思索の森と空の群青

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2009年 11月 30日

二の足

 大学は今日まで秋休み。明日から新学期(3学期制のため)。

 休みかどうかは院生には関係がほとんどないわけで、今日も研究棟内で、また、図書館への行き来のあいだに、幾人かの後輩とすれ違った。2回すれ違った後輩もいるぐらいだ。

 ところで、図書館には某論文集(?)を借りに行ったのだが、ない。貸し出されていないことはウェブ上で確認されているのだが、ない。あるべきところにない。この“あるべきところにない”というのは非常にストレスフルである。もしかしたら館内で自学する人が持ち出している可能性もあり、そうであったら致し方ないと思うわけであるが、それでも“あるべきところにない”は嫌である。

 某論文集 は、古巣の某K棟資料室にもあるようなのだが、古巣であるにもかかわらず資料室がどこにあるのかよくわからないというのと、若くてきゃぴきゃぴ(死語?)した学類生が跋扈していると思うのとで、突撃するには二の足を踏んでしまう。踏み踏み。

 図書館にはまた明日、行ってみよう。出なおし。

 そんなこんなでスキンの色だけ変えてみる。ハロウィーンな時節はもう過ぎた……。


@研究室
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by no828 | 2009-11-30 16:31 | 日日 | Comments(0)
2009年 11月 30日

私は特定の価値を信じて勇気ある人間を尊敬しない——加藤周一『言葉と戦車を見すえて』

 今日は寒い。今日で11月は終わりで、明日から12月。

 あの……「秋」はどこ? 11月って何?


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加藤周一(小森陽一・成田龍一編)『言葉と戦車を見すえて——加藤周一が考えつづけてきたこと』筑摩書房(ちくま学芸文庫)、2009年。

版元 → 


 故・加藤周一の文章を、小森と成田が編みなおしたもの。わたしははじめて加藤の文章に触れた。
 
 デモクラシーへの信頼。

 論理の書であると思う。であるがゆえに余計に論理の微小な飛躍(だとわたしが考える部分)が目立つようにも思う。

 ところで、著者がいて、編者もいる、という場合の書誌情報はいかように書くべきか。

—————

「天皇制は何故やめなければならないか。理由は簡単である。天皇制は戦争の原因であつたし、やめなければ、又戦争の原因になるかも知れないからである」(「天皇制を論ず——問題は天皇制であって、天皇ではない」、11頁)。

 <天皇>と<天皇制>を分けて考えるのは大事。

—————

「抽象的個人として、反時代の立場をとつても、人間と精神とは必然的に社会的であるから、反抗する社会そのものから受ける制約を免れることは出来ない。封建的社会に対してシニカルな態度をとることは、そのこと自体に依て、封建的時代の一表現である。故に現在の社会を超え、その封建的性格から影響されることを免れるためには、逃避的な個人主義に依るのではなく(結局如何なる社会にも属しないことは不可能であるから)、他の非封建的な社会、即ち未来の社会に積極的に参加する他はない。そしてそれは革命的であることに依り、たゞ行為を通じてのみ可能である。観想的立場を放棄し、行為のために思索することに依てのみ、人間精神は時代を越えるであらう。又事実、一八六七年の革命的イデオローグは、今日自由主義者と称する者よりも真に自由主義的であつた」(「逃避的文学を去れ」、31頁)。

「故に」は本当か? と思った。

 封建的時代にあってシニカルな態度をとることは封建的時代の一表現である——これはそうだ。しかし、封建的時代にあって未来の非封建的社会に対して積極的に参加する——これもまた封建的時代の一表現ではないか。前者が順応的であるのに対し、後者が反応的であるという、その違いであり、いずれもが封建的時代であるからこそ現出しうる態度ではないのか。

 だから、シニカルな態度から積極的社会参加へ、というふうに順接でつなげられるのかどうか、疑問に思ったのだ。

 われわれは時代の制約から免れられない。すべての言動は、その時代への順応か反応でしかない。何をしてもその時代あってのことだとすれば、何をしてもその時代が要請したことであると説明され、何をしてもその時代の潮流へと回収される……。

 そういうふうに考えると、絶望的で、何か嫌ではあるのだが。

 フーコー先生!

—————

「神格化され絶対化された天皇は、けっして独裁者ではなかった。天皇を主体にしていえば、その個人的な判断、意志、意志の実行は、大いに制限され、一定の枠の中に動いていたということになる。その枠は、戦前には軍国主義的権力支配機構の枠に他ならず、天皇はその機構の一部分であり、その権力の道具であった。その国民への働きかけは、軍国主義とその支配機構を通し、天皇自身の感情、判断、意志にかかわらず、その機構の線に沿っての働きかけであった。天皇の言葉は、天皇の言葉ではなく、天皇は天皇という役割りを演じていたということになる」(「天皇制と日本人の意識」、105-6頁)。

—————

「われわれの自由が完全に奪われたあとでは、どういう抗議もできない(ということは経験によってあきらかである)。とすれば、自由の奪われてゆく過程のどこかに、抗議が必要であり、また可能であり、それによってやがて自由が全く失われるだろう過程の進行をくいとめることのできる決定的な時期があるはずだろう。もしそういう時期がないとすれば、国民は自分の国の運命をきめることができないのであり、すでに民主主義はその原理において成りたつまい。逆に民主主義が何らかの意味で成りたつとすれば、みずから事を決することのできる時期の存在も、またみとめられなければならない」(「安保条約と知識人」、217-8頁)。

「必要」と「可能」は論理的には別。この文章からは「必要」であることはわかるが、「可能」であることはよくわからない。

—————

「言葉は、どれほど鋭くても、またどれほど多くの人々の声となっても、一台の戦車さえ破壊することができない。戦車は、すべての声を沈黙させることができるし、プラハの全体を破壊することさえもできる。しかし、プラハ街頭における戦車の存在そのものをみずから正当化することだけはできないだろう。自分自身を正当化するためには、どうしても言葉を必要とする、すなわち相手を沈黙させるのではなく、反駁しなければならない。言葉に対するに言葉をもってしなければならない。一九六八年の夏、小雨に濡れたプラハの街頭に相対していたのは、圧倒的で無力な戦車と、無力で圧倒的な言葉であった。その場で勝負のつくはずはなかった」(「言葉と戦車」、233頁)。

