思索の森と空の群青

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2009年 02月 27日

そんな今日は

 朝からずっと降っていた雨が、お昼前に雪になり、夕方また雨になった。

 寒いぞ。

 そんな今日は起きたら9時で驚いた。そしてダメージを受けた。

 昨夜(木曜の夜)はどうやら本を読んだまま寝てしまったらしく、4時過ぎに目覚めたときには読書ライトが点いたままであった。「ああ、まずい」と思って急いで消して、再び布団にもぐり込み、次に起きたら(なぜか)9時であった。

 ただし、それで「遅刻」というわけではない。大学院には基本的に遅刻はないから(授業があれば別だけれど)、研究室には何時に行ってもよいし、行かなくてもよい。研究室には来ずに図書館で論文を読んでもよいし、自宅で研究してもよい。さらに言ってしまえば、研究しなくてもよい。
 基本的にわれわれ大学院生は――理系のように研究室単位で研究しているとか、共同研究しているとかでなければ――研究しなくても誰にも何も言われない。だから何もしない、という選択肢もある。その選択肢に手を伸ばしたくない人は、自分で自分を律して研究するしかない。それを「きついなあ」と思ったりするときも正直ある。出勤時間などの制限が制度的に設けられていない場合、それを設定するのは自分しかいない。自分で自分を管理するしかない。大学院の仲間と決まりを作ることもできるけれど、一緒に決まりを作りたいと思う院生がいなければ、そういうことにもならない。
 本当は、そのような状況を苦とも思わず、むしろ感謝して、朝から晩まで研究に没頭できればよいのだと思う。だからこそ、そのように思うからこそ余計に、そうはできない自分に苛立たしさを覚えるのである。
 
 そのようなことを水曜の夜に大学院の仲間と呑みながら話した。

 だから水曜の夜は寝たのが結局3時前で、7時ころに無理に起きた。熟睡できればそれでもよかったのかもしれないが、夜中何度か目が覚めた。だから木曜日は眠かった。それでも授業があり、打ち合わせがあり、研究会があり、読書会があり、また打ち合わせがあり、というスケジュールでかなり疲れた。

 そういうわけで木曜の夜は、本を開いたまま(たぶんほとんど読んでいない!)、ライト点けたまま、という中途半端な状態で寝てしまい、結局4時過ぎに一度起きることになり、次に起きたら9時であった。
 
 驚きとダメージを隠すことができない。

 そんな今日は、午後から隣の研究科の留学生に対する講義の日英通訳のお手伝いをした。学外の先生を呼んで講義していただくというもので、その先生から「ちょっと手伝って」と誘っていただいたのだ。

 お金は出ないけれど、声を掛けていただけるというのがうれしい。


@研究室
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by no828 | 2009-02-27 20:39 | 日日 | Comments(0)
2009年 02月 26日

問題意識 2

 16時から研究室の打ち合わせがあり、17時から研究会があり、その続きで20時まで読書会がある。だから、16時まであと30分、行かれるところまで行っておきたい。

 わたしの「問題意識」についてである。

 前回「問題意識」を書いたのが、今年に入った2009年1月2日である。そこでは学問とはいえ、研究とはいえ、結局は自分の思いが大切なのであり、だから学問や研究は実は信仰と紙一重なのではないか、ということを書いた。客観性を確保することは求められるけれど、その前には主観があり、それは消すべきものではない、そのようなことを書いた。

 それから多くの時間が経過してしまった。

 そのあいだ、わたしの問題意識は深まったのか、広がったのか、あるいは問いなおされたのか、わからない。これまで問題意識であると自分で思ってきたことが実はそうではなかったということもありうるのかもしれない。そのいずれにせよ、言葉にすることで今一度自分の問題意識を見つめなおしたいと思う。

 
 「開発途上国」と呼ばれる国に子どもがおり、教育があり、そうではないとされる国にわたしがいるとき、わたしは彼/彼女らの教育に何をなすべきか、なすべきではないか――
 わたしがいま研究している分野に――研究者としてではなく――実務者として係わろうと、漠然とではあるが思い立ったのは中学校1年生のとき、1994年のことである。もちろん、そのときは「教育開発」という言葉も知らなかった。国際社会を舞台にして教育というテーマで仕事がしたい、そう思っていた。

