思索の森と空の群青

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カテゴリ:時事( 9 )


2010年 03月 09日

存在することの不法?——不法残留外国人が21年ぶりに10万人割れ

 今朝のニュースより。

「不法残留、21年ぶりに10万人割れ 指紋認証など効果」(「朝日新聞」インターネット版

「不法残留外国人:21年ぶり10万人割れ 水際対策が奏功」(「毎日新聞」インターネット版

 少し説明を読もう。

「入管は、09年は新規入国者が減ったことに加え、07年11月から入国の際に指紋認証を採り入れるなど本人確認を厳しくした効果が表れたとみている。不法入国や不法就労といった出入国管理法違反事件や外国人の上陸拒否数も減っている」(「朝日新聞」インターネット版)。

「入国管理局は、07年から始めた、来日外国人に指紋と顔写真の提出を義務付ける入国審査制度などの「水際対策」が奏功したと分析している」(「毎日新聞」インターネット版)。

 このニュースを見て(聞いて、のほうが先かもしれない)、“数が減ったから何なんだ”と思った。「朝日新聞」のほうでは「新規入国者が減った」と軽く触れられているが、そもそも外国籍者の数(母数)が——調べていないので、仮に——減っている、あるいは増えていないとすれば、「不法」の人数が減るのは別段不思議なことではないのであって、対策の「効果」とか「奏功」を強調する必要はない。外国籍者数を分母にし、不法滞在者を分子にしたときの割合(の変化)こそを出すべきである。

 (ここまで書いて、次のことを思った。人は物理的な空間を占めてでなければ存在できない。その存在することに合法と不法がある。存在することの不法って何?)

 移動にはお金がかかる、という基本前提を確認するならば、誰でもいつでも外国に行けるわけではないことは容易に想像できる。とくに日本という海に囲まれた国家であれば、“国境線を越えてすぐ”というわけにはいかない。移動にお金を掛けてまで移動して移動先での収入に期待せざるをえない、そういう人もいる。それを「出稼ぎ」と呼ぶならば、世界には事実として出稼ぎをしなければならない人がいる。ただ、そこには実際に出稼ぎに行ける人がいる一方で、他方には出稼ぎに行きたくても行けない人がいるはずだ。合法でも不法でも、入国してくる人びとが減っている背景を考える必要があるのではないか。

 と、ニュースに接して考えた。


@研究室
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by no828 | 2010-03-09 15:00 | 時事 | Comments(0)
2009年 08月 02日

第169回国会――アイヌ政策

 今日2009年8月2日(日)付の「朝日新聞」朝刊の社説を受けて、先日のエントリで書いた日本政府のアイヌ政策について少しだけ調べてみた。

 それで明らかとなったことは、日本の政府系機関がアイヌを「先住民」として認定したのは先日2009年7月29日に提出された「アイヌ政策のあり方に関する有識者懇談会」の報告書がはじめてではないか、というわたしの憶断は誤りのようである、ということである。つまり、それ以前に認定の動きとして認められるものがあったということである。当時のわたしのアンテナに引っかかってこなかったのはなぜであろう。

 時系列で整理すると、次のようになる。

 2007年9月13日 「国連 先住民の権利に関する宣言 United Nations Declaration on Rights of Indigenous Peoples」採択@国連総会(日本政府は同宣言を批准)

 ・ 「国連 先住民の権利に関する宣言」

 2008年6月6日 「アイヌ民族を先住民族とすることを求める決議」@日本第169回国会、衆議院・参議院

 ・ 「アイヌ民族を先住民族とすることを求める決議」案@衆議院
 ・ 「アイヌ民族を先住民族とすることを求める決議」経過報告@衆議院 
 ・ 「アイヌ民族を先住民族とすることを求める決議」@参議院
 
 2009年7月29日 「アイヌ政策のあり方に関する有識者懇談会」報告書提出

 ・ 同報告書の全文はまだ首相官邸のウェブサイトでは読むことができない。


@研究室
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by no828 | 2009-08-02 19:54 | 時事 | Comments(0)
2009年 07月 29日

アイヌは先住民(付記あり)

 気になったニュース。  

 今日7月29日、政府の「アイヌ政策のあり方に関する有識者懇談会」(座長・佐藤幸治 京都大学名誉教授)が河村建夫 官房長官に報告書を提出し、そこでアイヌは「先住民」と規定されたそうだ。

