思索の森と空の群青

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2008年 07月 31日

シャワーのときの思考の行方

晴れ

最近、夜になると涼しい。昨夜は扇風機を回さずに寝ることができたし、冷房の止まった研究室でも窓を開ければ十分過ごすことができる。

今朝も涼しかったが、やはり汗はかいていて、シャワーを浴びた。

シャワーを浴びているときは、なぜか脳が回転しはじめて、いろいろと思考することになる。「することになる」と他人事のように書いたが、わたしが思考しようと思わなくても勝手に思考が始まって、まさにいろいろと整理して、ときに答えまで出してくれる。

しかし、そういうときにかぎってメモができず(シャワーを浴びているからというのも多分にあるのだが)、あとから「あのとき、かなり整理できていたはずなのだが、あれ……どういうふうに考えたんだっけ?」と振り返ってもすでに跡形もなく消えている。たまに思い出したりもするけれど、それは本当に「たまに」のことで、「あー何だっけー」と悔しがるのが常だ。

昨日の「『性』であるがゆえに……なのか?」エントリも、実は朝シャワーを浴びながらある程度整理して考えることができていたのだが、いつの間にか内容については忘れていて、ここに文章を書くときになって「朝、整理できた内容」ではなく「朝、整理できていたという事実」だけが、つまりは「わたしはあのとき思考の整理ができていたのだ」ということだけが思考の中身を伴わずに思い出され、それが余計に悔しく、しかし、結局その朝を取り戻すことはできなかった。

それでも書きながら思い出すこともあろうと思って、手探りで書きはじめたのだが、やはりどこかに行ってしまったわたしの思考はどこかに行ったままであり、あのようにまとまりのないかたちで書くことになってしまった。

まとまったかたちになるまで書かないでおこうとも思ったが、それこそ<いま・ここ>の思考の軌跡をそのままに残しておくことも意味があるかもしれないと思い、それにテーマがテーマだけに自分のなかに押しとどめておくこともしたくなかったので、つまりは開いておきたかったので、そのままに書いた。

この、そのままに書くということがシャワーを浴びている最中にもできるとよいのだが、どうもできそうにない。シャンプーをしながら思考が始まったとき、わたしは思考の始まりを意識しているわけではなく、したがって「わたしは思考している」ということを意識しているわけではなく、いつの間にか始まった思考がいつの間にか終わっている。そして思考が終わったときに、「あ、整理できたかも」と思う。しかし、「整理できたかも」と思った瞬間にシャワーでシャンプーを流したり身体をバスタオルで拭いたりして、そうしているうちに、思考された肝心の中身はどこかに行ってしまうのだ。そして、どこかに行ってしまった思考の中身が戻ってきてくれることはほとんどないのである。


@研究室
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by no828 | 2008-07-31 20:29 | 日日 | Comments(0)
2008年 07月 30日

「性」であるがゆえに……なのか?

晴れ

昨日ここに挙げた『性犯罪被害にあうということ』を読もうとしたあたりから、人間にとって「性」とは一体何かを考えている。研究テーマとの関連で、女性性器切除(Female Genital Mutilation:FGM)(これをどのように呼ぶか、という点でも議論があるのだが、ここではひとまず「女性性器切除」と書いておく)をめぐる議論のありようを追ってもいて、そこで「これは『性』が対象だからこれほどまでに議論がなされるのか」と思うことがある。「『性』が対象でなければ議論はこれほどなされたであろうか」と。これは「性」犯罪被害でなければ……という議論の組み立て方と構造は同じである。

「性」であるからこそ……であるとすれば、それはなぜか。

自分なりの答えというものが出せているわけではないのだが、考えたことをできるだけ整理して書いておきたいと思う。

本を読んで浮かんだ問いは、犯罪被害ではなく、「性」犯罪被害になると、なぜ「特別」な被害性(と加害性)が生まれ、周りの人たちの受け止め方も「特別」になるのか、というものである。これは昨日も書いた。

わたしは、「性」自体が人間にとって「特別」なものであるから、というのがその間接的な答えであるように思う。そして「性」が「特別」である理由は、「性」が、すくなくとも社会的には、表だって議論すべきではないこと、つまり、非公開的なこと、私的なこと、private なこと、として了解されているからであるように思う。「性」は「隠されるべきこと」なのだ。

では、なぜ「性」が「特別」=「表だって議論すべきではないこと」(非公開、私的、private)とされているのか。わたしにはその答えがわからない。が、「性」=「表だって議論すべきではないこと」とされていることはたしかなように思う。

