思索の森と空の群青

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2010年 04月 28日

落したのはおれだけど、裁いたのはおれじゃない——本田靖春『誘拐』

 雨は上がった模様。

 毎週月曜日の電車の中は読書時間。往復で2冊行けるかもしれない。

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 版元

 39(272)本田靖春『誘拐』筑摩書房(ちくま文庫)、2005年。
 * 単行本は1977年に文藝春秋より刊行。

 ザ・ノンフィクション。昭和38(1963)年3月31日夕方に起きた「吉展ちゃん誘拐事件」を扱ったもの。なお、犯人は昭和8(1933)年1月福島県石川郡生まれの小原保(おばら・たもつ)。文中にも「須賀川(すかがわ)」や「母畑(ぼばた)」など、福島出身者としては聞き覚えのある地名が出てくる。

 事件発生からおよそ2年ののちに犯人逮捕。被害者は死亡。小原があやしいということになったこともあったが、逮捕までは相当な時間が経ってしまった。簡単なことはほんの少しの“ずれ”で一気に難しくなる、と思った。

 以下の引用は、小原に最終的な白/黒を付けるための捜査検討会での1コマ。平塚八兵衛は体制を一新させた小原3回目の捜査に加わる。1・2回目の捜査陣からの反発から(何で今更、小原は白だ)、また、小原の人権擁護の観点から、3回目の捜査は難しくなることが予想された。


 勢いの赴くところ、第一回の捜査の批判へつながって行く。その指揮をとった佐久間俊雄警部としては、聞き逃すことが出来ない。
「とんでもない。当時、キヨ子〔=小原の愛人〕は口が堅くて、散々てこずられたんだ。二十万円の件も、しつこく調べた末に、やっとわかったんだよ」
 平塚は、それをきいて、こう言い放った。
「佐久間さん、やっといわせたかどうかは知らないが、キヨ子が申告しているのは事実でしょう。私は事実についていっているんです。やっといわせるか、簡単にいわせるかは、刑事の技術上の問題にしか過ぎません」
〔略〕
 白か黒かをめぐって、議論はまじわるところがない。槙野刑事部長は、興奮気味の検討会を打ち切った。
 強制捜査は認められず、別件逮捕もいけないということになって、平塚は不満であった。これを武藤がなだめ、その武藤を津田が支えた。だれよりも苦しい立場にいたのは、津田であった。
 首脳陣の慎重論と内部からの批判は、この新任の捜査一課長に重い負担となった。そして、心労のあまり、ついに眼底出血を起こすのである。
 だが、彼は、新しい捜査陣に心中の悩みをあらわさず、もっぱら激励を送り続けた。
「私は君たちの捜査能力を信じています。小原に少しでも不審な点がある以上、徹底してやってみて下さい。問題が起きたときには、私が責任をとります。そのために私がいるわけなんですから」

■(275-6)

 平塚の意見は厳しいが、的を射ている。プロっていうのは、そういうことなのかもしれない。それから誰が上司かというのは、仕事をするさい非常に重要なポイントであるように思った。

 小原には死刑判決が下る。昭和46(1971)年12月13日、刑執行。享年38。以下は本文の最後の場面。


 処刑の日、平塚は係長警部として府中刑務所の三億円特別捜査本部にいた。その彼に宮城刑務所の佐藤と名乗る看守が、電話で保の遺言を伝えて来た。
「真人間になって死んで行きます」
 一日、平塚は保の墓参りに出掛けた。生家の裏山に「小原家之墓」はある。だが、保が眠るのは、そのかたわらの、土盛りの下であった。
 花と線香を上げて、胸をつかれた平塚は、手を合わせることを忘れていた。そして、短く叫んだ。
「落したのはおれだけど、裁いたのはおれじゃない」

■(347)

 そして本田の「文庫版のためのあとがき」の最後の文章。


 最後になったが、きわめて不幸なかたちで人生を終わった二人の冥福を改めて祈りたい。
■(355)

