思索の森と空の群青

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カテゴリ:友人( 38 )


2016年 01月 08日

10月末の祝福

 昨年10月末のK口さん(新郎)の結婚式・披露宴の様子です。6月にU都宮大学であった学会大会で結婚のことを告げられ、半分冗談で「呼んでくださいね」と言ったら本当にお招きをいただきました。申し訳ない気持ちと嬉しい気持ちとが入り混じりましたが、出席させていただく旨、お返事をしました。K口さんとは大学(学類)も大学院も重なっておらず、学会大会を通じて親しくなりました。わたしから声を掛けていくということは——K口さんに限らず——当然ほぼなく、K口さんが声を掛けてくださったのがはじまりです。

 式・披露宴の場所はO阪駅近くのホテル、時間は土曜日午後。日帰りとなりました。本当は披露宴後に宿泊したかったのです。しかし、府内はもちろん、K都やK戸なども探しましたが、予約満杯で無理でした。行きは——前回のO阪ご招待とは異なり——K府からM延線の特急でS岡、そこから新幹線。帰りは20時くらいにO阪を出て、S横浜経由のY浜線、H王子発の特急は最終となりました。

 式場のホテルで某出版企画を一緒に進めているO巣さんと雑談。それからK田先生(W稲田大学のほう)、K日部先生などとご挨拶をしているところにK田先生(T波大学のほう)が登場され、「あら、あなたも」と声を掛けられました。わたしも内心「あら、K田先生も」と思っていました。「……のほう」という表記を失礼と感じつつも、そのままにします。

 以下、写真です。時系列に並んでいます。

 当日朝のK府駅。
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 O阪駅着。
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 キリスト教式。入場時のK口さんはおそらく極度の緊張のために歩き方に戯画的なまでの異変が生じていました。笑いが起こるほどでした。動画を撮影しておくべきであったかもしれません。あまり緊張されない印象を持っていたので驚きましたが、式に真摯に臨む姿勢の裏返しであろうとも思いました。
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 眺めるにとどまりましたが、庭が素敵なところでした。庭を横目に、某出版企画の件、O原さんとご相談。
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 披露宴のテーブル、隣はO巣さん。その他のみなさんはK口さんの学部時代のご友人。みなさんよい方で愉しい時間となりました。余興を担当されたご友人は緊張のためか、何度も席を外されていました。ほかのご友人に「大丈夫なのでしょうか」とお訊きしたところ、「大丈夫です。これまでも本番では何とかしてきましたので」ということで、本番は本当にお上手な弾き語りでした。
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 某出版企画の件、別テーブルのI上さんにご挨拶。はじめてお目に掛かりました。
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 おふたりの様子。ご新婦は元J○Lの方で、余興でその方面のご友人がお家芸を披露されていました。司会の方から、お家芸=余興を撮影した画像や動画をウェブに載せないようにお願いしますとの注意が予め入りました。その旨の注意があったことをウェブには載せておきましょう。
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 帰りのS大阪駅。
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 ほのぼのとした気持ちで披露宴会場をあとにしました。新郎が甥っ子ふたりと一緒に一時退席をする際、その甥っ子たちはすごく嫌がっていました。正直、心配になりました。しかし宴の最後、スクリーンに映し出された当日の様子のなかに、おそらくはその一時退席の直後に会場の外で撮られたであろうK口さんと甥っ子ふたりの笑顔の写真がありました。それが大変強く印象に残っています。K口さんの素の部分に触れられたような気がしました。

 ご新婦とはその後、K口さんとの研究会の懇親会でご一緒する機会がありました。Tくばに関する情報などがご入用の際はぜひご連絡ください。

 K口さん、改めて、おめでとうございました。昨年はK口さんとの研究上のつながりが増し、それが研究の外にも広がった年でした。とても嬉しく感じています。大学も大学院も異なるのに研究の話が深くできるというのはとてもありがたいことだとも感じています。引き続き、よろしくお願いします。

@研究室
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by no828 | 2016-01-08 20:30 | 友人 | Comments(0)
2015年 08月 27日

少年の謎が解けた

 今月初旬の週末は大学院時代の同期(新郎)の結婚式でO阪へ1泊2日。宿泊先を3週間前くらいに探しはじめたらほどほどのビジネスホテルはどこも満室で、仕方なくRーガロイヤルホテル(の平日昼間工事の影響が及ぶため若干廉価になっていたけれども週末であったため実際は工事無関係の部屋)。O阪駅からはホテルの送迎バス(満席)。

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 K府からO阪へは、以下の経路。
・K府→(C央本線)→S尻(特急Sなの)→N古屋→(新幹線)→S大阪

