思索の森と空の群青

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2008年 09月 30日

研究者は誰かの代理人か?

立岩真也『良い死』(筑摩書房、2008年)より。


「けれども、『尊厳死』してもよいという法律を作ろうという動きが出てきたことを聞きつけた人から、それはとても困ったことだ、これでますます死ななくてよい人が死んでしまうと、だから何かせよと言われた。すぐに法律にできるということになるとは思わなかった。ただその心配な気持ちにはもっともなところがある。
 言うべきことは、ことが起こる前にきちんと考えておいて、言っておくべきなのだが、そう思って見渡してみると、すぐに使える言葉がない。つまり私たちは、ものを書く者たちはだめなのだ。すぐに取り出せる道具を揃えられていない。だから泥縄になってしまうのだが、それでもその場で考えて言うしかないということになる」(p. 1)。


引用は自戒を込めて。

誰かが必要とする「すぐに使える言葉」をわたしは準備しているであろうか。
誰かが必要とする言葉……わたしの言葉は誰が必要としているのか。
わたしの言葉は誰にも必要とされていないのかもしれない。

では、誰にも必要とされない言葉は言葉なのか。
逆に、誰にも必要とされない言葉などあるのか。

「死ななくてよい人が死んでしまう」のは差し迫った問題である。
わたしは差し迫った問題に向き合っているであろうか。
教育における「差し迫った問題」とは一体何か。
逆に、差し迫ってはいないが問題であることには変わりない問題とは何か。
そのための言葉をわたしは用意しているか。

そもそも「問題」とは何か。

自分では「それが問題だ」と思っていることでも、別の人から見れば「いや、別に」ということもある。
しかし、みんなが「問題だ」と言っているからといって、それが「本当に問題である」ということにもすぐにはならない。
独善的な問題発見を避けながらも、ほかでもないこのわたしが問題であると感じていることについて主張することが必要だが、それが難しい。


@研究室
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by no828 | 2008-09-30 19:35 | 思索の森の言の葉は | Comments(0)
2008年 09月 30日

寒さゆえに身に付けるものの温かさ

くもり

寒い。体感的にも、一気に寒くなった。

この寒さのおかげで、という言い方もおかしいが、掛け布団や毛布や着るものなどの、まさに身に付けるものの温かさが心地よく感じられる。夏は、「わたしの身に付くな!」という感じであったのに。

春には暖かくなったと言い、夏は暑いと言い、秋には冷えてきたと言い、冬は寒いと言う。

随分と身勝手な主張のように聞こえるが、「そういうものなのだ」と思うと、「なるほどそういうものか」とも思う。


@研究室
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by no828 | 2008-09-30 19:15 | 日日 | Comments(0)
2008年 09月 29日

「政策としてできること」と「いますぐにでも学校でできること」 さあ、どっち?



寒いのだが。いきなり寒くなったのだが。

27日の土曜日は、13時30分―17時30分でシンポジウム「教育格差をどうする」。お昼から上京。

午前中、洗濯して珈琲飲んで本を読んで、としていたらいつの間にか11時を過ぎ、ごはん(朝食というか昼食というかブランチというか)を食べている暇がなくなり、徒歩で駅に向かう。よい天気。

13時10分頃有楽町に着き、有楽町マリオンを目指す。

耳塚寛明(お茶の水女子大学教授 教育社会学)、藤原和博(東京都杉並区立和田中学校 前校長)、そして石坂啓(漫画家)の話を聴く。

個人的には、耳塚と藤原のあいだで協働・共闘できる部分と相容れない部分を明確化してほしかった。もちろん、とくに相容れない部分についてはある程度浮き彫りになっていたが、それならばどこで協働・共闘できるのか、そこも深めてほしかった。

なぜ、そう考えるのか。

藤原の学校改革、とくに「夜スペ」に対し、教育学者(とくに教育社会学者)は批判を加えてきた。批判の主たる根拠は、夜スペによって「教育機会の平等」が崩されるから、であった。

「夜スペ」は、「できる子を伸ばすこと」に主眼が置かれる。これまで「できない子を伸ばすこと」を目指していた公立学校で、「できる子を伸ばすこと」をも目指す。私塾とも組んで「できる子を伸ばすこと」を安価で目指す。