 そう思ったのはなぜか、というところから書きはじめるべきであろうか。

 国際社会を舞台にして教育というテーマで仕事がしたい、という思いをわたしに抱かせたのは、大きく2つの経験である。

 ひとつは、中学1年の夏に2週間弱という短い時間ではあったけれど、アメリカに行ったこと。
 もうひとつは、中学時代に両親や先生から「教育」の大切さを学んだこと、「だから教育は大切なんだ」という実感が得られたこと。

 この2つである。

 第1の点から書きたいと思う。が、あと3分で16時である。

 とりあえず、ここまで。


 (続く)


@研究室
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by no828 | 2009-02-26 15:57 | 問題意識 | Comments(0)
2009年 02月 25日

CV

 雨降りの水曜日。

 朝から嫌いな事務手続き。

 そのために必要となり、月曜に作った自分の「業績一覧」を今日改めて見ながら、「まだまだだぜ」と思う。

・ 査読あり/論文【自由投稿】/国内誌:2本
・ 査読あり/書評【依頼】/国内誌:1本
・ 査読なし/学会発表(口頭)/国内:6件
・ その他

 ヒラタ先生はわたしと同じ学年のとき、すでに国内誌にレフェリー付き論文を4本(!)載せていた。

 業績ついでに CV (Curriculum Vitae、英語圏の履歴書)の作り方を調べてみる。米国の准教授レヴェルになると、履歴や業績や職歴や研究費の採択歴(不採択も書いたほうがよい、応募したことが大事、という人もいる)を書いてA4サイズで20ページぐらいになるようだ。

 ひえー。

 わたしも前に作ったことがあるが、4ページぐらいに収まってしまった……。励もう。研究費にも応募しよう。国際誌にも挑戦しよう。国際学会にも挑戦しよう。


 そんな昼下がり。


 そういえば、今日は大学入試前期2次試験だ。


@研究室
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by no828 | 2009-02-25 13:17 | 日日 | Comments(0)
2009年 02月 25日

ksk's ordinary days

 大学友人 ksk のブログへのリンクを貼りました。「新しい世界へ」の ksk's ordinary days をクリックすると飛ぶことができます。

 ksk は友だちのためなら二肌、三肌ぐらい脱いでしまう男です。最近第一波が来ている大学同期の結婚式・披露宴の企画では中心になって動いてくれています。

> ksk

 承諾ありがとう!


 ちなみに、2009年2月22日のエントリにアップロードされている写真の黄色いヘルメットが、Q が結婚式披露宴で使ったお猪口です。並べて置かれているのが、ヘルメットにどばどばと注がれた日本酒です(たぶん)。勇んで一気呑みに加わった DP は、呑み終わったあと「うへー、でもお酒はおいしかった」と言っていました。


@研究室
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by no828 | 2009-02-25 13:01 | ブログ設定変更 | Comments(2)
2009年 02月 24日

憲と害

 わたしは、買った本には次のことを書くようにしている。そうするようになったのは、たぶん修士論文を終えてからだから、3年ぐらいになると思う。もちろん、忘れることもあるし、たくさん買ったときには面倒だぜと思って書かないこともある。が、基本的に次のことを書く。

・ 買った日の日付
・ 買った本屋の名前
・ 自分の名前

 読み終わった日も書くのだけれど、それは買ったときではなくて読み終わったときに加える。

 今日は大学の書籍部で(インテリアの雑誌を立ち読みしたあと)新書を買った。研究室に戻ってきてぱらぱらめくってから今日の日付、本屋の名前、自分の名前を入れた。

 自分の名前を書くとき、「心」という字はきちんと書こうと思った。

 わたしの下の名には、「心」が部首になっている漢字「憲」が含まれている。この「心」をうまく書きたいなあとずーっと思ってきて、でも急いでいるときなどは草書的にささっとつなげて書いてしまったりして、「ううむ、あんまりうまくない」と悔やんだりしている。

 心が――あるいは実定的に――存在するかどうかは別として、「心」という字は大切に書きたいと思う。自分の名前に部首として含まれているならば、余計にきちんと書こうと思う。

 今日改めてそのように思い、ところでわたしの「憲」はどのような意味であったかと、たぶん堅そうな意味であろうと思いながら手元にあった漢和辞典『漢字源』を引いてみた。次のような意味があるそうだ。

 ① 人間の言動を取り締まるわく。

 うわっ、いきなり硬そう/堅そう/固そうな意味が出てきた!