 報道

 首相官邸 ※ こちらはまだ更新されていない模様。

 政府系がアイヌを「先住民」と規定したのははじめてではないか(詳しくはわからないが)。

 これにより、国連が2007年9月13日に総会で採択し、日本政府も批准した「国際連合先住民の権利に関する宣言 United Nations Declaration on Rights of Indigenous Peoples」が日本政府にも適用されることになるのであろうか。あるいは有識者懇談会がこの採択を受けて設置されたのであろうか。事実関係はよくわからない。

 もちろんこの採択に法的拘束力はない。が、日本政府のアイヌ政策を批判するさいの根拠としては用いられるであろう。

 ちなみに、同宣言への「賛成 In favour」は日本、中国など143カ国。わたしには両国とも賛成したのは意外に感じられる。日本には琉球の人びとなどがおり、中国には55とされる「民族」がおり、自治区もある。

 「反対 Against」したのは、米国、カナダ、オーストラリア、ニュージーランドの4カ国。それぞれに、「インディアン」、「イヌイット」、「アボリジニ」、「マオリ」と呼ばれる「先住民」がいる国々だ。

 「棄権 Abstain」はバングラデシュ、ブータン、ロシア連邦など11カ国。ブータンのことはよく知らないが、バングラデシュにも「民族」問題はあり(たとえばミャンマー/ビルマとの境にあるチッタゴンなど)、ロシア連邦もソ連崩壊後に「民族」問題が表面化してきた(∵ 社会主義時代は「民族」よりも「階級」が大事だとされてきたため)。なお、採決を「欠席 Absent」したのは34カ国。結構多いという印象を持つが、通常はどういうものなのであろう。

 「先住民の権利に関する宣言」に関する国連の報道

 2009年7月30日付記:
 Indigenous Peoples の日本語訳を「先住民族」から「先住民」に変えた。また、「民族」という言葉を使用したほうが意味が通じやすい場合は「」を付けて「民族」とした。
 はじめのエントリでは「先住民族」「先住民」双方を混在させて書いていた。しかし、Indigenous Peoples には「民族」の語感はあまりなく、「先住民」のほうが適しているのではないかと考えた。「先に住んでいた人びと」ということである。「民族」の意だと Nation あるいは Ethinic Group のほうがより近いが、しかし「民族」ってそもそも何だということになるとよくわからない。とりあえず、構築されたものであるとだけは言うことができる。民族と民族のあいだの境界線を実線で厳密に引くことはおそらく不可能だ。ただ、「先住民」も「構築されたもの」として割り切ってしまうと、「何だ、ほかの『民族』と一緒じゃん」ということになり、宣言や政策など(一種のアファーマティヴ・アクション?)の対象にはなりにくくなる。だからそれらの人びとの権利を主張する場合には、いわゆる戦略的本質主義の考え方に基づいたほうがよいということになる。「われわれはアイヌだ。日本人とは違うのだ」というように。ただし、あくまで戦略的に、である。差異ばかりを強調すると、それはそれで別の問題を生み出すことになる。


@研究室
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by no828 | 2009-07-29 20:39 | 時事 | Comments(0)
2009年 03月 18日

国家と個人――北朝鮮が米国からの食糧支援を拒否

 北朝鮮政府が米国政府からの食糧支援を拒否したらしい。
 また、北朝鮮でその食糧の配布に携わるNGOも国外退去を求められたらしい。

 47 NEWS「北朝鮮、米国からの食糧支援拒否 NGO退去も要求」(2009/03/18 06:25 【共同通信】)

 わたしの研究テーマにも係わってくるところ。

 国家政府が「不要」と言っても、その国家のなかにいる人びとが「必要」と言う場合もある。それを無視してよいのかどうか。米国政府の表向きの言い分もそのあたりにありそうだ――あくまで表向きの、だが。

 近代国家とデモクラシー、ということで考えると次のようになると思う。

 個人がいる。複数の個人がいる。そこに政治が生まれ、「政府なるもの」――わたしは「政府」が何かよくわかっていない――を作ることになる。だから論理的には政府の意思/意志は個人の意思/意志であることになり、政府の言っていることはきちんと聞こうということになる。
 ただ、政府の意思/意志になっているのはどの個人の意思/意志なのか。そこは問われるべきだ。そういう問題はある。けれど、そもそも北朝鮮の場合は――あくまで報道をもとに考えると――そういうことにはなっていない。だから政府の言っていることに正当性が付与されるとも思われない。だから政府が「おまえからの食糧支援なんて要らない」と言ったとしても――そう言った理由はさておき――その発言それ自体に正当性はないことになる、と思う。


