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思索の森と空の群青

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2014年 08月 12日

「あ、あまい」ぼくはまずそう言った。うまいの前に、あまさを感じた——椎名誠『新宿熱風どかどか団』

「あ、あまい」ぼくはまずそう言った。うまいの前に、あまさを感じた——椎名誠『新宿熱風どかどか団』_c0131823_18182080.jpg椎名誠『新宿熱風どかどか団』朝日新聞社、1998年。6(829)


版元 → 


『本の雑誌血風録』(→ )の続編です。時代は1980年、雑誌『本の雑誌』発行3年目の頃です。

 先日『本の雑誌』を購入しました。『本の雑誌』を買うのは3回目か4回目です。特集は「ブックオフでお宝探し!」(→  外部リンク)。亡くなった「渡辺淳一の十冊ならこれだ!」コーナーでは、わたしが渡辺淳一で唯一読んだことのある『花埋み』(→ )も挙げられていました。それ以外のページも充実していて、紹介されていた本を私的購入本リストに追加しました。


「で、その生ビールですがね、たぶん日本で一番うまい生ビールをのませてくれるところを見つけましたよ
「え? えっ?」
「それもわりと近くです。東京駅の近くです」
「えっ! えっ! どこですか」
 たちまち声がうわずっている。なさけないが仕方がない。
どうも体験者の話ではとりわけそこのビールがうまい、つまりビールの銘柄がうまい、というのではなくて、その注ぎ方がとてつもなくうまいようなんですよ。つまり名人芸というやつですね」〔略〕
「そりゃあもうとにかく行って確かめるしかないでしょうねえ。すぐ行くべきですね。今行くべきですね」早くもぼくは軽い腰をあげそうになった。
 話はたちまち決まりさっそくその週末にでかけた。
 なるほど近い。東京駅八重洲口から歩いて五、六分のところにある「灘・コロンビア」というちょっと変わった店名の一見居酒屋ふうの店がまえだ。カウンターと細長いテーブル席と小あがりがあって客は圧倒的にサラリーマンが多い。みんな生ビールをのんでいる。店主は新井徳司さん六十一歳である。ワイシャツにベストにネクタイ。やっぱりナミの居酒屋とはちょっとちがう。
 ちょうどあいていたカウンターに座って、たちまちなにはともあれ生ビール、生ビール! の状態になった。
 間もなくカウンターの上に、把手のない大きなグラスに入った生ビールが置かれた。ビール七対泡三。ひと目でその泡の並はずれたキメ細かさ、というものがわかる。〔略〕
あ、あまい
 ぼくはまずそう言った。うまいの前に、あまさを感じた。泡があまいのである。しかもさっき見て感じた以上にそのキメの細かさがものすごい。質量を感じる泡だ。ビールの泡がこんなにあまくてうまかったとは……。もちろんそのあとに続くビール本体も断然タダモノではない。
う、うまい
 ヨロコビと感動がひたひたと身を包む。どうしてこの店をもっと早く知らなかったのだろうというぞわぞわとした悔恨が身をゆする。
(236-7)

 残念ながらこの新井徳司さんはもう亡く、「灘・コロンビア」ももうないようです。ただ、この技を引き継ぐお店があるようです。「BIERRIESE'98」(→  外部リンク)がそのお店のようです。

@研究室

by no828 | 2014-08-12 18:27 | 人+本=体


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