思索の森と空の群青

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2017年 11月 17日

あなたたちはこの夏休みだけ体験学習すればいいのかもしれないけど、障害者にとって車椅子に乗ることは日常なんだから——北島行徳『バケツ』

 北島行徳『バケツ』文藝春秋(文春文庫)、2008年。6(1073)

 単行本は2005年に文藝春秋

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 養護施設で働きはじめた神島と、そこで神島が出会った通称「バケツ」という知的障害のある少年との日々……とはいえ、神島はその施設を辞め、日焼けサロンや保育園の経営に手を出すなど模索の日々が続く。「障害」とは何か、「教育」とは何か、そして「共生」とは何か。

 教育は見返りを求めるものではないし、そもそも求められない、とこれまで捉えてきたが、捉え方によっては見返りを求める教育というものもありうるかもしれない。それは「見返り」をどういうものとして規定するかにもよる。見返り=教育目標の達成=結果? 教育目標の内実を教育を受ける側ではなく教育する側に置けば、その達成=結果は「見返り」と呼びうるのかもしれない。

37-8)「障害者の苦労がよくわかりました? 所詮は町中だけのことじゃない。手を差し伸べられなかった自分が恥ずかしい? 自意識過剰なのよ。車椅子に乗っていても心は美しい? 車椅子に乗っていることと人格は関係ないでしょ〔略〕あなたたちはこの夏休みだけ体験学習すればいいのかもしれないけど、障害者にとって車椅子に乗ることは日常なんだから。この場だけ善人なればいいなんて考えは反吐が出るわ」〔略〕
「そんな言い方はないんじゃありませんか? 私たちはいい人ぶろうと思って参加したわけではないし、今回のことをきっかけにして、いろいろと学べればそれでいいじゃないですか」
 真面目そうな女子大生が食ってかかってきたが、黒田は平然とした顔で言い返す。
障害者は学習素材じゃないのよ。障害者のことに興味がある? 障害者と接してみたい? それなら一生、障害者と関わるぐらいの覚悟を持ってきなさいよ!

47-8)「注意をしたのなら、こうしてまた盗みをしていることに腹が立たないんですか? 神島先生は裏切られたんですよ。バケツが憎くないんですか?
別に憎くなんかありませんよ
 子供が親に反論するように、ぶっきらぼうに呟いた。
憎くないのはバケツのことを本気で考えてないからです!〔略〕私は許せない。いくら時間をかけても、この子は全然変わらない。どれだけ気持ちを込めても、この子からは何にも返ってこない。殴られたって当然なんです

160-1)「これだけ子供を預けたい人がいるのに、どうして公立保育園の数が足りないんだろう
 独り言のように疑問がつい口からこぼれた。それを聞いた須藤が「簡単な理由ですよ」と言った。
「東京の場合ですけど、十数年前だったかな……これからは少子化の時代だからと、保育園を作るのをやめてしまったんです。要するに予算をカットしたわけですね」
「あれ? 実際に少子化は進んでいるわけだから、公立保育園の数は足りるはずなのに……
 神島が首を捻っていると、須藤はくすくすと笑いながら缶コーヒーを一口啜った。
少子化に関しては行政の読み通りだったんだけど、これだけ離婚率が高くなったり、不景気が長く続いて共働きが増えるところまでは予想してなかったんでしょうね。だから、子供の数は減っているのに、保育園の数が足りないということになったんです

173)「いくら子供が可愛いと言っても、毎日ずっと一緒にいるのは息が詰まるものでね。娘がイライラして剛を怒鳴ったりしているのを見ると、保育園に預けている方がいい親子関係でいられると思うんですよ
 剛の頭を撫でながら祖母は言った。ストレスを溜め込んだ母親の児童虐待が増えているのを考えると、祖母の言っていることにも一理あるような気がした。遊びたいからという理由で子供を保育園に預けるのは確かに親の身勝手だ。しかし、親子の距離を少しとることで子供が救われるケースもあるのかもしれない

183-4)「まあ確かに……子供は自分一人の力じゃ幸せになれないもんな
 そう呟きながら、ふと思った。
 誰かに幸せにしてもらわなければならないのは、果たして子供だけのことなのだろうか。実際、自分自身もバケツの存在を心の支えとしているではないか。きっと大人も一人では幸せにはなれないのだ。誰かに幸せにしてもらいたいし、誰かを幸せにしてやりたい。人は誰でも他人の存在がなければ幸せを実感できないのだろう。

226)「君も、この年になればわかる。人間っていうのは何歳になっても性格の根っこは変わらん。だから、自分の駄目なところを直そうとしたり、改めようとするなんて意味のないことなんだ〔略〕せいぜいできるとしたら、駄目なところを隠して生きることぐらいだ

250)「僕は気が弱いだけの男ですから」
「そんなことないですよ。気が弱い人って、自分の考えを相手に押し付けたり、物事を一方的に決め付けたりしないでしょ。それって大切なことです

264)「家にずっと一人でいると、何が一番怖いかわかるか?
 花沢は前を向いたまま質問してきた。とりあえず「病気」と答えると、孫の手が上がって「違う」と横に振られた。
人の悪意がはっきりと伝わってくることだ

301)優しさというのは人間が誰でも持っている資質なのではないかと私は常々考えている。大切なのはそれを行動に移すかどうかで、それが実行としてこの世に産み落とされたときに、はじめて“優しさ”となるのではないか。そしてその本来的に持っている人間の資質を引っ張り出すのには、それを求めるもう一人の人間が必要なのだ。いくら優しい気持ちに溢れている人がいたとしても、その実行を心待ちにしてそれを巧妙に引っ張り出す人間がいなければ、それはいつまでも海底に沈んでいるだけになってしまいかねない。 ※大崎善生「解説——優しさの力」

304)たとえば暴力というものが殴られたり蹴られたりして痛みをともなう力なのだとしたら、それと同じように優しさにも力があることをこの作品集を教えてくれる。それは人間と人間が絡み合い擦れ合うときにしか発露されないものなのかもしれない。 ※大崎善生「解説——優しさの力」

@研究室

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by no828 | 2017-11-17 18:17 | 人+本=体 | Comments(0)
2017年 11月 13日

「そんな種類の違うもんを足したらあかん」 「さっき、どんなもんでも抽象的にしたのが数や言うたやないか」——筒井康隆『エロチック街道』

 筒井康隆『エロチック街道』新潮社(新潮文庫)、1984年。5(1072)

 単行本は1981年に新潮社

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「かくれんぼをした夜」がやや異質で、それもよかった。

53-4)「あなたは『驀舎の衝』ということを知っていますか」
「存じませんが」
「昔、中国に驀舎という人がいました。この人がある時、宮中で、国一番の武将とぶつかりました。驀舎は詫びましたが、この武将はかまわず驀舎を斬り殺してしまったのです。驀舎は死んでから『自分があべこべに彼を怒鳴りつければ、彼はわたしを殺さなかっただろうに』と悔やんだそうです」
それでおしまいですか
うん
あの、それはさっきわたしが言ったこととはあまり関係が
無関係という関係があります」 ※「インタヴューイ」

129)公明党とかけて創価学会と解く。心は、別別なのだそうだ。
 獄門にかけて怒りをとく。心は要するに復讐だけだったのだ。
 筒井康隆とかけて光源氏と解く。その心は、筒井康隆はSF作家で、光源氏は昔の人である。
 鍵をかけて警戒を解く。その心に油断がある。 ※「また何かそして別の聴くもの」