 だから政府の言い分なんて無視して――もし邪魔をするならそれを実力で排してまで――食糧支援すべきだ、ということになるのかどうか。


@研究室
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by no828 | 2009-03-18 13:21 | 時事 | Comments(0)
2009年 01月 08日

バングラデシュの政治の振り子

 バングラデシュ総選挙の時系列を逆にして新しい情報を加えた。

 最新の情報が最上に来る。

 しかし、こうも振り子が振れるであろうか、バングラデシュ。

2009年1月6日
 ・ 議席数は299(本来300議席=小選挙区だが、1選挙区で候補者死亡のため再選挙)
 ・ 前野党のアワミ連盟が230議席を獲得(アワミ連盟率いる「大連合」全体では262議席)
 ・ 前与党のバングラデシュ民族主義〔者〕党(Bangladesh Nationalist Party: BNP)は29議席
 ・ 投票率は過去最高の87.16%
 ・ 日本政府によると、「我が国総選挙監視団をはじめ、EU、米国、英連邦事務局等から派遣された国際監視団は、自由、公正、平和裡に実施されたとの評価で一致した」らしい。
 出典:日本政府外務省ウェブサイト(2009年1月8日アクセス)

 ・ アワミ連盟(Awami Leage: AL)のハシナ総裁が首相就任式で宣誓
 ・ 首相の任期は5年
 ・ ハシナ氏の首相就任は1996年―2001年に続いて2度目 

2008年12月30日
 ・ 実際に投票のあった全国299の小選挙区のうち295選挙区で開票結果が確定
 ・ 投票率はおよそ70%
 ・ 旧野党のアワミ連盟(AL)が229議席を獲得(前回の2001年の総選挙では62議席)
 ・ 旧与党のバングラデシュ民族主義〔者〕党(BNP)は27議席(前回は193議席)
 ・ BNPは「不正があった」として反発

2008年12月29日
 ・ 総選挙を実施

2008年12月28日―30日
 ・ 日本政府が議員・学教員・外務省職員からなる選挙監視団をバングラデシュに派遣
 参考(1):日本のほか、米国、EU、英連邦事務局(≠英国?)、豪州なども監視団を派遣
 参考(2):日本は、1990年、1996年、2001年のバングラデシュ総選挙にも監視団を派遣
 
2008年12月12日
 ・ 街頭での選挙運動開始

2008年12月10日
 ・ 選挙管理内閣、非常事態を12月17日に解除すると発表
 
2008年9月
 ・ BNPのジア前首相を仮釈放

2008年6月
 ・ ALのハシナ元首相を仮釈放

2007年9月
 ・ BNPのカレダ・ジア前首相が汚職容疑で逮捕

2007年7月
 ・ ALのシェイク・ハシナ元首相が汚職容疑で逮捕

2007年5月
 ・ グラミン銀行のムハマド・ユヌス総裁が新党設立を断念

この間
 ・ 選挙管理内閣は政党との対話、選挙制度改革、治安・汚職対策などに取り組む

2007年1月11日
 ・ 大統領が非常事態を宣言
 ・ 2007年1月21日に予定されていた総選挙は延期、政治活動も制限
 ・ 軍が支援する選挙管理内閣が発足

この間
 ・ 予定されていた総選挙を前に 旧与野党の対立が激化、暴動に発展

2006年10月22日
 ・ バングラデシュ国会が任期満了により解散
 ・ 憲法の規定に従って、総選挙の実施を目的とする選挙管理内閣が発足
 
2001年10月
 ・ 総選挙でBNPが勝利
 参考: 総選挙に日本政府は選挙監視団を派遣


 
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by no828 | 2009-01-08 19:33 | 時事 | Comments(0)
2009年 01月 07日

バングラデシュの総選挙が終わった

 論文を読むのに疲れてきたので、バングラデシュの総選挙の結果について、新しい情報を加えておきたい。ただ、最終的な議席数などがきちんと調べられていない。

 ※ 最新の情報はずーっと下にあります。

2001年10月
 ・ 総選挙でバングラデシュ民族主義〔者〕党(Bangladesh Nationalist Party: BNP)が勝利
 参考: 総選挙に日本政府は選挙監視団を派遣