だから、やや短絡的ではあるのだが、「性」=「表だって議論すべきではないこと」の等号を外すことによって、つまり、「性」を議論に開いてゆくことによって、「性」が持つ「特別」な感覚を減らしてゆくことができるのではないか、と思うのである。(実際、そのような方向性は理論的・実践的に散見される。)そうすることで、「性」犯罪被害の被害性も減らすことができるのではないか。しかし、そのように思う一方で、「性」犯罪被害の被害性が減るということは、それとは反比例的に「性」犯罪加害の加害性を減らすことにもなりうる。わたしはこの可能性を閉じたい。加害性を縮減する方向には持ってゆきたくない。

ならばどうすればよいか、ということはわたしにはまだわからないし、わたしが議論してよいことなのかどうかもわからない。これまで書いたこともわたしが書いてよかったことなのかどうか不安がある。「当事者」ではないわたしがどこまで議論してよいのか、という問いが消えないからである。だから逆に言えば、「性」をめぐる問題は、「当事者」が前面に出る、「当事者」でなければわからないことがあると言われる、そういった深くて重い問題なのである(風邪をひいた、ぐらいでは「当事者」の声を、ということにはならない)。

したがって、先の問い方に戻れば、なぜ「性」をめぐる問題は深くて重い問題とされるのか、なぜわたしたちはそのように認識してしまうのか、ということになる。が、とりあえず、これは措いておこう。そのような問いが成り立つとしても、まずもって重要なことは、「性」をめぐる問題は深くて重い問題として認識されている、だけでなく、「性」をめぐる問題は深くて重い問題として体験されている、ということである。だからこそ「当事者」が前景化してくる。しかし、だからといって「これは『当事者』にしかわからないのだ、『当事者』以外は黙れ、おまえらはどうせわからないんだから」ということにもなってはいけないのだと思う(これは本にも書いてあった)。「当事者」以外が黙ったら、結局は加害者を逃すことになるからである。


……わたしは一体何が言いたいのか、よくわからなくなってきた。


@研究室
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by no828 | 2008-07-30 20:33 | 思索 | Comments(0)
2008年 07月 29日

生のリアル

晴れ

と思ったら23時過ぎに強めの雨。ここのところ、空が不安定だ。


34(84) 小林美佳『性犯罪被害にあうということ』朝日新聞出版、2008年。(読了日:2008年6月13日)

当事者の〈あなた〉、当事者ではない〈わたし〉。

知っておくべきことだと思って。

「"事実を受け止める"こと。
 これが被害者にも周りの人たちにも、何よりも必要なことなのではないか。
 事実とは……。
 被害者にとっては、
 『被害にあい、自分の身体や気持ちが傷ついていること。そしてそれは他人の手によるものであり、決して自分の非を探す必要はないということ』
 周りの人たちにとっては、
 『自分の大切な人が、悩み苦しんでいること。それが自分ではなく、その人であること。自分の苦しみの発端は、被害者本人の辛さがあってこそだということ。そしてそこには、絶対に悪い、第三者の手が下されていること』
 当事者としての苦しみと、その周りの人たちの苦しみがあって、それぞれが自分に起こったことをきちんと受け止めることが、意外と難しいのだ。そのうえで、当事者としての気持ち、近くにいる者としての気持ちを、きちんと相手に伝えることが大切だと思う。

 〔……〕
 いまとなっては、加害者の顔もうろ覚え。証拠もない。もしかしたら、全部夢なのかもしれない。事件の夢を見た私が、目覚めた恐怖で彼を呼び警察に足を運んだ。それが『事実』なのかもしれない。……だったらいいのに。
 でも、私は思う。自分が感じていることが事実なんだ。真実は、私の知覚の中にしかないのだ。
 絶対的な『事実』を追求するのではなく、それぞれの中にある『事実』を伝え合うことが、支援であり、私たちが一番求めている『理解』なのではないだろうか」(pp. 182-184)。

著者および本については、さしあたって以下を参照。
 ・ 『朝日新聞』2008年4月28日朝刊「ひと」欄
 ・ 多賀幹子「書評:小林美佳著『性犯罪被害にあうということ』」『朝日新聞』2008年6月29日朝刊。

本を読み、そこから引用しつつも思うことは、なぜ「性」犯罪被害の被害性はこれほどまでに深くて重いのか、犯罪被害ではなく「性」犯罪被害になると「周りの人たち」(のさらに「周りの人たち」、わたしもこのうちのひとりだ)の受け止め方がどこか変わってしまうのはなぜなのか、ということである。

このような問いを発すること自体が「してはならないこと」のように思える。そこに被害者がいるのだ、苦しんでいるのだ、そこから出発すればよいではないか、そのようにも思う。