135)「このガラスのコップは一個やけど、割ったら仰山になるぞ
こら待て。それ割ったらいかん。だいたいやね君、それ割ったらもうガラスの破片であって、コップと違うやないか
そんなら林檎を仰山に割ったら、あれもう林檎と違うんか。あれ食われへんのか」 ※「一について」

137)「そんならやな、林檎一個食うてコップ割って電話かけて昼寝して、大学一番で卒業したら1+1+1+1+1=5か。その五はいったい何をあらわしとるんや
「そんなもん、何もあらわしてないがな。あほか」
「その『あほか』というたそのことばを一としょうか」
「えっ」
「その『えっ』ちうのも一とする。このコップとこの家と、今朝の新聞に出てたあのイランの戦争を一としようか。『あほか』足す『えっ』足す一コップ足す一家足す一戦争で、1+1+1+1+1=5か」
いやいや。そんな種類の違うもんを足したらあかん
さっき、どんなもんでも抽象的にしたのが数や言うたやないか」 ※「一について」

@研究室

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by no828 | 2017-11-13 17:23 | 人+本=体 | Comments(0)
2017年 10月 21日

幸せなんてものはね先生、今ここにあるもンでやす。ただ、それを幸せと思えるかどうか——京極夏彦『続巷説百物語』

 京極夏彦『続巷説百物語』角川書店(角川文庫)、2005年。4(1071)

 単行本は2001年に同書店

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 不思議な話を蒐集する山岡百介と裏の世界で暗躍する又市一味がその不思議のからくりを暴く。シリーズ第2弾。

 379ページの引用部分は昨今の政治にもあてはまる。

 11ページ「小者に席を外すよう申しつける」と111ページ「申し訳ないが席をはずして貰えまいか」で「外す/はずす」の表記に揺らぎあり。こういうところも気になってしまう。

80-1)「伝聞だとどうしても元の形が損なわれる。古くなればなる程細部は判らなくなる。のみならず尾鰭がつく。話の種というものは、実が生る前に集めておくに越したことはないのですよ
「それが物書きの性かい?」
「性というより業ですかなぁ」

142)「——普通はそうだよ先生。そんな浅ましい思いはないに越したことはねェ。怨む気持ち悲しい気持ちはねェ方がいいだろうよ」
「そうでしょう。ならば」
「だがな、そうした執着こそが人の証しってこともあるんじゃねェかと、俺はそう思う
「執着が——人の証し?」
「オウ、その執着が、おぎんの悪党としての迷いになってるこたァ間違いねェ。でもな、だからこそ、それがなくなっちまったら、彼奴の人としての根っこが切れッちまうんじゃねェかとな

217)「幸せなんてものはね先生、どっかにぽっかり浮かんでるものじゃねェや。今ここにあるもンでやす。ただ、それを幸せと思えるかどうか——ってことでしょうよ。人は皆夢ン中で生きてるんです。それなら悪い夢ばかり見るこたァねェと——奴はそう思う。凡て夢なら嘘も嘘と知れるまでは真実なんで」

232-3)「そんなァ迷信に決まってるじゃないか。お前さんが鼻息荒くするまでもない。誰だって知ってるわさ。みんな知ってて言ってるンだ。難癖つけて差別したいんだよ、人ってものはね」〔略〕
 ああ。それはそうなのだ。
 迷信でも俗信でも——利用する者にとってはどうでも良いことなのである。仮令不当な理由でも攻撃する口実になるなら構うまい。
 だからそうしたモノはなくならないのだ。

 百介は頬を攣らせる。それが現実なのだ。
 迷信だ無根拠だと声高に言うだけ虚しくなる気がする。

298)「死は何も生まねェと、あのお方は知っていた筈だ。人の死を悼む気持ちを持つ者ァ、簡単に死んだりゃしねェもので

379)「わざと人心を惑わしておいて、自分に都合のよい決着を用意しておくなど——為政者の遣ることのようで私は好きになれませんな

400)「武家は戦をするものや。では、何故戦をするか。己のためか、お家のためか、道のためか。違うやろ。それは皆、武家の理屈や。戦いうのは、武家のためにあるものやない。闘うために闘う戦などない。戦は民のためにするものやろう。民に背かれては、する意味がないのと違いますか


490)「人というものは——仮令どのような窮状にあろうとも、僅かでも、本当に僅かでも希望があるならば、真っ当に生きていけるものなのであろうと、拙者は思うのだ。百姓とて、縦んば飢饉に見舞われて食うや食わずの年があろうとも、来年は何とかなろう、否、来年が駄目でもその次はと思えればこそ、田を耕せるものなのではなかろうかな」

655)「幼き頃に負うた心の傷が人を変えることはありやしょう。しかしその先どの道を選ぶかは、そのお方次第。傷あるが故に慈悲に目覚める者もおりやしょう。また傷なくしても道を踏み外す者もおりやす。ですから死を好み生を弄ぶが如き道を選ぶは、死神に魅入られたと考えるより御座いやせん」

702-5)百介にはまだ——迷いがあった。
 何に対する迷いなのか、それは百介にも判らない。いや、判らないのではなく、自分でも明確にしたくなかったのだと思う。
 逃げていたのだ。
 しかし旅先で百介はそれについて、否応なしに思いを巡らせることになった。そして百介はひとつの解答を得たのだ。それは、覚悟の問題なのである。
 どう生きるか、という覚悟。
 それが出来ないのだ。
〔略〕
 夜に棲んでいる連中は、決して昼に出ようとは考えぬ。覚悟が出来ているからだ。
 昼に生きるつもりでも、同じ覚悟が要るのだろう。
 百介にはその覚悟が出来ないのである。
 いつまでも黄昏刻にいたいのだ。
 百介は、どっちつかずの餓鬼なのだ。
嫁を貰う気にならぬのもその所為だろう。

737-8)「長く生きておるとな、好いことも、悪いこともある。頭の中にな、その好いことと悪いことが折り重なって溜まっておる。その中の——好いことだけを見ておれば幸せだし、悪いことだけ見ておれば地獄だ。それを選ぶのは誰でもない、己だ〔略〕忘れるということはな、消してしまうということではないのだな。仕舞い込んで、見ないでおるというだけのこと。見ずに済むならそれで善い。しかしな、奥の方に仕舞い込んだ悪しきことが不意に表に出て来ることがある。それはな山岡殿。如何しようもないことなのだ

764-5)「バケモノなんてこの世には存在しない。しかし、人の世は厳しく、生きていくことはあまりにもつらい。だから、バケモノは必要とされるし、そういう意味では彼らは確かに存在するのである」という京極夏彦の世界観が繰り返し又市たちの口から語られるのと同時に、「仕掛け」という言葉を通してアピールされているのだ。
 現実が厳しいからこそ、人々は「お話」を必要とする。そんな人々の絶望や不安をすくいあげるために生まれてきた、必然性のある物語を京極夏彦は愛してきたし、数々の文献に残る表層的な怪異の底から人々の生をすくいあげることが、『巷説百物語』における彼のテーマなのだろう。 ※恩田陸「解説」

@K分寺

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by no828 | 2017-10-21 19:38 | 人+本=体 | Comments(0)
2017年 10月 15日

独りになり、自分を取り戻すことが、旅の真意なのだ——松浦弥太郎『場所はいつも旅先だった』

 松浦弥太郎『場所はいつも旅先だった』集英社(集英社文庫)、2011年。3(1070)

 単行本は2009年にブルース・インターアクションズ

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 主としてアメリカの記憶。すぐ下に引用した話がよかった。カバーのデザイン(写真)もとてもよい。