 “罪を憎んで人を憎まず”と言ってしまうと、あるいはありきたりに響いてしまうかもしれないが、これらふたつの文章ではそういうことが言いたかったのかなぁと思った。 


@研究室 
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by no828 | 2010-04-28 16:22 | 人+本=体 | Comments(0)
2010年 04月 27日

「自分はとにかくここまで精一杯突き詰めて考えたのだ」という軌跡を示す——森岡正博『33個めの石』

 やっぱり雨。

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 版元

 38(271)森岡正博『33個めの石——傷ついた現代のための哲学』春秋社、2009年。

 刊行は2009年2月とある。つい最近出たものとばかり思っていたのだが……。某amazonで数十円になっていたので購入(手数料340円)。

 生命学者を名乗る森岡正博のエッセイ集。

 2007年4月16日、米国ヴァージニア工科大学で銃乱射事件発生。事件後、キャンパスには死者を悼む33個の石が置かれた。
 犯人により射殺されたのは学生・教員32人。33個めの石は自殺した犯人のために置かれた。筆者はそこに希望を見出す。タイトルの意味はそこにある。


 ところで、ニュースを見ていて驚いたのは、「もしほかの学生たちも銃を持っていたならば、これほど大量に学生が犠牲にならなくてすんだだろう」という声が、一般のアメリカ人たちから聞かれたことである。
■(23)

 嘘でしょ?


〔略〕あるときに、〔“どうして神がこの世を作ったと言えるのか”という〕私の質問を聞いたある高齢の男性が、「イエスさんがそう言ったから、私はそれを信じているのです」と答えてくれた。聖書に書かれているような激動の人生を生きて、心を打つ数々の言葉を発したイエスさんがそう言うのだから間違いはない、という男性の答えを聞いて、私はつい心を動かされてしまったのである。
〔略〕
 神とか、悟りとか、あの世とか、運命とかについて、一生かけて探求した比類なき人間に対する尊敬と愛情というものを基盤にしていけば、宗教を持つ者と、持たない者のあいだの溝は、もっと埋まっていくのではないだろうか。

■(33)

 あぁ、なるほど。“信じているものが違う”があっても、経験上、かなり深い人間関係を築くことはできるように思う。ただ、たとえば恋愛とか、あるいは結婚とか、そこまで行けるのであろうかと思うと、行けない気がする(し、無理に行かなくてよい気がする)。


〔略〕宗教こそが、まさに現代社会において「無痛化装置」として働いているのではないか〔略〕。〔略〕肉体の痛みは鎮痛剤によって鎮め、心の痛みは心のケアによって鎮め、それらによっては解決できない「魂の痛み」や「死の恐怖」については宗教が鎮める、という構造ができあがっているように私には思える。
 彼らは、無痛化の道を突っ走る現代物質文明と、裏側でこっそり手を結ぶ。そのことによって、彼らの宗教から、現代社会批判の力がそぎ落とされていく。宗教の持つもっとも大きな可能性のひとつが、こうやって失われていくのである。

■(37)

 「無痛化」の何が問題なのか、という疑問はさておき(森岡さんの本を読め、ということだ)。

 宗教は当該社会を批判するものなのか? というか、宗教はいつ、どこで、どうしてできたのであろうか?
 印象論だが、宗教は社会を批判しているようには思われない。社会からの、あるいは部分的な離脱を欲している(人びとが集まっている)ように見える。社会の中に留まっている宗教は果たしてあるのか。


 つまり学校ビオトープとは、けっして本来の自然などではない。それは、親や学校が子どもたちに見せたい自然の姿、すなわち映画やアニメのなかに描かれるような心地よい自然のイメージを、巧妙に校内に作り上げたものにほかならない。したがって、そこにあるのは、「自然はこのようなものであってほしい」という大人たちの願望の塊なのであり、きわめて人工的な妄想の産物なのである。
■(65)

 ホリスティック教育とか環境教育とか。


 インド哲学や仏教においては、他の生命によって自分が生かされていることに思いをはせ、感謝しながら生きていくという思想が生まれた。しかしこの考え方は、「感謝しさえすれば、どんどん肉を食べてもかまわない」という開き直りの思想へとつながっていく。
■(69)