 ② 国の組織や政治のしくみの根本の原則を定めたおきて。

 これも……

 ほかにもあるけれど、ここでは略。

 解字には、「会意兼形声」とあり、次のような説明が続く。

 もと「かぶせる物―目」からなり、目の上にかぶせて、かってな言動を押さえるわくを示す。害の字の上部とよく似ている。憲は、さらに心印をそえたもの。目や心の行動を押さえるわくのこと(電子辞書のため、頁数を記すことができない)。

 「害の字の上部とよく似ている」というのが個人的にショックである。でも、「たしかに」とも思う。「害」には「かぶせてじゃまをし進行をとめる」という意味があるそうだ。「ちょっとストップ」という意味では「憲」も「害」も一緒か(……ショックは癒されないけれど)。

 類義として「律」が挙げられている(リツコ、元気かな)。その「律」の項に挙げられていた類義に、以下のような整理があったので引いておこう。

 法は、外からはめたわく。
 則は、そばについて離れてはいけないきまり。
 範は、外からはめた外わく。〔同語反復?「法」との違いは?〕
 規は、きまった規準。
 憲は、目や心の行動を抑えるわく。〔あれ、「憲」では「押さえる」であったのにここでは「抑える」だ。〕

 「法」で思い出したけれど、学類のときに「法学概論」のような名前の講義があって、それを担当されていたウッチーは酒井法子のことが好きであった。授業中に「碧いうさぎ」を流したりしていた。
 その最後の授業の最後に、ウッチーは黒板のど真ん中に「法学」と書いて、「子」の上のかんむりを取り払って「法子」にして何も言わずに教室を去っていった。あるいは、はじめに「法子」と書いてそれから「法学」であったかもしれないが、いずれにしても教室は学生の拍手喝采で沸いた。

 ウッチー、な、何か、かっこいいぞ。


 話が逸れた。


 「憲」は、祖父―父―わたしと受け継がれている漢字だから、(また若干の妄想になるが)自分の子どもの名前にも「憲」を付けたほうがよいのかなあと考えるときがある。しかし、「害」と似てるよ!と言われると、「むむ」と思ってしまう。「害」との違いは「心」があるかないか。

 だからこそ心を大切にしよう、「憲」は――その字を持ったわたしは?――「心」が抜けると「害」になってしまうのだから、余計に心を大切にしよう、そう思ったのであった。

 
 名付けで思い出したけれど、カメがもうすぐ父カメになる。


@研究室
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by no828 | 2009-02-24 19:33 | 日日 | Comments(0)
2009年 02月 23日

大学友人ブロガーの方々へ

 昨日このブログを訪れてくれた方は30名であった。

 久々に30という数字を見た。いつもは20前後なのでうれしかった。

 数字が増えたのはおそらく、Q の結婚式披露宴2次会に出席した大学友人が覗きに来てくれたからだと思う。

 しかし、誰が覗きに来てくれたのかはわからない。そもそも、このブログの存在を大学の友だちの誰に教えたのか、また、誰が知っているのか、それがわからなくなってきた。

 もちろん、だからそれは問題だ、というわけではまったくない。むしろ、学類時代の友だちとこういうところでもつながってゆけるのはうれしいことだ。ただ、「タワレコ!あれ、詳しく!」っていきなり言われるとびっくりはする。「おお、あなたも知っていたのね」、ということになる。驚くけれど、それは単純にうれしい。


 今日になって大学友人のブログをいくつか覗いてみたら、多くの人が Q の結婚式披露宴2次会に触れていた。結婚式披露宴2次会をその場で共有したことに加えて、こうした場でも出来事を振り返りながら再度共有できるというのはなかなかよい。「ふふふ、わたしもこの場にいたんだよ。わたしもこのこと知ってるよ」とか、「同じところにいたけれど、俺とは違う感想を持っているんだなあ」とか。あるいは、「俺は行けなかったけれど、こういう感じだったんだなあ」という共有の仕方もできると思う。