 遠くへ行くことだけが旅ではないし、遠くへ行っただけでは旅ではない。

37-8)ジュリアンには恋人がいた。トムという青年だった。ジュリアンはゲイだった。僕はそのことについて気にしなかったし、ジュリアンも知られることについて気にしていなかった。しかし、トムの僕にたいする嫉妬がひどかった。ジュリアンとトムは僕のことで頻繁に口論した。今まで週末はこの部屋で2人で過ごしていたのに、僕がジュリアンの部屋に転がりこんだおかげで、そのひとときが失われてしまったのだ。
「じゃあ、ヤタローを追い出せというのか。彼はニューヨークをまだ知らないんだ。それに彼は僕のボスの知人なんだ」
「ヤタローは旅行者だろう。それならホテルに泊まるべきだ。彼だって最初そのつもりだっただろうに」
 ジュリアンとトムは、僕の目の前でこんな風にやりあった。僕はジュリアンのいつまでも居させてくれようとする優しさが嬉しかったが、その気持ちを伝える英語力がなかった。
 クリスマスの日。僕はこの日だけはジュリアンとトムを二人きりにしてあげたかった。僕はクリスマスの朝、ジュリアンの部屋を出ることにした。そして51丁目の安ホテルへと向かった。ジュリアンには1通の手紙を残して、彼が用事で出かけている合間に部屋を出た。
 クリスマスの夜、僕は暖房が効かない小さな部屋で毛布にくるまって、映りの悪い白黒テレビから流れるクリスマスソングを聴いて過ごしていた。寂しかった。そうして眠気でうとうとしていると、部屋をノックする音がした。恐る恐るドアを開けてみたら、そこにはジュリアンとトムの2人が立っていた。
ヤタロー、どうして出て行くんだ。僕らは君とクリスマスを過ごしたくて準備していたんだよ。さあ、一緒に帰ろう
 トムが僕にこう言った。ジュリアンはにっこりと笑って僕の手を引いた。僕の目からは涙がとめどなく流れた。そして、わんわんと声を上げて泣いてしまった。
 クリスマスの夜、3人で眺めた、エンパイアステートビルからの夜景は素晴らしく美しかった。

133-4)「まあ、古書店の商売もいろいろあるということだ。本がいらないと言われれば買取るだけだし、本が必要と言われれば『はい』と言って売るだけだ。だけど、わたしが一番大切にしたいお客は、雨の日も風の日もこの店の外のセール棚に毎日やってきては、1ドルや2ドルの本を、せっせと買ってくれる客なんだ。彼らが一番、本を愛しているとわたしは思うんだよ

210)何かをたくさん持っていることは、なるほど素敵だ。しかし、その持っているものを理解していなければ、持っているとはいえないだろう。そうやって、自分自身を見つめ直し、不要な荷物を捨てることができたJMT〔=ジョン・ミューア・トレイル〕の旅だった。

230-1)僕はよくホテルを利用するが、自分の仕事場から数分の所にあるホテルを贔屓にしている。ここで旅とはなにかを答えておきたい。旅とは、自分自身を見つめる精神的行為であり、自分自身へと立ち返る行動である。要するに、独りになり、自分を取り戻すことが、旅の真意なのだ。ちなみに観光と旅は別ものである。日々の暮らしや仕事にどっぷりつかっていると、知らず知らずのうちに、自分が自分でなくなっていくのがわかる。それはある意味、社会に揉まれていれば、防ぎようのないことである。しかし、そのままでは疲れも伴い、心身ともに病んでしまう。であるからして、リセットが必要である。一番良いのは、やはり旅をすることである。

@研究室

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by no828 | 2017-10-15 13:54 | 人+本=体 | Comments(0)
2017年 10月 13日

悲しみや寂しさに絶対に負けない人間はこの世の中に存在しない。だけど負けたくないと思う人間は、確実にいる——村上龍『KYOKO』

 村上龍『KYOKO』集英社(集英社文庫)、1998年。2(1069)

 単行本は1995年に集英社

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 KYOKOは自分にダンスを教えてくれた人をアメリカで捜そうとする。その途上での、人と人とのつながり。

17)オレはいつも思うんだが、ロングストレッチのリモに乗るような連中をもっとも尊敬してないのが実はリモのドライバーなんだよ。例外もいることはいるが、ほとんどの客はオレ達を無視する。犬やロボットみたいに扱うってことじゃなくて、個性や人格を無視するってことだ。ウェイターとかベルボーイとか小間使いと同じだけどね。だからというわけじゃないがオレは常にリムジンにしか乗ったことがない連中のことを好きになったことはない。

33)別に孤児じゃなくたって、悲しみや寂しさは誰にだってある。涙があふれそうになった時、自然に平気で泣く人間と、泣くことを自分に許さない人間がいる。キョウコはどこかで、泣いたって何も変わらないということを学んだ。いや、学ばなければならなかった、というべきかも知れない。悲しみや寂しさに絶対に負けない人間はこの世の中に存在しない。だけど負けたくないと思う人間は、確実にいる。そういうタイプの人間は、オレは負けないぞ、と叫んだりはしない。ただ静かに、あふれそうになる涙を抑えるのだ。キョウコの顔は常に真剣で、結晶になった悲しみのようなものが見えるが、こんなにきれいな東洋人の女の子をオレは今まで見たことがなかった。

37-8)両親からきちんと育てられた連中にオレ達のような境遇の子供のことがわかるはずがない、とは思っていない。だが、成長してしまうと、人間は子供の頃自分がいかに無力だったかということを忘れてしまう。この国には、信じられない数の、親から捨てられた子供達がいる。戦争なんかしていない先進国の代表のこの国でさえそういう状況なのだからもっと悲惨な国は他にもたくさんあるんだろう。子供の頃、親の姿がちょっとの間見えなくなっただけで不安で気が狂いそうになった経験は恐らく誰にでもあるはずだ。親が怪我をしたり病気をしたり、親が不安がったり怯えたり泣いたりすると、いや親に元気がないだけで、子供はひどく心配するものだ。そういう親がいなくなってしまって、もう二度と会えない、もう二度と抱きしめて貰えない、と気づかざるを得ない子供がいるわけだ。いくら子供だろうと、それしか現実はないのだからそれを受け入れなくてはならない。オレはその現実を受け入れた時の自分をよく憶えている。八歳のオレが出した結論は、オレには何の力もない、誰もオレのことを愛していない、というものだった。出発点として、その結論を受け入れないことには、オレは生きていけなかった。いつかママがきっと迎えに来てくれる、というのは希望なんかじゃなくて幻想で、子供が一人で生きていく時には邪魔になる。そういう幻想を持ち続ける子供の多くは消極的に、ネガティブになり、ひどい場合には精神異常になったり、拒食症になって死んだりする。だが、現実を受け入れた子供は、自分のことを好きになるのが難しい。モハメド・アリは、自分のことを好きになる方法を教えてくれたわけではない。キンシャサの特設リングでアリがフォアマンを倒した時、オレはからだが震え頭が空っぽになって、すべてのわずらわしいことがどうでもよくなった。救われるというのはそういうことだ。ルカ伝をプレゼントされたり、就職を世話してもらうことじゃない。

