思索の森と空の群青

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2008年 08月 29日

学会初日

たぶん、くもり

6時30分起床。7時15分に食堂に行って朝食。クロワッサン、生野菜、オレンジジュース、珈琲をホテルで。

そのあとバス停に移動してバスで某大学へ。9時すこし前に某大学着。受付を済ませて会場へ。

9時30分から分科会。しかし、もともと3人いた発表者のうち1人が発表をキャンセルしたため、発表者はたったの2人であることがその場で判明する。発表者1人に割り当てられた時間が発表20分質疑10分の計30分であるから、10時30分には終わることになる。予定では11時から12時までの1時間を費やすことになっていた(長すぎ)総合討論(すべての発表が終わったあとに全体で行なう議論)が1時間30分になってしまう。長すぎておそろしい。

わたしは2番手の発表。
1番手の発表がわたしの研究と通ずるところがだいぶあって、質問も2点することができた。

わたしの発表については、司会者の先生から「いままでの研究のベクトルを逆にしようという研究であると理解しました。たいへんおもしろいと思います」と評していただく。

感謝。

でも、まだまだです。

とはいえ、すこし安心。わたしは無駄なことをやってきたのではないと思って。

分科会自体が早く終わったので、もうひとりの発表者と参加者(1名)と議論の続きをする。楽しい。学外の研究会に参加することができるかもしれない。

29日のスケジュールがすべて終わったあと、同じく発表があった同輩と後輩と四条へ移動してビールなど。奈良の後輩(わたしは直接知らないのだが同輩が呼んだ)もはるばるやってきて、4人で楽しく呑む。研究とは何か、など。わたしの大学ではこのような話ができないので、たいへんおもしろく感じる。すこし多弁になる。

23時にホテルに戻る。

明日は夕方まで学会に参加して、そのあと京都をぶらぶらしようと思っている。


@京都・四条烏丸
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by no828 | 2008-08-29 23:58 | 日日 | Comments(0)
2008年 08月 28日

誕生日が「日々のこと」のように感じられる2008年8月28日

くもり ときどき 豪雨

学会で京都にやってきた。この文章をいま四条烏丸のホテルで書いている。

昨夜は1時まで研究室にいて、今日は7時30分に研究室に来た。
12時過ぎまで粘ってプリントアウトして、結局35部印刷した。

豪雨のなかレジュメが濡れないように注意しながらアパートに戻り、身支度を整えて駅に向かって電車で東京駅を目指す。

でも、東海道新幹線が豪雨のために「運転見合わせ」になっていてひやりとした。ホームにはたくさんの人が運転再開を待っていた。

わたしたちは最悪明日の早朝には京都に着かなくてはならない。

一緒に行動していた友人と、念のため高速バスの時間を確認したり(結局夜行しかなかった)、みどりの窓口の方にこういう場合はどうすればよいかを訊いたりした。

新幹線が止まってしまってどの便から動き始めるかわからないけれどわたしは今日中に現地に着かなくてはならないんだ、という状況では、とりあえず自由席のチケットを買ってホームに行き、とりあえず動き出す便に乗って指定席が空いてるようなら車掌さんに追加料金を払ってチケットを指定席に変えてもらう、という作戦がよいらしい。

何とか動き出した新幹線では、しかし指定席へのチケット変更がうまくゆかず、結局東京から京都まで立ちっぱなし。それでも無事に京都駅に着いた。

地下鉄に乗り換えて四条に移動してホテルにチェックイン。荷物を置いて(レジュメが重かった)同輩と夕ごはんを食べに繰り出す。四条通りを行ったり来たりして結局定食屋に入って生ビール(小ジョッキ)でとりあえず乾杯してごはんもしっかり食べる。

同輩は四条烏丸から私鉄に乗り換え。また明日。

ホテルに戻ってきたわたしは新聞(朝刊ね)を読みに1階ロビーに下りたら置いてあるのは夕刊のみ。それでも読まないよりは、と思って読む。大澤真幸のインタヴューなど。もっと勉強しなければ、と思う。

部屋に戻り、久しぶりに湯船にお湯を張ってお風呂に入った。

寝よう。


そういうわけで、今日が誕生日であるという実感がまったくない。

それでも母や弟や友人からメールをもらうと、「ああ、今日だよなあ」と思う。


27歳になった。


お祝いの言葉、ありがとうございました。


@京都・四条烏丸
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by no828 | 2008-08-28 23:30 | 日日 | Comments(2)
2008年 08月 27日