しかし、なぜ「性」犯罪被害が「特別」になるのかと考えてしまう。

人間にとって「性」とは一体何なのか。


35(85) 石井光太『物乞う仏陀』文藝春秋(文春文庫)、2008年。(読了日:2008年6月25日)

石井光太は『神の棄てた裸体』に続いて。

アジアのひとびとのリアルな生。

救いはないのかもしれない。ひとを救うことを簡単なことだと思ってはならないのだ。

「日を追うごとにカティーンはじりじりと私ににじり寄ってきているようだった。だが反対に、私は彼女と距離を置くようになっていた。恋愛感情が薄れたわけではない。私の中で葛藤があったのだ。
 私はいつかこの町から離れていく旅行者にすぎない。しかも己の健康な肉体に自信と誇りをもち、そうでない者に対しては臆して震えあがり、勃起すらできない情けない人間だ。そんな者が、自立を夢見て必死に町に根を下ろし、生きていこうとしている女性と気の向くままにその場限りの恋に酔いしれ、情交を成功させようとやっきになってよいものなのだろうか。
 こんな葛藤に苛まれるのは初めてだった。私はいつもその時その時の欲望に流され、己でもそれをよしとしてきた節がある。しかしこの時は悩み、考え、答えに窮した。
 これ以上愚かなことはするべきではないのかもしれない。
 柄にもなく、そう思った」(第三章「タイ 都会~自立と束縛」、pp. 106-107)。

「『大半の日本人は、業を信じません。輪廻転生などありえないって考えます。だから、来世のためにお寺に寄付するよりも、別のことに夢をもちます』
 〔……〕『でも、わたしはそう考えられないわ。もし来世がなかったら、わたしはどうなるの?』
 『どうなるっていうと?』と今度は私が訊きかえした。
 『わたしはずっと病気で苦しんできた。でも、今でもそれに耐えて生きてこられたのは、来世の幸せを考えてきたから。今我慢して正しい行いをすれば、きっと来世は幸せになれるといいきかせてきたからなの』
 『……』
 『なのに、もし輪廻転生がないってことになったらどうなるの?わたしはただ苦しむために生まれたことになるの?』
 私は言葉につまり、眼をそらした。そしてかつてハンセン病患者たちがお遍路をした時のことを再び思い出した。
 〔……〕
 私のように〔輪廻転生を〕信じないというのは、信じる必要もないほど豊かな環境で育ったということに他ならないのではないだろうか」(第五章「ミャンマー 隔離~ハンセン病と信者」、pp. 192-193)。


36(86) 湯本香樹実『春のオルガン』新潮社(新潮文庫)、2008年。(読了日:2008年7月7日)

「『おばあちゃんが病院にいるとき』
 おじいちゃんは、私の言葉を待っている。
 『あの機械の音、とめてほしいって思った。そんなことを思うつもりじゃなかったのに、もう死んだほうがいいって思った。そしたら……』
 『トモミは何も悪いことなんかない』おじいちゃんは静かに言った。『おばあちゃんだって、それはわかってるよ』
 長い間、おじいちゃんも私も口をきかなかった。〔……〕次に口を開いたとき、おじいちゃんの声は不思議と明るかった。『トモミがもっと小さかったら、そういうふうには思わなかっただろうな』」(p. 151)。

「古い友人がありがたいのは、相手の記憶の深いところに自分が組みこまれているということだと思う。会っていなかった間も、私の断片はその人の時間の中で生きていたのだと思うと不思議な気持ちになる。ある意味で、私はその人をかたちづくる要素のひとかけらになっているのだ。もちろんその人も、私の中で生き、私をかたちづくってきたわけだし、これからもそうだろう。いったいどれほどの人たちが、私の中に生きているのか。数えきれるものではない。いったいどれほどの人たちの中で、私は生きているのか。あまり数は多くないだろうけれど、意外なところで自分が居残りしているんじゃないかと想像するのは、けっこう楽しい。明日会う人はどんな人だろう、そう思うのと同じくらいに」(「あとがき」、pp. 228-229)。


@自室
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by no828 | 2008-07-29 23:32 | 人+本=体 | Comments(0)
2008年 07月 28日

大学院に議論ができる雰囲気を

晴れ

土日とも研究会に出席したり、自主ゼミナールを開いたりしたり(、呑んだりしたり)していたので、今日はすこし遅めに研究室に来る。

土日の新聞(公立小中学校に対する保護者の意識調査の結果やキャンピロバクター(「カンピロバクター」と表記されていたが)のことなど)を読んでから、某本部棟へ行って某TAの打ち合わせを某職員の方と。
そのあとお昼を食べてから書籍部に行ってポケットに入るぐらいの小型のメモ帳(RHODIA)と雑誌『自遊人』などを買う。『自遊人』は特集が「ビール」であったので思わず買ってしまう。たまには学術誌以外も買ってよし。

