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思索の森と空の群青

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2013年 10月 21日

もう話しかけないで欲しいと暗に言われているようだった——相沢沙呼『午前零時のサンドリヨン』

もう話しかけないで欲しいと暗に言われているようだった——相沢沙呼『午前零時のサンドリヨン』_c0131823_17583534.jpg相沢沙呼『午前零時のサンドリヨン』東京創元社、2009年。76(731)

「相沢 沙呼」は「あいざわ さこ」。名前からも装丁からも文体からも内容からも女性かと思っていましたが、どうやら男性のようです。

版元 → 

 高校生マジシャン 酉乃 初(とりの はつ)に憧憬する須川君であります。

 学校を舞台にした小説には(古本屋では)すぐに手を伸ばしてしまい、それをカゴに投入してしまいます。学校や教育に関わる日常的な細くて小さな場面を捉えた、文学であるがゆえに可能であった批判的な断章が、そして理想的な断章が、そこに挟み込まれているのではないか、と思うからです。

 学校や教育を批判的に肯定するようなスタンスでありたいと思います。

 中学三年のときのクラスに、小松君という男の子がいた。背の低い子で、授業中は常に俯いて机の上を見つめていた。ほとんど喋らない性格で、暗い空気が感染するからと男子達はあからさまに彼を避けていたし、女子達はまるで彼の存在に気付かないかのように振る舞っていた。
 小松君は放課後になると、毎日独りで階段を掃除していた。彼の所属する班の持ち場がそこだった。みんなは小松君に掃除を押し付けて帰宅してしまう。そんな彼を誰も見ないフリをしていた。俯いてモップを片手に、顔を歪めて床を見つめるその表情を、誰も見ようとしなかった。小松君は、結局一度も心からの笑顔を見せないまま、卒業した。
 あんな表情を目にして、どうして僕はなにも言ってあげられなかったんだろう。せめて、手伝おうかって、そう声をかけることくらい、できたはずなのに。
「やっぱりさ……。書架の整理、手伝おうか?」
 慶永さんは「大丈夫ですから」と答えて、文庫本を広げた。もう話しかけないで欲しいと暗に言われているようだった。
(35)

「柏先輩の家のことは、わたしにはわかりませんけれど……。視野に入れてるってことは、ご両親が後押ししてくれてるんだと思います。ただ、それって結構なプレッシャーだと思うんです。学費がすごいわりに、音大の卒業生って、就職先がほとんどないでしょう? 良くてピアノの先生止まりです。それだけお金を掛けて、もし夢が叶わなかったら……。やっぱり、それだけお金を出してくれるご両親に申し訳ないって思うでしょうし。瑠璃垣先輩に聞いた話ですけど、柏先輩、先月くらいストレスで胃を悪くしちゃってるみたいで。不思議ですよね」
 慶永さんは窓枠に肘を乗〔ママ〕せて、汚れた天井を仰ぐように見上げた。
好きなことをしてるのに、どうしてそんなにつらくなるんでしょう。わたしにはわからないなぁ
(133)

 音楽は、人の心を揺さぶる。
 まるで魔法のように。
「けれど……」柏さんが、呟く。「もう、こんな苦しいこと……」
 ぽん――。
 もうこれで魔法は終わり、というように、最後の音が鳴った。
 酉乃が、真摯な表情で言う。
なにか表現したいものがある。そのために、わたし達は唇を噛み締めるのではないでしょうか
 なにか表現したいものがある。
(156-7)

 未完成の世界。この世界は製品になる前の段階で、僕達はそこに生まれ、そこで生き、そこで死んでいく。遊馬さんの言葉は、不思議と静かに僕の胸に浸透していった。
あたし達は、この世界で過ごして、不具合を見つけたら神様に報告するユーザーなんだって言ってた。そして、いつかは神様がカンペキな世界を作ってくれるんだって……
「それが自殺した、直接の原因ですか?」
(250)


@研究室

by no828 | 2013-10-21 18:14 | 人+本=体


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