2006年10月22日
 ・ バングラデシュ国会が任期満了により解散
 ・ 憲法の規定に従って、総選挙の実施を目的とする選挙管理内閣が発足
 
この間
 ・ 予定されていた総選挙を前に 旧与野党の対立が激化、暴動に発展

2007年1月11日
 ・ 大統領が非常事態を宣言
 ・ 2007年1月21日に予定されていた総選挙は延期、政治活動も制限
 ・ 軍が支援する選挙管理内閣が発足
 
この間
 ・ 選挙管理内閣は政党との対話、選挙制度改革、治安・汚職対策などに取り組む

2007年5月
 ・ グラミン銀行のムハマド・ユヌス総裁が新党設立を断念

2007年7月
 ・ アワミ連盟(Awami Leage: AL)のシェイク・ハシナ元首相が汚職容疑で逮捕

2007年9月
 ・ BNPのカレダ・ジア前首相が汚職容疑で逮捕

2008年6月
 ・ ALのハシナ元首相を仮釈放

2008年9月
 ・ BNPのジア前首相を仮釈放

2008年12月10日
 ・ 選挙管理内閣、非常事態を12月17日に解除すると発表

2008年12月12日
 ・ 街頭での選挙運動開始

2008年12月28日―30日
 ・ 日本政府が議員・学教員・外務省職員からなる選挙監視団をバングラデシュに派遣
 参考(1):日本のほか、米国、EU、英連邦事務局(≠英国?)、豪州なども監視団を派遣
 参考(2):日本は、1990年、1996年、2001年のバングラデシュ総選挙にも監視団を派遣

2008年12月29日
 ・ 総選挙を実施

2008年12月30日
 ・ 実際に投票のあった全国299の小選挙区のうち295選挙区で開票結果が確定
 ・ 投票率はおよそ70%
 ・ 旧野党のアワミ連盟(AL)が229議席を獲得(前回の2001年の総選挙では62議席)
 ・ 旧与党のバングラデシュ民族主義〔者〕党(BNP)は27議席(前回は193議席)
 ・ BNPは「不正があった」として反発
 出典:asahi.com (2008年12月31日0時24分配信)

2009年1月6日
 ・ ALのハシナ総裁が首相就任式で宣誓
 ・ 首相の任期は5年
 ・ ハシナ氏の首相就任は1996年―2001年に続いて2度目
 出典:時事通信社 (2009年1月6日23時8分配信)


 BNPからの反発が暴動に発展しないとよいのだが……。BNPとALのあいだの政治的な争いは、これまで暴力へと転化され続けてきたから。


@大学中央図書館
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by no828 | 2009-01-07 15:38 | 時事 | Comments(0)
2008年 12月 29日

バングラデシュ総選挙、あるいは「政治」のはじまり

 以前の記事に修正を加えるとわかりにくくなるので、修正のたびに新たに記事を書くことにした。(12月25日に追加修正をしたが、何を追加し、どこを修正したのかわからなくなってしまった。)

出典:「朝日新聞」2008年12月29日朝刊4面。

2001年10月
 ・ 総選挙でバングラデシュ民族主義〔者〕党(Bangladesh Nationalist Party: BNP)が勝利
 参考: 総選挙に日本政府は選挙監視団を派遣

2006年10月22日
 ・ バングラデシュ国会が任期満了により解散
 ・ 憲法の規定に従って、総選挙の実施を目的とする選挙管理内閣が発足
 
この間
 ・ 予定されていた総選挙を前に 旧与野党の対立が激化、暴動に発展

2007年1月11日
 ・ 大統領が非常事態を宣言
 ・ 2007年1月21日に予定されていた総選挙は延期、政治活動も制限
 ・ 軍が支援する選挙管理内閣が発足
 
この間
 ・ 選挙管理内閣は政党との対話、選挙制度改革、治安・汚職対策などに取り組む

2007年5月
 ・ グラミン銀行のムハマド・ユヌス総裁が新党設立を断念

2007年7月
 ・ アワミ連盟(Awami Leage: AL)のシェイク・ハシナ元首相が汚職容疑で逮捕

2007年9月
 ・ BNPのカレダ・ジア前首相が汚職容疑で逮捕

2008年6月
 ・ ALのハシナ元首相を仮釈放

2008年9月
 ・ BNPのジア前首相を仮釈放

2008年12月10日
 ・ 選挙管理内閣、非常事態を12月17日に解除すると発表

2008年12月12日
 ・ 街頭での選挙運動開始

2008年12月28日―30日
 ・ 日本政府が議員・学教員・外務省職員からなる選挙監視団をバングラデシュに派遣
 参考(1):日本のほか、米国、EU、英連邦事務局(≠英国?)、豪州なども監視団を派遣
 参考(2):日本は、1990年、1996年、2001年のバングラデシュ総選挙にも監視団を派遣