 この機会に帰りの経路も。乗り換えは少ないけれども、料金が少し上がります。
・S大阪→(新幹線)→S岡→(特急Fじかわ)→K府

 上の写真はS尻駅。T京ないしS横浜を経由すると新幹線特急券分が余計に加わり、料金が高くなります。しかも所要時間はそれほど大きく変わりません。ちなみに、10月にも研究者仲間の結婚式がO阪であります。

 下の写真もS尻駅。いわゆる立ち食い蕎麦のお店の入口があまりにも狭い。しかも中に立てるのは2〜3人が限度(手荷物が入らないから外に置いてある)。ただし、改札を一旦出て、逆側からお店へ入ることができ、そこには6人くらいは立てるカウンターがあり、わたしはそれで蕎麦を食べました。

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 式・披露宴の会場はNんば。ホテルからH後橋駅まで歩き、市営Yつ橋線。会場は“ジェーR”Nんば駅の傍なのですが、“Yつ橋線”Nんば駅からは若干距離があり、しかも経路がよくわからず、配達途中の郵便局員の方に訊ねながら向かいました。暑い。

 下の写真は、式の前日夕暮れ、ホテル近くの橋の上から。なかなかきれいな色合いの空であり、風景でした。ちなみにこのとき、わたしの少し離れた隣には、向こうから歩いてきてわたしとほぼ同じタイミングで同じ方向の写真を撮っている人がいます。わたしの写真が橋の真ん中から少々ずれた位置から撮られているのはそのためです(相手が真ん中を占めた!)。

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 前々日くらいに新郎から「平服で」と連絡があり、いわゆる上下揃ったスーツではなく、シャツ+ネクタイにカジュアルなジャケットを羽織って行ったら、みんなスーツでした。惑わされました(まだ40歳ではないし)。とても暑い。

 式の場所はチャペル(風)ではありましたが、様式は人前でした。新郎の考え方が反映されたものと思われますし、その考え方にはわたしも同意するところがあるでしょう。

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 注:以下、音声に乱れが生じる場合がございます。予めご了承ください。

 新郎と新婦は10歳の年齢の差が(ごにょごにょ)新婦は新郎の元Oえ子であ(ごにょごにょ)新婦が着任(ごにょごにょ)新郎をオリエンテーション(ごにょごにょ)見たときに「かっこいい」と思ったらしく(ごにょごにょ)ゼミ(ごにょごにょ)次第に(ごにょごにょ)というわけでございます。

 失礼しました。

 続報:付き合いはじめたのは新婦が卒業してからだ、という“公式見解”は出ていない模様。

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 新郎の生真面目なところと、新婦の明るいところとが、うまく噛み合っているような印象を非常に強く受けました。また、全体的に、感極まっていたのは新郎のほうであったように見受けられました。新婦もご両親への手紙を読み上げる際に言葉に詰まる場面もありましたが、新郎が“サプライズ”で新婦への手紙を読み上げるときのほうが言葉に詰まっていました。

 新郎は大学院時代よりも明るくなった、というのが席を同じくした同期たちが意見を同じくしたところで、そこには大学院時代はみんなどこか暗かった(研究棟自体が暗かったし)ということがあるにしても、やはり新婦との出会いが大きく深く影響しているのでしょう。

 新郎の高校時代の友人のスピーチも——というより友人その人が——ユニークで、新郎の人となりをよりよく知ることができましたし、新郎のメールアドレスのアカウントがなにゆえにあれであったのかという謎も解けました。スピーチのその件では、同席の同期で思わず顔を見合わせ大きくうなずいたものでした。

 改めて、おめでとう。本当に幸せそうなおふたりでした。

@研究室
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by no828 | 2015-08-27 20:03 | 友人 | Comments(0)
2014年 06月 21日

S橋の5月の幸せな推論

c0131823_18221549.jpg 5月末日昼過ぎ、大学院の友人O嶌君——学年は彼のほうが2つ後輩だけれどもダブル・マスターなので年齢は同じ——の結婚式と披露宴に出席するため、まずは近隣の小学校の運動会を横目に徒歩で駅へ向かいました。一応、スーツ。気温、30.4℃。上着は着ずに腕にかけて歩きましたが、それでも暑い。

 会場はS橋のホテル(→ )。駅前では古本市が開催されていましたが、それも横目にホテルへ。古本市のことを知っていたら少し早めに到着するようにしたかもしれませんが、当日になって暑いからとあきらめたかもしれません。

 駅前の交差点でY口君——学年と年齢はO嶌君と同様——と遭遇し、一緒にホテルへ。ホテルにはすでにわたしと同期のY利がその息子(2歳)とともに到着しており、一緒に階上へ向かいました。