うーぎゃー

晴れ

終日学会発表の準備。

うーぎゃーと苦しんでいたが、ようやく出口が見えてきた。自分ですこしは納得できる出口。

明日は正午まで粘る。そのあと30部ちょっと印刷して、同じ学会で発表する同輩と一緒に京都に移動する予定。


@研究室
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by no828 | 2008-08-27 23:40 | 日日 | Comments(0)
2008年 08月 26日

サヨナラがうれしいときもある

くもり ときどき 小雨

今日は九州に渡った山田アナの誕生日である。ここに記してお祝いの言葉を。

ひろき、おめでとう。


ちなみに昨日は小・中学校の同級生箭内君の誕生日であったわけだが、わたしは学会発表前にもかかわらず(!)、てっぱんとみちこと野球観戦に行ってきた@東京ドーム巨人対中日。

試合は、古城(ふるき)の劇的なサヨナラ・ヒットで巨人が勝った(試合をずっと見ていたから、その「劇的」がわかる。結果のドラマティックさは、その結果がいかなる過程を経て生まれたものなのかを見ないとわからないのだ)。

わたしは巨人ファンでも中日ファンでもなく、「負けているほうのチーム」のファンであるので、昨夜は巨人を応援していた。だから、サヨナラはうれしかった。


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まゆみちゃんにメールを送るてっぱん、
選手としての落合は好きだけれど監督としての落合はなあ……のてっぱん




c0131823_21242872.jpg
鼻孔に人差し指が、の事態にもたじろがないみちこ、
2日連続で野球観戦@東京ドームをするみちこ、
あるいは『プロ野球選手名鑑』を買ってしまったみちこ
(* 本人から掲載許可は下りています。が、「あまりにも……」という場合はご連絡を >本人。削除するかもしれません。)




「野球観戦のお誘いはうれしいけれど、学会前は厳しいなー」と思っていたけれど、それはわたしへのすこし早い誕生日プレゼントという意味が込められていたからであった。

てっぱん、みちこ、改めてありがとう。

また集ろうね。


@研究室
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by no828 | 2008-08-26 21:39 | 友人 | Comments(4)
2008年 08月 24日

学会前はウェブログの更新率が高くなる傾向があるわたし

くもり のち 雨

お昼前に研究室に来る。小雨がぱらぱら。

新聞を読んでから研究室でお昼(自宅で作って持ってきた炊き込みごはんなど)を食べる。それから学会発表の準備。

夕方、まだ買っていなかった(∵ 大学の書籍部に置いていなかったので)『現代思想』8月号(特集:ゲーム理論)と、学会発表用のスラックス(∵ 18歳のときに買ったスラックスの裾が短くなったので。身長伸びた?)を買いに大学の外へ。

本屋では『現代思想』のほかに以下の2冊も買ってしまう。

井上ひさし+生活者大学校講師陣『あてになる国のつくり方 フツー人の誇りと責任』光文社(光文社文庫)、2008年。
(∵ 大学の書籍部には光文社文庫が置いていないので。)

多田富雄+柳澤桂子『露の身ながら 往復書簡いのちへの対話』集英社(集英社文庫)、2008年。
(∵ 読みたい本は見つけたその場で買うべし、なので。後で買おうとすると、なくなっていたりするのだ。)

それから再び研究室に戻ってくる。

さて、もうすこし。

雨が本降りになってきた。


@研究室
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by no828 | 2008-08-24 20:08 | 日日 | Comments(0)
2008年 08月 23日

文章急展開 「うー」から「ちひちひちっひー」へ

くもり ときどき 雨

今日は、学会発表の準備のため、午後から研究室に来る。小雨がぱらぱら。

「教育権」に関する文献を読む。議論の整理はできたが、特別新しい情報は得られず。

わたしのなかには、修士論文が終わってからずっと、「その子どもに誰が教育すればよいのか」という問いがあって、それを考えるために日本で議論されてきた教育権論を参照している。が、「これだ」というのがない。今日読んだ文献では、「誰が子どもに教育すればよいのか」「まずは親だ」という議論が展開されていたのだが、いまいち納得できない。納得できないのはなぜなのか、まだよくわかっていないのだが、その一因として「わたしがまだ親になったことがないから」が挙げられるのではないか。

