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思索の森と空の群青

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2014年 08月 20日

一番怖かった。 本気でやって、何もできない自分を知ることが——朝井リョウ『桐島、部活やめるってよ』

一番怖かった。 本気でやって、何もできない自分を知ることが——朝井リョウ『桐島、部活やめるってよ』_c0131823_20251656.jpg朝井リョウ『桐島、部活やめるってよ』集英社、2010年。7(830)


版元 → 


(売れた本はすぐには読まない、という方針です。それはしかし、気になってはいる、ということでもあります。「B○○K ○FF」税抜き100円棚への陳列が、そうした本に手を出す時機の目安の1つです。定価で買うことが書き手への敬意の表明だ、という考え方も、頭にはありますが、それはもっぱら本分のほうで実行しています。)

 高校バレー部のキャプテン桐島が部活を辞める、という出来事をめぐって桐島の周囲の人びとが照射され、その影として桐島が浮上させられる、という手続きで展開する物語。これまで桐島の“影”として存在していた周囲の人物たちが“光”となり、これまで“光”として存在していた桐島が“影”となる——。おそらくもっとも光っていたのは、終盤までもっとも暗く描かれていた映画部の「前田」と「武文」のふたり。

 桐島本人は出てこない。そして、桐島が辞める理由も具体的には明かされない。

 ちなみに、映画は観ていない。


 桐島は何ひとつ間違っていなかった。
 だけど、何ひとつ間違っていなかったからなのかもしれない、と今は思う。

 桐島はやっぱりうまいし、小学校からバレーをやっていたらしいし、ていうかなによりキャプテンだし、リーダーシップあるし、誰にだってアドバイスしているし、一番チームを見ているし、きついことをきつい言葉でたくさん言うけれど、それはもちろんチームのためで勝利のためでメンバーをまとめるためであって、
 みんなわかっていた。みんなそれをわかっていて、
 桐島だけ、ぽかんと、浮かんだ。
(小泉風助.31)

「君たちは若い。パワーがある。これからなんでもできます。いわば君たちは今、真っ白なキャンバスです」
 校長はいつもこのようなことを言う。君たちはまだ高校生だ、無限の未来が広がっている、真っ白なキャンバスだの何も書かれていないスケジュール帳だの夢への旅路だの、いつも同じことを言うし喩えが斬新でない。生徒の若さがうらやましいのかな、とも思う。
(前田涼也.81)

 俺達はまだ十七歳で、これからなんでもやりたいことができる、希望も夢もなんでも持っている、なんて言われるけれど本当は違う。これからなんでも手に入れられる可能性のあるてのひらがあるってだけで、今は空っぽなんだ。(菊池宏樹.174)

 思ったことをそのまま言うことと、ぐっと我慢すること、どっちが大人なんだろう。こうやって、狭い世界の中で生きているとわからなくなる。かすみみたいに、さりげなく別の話題に誘導できちゃうのが、今んとこ一番大人なのかな。
 私は悔しくて絵理香に本当のことを言えないし、だけどカレーじゃなくてハヤシライスが食べたいなんて言っちゃうし、でも「カオリ」はもういないよ私は実果だよなんて言えないし、私はなんていうかもっと、内側から、この人には芯があるなって思われるような人間になりたいんだ。
 カオリみたいに。
(宮部実果.147)

「てか映画とか作っとる時点でサッカー抜きでキモーい」
 タイトルロミジュリ系とかウケる、と笑う沙奈の前髪が風にさらわれていく。きれいに整えられた眉毛が姿を現す。
 きれいだ、山なりの眉毛もサラサラの髪の毛もしっかりしたアイラインも、ピンクの頰も爪もマフラーも。
 だけど俺は、こういうことを言う沙奈をかわいそうだと思う。〔略〕
 沙奈はきっと、これからずっとああいう価値観で生きていくんだろうな、と思った。〔略〕ダサイかダサくないかでとりあえず人をふるいにかけて、ランク付けして、目立ったモン勝ちで、そういうふうにしか考えられないんだろうな。
 だけどお前だってそうだろうが、と、夕陽に長く伸びる自分の影を見て思った。
(菊池宏樹.178)

 はじめからサボるつもりなら、こんな重くて大きなカバンで学校に来ない。馬鹿みたいに道具だって毎日ちゃんと持ってきて、だけどサボることで誤魔化していた。
 一番怖かった。
 本気でやって、何もできない自分を知ることが。

 ほんとは真っ白なキャンバスだなんて言われることも、桐島も、ブラスバンド部の練習の話も、武文という男子の呼びかけも、前田の「わかってるよ」と答えたときの表情も、全部、立ち向かいも逃げもできない自分を思い知らされるようで、イライライライライライラして、
 背中でひかりを浴びる。
 大丈夫、お前はやり直せるよ。と、桐島に言ってやろう。お前は俺と違って、本気で立ち向かえるものに今まで立ち向かってきたんやから、そんなちっさなことで手放してまったらもったいない、って、言ってやろう。俺は校門とは逆方向に歩きながらそう思った。背中でひかりを浴びて、ぎらりと黒く輝くカバンをもう一度肩にかけ直して、俺は校門とは逆方向に歩いていく。
(菊池宏樹.198)

 この物語に背骨があるとするなら、それは菊池宏樹の語りではないかと思いました。

@研究室

by no828 | 2014-08-20 20:37 | 人+本=体


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