研究室に戻ってきて「能力」/「メリトクラシー」について勉強する。自分の研究とかかわって、「~できること」「~できるようになること」がどうして価値あることとされるのか、を最近考えている。仮説=答えが出せる段階にはまったく至っていないので、もっと勉強すべし。

夕方から「境界線」について勉強。すべての境界線は恣意的に引かれたものであり、ときに暴力的でさえあるが、だからといって境界線それ自体を消すことはできず、消そうとするとまた別の境界線を引いてしまうことになるからどうするか、など。国境や文化などをどう考えてゆけばよいか、ブレークスルーはまだ来ない。


先に小型のメモ帳を買ったと書いたが、それは実は研究者との呑み会用である。
呑み会用とはどういうことか、と思われるかもしれないが、それはこういうことである。すなわち、研究者の呑み会のときって学術的な話を大御所の先生から聴けるよい機会であり、そのときにがさごそと鞄からではなく胸ポケットからさっとメモ帳を出してささっとメモすることが大事なのである。

これには、実は経緯がある。土曜日の研究会で、有名な某先生(ヘビー?スモーカーであられる)がポケットからたばこの入ったケースを取り出して、「え、その論文の人の名前、どういう漢字?」と訊きながら、たばこケースにぱぱっとメモされていたのを見て、「お、さすがだ」と思ったのである。わたしはスモーカーではないので、たばこは常備しない。ゆえにメモ帳を、と思い立ったわけである。

「お」とか「なるほど」と思ったことは真似すればよい。真似てみて自分に合わなければ止めればよい。

土曜の研究会で真似てみたいと思ったことはほかにもある。それは、某大学のように、大学院を議論のできる雰囲気にできないか、ということである。

某大学の先生方は一緒に議論できるような雰囲気を作られており、院生もそこに入っていけるようにわたしには感じられた。むしろ、院生にもっとしゃべらせろ、という雰囲気があった。教員はそれに応えるぞ、そういう雰囲気があった。院生も先生にぶつければ何か返ってくる、そういう期待を持っていたように感じられた。(こうしたことは研究会中もそうなのだが、むしろ研究会の終わったあとの雰囲気や呑み会の雰囲気でわかると思う。)

これは非常に大切なことだと思う。

わたしの大学院には、残念ながらそういう雰囲気がない。話すことと言えば、事務的なことであったり、愚痴であったりして、研究の話にはなかなかならない。「あの本読んだ?」「あの論文についてどう思う?」「これについてはこう思うんだけど、どう思う?」とか、そういうのが日常的にない。制度的にはあるが、日常的にはない。しかし、大切なのは日常的にどうかということである。だが、そういった雰囲気は院生間にもなく、先生のあいだにもない。

すくなくとも院生間にはそういう雰囲気を作りたいと思って、自主ゼミなどを開いたり、メーリング・リストの運用を始めたりしている。が、先生のほうはどうにもならないかもしれないと思っている。おもしろい研究を個人でする、おもしろい研究をするためにお互いに高め合ってゆこうとする、院生も巻き込んでおもしろい研究をしてゆこうとする、そういった某大学にはあった雰囲気がわたしにはここではまったく感じられない。それはたぶん、端的に言ってしまうけれど、先生同士の仲があまりよくないからだと思う。

あ、言っちゃった。

しかし、それはおそらく事実である。変な遠慮、相手のところには踏み込まないでおこう、そうした意識が働いている。大学院の雰囲気が、研究を原理としてではなく、学内政治を原理として作られている。学内政治を原理とするほどつまらないことはないと思う。

学生(大学院の受験者)を集めたいのなら(教員はそう思っているのだが)、制度をどうこういじるよりも前に、まずは自らおもしろい研究をする(学生はおもしろい研究をしている先生に付こうとするものだ)、研究について議論できる開かれた雰囲気を作る、おもしろい研究者を教員として呼んでくる(これはちょっと制度的か)、そういったことが大切になってくるのではないか。そのためには、もしかしたら院生が教員をもっと下から突き上げてゆく必要があるのかもしれない。「先生、その質問は的外れですよ」「先生、勉強が足りないんじゃないですか」「先生同士でどうして議論しないんですか」、そういったことを言ってゆく必要があるのかもしれない。そのためには、院生がもっともっと勉強・研究する必要がある。

