思索の森と空の群青

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2011年 04月 27日

理由さえしっかりしていれば、殺人を犯しても良いのか?——森博嗣『黒猫の三角』

c0131823_15285427.gif24(346)森博嗣『黒猫の三角 Delta in the Darkness』講談社(講談社文庫)、2002年。


版元


 Vシリーズ第1弾。Vは、S&Mシリーズで言うところの犀川創平と西之園萌絵にあたる登場人物(主人公?)、瀬在丸紅子(せざいまる べにこ)の Venico の頭文字。

 例によって、ミステリィの本筋に関係なく、引用します。

 あ、これは文体の問題ですが、このシリーズでは「何々をする誰々である」という表現がよく採られています。「誰々は何々するのである」ではなく、「何々をする誰々なのである」。これにどうも“わざとらしさ”を感じてしまい、出くわすたびに引っかかってしまいます。



遊びで殺すのが一番健全だぞ」紅子はこともなげに答える。「仕事で殺すとか、勉強のために殺すとか、病気を直す〔ママ——治す〕ためだとか、腹が減っていたからとか、そういう理由よりは、ずっと普通だ」
「お嬢様、それはお言葉が過ぎます」
「では何か? 宗教的な儀式だとか、復讐に燃えるといった恨み辛みがあれば、それで正義だとでもいうのか? 復讐ならば正義か? 理由さえしっかりしていれば、殺人を犯しても良いのか? もしそうならば、殺人の許可証を区役所で発行してはどうだ?」
「少なくとも、人情的には理解できます」
「馬鹿馬鹿しい! 理解などして何になる」紅子は面白そうな表情で機千瑛を睨みつける。「殺人者の心境を理解して何が嬉しいのだ。何が得られる?」
「嬉しいのではなく、我々一般人の想像の範囲内であった、ということで、まあ、一応は納得ができる、と申しますか、安心するわけですな」
「何を馬鹿なことを……。殺人者の心境が想像の範囲内であることの方が不健全ではないか。それでは、自分もいつか人を殺したくなるかもしれない、と思って落ち着けるというのか? それよりは、遊びで殺した、全然理解できない、で済ませる方が私は安心だ。〔略〕」

□(47-8)

 これは去年の暮れから考えていることと重なる。理由がしっかりしていれば、何をしてもよいのか? 「まぁ、それなら仕方がない」と思われるような理由付けさえすれば、何をしてもよいのか? 主張と理由の関係、行為と理由の関係、……。主張のみ、行為のみを理解する、納得するということはほとんどない。なぜ、そのような主張をするのか、なぜ、そのように行為するのか、まさに理由があってはじめてわたしたちは他者の主張や行為に理解や納得を覚える。したがって、大切なのは主張それ自体や行為それ自体というよりもむしろ、それを支える理由なのではないか、とも考えられる。すると、理由にさえ共感が得られれば、主張や行為の内容は問われなくてもよい、何を言っても、何をしてもよい、という極端なところまで持って行かれかねない。


「理由は必ずある」紅子は頷きながら言った。「ただし、その理由が、言語として他人に伝達可能かどうか、あるいは、たとえ伝達可能であっても、他人の共感を得られるかどうか、という問題が残るだけなの」
□(185)


 不自由?
 よくわからない言葉だな、と練無〔ねりな〕は思った。
ね、どうして、不自由っていうのかな?」歩きながら練無はきいた。
「何ゆうてんの、君」紫子〔むらさきこ〕がこちらを向いて目を細める。
「どうして、非自由じゃないんだろう」練無は考えながら、言った。「名詞なら、不、じゃなくて、非、がつくはずでしょう? 自由って、最初は動詞だったのかな」
「どうでもいいことを」紫子が鼻息をもらす。「よくそういう、どうでもええことを思いつくなぁ」
「不思議だと思わない?」
「うーん。ま、私の解釈としては……」紫子が微笑む。「きっと、昔の日本にはなかった言葉なんよ、自由って。だから、使い方がようわからんうちに、広まってしもうたん」

□(327)