 あまりにも有名な言葉。

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 今回もっともしびれたところ、かもしれない。研究者なのに、ある価値を信じて疑わない人たちが結構いる。でも、デモクラシーを働かせれば、それでもいいのかもしれない、とも思う。

私は狂信主義を好まない。また特定の価値を信じて勇気ある人間を尊敬しない。価値について私は相対主義者であり、特定の価値を信じて疑わないのは、おそらく歴史と社会についての、また人間の生理・心理学的機構についての、情報の不足、無知の結果だろうとさえ、考えている。たしかに勇気は、私の、また多くの人の、持ちあわせることの少ない性質である。勇気を出すことは、むずかしい。しかしむずかしいことが、必ずしも、値うちのあることではない。
 鴎外は、生涯を通じて、信じることのできる哲学には遂に出会わなかった、といったことがある。そこまでのところで、私は鴎外に賛成する。普遍的な価値の体系を、合理的に基礎づけることのできるような理くつは、どこにもなかろう、と思う。人は常に、合理的に基礎づけることのできない信念から出発するのである。その信念は、おそらく、歴史的・社会的・生理的・心理的諸条件の複雑な相互作用から生れたものである。たとえていえば、多くの変数を含む関数のようなものである。関数の形はわからない(マルクスや、フロイトは、変数を一つに絞って、関数の形を定めようとした人たちである)。
 そこで鴎外は、世間に行われている価値を、あたかもそれが動かすことのできない価値である『かのように』、尊敬して暮してゆく他に、さしあたり生き方はなかろう、と結論した。その結論には、私は賛成できない。もしすべての価値が相対的であるとすれば、生きてゆくためには、何らかの基準を、価値である『かのように』みなす必要があるだろう。しかしそのことから、その基準が、『世間に行われている価値』でなければならぬという理くつは、出てこない。全く逆に、『世間に行われている価値』の全面的な否定を、価値である『かのように』みなしても、理くつのすじは通るはずである。価値の相対性は、価値である『かのような』ものによって解決されるのではなく、価値である『かのような』ものの相対性に、移されるにすぎない。
 生きてゆくかぎり、私は、成立の事情のあきらかでない私自身の信念から、出発するほかはない。〔……〕
 少なくとも私は世の中の『強き者』を好まない。『強き者』は、総じて、自己の信念から導き出した結論を、『弱き者』に押しつける傾向が著しいからである
(「信念について——「強き者」を好まず」283-5頁)。

 だからデモクラシーを、ということか……。ひとりで何か納得してしまった。デモクラシーに行かざるをえない、というべきか……その理由をわたしはこの加藤の文章に見出し、それに納得してしまった。
 しかし、そこまでの理論はすでに作られているように思われ、“結局デモクラシーですね”ではあまりおもしろくない。何かないか。

 あるいは、デモクラシーの理論はできたのであり、今は、そのデモクラシーを実現するためにどうするか、という“政治的”実際的課題に立ち向かうときに来ているのか。

—————
 
私は『政治』を好まない。むしろ私は実験医学の研究室で、あたえられた情報から、水も洩らさぬ論理でひき出せる結論だけをひき出すことの、一種の知的潔白さを好むのである。『政治』については、そういうことができない。政治についての意見は、ほとんど常に、不充分な情報から疑わしい手続きでひき出された不確かな結論である。また私はひとり閑居して詩句を弄ぶことを愉しみとするが、『政治』は、徒党を組んで行うほかない事業である。来る者は拒まず、去る者は追わず、これはいわば私の個人的信条だが、『政治』的行為は、来る者を拒み、去る者を追い、殊に他人の生活に力を用いて介入する。故に私は『政治』を好まない。しかし『政治』は、こちらから近づかなければ、向うから迫って来る何ものかである」(「政治について——出来ることをする」290-1頁)。

「知的潔白さ」なんて言葉、なかなか出てこない。でも、好き。

—————

 加藤の文章からは、“日本をどうにかしなければ”という強い危機意識が感じられる。とそこでわたしは、“加藤はナショナリストなのか”と思った。“パトリオット”という言葉を使うべきか。

“今の日本はよくない、だから日本はこうなるべきだ”という言葉遣いと思考方法は、結局のところ<日本>を強調して止まない。

 それもまた、加藤の生きた時代の雰囲気によるものか。


@研究室
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by no828 | 2009-11-30 14:53 | 思索の森の言の葉は | Comments(0)
2009年 11月 29日

人間にはけっして理由がわからないから悪いことなのでしょう——倉橋由美子『聖少女』

 11月29日は「いい肉(1129)の日」ということで、みさの誕生日です。「『いい肉の日』と覚えて」というわけで、覚えていますよ。

 92 (225) 倉橋由美子『聖少女』新潮文庫、新潮社、1981年。

 <未紀>と<ぼく>のそれぞれの近親相姦をめぐるお話。だが、小説の本筋はよくわからなかったので、以下の引用も傍流になると思われる。

 ちなみに、2008年改版の「解説」は作家の桜庭一樹。日本で書かれた最も重要な少女小説は、と訊かれれば、桜庭にとってはそれがこの『聖少女』で、他に森茉莉の『甘い蜜の部屋』と尾崎翠の『第七官界彷徨』が頭をよぎるらしい。森も尾崎もわたしはかろうじてその名前を知っているぐらいの知識しかない。だからもちろん、その本は読んだことがない。(さらにちなみについでにこっそり書いておくと、桜庭の本も読んだことがない……(こそこそ)。)

 単行本の刊行は1960年に新潮社より。

「高校二年が終ったところでぼくはある事件のために退学処分をうけ、しかしうまく大学にはいり、そのあとは、ガクレンアンポ、国会乱入、逃亡、逮捕だ……こうしたことは未紀の生活とはなんの関係もない」(7頁。傍線は原文)、そういう時代のお話。