 誰が招待されているのかよくわからなかったので、事前にO嶌君本人に訊いて何人かの名前を教えてもらってはいたものの、それでも詳しくはわからず、控室で「おぉ」とか「あぁ」などと確認することになりました。出身研究室の先輩同輩後輩などがまずはたくさん——「研究室」ってすごいですね——、あとはS田、F井、O方(Y利)などの同期、それから年齢が同じY利、I橋らの先輩——わたしもここに含まれます——が呼ばれていました。

 式の場所は、ホテル1階のロビー(?)に埋め込まれている教会(?)。造りへの驚きが勝って写真を撮り忘れましたが、ホテル提供の説明をここ(→ )から見たり読んだりすることができるようです。扉をバタンと開けて新郎が登場するという構造にはなっていませんで、かなりオープンです。宿泊客なども“外野”から参加できそうです、というか、実際に2階などから見ていた人もいました。


c0131823_18222667.jpg 受付を済ませ、席順などを確認し、披露宴会場に入りました。またしても高砂を背にする席でした。わたしは大体において、新郎新婦を背にする席が振り分けられます。身体をぐっと捻らないと新郎新婦はじめ、挨拶の方などを見ることができません。仕方がないのですが、正面から見ることのできる機会をもう少し与えたまえ、という気持ちがあります。

 新郎新婦の馴れ初めは、O嶌君が大学院へ入院してから割とすぐに聞いていましたし、小さな飲み会を割とたくさん開いていろいろと話してきましたが、そこまで突っ込んで訊いたことはそういえばなく、披露宴での紹介を愉しみにしていました。わたしが知っていたのは、主に次の4点です。(1)新婦と出会ったのはEジプトである、(2)O嶌君はひとり旅だった、(3)新婦のほうがいくつか年上である、(4)遠距離恋愛が長かった。

 司会の方の紹介によって、EジプトへはO嶌君はひとり旅で、新婦は従姉妹——妹説が一部に流れていました——とのふたり旅であったことが確認されました。また、出会ったのはダイビングの名所(地名は失念)であったことも確認されました。しかし、どういう経緯で付き合ったのか、付き合いはじめたのはいつなのか、1対2から1対1の関係になったのはいつなのか、つまり従姉妹ではなく新婦と付き合うことになったのはなぜなのか、といった重要な疑問群は解明されず、大学院の先輩同輩たちは席にて真剣に深く議論することになりました(注:みんな酔っぱらいです)。議論の途中、この場にも来ている従姉妹の方に直接確認しよう、関係者というか当事者からの聞き取りは欠かせない、データのないところで議論しても意味がない、という提案・提議もありましたが、研究倫理の審査を通していないこともあって却下(審査にかけても通らなかったと思う)。そのため、頼れるのは論理的な推論のみ、ということになりました。その結果いずれも決定的な根拠は欠くものの——というか、根拠は何1つないものの——、(1)Eジプトの段階で新婦は誰とも付き合っていなかった、(2)従姉妹のほうは付き合っていて幸せだった(いまも幸せであるはずだ)、よって(3)どの段階でO嶌君が新婦と付き合ったとしても傷ついた人は誰もいなかったはずだ、という推論に落ち着きました。

 公式の2次会はなく、大学院の同輩後輩たちが非公式に開催することにしたようですが、わたしはそのまま帰路に。O嶌君の人柄が濃厚に滲み出た、温かな披露宴だったなあ、よかったなあ、と思いながら帰りました。おふたりとも末永く——まさにその字義どおりに——お幸せに。

(追記:上述の推論の妥当性を検証したいので、今度一杯やりましょう。 > O嶌君。)

@研究室
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by no828 | 2014-06-21 19:30 | 友人 | Comments(0)
2013年 06月 01日

結婚パーティーを照らす満月は電車の扉も開けてくれた

c0131823_12152355.jpg 1週間も過ぎてしまいましたが、5月25日(土)に学友kouちゃんの結婚式披露宴2次会がありました。会場は隣駅、時間は20時から。「学友」とはいえkouちゃんとわたしは学類の同期であり、しかし大学院進学後に付き合いがさらに深まったようにも感じていて、だから学友と呼んでいますが、括りとしては「国際18期」です(受付でもそのようになっていました)。同期のうち誰が来るのかまったくわからずに会場へ向かったら、迷子のMK子——「M子」が複数存在するのでこのように表記します——と遭遇し、わたしも所在を具体的にはよくわかっていなかったので、ふたりで会場を探しました。何とか辿り着いたらそこにはT・C・T親子、K幹事長、KBTM、(その日の昼間にわたしが別件でメールを送った)Sディレクター、MC子、H(・W夫妻)、RM子がいました。会場のなかで、T・C・R親子、S悟、Yちゃん(「Yっ子はどうしたの? 置いてきたの?」と女性陣に質問されまくっていました)、KI(司会)、SBKM、……同期を忘れていないか心配ですが、ほかに17期S先輩、19期以下たくさん(ごめん名前のわからない人のほうが圧倒的に多い)。S先輩やPP、Y(TKD)たちと研究にまつわる話が少しでもできたのはよかったです。