公立学校でそのようなことをしてよろしいか(よくないであろう)、というのが教育(社会)学者の批判の内容であった。

この批判が有効であったかと言えば、わたしには必ずしもそうは見受けられない。

当日の議論においても、藤原の主張は明快であり、教育学側からの批判が妥当しないことを論じていた。それに対し、耳塚も(控えめに)応戦していた。

しかし、両者の議論は噛み合っていないようにも思われた。

というのも、耳塚がマクロな政策次元の話をしているのに対し、藤原はミクロな学校次元の話をしていたからである。

耳塚が全国どこでも通用する政策のありようを模索する(だからそれまで好き勝手に行動するな?)のに対し、藤原は「できるところから始める」という姿勢である。

「できるところから始める」ことで、「できるところ」と「できないところ」に差(格差)が生まれる。これを耳塚はよしとしない。翻って藤原は、できるところから始めることでそれがモデルとなって周辺に波及してゆくはずだ、と考える。いわば「時間差」を認めるかどうかにも両者の違いはあるが、それよりも両者の立場を分け隔てさせていたのは、「政策としてできること」と「いますぐにでも学校でできること」への重きの置き方の違いであったように思う。

さあ、どっち?

という議論ではないように思った。

シンポジウム後、某靴屋に行って革靴を探す。試しに2足履かせてもらい、「なるほど」と今後の購入の参考にする。

それから歩いて八重洲ブックセンターに行き、中を見て回る。八重洲ブックセンターに来たのはすごく久しぶりだ。高速バスで東京に行き来していた頃は、来るたびに寄っていたのにな……と時の流れを噛み締める。あの頃は、と思い出すとちょっと切ない。

ブックセンターでは結局学術書を2冊買う。

これまた久しぶりに高速バスで帰ろうかとも思ったが、バスの中では本が読めないので秋葉原経由で電車で帰路につく。

駅からアパートへの帰り道、某酒造店の前でこーちゃんに出会う。「おお、どうしたの?」「これからゼミのOBOG会で。でも場所がわかんなくてね。こういう名前の店なんだけど、知ってる?」「いや、知らないなあ」「幹事が哲平だからなあ。間違ってる可能性もあるよなあ」ということでお別れ。無事に到着できたことを祈るのみ。

部屋に着いて、その日はじめてまともな食べ物を口にする22時。


28日、日曜日。午後から研究室に来る。研究棟の近くでてっぱんに会う。これも偶然。友人の結婚式関連のビデオ撮影を大学でするそうだ。

19時前まで研究室で本を読んだりして、それから某古本屋に行く。有効期限が9月30日の割引券があったので、ちょっと無理して行く。阿部公房『砂の女』や有吉佐和子『恍惚の人』など(内容は知っているけれどもきちんと読んだことはないのではないかと思われる本を含め)14、5冊買って1,100円。


そんな週末。


@研究室
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by no828 | 2008-09-29 22:06 | 日日 | Comments(0)
2008年 09月 26日

By the way, what do you want to say, Spivak?

晴れ

暑くなる(30℃!)と言っていたのに、結構涼しかった今日。

勉強・研究したのは、デモクラシー、翻訳論、亀山結婚式2次会、ガヤトリ・スピヴァクなど。

スピヴァクは18時30分―20時30分の読書会のために、ひいては自分の「理論」のために。
だが、スピヴァクよ、What do you want to say?

スピヴァクの(そして、ポスト・コロニアリズムの)メッセージは、

「常に自省せよ、自分が他者に向けて放つ批判を同時に自分にも向けよ」

ではないかと考えている。これはもちろん、いろいろ読んできたものを印象論的に突き詰めて(大雑把に)言うと、である。スピヴァクの言葉は表向き、知識人や政治家や資本家に向けられているが、しかしそれは<あなた>にも向けられているのであり、スピヴァク自身にも向けられている。

では、そのメッセージを受け取ったわたしはどうすればよいか。論文や学会発表において、常に自省し、他者に向ける批判を同時に自分にも向けるであろう、少なくとも向けようとするであろう。それは意識すれば不可能ではない。しかし、批判的なまなざしを自らに向ければそれでよいのかとわたしは問わずにはいられない。自省すれば何をしてもよいのか。そこがわたしにはわからない。