「〔略〕やむにやまれず犯した殺人っていうのは、情状酌量の余地があると思う」
「ある……」紅子は頷いた。まるで、練無がその意見を口にすることを予期していたかのようなレスポンスだった。「確かに、社会の理解を得て、刑が軽くなるような殺人が存在するみたいだね。けれど、それは、逆に見れば、つまり、死刑と同じで、人が人を裁いていることになるのだよ。そういった殺人を認めることは、正義のためなら戦争を許容し、正義のためなら死刑を許容することへ進む可能性がある。正義という名前の理由さえあれば、人を殺しても良いことになる。その理由がないものは駄目だ、という理屈になる。では、正義って何だい? 理由とは何だい? たとえば……、そう、正当防衛は許されているよね? 自分が殺されそうになったら、相手を排除できる。抵抗しても良いことになっている。ところが、それは物理的に不可避な場合だけで、精神的な攻撃には適用されない。精神的にどんなに痛めつけられても、相手を殺してはいけないことになっている。これ、どうしてだと思う? 人によっては、精神的な攻撃の方が耐えられない、という人格だってあるんじゃない? その答は簡単。つまり、精神的なダメージが測れないから。定量的に観察できないから。すなわち、躰なら怪我が見えるのに、精神の怪我は見えない。ただそれだけの理由です。そもそも、人間の作り出したルールなんて、まだその程度のレベルなんだ」紅子は腕組みをして、天井を見上げる。「テレビの時代劇なんか、主人公が悪者を切り捨てるけれど、あれも殺人だよ。あれは、正義かな? 大衆は、良い殺人と悪い殺人がある、なんていう作りものの価値観を見せられて、それを信じている。完全な妄想。完全な洗脳。とても大きな間違いだと私は思うな。危険な思想だとさえいって良い」

□(349-50)


「答は簡単よ」紅子はにっこりと微笑んだ。「私は、自分が殺されたくないからです。それ以外に理由はないわ。私はもう少しやりたいことがあって、もう少し生きていたい、という極めて個人的な希望を持っているの。勝手で我儘だけど、そうなんだからしかたがないわ。つまり、それだけ。それだけなのよ。だから、その、美しいかもしれない殺人を、私は認めるわけにはいかないの。それは、私のエゴです。私が殺されなくないから、みんなも殺さないで、という自分に都合の良いことを主張しているわけ。そのエゴが集まって、社会のルールを作っているだけのことなんだ。これは、正義でもなんでもないわ
□(353)

 「殺されたくない」という自己の欲求から「殺してはいけない」という他者への禁止に行けるのかどうか、ということを以前まじめに考えていた。

 社会契約説。

 もうすでにそこに「ある」のではなく、「作る」。


「うーん」保呂草〔ほろくさ〕は上を向く。「そもそも、人殺しって、何なんでしょうね?」
「何かしら……」
「僕は、それが知りたいな。人を殺してはいけない、ということになっているけど、でも、虫や植物は殺しても良い。意味もなく殺しても罪にならない。魚や鳥、牛や豚も殺されますね。じゃあ、人間はどうか……、日本だけで一年に何万人もの人が自殺しています。事業に失敗して、受験に失敗して、恋愛に失敗して、人は自殺する。それはつまり、誰かが成功したからではありませんか? 人は人を蹴落として這い上がろうとする。良い成績を取り、良い業績を上げ、人より得をし、人よりも幸せになろうとする。それで、敗れた者のうち何人かは、死んでいく。そうじゃありませんか? だとしたら、僕らは誰だって、知らず知らずのうちに、間接的に他人を殺していることになる。誰も殺さないでいたいのなら、勉強をしたり、仕事をしてはいけない。お金を儲けたり、得をしてはいけない。幸せになってはいけないことになる。戦争みたいな単純でわかりやすい人殺し以外にも、同じような殺し合いは、日常的に行われている。そうじゃありませんか?
「だから、人を殺しても良い、とおっしゃりたいのかしら」紅子はゆっくりとした口調で尋ねた。
「いいえ、違います」保呂草は首をふる。「人類という種族が繁栄するために、仲間どうしの直接的な殺生を慎むようなルールを決めた。それはそれで合理的な考え方、つまりは、省エネルギィの一環として評価できます。モラルとか、そういう馬鹿みたいな価値観で論じようとは思いませんけどね」
「私も、そう思うわ」紅子は顔を上げて優しく微笑んだ。
沢山の固定観念が作られる。どんどんどんどん、その固定観念で人間は鈍化していく、それが歳を取るってことだ。何故か? それが一番安全で、楽ちんだからです。〔略〕」

□(373-4)


「貴方は理由もなく人を殺した。理由がないことが美しいことだとおっしゃった。それなのに、次々に、自分の行為を正当化する理由をお話しになっています」
そう、それが、言葉の使命なんです。言葉の宿命なんですよ。あとからあとから湧いてくる、汚らしいばい菌みたいなもの、それが、言葉というやつです。言葉は、理由という飴に群がる蟻みたいなものなんです。遠くから眺めると、大きな生きものが動いているみたいなのに、実は、馬鹿みたいに単純な、小さな卑しい存在に過ぎません。ただただそれらが集まって、繰り返し歌われる。蟻の集合に過ぎない。けれど……、それが、実に面白い。そうですよね? こうして、言葉をやり取りすることは、非常にスリリングです。〔略〕」

□(401)


〔略〕その行為は、許容できるものではない(私には許容できない、という意味だ)が、その動機を、肯定したり、否定したりすることは、ナンセンスだ。動機は自由なのである。いかなる動機にも罪はない。
□(447)


@研究室
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by no828 | 2011-04-27 17:06 | 人+本=体 | Comments(0)


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