 というわけでこれを機に、わたしの大学友人ブロガーの方々で当方のブログにリンクを貼らせていただける方、何らかのかたちでレスポンスをください。インターネット空間においてもつながって、今後も――たぶん結婚の話題が多くなると思うけれど――いろいろと共有してゆければうれしいです。よろしくお願いします。


@研究室
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by no828 | 2009-02-23 20:21 | 友人 | Comments(1)
2009年 02月 22日

大腿部の乳酸 元長距離走者のアスリート精神

 眠い。

 今日は自転車で大学に来た。金曜に呑んだので、大学からは研究棟の駐輪場に置いておいた自転車で帰ってきたのだ。今日はその自転車で大学に来た。

 アパートを出るとき、金曜には大丈夫であった後輪の空気が抜き気味であることに気付いた。しかし、アパートには空気入れがない(正確には、あるにはあるが故障中)。サドルに腰を下ろして乗ってみると、後輪のホイールと地面が接触するような振動がサドルを通して身体に伝わってくる。この感触が嫌いだ。

 これはまずい。が、1時開始の補講があるので歩いて行っては間に合わない。だから自転車で行くしかない。

 後輪にできるだけ負荷をかけないように、ほぼずっと立ちこぎで大学まで来た。

 おかげで大腿部に乳酸が溜まってゆく。マスクもしていたので――風邪予防に――呼吸も制限され、かなり疲れる。花粉症でもないのだからマスクは外してもよかったのだが、何となく外してはいけないような心持ちになる。元長距離走者のアスリート精神ここに在り。後輪への負荷が軽減された代わりに、わたしの身体、とくに大腿部と心肺機能に負荷がかかった。

 
 だから、だと思うが、身体的疲労感がかなりある。
 
 今日はもう帰ろう。納豆を買って帰ろう。今日のお昼で切れたのだ。


@研究室
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by no828 | 2009-02-22 19:53 | 日日 | Comments(0)
2009年 02月 22日

Q おめでとう!

 ここ数日のこと。

 金曜日、18時から21時までオカモト先生の研究室の懇親会。
 まったく別の研究室の催しなのに――だからこそ?――お邪魔する。研究の話など。

 昨年9月頃うんうん唸って書いた書評について、ヒラタ先生からコメントをいただく。「『書評』に対する考え方も複数あり、そのうちのひとつだと思って聞いてほしい」。
 これは心に留め置きたい、と思ったコメントを2つ、ここにも書いておく(⇔以下は、「裏を返すとこうも言えるけれど」と指摘されたこと)。 
・ おっかなびっくり書いたという印象。控えめに書きすぎ。「書評」も自分の論文と同じだから、自分をもっと出して書いてよい。紹介やそのための引用が多かった。もっと自分なりにまとめてよい。
(⇔ 相手の土俵にできるだけ立とうとした、とも解される。)
・ 書評の最後の部分に提起された3つの問題点/問いは、あの本でなくても提起できたのではないか。逆に言えば、あの本だからこそ提起されるべき問いを指摘されたほうが、著者も喜ぶのではないか。
(⇔ 最後の3つの問いは、開かれた問い、公共的な問い、これから考えてゆかねばならない問いである。)

 たいへん勉強になった。


 土曜日、東京にて Q の結婚式・披露宴・2次会。

 5時起き。6時過ぎにアパートを出て駅まで歩き、7時前の快速電車で上京。8時過ぎに新宿駅サザンテラス口の某スタバに着き、披露宴でする余興の打ち合わせ(本当は8時集合なのに遅れてしまった)。余興ネタがまだ完成していないという状況。うう。9時30分過ぎまで粘る。

 タクシーで明治神宮へ移動。

 まずは式。神道に則ったかたち。

 次に披露宴。余興があるために「大学友人」の面々はみな緊張気味。披露宴の早めの時点に余興が組み込まれていると聞いていたのに、ぜんぜんアナウンスがない。かなり後半になってようやく余興。わたしにも発言する出番があったのに噛んでしまって、ごめんなさい。