70)キョウコは、不幸というイメージを恐れない。ひどい境遇で育った奴は、不幸の只中にいるくせに、さらに不幸というイメージに怯えるが、それをバカにしたり責めたりできる人間は誰もいないとオレは思う。キョウコは、自分にとって何が最も大切なのかを知っているから、不幸というイメージに怯えなくて済むのだ。残念ながら、オレはキョウコとは違う。オレだったら、ホセのことを忘れようとするだろう。もっともオレだったら、ホセと出会っていないかも知れない。何かを捜し続けている奴だけが、何かに出会う。年下の女性に敬意を抱くのはオレにとって初めてのことだった。

72)だがわたしは、エイズ患者との対応をより柔軟に考えている。確かにまだ春も浅いクイーンズの街に出ると、致命的なウィルスに出会う確率は高くなる。しかしホスピスの部屋もサイトメガロウィルスの日和見感染から自由であるわけがないし、何よりもエイズ患者に必要なものは「希望」なのである。本人が散歩に行きたいと言えばわたしは連れて行くことにしている。仮に、そのごくごく短い外出によって彼の死が早まった場合、ヴォランティアとしてのわたしはどう責任をとるのか? そう問うてくるスノッブなモラリストもいるだろう。わたしは責任などとることはできない。それはわたしの神学上の立場によるものではなく、今までに十数人の死に立ち会ってきた実質的な体験に基づくものだ。

77)社会的な偏見は自然に消えるものではない。「忍耐」と「話し合い」という二つが絶対に不可欠である。

78)エイズ患者やHIVホルダーに限らず希望は人間にとって大切なものだ、だが希望を持つことは難しい、不思議なことだが希望を持つことができない人ほど打ちひしがれているから積極的に希望を捜そうとはしなくなってしまう、カウンセラーはわたしにそう言った。どうすればいいのか? とわたしは聞いた。わたしのこれまでの体験で言うと、とカウンセラーは極めて事務的に言った。希望は常に他人との係わりの中に在る、と。

78-9)ギジェルモが死に、ありがとうと言い、ありがとうと言われたわたしはこうやってまだ生きていて新鮮な空気を呼吸している、それだけの単純な事実の組み合わせで、わたしは涙が止まらなくなった。

99)わたしは、今一番大切なこと、を一つ決めて、それ以外のことは考えないようにしてきた。〔略〕一番大切なもの、を決めると、他のことに皺寄せが出る。例えば、今だったらラルフだ。そういう性格は友達を失くすぞ、と小学校の頃から何度言われたかわからない。友達は大切だ。だけど、友達よりも大切なものはある。

140-1)「彼は言っている、未来は今、もう既にあなたの手の中にある」 「もう既に?」 「そう、もう既に」 そう告げると、精霊はうれしそうに微笑んだ。だが、彼女はまだ、未来への途上にあることは知らない。未来は、今あるものが失くなり、今はないものが誕生することだ、ということも知らない

188)生きていく時には嘘と幻想が必要だが、死んでいく時には? 誰も解答を持っていない。答えを知っている人は、全員死んでいる。

@研究室

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by no828 | 2017-10-13 18:00 | 人+本=体 | Comments(0)
2017年 09月 15日

反応は、すべて、そんなふうに静かなかたちできた——小田実『何でも見てやろう』

 小田実『何でも見てやろう』講談社(講談社文庫)、1979年。1(1068)

 単行本は1961年に河出書房新社

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 今年読んだ本の記録(まだ)1冊目。通算1068冊目。

 有名な本でいつかは読もうとずっと思っていた。立ち寄った古書店でたまたま目に入ったので購入。学類生のときに読んでいたら、“外へ出よう”という気持ちがもっと強まっていたかもしれない。いまは、本書におけるものの見方の素朴さというものを感じてしまう。その素朴さには勢いがある。

20)パリで、アメリカの女の子がしみじみと語ったことがある。私は小さいときから食卓にヒジをつけて食べないようにと、そればかりしつけられてきた。それが今こうやってヒジをつけて食べていると(私と彼女はレストランで話しているのだった)、私たちがどんなにアホらしいことに精いっぱいになっていたか、どんなに田舎者であったかが判る。彼女はそんなふうに言うのであった。

55) アメリカで私が感じたのは、これからあとでくり返し述べることだが、決して西洋文化の圧力ではなかった。私が感じたのは、すくなくとも重圧として身に受けとめたのは、それは、文明、われわれの二十世紀文明というものの重みだった。二十世紀文明が行きついた、あるいはもっと率直に言って、袋小路にまで行きついて出口を探している一つの極限のかたち、私は、アメリカでそれを何よりも感じた。

113-4)その夕の聴衆は、私がこれから原爆の詩を読むと宣言したとき、そのときまで小声でささやき合ったりしていたのが、ピタリと静まり、それとともに異様な緊張感が一座にみなぎって行った。私は原民喜氏の碑銘になっている有名な四行詩を始めとして、峠三吉氏などの作品を、はじめ日本語で読み、ついで私の英訳(らしきもの)をつけた。みんなは、ただ黙って聴いているのみであった。
 読み終わっても誰も発言する者はなかった。司会者が事務的に例を言い、みんなは立ち上がった。
 私はいささか拍子ぬけした感で室を出ようとしたら、ドアのところで、ひとりの詩人が私を呼びとめた。「私はこれらの詩の発表に尽力したい」彼はそういう意味のことをひかえめな口調で語り、一言、最後につけ加えた。「アメリカのひとびとは、もっと知る必要があるのだ
 独身寮の入口のところで、それまでそこで私を待っていたらしい作曲家に会った。彼はそこで自分の戦争体験について語った。それまで知らなかったが、彼はオキナワ生き残りの勇士だったのである。彼がいかにして日本また日本人を憎悪するに至ったか、またどんなふうにしてその憎悪を清算したかを、芝居げのない口調で語った。
 夜、一人の画家が私の室のドアをノックし、自分は個人的にヒロシマについて謝罪したいと、ただそれだけをつぶやくように言った。
 反応は、すべて、そんなふうに静かなかたちできた。

131) いや、もう一つあった。私はこれこそは本心からいばることができたのだが、東と西、また中立陣営をとわず、世界の文明国じゅうで、徴兵制というような野蛮な制度がない唯一の国で、わが日本国はあるのではないか。私はこのことをもっと誇ってよいと思う。 ▶︎ 米軍基地は?

236)もちろん、日本もヨーロッパ諸国も「文明国」ではある。が、やはりアメリカに比べると、「文明国」であるよりはまだまだ「文化国」だという気がしてならないのである。

389)あるホテルの前で腰を下ろしたとたん、ホテルの掃除夫からじゃけんに追い立てをくったのである。掃除夫といえば、おそらく例の不可触賎民か、よくてせいぜいカーストの最下層にとどまるであろう。私は追い立てをくったことに怒り、そうした連中に追い立てをくったことでより一層怒っている自分(私は人種的差別や階級的差別、ましてこのばかげたカースト制度などに強く反対してきたはずであった)に、また腹をたてた。

399)そんなふうに単純に、自分がインドの政治(「未来」といってもよい)について何ごとかをなしとげ得ると確信することができる彼が羨ましかったのだ

415) 日本を訪れる外国人が誰しも驚くのは、日本人の忙しさであり、勤勉さであり、それを総括する異常なエネルギーであろう。〔略〕
 ただ、惜しいことに、これは誰もが言うことだが、そのエネルギーに方向がないのだ。そして、ラッシュ・アワーの電車のなかでのように、異常なエネルギーが、どれほど無目的に、無駄に消費されてしまっていることか。

