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思索の森と空の群青

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2013年 05月 05日

難民に対する同情をおさえることとなにもしないことがおなじことだと——南木佳士『ダイヤモンドダスト』

難民に対する同情をおさえることとなにもしないことがおなじことだと——南木佳士『ダイヤモンドダスト』_c0131823_1784960.jpg南木佳士『ダイヤモンドダスト』文藝春秋(文春文庫)、1992年。37(692)

「南木 佳士」は「なぎ けいし」

単行本は1989年に同春秋

版元 → 


 表題作ほか3篇。筆者は、医師 兼 作家。カンボジアとタイの国境付近の難民キャンプで医療活動に従事した経験あり、と知って読みました。ちなみに著者の専門は内科、とくに肺癌のようです。

「タイのカンボジア難民収容所に行ってましたので」
「なるほど、タイにねえ。なんですかなあ、あの辺ではまだ尻〔けつ〕を手で拭いてるですか?」
「そんな所もあるようです」
「わしゃあビルマでしたがなあ、土人はみんなそうしてたですよ。なるほどなあ、今でもねえ」
「ぼくが見たのは、タイのほんの一部の地域だけですから」
「いやあ、暑いとこはみんなおなじですわなあ。それでも、わしらがあの頃悪いことしてきたから、今、あんたら若い人たちが行って、その難民つうのを助けてやるっつうのは、こりゃあいいことですわなあ。泣かした女もいますでなあ」
そういう意味ではないと思いますが
いやいや、ありがたいことです。借金を返してもらったようで、ありがたいことです
(「冬への順応」32-3)

 タケオさんのまわりに集まって手を振っている、若いクメール人の医療助手の一人が、彼女ほど病棟の仕事をきちんとやった看護婦はいなかった、と怒ったように言った。それにつられて、他の一人が涙声で言った。難民に対する同情をおさえることと、なにもしないことが、おなじことだと錯覚していた日本の医者や看護婦たちに、なぜひと一倍多くのことをしてくれた彼女を責める権利があるのだ、と。(「長い影」114-5)

 自分が死ぬ時期を知ってるってことは、もしかしたら幸福なことなのかも知れないって、最初は無理に思い込んでたんだけど、今ではほんとうにそういう気がするの。先に行ってます。待ってたら悪いから、とにかく先に行ってますね。(「ダイヤモンドダスト」163)

「人の作る機械は、その速度が速くなればなるほど大きな罪を造るようです」(「ダイヤモンドダスト」181)

お金があったから実現できた夢っていうのは、お金さえあれば実現できた夢なのよ。この齢になって、やっとそういうことが分かってきたのよ。目覚めた成金てとこかな」(「ダイヤモンドダスト」185)

「当直をしていると、救急車が運んでくるのは、酔っぱらいの大学生と、ゴルフ場で虫に刺されたおじさんたちばかりだ。あの人たちは顔の皮が厚くなった分だけ、身体の皮膚が弱くなったんだな。同情が医療の原点だとするなら、おれは何をやってるのかねえ」(「ダイヤモンドダスト」187)


 精神科医 兼 作家である加賀乙彦(『宣告』→ )との対談も収録されています。
南木 だから、医者という仕事をやっていて唯一有難かったなというのは、亡くなっていく患者さんたちから、そういうことを教われたことじゃないかという気がします。「いつまでも生きているような気でいるけれども、いつかはあなたの番なんですよ」と。これだけは、臨床の医者をやっていて、唯一よかったことなのかもしれません。(「滅びへの傾斜」225)

加賀 それから、二十年ぐらい前ですが、私は救急病院で自殺した人たちの看護をしたことがありますが、これは、遺書まで残して死のうとした人を助けちゃうわけですよ。本人の意志に反してね。それは医学的な行為だとされていますが、その人にはどうしても死ななきゃならない事情があって、次から次へと幸い出来事が出てきて、耐えられなくて自殺しようとしたのに生かしちゃったら、またそこへ戻らなきゃならない。これはどういうことだろうと悩んだことがありますね。
南木 自殺しようとした人を助けることはありますね。
加賀 そういう時に、医者は科学者でなくなってくるわけです。科学が進歩すればするほど、そういう領域が増えてくる。訳のわからない、決断を迫られる領域がね。〔略〕
南木 日本の肺癌学会なんかでも、ようやく患者のクオリティ・オブ・ライフについてのシンポジウムが開かれるようになってきました。ただ延命させるのがいいのか。そこは難しいところですね。その人の人生で、これが幸福なんだろうかというのを考える時は、自分にとって幸福は何なのかが常に問われますね。
加賀 そして、他人の幸福まで医者が左右する権利があるかということになっちゃうから、これは大変ですね。
(「滅びへの傾斜」233-4)


@研究室

by no828 | 2013-05-05 17:22 | 人+本=体


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