わからないのは、わたしがスピヴァクをきちんと読むことができていないからかもしれない。

だから、みんなでスピヴァクを読む。


読書会のあと、研究室の片付けをすこし。床に直に置いてあるもののうち、持ち運べるものは机の上やソファの上に一時的に避難させる。

なぜこのようなことをするかと言えば、明日室内がワックス掛けされるからである。

室内がワックス掛けされているあいだ、わたしは東京で教育格差に関するシンポジウムを聴く。13時30分から17時30分まで@有楽町。参加は抽選であったが、運よく当選した。だが、別の研究会が同じ時間に某大学であり、今回はそちらは欠席せざるをえないのが残念である。


@研究室
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by no828 | 2008-09-26 21:29 | 日日 | Comments(0)
2008年 09月 25日

雨の降らない夜は読み終わった本を振り返るのだ

くもり のち 晴れ


52(102) 宇江佐真理『涙堂 ―琴女癸酉日記―』講談社(講談社文庫)、2005年。(読了日:2008年9月?日) * 題名は「なみだどう ―ことじょきゆうにっき―」と読む。

時代小説。

「『先生はその時、戯作のことをおっしゃっておられました』
『どんな?』
 琴は思わず膝を進めた。
『手前ェ一人がおもしろい、おもしろいではいけないのだそうです。人が感じるおもしろさは、それぞれに違いますからね』
『なるほど』
『戯作のコツは俗が七分で雅が三分という割合で進めるべきだそうです。わたしも深く納得がいったものです。そうしたことを心掛けておられる馬琴先生ですから、あれだけの評判を取る読本をお書きになれるのですよ』
 だけど、と琴は思う。自分は馬琴のように読本作者を目指す訳ではないのだ。琴の内心を悟った様子の賀太郎は『たとい、公に人に読ませるものでなくとも、文章というものは心して書くべきだと、わたしはおっ母様に申し上げたいのです』と、言った」(p. 37)。


53(103) 大竹伸朗『カスバの男 ―モロッコ旅日記―』集英社(集英社文庫)、2004年。(読了日:2008年9月13日)

旅したい。


54(104) 宇江佐真理『斬られ権佐』集英社(集英社文庫)、2005年。(読了日:2008年9月17日)

時代小説。

「呉服町の家は当然のように誰もいない……はずだったが、仕事場から何やら人の気配がする。おかしいなあと思いつつ仕事場に足を踏み入れると、祖父が仕事机に前屈みになって仕事をしていたのだ。祖父は胸の痛みを訴えて倒れたが、さほど寝つくこともなく逝った。倒れるまで仕立ての仕事をしていたのだ。
 権佐は祖父が途中で放り出した仕事が気に掛かっていたのだと思った。その時は不思議に恐怖を感じなかった。
 『爺っちゃん、その仕事はおれが仕上げるから安心して向こうに行きな』
 権佐は祖父の背中にそう言った。『しゅー』と、吐息なのか、祖父の幽霊の気配なのか、そんな音が聞こえ、祖父の身体は白く朧に霞み、ついに見えなくなった」(p. 76)。

「子供を見ると、やたら怒鳴り散らしたり、小言を言う大人が近所には多かっただけに、おしげに優しくされるのは心地よかった。自分の母親もおしげのように優しくしてくれないものかと思っていたほどだ。だが、曲がりなりにも父親になった権佐は子供に優しいことばかりも言っていられないとわかった。いいよ、いいよと甘い顔を見せていては、子供はどこまでも我儘になる。きちんと駄目なことは駄目と躾をしなければならないのだ。そう考えると、近所で怒鳴っていた馬喰のおっさんも、あれあれこの子は、そんなことをしていたらおっ母さんに言いつけるよ、と小言を言っていた指物師のおかみさんも、あながち権佐を憎くてそうしていたとも思えない。
 あれはおまさや次郎左衛門が目の届かない時に代わりになってくれたのだ。今ならそう思う。大人になった権佐も、按摩に笊を被せたり、馬の尻尾の毛を抜いている子供を見掛けたら『こらッ』と一喝する。子供達は昔の自分である。蜘蛛の子を散らすように逃げて行く子供達を見ながら権佐はそう思った」(p. 210)。


雨が降らない。今夜は雨ではなかったか。


@自室
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by no828 | 2008-09-25 23:23 | 人+本=体 | Comments(0)
2008年 09月 24日

電話には差出人とともに名宛人が表示される機能があるとよいと思う(これはたけしに頼もう)

晴れ

夕方以降だいぶ涼しくなった。風が冷たい。

秋?

