2008年 10月 21日
承前 68(118) 有吉佐和子『ぷえるとりこ日記』岩波書店(岩波文庫)、2008年。 (読了日:2008年10月18日) 「『ぷえるとりこ日記』は有吉佐和子のアメリカ留学体験から生まれた小説である。1959年11月から翌年の8月まで、当時29歳だった有吉はニューヨークの近くにある名門女子大サラ・ローレンス・カレッジ(1968年からは共学)で勉強し、学生たちと共にプエルトリコまで出かけた」(満谷マーガレット「解説」、p. 227)。 「〔……〕しかしジュリアも私も、このパンションのあちこちをルイスの家と比較するという話題は故意に避けて、専らプエルトリコの学校教育について二人の意見を交換していた。 『崎子、プエルトリコはアメリカの準州なのよ。だのに学校教育がどちらかといえばスペイン語に主力をおいているのは許せないわ。私は小学校で一年生のときから徹底的に英語を使うべきだと思うわ』 『でもそのためには小学校の先生からまず教育しなければならないのじゃない?それでは一朝一夕に英語に切換えることは難しいでしょう。それにプエルトリコ人は自分たちの生活習慣を変えたいとは思わないでしょうし』 『伝統があるとかいいたいんでしょう?フン、意味がないわよ、そんなもの。プエルトリコにはメキシコほどの文化だってありはしないのだもの』 『それはジュリア、そうはいえないのじゃない?一つの国には特色というものがあって、住民たちはそれを守り続けたいと思うものなのよ。今はメキシコに及ばなくても、将来のプエルトリコがメキシコ以上になることだって考えられないことではないわ』 『そんなこと、私には考えられないわ。第一、プエルトリコ人は自分たちの特色を大切にしたいなら、なぜ合衆国の市民権を要求したのよ。1917年のジョーンズ法の制定で、やっとその希望がかなえられたのよ。それだのに、それから40年たってもまだスペイン語しか分らない人間が都会も含めて70パーセントもいるなんて!プエルトリコは合衆国の援助なしではやって行けないのに!』 その夜は、早目にベッドに入った。久しぶりに石鹸と湯を使って躰を洗ったあとで、本当にいい気持だった。ジュリアではないが、私もルイスの家で必要以上に垢まみれになっていたような気がする。 が、決してすぐ寝つけるわけではなかった。しばらくするとジュリアが話しかけてきた。 『崎子』 『なあに』 『プエルトリコが貧しいのは何故だと思う?喰いつめてニューヨークへ渡ってくる原因は何だと思う?』 私は喉許まで、それはアメリカの植民地政策が招いた結果だといいかけて、無理矢理言葉を引込めていた。グレープフルーツもコーヒーもありあまる程たわわに実るというのに、プエルトリコ人はそれを食べることができない。それは植民地を物語る端的な例ではないか。アメリカ人は、砂糖やラムやパイナップルを栽培させるためにプエルトリコにプエルトリコ人たちを置いているのだ、最低の労働条件下で。 だがそんなことをアメリカ人に、殊にすぐ感情的になるジュリアにいうわけにはいかなかった。私はこれからも付きあいのある彼女の感情を害することを懼れて自分の意見はさし控えることにし、彼女の考えだけを聞くことにした。 『ジュリアはどう思うの?』 ジュリアの結論は簡単明瞭そのものであった。 『子供を生みすぎるからよ!11人だなんて馬鹿げているわ。木の実の首飾りにどんな効力があったっていうの!チトのところは9人目ですって、まあ!』」(pp. 61-62)。 @自室
by no828
| 2008-10-21 23:53
| 人+本=体
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自省のために。他者の言葉に出会うから自分の言葉を生み出せる。他者の言葉に浸かりすぎて自分の言葉が絞り出せなくなることもある。自分の言葉と向き合うからその言葉は磨かれる。よろしくお願いします。 by no828 カレンダー
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