 ちなみに、「アメリカ大使館」は「アメタイ」と略すらしい。

—————

「『この秋にやめちゃったの』
『なあぜ?』
『退屈でつまらないから』
『その気もちには同感しちゃうわ、あたしなんかよくできもしないから、ほんとうはうんざり』
『じゃ、Mさんもやめればいいわ』
『高校くらいはでておかないと、いまどきお嫁にもらってくれないですって、ママがしょっちゅういってるわ』
学校に行って大勢で教育をうけるなんて、賤民のすることだわ、ママにそういってあげるといいんです』
『センミンって?』
〔……〕
 この年の、つまり高校二年の夏が終ったところであたしは学校をやめようと決心したのでした。母は一応強硬に反対しましたけれど、じつは学校の問題なんかどうでもいいとおもっていたふしもあって、この反対は意外に長つづきしませんでした。〔……〕
 父を上手に扱うこつは、この母のように、端然と正坐して、ばか丁寧な切口上で、冷静にものをいうことです。つまり母の娘らしく。学校は無意味だからやめたいが、勉強はやめるつもりではない、フランス語を勉強して大学にはいりたいからフランス人の個人教師を雇ってほしい、それから自分は将来数学の研究者になるつもりだが、これもいまから大学教授の個人的な指導をうけたい、〔……〕。
『しかしまたなんで学校へ行くのがいやになったんだ? なにかいやな事件でもあったのかね?』
『いいえ、べつに。ただ、高校というところはあたしにはあわないとおもうんです。服に自分のからだをあわせるより自分のからだに服をあわせるほうがいいとおもいます』
『ふむ、それは一応筋がとおる。わたしも日教組に牛耳られている現在の高校教育というものには根本的に疑問があるとおもっている。文部省も文部省だが……』

 これ以上俗臭ぷんぷんたる議論をきく耳をもたず、あたしは口をとじてにこにこと耳をそよがせていました」
(57-9頁。強調ならびに〔〕内は引用者、以下同様)。

 格差問題を踏まえるならば、センミンの字は違うが、「学校に行って大勢で教育をうけるなんて、選民のすることだわ」。この未紀も富める者ではあろう。

 それからこういう小説にちらりと表われる時代の教育をめぐる雰囲気。 

—————

「『けっきょく、ぼくのなかには強力な防衛機構が働いていて、近親相姦という観念をいつも排除してたんだな、白血球がバクテリアを喰い殺すように。なぜだろう? ぼくはなぜあんなにもこのことばを避けつづけてきたんだろう? 近親相姦は悪だとぼくは信じているにちがいない。しかしなぜ悪なのか、それを考えだすとぼくはますますわからなくなる……』
『それはね』と未紀は小指で自分の唇の形をなぞるようにしながらいった。『それはたぶん、人間にはけっして理由がわからないから悪いことなのでしょう。理解しがたい禁止が掟というもので、その禁じられたものが悪と名づけられるのでしょう?
 未紀はひとつの公理系を提出するようなしかたでそういった。
『そういえば』とぼくは愚にもつかないことをつけくわえた。『旧約聖書のレビ記あたりにでてくる近親相姦を禁じたエホバのことばにしても、理由の説明はないな』
判決理由をのべるのは人間のする裁きでしょう。神の掟とは、それを疑って神の顔をのぞきこもうとする人間どもは即座に火の柱で撃ち殺さるべしということを意味しているんですわ
『未紀はおそらく罪のない罰をもとめているのだろう』
『理由もわからずに罪をみとめるということが、つまり罰をうけるということになるのでしょう。神さまがいなければ罪も罰もありませんわ』」
(160-1頁)。

 哲学の基礎付け主義と宗教の違いは何であろうかと思う。「公理」とはすなわちそれ自体証明が不可能で不要な命題であり、理論の所与である基本前提を指す。だから、この公理——原理と言ってもよいであろう——は、採用するかしないかの問題になる(数学ではまた違うのかもしれないが)。この公理を採れば、そののちの論理展開はこうなるし、別の公理を採れば、こういうふうになる、そういう位相の話である。そしてこの位相では、“どの公理を採ればよいか”というメタ公理は存在しない。
 それゆえ、わたしはこの公理Aを採る、俺はB、あたしはC、ということが起こりうるのであり、諸公理のあいだは通約不可能である。公理は“採るか採らないか”の話でしかない。

 未紀のような悪の見方もある、が、しかしわたしはそういう見方をしない、というように。わかるんだよ、未紀の見方も、ああなるほど、そういう見方もあるねって思うんだよ、でもね、わたしはその見方は採らないよ。

 ところで、宗教は“信じるか信じないか”の話で、つまりは“採るか採らないか”。

 結局は、それ? もちろん、理論は宗教よりもことばを尽くして説明しようとする。たしかにそうだが、結局は程度問題であるような気もする。

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「いつのまにかぼくは二流小説家風の文体を獲得しはじめているらしい。だがいまぼくの書いているものが、首尾よく小説というものに化けるかどうか、ぼくは知らない。もともとぼくには小説を書く気がまえなんかなかったのだ。しかし七月にはいってもヴィザがおりず、こうして宙吊りになっている状態では、なにかを書かずにはいられないものだ。ひとは跳べないときに書くのだろう(170頁)。

 最後の1文はそうかもしれないなあと思ってさ。

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@研究室
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by no828 | 2009-11-29 15:45 | 人+本=体 | Comments(0)
2009年 11月 28日

キリン復刻ラガー<明治>

 昨日は金曜日ということで、夜は「キリン復刻ラガー<明治>」。

 「キリン復刻ラガー<大正>」もあったのだが、そちらは止めておいた。というのも、原材料を見てみたら、<明治>が「麦芽、ホップ」であるのに対し、<大正>は「麦芽、ホップ、米」であったから。

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 ドイツの1516年制定「ビール純粋令」によれば、「ビール」とは「麦芽、ホップ、酵母、水」から構成されるものであり、それ以外のものを入れてはいけない。だから当然、米も入れてはいけない。にもかかわらず、<大正>には米が入っている。というわけで、却下。

 ちなみに、「キリンクラシックラガー」(昭和)と「キリンラガービール」(平成)には「麦芽、ホップ、米」に加え、「コーン・スターチ」も入っている。時代が下るにつれて、原材料がどんどん増えている。

 キリンラガービール

 増やさなくていいと思う。

 ここは基本で攻めていこう。

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 味にはそこまでの苦みはなく、ドライな印象。


@研究室
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by no828 | 2009-11-28 16:37 | ビール | Comments(0)
2009年 11月 27日

エゴイズムがエゴイズムにならなくてすんでいられるような状態を“恋”と呼ぶ——橋本治『貞女への道』

 今日からようやく集中暖房が入った。30日から、と聞いていたが、おそらく明日明後日の推薦入試のための試運転であろう。

 91 (224) 橋本治『貞女への道』ちくま文庫、筑摩書房、2008年。

 単行本は1987年刊行。

 たくさん引用しまーす。

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 不倫と不貞

「バレたら困るのが軽い不倫で、『バレればいいんだ!』と思ってするのが不貞ね」(13頁)。

 は、はい!

