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思索の森と空の群青

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2011年 12月 15日

関与したら最後ってわけだね——奥田英朗『イン・ザ・プール』

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134(456)奥田英朗『イン・ザ・プール』文藝春秋(文春文庫)、2006年。

※ 単行本は同春秋より2002年に刊行。

版元 → 




 12月13日の米原万里(→ )が読書日記で(たしか)言及していたから。精神科医が登場する短篇(中篇?)集。

 版元の画像を見て、この作品が直木賞受賞作ということを知った。

 考えさせられながらおもしろく読めたのは(自分にあてはまる部分があるからか?)「フレンズ」と「いてもたっても」。この2作品から、あるいは全作品から一種の教訓として読み取れたのは、“自分の心根に正直に生きたほうがよい”。自分の規準を理想化した自分に置きすぎたり他者の目に置きすぎたりする、そのために我慢しすぎたり偽装しすぎたりする、それによって身体のバランスは崩れる。社会で生きていくうえでは、ときにそうしたことも必要だが、過度になってはいけない。


カウンセリング?」伊良部が鼻の頭に皺を寄せ、さもいやそうに言った。「無駄だって。そういうの
「無駄?」
生い立ちがどうだとか、性格がどうだとか、そういうやつでしょ。生い立ちも性格も治らないんだから、聞いてもしょうがないじゃん
「そんな……」義雄は絶句した。精神科医にかかるのは生まれて初めてだが、こんなことがあっていいのだろうか。
「それとも、なんか告白したいことある?」
「いいえ」
「だったら、いいじゃん」伊良部がソファに深くもたれ、短い脚を無理に組む。義雄はスツールに座らされていた。
 もしかして、これも治療の一環なのか? 義雄はそんなことまで思った。
「気にしちゃいけないって思うこと自体が気にしてることで、どうせ堂々巡りなのよ」伊良部は両手を頭のうしろに組み、笑っていた。

□(「いてもたっても」241-2)


「いや、放火ならたぶん気にならないと思います」
「どうして?」
「自分の責任はゼロだから」
「ふうん」伊良部が唇をすぼめ、首をぽりぽりと掻いている。「要するに、岩村さんは、自分に少しでも責任が生じそうなことに強迫観念を持ってるんだ。関与したら最後ってわけだね
 伊良部に言われ、自分でも病気の実体がわかった気がした。

□(「いてもたっても」263-4)


 義雄は思った。世の中には、心配をかける人間と心配をする人間とがいる。伊良部は前者で自分は後者だ。後者が前者の分まで心配することにより、世の中は平和裏に運んでいるのだ。
 なんて不公平なのか。心配はシェアし合うべきだろう。

□(「いてもたっても」267)


@研究室

by no828 | 2011-12-15 13:25 | 人+本=体


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