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 日本酒が入った樽を割る。





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 ケーキに刃を入れる。





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 テーブルごとの記念撮影。
 新婦の腰に手を回す Q 。やらC 微笑ましい。



 ちなみに、札幌在住まっきー大雪のため式も披露宴も欠席。東京はこんなにも晴れているのに。

 雪男め。


 銀座で2次会。

 それまで時間があったので、一旦解散。わたしはひとり表参道まで歩く。トラベラーズノートのイベント(展示会)の会場に行くも、開催されていない様子。確認すると、日付が「2009年3月19日(木)、20日(金)、21日(土)、22日(日)」とある。

 あ。

 日にちも曜日も同じだから2月だと思ってた!


 すこし落胆して銀座に向かう。

 まだすこし時間があったので某伊東屋に行き、半ば憂さ晴らしにトラベラーズノートのダイアリーを買う。「メルシー券」があったのでそれを使ったらすこし割引になる。


 歌舞伎座の前を通って2次会会場へ。

 Q らしからぬ会場であることに、まずは驚く。

 それにしてもかなり大人数の出席者である。

 大学同期のカツキがスピーチと乾杯。残念ながらスピーチの内容は(会場がざわざわしてて)わたしの耳には残っていない(カツキ!すまない!)。

 まっきー遅れて登場。空港で6時間待ったらしい。あきらめずに来たまっきーに拍手。

 新郎がヘルメットで日本酒を呑む、というパフォーマンス。Q の勤める会社の伝統らしい。Q と会社の同期であった奥さんも一升瓶を逆さにしてどばどばとヘルメットに日本酒を注ぐ。慣れている手付き。

 す、すげえ。

 オーディエンスも参加してヘルメットから呑む。大学同期がまっきーのことを後ろから押して参加させる(※ 僕は押してません)。呑み終わったまっきーが「何で俺なんだよ。お酒だったらお前だろ。お前行けよ」と言っていた。

 あとは大学の同期と歓談。テル・チエ、ミキ、ルミコ、コバトモ、カズ、チヒロ、アオちゃん、ミサ、ピヨ、などなど。

 トルシエ(※ 日本国籍)が「あれ、左手の薬指どうしたの?」とミ○コに突っ込んだり、ここで紹介したよしあきの出会いについて詳しく聞かせてとせがまれて説明したり。
 


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 奥が Q 夫妻



 
 2次会のあと、大学の同期で3次会。Q もよろよろしながら「僕も行ぐ!行ぐから場所メールして」「メールした?僕も行ぐからね。メールして」とかなり酔っ払いモード、新たな一面を見せる。
 

 3次会を中座してわたしはひとり帰ってきた。

 結婚式のたびに「みんな温かい家庭に育ったんだなあ、みんな温かい家庭に育った人を奥さんにしてるんだなあ」と思う。昨日はそれを共有したいと思って、DPやまっきーに何度も話したかもしれない。


 Q おめでとう!


@研究室(午後から補講があった。なくても来るつもりではあったけれど)
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by no828 | 2009-02-22 17:43 | 友人 | Comments(2)
2009年 02月 20日

惑わずに生きるためには惑う必要がある、か

 朝、強めの雨が降っていたけれど、午後になって晴れてきた。いまではすっかり晴れた日の夕方である。

 
 ここのところ、惑わされたくない、と思うことが多い。が、惑ってしまう。「周りのことに惑わされず、自分のことをしっかりしなければ」と思うながらも、内面が揺らぐことがある。「たじろがずに生きよ」と言い聞かせながらも、心が微かに動く。これが厄介だ。まるっきり動いてくれたほうが楽だと思う。転換と呼びうるような心の動きであれば、むしろすっきりとしてよい。しかし、微かな動きだからこそ、もともとの心のありようを覚えており、そこからの動き、ずれ、偏差を感じてしまう。だからこそ、「あ、惑いが」とわかる。「揺らぐな」と言い聞かせる。

