2011年 09月 08日
82(404)モーム、サマセット『月と六ペンス』中野好夫訳、新潮社(新潮文庫)、1959年。 ※ 原著は1919年に刊行。原題は The Moon and Sixpence 。 版元 モームの『月と六ペンス』は、画家ポール・ゴーギャンをモデルにしたとされるように、ひとりの画家ストリックランドの——周りから見れば破天荒で理解困難か理解不能な——生き方を、ひとりの“友人”の視点から描くものである。ストリックランドは妻とふたりの子どもを残し突然フランスに渡り、タヒチへと向かう。友人は、それを追いかける。 ちなみに、モームは『コスモポリタンズ』(→ ●)に続いて2冊目。 さらにちなみに、「月と六ペンス」で Google 検索して最上位に来るのは、同名の京都のカフェ(→ ○)。ブック・カフェのようである。本に囲まれた静かそうな、こういうカフェが近くにあったらよいのになぁ。(あるいは自分の部屋をこのようにできたらなぁ。) □ 「じゃ、いったいなんのために家出なんぞなすったんです?」 「絵が描きたいんだよ、僕は」 〔略〕 「でも、もう四十でしょう、あなたは?」 「だからこそ、いよいよやらなくちゃだめだと決心したんだよ」 〔略〕 「自分に才能があると、どうしておわかりになります?」 〔略〕 「僕はね、描かないじゃいられないんだ」 □(76-7) □ 「僕は言ってるじゃないか、描かないじゃいられないんだと。自分でもどうにもならないのだ。水に落ちた人間は、泳ぎが巧かろうと拙かろうと、そんなこと言っておられるか。なんとかして助からなければ、溺れ死ぬばかりだ」 □(78-9) □ 「さあ、よくはわかりませんが。こういうことなんですか? 女のために奥様を捨てたというのなら宥せるが、なにかある観念のために、そうしたというのは宥せない、と。つまり、前の場合ならば、奥様のほうにも打つ手はあるが、もし後の場合ならば、なんとも手の打ちようがないという」 □(96) □ 「もしあの人が本当に困ってるのでしたら、私、少しくらいは助けてやってもようございますわ。あなたのところまでお金をお送りしますから、必要に応じて、少しずつ渡してやっていただけますわねえ」 「ご好意はよくわかりますが」と、僕は言った。 この申し出が、好意から出たものではないことはわかっていた。不幸が人間を美しくするというのは、嘘である。幸福がそうすることは、時にある。だが、不幸は、多くの場合、人をけちな、執念深い人間にするばかりだ。 □(104) □ 「僕は、昔のことは考えない。問題は、ただ永遠の現在なんだ」 僕は、ちょっとこの答えを考えてみた。よくわからない点もあるが、漠然と彼の言う意味は、わかるような気がした。 「それで、幸福なんですか?」 「幸福だとも」 □(129) □ 作家の関心は、審判することではない、知ることである。 □(231) 社会学者の関心は、審判することではない、知ることである。 とか。あるいは。 倫理学者の関心は、知ることではない、審判することである。 □ 「僕は、恋愛なんかまっぴらだ。そんな時間はない。要するに、あんなものは弱さだ。そりゃ僕だって男さ、だから、ときどき女が欲しくはなる。だが、一度肉欲が充たされてしまえば、僕は、もうすぐにほかのことを考えている。僕は、自分の肉欲に勝てない人間なんだ。だが、肉欲を憎んでいる。肉欲というやつは、僕の精神を押し込めてしまうんだ。あらゆる欲情から自由になった自分、そしてなんの妨げもなく、いっさいをあげて仕事に没頭できる日の自分、僕は、どんなにその日を待ち望んでいることか。女というやつは、恋愛をする以外なに一つ能がない。だからこそ、やつらは、恋愛というものを、途方もない高みに祭り上げてしまう。まるで人生のすべてでもあるかのようなことを言いやがる。事実は、なに鼻糞ほどの一部分にしかすぎないのだ。肉欲というものは、僕も知ってる。正常で、健康なものなんだ。