などと考えていたのだが、今回の学会発表のねらいは教育権論を塗り替えることではない。もちろん教育権は関連するのだが、今回のねらいは別のところにある。

しかし、そのねらいをきれいに達成できるか、心許ない。

6月末の学会でもそうであったが、わたしは「これが答えだ」ときれいに結論を提示することができない。「これが答えだ」と簡単に提示できる問題を扱っているわけではないから、「この問題については、ああでもないし、こうでもないのだ。逆に言えば、ああでもあるし、こうでもある」と言わざるをえないし、そのように言うことがむしろ必要であると考えてはいるのだが、やはりすっきりはしない。

学会では、「こういう問題を言葉にして表現できることがすごいと思いますよ」と司会の先生に慰められたのだが、自分のなかでは突き抜けることができずにもがいていた。

今回も「言葉にする」、換言すれば「問題を整理する」というところで終わってしまいそうだ。もちろん、そのような作業がすでになされているというわけではないから、言葉にする/問題を整理するだけでも意義はあると思うのだが、「これだ」と言えないのはもどかしい。

同時に、わたしの取り組んでいる問題に関しては「これだ」と言ってしまってはいけないような気もしていて、自分のなかでも混乱がある。

うー。

と、わたしの悶々を書いてきて何なのだが、今日はちひちひちっひーの誕生日。

ちひろ、誕生日おめでとう。

コンサートのスタッフ、お疲れさま。足は治ったかしら。

宿舎の前での人間ピラミッドから10年近く経ちますが、あのときの記憶はいまでも鮮やかです。

また呑もうね。


@研究室
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by no828 | 2008-08-23 20:43 | 友人 | Comments(0)
2008年 08月 22日

理論って何だ?と改めて

晴れ

涼しくて過ごしやすい金曜日。

すこし前に読んだ論文の議論の展開が気に入らず、しかしこの「気に入らなさ」の理由は何であろうかと考えていたところにそれをずばっと言ってくれた文章が現れる。


若松良樹『センの正義論 効用と権利の間で』勁草書房、2003年。

しかし〔理論の〕完備性を得るために情報を制約するのは、いささか本末転倒なのではなかろうか。私たちの生活において重要なのは、理論や概念ではなく、価値や情報である。こぎれいな理論を作り上げるために、都合の悪い情報を雑音として切り捨ててしまうのでは、何のために理論が必要になるのかわからなくなってしまう。〔アマルティア・〕センは従来の理論のもつ情報的なけちくささを常に批判してきたが、完備性という徳をあまりに強調することに対して警戒の目を怠らないのも、このような批判の一つの系として理解することができよう」(p. 184。〔〕内は引用者)。


わたしが苛立っていた論文では、「AとBとCという条件を満たしたときに、はじめてこの理論は有効になる」のような書き方がされていた。しかも、そのA・B・Cという条件を満たすことは相当に困難なのである(おそらく無理である)。

この論文では、筆者が支持する理論に向けられた反論に再反論することに主眼が置かれている。しかし、その反論の仕方も、「それはA・B・Cという条件をクリアしていないからこの理論に対する反論として成り立っていない」のような立論が展開されていた。

何だ、この都合のよい、狭隘な理論は?

とわたしは思った。

研究は理論化を目指すものである。「理論化」とは、条件を外してゆくことである。それはつまり、一般化を目指す方向である。したがって、わたしを苛立たせた論文のように、条件付けを重ねて自らの理論の射程を狭めることは、そしてその条件付けでもって反論を寄せ付けないことは、「理論化」の真逆を行く作業である。

もちろん、研究者が理論の限界を自覚することは大切なことである。条件付けが必要なときもあろう。むしろ、条件付けが必要なときのほうが多いかもしれない。しかし、それでも目指すべき方向性は「条件の撤去」であり、条件を盾にして反論を寄せ付けないことではない。

しかし、そもそも理論は一般化を目指すべきなのか、という議論も成り立ちうるわけであり、それも含めて考えてゆく必要がある。

理論って何?理論は一体何のために存在するのであろうか?