c0131823_12144390.jpg 奥様とどういうふうに知り合ったのかについては、以前kouちゃんS先輩などとの酒席で聞いていたのですが、奥様Nさんを見たのは2次会がはじめてでした。奥様を紹介するような企画(出し物)もあるのかなと期待していたのですがそれはなく、それが残念と言えば残念でしたが、今回はkouちゃんのすぐれてよい意味での多面的な顔、つまり高校の、学類の、サークルの、NPOの、会社の、というそれぞれの顔、平野啓一郎の言葉で言えばたぶん「分人」にあたるそれらを、相互に交錯的に、結果的には総合的に認識・理解する場という設定で、その趣旨は十分に参加者に伝わったのではないかと思います。村上春樹の、とくにその複数世界における同時存在という観念が今回のパーティー全体の下敷きにもなっていましたから、個人的にはふむふむと——平野啓一郎と村上春樹を関係させて考えるとどうなるのかな、なども考えながら——うなずいていました。個人的にはまた、kouちゃんの高校野球部時代の映像やアニメの世界が新鮮でした。とくに後者に関する企画には、Yちゃんも積極的・主体的に——つまりは実存を賭して——関わっていて、それがYっ子を連れてこ(られ)なかった理由の説明にもなっていました。たしかにあれは奥さんには見せないほうがよいかもしれないね(kouちゃんは見せたわけだけれど)。そんなkouちゃんに対する国際18期女性陣による評価は——そういう企画があったのですが——、10年以上(!)の付き合いということもあり、かなりシビアな、しかし実はとても心遣いにあふれたものでした。一般に言われるところの「愛されてるなあ」です。それをしみじみと感じました。

 帰京組とともに会場を出て外を見上げたら満月でした。kouちゃんNさん、おめでとうございました。よき日でした。

 ちなみに、わたしは帰京組とは悲しいかな反対の電車に乗り込まなければならなかったわけですが、われわれが駅に着いた頃にちょうどそのわたしだけが乗り込む「反対の電車」がやって来ました。みんなを見送ってから次のに乗ろうかと思ったらその「次」がおよそ30分後で、そんなに耐え忍べないわたしは「じゃあね」と言って走って改札を通り階段を駆け上がりましたが、あと2歩くらいで無情にも扉が閉まってしまいました。しかし、なぜか扉がもう1度開いたので(!)態勢を整えなおして乗り込みました。無事に乗れました、というご報告です > MC子、RM子、Sディレクター、K幹事長。「じゃあね」というのはあっさりとし(すぎ)た別れ方ですが、時間をかけて別れを惜しむと別れたあとが辛いから「じゃあね」でよかったかもしれない、と思ったりもしました。

 kouちゃん、改めておめでとう。


@研究室
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by no828 | 2013-06-01 13:28 | 友人 | Comments(2)
2012年 12月 26日

遅ればせながらぴかるの結婚式・披露宴

c0131823_14283653.jpg ぴかるの結婚式・披露宴は11月18日(日)でした。それからすでに1カ月を経過していますが……。
 10時30分C山荘に集合、ということで、E戸川橋駅下車。誰が来られるのか把握しきれていなかったのですが、いわゆるいつものメンバーが集まりました。T湾から来日したMはなぜかゴルフ・バッグを抱えていました(こっちで買ったらしい)。海外組が多く、KとDとSの3人が残念ながら欠席(披露宴の最中、KとDの電報が紹介され、Sがニューヨークから電話参戦しました)。


c0131823_14294929.jpg C山荘と言えば、Kの式・宴もそこでした(→ )。そのときのぴか様は、敷地内の庭が大変気に入られたようで、空き時間に「俺ちょっと庭見てくるわ」とひとり庭園探索に出かけていきました。今回招待状に「C山荘」と印字されていたのを見て、さもありなん! とわたしはひとり膝を打ったのでした。
 17日は大変な雨でした。わたしは「明日は晴れるといいな」と思いながら、雨のなかを(本来は出席する予定のなかった)研究会へ出るために都内某省まで出かけていきました。ちなみに「本来出席する予定のなかった」というのは、発表者を知る前のことで、というのもこの17日まで遠征すると土日月火と4日連続TXの刑に処せられることになるからでした。結局、わたしは勇んでこの刑に服したわけであります。
 で。
 18日は晴天に恵まれ、陽射しが暑いくらいに感じました。「晴れてよかったよね」とみんなで言いました。