 御意。


 私は「君が代」が流れるときに起立しない。国旗国歌法は、国歌を「君が代」と定めただけの法律であって、それにあわせて起立すべきだとは規定していないし、ましてや斉唱すべきだとはどこにも書いていない。
■(112)

 法に書いていないことは強制されない。


 しかし、子どもが欲しかった彼は、精神状態を崩した。大学にも行かなくなり、昼間から酒をあびるように飲んで苦しんだ。病院にも通った。「中絶は女性の心を傷つけるというが、男性の心を傷つけることもあるのです」と彼は〔筆者宛てのメールに〕書いていた。
〔略〕
 ある大学の講演会で、この男性の意見を紹介した。終了後に回収された意見用紙に、女子学生からの反論が書かれていた。「どうして男性は避妊をしなかったのか。避妊もせずに、ただ自己憐憫に浸っているだけの最悪の男だ」というのである。

■(141)

「今日の避妊なしのセックスから生じる責任を、ふたりで分かち合います」という契約書を交わさないかぎり、あいまいさはつねにつきまとう。もしそのあいまいさを拒否するならば、子産みとしてのセックスは、合理的に計算された体外受精にかぎりなく近づいていくことになるだろう。そして、現代における子産みは、明らかにこちらの方向へと進んでいるように見えるのである。
■(143)

 なるほど。


 今日における哲学の意義とは、唯一の真理を押しつけてくる宗教からは徹底的に距離を取りつつも、「唯一の真理なんてないのさ」という成熟社会の相対主義に何度も何度も疑問を投げかけ、どうすれば唯一の真理に近づけるのかというプロセスを素手で模索するところにのみあるのだと、私は考えている。
■(189)

 哲学のひとつの役割とは、「時間とは何か」「生と死とは何か」といった謎のような問いに取り憑かれてしまった人たちに向かって、「自分はとにかくここまで精一杯突き詰めて考えたのだ」という軌跡を示すことで、彼らに「考える勇気」を与えることではないかと思う。
 ニーチェは『曙光』の中で、カモメの話を語っている。ひとりで海を跳び続けたカモメは、ある岩に降り立ってそこで力尽きる。そして、後に続くカモメたちに、自分を超えてさらに遠くまで飛んでくれと願うのだ、と。私はこれを読んだときに、ニーチェから直接勇気を届けられたように思った。
 私がニーチェから考える勇気を受け取ったように、ニーチェもまた過去の哲学者たちから同様の勇気を得ていたにちがいない。哲学とは孤独な営みであるが、それは、時と場所を異にしたもうひとつの別の孤独へと、直接的につながっていけるような孤独である。ここにこそ、哲学の真の希望が集約されているのではないだろうか。

■(191)

 これを読んで、わたしも勇気をもらった。


@研究室
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by no828 | 2010-04-27 20:26 | 人+本=体 | Comments(2)
2010年 04月 27日

父なんかも言ってます、病院でどうして殺してくれないんだろうって——有吉佐和子『恍惚の人』

 雨? 気温も低下中。

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 版元

 37(270)有吉佐和子『恍惚の人』新潮社(新潮文庫)、1982年。
* 単行本は1972年に同社より刊行

 2年前ぐらいに購入して放置していたものを、先日引っぱり出した。看護学校で教えるようになったという状況の変化が、わたしに『恍惚の人』へとためらいなく手を出させたのだと思う。逆に、これまでためらってきたのは、この本が介護問題を取り上げているから。あまりにリアルな問題すぎて、わたしはこわかったのだ。