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 知性とは

知性というのは、『大丈夫、自分はしっかりとこの曖昧な自分自身を持ちこたえることが出来る』という、そういう力です。だから、これがあれば、しっかりしているのです。
 知性というのは、うっかりするとひけらかす為の“武器”になってしまいます。“教養”というのは往々にしてそういうものですが、それだけになると『いつ敵が襲って来るかわからない』という極めて不安定な状態になってしまいます。醜女〔しこめ、と読む〕の始まりとはこういうものです。
 知性というものは持っているだけじゃなんの役にも立たない、それを持っていることで初めて人間が安定するという、そういうものですから、いくら教養があったって、その人がしっかりしていなければ知性というものは身についていないのです。
 知性が身についている人のことを“腰がすわっている”と言いますが、知性だから頭だというのは、錯覚ですね。
 頭で分かって、身について、そして初めて安定したその人間の気立てというものはよくなる、それが知性であり、“しっかりしている”ということなのです。
 だからしっかりしている人というのは、あまり器量よしではありません。
器量というものは、わりかし“人の目”というものを気にした結果に生まれて来るもので、調和というものを大事にします。八方美人という言葉もありますが、それはいろんな方面に対して満遍〔ママ〕なくいい顔をしているということです。
〔……〕
 しっかりすれば落ち着きも出て、ゆとりも生まれる。器量よしかどうかというようなこともあまり気にはならなくなる。だからその結果、器量よしかどうかという細かい詮索を超えた、本当の美しさが生まれる、ということなのですね。
 気立てというのは、人間をこうした“本当の美しさ”の方へ持って行こうとする心の働きです。つまらないことを一々人に要求しないで、自分なりに信じるものがあるから素直にそちらの方に向かっていける。勿論その為には知性が身について腰がすわっていなければならない。だからそういう気立てのよさというのは、周囲の人を安心させることが出来るのです。周囲の人もあんまり頑なにならずにすんでいられる。だから、その気立てのいい人は(自分の気立てのよさについて)、より素直に自分の美しさを表明することが出来るようになる——というわけなのです」
(31-3頁。強調および〔〕内は引用者、以下同様)。

 橋本治にとって知性はやはり身体に宿る。

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“奥ゆかしい”のためには“奥”がなければならない

「“奥ゆかしい”という言葉も今となっては死語となってしまいましたが、これは“謙虚”という意味ですね。謙虚が魅力的であるような状態を“奥ゆかしい”と言ったのですが、この“奥ゆかしい”の“ゆかし”とは“しのばれる”“知りたい”というような意味です。“その奥を知りたいような気がする”というのが“奥ゆかし”なんですが、出しゃばらない、謙虚であるという、自分とその外側とのきわどい一線に踏みとどまっていられるものが賢女の知性なのです。
 思慮というものは“深い”ものですから、当然奥があるのです。“奥”というのは勿論、自分の中ですね。

『自分の中はこうこうしかじか』ということを知っている。そして、『自分の外は、まァ、それとは違ってかくかくしかじか』ということも知っている。
“自分を知っている”ということは『自分とは違う他人もいる、他人の世界もある』ということが頭にあって初めて可能になることですから、自分を知れば必ず、それと見合った“外側”も知れるのです。自分以外の立場も分かるのでなければ、それは“自分を知っている”ということにはなりません。
『自分もあって、自分以外のものもある。じゃァ、その間をうまくやっていくにはどうしたらいいか』それを考えるのが“気立て”の始まりなんですね
(39頁)。

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 女性のみなさーん

「女性というものは男性の内面を見ているようで、ほとんど見ていません。“女性心理”といえば複雑なるものの代名詞のようにされていますが、それだからといって、女性のものの見方が内面とおんなじ程度に複雑かどうは疑問です。女性の場合、これは“内面を見る”ではなく“内面で見る”だからです。
 相手の内面を見るのではなく、自分の内側を見て、その相手が自分の思惑と合致するかどうかを見る。要するに、自分の思いこみで物事を見るんです。それが女性のものの見方です
(100頁。原文の傍点は省略)。

 だから「かやの」の人物描写がこうなったのだ。橋本治『つばめの来る日』の「言い訳としての他者」の項を参照。

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 ボーボワール

「女は女として生まれて来るんじゃない、女は女になるんだと言ったのはシモーヌ・ド・ボーボワールですけど、男だっておなじなんですね。そして、『女は女として生まれて来るんじゃない、女は女になるんだ』ということを、もう少し正直にはっきりさせると、『女は女になる』ではなくして、『女は女に変えられる』なんですね。
 女は女に変えられる——男によって、男の作っている世の中によって、というのが実は“今まで”であったのですが、はっきり言って、これはもう過去のものです。男だってやっぱり、“よその男の作った世の中”によって、“違う男”に変えられているんですからね
(134-5頁)。

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 現実は嘘をつかない、か

「“いい女”でもない女のところにどうして“いい男”なんていうものが現れるでしょうか? 勿論おなじことは男にだっていえます。

“自惚れ鏡”というのは、自分に都合のいいことしか映さない歪んだ鏡で、その鏡に映る自分を『これが自分!』と決めつけたって、現実は“そこそこにお似合いの相手”しか連れて来てはくれないものなんです。
 他人を愛するということは、やはり“分かる”ということなので、自分の相手を“見る”ということも必要なんですね。そして、その相手こそが、歪まない自分を映すような“本物の鏡”であるのだということを知る——そのことから本当の、貞女への道の第一歩というものが始まるのです」
(137-8頁)。