c0131823_14301173.jpg 年下新婦のSさんとは職場で出会ったそうですが、といってもいわゆる職場恋愛に該当するものではなく、ぴか様の職場に保険の営業で来ていたのがSさんであったそうです。そういう出会いかたもあるのかと思いましたが、友人たちの話では保険のかたが職場に来ることは一般的だそうです(ただし、平均年齢は高め)。わたしにはうまくイメージできないことですが、研究中に来られたら「あ」に濁点を付したような声を出してしまうかもしれません。
 披露宴会場は、後ろにオープン・キッチン(?)が設えられていました。ガラスの向こうで料理人のみなさんが仕事をしているのがずっと見えていました。フライパンのお肉に火を点けてボッ(← シニフィエ了解、シニフィアン不明)のときは会場が暗くなったりもしました。職場と一緒で公開性の原則を体現しなければならなかったのかな、と思いましたが、あまりおもしろくないので言いませんでした(でも書きました)。


c0131823_14302675.jpg 個人的には、ぴか様の家族とお会いできたのが嬉しかったです。学類時代には、よく故郷の話、家族の話を聞いていました。わたしはそれでぴか様の家族全員の名前を憶えてしまったわけですが、その全員を視覚的に識別することができました。あとは、新郎新婦紹介の映像にぴか様とDとわたしの3人で行ったC国への卒業旅行の写真が使用されていて、あの頃を懐かしく思いました。あとでお母さまから、「あ、さっきの写真の」と気付いていただけました(あの頃のわたしは本当にやせていましたね)。
 二次会がなかったので、ぴか様と話をする機会というのはほとんどなく、本人もあとでメールで「こんなに忙しいとは思わなかった、二次会すればみんなと話せたかも」といった趣旨のことを言っていました。またお酒を飲みながらこのときの話をする機会があればいいなと思います。


 おめでとう!


@研究室
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by no828 | 2012-12-26 15:19 | 友人 | Comments(0)
2012年 03月 25日

花さま若さま、おめでとうございます

c0131823_17242750.jpg 昨日土曜は東京。非常勤講師先の教員会議と友人 はな(新婦)の結婚式・披露宴。(写真は後者会場の、雨上がりの庭の風景です。)
 
 6時30分に起床。やや頭痛。お酒に受煙が加わると必定です。外は雨。8時にアパートを出発。徒歩で駅へ。8時28分のTX快速。マスク。車内は読書。10時前にS江古田駅着。駅前のMドナルドへ直行。朝M(「ハッシュポテト」付き。「ハッシュドポテト」でも「8種ポテト」でもない)。コーヒーで深呼吸。雨はかなり小降りだが、傘の人が9割。折りたたみ傘を開くのが面倒なわたしは傘なしで歩きました(本末転倒)。15分ほどで看護学校到着。10時30分から会議。今年度の反省と来年度の方針などを確認。終了は予定の12時を越し、学校を出たのは12時25分くらいになってしまいました。外は本降り。傘を開いて急いでE古田駅へ。


 都営線を乗り継ぎS金台へ。最短最速を目指していたら、14時までに行けばよいところを、13時30分には到着。近くのBオフへ。コンディヤック『人間認識起源論 上』(岩波文庫、1994年)などを購入(下巻は不在)。会議中に母から電話があったため、ここで折り返しの電話(博士論文の「製本」が「出版(本として)」だと思っていたらしい、など)。そのあと、H芳園へ。と言っても、目の前です。敷地内で“本館どこ?”と彷徨っていたら、係の人に「白線の上を歩いてください」と注意されました。外套と(会議資料のぎっしり詰まった重い)鞄をクロークに預け、Dらとともに控室へ。新郎が学類の1つ上のため、ドクターS藤ほか先輩方もちらほら。控室にはS平やKちゃんらが先着でした。


c0131823_17281232.jpg 敷地内の教会へ。新郎入場から「よっ!」と声の掛かる明るく楽しい雰囲気でした。個人的な感想を(書かないほうがよいかなと思いながら)小声で書いてしまいますが、牧師の話がやや(かなり?)冗長でした。長く話しても薄まらない内容、ではなかったと言わざるをえません。ついつい私的見解をしゃべりたくなってしまうくらいに温暖な雰囲気であったことはたしかですが、だからといって、です。儀式に必要な、そして重要なことは、私を滅した“型”ではないか、「淡々と」あるいは「粛々と」という副詞ではないか、その儀式の形式性によって逆に確保される新郎新婦および出席者の内面の振幅ではないか、と思います。もちろん、新郎新婦のおふたりがとくに問題を認めていないのであればそれこそ何の問題もありませんし、はな は「式のことは緊張であまり憶えていない」とも言っていました。(牧師についても事前に打ち合わせをすることはできるのでしょうか。)


c0131823_17275444.jpg 挙式ののち、外でフラワー・シャワーとブーケ・トス。写真は「まさにブーケを投げんとす、の新婦」と「まさにブーケを受けとらんがために前景化せんとす、の方々」であります。