「九十六ですけど、おかしくなったのはもう二十年前からなんです」
「まあ」
「始めは嘘ばかり喋るようになっていて、少しおかしいと思っていたら、ふいに喋らなくなって動きまわるようになって、当人もふうふう言いながら家も庭も駆けまわるんですから」
「今でも?」
「いえ、倒れたんです、十年前に。全然動かないから死んだんだと思ったら、それが心臓だけ動いていて、それからずっと病院で流動食をゴム管で鼻から通して、保険がきかないというんで、大変なんです。完全看護だから看護婦さんに払うだけでも私の月給の何倍かでしょう? 孫が六人いるんですけど、みんなの負担にしているんで、私たち集ると言うんですよ、お婆ちゃんが死んだら赤飯炊いて祝おうって」
「まあ」
「父が兄弟三人で、孫も六人いるからいいけど、もし孫が私一人だったら結婚なんて出来ないでしょうね。ババヌキって時代に、ババツキなんですもの」
「お婆ちゃんは、あなたたち分る?」
「眼が開かないんです」
「え?」
「筋無力って言うんですって、瞼が上らないんです。おしめ当ててるし、年に一度は見舞に行くことになってるけど、なんだか汚らしくって、もう見るのも嫌ね。父なんかも言ってます、病院でどうして殺してくれないんだろうって」
「まあ、ひどいわ」
「だって、ただただお金がかかるだけなんですもの。看護婦さんの日給は上る一方だし。ゴム管を鼻から胃まで通してジュースで送りこんでるだけなのに、五年たっても十年たっても死なないんですものね。父は、俺の方が先に死ぬだろうって嘆いてるんです。お父さんが死んだら私たち孫は夜逃げしようって言ってるんですけど」

■(82-3)


「昭子さん、昭子さん」
 茂造が昭子の上に馬乗りになっている。気がついて昭子は横に躰を滑らせて逃げた。
「お爺ちゃん、なんですか。どうしたんですか。こんな夜中に、嫌だわ」
〔略〕
「賊が入りました。昭子さん、賊が入りました。逃げましょう、逃げましょう」
「何を言ってるんですよ。賊だなんて、こんな小さい家に入ってくるものじゃありませんよ。夢でも見たんでしょう」
「いいえ、賊です。私に水を掛けて逃げました」
「水を掛けて?」
 はっとして、茂造を押し倒し、改めてみると果しておむつが濡れている。
〔略〕
「あなた、お爺ちゃんが起きてるのよ。薬〔=鎮静剤〕が効かなくなってきたみたいなの。どうしたらいいかしら」
「うるさいな」
 信利は彼方へ寝返りを打って、自棄のようなことを口走った。
「もう、殺せよ」
「いやだわ。そんなこと嘱託殺人罪よ」

〔略〕
「殺したいんなら、あなたが殺したらいいでしょう。尊属殺人だけど私は黙過してあげるわ。私が手をくだすのは嫌よ。あなたが自分の手でおやりなさいよ」

■(234-5 傍点省略)


「敏、あんなにママが頼んだのに、どうして老人ホームのことパパに言ってくれなかったの? もうママの手には余るのよ、お爺ちゃんは。分るでしょう?」
「老人ホームのことなら、僕言ったよ」
「いつ」
「ずっと前さ。寒いときだった。ママがいないときに、老人ホームに入れた方がいいんじゃないかって言っといたよ」
「パパ、なんて返事した」
「それがね、黙って、返事しないんだな」
「やっぱり、そう。自分の親をそういうところへ入れたくないのね」
「かもしれないね。僕だってパパやママを入れるとなると、かなり考えると思うよ」
「…………」

■(243-4)

 とりあえずここまで。これから授業です。後からまた足します。

 帰還。続き。


 昭子が、ぽつんと言った。
「門谷さんのお婆ちゃん、腰が抜けたんですって」
 そう言いながら内心では、誰かが犠牲にならなければならないのだと言われた言葉を反芻していた。この家で、茂造の犠牲になるとしたら、それは昭子以外には考えられないだろう。〔略〕
 信利も箸を置いて、黙っていた。彼はこの日、目も見えず、耳も聞こえず、食物を咀嚼することもできなくなった寝たきり老人の話を聞いたばかりだった。鼻孔からプラスティック製のチューブを挿入して液状化した食物をポンプで送りこむ。しかも、そうした状態で、人間はポンプの故障でもない限り、二十年から生きられるのだという。おそらく茂造以上に老耄した頭の中で、その老人は何事を考えて日を送っているのだろうか。躰の寒くなるような話だった。それを聞かしてくれた男は、信利の表情を読んで、もうそれ以上は言えないと言った。信利も訊けなかった。

■(266)


@研究室
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by no828 | 2010-04-27 16:18 | 人+本=体 | Comments(0)
2010年 04月 27日

非常勤帰りにビールを買うことがパターン化しそうでこわい(でもコンビニでは買わないよ!)

