思索の森と空の群青

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カテゴリ:邂逅( 5 )


2009年 02月 14日

ブルー・シート洗いはお手の物

 今日は妙に暖かい。何かもわもわしている。わたしを憂鬱にさせる春を感じさせる。

 しかし、風が強い。

 そのなかで洗濯物を干していたら、洗濯ばさみの付いたハンガーが一部壊れた。風のせい(たぶん)。そのハンガーは、すでに別の箇所も壊れている。以前それを突っ張り棒にぶら下げていたとき、重みに耐えかねた突っ張り棒が落下し、そのさいにはさみがひとつ壊れた。

 そろそろ買い替えか。

 穏やかに晴れてほしい。


 昨夜、Q にまつわる写真をスキャンして電子データ化して ksk にメールで送った。写真の提出は昨日が締切りであったので、ぎりぎりになってしまった。

 それにしても、懐かしさを禁じえない。

 Q の19歳の誕生日を女性陣が紙ふぶきで祝った写真もあった。まさに紙ふぶきが舞っている写真であった。

 その Q や友だちやわたしの顔が鮮明に写っているなかで、比較的人称性の薄い写真があったのでそれをここにアップロードしておこう。



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 写真は、2004年か2005年の老い合宿のあと、宴会で使ったブルー・シートを大学K棟前にて洗っているところ。
 両手を腰にあてて何もしていないのがみんなの作業を温かく見守っているのが Q です。

Q 「自分だってシート洗わずに写真撮ってたくせにー」
わたし 「まあまあ、そう言うなよ。その写真がいまになって、しかも Q のために役立つときが来たんだから」


@研究室
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by no828 | 2009-02-14 16:16 | 邂逅 | Comments(8)
2008年 12月 21日

エリちゃん

晴れ

日差しが強く、暖かい。

金曜日に書いたように、昨日は従妹の結婚式で上京した。結婚する(わたしより年下で社会人の)従妹は、わたしの母の弟の長女である。

当初は弟(仙台の次男のみ。三男は「大学のテスト期間中」という理由で欠席)と11時に東京駅八重洲中央口に集合して、珈琲1杯ぐらい飲んでから会場に行く、という予定であったが、珈琲どころではなくなった。

福島在住の従妹の親族は、わたしの母を含め、福島から貸切バスで東京までやってくる。しかし、わが父はそれ(アウェー戦?)を避け、弟と同じ東北新幹線で上京してきた。

父が加わるぐらいであれば「珈琲飲もうよ」と言えたのだが、父から「叔父さんも来るからちょっと待って」と言われ、「あら」ということになった。

東京で働く叔父さんと合流(お会いするのは10年ぶりぐらい。でも、お小遣いをいただく。ありがとうございました)。「おまえ、大人になったなあ……」と言われる。

叔父さんのご案内のもと、「よし、行くぞ」とすたすたと会場を目指すことになった。わたしの叔父は職業柄たいへんこわいので、「あ、あの、珈琲は」などとは言わずに黙従することにする。

集合時間の正午よりもだいぶ早く会場に着き、控え室に行く。デカい叔父さんは仕事があるということで、挨拶だけして帰っていった。帰り際、名刺をもらった。「東京来て困ったことあったらここに連絡しろ。悪いようにはしないから」。「は、はい」。心強いっす。

いろいろな方とご挨拶する。

が、よくわからない方も多い。母が「うちの長男と次男です」と紹介して、「ああ、あのときの坊ちゃんたちね」と言われても、?である。

「あれ、のりゆきくんかい?」「はい、お久しぶりです」「いやー、わからなかったよ。今は?」「大学院の博士課程にいます」「あ、そうなんだ。そんなに勉強することあるのかい?」「は、はあ。そろそろ終わりにしたいですが……はは、ははははは」

隣にいた別の叔父さんが「大学院なんて俺らにはわからない世界だなー」と言う。

新婦の父は、終始落ち着かない。弟は「叔父さん、トイレで髪型を何回もチェックしてたよ」と言っていた。

新郎新婦を交えて写真撮影をし、付設のチャペルで式を行ない、披露宴へ。



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「はじめての共同作業です」





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新婦・父
髪型を何度もチェックしていた叔父の髪型はベリー・ショート。





