思索の森と空の群青

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2013年 09月 09日

知的に後退すればするほど、本当の自分は凄いのだと——奥泉光『桑潟幸一准教授のスタイリッシュな生活』

c0131823_16271832.jpg奥泉光『桑潟幸一准教授のスタイリッシュな生活』文藝春秋、2011年。68(723)

版元 →  


 最近は、大学、学校、図書館、本屋、出版社が舞台となる本をよく読んでいます。あとは(とくに自覚的にというわけでもないのですが、たぶん良質のいわゆる「本格」が揃っているからという理由で)創元推理文庫。

 本書は大学ミステリ。敷島学園麗華女子短期大学(通称レータン、東大阪市)から、たらちね国際大学(千葉県権田市)へ移った桑潟幸一准教授(通称クワコー、桑幸)であります。いずれも「底辺」の大学という設定です。本書に部分的に描かれた、大学への就職や大学の運営など政治化しがちなテーマに絡む部分を読んで、筒井康隆の『文学部唯野教授』を思い出したり、自らの置かれた位置を改めて振り返ってみたりしました。

 桑幸のたらちね最初の給与明細に「110,350」と記されていたのには驚きました。常勤なのに? わたしは「相場」を全然知らない(別段知ろうとしていない)ので、「現実」と比較的に捉えることができません。

 著者の奥泉光自身が大学教員でもあります(→ )。

 桑幸が担当する授業は、「日本文学概論」「日本文化の諸相(2)」「文章技術」「児童文学概論」といったもので、どれもレータン時代のノートをそのまま使えばすんだ。だいたい日本文学とか日本文化などというのは、わざわざ教えたり学んだりするようなものではないのである。日本に生まれ育って日本の空気を吸っていれば自然と身に付くものであって、それで身に付かないようなものはそもそも必要がない、というのが桑幸の持論であった。したがって教えなくてもいいのであった。(54.強調省略)


 鯨谷光司教授曰く
このあいだ教授会に出て、ホンマ驚いたんやけど、学期末のレポートを提出しなかった学生には単位をやらんちゅうんですな。そんなアホなことがありますか? 学生はちゃんと学費を払っている。そんなもんに単位をやらんでどうします? レポートを出す出さんは学生さんの勝手でっしゃろ。あっちはカネを払ってるんやから。そしたら、別のセンセが発言して、毎回出欠とって半分休んだあらオトすちゅうんですな。あんた、気ぃでも狂ったんか? といってやりましたわ。たかが出席せんとか、試験を受けんくらいで、単位をやらんなんて非常識がまかり通ってるんですからな、大学ちゅうところは。ホンマ呆れたもんですわ」と慨嘆した鯨谷教授は、学生が単位を登録した段階で全員に一律「優」を与えるという制度を提言したいと、本気でいうので、リクルート委員会の名前で文書を作成した。(129-30.強調省略)


なんか茨城って、日本のフランスらしいよ
「なに、それ?」
「意味わかんねー」
「だけど、だけど」とナース山本は批判を急いで跳ね返す。「筑波大の先生がいってたんだって
「なんて?」
「だから、茨城は日本のフランスなんだって。ただし、パリはないんだって」
(160.強調省略)

 その先生は誰ですか?

 大学教師は、一度なってしまえば試験も何もなく、つまり客観評価を受ける機会がなく、だから主観の妄想の花園にずっと棲息し続けることができることの、桑幸は好例であった。学生による「授業評価」というのがしばらく前からはじまっていて、桑幸も前にいた敷島学園麗華女子短期大学——通称レータンで経験はした。桑幸に対する学生評価は、「冬の海にいるような感じ」「かわききったタコツボ」といった気のきいたコメントも散見されたものの、全体的には最悪で、しかし桑幸は、そもそも学生の頭が悪いのだから意味なし、自分の講義はサルに小判だとうそぶいて恥じるところがなかったから、どうにもならない。しかも、驚くべきことには、世の中、下には下があるもので、桑幸より評価の低い教師がかなりの数いたのである!

 オレはレータンごときで本気を出していないし、出す必要もないし、これでオレが本気を出したら大変だよ、すんごい評価になっちゃうよ、そうなっちゃっても知らんからね、と、傲然となりこそすれ、なにひとつ桑幸が反省しなかったのは、文部科学省にも予想外だっただろう。
 桑幸の自己評価は巨木のごとくブレがなかった。というより、知的に後退すればするほど、無能ぶりが露呈する場面が重なれば重なるほど、本当の自分は凄いのだとする、根拠のない確信の家畜は肥え太り、妄想の花園で花々が絢爛と咲き誇るのだった。
 だが、〔略〕そんな桑幸にも、自分の「低さ」をリアルに鼻面につきつけられる機会がついに訪れた。たらちねへ移って最初の給与明細である。
 110,350——。
 数字の明快さには幻想の入り込む余地がない。
(225-6.強調省略)


@大学中央図書館
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by no828 | 2013-09-09 16:36 | 人+本=体 | Comments(0)


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