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 平等と能力

人間はひとしなみにすぐれた存在感を獲得する権利を持っているけれども、その権利を行使する能力、努力というのは、そうした平等なる前提(スタートライン)とはまた別ということです。これを誤解してはいけません」(142頁)。

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 恋と学び

「恋をすると、今まで知らないでいたことをその相手の人が色々と教えてくれます。勿論それは『おいしいフランス料理が食べられるお店』というようなものではありません。もっと高級な“人間に関する真実”というようなものです。
 知らない他人、自分以外の他人——というものは、やはりそれぞれに生きていて、それぞれの人生というものを持っているわけですから、放っておいても知識の宝庫です。ただ人間にはそれぞれの趣味志向、主義嗜好というものがありますから、そりが合う・合わない、好きになる・ならないという違いが出てくるのです。『その人を知りたい』と思えば、それで恋というものが始まったも同然なのですから、恋というものは必ず、人を成長させます。
 だから、恋は役に立つのです。そして、そういう成長というような建設的なことばかりやっていると疲れるから、“ただ一緒にいるだけで幸福”というような、特殊な休憩時間がやって来るというようなものなのです。勿論“休憩時間”だから何をやってもいい、抱き合うもなにするもご勝手に、というのが恋です。
 誠に都合のいいものが恋なんですが、じゃァ、そんなにも片一方にだけ都合のいいことなんてあるのか? というようなことを、“真面目な方”は考えてしまうのですが、恋というものはあなたの頭の中で思うよりももっともっとズーッとよく出来ているというのは、一方が『ああ、もう成長なんていう建設的なことにはあきあきした、ちょっと休ませて』と言っている、そんな“休憩時間”というのが、実はそのもう一方の相手にとっての、『へーっ、こういうこともあったのか……』という、新しい“人間に関する学習時間”にもなるからなんです。
 エゴイズムがエゴイズムにならなくてすんでいられるような状態を“恋”と呼ぶのです
(154-5頁)。

 “恋”と“学び”は似ていると思った。たとえば、「『その人を知りたい』と思えば、それで恋というものが始まったも同然なのですから、恋というものは必ず、人を成長させます」は、「『そのことを知りたい』と思えば、それで学びというものが始まったも同然なのですから、学びというのは必ず、人を成長させます」である。

 また、「一方が『ああ、もう成長なんていう建設的なことにはあきあきした、ちょっと休ませて』と言っている、そんな“休憩時間”というのが、実はそのもう一方の相手にとっての、『へーっ、こういうこともあったのか……』という、新しい“人間に関する学習時間”にもなるからなんです」には、端的に「学習」という言葉が用いられているが、先生が授業なり教えなりの本筋とはまったく関係ない言動をとったときでさえ、そこに生徒が“先生は一体何を言いたいのか”と何らかの意味を勝手に見出してしまうのが学びなのである。

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“あなたがこれまで好きになって付き合った人たち”と“わたし”は代替可能ですか?

「しかしところが、〔映画「シェルブールの雨傘」において〕ギィーにプロポーズされたマドレーヌは、どこか寂しそうというか、哀しそうな顔をする。それは勿論、“彼の過去”というものがあるから。
 彼女は、ギィーに向かって『ジュヌヴィエーブのことは忘れたの?』と訊く。『私はジュヌヴィエーヌのかわりをするのはいやよ』と。

 好きな相手と結婚出来るのは嬉しい、好きな相手に『結婚してくれ』と言われるのも嬉しい。でもいくら嬉しいからといって、自分が前の女の穴埋めになんかなるのはいやだ——そう彼女は言っている。『“前の女の穴埋め”ならまだしも、“前の女”という名前のついた“あなたの思いこみ”のいけにえにされるのなんか、絶対にいやよ』というのが、彼女の言っていることの実質」
(226-7頁)。

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 生活が芸術だ arts & crafts

「教養とか芸術というものの考え方でいうと、ひょっとしたらみんなとんでもない誤解をしているんじゃないかなというところが一つだけあります。それは、教養も芸術も、自分の現実生活と切り離されたところにあるもんじゃないということです。
 自分の現実があまりにもカッコいいものではないから、特別の格好をして“芸術”とか“教養”というよそ行きの世界に行く。それが特別な世界だからといって、応接間にだけ油絵の複製がかかっていて輸入物の洋酒があってという、そういうものが芸術じゃないんですね。教養といったら応接間に百科事典を飾ることという時代もありましたけど、そんなものを飾ってどうするんでしょう? 恥ずかしいのは、百科事典を飾れない——それを買う金がない、それを置く応接間がないということではなく、せっかくある百科事典を引く必要性が認められない生活をしている、それにもかかわらず、それをほしがるということの方ですね。
 今だと、重要なものは存在感・現実感・生活感というような“実質”であるということになりましたが、教養とか芸術というものは、必ずそこへ帰って来るものなんです。“実質”というところへ。〔『風とともに去りぬ』で〕不良だったレッド・バトラーが『やァこんにちは』と言って近所の人達に挨拶をして回るように、自分と世の中との決着をつけに旅に出て行った男達がやがて“帰って来る”ように」
(308-9頁)。

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 最近わかるようになってきたこと

「〔食事を〕作るのが大変だというのは、作らない人間のセリフですね。それをすることが当たり前になっている人間にとっては、そんなこと苦でもなんでもない。自分のしたことを受け容れてもらえるかどうか、問題はただそれだけですね。
 せっかく他人の為に作ったのに、誰も食べてくれる人がいない——孤独の極致というのはそういうもので、『そんなんだったら、そんなメンドクサイもの作らなければいいじゃないか』というのは、心というものを知らない人間ですね」
(311-2頁)。

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 親を探しているんです

「だって、愛し合っている二人が相手を労るとなったら、それは仮に相手の親の立場に立ってやるということと同じでしょう? 人間誰だって、時には相手に守ってもらいたい保護されたいと思うことってあるんだもの。そういう時に平気で親の立場に立てちゃうというのが、特別に親密な愛情、その愛情がある関係というわけでしょう? 誰だって、男も女も、相手の中に、一番信用出来て、一番甘えられる“親”というものが見たいんですよ。だから、それがあるから、人間は平気で人の親になって行ける。夫婦であることは、互いに親であることの訓練でもあるんだと、私なんかは思いますけどね。
 訓練という考えはほとんど絶望的にはやらなくなってしまいましたが、とっても重要なことです」
(322頁)。

