2015年 03月 10日
村上龍『共生虫』講談社(講談社文庫)、2003年。69(892) 版元 単行本は2000年。 1冊ずつ、続きます。→ ● 引きこもりとインターネット。でも、手に取った理由は、タイトルに「共生」が含まれているから。しかし、その点での示唆はとくに得られませんでした。 現実世界には残念ながらつねにすでに暴力があり、それが文学において小説として描かれなければならないのはなぜか、ということを考えます。仮にそれが隠されるものなら、その現実を想像させるために、という意味があるかもしれない。しかしそれが明らかな場合は? よくわかりません。こうではない世界、は、もうすでにあるこの世界。もうすでにあるこの世界、ではない、こうではない世界。 ウエハラは偏頭痛に耐えながら、サカガミヨシコのホームページの伝言ボードに自分の書き込みが登録されているのを確かめた。何というすばらしいコミュニケーションのシステムだろうとウエハラは思った。自分の顔や姿を晒さずにすむし、相手の姿も見えない。不登校の直接の原因が担任の教師の整髪料の匂いだったと言っても誰も信用してくれなかった。それがどこのブランドかは知らないが、腐ったオレンジが積まれた倉庫みたいな匂いで、ひょっとしたらこの匂いを嫌いな人がいるかも知れないという疑いをまったく持つことなく、教師はいつも無遠慮にウエハラに近づいて何かものを言った。朝、ベッドの中で目覚めて、またあの匂いを嗅ぐのだと思うと全身から力が抜け、あちこちに痛みが起こったのだ。インターネットの伝言ボードにはもちろん匂いがなく、機械が作る文字なので誰の字も一緒で、相手の声を聞かなくてすむし自分の声も聞かせなくすむ。自分が誰で何者であるかを明かす必要もないし、相手が誰かを知ることもない。それでいて、自分の考えや意見や伝言を伝えることができるのだ。(13) 廊下をずっと歩いていって、角を曲がると、非常口、という緑の文字が浮き出た蛍光管の表示があって、そのすぐ脇に祖父の病室がありました。ぼくは心臓がドキドキしています。ドアを押して中に入ると、三人の痩せた老人の呼吸の音以外には何も聞こえなくなります。影のない部屋で、三人の老人は横に並んで寝ていて、胸にかけられた薄手の毛布がかすかに、ゆっくりと、上下に動いていました。生きているのは人間ではなく毛布のようでした。祖父は真ん中のベッドにいましたが、三人ともものすごく痩せているために、同じ顔に見えてしまいました。三人とも目を閉じていて、たくさんのチューブが顔を被っていることもあって、それぞれの違いがわかりにくくなっていました。(21) 人間は誇りを持たなくてはいけない、と老人は言った。食べ物と水だけでは本当は人間は生きていけない。誇りを持つことが大事だが、それよりもっと大事なことがあって、それは誇りを持っていることを誰にも言ってはいけないということだ。誇りは自分で持っていればいいもので決して外へ向かって公にすべきではない。わたしたちの世代は多くの苦労を経て若い世代に多くのものを残したが、わたしはそのことに実は誇りを持っている。ろくでもないものを残したが、大切なものも残したと思う。(183-4) 引きこもりを始める前も、引きこもりを始めてからも、生きていくために注意力が必要だと知らなかった。ほんのちょっとした注意力の違いで斜面を転げ落ちることがあるのだと誰も教えてくれなかった。実際に注意深く生きている人間に会ったこともない。(227-8) @研究室
by no828
| 2015-03-10 17:43
| 人+本=体
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自省のために。他者の言葉に出会うから自分の言葉を生み出せる。他者の言葉に浸かりすぎて自分の言葉が絞り出せなくなることもある。自分の言葉と向き合うからその言葉は磨かれる。よろしくお願いします。 by no828 カレンダー
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