていて、それを取り扱っているだけのことよ。言語は思考の対象であって、思考より大きな枠ではないの。それは、ビーバーは歯が進化した生き物だから、歯で思考しているに違いない、と言っているに等しいわ」 「そうなんですか」 ぼくは素直に感心してしまう。 □(122) □ 「知りたいんだ、ぼくは、ぼくは母さんを殺したのかな。ぼくが認証したとき、ぼくがイエスと言ったとき、母さんは死んだのかな。教えてよ、母さん」 「罪の話ね」母さんはうなずき、「お前はよくやったわ。わたしのためにとても辛い決断をしてくれた。自分の母親の生命維持装置を止める。自分の母親を生かしているナノマシンの供給を止める。自分の母親を棺桶に入れる。それはとてもとても辛いことだけれど、でもあなたはわたしのためを思って、そうするしかないことをしたの」 〔略〕 「そう言ってほしかったんでしょ、お前は。本当のことなんて、誰にもわからない。だって、当のわたしは死んでしまっているのだし」 ぼくは怖くなった。母は突然、おそろしく残酷になり、 「あなたはこう思っているんでしょう。いつも自分は、他人の命令に従っていろんな人間を殺してきた。それがさらなる虐殺を止めるためだなんて言われていても、自分は銃だ、自分は政策の道具だ、と思うことで、自分が決めたことじゃない、そういうふうに責任の重みから逃れてきた」 「やめてくれ、母さん」 ぼくは泣いて懇願する。 「でも、自分の母親を殺したとき、それは自分自身の決断だった。母さんは苦しがっている、母さんは生きているのが辛い状態に置かれている、と想像はできても、ベッドの上に横たわっているわたしはなにも言ってくれなかった。それは自分の想像にすぎなかった。だからあなたは、医者に迫られてわたしの治療を中断するとき、自分自身の意思でそれを決めたという事実を背負わなくてはならなかった。国防総省が、特殊作戦司令部(SOCOM)が決めたのではない、自分自身の殺人として背負わなければならなかった」 〔略〕 「けれど、息子さん、わたしだけじゃないわ。いままで殺してきた将軍や大佐や自称大統領だって、あなたが自分で決めて、自分で殺したのよ。あなたはそれについて考えることをやめてきただけ。自分が何のために殺しているのか、真剣に考えたことなんて一度もなかったでしょ」 ごめん、ごめんよう、とぼくは叫びながら、無人のプラハの街に駆け戻る。 「わたしを殺したのがあなた自身の決断なら、いままで殺してきた人々の命もあなたの決断よ。そこに明確な違いはない。あなたは、わたしの死にだけ罪を背負うことで、それまで殺してきた人々の死から免罪されようとしているだけよ」 □(159-61) □ 〔略〕「ハイテク機器と規模の拡大、あとは単純に人件費の増大によって、近代の戦争のコストは極端に膨れ上がった。戦争をやっても単純に言えば儲からないのです。それでどんなに石油の利権が確保できても、ね。では、それでもアメリカが戦争をしているのはなぜか。世界各地で、民間業者の手まで借りて火消しに走り回っているのはなぜか。正義の押しつけ、という人もいますが、コストを払っている以上、わたしはそれを、戦争をコミュニケーションとした啓蒙であると思っています」 「啓蒙……戦争が啓蒙」 「アメリカ人がそう意識しているかどうかにかかわらず、現代アメリカの軍事行動は啓蒙的な戦争なのです。それは、人道と利他行為を行動原理に置いた、ある意味献身的とも言える戦争です。もっとも、これはアメリカに限ったことではなく、現代の先進国が行う軍事的介入は、多かれ少なかれ啓蒙的であらざるを得ませんがね」 □(179-80) □ 耳にはまぶたがない、と誰かが書いていた。目を閉じれば、書かれた物語は消え去る。けれど、他者がその喉を用いて語る物語は、目を隠蔽するようには自我から締め出すことができない。 □(186) ひとまず、ここまで。 @研究室
by no828
| 2011-04-26 14:26
| 人+本=体
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自省のために。他者の言葉に出会うから自分の言葉を生み出せる。他者の言葉に浸かりすぎて自分の言葉が絞り出せなくなることもある。自分の言葉と向き合うからその言葉は磨かれる。よろしくお願いします。 by no828 カレンダー
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