421)おそらく、それらのむくわれざる死者をして安らかに眠らしめるただ一つの道は、判りきったことだが、ふたたび、このような死者を出さないこと、それ以外にはないのだ。すくなくとも、もし私の涙が結びつくものがあるとすれば、それはそこにおいてしかない

427) Tはあいかわらずの政治ぎらいだった。政治的なもの一切を嘲笑する。私がベトナム反戦運動をしているのを知ると、いつにない真面目な表情で言った。「きみはいい、きみはまだ政治を信じることができる」私は答えた。「信じることができないから、自分で運動をすることにしたんだ
「なるほど」
 と彼は言った。

428) 「おれはアメリカがよくなるとは思わないな」
 彼は言った。
「おれだって日本がよくなるとは思わないな」
 私が言った。
世界はどっちみち変わらない
 彼が言った。
そうかも知れんな
 私が言った。
きみのやっていることを無駄だと思わないか
 彼は訊ね、私が答えた。
ときどき思うね。……しかし、やって行くよりほかにないな


 113-4ページの引用部分が本書においてもっとも印象深かった。反応は、本当の反応というのは、あるいはいわゆるコミュニケーションというものは、そのように静かなもので、そのように時差を伴うものなのかもしれない。

@研究室

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by no828 | 2017-09-15 19:38 | 人+本=体 | Comments(0)
2017年 08月 04日

院生というのは「ずっと前からここにいて、いつまでたってもここにいる」人のことだ——松原始『カラスと京都』

 松原始『カラスと京都』旅するミシン店、2016年。69(1067)


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 動物行動学者・カラス研究者の学部・大学院時代=京都時代(1992〜1997年)の物語と、京都を離れて東京へ引っ越すとき(2007年)の断片。フィールドノートを振り返りながら、当時の様子を再構成した本です。著者の思い出を支えたのがフィールドノートです。本来フィールドノートは研究に関する事柄を書き留めるものですが、著者はそこに生活に関わるさまざまな事柄(洗濯を何回したとか)も書いていたようで、そのフィールドノートが本書の土台を提供しています。

 研究者(を目指してしまった人)がどうやって生き延びてきたのか、という話はやはりおもしろいです。

4) とは言っても、当時の自分を振り返って深イイ話をするなんて柄じゃない(ああいうのは功成り名を遂げた偉い先生が引退する頃にやるものだ)。だが、それでも語ってみたくなるくらい、大学は魅力的なところでもあったのだ

59) いやまあ、四浪して京大を受け続けていれば伝説にもなる、かもしれんけども。
 別に京都大学という名前に憧れたわけではない。高校の進路指導で「動物学がやりたいです」と言ったら、先生があれこれ調べて「動物学で出てくるのは京大くらいやなあ……」と言われたのである。まあ、これは単なる検索ワードの問題で、「動物学教室」と名乗っているのが京都大学理学部にしかなかった、というだけのことだ。内容として動物学を扱っているところは、日本中にたくさんある。
 もっと言えば大学はさっさと入れるところに入り、大学院から転入という手もある事を、大学院に入る頃を知った。実際に研究と呼べることを行うのはどうせ大学院なので、これでも十分と言えば十分なのだ。むしろ、通う大学に関係なく、研究者や大学院生と仲良くなって「押しかけ助っ人」になってしまえば、学部の時から専門の研究の手伝いをしつつ、学ぶことだってできる。だが、その辺の内情の理解まで、進路指導の先生に要求するのはちょっと酷ではあろう

63)いやまあ、生物学にしたって認識の方法の一つに過ぎないのだが、その基本的なスタンスは「自然は実際にそこにある」ということだ。人間がそれをどう解釈しようと、変わるのは解釈や認識であって、自然の方ではない。

133)院生というのは「ずっと前からここにいて、いつまでたってもここにいる」人のことだ。 ▶︎ 深く突き刺さる定義です。

152-3) 木村〔資生〕の説くところによれば(そして実際そうなのだが)、遺伝子に発生する変化の大半は中立か有害で、有利な変異は滅多に起こらない。〔略〕中立説はダーウィニズムと対立しない。木村資生は自然淘汰をもちろん認めており、それが適応的な進化に重要だと書いている。〔略〕中立説が否定したのは「自然淘汰だけが進化の原動力であり、どんな進化にも必ず有利・不利がある」という自然淘汰万能論だ。〔略〕それまで考えていなかったような、淘汰に関係ない進化もありますよ、そして、これが常々起こっていますよ、というのが中立説のキモだ

191-3) 「ほな、レポートの課題、出すな〔略〕最初にプリント配ったやろ。セトロジーいうの。あれに『クジラは魚や』て書いてあったけど、ここまでこの講義聞いて、それでも魚やと思うか、やっぱり哺乳類やと思うか、それ書いてもらおか」〔略〕
 川那部先生はいつもの着物姿で、両手をブラブラ前後に振りながら続けた。
せやけどねえ、教科書通りに哺乳類の特徴はコレコレって挙げてね、クジラは哺乳類やって書いたら、落とすよ〔略〕そらね、クジラは哺乳類なんよ。メルヴィルかてそんなことわかってて洒落で書いてんねん。せやけど、ボク、面白いもん読みたいねん。せやから、できたらクジラは魚やって書いてほしいな。もちろんどっかで破綻するねんで。どこまでうまいこと、面白い嘘つけるか。クジラは魚や言うて、どんだけホラ吹けるか。クジラは魚や! そんなん読みたいなあ
 面白い。非常に面白い。 ▶︎ そんなレポート課題、試験問題を作りたいなあ、とわたしもつねづね思っています。多くの学生にとっては迷惑千万かもしれませんが、一部の学生はこの著者のようにおもしろがってくれるはずだと信じています。

274) 同級生にはインドを放浪して来た奴もいるし、ワーキングホリデーでオーストラリアに一夏いた奴もいる。そういうことは全然やらなかったな。大きなテーブルの反対側の端では、コーヒーを横に論文を読んでいる、院生らしき人。留学生と英語で話し込む学生。何を話しているのかはわからない。文献を積み上げてルーズリーフに何やら書き込んでいるお姉さんは文系か。世に言う「女子大生」っぽい感じが理学部や農学部ではない。
 何の経験もない自分はここで何をしているのか。無為に一夜を過ごし、今こうしてコーヒーを飲み、今日もまた漫然と過ぎて行く。単位は足りるのか。研究は、進路は。悔しいが自分より有能な人々と伍して、自分は研究者になんか、なれるのか。
 セロトニンの払底した二日酔いの朝は、ただでさえ悲観的になるものだ。リーアム・デヴリンの言う「全てが終ってしまったように感じる、午前3時の気分」というやつだ。二日酔いで寝不足で空腹な朝なんて、ロクなもんじゃない。

301-2) 帰宅してデータをパソコンに打ち込み、それを解析に加えて結果を考え、夜中のハイテンションの中で「俺は天才だ!」と思いながらノートをまとめ、翌日読み返してあまりの杜撰さに「俺は馬鹿だ」と落ち込む。修士課程の終わり頃には、そんな夜をどれだけ過ごしたかわからない。唯一の友は延々とリピートしながら聞くB’zの「Survive」だった。
 だが、今になってわかる。それがどれほど幸せな日々だったことか! 日が昇っている間は思うさまカラスを追い回し、日が沈んだらアハハと笑って安酒を飲む。誰にも、何にも邪魔されない。自分の時間は全部、自分とカラスだけのものだ。金と仕事と業績と将来の展望と明日の保証がないかわりに、大いなる自由がある。今なら金を払ってでも手にしたい。
 いや、当時はその金と仕事と業績と将来の展望と明日の保証が欲しかったのだから、言っても詮無いことだ。
第一、「お前は今でもテキトーじゃねえかよ」という意見もあるかもしれない。ウム、言われてみればその通りだ。