だが、恋愛というのは、あれは病気さ。女というやつは、僕の快楽の道具にしきゃすぎないんだ。それが、やれ協力者だの、半身だの、人生の伴侶だのと言い出すから、僕は我慢ができないんだ」 □(237-8) だから放っておいてほしいのだと、彼は言う。でもそれは、自分に都合のよいときだけ近くにいてほしいという、わがままであり、わがままでしかない。しかし、わがままであることがいけないことであると果たして言い切れるのか。仮に言い切ったとしても、自分ではそのような生き方をしないとしても、わがままに、放縦に生きる“他人”のことをどこかで羨むところがあるからこそ、人はこの本を読み継いできたのではないか。 □ ストリックランドが、どうして突然絵を見せようなどと言い出したか、僕にもわからない。だが、僕は、またとない機会だと思った。作品は、つねに人間を暴露する。社会的な接触においては、人は、ただ世間に見てもらいたい表面だけを示すにすぎない。真にその人間を知ることができるのは、むしろ本人には無意識なちょっとした行動や、知らず知らずに現われては消える、瞬間的な顔の表情などからの推論である。ときとして人は、あまりにも巧みに仮面を被りおおせる結果、やがて彼自身が、仮面そのものになりきってしまう場合さえ珍しくない。だが、そうした場合にも、作品の中では、依然として真の人間が現われるのをどうすることもできぬ。そこでは、虚勢は空虚の暴露にしかならない。〔略〕鋭い観察者の眼には、どんなかりそめの作品といえども、きっと作者胸奥の秘密を暴露しないではおかないのだ。 □(243) □ 「君が、絵という手段を選んだのが、誤りだったんじゃないかね?」 「それはまたどういう意味だ?」 「なんだか、それはよくわからないが、とにかく君が、何かを言おうとしていることはわかる。だが、それにしてもだよ、その表現方法として絵を選んだということは、果して賢明だったろうかな?」 □(247) 「とにかく君が、何かを言おうとしていることはわかる。だが、それにしてもだよ、その表現方法として論文を選んだということは、果して賢明だったろうかな?」 □ 「〔キャプテン・ブルノが南洋トゥアモトゥ群島のひとつの島に来て〕まもなく子供が生れた。上の子は男、次は女だった。子供たちの教育は、すべて私たち夫婦でやった。家には、フランスから持って来たピアノがあった。家内はこれで音楽を教えたり、また英語の会話を教えたりするし、私は私で、ラテン語と数学を教えてやった。歴史はみんなで一緒に読んだ。今では子供たちは帆走〔セイリング〕もできるし、泳ぎなどは土地の子供と少しも変らない。島のことなら、なに一つ知らないことはない」 □(327) □ 「いや、こんなことを言うと、どう思われるかしらないが、前線というのは実に愉快なもんですよ。友達もいくらだってできますしね。なんといっても第一級の生活ですよ。もちろん戦争とか、そういったものは、恐ろしいもんでしょう。だが、人間のいちばんいいところが出るのも、やっぱり戦争ですからね。これだけは否定できないと思うんですよ」 □(361) 「人間のいちばんいいところ」とは、何であろう。 なお、313ページに「伊勢海老の料理」という表現が出てきて、それに「ロブスター・ア・ラ・ポルテユゲーズ」とルビがあるのだが、「伊勢海老」と「ロブスター」とは別物のはず。 @研究室
by no828
| 2011-09-08 15:27
| 人+本=体
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自省のために。他者の言葉に出会うから自分の言葉を生み出せる。他者の言葉に浸かりすぎて自分の言葉が絞り出せなくなることもある。自分の言葉と向き合うからその言葉は磨かれる。よろしくお願いします。 by no828 カレンダー
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