そうした思いを、土曜日以来さらに強くしている。

そして、そんなことを昨日の呑みでもすこし話したのであった。


@研究室
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by no828 | 2008-07-28 21:19 | 日日 | Comments(0)
2008年 07月 27日

病み上がりのはずなのだが

くもり

金曜日の呑み会には、無事に行くことができた。2次会まであって帰宅したのが2時。

土曜日は研究会出席のためお昼前に上京。都内某所で豚の生姜焼き定食を食べてから某 Starbucks に移動して論文を読みながら珈琲。そのあと研究会の開かれる某大学へ。某大学に来るのは3回目。

この研究会に出席するのは実ははじめてで、某先生のお誘いで出させていただけることになった。日本の教育学をリードする大御所の先生ばかりで恐縮する(もちろん、某大学の院生もたくさんいた)。5月の某申請書類でお世話になった先生もいらしていたのでご挨拶する。

研究会はおふたりの先生のご発表と、それを受けての先生方のご議論を拝聴する。院生であそこに割ってはいるのは正直難しい。しかもはじめての参加でいきなり発言することもブレーキとなって研究会中は一言も発せず。

そのあと懇親会(呑み会。2日連続)。生ビールなど。途中出てきた焼き鳥は回避する。わたしははじめてということもあって(はじめてでなくてもそうだが)席を移動できず、隣の院生と話してばかりいた。そこに高名な先生おふたりが席を移動されてきて、「今日はじめて?どういう研究してるの?」と気さくに話しかけてくださった。これこれこういう研究をしています、と申し上げたら、「じゃあ、おれのやってる研究会で今度話してよ。ね、名刺ちょうだい」とおっしゃられて名刺交換させていただく。ひー。最後に院生ひとりずつ自己紹介を兼ねて今日の発表についてコメントを述べるよう言われる(こういうのはちょっと苦手だ)。

帰りは電車がご一緒の某先生と某同輩と区間快速で。某先生から温かい励ましの言葉をいただく。駅からは研究会のことを振り返りながら歩いて帰宅。23時。小腹が空いていたので蕎麦を食べる。

今日日曜日は、遅めの朝食を食べて11時に研究室に来る。13時からの自主ゼミナールのためのレジュメを仕上げる。13時から17時過ぎまで自主ゼミ。模範的な大学院生の日曜日の過ごし方の一例を示しえたのではないか。

ただ、自主ゼミ始まる前から「ビール呑みたいねえ」なんて話をしていたことも事実であり、実際に自主ゼミが終わって「本当に行くか?」ってことになってこれから夕飯を兼ねて呑みに行く。3日連続。病み上がりのはずなのだが。

追記(18:56):
とすぐに研究室を出るはずであったが、外は雨・風が吹き荒れ雷が鳴っている。さっき「行けるかな」と思って外に出て10歩ほど歩いてみたのだが、これは無理だ。研究棟に引き返す。すこし様子を見たほうがよいであろうということで現在研究室で待機中。

追記(18:59):
雷の影響か、研究室の蛍光灯が一瞬消える。パソコンも危ないか。


@研究室
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by no828 | 2008-07-27 18:23 | 日日 | Comments(0)
2008年 07月 25日

「ないですね」事件

晴れ

と思っていたら、夕刻から風が吹きはじめて木々が揺れ出し、雷が鳴り、雨も降り出した。

いま、雷はおさまったようだが、風は残り、雨は降り続いている。空もだいぶ暗い。

今夜は19時30分から某密談を兼ねた呑み会なのだが、わたしは無事に呑み屋に辿り着けるのか。


今日は朝から8月末の学会発表に向けて「貧困 poverty」や「不平等 inequality」についての論文を読む。英語論文ということもあってか、そして哲学の論文ということもあってか、論文の目的と結論がいまいち掴めない。英語で書かれた哲学の論文には、往々にして目的が明示されないままに議論がなされてゆくことが多い気がする。

お昼になって(今日はかよこから電話はかかってこない)、久しぶりに「普通の空腹感」をおぼえる。「あ、治ったな」という実感。キャンピロバクターには勝利したように思われる。学食に行って蕎麦。(ただ、鶏肉恐怖症はもうしばらく続くと思われる。「焼き鳥屋で呑もう」とは誘わないでね。)

お昼を食べたあと、某 Lawson に行って某 Amazon から届いた本を受け取る。Amazon は Lawson での受け取りサーヴィスを始めたのだ。受け取りに行ったのはこれで2度目なのだが、1度目のときは店員さんに「お願いします」と受取票を渡したら、「はい、お待ちください」とがさがさ探してくれたのだが、5秒ぐらいで「ないですね」と言われた。「え?」である。「ないってことはないでしょう」と思っていたら大御所の(と思しき)店員さんが指示を出してくれて荷物は発見され、無事に受け取ることができた。

