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思索の森と空の群青

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2011年 10月 25日

諸君、異論があるか。あればことごとく却下だ——森見登美彦『夜は短し歩けよ乙女』

諸君、異論があるか。あればことごとく却下だ——森見登美彦『夜は短し歩けよ乙女』_c0131823_1912357.jpg祝 110(432)森見登美彦『夜は短し歩けよ乙女』角川書店(角川文庫)、2008年。


版元 → 
※ 単行本は2006年に同店より刊行。


 ようやく古本105円で入手(→ )。

 森見の小説の舞台は、京都。京都に住む人・住んだ人とそうでない人ととでは、読み方が違ってくるように思われる。



「親指をひっそりと内に隠して、堅く握ろうにも握られない。そのそっとひそませる親指こそが愛なのです」
 彼女はそう語った。
 幼い頃、彼女は姉からおともだちパンチを伝授された。姉は次のように語った。
よろしいですか。女たるもの、のべつまくなく鉄拳をふるってはいけません。けれどもこの広い世の中、聖人君子などはほんの一握り、残るは腐れ外道かド阿呆か、そうでなければ腐れ外道でありかつド阿呆です。ですから、ふるいたくない鉄拳を敢えてふるわねばならぬ時もある。そんなときは私の教えたおともだちパンチをお使いなさい。堅く握った拳には愛はないけれども、おともだちパンチには愛がある。愛に満ちたおともだちパンチを駆使して優雅に世を渡ってこそ、美しく調和のある人生が開けるのです
 美しく調和のある人生。その言葉がいたく彼女の心を打った。
 それゆえに、彼女は「おともだちパンチ」という奥の手を持つ。

□(8-9)


「人生論なんか、ちょっと年食ったオヤジなら誰だって言えるよねえ」
□(27)


 何万冊ともいうべき背表紙の群れを眺めていると、我が生涯に栄光の新地平を切り開く天与の一冊がどこかに埋もれている、というお馴染みの妄想に苦しめられた。本たちが叫び出す——「おまえは俺すら読んでないじゃないか。恥を知れ、このへっぽこ野郎」「骨のある本を読んで、ちっとは魂を鍛えろ。たとえば俺だ」「俺を読みさえすれば貴君はあらゆるものを手に入れるであろう。知識、才能、根性、気魄、品格、カリスマ性、体力、健康、艶のある肌、あとは酒池肉林もお望み次第だ。なに、酒池はいらん? そんなことはどうでもいいから、まず俺を読め」等々。
「無理はしないほうがいいぜ、兄さん」
 少年は文庫本の棚にもたれながら言った。「べつにコワモテのする本を読めなくてもいいじゃない。気張らないで、一期一会を楽しめ」
「おまえなんかの慰めは無用だ」
「もっとほかに面白そうな本がいくらでもあるじゃない。少年老いやすく学成りがたし、だ」
「おまえが言うな」
「俺だから言うんだ」
 そう言って少年は薄ら笑いを浮かべた。

□(94-5)

 こういう「妄想」にはよく捕らわれる。

 なお、これは古本市の場面。こういうのが近くであるといいのだが、ない。ちなみに、今年の(= 第52回)神田古本まつりは、10月27日(木)から11月3日(木・祝)までです。場所はもちろん神保町のあの辺です。→ 


「父上はいつも僕をここに連れてきてくれた。そして本たちがつながっていることを教えた。僕はここにいると、本たちがみな平等で、自在につながりあっているのを感じることができる。その本たちがつながりあって作り出す海こそが、一冊の大きな本だ。だから父上は死んだ後、自分の本をこの海へ返すつもりでいた」
「オヤジさん、亡くなったのか」
「そうだよ。だから今日、僕はここへ来た。僕には父上の本をこの海へ返す使命がある」
 少年は雨が上がりつつある空を指した。
「悪しき蒐集家の手から古書たちを解放する。僕は古本市の神だ」

□(111)


 諸君、異論があるか。あればことごとく却下だ。
□(124)

 この文章は、堀井憲一郎『いますぐ書け、の文章法』(ちくま新書、2011年)にも引用されていた(ここでは紹介していないが)。“異論はあまねく却下するくらいの気持ちで書け、書くならば言い切れ、断定しろ”という文脈であった。(そういえば、O本先生も顔本でこの堀井の本を紹介されていた。)


「着実に外堀は埋めている」
「外堀埋めすぎだろ? いつまで埋める気だ。林檎の木を植えて、小屋でも建てて住むつもりか?」
「石橋を叩きすぎて打ち壊すぐらいの慎重さが必要だからな」
「違うね。君は、埋め立てた外堀で暢気に暮らしてるのが好きなのさ。本丸へ突入して、撃退されるのが恐いからね」
本質をつくのはよせ

□(158-9)

 森見の小説は、その冷静さがおもしろい。

@研究室

by no828 | 2011-10-25 13:10 | 人+本=体


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