 そういえば、不惑が訪れるのは40歳だと孔子は言っていた。

 子曰、
 吾十有五而志于學、
 三十而立。
 四十而不惑、
 五十而知天命。
 六十而耳順、
 七十而從心所欲不踰矩。

(参考:『論語』(全訳注 加地伸行)、講談社(講談社学術文庫)、2004年、pp. 36-37)


 まだ惑わされよ、まだ惑え、ということなのか。惑うのだ、そしていろいろなものに自分の心をぶつけよ、そうすることで自分が成り立つのであり、40歳まではそれを続けよ、と。そういうことなのか。


 そういえば、「ハンナ・アレントも相対主義に陥る時期は人間にとって大切なものだ、と言っていたよ」と先輩も言っていた。すこし前になるけれど、「いやあ、惑いますねえ」と愚痴をこぼしたら、そう教えてくれた。


 ただ、惑いはつらい。惑いはきつい。

 「これだ」と思うところを疑うことなく邁進できたらよいのに、と思う。ただ、それは危険だとも思う。

 だからいろいろ考え、惑い、考えては惑い、「これか」と思いながらも「そうではない。こっちかもしれない」と試行錯誤し、そうしたうえで「これだ」というところに行き着く――それがもしかしたらちょうど40歳あたりなのかもしれない。

 惑いはむしろ必要だ、ということなのかもしれない。きついけれども、惑わずに生きるためには惑う必要がある、そういうことなのかもしれない。


@研究室
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by no828 | 2009-02-20 16:52 | 思索 | Comments(0)
2009年 02月 20日

橋本先生、だからそれは私よっくわかっておりますけれども!(笑)

16(149) 橋本治・内田樹『橋本治と内田樹』筑摩書房、2008年。
 (読了日:2009年2月17日)


 橋本治も内田樹も好き。


 子ども

内田 子どもって全く非力じゃないですか。目を合わせてくれる人を探しますよね。探して、そんなに大したことして欲しいわけじゃない。ちょっとしたことで、子どもなんてものすごく満足できる。ちょっとした、ほんとにちょっとしたことで。よしよしって、なでられるくらいで。
 橋本 それ以前に、ただ立ってて、相手の人が『どうしたの?なあに?』って言ってくれるまでの瞬間でいいんですよね。『なあに?』って言ってくれりゃあそれだけで嬉しいんですよ。『なあに?』って言われて、『………(サッ)』って逃げてっちゃう子っているじゃないですか(笑)。それだけでいいと思うんですよ。
 〔……〕
 内田 〔……〕/さっきの『坊や、なあに?』と同じで、振り返ってくれる人っているんです、ちゃんと。でも、学生たちはそう経験がないから、わからない。自分が先に何かさわがしく自己表現をして、扉をこじ開けないとそちらの世界には入れないと思っている。『共同体って、あちらから呼ばれないと参加できないんだよ』って言うと、みんなびっくりする」(pp. 88-90)。

 たしかに、「なあに?」ってやさしく言われたときはうれしかったな。「あのね」って言えたからね。


 教育

内田 ナチスのユダヤ人強制収容所を生き延びた人が書いていたんですけれど、一番残酷な仕打ちを受けたのは子どもたちだったって。
 橋本 ああ。
 内田 教育を受けられないから。それが一番つらかったって。字も書いちゃいけないわけですから、収容所では。子ども時代のいちばん勉強したいっていうときに、しちゃいけないという、これほど人間性を損なうものはないって。ほんとにそうだよなって思いました。これが教育の原点だと。学びたいという欲望が抑えがたくあるということがまず前提にあって、どうやってその欲望の発現を妨げないかっていうふうにほんらい教育の問題って立てられるべきなのに、誰もそうは考えていませんよね。子どもは誰も勉強なんかしたくないはずだという予断がまずあって、それをどうやって騙したり、脅したりしてやらせるかを技術的に考える。話が、完全に逆転してる。
 橋本 僕はね、勉強したいっていうのを、学校とは違うフィールドでもっぱらしたいんですよ」(p. 107)。

 教育を受けられなくて「つらかった」のは誰であろう?子ども?それとも子どもは教育を受けるものだと思っていた大人が「実際に教育を受けられていない子ども」を見て?たぶん、後者。大人は教育を受けることは大切だって経験的に知っているから。