@研究室
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by no828 | 2008-08-22 22:10 | 思索の森の言の葉は | Comments(0)
2008年 08月 21日

山口さん、お誕生日おめでとうございます

晴れ

しかし、夕方荒れる。

ここのところ夕方雷雨に見舞われる日が続いている。もはやそれは熱帯で見られる「スコール」のようである。

日本は熱帯化しつつあるのかもしれない。


今日は、午前中に院生組織についての話し合い。1時間30分で終わるであろうと思っていたが、途中某先生の善意の介入もあって結局3時間ほど。某先生には、わたしがこのような組織化が得意であるように映るらしく、「はしもとくんはこういうの得意でしょ」と言われる。そういえば、前にも「はしもとくんはリーダーシップがあるからねえ」と言われたことがある。

むしろ得意ではないと自分では思うのだが。

と言いつつ、中学時代は生徒会長であったりもしたわけだが。

お昼を挟み、かよこに私信を電子メールで送り、その他事務連絡を回してから学会発表の準備。

今月29・30日と京都の某大学で開かれる学会大会に参加する。昨年に引き続いての発表になる(去年の学会は、某「東京タワーを背に」大学で開かれた)。28日に移動して31日に戻ってくる予定。

ちなみに、9月12・13日と奈良の某大学で学会があって、それにも参加する。これは発表はなし(というか、自由研究発表それ自体がない。発表はすべて依頼された人が行なう。これは教育学ではめずらしい学会と言えるであろう。将来的には、発表を依頼されるような研究者になろう)。

さらには、9月19日までに某書評論文を書かねばならない。

ギアを上げてゆく必要があるが、今日久しぶりに研究室の椅子に座ったとき「よっしゃ、研究できるぞ」って思えたから、たぶん大丈夫であろう。何が大丈夫か自分でもよくわからないけれど、とにかく「よっしゃ」という気持ちである。


ところで、今日は(わたしの記憶が正しければ、なのだが)マザーハウスの山口絵理子さんの誕生日である。昨年9月のイベントで、たしかそのようにおっしゃっていた。そして、「誕生日近いんだね」と、一緒に来ていた8月23日生まれのちひろとうれしがった記憶がある(わたしの誕生日は京都への移動日)。

前にも書いたかもしれないが、山口さんの問題意識とわたしのそれとは、部分的にせよ重なっているとわたしは考えている。しかし、問題意識に基づいて何をするか、というところで違ってくる。わたしはその違いを大切にしたいし、だからわたしとは異なる歩みを続けている山口さんに尊敬の念を抱いている。それゆえに、昨年来ずっと注目している。

そういうわけで、山口さんとは一言二言の言葉を交わしたことがある程度ではあるが、ここでお祝いを述べておきたいと思う。

お誕生日、おめでとうございます。


マザーハウス関連でもうひとつ。

まめぐ(戸籍上は「やめぐ」だが)のお腹には3人目の赤ちゃんがいるそうです。
参照:マザーハウス戸越店ブログ(はじめてリンク機能を使う。うまくできるかな)

まめぐ、おめでとう。元気な赤ちゃんを産んでね。


@研究室
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by no828 | 2008-08-21 21:14 | 日日 | Comments(0)
2008年 08月 19日

ロマンチックラブイデオロギー

雨上がり、と思ったら、また降ってきた夕方


規範理論研究と実証研究のあいだについて、また、人間にとって「性」とは何かについて。

赤松啓介『夜這いの民俗学・夜這いの性愛論』筑摩書房(ちくま学芸文庫)、2004年。(読了日:2008年8月19日)

赤松啓介は1909年兵庫県生まれ。2000年逝去。専攻は、民俗学、考古学。


 平時なら、戦争反対、自由と平和をというのは容易である。いまでも極楽トンボどもがわめいている。しかし、最も必要な時になって殆どの人間が沈黙してしまったのも事実であった。特に、日本の科学者、知識層の迎合、腐敗は、「惨」としかいうべき言葉はなかった。民俗学、考古学も同じことで、戦後、長老、大家連中で、戦時下の執筆文章、論文を読んで冷汗三斗の思いをしない者はあるまい。抵抗する勇気がないのなら、せめて書かなければよいのである(p. 15)。


 結婚と夜這いは別のもので、僕は結婚は労働力の問題と関わり、夜這いは、宗教や信仰に頼りながら苛酷な農作業を続けねばならぬムラの構造的機能、そういうものがなければ共同体としてのムラが存立していけなくなるような機能だと、一応考えるが、当時、いまのような避妊具があったわけでなく、自然と子供が生まれることになる。〔……〕夜這いが自由なムラでは当たり前のことで、だからといって深刻に考えたりするバカはいない(pp. 32-33)。


