2014年 11月 14日
南木佳士『山中静夫氏の尊厳死』文藝春秋(文春文庫)、2004年。28(851) 版元 → ● 単行本は1993年に同春秋 南木佳士の小説は講義「生命倫理」でも紹介できるかもしれないという思いもあって読みすすめていますが、そもそもの契機は南木が難民医療チームの一員としてタイ-カンボジア国境に赴いた経験があると知ったからでした。 ちなみに、今年度講義最終回でこの小説を紹介する機会を設けることができました。 「試みの堕落論」も併録。 「とにかく、あの人の好きにさせようと思います。それにしても先生、医学が進歩して、人の死ぬ時期が分かってしまうってことはいいことなんでしょうかねえ。私、なんだか分からなくなってきました」(53) CT検査はほんの十分ほどで終わり、山中さんは車椅子で病棟にもどった。検査室に降りるとき、看護婦の押す車椅子に乗るのをしぶった山中さんだったが、帰りは素直だった。今井は山中さんがこうして少しずつ本物の病人になっていくのを見るのがつらかった。(72-3) 元気に自分の墓を造っていたときの山中さんにとって、死はあくまでも頭の中だけの問題であった。しかし、こうして体の機能が失なわれ、死が目に見えるかたちで身に迫ってくると、やはり怖かった。だらしないと分かっていても、体面をつくろう余裕はなかった。 まったく自覚症状のない川口さんは手術をいやがり、勝手に退院した。それを、建築現場まで行って病院に連れもどしたのは奥さんだった。 「昔はねえ、それでも東京に出てる息子さんや娘さんからの手紙なんてのが多かったから、配達にもやりがいのようなものがありましたけど、今はダイレクトメールばっかりで、あんなものはロボットが配ればいいんですよね」(96) 川口さんのように元気な末期癌患者を見るたびに、今井は人間なんて、と思う。人間なんてみんな元気そうな外面の内に不良な予後を隠して生きているに過ぎないのだ、と。川口さんはたまたま医者にかかって診断を受けているだけなので、川口さんとおなじ進行癌を内に抱えたまま元気な毎日をおくっている人は日本中に何千、何万といるはずだし、もっと広く運命のことを考えれば、みんな明日の事故死を知らないまま生きているのである。(101) 「あのなあ、おまえも医者なんだから、看取る前に人の助け方をちゃんと学べよな。それとなあ、看取り方なんてのは学ぶものじゃなくて、それぞれの医者が淋しく身につけていくもんなんだよ、たぶん」(110) 今井は絶望しなかった。理解し合えないからこそ契約が必要なのだ。互いに他者であると認識した上での契約が。(128) 「山中さんとはなあ、苦しくなったら楽にしてあげますって約束した。あくまでも本人が苦しくなったらで、家族のことは約束していない。そういうことだよ」 「なっ、国立出の貧乏人たちよ。今、おれたちがやってる仕事の内容から考えて、そんなに頭がいい必要あるか。ないだろう。医者に必要なのはやさしい心と器用な手先。これだけ」〔略〕 医療団員の中の、酒を飲み始めた十八歳の頃から一日たりとも固い便が出たことがないという中年の外科医がジョニ黒をあおりながら言ったとおり、「われわれは教科書的な疲労に陥っている」のだった。日本を出る前に新宿の高層ビルのレストランで催された結団式のパーティーで、三カ月の任期はあまりにも短すぎるのではないか、と厚生省の担当官に詰め寄っていた若者たちも、今は中年外科医の言葉に黙ってうなずいていた。(「試みの堕落論」168) @研究室
by no828
| 2014-11-14 20:47
| 人+本=体
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アバウト
自省のために。他者の言葉に出会うから自分の言葉を生み出せる。他者の言葉に浸かりすぎて自分の言葉が絞り出せなくなることもある。自分の言葉と向き合うからその言葉は磨かれる。よろしくお願いします。 by no828 カレンダー
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