 注:後者につきましては、プライバシー保護のため、足元のみの撮影となっております。(優しいなぁ……)


c0131823_17294672.jpg 披露宴会場は木の温もりに溢れていました。照明の当て方もあると思いますが、落ち着きの演出だと感じました。

 席に置かれていた新婦からのメッセージには、“報告を待っています”とありました。いきなり2ショットの写メを送ってくれてもよいし、ツイッター(暗号文可)でもよいから、ということでした。うーん。後者には幹事長の例がありますが……(暗号ではなかったけれど)。


c0131823_1730531.jpg 内容は、「楽しい会にするよー」という新婦からもらったメールにあったように、新郎新婦の入場からすでに「楽しい」ものでした。お色直しからの再入場の仕方も、インパクトがありました。Mちこの挨拶にもあったように、物事の本質を掴むという点に新婦の力はありますし、だからそれが使い方によっては“毒を吐く”ということにもなるのですが(泣かされた男子は挙手っ!はいっ、Q!)、これからは人びとを“はっとさせる”ほうにその力を一層発揮してほしいと思いました。

 その力は、最後の新婦の手紙にも反映されていました。だからこその乾きと、だからこその湿り気が、その言葉には同居していたように思います。事情を知らなかったわたしは、“そうだったんだなぁ”と思いながら聴いていました。


c0131823_1821970.jpg ちなみに、引き出物はそれぞれ違っていたようで(たぶん)、わたしのには「研究がんばって」の付箋とともに、イタリーなペン・ケースが入っていました。わお。最後、新郎新婦と親御さんとご挨拶しながらの退場のときには、名前入りの鉛筆をもらいました。わお。Pほかと「削れないよ」「ナイフで削って大事に使うか」「もったいないよ」と言い合いましたが、個人的には結局、研究室の机の上に飾ることになりそうです。

 たくさんの人が披露宴に呼ばれていましたが、新郎新婦がそのなかの一人ひとりときちんと関係しようとする姿勢がすごく伝わってきました。嬉しかったです。呼んでくれて、ありがとうございました。

 そして改めて、おめでとうございます。(「乾杯の挨拶は短く、ふたりの幸せは末永く」、新郎上司の方の乾杯のご発声、これ結構ヒットしました。)


 
@研究室
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by no828 | 2012-03-25 19:18 | 友人 | Comments(2)
2012年 03月 04日

入籍は7月7日、挙式・披露宴は3月3日のおふたり

 昨日は学類→大学院の友人 まみ の結婚式でした。お相手(新郎)は大学院の先輩です。2つ上です。わたしも知っています。が、ふたりが付き合っていることを知ったときはかなり驚きました。広く「教育学」と取ればふたりの分野は同じなのですが、専攻は(なぜか)別、研究棟も(なぜか)別(数km離れています)であり、このふたりのつながりには May I ask why? であるわけです。だから付き合いが発覚したときに(付き合いを発覚させたときに?)、事情(総論)はもちろん訊きました。

 集合は11時50分。場所は、東京竹芝・ホテルインターコンチネンタル東京ベイ(→ )。9時54分のTX快速に乗り、早めに行ってコーヒーを飲みながら読書でも、という企ては3分遅れで失敗。イオンでマスクと飴を購入、10時25分の快速まで待ち、秋葉原から山手線で浜松町、そこから徒歩で式場へ。11時30分頃に到着。


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 結婚式から出席しました。これまでの経験から、式のなかで笑いが起こることはないと思っていましたが、今回は笑いが出ました。新郎が新婦へのチューのタイミングを(たぶん)やや早まったのと、チューがチュぐらいで終わってしまったのとで、起きた笑いだと思います。この和やかな雰囲気は披露宴の最後まで続きました。


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 披露宴のわたしの席は、大学院の先輩・後輩+学類の友人(よしあき と かおる)という組み合わせでした(ちなみに、よしあきは既婚、言ってよいのかどうかわかりませんが、かおるも5月に結婚だそうです。大学院博士課程進学者の結婚も進むお年頃となりましたねぇ……(望遠))。

 そういう面子のため、話題は研究に関するものが多かったです。よしあき と かおる とは、披露宴後に浜松町の近くでコーヒーを飲みながらさらに話をしました。

 なお、今回は高砂に背面の席順でした(わたしはこの確率が高い。圭ちゃんのときは例外的に真正面でした)。

 写真は、ケーキ入刀。お互いのファースト・バイトは無難に。


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 会場からの眺めもよかったです。夕暮れへと向かいはじめた東京湾とレインボー・ブリッジ。