今日は9時前には研究室に居たのに、午前中はあまり捗らず。研究室に何度か電話が掛かってきて中断させられたり、その電話がわたしに事務書類の作成を命ずるものであったりしたためである。

電話が鳴ったとき、研究室には某中国人留学生も居たのだが(研究室は現在実質5人で使用中である)、しかも電話の真ん前に座っていたのにもかかわらず、受話器に手を伸ばそうとしない。その代わりに、わたしを見る。日本語の問題もあって不安なのはわかるが、まずは出てほしい。

研究室にわたしひとりしか居なかったら、研究室に掛かってきた電話はなかったことにしたであろう。これまでもそうしてきた。しかし、某中国人留学生が居るとそうするわけにもゆかず、電話に出ざるをえない。

しかし、研究室に掛かってくる電話はわたし宛てかどうかわからない。むしろ、研究室の誰か宛てであることが多いということが経験的に明らかである。

「はい、○○研究室はしもとです。」

「××なんですけど、△△さんいます?」

「いえ、おりませんが」

「あ、そうですか。わかりました。では」

何じゃー。

このために研究が中断されることをわたしは嫌う。わたしは研究室の電話番ではない。わたしは△△さんに電話を取り次ぐための手段ではない。△△さんに用事があるのなら、直接電話するか、急ぎでなければメールすればよいではないか、と思う。

研究室でフラストレーションが溜まるなら図書館に避難すればよいとも思うのだが、研究道具一式持って図書館に行くのははっきり言って面倒である。いろいろ揃っている研究室のほうがよい。

ただ、研究室に居ると電話がね。ひとりのときはなかったことにできるけれど、そうじゃないときはね。


心を落ち着かせるために、イマヌエル・カントの「啓蒙とは何か」を読んだら、「おお」と感動する。ときどき古典は読まないといけない。


知識人論も勉強しないとって思う早秋の夜。


@大学中央図書館(調べ物のため。避難してきたわけではない。)
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by no828 | 2008-09-24 19:57 | 日日 | Comments(0)
2008年 09月 23日

山本大幹事(仮)

晴れ

午前中すこしのあいだ洗濯物を干す。

目分量で珈琲を煎れたら、ちょうどよい濃さでおいしい(いつもは、すこし濃いか、すごく濃いかのどちらかだ)。2杯飲んで、残りはタンブラーに入れる。

お昼前に研究室に来て新聞を読み、それからお昼を食べる。炊き込みごはんとみそ汁。

それから昨日読んだ論文2本と新書1冊のまとめ作業。さくさく読みなおしながら論理を確認し、重要そうなところを引用する。平等主義と教育、公共性と教育、そして自己と他者の関係論。

16時頃、学類の同輩の新郎石川と山本幹事、学類の後輩の新婦籠島と哲平幹事に会う@中央図書館の某 Starbucks。はじめて利用する。タゾ チャイ ティー ラテ。すこし暑いぞ Starbucks。

石川の式の2次会の準備をすこし手伝う(といっても、ビデオ撮影されながら新郎石川と山本幹事と話しただけだが。おまけにビデオカメラを意識しすぎてうまく話せなかったが)。

山本幹事は亀山の2次会幹事と合わせてこちらも手伝っている。これからは山本大幹事と呼ばなければならない。ただ、山本大幹事は石川の2次会も手伝ってはいるものの、それは幹事では(まだ)なさそうである。したがって、呼び方はまだ「山本幹事」でよいかもしれない。が、正確を期すために、以後「山本大幹事(仮)」と表記することにしよう。

ついでに亀山の式の2次会についてもすこし相談する。とくに司会をどうするか。外堀から埋めてトルシエに、とか。それから、亀山が山本大幹事(仮)に急いで丸投げしすぎであることが判明する。

18時頃別れて、論文のまとめ作業の続き。


幸せな友だちに会うというのはよいものだ。


@研究室
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by no828 | 2008-09-23 20:13 | 日日 | Comments(0)
2008年 09月 22日