最近、コンヴィニエンス・ストアにいろいろとサーヴィスが受けられるようになったが、それは店側からすれば業務がいろいろ増えたということである。増えすぎたのかもしれない。大丈夫か、店員さんに過剰な負担になっていないか、と思った。これ以上コンヴィニエンスを求める必要もないのではないか、たしかに自宅にあまりいない人にとっては24時間営業のお店で荷物が受け取れるのはありがたいが、自宅で時間指定して受け取れないこともない、ならば……と思った。

かく言うわたしも、今回の「ないですね」事件がなければ、おそらくコンヴィニエンス・ストアでの受け取りに何の懐疑を差し挟むこともなく、「ああ、便利だ」と思っていただけであろう。「ないですね」事件からも考えられるところはある。


あ、もう行かなきゃ。


@研究室
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by no828 | 2008-07-25 19:22 | 日日 | Comments(0)
2008年 07月 24日

かよこがやってきた

晴れ

暑い日が続いている。もはや「暑い」という言葉を発する/発せられること自体が嫌になってきた。

「教育する」とは一体どういうことか、を勉強していたら、同期(だけど専攻は別)のかおるから電話がかかってくる。13時頃。電話に出たら「かよこだよー」と言われる。一瞬電話を切ろうかと思ったが、切らずに留まる。米国留学中のかよこがいま一時帰国中で、しかも「いま3学の前にいるから、一緒にお昼を食べよう」という内容であった。「は?」である。

3学の前に行ったら、かよことかおると和田さん(はじめまして)とマイケル(かよこの彼氏。Nice to see you)がいて、学外のカレー屋に行くことになる(かよこの独断)。かよこは会ったとたんに、「わたしと会えてうれしいんだったらそれを表現してもいいんだよ。外に出していいんだよ」と言ってきた。「はいはい、とてもうれしいですよ」と流しておく。あいかわらずである。

カレー屋には結局15時まで。学類の頃の話と大学院の話を中心に日本語と英語を織り交ぜながら。かよこが「彼は学類の頃お酒をたくさん呑んでいた」とわたしのことをマイケルに紹介したので、わたしが「かよこもたくさん呑んでいたぞ」と返したら、マイケルがわたしに「かよこと付き合っていたのか」と訊いてきた。わたしはそれを「かよこともよく呑んでいたのか」と聞き間違えて「うん」と答えたのだが、どうもしっくりしなかったので、かよこに「もしかしていま『かよこと付き合ってたのか』って訊いた?」と確認したらうなずいたので「あ、違う違う。付き合っていないよ」と訂正しておいた。危ないぜ。

研究室に戻って、引き続き「教育する」とは何か。

さっき本を1冊読み終わる。近代教育学における「教育する」を「他者」概念などを使って脱構築して再構築する必要があるという議論で、おおむね賛同できた。以前、他者論に関する読書会中に、「いまちょっと思ったことがあるんだけど、言っていい?」と言って思いついたことをばーっとしゃべって、「と思ったんだけど、こういうことって言われてる?」と訊いたら「言われてないと思いますよ」と返ってきたので、「あ、やっぱり。うふふ」と思っていたことが、その本にずばり書いてあった。「あ、やっぱり」。新/再発見はなかなかに難しい。しかし、本にすでに書いてあったとしても、そこまでを自分の頭で考えたということが大切なのだと思う。すくなくともわたしにとっては大切なことだ。自信につながる。自分でここまでは考えることができた、そういう経験がわたしを強くするように思うのだ。


@研究室
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by no828 | 2008-07-24 19:46 | 日日 | Comments(2)
2008年 07月 23日

Give me time to think

晴れ

暑い。昨夜は暑くて1度目が覚めた。Tシャツが汗でびっしょりであったので着替える。扇風機を回して再び寝る。

今日は新聞を読んでから8月の某短期雇用の書類を書く。が、いろいろ面倒なことがあって手間取る。

面倒なことというのは、次のようなことである。すなわち、8月中に某短期雇用とは別にTA(Teaching Assistant)をするのだが、両者が日時的に重なっていないことを書類にして提出しなければならない。しかし、そのTAに関する詳しい情報がわれわれ被雇用者には伝わってきていない。日にちは決まっているのだが、何時から何時まで労働するのかが伝わってきていない。したがって、某短期雇用とTAの被雇用日時が重なっていないことが証明できない。さらには、TAに関する情報が事務方全般で共有されていないようで、誰に訊いても?なのである。