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 子どもは伸び伸びと、子どもに無理をさせてはいけない

今の若い人でなにが足りないかということは、もうはっきりしています。のびのびとした子供であることが足りないんです。『現実は子供っぽさの氾濫じゃないか』とおっしゃる人もあるかもしれませんが、しかし、それが異常だというのは、今の子供は、あまりにも子供の内から“子供っぽい大人”でありすぎるのです。
 これは異常なことでしょう? 子供はあまりにも早い内からきちんとした大人になりすぎて、その子供に真似される側の大人は、なんだか妙に子供っぽい。だから、それで子供は、“子供っぽい大人”になってしまう。今の子供は、“子供”になんかなれていないんですね。
 だから、なにが無理かが分からないで、平気な無理をやってしまう。もうやめた方がいいですね。
 子供は子供らしくというのは、とんでもなく大切なことだと思いますよ。
 今からでも遅くない、無理なんだからやめちゃいなと、私なんかは言いたいぐらいです(もう言ってしまいましたが)」
(323-4頁)。

 宇江佐真理『無事、これ名馬』も参照。

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by no828 | 2009-11-27 16:26 | 人+本=体 | Comments(0)
2009年 11月 26日

虫(仮)について

 若干グロテスクな話、かもしれない。

 さっきプリントアウトしたら、紙が詰まった。まだ新しいプリンタだし、これまで詰まったこともなかったから、“何事か”と思った。デジタル表示される部分には、“カミガツマリマシタ”“トリノゾイテクダサイ”のような文字列が流れており、中を開けてみたら、紙はやはりぐしゃっとなって詰まっていた。

 詰まった紙をゆっくりと引き出してみた。途中で切れることなく取ることができた。インクで汚れた紙には、しかし、やや固形のものも付着していた。

 “ん?”

 “インクが固形化したやつか?”

 “んん?”

 “ム、ムシか! つぶれてる……千切れてもいる……”

 悍〔おぞま〕しい。が、正直わからない。わからないから余計に悍しい。あるいは何らかの黒色の虫かもしれない。“かもしれない”わけだから“虫”ではなく“虫(仮)”と表記するのが正しいであろう。プリンタ内部のドラムに巻き込まれたから変形もしているわけで(グロテスクなイメージを喚起する表現で申し訳ありません)、真相(というか原型)はわからないのだ。わたしの専門は昆虫学ではなくて教育学だ(哲学も入っているが)。教育学者に虫ないし虫(仮)のことを訊いてはいけない。

 が、紙の詰まった“理由”は“推論”できる(哲学を勉強していてよかった。わたしには理性がある)。すなわち、プリンタの内部に潜入した虫(仮)のせいで紙が詰まったのだと思われる(哲学を勉強していなくてもそのぐらいのことは察しがつくが)。


 プリンタに虫(仮)が入り込むことって一般的にあるのでしょうか? プリンタは熱を持っているから温かくて、いけないことだとはわかっていたのですが、誘惑に負けて……とか。


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by no828 | 2009-11-26 14:01 | 日日 | Comments(2)
2009年 11月 25日

バングラデシュからもイスラム過激派がインドに入り込むようになった——宮田律『南アジア』

 復帰。直前のエントリにも少し付け加えておいた。

 続・宮田律,2009,『南アジア——世界暴力の発信源』光文社.

 ここではバングラデシュについて。以下、長めの引用。

「さらに、〔インドの〕ムスリム人口はバングラデシュなどからの不法移民の流入によっても増加し続けているが、これもインドにとって重大な問題となっている。現在、インド国内には二〇〇万人のバングラデシュからの不法移民がいるとされている。しかし、経済的な理由から、バングラデシュからの不法移民は継続するだろう。これもまた、ヒンドゥーとイスラムの対立を激化させる要因になりかねない。
 バングラデシュには、イスラム過激派のHUJIB(バングラデシュ・イスラム聖戦運動)〔Harakat ul-Jihad-al-Islami Bangladesh (HUJIB) が正式名称で、Movement of Islamic Holy War がその英語名のようだ〕がある。HUJIBは一九九二年に創設、オサマ・ビンラーディンの国際イスラム戦線から支援を受けたとされる組織である。同年、指導者たちはバングラデシュをイスラム国家に変えることを目標にするとメディアの前で明言している。
 HUJIBの活動が活発になったのは、一九九六年にアワミ連盟(人民連盟)が政権に就いた時からで、イスラムの価値観と合わない、主に政治家や詩人、ジャーナリストといった知識人を襲撃するようになり、現在はインド東部にも浸透し、インド国内でテロを行うようになっている。さらに、インドのジャンム・カシミール州、チェチェン、アフガニスタンにも活動の範囲を広げているが、メンバーの数は一万五〇〇〇人ともいわれ、タリバン統治下のアフガニスタンで訓練を受けた者たちもいる。また、組織にはミャンマーのロヒンギャ出身者もいる。少数民族のロヒンギャは、ミャンマーでの宗教的迫害を逃れてバングラデシュに移住してきたイスラム教徒でもある。
 このように、バングラデシュからもイスラム過激派がインドに入り込むようになった。バングラデシュ建国の精神は、イスラムから脱する世俗主義と社会主義だったが、建国を担った政党〔アワミ連盟のこと?〕が弱体化したり、バングラデシュ人が、オサマ・ビンラーディンなどを生んだサウジアラビアなどの湾岸諸国に出稼ぎに行ったりしたことで、イスラム過激主義が浸透するようになったのである。湾岸諸国はまた、イスラムの義援金をバングラデシュの神学校に送り、大衆の急進化を加速させてもいた
(158-60頁。〔〕内と強調は引用者)。