「トンカツ?」「カレー?」「カツカレー!」が頭から離れないのでタイトルを考えることができない

 くもり

 金曜は、あれからビールを買って帰り、シャワーを浴びてから呑んだ。しかし、350ml缶1本で胃が受け付けなくなった。

 土日は意識的にゆっくり過ごした(土曜は17時―21時で研究会があったが)。

 土曜日は通り雨が降り、日曜日は夕方土砂降りになった。


c0131823_1474327.jpg49(99)泉流星『僕の妻はエイリアン——「高機能自閉症」との不思議な結婚生活』新潮社(新潮文庫)、2008年。

版元 → 

読了日:2008年8月24日


 引用はとくになし。

 「障害」はグラデーション。「健常」「障害」の線引きは意図的なものである。

 予定が狂うことを嫌うなどの「自閉症」の症状はわたしにも認められる。たとえば、わたしは電話が好きではないが、それはわたしの物事を進める歩調(=予定)を狂わせるからである。もちろん、何時頃電話するからね、ということで電話が来るのであればまったく問題ない。翻って電子メールはわたしの予定に合わせて応答できるからよい。



c0131823_14103466.jpg50(100)高野秀行『アヘン王国潜入記』集英社(集英社文庫)、2007年。

版元 → 

読了日:2008年9月5日


 本書カバーの説明。
「ミャンマー北部、反政府ゲリラの支配区・ワ州。1995年、アヘンを持つ者が力を握る無法地帯ともいわれるその地に単身7ヶ月、播種から収穫までケシ栽培に従事した著者が見た麻薬生産。それは農業なのか犯罪なのか。小さな村の暖かい人間模様、経済、教育。実際のアヘン中毒とはどういうことか。〔……〕」

「ビルマの少数民族は多かれ少なかれビルマ人が好きではない。『ずるい』『平気で人を騙す』『差別する』と彼らは言う。また、外国のビルマ・ウォッチャーはジャーナリストにしても、アムネスティ・インターナショナルのようなNGO団体にしても、大半がラングーン中心主義〔*〕である。民主化の問題さえ論じれば事足りると信じている人びとも多く、少数民族の独立や自治については、アウン・サン・スー・チーらビルマ民主化勢力も、軍事政権と同じくらい否定的であるという事実を無視しており、少数民族側からビルマを見ている私はしばしば反発を覚える。つまり、ビルマの国のなかでも外でも少数民族差別もしくは軽視が改まる様子はないのだ」(pp. 237-238)。

〔*〕「ラングーン」は、ビルマの旧首都。ヤンゴン。2006年に「ネピドー」に遷都。著者の言う「ラングーン中心主義」は首都のことしか考えないことを意味する。

「作家であれ、ライターであれ、ジャーナリストであれ、およそ物書きであるなら誰にでもその人の『背骨』と呼ぶべき仕事があると思う。
 単行本でもいいし、雑誌に書いた1本の記事でもいい。世間で評価されまいが、売れまいが関係がない。とにかく、『自分はあれを書いたのだ』と心の支えになるような仕事だ。
 私の場合、それが本書である。
 『誰にも行かないところへ行き、誰もやらないことをやり、それをおもしろく書く』というのが最初の本を出して以来、約20年変わらない私のスタンスであるが、そのスタンスを最もハードに貫いたのがこの本だった。
 しかし、背骨であるがゆえにこの本はなかなか評価されなかった。
 人間だってそうだろう。背骨がしっかりしているから、背骨がしゃんとして結果的に全体がかっこいいというのはあるだろうが、『あの人、背骨がかっこいいね』なんてダイレクトに褒められることはない」(「文庫版あとがき」、p. 371)。


c0131823_14121272.jpg51(101)多田富雄・柳澤桂子『往復書簡 いのちへの対話——露の身ながら』集英社(集英社文庫)、2008年。

版元 → 

読了日:2008年9月11日



 文庫カバーの説明。
「突然の脳梗塞で、声を失い右半身不随となった免疫学者・多田富雄と、原因不明の難病の末、安楽死を考えた遺伝子学者・柳澤桂子。2人の生命科学者が闘病の中、科学の枠を越えて語り合う珠玉の書簡集」。

「自殺を考えたこともしばしばでした。死ぬ用意もしました。死のうと思えば、手段は色々あるものです。でも懸命に看護している妻や娘を思えば、死ぬわけにはいかない。自分の命は自分だけのものではないことを、こんなに実感したことはありません。生・死はひとりだけの所有物ではない。愛する者と共有し、いつも共鳴しているものであることを強く感じたのです」(多田富雄、pp. 27-28)。

「私は、地球上に生物として生まれてくることは、残酷なような気がしてなりません。
 人間も例外ではありません。生まれたいかどうかも聞いてもらえず、生まれてしまうのです。そして、どんな状況でも生きなければなりません。内戦などの続いている国はもちろんのこと、先進国といわれる国でも生きていくことはたいへん苦しいことだと思います」(柳澤桂子、pp. 43-44)。