 昨日は非常勤講師日。結局11時まで研究室でレジュメを作り、バスと電車を乗り継いで13時30分頃に最寄り駅に現出。某吉野家で昼食。“前日、つまり日曜日までに準備を終わらせておけば、月曜は午前中は部屋で勉強、ごはんを食べてから出発できるのに”と某牛鮭定食を食べながら思う。おかげで、期間限定ごはん増量無料だというから大盛りを注文してしまったじゃないか。

 14時過ぎに看護学校着。レジュメのコピーを事務の方にお願いする(何か申し訳ない……)。「これはA3で、これはA4で」とお願いすると、「こっちもA4じゃダメですか?先生」と言われる。「いや、構いませんけど、紙がもったいないかと思いまして」、「紙なんて気にしないでください」、「いや、しかし」、「それに、うちはA3の在庫があんまりないんですよ」、「あ、それならA4で」。われわれは<理由の空間>に生きている。

 14時40分から授業。「生命倫理学の出自と歴史」のようなテーマで90分話す。本当は議論メインの授業にしたいのだが、「生命倫理学を学ぶ意味」を考えてもらう意味でも、「そもそも生命倫理学って何?」「何で勉強しなければならないわけ?」「何で生命倫理を教えなければならないわけ?」ということを先にしゃべっておいたほうがよいという判断。

 90分のstanding & talkingはなかなかにたいへんだ。暑くなるし、喉は疲弊するし。今度から何か飲み物を準備しようかな。

 16時10分に終了予定が、少しオーバー(すまぬ)。控え室に戻り、取り組んでもらったワーキング・ペーパーというかアンケートというかをぱらぱらと確認する。「難しい」という意見が多かった気がする。Don't mind. いや、反省します。書類を書いて押印して提出して学校を後にする。

 駅まで10分ぐらい歩くのだけれど、途中で女性3人の集団を追い抜いた。そうしたら、「あ、先生!」と話しかけられる。「お、おぉ」まで言って“はて、名前何だっけ?”と思って「今、帰りですか」とお茶を濁す(すまぬ。がんばって名前覚えます)。「先生、先生と歳、このふたり一緒ですよ!」、「あら」、「でも、先生頭いいから」、「うーん」(そう言われると返答に困る、というか、率直に言うとあまり好きではないコメントだ)、「今日の難しかったです」、「ごめんね」、「レジュメに書いてあることは難しいんだけど、そのあと先生が噛み砕いてしゃべってくれるのはわかる」、「そうかー」などなど。こういう会話は大事な気がするなぁ。

 19時ぐらいに298着。某やまやでパスタを買う予定であったが、完全に忘却の彼方。その代わり、“ビール呑みたい”と思って某カスミに寄ってしまう(カント先生の言葉を借りれば、「傾向性」に流されたということになるであろう)。ひじきときんぴらとおからのお惣菜が半額になっていたので、それをつまみにする。ビールは先日の父母からの食糧援助に同包されていたビール券を使って某プレミアム・モルツ。“俺は毎週非常勤帰りにはビールを買うのかなぁ、カント先生に怒られるなぁ”と思いながら、プリント類で重くなった鞄とエコバッグを持ってとぼとぼとアパートに帰った。


@研究室
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by no828 | 2010-04-27 12:09 | 日日 | Comments(0)
2010年 04月 24日