302-3) 全ての授業が、直接に役立つとは限らない。「クシクラゲは有櫛動物に分類される動物である」と知っていても、実生活には役立たない(博物館での展示には大いに役立ったが、これは特殊な例だ)。だが、自分の知らない深淵を覗き込むくらいのことはできる。そこで知った様々な生物学の断片、院生や級友や他大学の人達、そして何よりも、大学でよく見かけた学者という生き物の姿が、大学で得た一番大きな経験だと思うのだ。

 本書をもって、昨年読んだ研究に直接関係しない本の記録が終了(ようやく)。69冊、やはりペースが落ちています。読むべし。自分を更新すべし。ブログも更新すべし。

@研究室

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by no828 | 2017-08-04 17:46 | 人+本=体 | Comments(0)
2017年 08月 03日

祈りは、自分以外の誰かのためでなくてはならない——加賀乙彦『海霧』

 加賀乙彦『海霧』新潮社(新潮文庫)、1992年。68(1066)

 版元サイトなし|単行本は1990年に潮出版社

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 心理療法士の牧子が北海道に渡り、開放的な精神病院に勤め、堂福院長の考え方に触れ、漁師の青年・洋々に恋をするものの……という物語。

 個人、共同体、社会。島国根性=全体主義?

18) 「百人も二百人もの患者を一箇所に集める病院というのは、患者の集団管理を容易にするために発想された施設だが、精神障害者のように各自が微妙な悩みをもつ患者に対しては、適当とは思えないんです。だから、ぼくは普通の人々が生活するのに近い環境を用意した。一軒に、多くて二十人、できれば数人が家族のように暮すのが理想でね」

23)死こそは私自身に属する慰めだと思った。

38-9) 堂福院長の考え方を私も段々理解してきたが、その中心となるのは、精神病者を社会に連れ戻そうという思想だった。〔略〕精神病者は社会を乱す危険な存在だから、精神病院に隔離収容せねばならぬというのが、どこの近代国家も考えたことだった。〔略〕病院の規模が大きくなれば、どうしても患者の治療は大ざっぱとなり、画一的となる。そして、そもそも大病院設立の目的が隔離・島流しにあったのだから、患者の入院期間は増大する傾向が生じる。〔略〕
 そうではなく、精神病者は治療し、軽快した患者はすみやかに社会に復帰させるべきだというのが、近来のまっとうな考え方である。大病院のかわりに小病院を、集中病棟のかわりに分散病棟を、監禁のかわりに開放を、隔離のかわりに社会復帰をというのが堂福院長の考えなので、堂福病院はその方針にしたがって建てられたのだ。
 しかし、精神病者を社会に連れ戻そうとする彼のやり方は、地元の人々とさまざまな衝突を引きおこした。

50)イトウという、このあたりの湿原に住む怪魚だ。ひどく敏感で獰猛で素早く、釣人の足音を遠くから聞き分けて逃げてしまうので、釣るのは至難のわざだ、しかしそれだけに釣人が追いもとめて釣るので、今では本当に数が少なくなったという。
「わたしね、イトウを見たことがある」
「へえ、どこで」と洋々は驚いた。
「水族館で。池袋にサンシャイン60という高層ビルがあって、水族館がある。珍しい魚が集められていてね、アマゾンのピラニアもいたわ。イトウも数匹いるの」
東京って何でも集めるところだなあ

68-9) 「さっきの松浦さんの症状もそうですけど、精神の病というのは、その人の置かれた状況を極端に示していますね。松浦さんが被害妄想の穴の底に落ちてしまうのも、出海さんがすごく攻撃的な躁状態へと飛びあがるのも、わたしには分るような気がするんです。この町の人は多かれ少なかれ松浦さんや出海さんのような状況に置かれています。すると……そこがわたしの疑問なんですけど、病気を治すより先に、社会を治さねばならないんじゃないかと思えるんです。はっきり言って、病気なんか治す必要はないと……
「おいおい」と堂福院長は手で制した。「そこまで行ってしまうと危険だよ。医療というのは仏典にある毒矢の比喩みたいなものだ」

79) 「面白い小説ってのは、どこか恐い所があるよ。毒があるだべさ。つまらねえ小説ってのは、なあも恐い所がねえで。人間が人間の善意を信ずるなんてえ甘いもんだな。この区別は、純文学だろうが推理小説だろうが変らねえ」

97-8) 長い長い旅のすえ、やっと故郷に帰ってきた鮭たちを待っていたのが、この棍棒による処刑である。長靴にゴムズボン、ゴム手袋の男たちの腕前はたしかで、いとも簡単に鮭は撲殺される。夢中でもがく魚が一瞬のうちに死体と変るさまは、明るい美しい日の光のなかで、何か場違いな殺戮として迫ってきた。〔略〕雌も雄も、このとき生を終えて、愛の成就をことほぎながら死をむかえる。自分の生命と活力と生涯の帰結を、ただ授精の刹那の快楽にささげる。しかし、実際には愛ははばまれ、雌雄の仲は割かれ、人間の手による授精のみがおこなわれる。人間たちはやがて稚魚を川に放ち、稚魚たちは故郷を目指す長い長い旅に出るのだ。それは、ただただ人間によって捕獲され撲殺されるための旅立ちである。

122-3) 「馬というのは子馬の時〔ママ〕から、はっきり性格も能力もきまっていて、将来使いものになるかどうか見分けられるんです。人間も同じでしょうな」
 横山医師が肯定した。
「五歳の子供の心理テストを、十歳、十五歳のそれと比較した研究があるんですが、人間の性格も知的能力も、すでに五歳のとき〔ママ〕に定まっているという結果です。むろん、その折おりの教育や訓練の成果で性格や能力はぶれていくが、持って生れた素質を本質的には変えられんのです〔略〕好き嫌いが定まるのは三歳ぐらいまでだと、フロイトが言っています。ぼくは二、三歳のとき親父におぶさって北アルプスを縦走したんだそうで、山登りの趣味はそのときに植えつけられたらしいんです」

152-3) 「事実というものは、ややこしく、こんがらがっていて、単純に二つの派の“対立”という具合に単純化できない。それを勇猛果敢に単純化したのが、出海さんや松浦さんの精神の病さ。あらゆる精神の病は現実の極端な単純化の上に成り立っている。だから激しく鋭く、おのれを亡ぼし、他人を亡ぼす。精神の病だけじゃない。戦争だって革命だって、またわれわれの喧嘩だってそうだろう。ただ、正常だと自認する人々はそういう極端化を心中では思っても、あからさまに口には出さず、内に認めている。つまり彼らは狡猾なのさ。ところが精神を病む人々は、本音を隠すことができず外に出してしまう。彼らは正直なのさ
 ▶︎ 単純化しないと動けない、単純化しないから動けない

157) 「狂ってる世の中では、狂っている人が正常なのに、あえて狂いを治す——つまり正常者という名の異常者を作り出さねばならない

182)「そうだ、あの町にもキリスト教の教会がある。カトリックでね、外人の牧師がいる」
カトリックなら神父というのよ。町に教会があるなんて知らなかったわ
「おれみたいな地元の人間でも知らなかったんだ。この前、牧子さんが聖書を読むと分っているから、注意して見たら、わが町にもちゃんと教会があった。なんと、町の入り口でね、しょっ中その前を通ってたんだ。無関心てのは、何も見ないってことだ

