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思索の森と空の群青

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2013年 01月 12日

批評はどんどん公的な領域から孤立していくんです——筒井康隆『フェミニズム殺人事件』

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筒井康隆『フェミニズム殺人事件』集英社、1989年。185(645)

版元 →  ただし、文庫。


 引き続き、昨年ぶん。筒井康隆の長篇ミステリ。小説家(というのは筒井本人)と大学の文学教員と企業に勤めるフェミニスト、といった人たちがそれぞれに休暇を過ごすために集うことになったホテルで起きた殺人事件のお話。

 フェミニズム理論についての記述がもっとあるのかと期待しましたが、あまりありませんでした。

「しかし、イギリスの大学には、ヴィクトリア朝時代から英文学科があったでしょう」小曾根氏が言った。「そこでは文学教員が行われていたのでしょう」
「たしかにそうなんですが」と、松本が口を出した。「そのために文学研究のプロがあらわれて、アマチュアの文人と対立して、あげく超越的になってしまったんだと思いますね
アメリカでも『新批評』などという難解なものがあらわれて、批評はどんどん公的な領域から孤立していくんです
〔略〕
「文芸批評が次第に難解になっていったとそれからどうしました」〔略〕
「ますます難解になり続けたのです」〔略〕「それ以後、次つぎと新しい文学理論が生れます。『ロシア・フォルマリズム』『現象学』『解釈学』『受容理論』『記号論』『構造主義』『ポスト構造主義』『精神分析批評』『マルクス主義批評』といった具合ですが、だいたいまあ、あとになればなるほど難解になっていきます。これを詳細に小説の中で説明したりすると大変なことになりますから、やらないつもりです。それにこれは、わたしと同じ神戸在住の筒井康隆という作家が『文学部唯野教授』という小説の中でやっておりますので」
(67-8)

 わたしの記憶がたしかならば、『文学部唯野教授』では上の引用文中に列挙された文学理論の順番に(すべてではないにしても)章が立てられていたはずです。章名自体が「ロシア・フォルマリズム」、「現象学」、……というふうに。そしてその章構成というのは、テリー・イーグルトンの『文学とは何か』に依拠したものであったはずです。

 メモ1:「(海を)浚えて」の読みは「さらえて」。
 メモ2:「(地味な)装り(に身をやつしている)」(263)の読みは? 「よそおり」? 正しくは「装い」?


@研究室

by no828 | 2013-01-12 15:09 | 人+本=体


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