2011年 12月 19日
136(458)村上春樹『レキシントンの幽霊』文藝春秋(文春文庫)、1999年。 ※ 単行本は1996年に同春秋より刊行。 版元 → ● 短篇集。読者を連れ去るだけ連れ去って、さようなら——村上春樹は基本的にこれだが、短篇だとこれが際立つ。連れ去られたあとどうするかは、読み手の想像力に掛かっている(ということなのだと思う)。 □ 「ひとつだけ言えることがある」とケイシーは顔を上げ、いつもの穏やかなスタイリッシュな微笑みを口元に浮かべて言った。「僕が今ここで死んでも、世界中の誰も、僕のためにそんなに深く眠ってはくれない」 □(「レキシントンの幽霊」37) □ しかしそれほど大きな打撃を受けたというのに、私が台風のさなかにKを海岸に連れていったことについて、Kの両親は私は一度たりとも責めませんでした。私がそれまでKを本当の弟のようにかわいがって大事にしていたことを、彼らはよく知っていたからです。また私の両親も、私の前ではその事件に触れないようにしていました。でも私にはわかっていました。もしそうしようと思えば、私はKを助けることだってできたのです。Kのところまで行って、彼を引っ張って波の届かない地点まで逃げることだって、できたかもしれないのです。タイミングとしてはぎりぎりだったかもしれませんが、記憶の中の時間をたどってみると、それくらいの余裕はあっただろうと思われます。でも私は先ほども申し上げましたように圧倒的な恐怖に駆られて、Kを見捨ててさっさと一人で逃げてしまったのです。Kの両親が私を非難しないことで、また誰もが腫れ物に触るみたいに事件のことを口にしないせいで、余計に私は苦しみました。長いあいだその精神的なショックから立ち直ることができませんでした。学校にも行かず、食事もろくにとらず、ただ横になって毎日天井をじっと見上げておりました。 □(「七番目の男」166-7) contingency □ 「私は考えるのですが、この私たちの人生で真実怖いのは、恐怖そのものではありません」、男は少しあとでそう言った。「恐怖はたしかにそこにあります。……それは様々なかたちをとって現れ、ときとして私たちの存在を圧倒します。しかしなによりも怖いのは、その恐怖に背中を向け、目を閉じてしまうことです。そうすることによって、私たちは自分の中にあるいちばん重要なものを、何かに譲り渡してしまうことになります。私の場合には——それは波でした」 □(「七番目の男」177) □ 隣のテーブルではきちんとした身なりの中年の夫婦が、サンドイッチを食べながら、肺癌で入院している知人の話をしていた。五年前に禁煙したのだがやめるのが遅すぎたらしいとか、朝起きたらどっと吐血したとか、そんな話だった。妻が質問し、夫がそれに答えた。癌というものはある意味では、その人間の生き方の傾向が凝縮したものでもあるのだと夫は説明した。 □(「めくらやなぎと、眠る女」203) @研究室
by no828
| 2011-12-19 12:18
| 人+本=体
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自省のために。他者の言葉に出会うから自分の言葉を生み出せる。他者の言葉に浸かりすぎて自分の言葉が絞り出せなくなることもある。自分の言葉と向き合うからその言葉は磨かれる。よろしくお願いします。 by no828 カレンダー
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