「町に障害者の姿を見かけないのは、障害者が少ないのではなく、福祉の眼が行き届いていないからです」(多田富雄、p. 159)。


@自室
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by no828 | 2008-09-22 23:19 | 人+本=体 | Comments(0)
2008年 09月 19日

送信ボタンを押したあとの心はいつも晴れない

くもり のち 雨

さっき書評論文を電子メールで送信した。ぎりぎりになってしまった。

当初の予定では、21時頃には終えてビールを買って帰って部屋で呑むつもりであったが、結局ぎりぎりまで粘ってしまった。とくに電子メールだと、プリントアウトして印刷ミスを探すとか、当日消印有効か必着かを確認するとか郵便局に行くとか、そういうことがないから余計にぎりぎりまで粘ってしまう。

もちろん、粘ったからといってよくなっているかどうかはわからないわけだが。

研究は、やればやっただけわからなくなるものだと思うし。

そういうわけで、わたしのなかでは「終わったら呑むぞ」という雰囲気はまったく漂っておらず、「あーまた雨降ってきた。帰るの面倒だなー。けど眠いしなー。でも呑まずに寝るのも何かなー。意地でも呑むかなー」というような状態なのである。

論文を出したあとというのは、いつもこうだ。

最後はいつも自分の不勉強さを身に沁みて実感して終わるのだ。修士論文のときもそう、学会誌の論文のときもそう、学内誌のときもそう、そして今回の書評論文もそう。

わたしは一体いつ達成感を得るのであろうか。

「達成感」と「満足」は同じものなのであろうか。

わたしはほぼ常に自分に不満があって、自信がなくて、だからそれを埋めようと研究するような気がする。だから満足はしないし、したくない。達成感もそういうものなのであろうか。

よくわからない。

いずれにしても今回僭越ながら(本当に僭越ながら)評させていただいた本は、しばらく見たくない。ここのところずっと鞄に入れて持ち歩いては読み、立ち止まっては読み、お昼ごはんを食べながら読みってしてたから。

今夜は研究室に置いて帰ろう。


@研究室
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by no828 | 2008-09-19 23:49 | 日日 | Comments(2)
2008年 09月 18日

すでにそこにある価値 は 誰の価値?

雨 のち 晴れ で すごく暑い

朝から書評の木曜日。

お昼前に12時15分開始の授業用文献を読む。市民社会論。

たとえば、日本には欧米発の概念である「市民」や「市民社会」はなじまないといった主張がなされるが、わたしはこの「なじまないからダメなんだ」という考え方になじめない。
たしかに文脈は大切だけれど、だからといって文脈(すでにそこにある価値)がすべてではないように思う。かつてシンガポールの某首相は「アジア的価値」を言い出して、「わが国には民主主義はなじまない。民主主義を押し付けるな」と言って「開発独裁」を正当化しようとした。これに対して、経済学者・哲学者のアマルティア・センは「そんなことはないよ」と反論した。「民主主義」の思想的淵源はアジアにだってあるんだよ、と。

文脈(すでにそこにある価値)について、教育に引き付けて(思い付きで)言えば、一方では文脈を構築するのが教育なのであり、他方、文脈を壊すのも教育なのである。前者がモダンで、後者がポスト・モダン。

「教育」とは一体何なのか。

17時からゼミナール。いつもは参加者10名弱なのに、今日は14名。いつもの部屋が狭くて別のところを押さえる。暑い。

議論は19時すぎまで。肝心なところに説明や議論を集中させていれば18時30分には終わっていたと思う。冗長な説明、冗長な議論をしないようにしよう(自戒を込めて)。

そのあと某卒論生の相談にのる。論文の構造をすこし整形するも、先行研究との差異がいまいち明確ではない。つまり、研究のオリジナリティがない。が、「もう書きはじめて」と言う。「書くのをおそれてはいけないよ」(自戒を込めて)。書くことでブレイクスルーが生まれることって結構あると思うから。

それから本腰を入れて書評に取り組む。「4,000字前後」という文字数は長いのか短いのか。よくわからない。

締め切りは明日19日。メールで送信。


@研究室
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by no828 | 2008-09-18 22:27 | 日日 | Comments(0)