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両親に向けた手紙を読む新婦





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新婦が読む手紙に耳を傾ける新郎新婦のご両親
涙をこらえる新婦・父(右端)



ここで新郎・父のご挨拶だが、新郎・父が感極まって泣いてしまう。
「新婦・父が泣くならわかるけど」と思いつつ、わたしも泣きそうになる。

しかし感動的に終わると思いきや、新郎・父が最後は笑いを誘って楽しく終わる。

後で新婦・父に訊いたら、「泣きそうになったんだけど、俺もあの挨拶に笑ってしまって泣かなくて済んだ」と言っていた。

なぜかはわからないが、結婚式のときはいつも新郎新婦の父の気持ちを想像してしまう。年齢から言えば、新郎の気持ちにもっとも近づけるはずなのだが、それ以上にわたしはふたりの父の気持ちに、とくに新婦の父の気持ちに、思いを致してしまうのだ。



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披露宴会場から見た外の風景
空の色が美しい。





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披露宴が終わったあとの控え室から見た東京
昼から夜へ



披露宴後、福島組はまたバスに乗り込み、帰っていった(今度は父も一緒に)。

バスを見送ったわたしは、弟と、それから姉が結婚を迎えた従妹2人とともに(3姉妹なのですね)、東京駅まで歩き、そこからそれぞれの帰路についた。


エリちゃん、おめでとうね。


@研究室
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by no828 | 2008-12-21 17:47 | 邂逅 | Comments(0)
2007年 12月 17日

旧交

晴れ。

提出3日前になって、某学類の卒論生2人から「ご指導お願いします」メールが来る。

おいおい、「ご指導」って言っても提出まで時間がないんだぜ。

「現実的に考えてできること」を2つアドバイスする。
参考までに書いておこう。もしかしたら提出間際になった卒論生が見(てい)るかもしれない。

① 論文の目的と結論を明瞭にすること。具体的には、序章と終章を読めば大体何をしたい論文なのか、そして実際に何をした論文なのかがわかるようにすること。言うまでもなく、「したい」と「した」は合致させること。

② 論文としての体裁を整えること(誤字脱字をなくす、註をきちんと付ける、など)。読み手への礼儀を尽くすこと。


さて、昨日のことである。

朝から上京して映画を観る。「サラエボの花」@岩波ホール。感想については別途記したい。

映画の前に某コンビニエンスストアでお茶と『BRUTUS』を買う。
お茶だけ買うつもりであったが、『BRUTUS』の特集が「読書計画2008」であったため買ってしまう(雑誌で本特集があると買ってしまうのである)。

お昼を食べてから銀座へ。

人が多い。多すぎる。

手帳とペンケースその他を見るために某伊東屋に行くが、その店内も人でごった返している。

手帳は長く使える革製のシステム手帳を探したのであるが、よいものはやはり高い。
「お、これはよさそうだ」と思ったら「4万円」の値札が悪びれもせずにひょっこり顔を出す。

う。

だが、欲しかった革製のペンケースはあったので、そして良心的な値段であったので、それは購入する。入れて巻いて紐で留めるタイプ。

ものは長く使いたい。「経年劣化」とはよく言われるが、「経年優化」もあると思う。

通りを歩いていたら大学院の同期からメール。
内容は、某論文の修正を行なっているのであるが、某概念と某概念はどう使い分ければよいかとの問い合わせ。

何と銀座と不釣合いなメールであろうか。

でも、呑んだら返せなくなるなあと思って返信を決意する。
銀座を歩きながら某概念と某概念の使い分けについての説明メールを打っていたのはわたしだけのはずである。


そのあと忘年会。

幸せな話がいくつも出る。薬指の指輪も幸せの象徴である。

それぞれの生があるのだなと思う。

学類時代は、その人の生の70-80%と接していたような感覚がある。

しかし、就職、進学などでそれぞれがそれぞれに生きていくようになる。
そこには<わたし>の知らない<あなた>の生がある。

すると、<わたし>と<あなた>の接線というか界面というか、そういった接することのできる生の面積はぐっと減る。100%の生の20-30%といったところであろうか。

仕方がないと言ってしまえばそれまでである。
実際に仕方がないという思いもある。

だが、わたしはそこに一抹の寂しさを感じてしまう。

しかしながら同時に感じることは、その<わたし>と<あなた>のあいだの20-30%の「共有」できる生の界面は、それ以上は減らないであろうということである。
そこには学類時代の「共有」された記憶があるからである。