その?なTAというのは、通常授業のTAではない。教育関係者からは批判が多い教員免許更新制(以下、更新制)の講習のTAである。

更新制とは、平成19年6月の改正教育職員免許法の成立により、平成21年4月1日から導入されることになった制度である(今年度からその試行/予備講習が始まっている)。

文部科学省は更新制について4つのポイントを示している。

(1) 更新制の目的は、その時々で教員として必要な最新の知識技能を身につけること。
(2) 平成21年4月1日以降に授与された教員免許状に10年間の有効期間が付されること。
(3) 2年間で30時間以上の免許状更新講習の受講・修了が必要となること。
(4) 平成21年3月31日以前に免許状を取得した者にも更新制の基本的な枠組みを適用すること。

わたしとしては、更新制という制度・システムを運用する前にすべきことがあると考えている。

それは、教員にゆとりを、である。

「ゆとり教育」ということが以前政策的に推進されたが、そしていまその「ゆとり教育」は批判されているのだが、そこで「ゆとり」が必要であるとされたのは子ども(児童・生徒)であった。しかし、子どもよりもまず「ゆとり」が必要なのは教員ではないか、と思う。

教員にゆとりが生まれれば、教育は変わるのではないか。教育とはそもそも制度的・システム的に決めたからといってそのとおりに動いてゆくものではない(し、動かしてはならないものなのかもしれない)。もちろん、制度・システムをいじる必要があるときもある。しかし、教育は基本的に「生きられている」ものなのであるから、その「生きられている」時空間に在る人びとのことをまず考える必要がある。そしてその「生きられている」時空間にゆとりがなければ、そこに生きる人びとは窒息してしまうのではないか。

わたしは別に実証的なデータがあって言っているわけではない。

わたしは直観として、人間にはゆとりがあったほうがよい、と思うので、それは教員にも例外なく当てはまるであろうということである。

そのゆとりが人間関係、その関係性を豊かにするのではないか。

だから思考の方向性は、ではどうすればゆとりをつくることができるのか、である。

更新制の講習に教員を呼びつけることは、しかしそれとは逆のほうを向いている。

ところで、である。そもそも「ゆとり」とは何であろうか。よく考えてみようとすると、よくわからないことに気付く。「ゆとり」……ぱっと思いついたのは、「思考する時間」である。「思考させてくれる雰囲気」というか。「立ち止まって振り返ってみること」というか。研究ということをしているせいか、「思考する時間」というのはとても大切なものに感じられる。事務作業等で「思考する時間」がないときは、とても苦しい。しかし、研究も思考も研究者の専売特許ではない。誰もが行ないうることである。にもかかわらず、その誰もが行ないうることが行ないうる状況にない。そこに問題があるように思う。


@研究室
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by no828 | 2008-07-23 20:11 | 思索 | Comments(0)
2008年 07月 22日

議論をしない研究者 テロルの主体の入れ替え

晴れ

暑い。夕立がざっと降ったら、すこしは温度が下がるであろうか。


的場昭弘『マルクスに誘われて みずみずしい思想を追う』亜紀書房、2006年。

こうした〔=それぞれの研究の内容は違っていても、同じ部屋にいれば研究者同士のハートというものがふれあい、お互いの研究に刺激を与えるような〕交流の空間は今かなり少なくなっているような気がする。その原因としてパソコンの普及があるような気がする。いつごろからであったろうか、学会でもどこでも研究者同士会うとパソコンの話、あるいはそのソフトの話になり始めた。かつてのマルクス主義のような学者同士の共通テーマがなくなり、パソコンの話題しかなくなったのだ。パソコンの話はもっぱら技術的なものが多い、だからけんか腰の議論になることはない。その点人間関係を大事にしながら議論できる。しかし、これはおしゃべりであって議論ではない。さらに部屋にこもってパソコンにデータを入れているといかにも研究しているような気になるのだが、実際には何も考えていない場合が多い。人とのコミュニケーションの欠落の後に残るのは、目的意識のない空虚なデータ学問ばかりとなる」(p. 165)。


