2011年 11月 25日
125(447)村上春樹『国境の南、太陽の西』講談社(講談社文庫)、1995年。 ※ 単行本は1992年に同社より刊行。 版元 → ● ここのところ村上春樹を集中的に読んでいる、とこの前も書いた。読む本は、古本屋の在庫状況に左右される。とくに、105円の棚の状況に。だから、系統立てて、ということをここでは素直に「刊行順に」という意味で使用しているが、そのように読むことができていない。それに、20歳前後で読んだものもすでにある。 ここまで読んできて気付いたのは、村上春樹の本には「解説」が付されていないということである。だからどうだというところまでは言えないし、考えてもいない。ただ、“本に解説は付属するものである”というのが通念としてあるから、「ない」のが不自然に見えているのはたしかである。しかしながらよく考えてみれば、“本に解説が付く”は「変だ」と言うこともできる。本に解説が付きはじめたのはいつどのような理由からなのか、どの分野の本からはじまったのか、気にはなる。 □ でもそのときの僕にはわかっていなかったのだ。自分がいつか誰かを、とりかえしがつかないくらい深く傷つけるかもしれないということが。人間というのはある場合には、その人間が存在しているというだけで誰かを傷つけてしまうことになるのだ。 □(40) 教育という行為は、そして開発という行為も、その子を「とりかえしがつかないくらい深く傷つけるかもしれない」。 □ 「でもあなたはもし私に出会わなかったなら、あなたの現在の生活に不満やら疑問を感じることもなく、そのまま平穏に生きていたんじゃないかしら。そうは思わない?」 「あるいはそうかもしれない。でも現実に僕は君に会ったんだ。そしてそれはもうもと〔ママ〕には戻せないんだよ」と僕は言った。「君が前に言ったように、ある種のことはもう二度と元には戻らないんだ。それは前にしか進まないんだ。島本さん、どこでもいいから、二人で行けるところまで行こう。そして二人でもう一度始めからやりなおそう」 □(251) この「もう二度と元には戻らない」「ある種のこと」には教育も、そして開発も含まれるはずである。教育者や開発者は、「あなたはもし私に出会わなかったなら、そのまま平穏に生きていたんじゃないかしら。そうは思わない?」という問いを、自らに投げかけることはあるのか。 □ 僕らは六〇年代後半から七〇年代前半にかけての、熾烈な学園闘争の時代を生きた世代だった。好むと好まざるをにかかわらず、僕らはそういう時代を生きたのだ。ごくおおまかに言うならばそれは、戦後の一時期に存在した理想主義を呑み込んで貪っていくより高度な、より複雑でより洗練された資本主義の論理に対して唱えられたノオだった。少なくとも僕はそう認識していた。それは社会の転換点における激しい発熱のようなものだった。でも今僕がいる世界は既に、より高度な資本主義の論理によって成立している世界だった。結局のところ、僕は知らず知らずのうちにその世界にすっぽりと呑み込まれてしまっていたのだ。僕はBMWのハンドルを握ってシューベルトの『冬の旅』を聞きながら青山通りで信号を待っているときに、ふと思ったものだ。これはなんだか僕の人生じゃないみたいだな、と。まるで誰かが用意してくれた場所で、誰かに用意してもらった生き方をしているみたいだ。いったいこの僕という人間のどこまでが本当の自分で、どこから先が自分じゃないんだろう。ハンドルを握っている僕の手の、いったいどこまでが本当の僕の手なんだろう。このまわりの風景のいったいどこまでが本当の現実の風景なんだろう。それについて考えれば考えるほど、僕にはわけがわからなくなった。 □(98-9.傍点省略) □ 「違うよ。君が怖かったわけじゃない。僕が怖かったのは拒否されることだったんだ。僕はまだ子供だった。君が僕を待ってくれているなんて僕にはうまく想像できなかったんだ。僕は君に拒否されることが本当に怖かった。君の家に遊びにいって、君に迷惑に思われるのがとても怖かった。だからつい足が遠のいてしまったんだ。そこで辛い思いをするくらいなら、本当に親密に君と一緒にいたときの記憶だけを抱えて生きていた方がいいような気がしたんだ」 □(126-7) 記憶。 □ 「どうして新しいものを読まないの?」 「たぶん、がっかりするのが嫌だからだろうね。つまらない本を読むと、時間を無駄に費やしてしまったような気がするんだ。そしてすごくがっかりする。昔はそうじゃなかった。時間はいっぱいあったし、つまらないものを読んだなと思っても、そこから何かしらは得るものはあったような気がする。それなりにね。でも今は違う。ただ単に時間を損したと思うだけだよ。年をとったということかもしれない」 「そうね、まあ年をとったというのはたしかね」と彼女は言って、いたずらっぽく笑った。 「君はまだよく本を読んでる?」 「ええ、いつも読んでるわよ。新しいのも古いのも。小説も、小説じゃないのも。つまらないのも、つまらなくないのも。あなたとは逆に、私はきっとただ本を読んで時間をつぶしていくのが好きなのね」 □(140-1) □ 「〔略〕前にも言ったように、僕は大学を出てからずっと教科書を出版する会社に勤めていた。そこでの仕事というのは本当につまらないものだった。何故なら僕はそこで想像力というものを働かせることができなかったからだよ。そこではむしろ想像力を殺すことが仕事だったんだ。だから僕は仕事が退屈でしかたなかった。会社に行くのが嫌でしかたなかった。本当に息が詰まりそうだった。そこにいると僕は自分がだんだん小さく縮んでいって、そのうちに消えてなくなってしまうんじゃないかという気がした」 □(144) □ 「まずまずの素晴らしいものを求めて何かにのめり込む人間はいない。九の外れがあっても、一の至高体験を求めて人間は何かに向かっていくんだ。そしてそれが世界を動かしていくんだ。それが芸術というものじゃないかと僕は思う」 □(148) □ 「お前はどうだい。二人の娘はどっちも同じくらい好きかい?」 「同じくらい好きですね」 「それはまだ小さいからだよ」と義父は言った。「子供だってもっと大きくなると、こっちにもだんだん好みというものが出てくる。あちらにも好みは出てくるけれど、こっちにだって出てくる。それはお前にも今にわかるよ」 「そうですか」と僕は言った。 「俺は、お前にだから言うけど、三人の子供の中では有紀子がいちばん好きなんだ。他の子には悪いと思うけど、それはたしかなんだ。有紀子とは気が合うし、信用できる」 □(188) わからない。この「わからない」は、“義父よ、何を言っているのだ、そんなことあるわけないじゃないか”という非難の意味が込められた「わからない」ではない。「ついていけない」というのとも違う。文字通り、さっぱりわからないのである。「自分の子ども」とは一体どういう存在なのであろうか。 自分の親はわれわれ兄弟3人をどう思っているのか、とは、さすがに訊けない。 そういえば、日本でも放映されたアメリカのドラマ「アリーmyラブ」において、多重結婚で訴えられた女性が「自分の子どもが何人でも平等に愛せるように、夫が何人でも平等に愛せるのよ(だから多重結婚は罪にはならないのよ)」と主張していたことを思い出した。 □ 「ごく普通のがいいんだけど、それでいいかな? あるいは僕には想像力が欠けているのかもしれないけれど」と僕は言った。 □(258) □ 「私が何を考えているかあなたにわかるの?」と彼女は言った。「私の考えていることが本当にあなたにわかっていると思う?」 □(267-8.傍点省略) □ 「私は思うんだけれど」と彼女は言った、「あなたは私に向かってまだ何も尋ねてない」 「明日からもう一度新しい生活を始めたいと僕は思うんだけれど、君はそれについてどう思う?」と僕は尋ねた。 「それがいいと思う」と有紀子はそっと微笑んで言った。 □(296) @研究室
by no828
| 2011-11-25 12:45
| 人+本=体
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自省のために。他者の言葉に出会うから自分の言葉を生み出せる。他者の言葉に浸かりすぎて自分の言葉が絞り出せなくなることもある。自分の言葉と向き合うからその言葉は磨かれる。よろしくお願いします。 by no828 カレンダー
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