もちろん、記憶は風化するかもしれない。
とすれば、「減らないであろう」という推測的な表現は適切ではないかもしれない。
だからここは、「それ以上は減らしたくない」と正直に言ってしまった方がよいかもしれない。


「忘年会」という場で、忘れてはならないものを確認したような気がする。


そうした場を設定してくれた亀山にありがとう。幸せにね。
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by no828 | 2007-12-17 20:54 | 邂逅 | Comments(4)
2007年 09月 17日

研究は逃げ、か?

マザーハウスのイベントに出席するために舞浜に行ってきた。
イベントには、まめぐとちひろと学類の後輩りみも来ていた(まめぐはスタッフ。お疲れさま)。
りみとはこのイベントとは関係のないところで「会えたらいいね」というやり取りがあった。「会えたね」。

イベントは、個人的に大変刺激的であった。

自分の立っているところを揺さぶられた。
研究って結局逃げじゃないか、と私は思ったのである。

「刺激的」の意味はそういうことである。

マザーハウス社長の山口絵理子さんは、私と同い年であり、私と同じように開発や援助に興味を持ち、私と同じようにバングラデシュに行き、私と同じように彼の地で自分には何ができるのかを考えた。

しかし、山口さんと私が決定的に違うのは、実際に動いたかどうか、である。

この違いは私にとってとてつもなく大きく、先に列挙した共通性を無化するに十分である。

山口さんと私は「違う」。

さらにこの違いは、実際には動いていない私の生き方に疑問符を突きつける。

バングラデシュに行き、住み、学び、裏切られ、しかしそれでもあきらめないという生き方。
バングラデシュに生きる人びとの生を現実的に豊かにするという生き方。

私は現実と向き合うことを怖れているのであろうか?
怖れているからこそ、研究に「逃げた」のであろうか?

勿論、私はあきらめたから研究の道に進んだわけではない。
むしろ、実務者としてではなく研究者として、そして教育開発を通じて、そこに生きる人びとの生に何らかの貢献をしなければならないと考えたからこそ研究の道に進んだのである。研究者であるからこそなさねばならないことがあると考えたのである。

少なくとも、そう考えていたはずであった。


実践と研究には、「今のままではよくない」という包括的な問題意識が共有されていると思う。

しかし、である。

研究は実践とは違って、貧窮する人びとの前に食糧を直接用意しない。
研究は実践とは違って、貧窮する人びとの前に現金を直接用意しない。
研究は実践とは違って、貧窮する人びとが自ら食糧を用意できるようには直接はしない。
研究は実践とは違って、貧窮する人びとが自ら収入を得ることができるようには直接はしない。


研究する意味、研究する私の意味が改めて問われた。
問うてくれたのは、山口さんであり、総体としてのマザーハウスである。
記して感謝したい。ありがとうございました。
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by no828 | 2007-09-17 18:37 | 邂逅 | Comments(0)
2007年 08月 28日

今日は感謝する日、明日は覚悟する日

学会発表用のレジュメを作り終えた。というか、終わったことにした。

え、まだ夜は長いって?

たしかに夜は長い。ただ、こればかりはキリがないし、直前になるとあわあわして冷静さを失って思考が危うくなるという個人的性癖があるので、余裕を持って終わらせておくのである。

これから35部ほど発表用のレジュメをコピーする。


ところで、今日は私の誕生日である。

父上、母上、OJ先輩、みき、DP、ちひろ、外史、どんどん、ポラリー、まみ、そしてみちこからお祝いのコメントをいただいた(OJ先輩からはケーキと美術館の招待券までいただいた)。

記して感謝します。ありがとうございました。

誕生日というのは、祝われる日というよりも、その日に生まれた人がその周囲の人(親とか友だちとか)に感謝する日ではないかと近年強く思う。ここまで楽しく生きさせてくれてありがとう。そう伝える日ではないかと思う。


今日が誕生日で明日が学会発表とは、我が人生を象徴するかのようである。
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by no828 | 2007-08-28 23:01 | 邂逅 | Comments(0)