189)精神の病という、心に巣くった癌のようなものを、温かい人間の感情で解きほぐし、消失させていく作業だ。外科医がメスで切断するのに対し、心理療法士は、辛抱強い話し掛けと付き合いでそれを取り除こうとする。

201)魚をとるなら心をきれいにして魚をとれ。きれいな漁師になれ。だけど、そうするのは疲れることだ。

235-7) 「真面目ってどういう意味です
「あなたは意味を知りたがるね。物事をいい加減にすませないっていう意味だ。悩むときは、とことん悩むし、一度行動をおこせばとことん突き進む〔略〕そのため不必要な周囲と軋轢をおこす〔→ 不必要な軋轢を周囲とおこす〕。大体世の中は、不真面目な人たちで成り立っている。他人には本音を言わない。それが処世の術だ。ところが、洋々青年は、まっしぐらに本音で進む。〔略〕」
でも、あの人は無口です
嘘が言えないから無口なんだ。嘘、お世辞、おべっか、へつらい、おだて、そういう詐術ができないので黙っている。ぺらぺら喋りまくる世馴れた人間てのは、そういう詐術にたけてるだけだ」〔略〕
「さっきの真面目の意味だがね。キリストも真面目な人だったね
「……そう言えますね」
この世から弾き出された余所者だ。しかしこの世を動かすのは、結局は余所者なんだよ
「余所者ですか」私はぎくりとして、院長の淋しげな表情を見た。

278-9)焦ってはいけないと自分に言い聞かせ、自分の祈りを反省してみた。自分のためにのみ祈ったのでは神は応答してこない。祈りは、自分以外の誰かのためでなくてはならない。ところで、洋々のために祈るというのは、幾分かは自分のためでもある。むしろ、彼を手に入れたいために祈っていたのではないか。私は祭壇を見上げた。

@研究室

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by no828 | 2017-08-03 17:55 | 人+本=体 | Comments(0)
2017年 08月 02日

ドアがちゃんと開いていて「ここに一列に並んでください」って看板があるところに並ぶだけが、就活じゃない——スプツニ子!『はみだす力』

 スプツニ子!『はみだす力』宝島社、2013年。67(1065)


 
 学校を含め“あたりまえ”に居心地の悪さを感じるすべての人(とくに若者)へ。自分から動かないと何も変わらない、ということを強く意識させられる本です。そして、意識しただけではダメだよ、動けよ、とも本書からは言われるでしょう。

25) 「正しいこと」を先生から教えてもらう日本の学校と、「何が正しいか」を考えるアメリカンスクール

26) あんまり私がいじめられるので、ある日、先生はホームルームでこう言った。
彼女をいじめるのはやめましょう。彼女は日本人なんですから!
 それを聞いた七歳の私は、耳をうたがった。日本人だからいじめちゃいけないってことは、私がもし外国人だったら、いじめていいってことなのか!?

41)自分が今やっていることが本当の充実か、それを続けることで将来自分が後悔することにならないかをちゃんと考えて、毎日を過ごしたほうがいいんじゃないかと思う。〔略〕たとえまわりに「変なやつ!」と思われても、自分なりの楽しみ方を見つければ、どんな環境もそれなりにサバイバルできたりするのだ! ※強調省略

47) 「私、なんでこんなに学校とうまくいかないんだろう……。遅刻しちゃうし、宿題もできないし、怒られてばっかりだし、苦しい」
 悩む私に、ユリはさらっとこう言った。
でも、学校だけが世界じゃないよね
 驚いた。
 あたりまえのことなのに、私はそれに気づいていなかった。 ※強調省略

59-60) 「私たちが今勉強しているのは、大人になった時に、新しいことを発見できるようになる準備だと思います
 これは両親の教えだった。父や母は、こう言っていた。
人類には、みんなで作り上げる学問という山がある。一人の力では、いくら新しいことを見つけても、山の高さには積み上がらない。これまでの歴史で新しいことを見つけてくれた人たちがいるから、その山はあるんだよ
 新しいことを見つけて、人類みんなで作る学問の山がもっと高くなるように、少しでも貢献することが父や母の望みであり、存在する意義だと教えてくれたのだ。

68-9) 特にバイオテクノロジーは生殖や生命にかかわる分野なのに、そもそもサイエンスにたずさわる女性が少ないことに危機感を抱いていた。
 治らない病気が治るようになっている時代に、女性が生理なんて野蛮なものにまだ悩まされているのも、理系女性が足りないせいかもしれない。一カ月に一回、おなかが痛くて血が出ることに、耐えるしかないなんて!〔略〕
 サイエンスにかかわる分野に女性が少ないと、女性の問題がうまく解決されないこともあるんじゃないかと考えるようになった。

71) 大学一年が終わる夏休み、私もやってみることにした。その時に思ったのが、インターンやアルバイトスタッフを募集していない会社にこそ応募しようということ。
 向こうのニーズがあるところより、何もないところに自分から声をかけたほうが、チャンスはあるんじゃないか。募集しているとライバルがいるけれど、募集がなければ競争相手はゼロ。会社側にとっても思いがけないアプローチだから、「あれ? この子いいじゃん、とってみようか!」とおもしろがってくれるかも、と考えたのだ。
 最近いろんな大学生に就活の相談をされるけど、この話をすると「え、募集してないのに応募するんですか!」とびっくりされる。私はその反応に、逆にびっくりしてしまう!(笑)
 ドアがちゃんと開いていて「ここに一列に並んでください」って看板があるところに並ぶだけが、就活じゃないと思う。気になる仕事や会社があれば、募集してなくても書類を送り、自分からドアをノックしたっていんじゃないだろうか?〔略〕自分が本当に興味があり、きっとその会社の役に立てると思うなら、遠慮することはない。断られたら別のドアをまたノックするだけ。失うものは何もない。 ※強調省略

92) 「観測されないものは存在しないも同じ」という、量子力学の3値論理の考え方がある。この論理は、仕事とか恋愛とか、結構いろんな場面で応用できると思う。

112-3) やがて私はDVDに収録した作品を、YouTubeに投稿しはじめた。
無料でウェブにあげたりしたら、よけいに売れなくなるよ!」とまわりの人たちに反対されたけど、私の考えは逆だった。
どうせ売れないなら、無料だって人に見られたほうがいい!
 だって観察されないものは、存在しないも同じだから。

@研究室

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by no828 | 2017-08-02 17:16 | 人+本=体 | Comments(0)
2017年 07月 31日

日時が経つにしたがって、自分というものと犯罪とが切り離されて感じられてくるんだよ。判決を下したら、すぐさま刑の執行をすべきなんだよ——加賀乙彦『死刑囚の記録』

 加賀乙彦『死刑囚の記録』中央公論社(中公新書)、1980年。66(1064)


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 著者は、東京拘置所の精神科医務官として勤務し、死刑囚と面接してきた経験があります。本書は、小説『宣告』は事実に即しすぎた、との評価への応答である——と「あとがき」にあります。『フランドルの冬』の内容とも接するところがあります。

44)無期受刑者として無反則で一所懸命つとめれば、十年後には仮釈放の申請ができる、十年先の希望にむかって全力をつくすというのが彼が明るい口調で、きっぱりと述べたことだった。死刑と無期刑との差が、いかにへだたっているかを私は実感した。