2008年12月29日(今日!)
 ・ 総選挙を実施


 総選挙は、BNPとALの一騎打ちと予想されるが、両者に政策的な違いはほとんどない。バングラデシュは、米国的な(英国的な)二大政党制というわけではない(日本も)。

 ちなみに、ハシナ氏もジア氏も女性である。
 一方のハシナ氏は、1975年に軍将校に暗殺されたムジブル・ラーマン初代大統領の長女。
 他方のジア氏は、そのムジブル・ラーマンが暗殺された直後の陸軍参謀長で、1977年に大統領に就任するも81年に暗殺されたジアウル・ラーマンの妻。

 新聞ではこのふたりの関係を「因縁」と表現している。

 バングラデシュでは、「個人的なこと」が「みんなのこと」を左右させているように思えてならない。「個人的なこと」はとても大切なことである。みんなに「個人的なこと」はあり、それはそれぞれに大切なことである。だから、みんなの「個人的なこと」に耳を傾け、それを大切にすることが求められる。そこで誰かの「個人的なこと」ばかりが通るのはおかしい。しかし、バングラデシュで――あるいは日本で、それぞれの生活の場所で――起きていることは、その誰かの「個人的なこと」ばかりが通っている状況であるように、「個人的なこと」ばかりを通そうとしている状況であるように思われる。

 たぶんそれを「政治」とは呼ばない。

 <わたし>が大切だと感じている「個人的なこと」が<あなた>にもある。<あなた>にも<わたし>と同じように大切な「個人的なこと」がある。

 そこへの想像力を働かせること――たぶんそれが「政治」のはじまりだと思う。

 と同時に、バングラデシュにいないわたしが言うことにどれだけの意味があるのかとも思う。


@福島
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by no828 | 2008-12-29 15:45 | 時事 | Comments(0)
2008年 12月 12日

バングラデシュの非常事態

今日の新聞に「バングラデシュ 非常事態、17日解除へ」(「朝日新聞」2008年12月12日朝刊11面)という記事があった。その記事を参考にして、非常事態をめぐる動きを整理しておく。

※ 2008年12月25日(木)、クリスマスなのに追加修正@研究室
※※ 情報の出所は、日本政府外務省のプレスリリース「バングラデシュ総選挙への選挙監視団派遣について」2008年12月24日

2006年10月22日
 ・ バングラデシュ国会が任期満了により解散
 ・ 憲法の規定に従って、総選挙の実施を目的とする選挙管理内閣が発足
 
この間
 ・ 予定されていた総選挙を前に 旧与野党の対立が激化、暴動に発展

2007年1月11日
 ・ 大統領が非常事態を宣言
 ・ 2007年1月21日に予定されていた総選挙は延期、政治活動も制限
 
この間
 ・ 選挙管理内閣は政党との対話、選挙制度改革、治安・汚職対策などに取り組む

2008年12月10日
 ・ 選挙管理内閣、非常事態を12月17日に解除すると発表

2008年12月12日
 ・ 街頭での選挙運動開始

2008年12月28日―30日
 ・ 日本政府が議員・学教員・外務省職員からなる選挙監視団をバングラデシュに派遣
  ※ 日本のほか、米国、EU、英連邦事務局(≠英国?)、豪州なども監視団を派遣
  ※※ 日本は、1990年、1996年、2001年のバングラデシュ総選挙にも監視団を派遣

2008年12月29日
 ・ 総選挙を実施


新聞からわかる範囲で情報を整理すると、このようになる。

また、新しいことがわかったら、その都度情報を追加してゆこう。旧与野党の党首が逮捕、などがあったので、付け加えることはまだまだありそうだ。


@研究室
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by no828 | 2008-12-12 18:23 | 時事 | Comments(0)
2008年 12月 12日

カテゴリ「時事」の設置

晴れ


18時開始の読書会が直前になって来週に延期になる。このままだと参加者2人になってしまうから、というのがその理由。みなさん、欠席の連絡は早めにしましょう。

というわけで、ぽっかり時間が空いてしまった。

その空いてしまった時間にすることと言えば、カテゴリに「時事」を追加することである。

「時事」追加の理由は、新聞を読んでいたらバングラデシュの非常事態のことが書いてあって、それをすこし整理したいと思ったから。

はじめ、カテゴリの名前を「バングラデシュ」にしようと思ったのだが、以前書いた Next 11 のような記事も書けるよう、広く「時事」とした。

このあとのエントリで、急いでバングラデシュのことを整理する。


@研究室
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by no828 | 2008-12-12 18:12 | 時事 | Comments(0)