 先生

内田 〔……〕先生っていうのはね、『君は才能があるよ。それは、みんなは気が付いてないけど』っていう、一種あれですよ、愛の告白と同じで。
 橋本 そうそう。
 内田 『みんなは気が付いてないけどさあ、私はあなたのこんな素敵なとこ知ってるのよ』っていうのが一番『来る』愛の言葉じゃないですか。それと同じで、先生の仕事も、『周りはわかってないけど、俺はお前のいいところはわかってるからね』っていうことですよね。『この人だけしか、私の本当のいいところを知ってる人はいない』って思わせるのが先生のたいせつな仕事ですよね」(p. 121)。

 すごくよくわかる。「ああ、この人はわたしのことをちゃんと見ていてくれているんだ」という確信が人を成長させるのだと思う。


 本

橋本 昔、自分が本を読んでいたときというのは、『おおっ!』と刺激されるものだったらどんなものでも、『じゃ、これを自分なりに取り込むにはどうすればいいんだろうか』というふうに考えてたんです。いまだってそういうもんだとしか思ってないけど。そうすると、とんでもなく関係ないものを見て刺激を受けちゃうと、『これを自分のなかでどう生かしたらいいんだ?』とわけがわからなくなるじゃないですか。
 内田 それは僕も同じですね」(p. 168)。

 わたしも同じですね。


 言葉 概念

内田 流通はしているけれども、意味は誰も知らない言葉っていっぱいあるんですよ。
 橋本 わからないと話をジョイントさせられないんですよ。
 内田 だから、それは誰もわからないんですってば。『貨幣』とか『市場』とか『資本』とかだってみんな、『要するにどういうことなの?』って訊いたら、誰も答えられない。誰も答えられないけれど、それでもみんなぜんぶ知っているような顔をして使う。
 橋本 使えないんですよ、俺は、だから。
 内田 橋本先生、だからそれは私よっくわかっておりますけれども!(笑)ふつうの人間は意味のまるでわからない言葉を平気で使えるんですって。先生はそこが一般人と違うんです」(p. 192)。

 わたしも橋本先生と同じように、「よくわからない言葉は使えないぜ」と思う。「資本資本ってみんな言うけれど、資本って何?意味わかって使ってんの?」といつも引っ掛かる。


 自己主張

内田 そうか。服に命をかける人っていうのは……。
 橋本 主張するものがないんですよ。主張するものはないんだけれども、自分だけは見せる。自分を主張したいという欲だけあって。
 内田 欲望だけあって実態がない。
 橋本 だからその人を捕まえても、あんまりないんですよ」(p. 211)。 

 なるほど。


 役立ち=承認

橋本 〔……〕俺、春先になると道っぱたにハコベが白い花をつけているのを見ると、すごく感動するんですよ。
 〔……〕
 橋本 〔……〕なぜかというと、自分の『役に立ちたい』の最初につながってくるんです。近所のうちで鳥を飼ってたんです。十姉妹かなんか。粟やなんか餌でやっているんだけれども、ときどきハコベとかを食わせてた。ハコベというのは葉っぱが柔らかくて、茎も柔らかいから、鳥に食わせるんだと、そこの家のおじさんとおばさんが言ったものだから、『あっ、それなら知ってるから、じゃ摘んできてあげる』っていって、周りの原っぱとか道のはたでハコベを一所懸命摘んで、『はい!』って渡したんです。そのときに『どうもありがとう』と言われたことが、すごく嬉しかった。その鳥がいなくなって、その家の人がいなくなっても、うっかり道端でハコベが咲いているのを見ると、柔らかくて鳥が好きなんだなと摘んで、自分の手で握りしめてて茎が萎れてた感じまで思い出すんです。
 美しい花でもあるし、可憐な花でもあるけれども、それは花が美しいんじゃなくて、役に立つことができて『ありがとう』と言われた自分というところに返ってくるんです」(p. 220)。

 よい話だなあ……


 などなど。


@自室
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by no828 | 2009-02-20 00:34 | 人+本=体 | Comments(0)