50) 死刑囚においては、無罪を主張することが、私よりまぬがれる唯一の方法であり、この点彼らが、日頃の願望として、もし無罪であればと念じていることは確かである。その願望の上に、無罪妄想から完全な虚言まで、さまざまな主張がおこなわれると見られる。
 この場合、ゼロ番囚や死刑確定者が、おしなべて独居房に拘禁されていることに注目したい。他人より隔離され、毎日一人で壁と鉄格子を眺めて暮すうちに、個人の思惟は同じところをぐるぐると回り、一つの方向への思いが肥大してくるのである。一般の囚人でも拘禁反応をおこす者は独居房に多いので、独居房は妄想の培養基といえる。

95-7) 「つまり、判決を受けた瞬間はよ、犯行のことが頭にあるだろう。判決を受ける覚悟もして出ていくんだし、お前の犯罪はこうだと判決理由でながながと言われりゃ、おれはひどいことをしたんだ、申し訳ないという気持になるだよね。ところがさ、日時が経つにしたがって、自分というものと犯罪とが切り離されて感じられてくるんだよ。つまり、犯行は、だんだん遠い昔のことになってしまい、果して自分がやったものなのかどうか、実感をともなってこなくなるだね。そうすると、判決の結果だけ、自分が死刑囚であるという重っ苦しい現実だけがよ、自分にのしかかって来るだろう。自分はあれだけのことをやったんだから、こうなるのが当然なんだと、いくら考えても納得がいかなくなる。犯罪がぼんやりしているうえに、自分は殺されるためにだけに、オマンマ食って生かされてるのが、不思議な感じがしてくるだよ
「なるほど。きみ、率直に聞くけど、死ぬのは恐い」〔略〕
「恐いね。死ぬのは、殺されるのは、本当に恐いよ。おれは人を殺した経験があるから、人が死ぬのは、どんなに痛くて苦しいもんか知っているからね。絞首台にしゃっ首をつるされるとき、痛かないなんて言うけどね、誰も生きかえった者がいねえんだから真相はわかりゃしねえさ。痛いのは、いやだね、恐いね」〔略〕
先生、死刑の判決を下したら、すぐさま刑の執行をすべきなんだよ。それが一番人道的なんだよ。ところが、日本じゃ、死刑確定者を、だらだら生かしといて、ある日、法務大臣の命令で突然処刑するとくるんだろう。法務大臣はどんなにえらいか知らねえが人間じゃないか。たった一人の人間の決定で、ひとりの人間が殺されるのはおかしい。残虐じゃないか。とくによ、殺される者が犯罪のことなんか忘れた頃に、バタンコをやる。まるで理由のない殺人じゃねえか」 ※傍点省略

149)問題は、このような嘘を、嘘をついた本人がいつのまにか本当のことと信じてしまうことである。嘘か真かの区別が、本人にも曖昧になってしまうような現象を精神医学では空想虚言(Pseudologia phantastica)とか空話症(mythomania)とよぶ。空想虚言者または空話症者は、人をだます詐欺師であるとともに、自分もだまされる空想家であって、彼の行為には金銭を欺しとる詐欺犯罪と他愛のないいたずらとが混合している。

217) 無期囚たちがおちいっていたのは、長いあいだ刑務所にいた人に、おしなべてみられる“刑務所ぼけ”(prisonization)といわれる状態であった。刑務所ぼけは、感情の麻痺と退行の二つにわけて考察しうる。囚人たちは、厳格で単調な刑務所での生活になれきり、人間としての自由な精神の動きを失ってしまう。この外部と隔絶した施設内では、いつも同じ人間、同じ場所、同じ規則の反復にかこまれているから、囚人たちの感情の起伏はせまく、何ごとに対しても無感動になる。ふつうの人間であったら耐えられぬような単調な生活に彼らが飽きないのは、実はこの感情麻痺があるからだといえる。

221) 未来につらなる刑務所の生活は、来る日も来る日も寸分たがわぬ、単調なくりかえしにすぎない。そこでは一切の自由は失われた灰色の時間が、ゆっくりと流れるだけである。人間らしい自由を望んだり、自発性をもって行動すること、まして創造的な生活をおくることは許されない。もっとも楽なのは、刑務所のうすめられた時間を受けいれ、それに飽きないように自分自身を変えていくことである。彼らがおちいっている刑務所ぼけの状態こそ、うすめられた時間への適応を示すものである。 ▶︎ 適応的(順応的)選好形成

223-4)二種類の時間恐怖ノイローゼ〔略〕ひとつは時間の喪失をおそれる恐怖症患者である。日々の仕事があまりにも多すぎ、過去も未来も現在に迫りかかっているように感じられ、閉ざされた時間に追いまわされている人である。これは、せまい空間に閉じこめられるのをおそれている閉所恐怖に似ていて、“時間の閉所恐怖”である。この反対に、無意味に続く時間や、暇な時をおそれ、いつも時間がすきすきでいるように感じられ、何とかそこから逃げだしたいと思っている人がいる。怠惰に日々を送りながら、ちょっとした気晴しで、急に生きいきとしたり、退屈のあまり何かに熱中しようとしたりする。これは“時間の広場恐怖”とも言うべき状態である。死刑囚と無期囚の時間が、これら二種類の時間恐怖に似ていることは明らかである。

229) 死刑囚を描いた小説『宣告』(新潮社刊、一九七九年)を書きおえてから、あのような仮構の形ではなくて、現在の日本で、死刑囚がどのような生活をおくっているかという事実を報告しておく義務をおぼえた。私が見たありのままの死刑囚たちをドキュメントとして報告し、人びとに知ってもらうことは、死刑の問題を考える資料としても役立つだろうと思った。さらに『宣告』に対して事実に密着しすぎ、実在の人物をなぞったという評価が一部にあったことへの反論として、あえて私の経験した事実とはこのようなものであったと示したくも思った。 ※「7版あとがき」

230-1)私自身の結論だけは、はっきり書いておきたい。それは死刑が残虐な刑罰であり、このような刑罰は廃止すべきだということである。〔略〕
 死刑が残虐な刑罰ではないという従来の意見は、絞首の瞬間に受刑者がうける肉体的精神的苦痛が大きくはないという事実を論拠にしている。〔略〕
 しかし、私が本書でのべたように死刑の苦痛の最たるものは、刑執行前に独房のなかで感じるものなのである。死刑囚の過半数が、動物の状態に自分を退行させる拘禁ノイローゼにかかっている。彼らは拘禁ノイローゼになってやっと耐えるほどのひどい恐怖と精神の苦痛を強いられている。これが、残虐な刑罰でなくて何であろう。

232) 死刑存置論者のもう一つの大きな主張は、死刑のもつ威嚇力を重くみることになる。死刑の廃止は、殺人犯への威嚇力をなくして、殺人が野放図におきるようになるだろうという。しかし、この論旨は、どれだけ実際の殺人犯の調査にもとづいておこなわれているのだろうか。私は百四十五名の殺人犯について、犯行前あるいは犯行中に、自分の殺人が死刑となると考えたかどうかを質問してみた。犯行前に死刑を念頭に浮べた者はただの一人もいなかった。犯行中に四名が、死刑のことを思った。殺人行為による興奮がさめたあとでは二十九名が、自分の犯罪が死刑になると思った。つまり、死刑には威嚇力がほとんどなく、逃走を助長しただけだったのである。殺人の防止には、刑罰を重くするだけでは駄目なことは、私が多くの殺人犯に会ってみた結果、知りえた事実である。

@研究室

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by no828 | 2017-07-31 17:42 | 人+本=体 | Comments(0)