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思索の森と空の群青

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2017年 11月 17日

あなたたちはこの夏休みだけ体験学習すればいいのかもしれないけど、障害者にとって車椅子に乗ることは日常なんだから——北島行徳『バケツ』

 北島行徳『バケツ』文藝春秋(文春文庫)、2008年。6(1073)

 単行本は2005年に文藝春秋

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 養護施設で働きはじめた神島と、そこで神島が出会った通称「バケツ」という知的障害のある少年との日々……とはいえ、神島はその施設を辞め、日焼けサロンや保育園の経営に手を出すなど模索の日々が続く。「障害」とは何か、「教育」とは何か、そして「共生」とは何か。

 教育は見返りを求めるものではないし、そもそも求められない、とこれまで捉えてきたが、捉え方によっては見返りを求める教育というものもありうるかもしれない。それは「見返り」をどういうものとして規定するかにもよる。見返り=教育目標の達成=結果? 教育目標の内実を教育を受ける側ではなく教育する側に置けば、その達成=結果は「見返り」と呼びうるのかもしれない。

37-8)「障害者の苦労がよくわかりました? 所詮は町中だけのことじゃない。手を差し伸べられなかった自分が恥ずかしい? 自意識過剰なのよ。車椅子に乗っていても心は美しい? 車椅子に乗っていることと人格は関係ないでしょ〔略〕あなたたちはこの夏休みだけ体験学習すればいいのかもしれないけど、障害者にとって車椅子に乗ることは日常なんだから。この場だけ善人なればいいなんて考えは反吐が出るわ」〔略〕
「そんな言い方はないんじゃありませんか? 私たちはいい人ぶろうと思って参加したわけではないし、今回のことをきっかけにして、いろいろと学べればそれでいいじゃないですか」
 真面目そうな女子大生が食ってかかってきたが、黒田は平然とした顔で言い返す。
障害者は学習素材じゃないのよ。障害者のことに興味がある? 障害者と接してみたい? それなら一生、障害者と関わるぐらいの覚悟を持ってきなさいよ!

47-8)「注意をしたのなら、こうしてまた盗みをしていることに腹が立たないんですか? 神島先生は裏切られたんですよ。バケツが憎くないんですか?
別に憎くなんかありませんよ
 子供が親に反論するように、ぶっきらぼうに呟いた。
憎くないのはバケツのことを本気で考えてないからです!〔略〕私は許せない。いくら時間をかけても、この子は全然変わらない。どれだけ気持ちを込めても、この子からは何にも返ってこない。殴られたって当然なんです

160-1)「これだけ子供を預けたい人がいるのに、どうして公立保育園の数が足りないんだろう
 独り言のように疑問がつい口からこぼれた。それを聞いた須藤が「簡単な理由ですよ」と言った。
「東京の場合ですけど、十数年前だったかな……これからは少子化の時代だからと、保育園を作るのをやめてしまったんです。要するに予算をカットしたわけですね」
「あれ? 実際に少子化は進んでいるわけだから、公立保育園の数は足りるはずなのに……
 神島が首を捻っていると、須藤はくすくすと笑いながら缶コーヒーを一口啜った。
少子化に関しては行政の読み通りだったんだけど、これだけ離婚率が高くなったり、不景気が長く続いて共働きが増えるところまでは予想してなかったんでしょうね。だから、子供の数は減っているのに、保育園の数が足りないということになったんです

173)「いくら子供が可愛いと言っても、毎日ずっと一緒にいるのは息が詰まるものでね。娘がイライラして剛を怒鳴ったりしているのを見ると、保育園に預けている方がいい親子関係でいられると思うんですよ
 剛の頭を撫でながら祖母は言った。ストレスを溜め込んだ母親の児童虐待が増えているのを考えると、祖母の言っていることにも一理あるような気がした。遊びたいからという理由で子供を保育園に預けるのは確かに親の身勝手だ。しかし、親子の距離を少しとることで子供が救われるケースもあるのかもしれない

183-4)「まあ確かに……子供は自分一人の力じゃ幸せになれないもんな
 そう呟きながら、ふと思った。
 誰かに幸せにしてもらわなければならないのは、果たして子供だけのことなのだろうか。実際、自分自身もバケツの存在を心の支えとしているではないか。きっと大人も一人では幸せにはなれないのだ。誰かに幸せにしてもらいたいし、誰かを幸せにしてやりたい。人は誰でも他人の存在がなければ幸せを実感できないのだろう。

226)「君も、この年になればわかる。人間っていうのは何歳になっても性格の根っこは変わらん。だから、自分の駄目なところを直そうとしたり、改めようとするなんて意味のないことなんだ〔略〕せいぜいできるとしたら、駄目なところを隠して生きることぐらいだ

250)「僕は気が弱いだけの男ですから」
「そんなことないですよ。気が弱い人って、自分の考えを相手に押し付けたり、物事を一方的に決め付けたりしないでしょ。それって大切なことです

264)「家にずっと一人でいると、何が一番怖いかわかるか?
 花沢は前を向いたまま質問してきた。とりあえず「病気」と答えると、孫の手が上がって「違う」と横に振られた。
人の悪意がはっきりと伝わってくることだ

301)優しさというのは人間が誰でも持っている資質なのではないかと私は常々考えている。大切なのはそれを行動に移すかどうかで、それが実行としてこの世に産み落とされたときに、はじめて“優しさ”となるのではないか。そしてその本来的に持っている人間の資質を引っ張り出すのには、それを求めるもう一人の人間が必要なのだ。いくら優しい気持ちに溢れている人がいたとしても、その実行を心待ちにしてそれを巧妙に引っ張り出す人間がいなければ、それはいつまでも海底に沈んでいるだけになってしまいかねない。 ※大崎善生「解説——優しさの力」

304)たとえば暴力というものが殴られたり蹴られたりして痛みをともなう力なのだとしたら、それと同じように優しさにも力があることをこの作品集を教えてくれる。それは人間と人間が絡み合い擦れ合うときにしか発露されないものなのかもしれない。 ※大崎善生「解説——優しさの力」

@研究室


by no828 | 2017-11-17 18:17 | 人+本=体


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