 日本民俗学の泰斗といわれ、「郷土研究」や「婚姻の話」を著している柳田國男は、僕の郷里から目と鼻の先の出身で、子供のころから夜這いが行われているのを見聞きしながら育ったはずだが、彼の後継者同様に、その現実に触れようとしなかった。彼らはこの国の民俗学の主流を形成してきたが、かつてはムラでは普通であった性習俗を、民俗資料として採取することを拒否しただけでなく、それらの性習俗を淫風陋習であるとする側に間接的かもしれないが協力したといえよう。そればかりか、故意に古い宗教思想の残存などとして歪め、正確な資料としての価値を奪った。そのために、戦前はもとより、戦後もその影響が根強く残り、一夫一婦制、処女・童貞を崇拝する純潔・清純主義というみせかけの理念に日本人は振り回されることになる。
 自分たちの倫理観や、政治思想に反するものの存在を否定するなら、そうした現実を抹殺するしかない。農政官僚だった柳田が夜這いをはじめとする性習俗を無視したのも、彼の倫理観、政治思想がその実在を欲しなかったからであろう。
 しかし、僕の基本的な立場はあるものをあるがままに見ようではないかということだった。そして、あるがままに見れば見るほど、現実は実にさまざま、多様なのであった。
 そもそも柳田の方法というのは、全国からいろいろな材料を集め、自分に都合のいいように組み合わせるといったものである。夜這い一つとってみても、隣村同士でも多様なのに、あちこちの県のムラから広範囲に類似のネタを集めて一つのことを語ろうとする。僕に言わせれば、アホでもできるということになる。
 〔……〕それでいて彼は「常民」というコンセプトを持ち出してくるのだから、柳田はもうあかんわ、ということになる(pp. 33-34)。

 
 昔から文書とか記録を書き綴ってきたのは上流階級であった。従ってムラの水呑み百姓、小作人や下人、下女、といった人たちの性風俗の記録は、ほとんど残っていない。明治以降になっても、柳田民俗学がその採取を拒否したこともあり、記録にとぼしいが、いろいろ文献を捜してみると思わぬところから出てくる(p. 37)。


 〔……〕こうして、夜這いは、現在、神戸市に併合されているかつてのムラなどで戦後しばらくまで続いていたりしたが、教育勅語的指弾ムードと戦争中の弾圧的な風潮、そして、戦後のお澄し顔民主主義の風潮の中で、次第次第に消えて行ったのである(p. 40)。


 以下、社会学者・上野千鶴子の「解説」より。

 しかも赤松民俗学のすごいところは、土地の古老に聞いた、という域をこえて、「わたしが実際に経験した」というところにあった。日本民俗学の父と言われる柳田國男は、性とやくざと天皇を扱わなかった、と言われるが、赤松さんは柳田の存命中からそれを果敢に批判した数少ない異端の民俗学者だった。とりわけ下半身にかかわることは、まず多くの人が口に出さないだけでなく、記録にも残らない。ましてや外来者にはしゃべらない。「白足袋の民俗学者」と呼ばれた柳田のような人が、人力車でのりつけては、話すはずもないだろう(p. 319)。
 
 〔……〕日本における見合い結婚とは、「封建的」なものであるどころか、おおかたの日本人にとっては、たいへん「近代的」な結婚の仕方である。60年代の半ば、結婚の仕方のなかで、恋愛結婚が見合い結婚を超える。このときに愛と性と結婚の三位一体からなるロマンチックラブイデオロギーとその制度的体現である近代家族が日本では大衆化するのだが、そのとき逆に、「処女は愛する人に捧げるもの」という処女性の神話は、ピークに達したと言ってよいかもしれない。
                     *
 赤松ルネッサンスが、日本近代がひとめぐりしたあと、80年代のポストモダンの日本でブレイクしたことには、理由がある。近代家族に代表される性規範が、急速にゆらいでいたからだ。〔……〕
 〔……〕そういう目で〔=性は本能ではなく文化によって規定されるといったミシェル・フーコー的な視点で――引用者註〕、日本の過去をふりかえると、日本人が「セックスするなら愛する人と」とか「結婚までは処女で」とか思ってきたのは、明治以来せいぜい半世紀くらいのことで、それも長く続かずに目の前で解体しつつあるということになる(pp. 322-323)。 