 4点。

 第1に、不法移民の問題はまさにグローバル・イシュー。2者間に格差、という言葉を避けるのであれば、差異があるところには必ず一方から他方への移動がある。 
 
 第2に、「バングラデシュをイスラム国家に変える」とあるが、バングラデシュの国教はイスラム教であると〔たしか〕憲法で定められており、少なくとも法制度上はイスラム国家である。たしかに、お酒を呑む人もいるので〔わたしの泊まったホテルの従業員はビールを呑んでいた〕、厳格なイスラム国家ではなく、だからHUJIBが目指しているのはその厳格なイスラム国家であると思われる。

 第3に、わたしは<ロヒンギャ>とチッタゴン丘陵地帯の先住民<ジュマ>をごっちゃにしていた。バングラデシュ政府もロヒンギャを差別していたのではないか〔でも、同じムスリムを差別するのはおかしい。スンニ派とシーア派?〕と思っていたのだが、それはロヒンギャではなくジュマであった。

 第4に、「バングラデシュ建国の精神は、イスラムから脱する世俗主義と社会主義だった」というのは本当か、あるいはわたしが知らないだけか。わたしの理解では1971年バングラデシュ独立の基軸にあったのはベンガル語の言語ナショナリズムであり、明確な政治思想があったようには思われないのだが。


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by no828 | 2009-11-25 19:16 | 思索の森の言の葉は | Comments(0)
2009年 11月 25日

現在、イスラム世界で最も暴力が吹き荒れている国は、パキスタン——宮田律『南アジア』

 “南アジア”の本、少し引用。

 宮田律,2009,『南アジア——世界暴力の発信源』光文社.

 アフガニスタンとパキスタンとインドの歴史と現在。何年に何があって、誰と誰が敵対して、……という“文章”はなかなか頭に入らない。年表のほうがわかりやすい。あと、単純に文章がわかりにくいところもある。

 ちなみにバングラデシュは元<東パキスタン>です。

現在、イスラム世界で最も暴力が吹き荒れている国は、パキスタンといえるだろう。
 この国は、その成り立ちや社会・経済状況から本質的に過激派の暴力と向き合わなければならず、産業的基盤もなく、貧困が社会を覆ってきた。そして、パキスタンは主に貧困層の子どもたちがイスラムの神学校に入り、そこで説かれる急進的な思想が再生産されていったのである
(9頁。強調は引用者、以下同様)。

 テロが頻発しているとも聞くパキスタン。そこでお仕事をされている方のブログ。教育開発の仕事 “パキスタン”と聞くと、反応してしまう。

オバマ大統領はアフガニスタンに対テロ戦争の軸足を移すと語っているが、その背景には対イラン戦略があることを忘れてはならない。オバマ政権は、アフガニスタンでの米軍の配置に厚みを増すことによって、イスラエルや、イスラエルを支援するアメリカに敵対するイランに睨みをきかせ、さらにイラン戦争まで視野に入れている可能性がある」(29頁)。

 本書でアメリカに言及されている箇所は多い。アメリカがアラブ、中央アジア、南アジアでどの国を敵と見なすかによって、この地域の勢力図は変わってくる。昔はこの図にソ連がかなり絡んでいたようだが、今はアメリカのみ、か。

「アメリカにとって、アフガニスタンにおける対テロ戦争にはパキスタン軍部の協力は欠かせないものだった。ブッシュ大統領はムシャラフ政権に対して、アフガニスタンのタリバン政権への支持を放棄すること〔……〕などを求め、その見返りとして巨額の援助を用意した。
 この結果、ムシャラフ政権は親タリバンであった従来の方針を一八〇度転換し、経済的苦境を脱するにはアメリカの支援が必要だということもあって、アメリカとの協調の下にタリバンやアルカイーダと戦うようになったのである。
 ところが、こうしたムシャラフのこうした方針はパキスタンのイスラム過激派やイスラム勢力を激怒させた。そして、ムシャラフ政権の方針を無視して数千人の民兵たちがパキスタンから国境を越えてアフガニスタンに入り、米軍やその同盟国の軍隊と戦闘を開始する」
(88頁。〔〕内は引用者、以下同様)。

 民兵がおそろしいことは1994年のルワンダからよくわかる。

本国に帰っても職に就けない人々は政治や社会に不満をもち、過激な行動に走る可能性がある。実際、バングラデシュのイスラム過激派の活動に入り、インド国内でテロを行うようになった人物の中には、湾岸諸国に出稼ぎに行き、本国に戻ってきた人間が少なからずいる。インド北東部のアッサム州でテロを行っているのは、主にバングラデシュからインドに侵入するグループだとインド軍関係者たちから聞かされたこともある。
 バングラデシュやパキスタンなどインド周辺から侵入するイスラム過激派は、インドの経済発展に対するある種の嫉妬もその背景としてあるのではないかと思う」
(148-9頁)。

 最後の1文は文章としておかしい。もちろん意味は取れるが。

「デオバンド派はパキスタンの最大宗派だが、パキスタンの急進的な神学校の教育も〔インドと〕ほぼ同様である。神学校の教師たちには教員資格というものがない。そのためにいくら急進的な思想をもっていても、神学校では教育できる。つまり、急進的な思想が拡大再生産される構造がパキスタンなど南アジアでは根強く備わっているのだ(187-8頁)。

 なるほど。でも“教員資格”の役割は……国家による統制? 

 以下、付け足し。

 教員資格を付与すれば「急進的な思想」の伝播は防ぐことができるのか。

 パキスタンの教員採用がどのようになっているのかわたしにはわからないが、論理的に言えば<思想>と<資格>は別ものである。「急進的な思想」を持っていても、教員採用試験に通れば教員になることができるし、逆に言えば、保守的な思想を持っていても試験に落ちれば教員になることはできない。どのような思想を持っているかで教員の採否を決するのであれば、たしかに思想は重要な評価規準になるであろうが。

 ここで、(1)「急進的な思想」は問題であり、(2)「急進的な思想」の持ち主でも教員になることができる、としたとき、その「急進的な思想」の「拡大再生産」を阻止するためには、カリキュラム、つまり、教育内容の編制権を誰が持つかがポイントとなる。教える者の資格、ではなく、教える内容が問われてくる。

 カリキュラム編制権を国家政府などではなく教員が持つ場合、急進的な思想は拡大再生産される可能性が高まる。授業で何を教えるかは教員が決めるものだからである。カリキュラム編制権を国家政府なり教育省が持つとすれば、思想的伝播は抑えることが可能となる。とりわけ、思想に直接関わる<宗教>や<道徳>といった科目の編制権の所在が国家政府にある場合は、教員の自由度は減る。もちろん、授業の運用は授業者である教員に委ねられるのであり、そこに教員の思想信条が入り込む余地は残る。

 以上から、著者の、あるいはパキスタン政府の立場に立ったときの“急進的な思想の拡大再生産は問題である”という立場に依拠して考えると、問題は教員資格よりも別のところにあると言うことができる。

 が、教員資格を付与して教員の思想を統制するという方向で国家が動くとすれば、それはちょっとまずい気がする。

「国家が不安定な途上国の場合、国家による教育の統制は正当化されるのだ。何ならナショナリズムを煽ってもいい。国家を揺さぶる異分子は排除すべし。まずは国家統合、国民統合だ」

 本当?