看護とは、人間を人間らしく生かし、また人間らしい死を可能とする人間の仕事である——増田れい子『看護』

c0131823_18275941.gif36(269)増田れい子『看護——ベッドサイドの光景』岩波書店(岩波新書)、1996年。


版元


 講義用の勉強のため、が主。人の生(老病)死には関心があります。

 看護から見える人間の姿。なお、文中ではすべて「看護婦」の表記であるため、引用文でもそれを踏襲する。ちなみに、今は「看護師」と呼ばれる。


 Aさん〔=看護婦〕努力して実らすことがあたり前でね、実らなければさらに看護婦の努力が必要です。患者を責めることはできません。看護婦というのは常に努力することと結果を求められている。そして、よい結果が出ても評価されることは少ない。自分で自分をほめ、財産としてしまいこんでおくだけです。
■(47)


 Aさん 病気を克服して健康をとり戻すたたかいをするにあたって、看護婦というのは患者がどういうものの考え方をするひとか、いち早く察知するセンスが非常に求められるんですね。
 そこをつかみ、患者の個性にあわせていかにテンポをつくっていくか、こんな言い方したら何ですが、そのとき看護の醍醐味を味わうことができる。
 ——センス……ですね。
 Aさん まさにセンス。〔略〕
 看護婦にも看護独特のセンスが絶対に必要だと考えているんです。要するに感性の深さが、いい看護を生むと……。そのセンスは、学校の勉強や現場での経験はもちろん、遊びのなか、芸術を楽しむなかでみがかれるのですから、そのつもりで感受性を豊かにしていかないと、センスは身につかないと思います。
 〔略〕〔しかし〕看護婦にはまだあまり問われていないような気がします。一般のひとが、まだそれを看護婦に求めないでいるということもある。
 看護婦なんて患者のお手伝いさんだと思っているひとがいっぱいいますからね。
 ——医師のほうは、医師の手伝いするのが看護婦だと思っている。

■(56-7)

 「感情労働」という言葉が想起される。それにしても看護師って、一体何をする仕事なのか。


 Aさん 〔略〕患者には治ろうと努力する役割があるのです。
 そのへんをじわじわっとわかってもらうように介入するのが私たちの仕事で、これは大変見えにくい部分です。
 ——なるほど。その看護婦さんがそばに来てくれると、治りたくなる、治りそうだと希望がわいてくる、生きる意欲が出てくるというような……。

 Aさん 私はそれをすき間を埋める……と言っています。病気と患者の間にくさびを打ち込むような看護。見えにくい、得体の知れないものだし、やらなければやらないですんでしまって、一般的にはそこをとやかく批判されることはないのです。
 ただほんとうに質の高い看護は、それなくしては到達できませんし、それなくしては考えられません。
でもそういう看護ができるまでには、すくなくても十年は経験がいる。現場でさまざまな患者と遭遇し、死や恢復を見て、そのなかから学んでやっとできてゆくことです。その前にたいてい疲れて燃えつきるのですね、看護婦というのは。

■(58-9)


 ゆとりがほしい。ゆとりがないと、患者の内面まで思いやる看護はできませんものね……とBさんは声をおとすのだった。体重は四〇キロ台を上下して五〇キロをこえたことは一度もない。
■(116)

□日本で准看護婦になったヴェトナム人難民の女性の言葉。
 教育を受けることは、宝石より大事、教育はダイヤモンドより上です。勉強あれば、何も要らない、そう思った。
■(142)


 マニュアル通りでいい場合と、マニュアルにプラスアルファする看護と……。
 「パタパタ、マニュアル通りにやってしまえば、それは“ビジネス”で終わっちゃう。考えてやってはじめて“看護”になるのではないか……
 そうだろう。ただ、そういう看護を可能にするには、看護する側の心の内側がうるおっていなければならない……うるおいのある心からうるおいのある看護の花が咲くように思う、とGさんは自分の心のうちをのぞくような面持ちで語りついだ。
 「感性をゆたかにするっていうことなんです。〔略〕看護婦に必要なのは、看護の技術の習得だけでなくて、人間世界を広く知るチャンスではないかと思ってます」

■(182)