テロとはもともと国家が民衆を無差別に殺戮することを意味していた。語源はフランスのロビスピエールの恐怖政治(Terreur)にある。恐怖を植えつけるのはもともと国家で、それに対して民衆はレジスタンスをする。こういう構図がこれまでの一般的なテロへのイメージであった。これを完全に逆転させたのが今回の9.11である。国家に背く不信者が国家に向けてテロを行う。かつてはこれを革命と呼んできた。今や、革命はテロとなり、国家への反逆は、何ら正当性をもちえないテロリズムという言葉に封じ込められてしまったのである。
 ここには国家が善であり、現在世界を支配しているグローバリゼーションの資本主義メカニズムが善であるという構図がある。キリスト教的にいえばオーソドキシー(正統派)の議論である。オーソドキシーは、反対者である異端者をテロリストと呼ぶことで成立している。人々は見えない敵におののき、国家への忠誠を誓う。9.11が作り出したアメリカの愛国法などは、そうしたファナティックな世界の産物である
」(p. 214)。


@研究室
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by no828 | 2008-07-22 20:34 | 思索の森の言の葉は | Comments(0)
2008年 07月 21日

ご祝儀は学割で

くもり

にもかかわらず暑い海の日。

冷房なしアパートよりは研究室のほうが涼しいであろうと思って大学に来る。

とはいえ、土日祝日は冷房が入らないので暑い。

ただ、風通しは比較的よい。時折肌をなぞってゆく冷たい風が心地よい。


週末を振り返っておこう。

土曜日。洗濯して布団を干してごはんを炊く。そして久しぶりに珈琲を淹れる。胃腸が弱っていたので飲まずにいたが、そろそろ大丈夫であろうと思って。実際、大丈夫であった。

本を1冊読み終える。

お昼ごはんを食べて、洗濯物と布団を取り込み、14時過ぎにアパートを出て某ホールへ。

秋野豊メモリアルコンサート。

同期で来ていたのは、ちひろ(スタッフお疲れさま)とまみとDPとトルシエ(日本国籍)とKSKとわたしの6人のみ。

秋野豊という人間の輪郭と、秋野先生の同僚の先生や秋野先生の教えを直接受けた学類の先輩方の思いが、オーケストラの奏でる音楽によって、より鮮やかに浮かび上がっていたように感じられた。

DPとトルシエとKSKと喫茶店で一服してから別れる。わたしは某時計修理工房に行って少々ゆるかったバンドを詰めてもらう。

食糧品を買ってからアパートに戻る。

そろそろビールも大丈夫ではないか、と思って長らくわが冷蔵庫で冷やされていた缶ビールをトマトをつまみながら呑む。2週間ぶりのアルコール。明日の呑み会に向けてのリハビリテーション。すぐ眠くなるが、体調は崩れなかったので明日も呑んでよし。


日曜日。珈琲を飲みながら、ヨーグルトとはちみつ on ざくざくと切ったバナナ と ドーナツを食べる。12時頃にアパートを出て快速に乗って上京。

はじめに恵比寿の東京都写真美術館に行って映画を観る。「いま ここにある風景」。

それから新橋に移動して本屋を探す。ない。銀座まで歩く。某ブックファーストで友人まっきーの結婚祝いの本を探す。お祝いの品はいろいろ考えられるが、わたしがもっとも選びやすいのは本なので本にする。新婚旅行用の旅行ガイドブック、子育ての本、家具の本、写真集などなど探すが、「これ」というのがないので詩集にする。ふたりで読むことを考えると、写真もあったほうがよいであろうと思って写真集と詩集が合体したものを選ぶ。途中ちらりと、プレゼントは「愛」に関する哲学書でもいいかなあと思って哲学・思想のコーナーに行ったら、わたしが前々から探していた絶版の本があったので(!)それも購入する。

新橋に戻って19時から呑み会。参加者は、まっきー夫妻、Q夫妻、亀山夫妻、酔っ払いトルシエ、TKC、KSK、カズ、ヒカル、みちこ、あき、しゅんぺー、かつき、そしてわたしの16人。結構集まった。

友人のうち3人が奥さんを連れてくる(式はみんなこれから)。18歳の頃から知っている友人たちである。それが妻を……隔世の感。われわれとくに親しい友人のあいだでは、あきらかに結婚の第1波が来ている。そのことを確認したのち、第2波に乗る予定の友人たちとの結束を強くする。

これからの同期の集まりは、おそらく夫/妻同伴というのが増えるであろうし、ひいては子どもも連れて、ということになるのかもしれない。それがすごく楽しみだ。

呑み会は22時30分まで。まっきー、幹事ありがとう。

最終23時30分(某情報筋から最終は23時45分と聞いていたのだが、実際は23時30分)に間に合うように駅に向かう。23時15分の区間快速に乗れたのでそれで帰ってくる。

駅から歩いてアパートに戻ったら1時近く。シャワーを浴びてから寝る。


学類の友人は、みんな素敵だ。友人の選んだ人たちも、みんな素敵だ。


@研究室
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by no828 | 2008-07-21 16:48 | 日日 | Comments(2)