 赤松の立ち位置とガヤトリ・スピヴァクのそれとは、その理論的中核にあるコンセプトが「性」と「サバルタン」という違いはあれ、結構近いのではないかという感想を持った。学者は既存の禁忌に挑んでゆく態度を持とうとすべきだ、という思いを、また強くした。


@福島
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by no828 | 2008-08-19 17:18 | 思索の森の言の葉は | Comments(0)
2008年 08月 19日

音楽




実家で研究はあまりできない。すぐに「ちょっとこれ手伝ってー」と言われるからである。

そういうわけで、「手伝ってー」と言われてもすぐに中断できることをいまはしておきたい。研究はすぐに中断できるものではない。したがってそれは研究以外のことにならざるをえないけれど、しかしそれをしておけば、大学に戻ってからすぐに研究に入れるということなのだ(と好意的に解釈しておきたい)。

いまできることのひとつが、これ。

45(95) 三島由紀夫『音楽』新潮社(新潮文庫)、1970年。(読了日:2008年8月18日)

「汐見和順述 音楽 精神分析における女性の冷感症の一症例」というかたちで書かれた本。汐見は精神分析医/学者という設定。したがって、最後は非常に論理的に帰結される。


「だから言わないこっちゃない」と父親は、愚痴と思いながら口に出した。「娘がイヤだイヤだなどと言っても、そんな無智な判断は、どこで引っくりかえるかわからないんだ。このごろは民主主義の世の中で、何でも子供の意志を尊重することになってるが、いくら成人式をやったって、二十代はまだ人生や人間に対して盲(めく)らなのさ。大人がしっかりした判断で決めてやったほうが、結局当人の倖(しあわ)せになるんだ。むかしは、お婿さんの顔も知らずに嫁入りした娘が一杯いるのに、それで結構愛し合って幸福にやって行けたもんだ。今は女のほうから何だかんだと難癖をつけて、親のほうもそれに同調し、結局それで娘の幸福をとりにがしてしまう。〔……〕」(pp. 93-94)。

以上、教育論として。
このような父親の態度を「パターナリズム paternalism」(父権的温情主義とか家父長的態度と訳される)と呼ぶ。
わたしはパターナリズムを全肯定するつもりはないが、全否定するつもりもない。


「健全なる精神は健全なる肉体に宿る」という諺が、実は誤訳であって、原典のローマ詩人ユウェナーリスの句は、「健全なる肉体には健全なる精神よ宿れかし」という願望の意を秘めたものであることは、まことに意味が深いと言わねばならない(p. 127)。


以下、結論にかかる一部分(* これから『音楽』を読むかたは読まないほうがよいです)。

〔……〕麗子の本当の本当の願いは、兄の子を生むことにあったのである。兄とのあのような醜行の夜から、彼女の恐怖と願望とは相表裏しながら、「兄の子を生むこと」に集中され、たえず心の底にはその願望が巣喰っていた。そして万が一の姙娠(にんしん)の心配がなくなったとき、恐怖は薄れて願望ばかりが濃くなった。彼女の不感の原因は正にそこにあり、兄の子を生まないで、他の男の子を生むことの不安にあったのだ。従ってそれは表面的には、姙娠恐怖の形をとった不感になり、精力にあふれた健康な隆一を相手にしていれば、どうしてもこの不安から癒やされなかった。彼女がその後、瀕死の病人や、不能の青年の相手をしたとき、らくらくと「音楽」を聴くことができたのは、姙娠の恐怖を全く免がれて、兄に対して永久に母胎を空けておくことができると感じたからであった(p. 221)。


以下、フランス文学者の渋沢龍彦による「解説」より。

そして、これは私の推測であるが、作者が近親相姦という古い人類の強迫観念の、「猥雑」と「神聖」の表裏一体の関係を提示しようと試みたことには、あの汚辱と神聖、禁止と侵犯の哲学者ジョルジョ・バタイユの理論に影響されるところがあったのではあるまいか、と考えられる(p. 233)。

おお、バタイユ。禁止と侵犯。

最近「禁忌/タブー」について考えているので(というか、思いついたことがあるので)、バタイユの勉強もしようと思った。


@福島
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by no828 | 2008-08-19 14:47 | 人+本=体 | Comments(0)