 おめでとう、お幸せに。




@研究室
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by no828 | 2012-03-04 17:35 | 友人 | Comments(0)
2011年 11月 28日

「ニュースです。幹事長の公約が実現されました」と山田アナ

 この前の土曜日、山本幹事長の結婚式と結婚披露宴とに出席してきた(二次会に出席する余裕はなかった)。幹事長はこれまで、友人の結婚式披露宴および二次会の出し物考案、主に映像作成に関する第一人者でありつづけてきた。そのため、幹事長自身の披露宴のときの幹事はどうするのか、まさか幹事長自身に作らせるのか(それはまずいよ)、じゃあ誰が仕切るのか、二次会はどうするのか、おいおいおいおい、という問題の問題性が近年とみに上昇していた。今回は、もちろん幹事長自身が自ら制作に乗り出した部分はありながらも(ということをちらっと聞いた)、Y木編集長、S井ディレクター、Y田アナ、H貝各氏と、それからいつもの柏木のメンバーの支援があった(ようである。すみません、手伝えておりません)。

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 ケーキ入刀 


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 今回はめずらしく高砂正面の席となった。ふたりの仲の良い様子をよっく観察できた。うふふ。ぶふふ。



 披露宴を締める最後の新郎挨拶において、幹事長は「今とても不思議な感覚のなかにある。ここにいるすべての人、誰ひとり欠けても今の自分はなかったからだ。それは妻も同じだと思う」ということを言っていて、それがとても印象に残っている。

 泣けたね。

 幹事長が披露宴はじまりの挨拶で願っていたように、11月26日、いい風呂の日にふさわしい、温かな気持ちになったのでありました。幹事長もといKちゃんと18歳で出会え、そのときからの仲間とこういうめでたい場を共有できるというのは、何だかすごいことだ、幸せなことだと、そんなことを思っていました。そんな余韻に浸りながら、「結婚式以外でも集まりたいね」と披露宴後にS平と話したけれど、結婚式でないと来られない(結婚式だからこそ来られる)人がいるのも事実なわけで、なかなかに難しい。


 注:今回のS井、Y田両名の貢献は目に見えて明らかであり、これはもはや某放送局の全面的バックアップを得られた結果であると言ってよい(言えない)。地域限定でもよいから、平日18時10分からのニュースで放映してもよいのではないか(よくない)。


@研究室
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by no828 | 2011-11-28 13:29 | 友人 | Comments(0)
2010年 10月 21日

院友結婚式の回想

 10月16日(土)の院友の結婚式、披露宴、二次会の振り返り。当日は晴れてよかった!

 9時10分TX快速でひとり横浜方面へ。車内では『アカデミック・キャピタリズムを超えて』。

 11時前に関内着。歩いて披露宴会場を目指す。中華街の横を素通り。

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 11時過ぎから披露宴会場にて余興の打ち合わせ。その場で出し物の内容をいくつか修正。

 以下、披露宴会場の窓から見える風景。

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 観察可能なのは、たぶんレインボー・ブリッジ。位置関係がよくわからない。

 12時頃に、一旦外へ。余興組で昼食@某ジョナサン。会場周辺は少ししか歩いていないけれど、“このあたり”はゆっくり(デートとかで)散歩するにはよいところかもしれないと思った。

 13時前に会場へ戻る。13時に挙式の行なわれる教会へ移動、のはずが13時25分まで待たされる。

 山手の坂をバスでくねくね登って、そこにある住宅を見ながら日本の階層問題に思いを致し、こういうところで育ったら今とはまた違う人格が形成されたに違いないとの確信を強める。

 教会着。撮影禁止のため(Why not?)、写真なし。厳かな雰囲気のうちに挙式終了。

 披露宴会場に戻って再度余興の準備。たぶんオーケー。

 今回は仲人?と媒酌人?は一緒?が存在するパターン(初)で、それは新郎新婦の指導教員ご夫妻で(新郎新婦は研究室の先輩後輩という関係なのですね)、その方のことはわたしも存じ上げている(授業を受けたことはないけれど)。

 院友集結で軽く同窓会気分。中華料理店での披露宴であったため(初)、お料理も全部中華。紹興酒もあって、結局3、4本を3人で空け(させられ)た(うち、ひとりはわたし)。

 ケーキ入刀。
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 ファースト・バイト(新郎 → 新婦)
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 ファースト・バイト(新婦 → 新郎)
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 余興の写真は、残念ながらない。無事に進行させることに注力していたため、撮影する余裕がなかった。でも、準備の甲斐あって、結構受けた。内容は、新郎新婦の行動パターンに関する実証的研究。学会発表スタイルでふたりの実態を友人の視点から暴露し、今後の結婚生活に活かしてくださいという願いを込めたもの。研究の目的、方法、先行研究のレヴュー、研究の意義など、きちんとパワー・ポイントに掲載して発表した。新郎新婦のみならず、列席者に研究者や院生が多かったがゆえにできた余興。