 付け足し、ここまで。

 う、時間がない。17時から某会議。バングラデシュのことなど、もう少し触れておきたいことがあるのだが、それは後ほど。


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by no828 | 2009-11-25 16:54 | 思索の森の言の葉は | Comments(0)
2009年 11月 24日

“インドの不安定要因としてのバングラデシュ”のような位置付けは、何だかなあ……。

 先日届いた某楽天の本3冊をぱらぱらと眺める。“南アジア”の本では、注文するさいに目次で確認していて知ってはいたのだが、やはりバングラデシュはほとんど出てこない。“インドの不安定要因としてのバングラデシュ”のような位置付け。何だかなあ……。

 あとはTA業務のまとめの作業。

 それから今日は国際政治学/外交論の本を読了。次の論文に向けて。がしがし行かないと、っていうわけで、はいっ、次っ!

 と言っても今日はこれから某先生と秘密の〔でもないが〕呑み会だからもう上がります。


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by no828 | 2009-11-24 18:14 | 日日 | Comments(0)
2009年 11月 24日

かやのはなぜひどい女になったのか

 土曜日に帰宅してシャワーを浴びてテレビの電源を入れてチャンネルを某テレビ東京に合わせたら、山口絵理子さんが出ていた。20時からの番組と21時からの番組のあいだに流されるミニ番組のそれはすでにはじまっていたようで、途中からしか観ることができなかった。

 その中で、“自分は小学校の頃から無視されたりとかして、だから今、無視されているもの、見捨てられているものに惹かれてしまうのだ”ということを言っていた。

 もしかしたら人は皆、自分の記憶を探しているのかもしれない。

 今そこにいる人間がなぜそうであるのか、なぜそうなっているのかを知るには、その人間の過去に行くしかない。必ず<理由>はある。そして、他の人がその人に共感できるとすれば、おそらくそれは<理由>の空間においてでしかない。現前していること、というよりも、現前していることの背後において、人びとは共感することが可能なのではないかと思う。

 今そこにいる人間というのは、それだけで実はものすごいのではないかと最近実感するようになった。数分間、数時間の出会いしかなくても、そこで出会っている人にはその人が生きてきた時間が背負われ、その時間の中で体験してきたことが詰め込まれており、それが濃縮されたものが今ここに現出している。同じ人間などふたりとおらず、皆それぞれの記憶があり、世界があり、もうそれだけで奇跡であるように思うし、だからそういう無二の人間と出会えていることもまた奇跡である。そのように考えると、人間というのは皆大切にしなければならないのだと改めて感じられる〔だから本来すべての人を大切にしなければならないのだが、それはなかなか難しいし、とくに他の人間を大切にしない人をわたしは大切にはできない〕。

 尊厳とか、敬意とか、そういう言葉はたぶん実感に支えられていないといけない。けれど簡単には実感できないとわたしは思う。時間もかかる。

 その実感を獲得する方法のひとつに、“今そこにいる人間はそうである、そうなっている”で認識を止めるのではなく、その向こう側にまで想像力を持ち、実際に問うてみる、そういうことがあると思う。“どうして?”という問いが開く世界はたぶん深くて大きい。

 昨日引用した中に出てきた「かやの」はひどい女だと書いた。がしかし、「かやの」はなぜそうなったのかを問うことが本当は必要なのである。

 というわけで、山口さんが紹介されていた番組ウェブサイトは以下。

 テレビ東京「生きるを伝える」

 このサイトの山口さんの紹介に、「ダメな者に光を当てたい」と書かれている。その説明も、煎じ詰めると“近代をちゃんと経験しよう”みたいになっている〔飛びすぎ?〕。何かちょっと違う気がする。わたしは「ダメな者」に引っかかっているのだと思う。山口さんはそういうことが言いたかったのか。一見ダメな者、あるいは物〔バングラデシュのジュートとか〕、ダメだと見なされている者・物、世界に・先進国に・資本に見捨てられた者・物、それらはきっとダメではない、ということなのではなかったか。それらは結局「ダメな者」に縮減的に表現されるのか。

 もちろん見捨てられた者・物がそれらを見捨てた者に認められるためには、見捨てた者が共有する標準の中に、少なくとも一旦、組み込まれる必要がある。とりわけ資本において認められるには、“今までとは違う”という何らかの差異〔付加価値?〕がなければならないが、その差異も組み込まれたあとの標準、つまり“今まで”との偏差でしかない。逆に言えば、組み込まれていないこと、認められていないことがすでに持っている差異、つまり、標準体系それ自体からの差異は差異として認められない。標準体系の外部にある者・物は存在しないことになる。認められるのは標準の中に入った上での差異だ。だから標準に一回組み込まれる必要がある。善い/悪いではない。正しい/正しくないでもない。実際的にはそれしかないから、戦略としてその方向を採るのは仕方がない。けれどわたしは実務家ではないから“本当にそれでよいのか”という疑問を提起してしまう。

 認められてこなかった方が変質するのではなく、認めてこなかった方が変質する。認められてこなかった方だけが変質するのではなく、認めてこなかった方も変質する。そういう方向もある。が、そのためには認められてこなかった方が認めてこなかった方の基準に一旦は合わせる必要が現実的にはあるということもわかるのだ。わかるのだが……というところなのである。


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by no828 | 2009-11-24 12:04 | 思索 | Comments(0)