 披露宴の最後に新郎からの挨拶があって、それで新郎がちょっと泣いちゃって、それにわたしはぐっときた。

 20時から二次会。タクシーで移動。ここでは出番がないので、リラックスすることができた。

 以下は、新郎新婦と同じ研究室の先輩方の出し物。ちなみにふたりとも大学教員です、はい。脱いでいる方もです、はい。

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 わたしは電車の関係で22時に退出。電車に乗りながら頭がガンガンしてきて、それはたぶん紹興酒のせい、呑ませた先輩のせい。


 改めて、おふたり、おめでとうございました。


@研究室 
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by no828 | 2010-10-21 20:04 | 友人 | Comments(2)
2010年 10月 11日

DM

 ようやくDMの結婚式 → 披露宴 → 2次会 のことを書き(け)ますよ。9月18日(土)のことですよ、みなさん!


 わたくしは12時25分TX快速に乗り込み、白金高輪を目指す。

 早めに行って駅の近くの喫茶店でちょっと勉強を、と思っていたが、到着してみるとそんなお店らしきものはどこにもない。というわけで、ホテルに直行。

 ホテルの喫茶スペースでコーヒーでも、と思ったが、高い。1杯1,000円て!

 仕方ないので待ち合いスペースのようなところのソファに座って論文を読む。途中、め 氏が声を掛けてくれた。そのあとシュンペーターと意図せず合流し、S木先生にもお会いする。

 式場へ。大学同期大集合。台湾から駆け付けたまっきー(80kg+α)が一回り大きくなっていたり、テル・チエの子どもが大きかったり。

 式がはじまって、神父さんのことばを聞く。ここでの誓いは神に向けてなされているのか、それともお互いに対してなされているのか、後者の場合は神はその見届け役なのか、宗教が政治よりも上位にあった時代の結婚は男と女が教会で誓いをなすだけであったのか、政治が宗教の上位に立つ(と書くと語弊があるかもしれない)ようになってからは国家に(も)結婚の報告をしなければならなくなったということか、そもそも結婚という制度はいつどこで誰によって作られたのか、ふたりだけで「愛しているよ」と言い合うだけでは不十分なのか、とか。

 “研究者(蟬)は、そういうことも考えてしまうよねぇ”ということを外に出てからハヤカワ氏と話す。結婚も、ハヤカワ氏にとっては参与観察の対象に、わたしにとっては批判的考察の対象になる。“めでたい!”では終わらないのが辛いところでもある。

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 でも、めでたいのです。

 披露宴。わたしたちの席は、シュンペーターとピカチュウ、それに新郎Dの会社の友人という、イレジュラーな組み合わせ。シュンペーターとピカチュウは「経済」という窓口から会社の方々と話ができていたみたい。

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 ケーキ・カット。

 余興は新郎新婦の側から。結婚生活のマニフェストといったテーマで集められた参加者の事前アンケートの結果などが紹介される。わたしのも紹介されたが、「意味不明篇」として括られていたのが納得できない。意味はきわめて明瞭であったはずだ。

 D父(法学者)の最後の挨拶はさすがに学者らしいもので、その勉強量の半端なさにわたしは密かに敬服。あとは、Dの机に飾ってあった家族写真を見慣れていたせいか、D父D母D姉にはじめてお会いした気がしなかったなぁ。
  
 2次会へ。ホテルから会場まではタクシー。ホテルの玄関で待っていたら作家の某北方謙三がホテルの中から登場。女性と一緒に、ということは書かなくてもよいかもしれない。

 2次会の役回り、わたしは照明係でした。

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 この廊下の奥が会場です(スタッフ目線の写真です)。

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 で、会場の様子。

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 MがDに向けた手紙を読んでいます。

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 みんながそれを聴いています。

 ふたりは相当数の手紙のやりとりをしたらしい(17通?18通?)。電子メール時代にこれはすごいなと思った次第。でも、大切なことは手紙で、という気持ちはよくわかる。

 2次会は予定よりオーバーして終了(はじまりが遅れたからね)。わたしはすぐに会場を後にし、きーあー先生と駅に向かう。北千住にて何とか最終のTXに間に合い、とろとろとつくばへ。

 ちなみに、引き出物には麺が2種類含まれていたわけでありますが、その一方がこれです。

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 「アベックラーメン」

 ひとりでは非常に食べにくいです。これをひとりで食べてはいけない気がします。だからまだ食べていません。でも、おいしいみたいね。


 最後に改めて、おふたり、おめでとうございました。


@研究室
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by no828 | 2010-10-11 20:24 | 友人 | Comments(2)