 あぁ、なるほど。


 〔略〕根治をのぞめぬ場合にこそ、ケアの本領が発揮できる。
 「早くらくにさせて、早く」
 患者にそんな悲痛な言葉を決して言わせないケアを。
Iさんたち緩和ケア病棟は、それを目ざしているのだ。

■(208)

□エイズ患者専門の看護婦Jさんの言葉
 でも、いまようやく病気をなおす過程は、医師の技術とか薬剤とか手術とかそういう医療だけではなくて、病んだ人間がいかに意欲をかきたてて生きようとするか、それが恢復やいのちの維持に大きく作用すると言われるようになってきました。これは大きな発見であり、転換なのです。
■(218)


 生と死。はじまりと終わり。まるで違う局面のようでひとつだけ同じところがある。生を享けた瞬間、死に至った瞬間を当事者が認識することも記憶することもないという点である。
■(225)

 人間は、だから基本的に受動的な存在なのだ。他者あっての人間なのだ。


 看護とは、人間を人間らしく生かし、また人間らしい死を可能とする人間の仕事である。
■(236)

 看護師は、自分の感性を総動員しなければならない——

 上のような言説が空間を占めることによって、逆に看護師の方々を苦しめていくような気がしないでもない。もちろん、上の言葉にあるような看護がなされればすばらしいと思うが、しかし……。

@研究室
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by no828 | 2010-04-24 19:02 | 人+本=体 | Comments(0)
2010年 04月 24日

人間行動の大半がめまぐるしく動いていることといくつかの原理が驚くほど固定的なこと——先日のトクヴィル

 晴れたり曇ったり。暖かいのか寒いのか。

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 トクヴィル『アメリカのデモクラシー 第二巻(下)』松本礼二訳、岩波書店、2008年。

 1カ所厳選。


 合衆国で驚くことが二つある。人間行動の大半がめまぐるしく動いていることといくつかの原理が驚くほど固定的なことである。人間は絶えず動きまわり、人間精神はほとんど動かぬように見える。
■(165)

 constitution(憲法=国家体制)は動かない。母艦のようなもの。あるいは前提。その上に乗っている細々は変わる。メンバーも変わる。ときどきどう変えればよいかわからなくなると、母艦に戻って確認する。いろいろ動いているように見えて、実は基本は何も動いていない。

 内田樹先生もそういうご指摘をされていた気がする。


@研究室
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by no828 | 2010-04-24 15:30 | 思索の森の言の葉は | Comments(0)
2010年 04月 23日

何てったって「解釈」だもの

 一昨日の読書会の話。

 トクヴィルの読みをめぐって争いが起こった。「トクヴィルはそういうことは言っていない」、「いや、言っている。だってここにこういうふうに書いてあるでしょう」、「それはそういう意味ではない」、「いや、こうだ」、「それは妄想だ」、「妄想なんかじゃない」、などなど。

 「妄想だ」、「妄想なんかじゃない」というのを聞いていて、昔そういう議論をしたことを思い出した。

 大学院の1年目か2年目か、よく憶えていないが、とにかく結構前の話で、しかしそれも読書会の場のことであった。

 そのときは「妄想」などという言葉は使っていないが、いずれにしても“読み”をめぐる議論になった。「そういう解釈でよろしいのか」、「どうかなあ」、「その解釈で正しいのかな」、そういう話であった。

 そこに、「解釈に“正しい”とか“間違っている”とかあるんですか?」という問いが出てきて、わたしは絶句した。“まぁ、たしかに言われてみればそうかもしれない。解釈には正しいとか正しくないとかはないかもしれない。何てったって「解釈」だもの”と思わず納得してしまったのだ。

 もちろん、思想史的に見れば、とか、その場所の状況に鑑みれば、というふうに考えていけば、“解釈”にも妥当性を問いうることはわかる。だが、だからこそその時代や場所によって解釈は異なりうるということになるのであり、それゆえに一般的に“その解釈は正しい”、あるいは“その解釈は妥当ではない”といった評価を下すことはできないということになる。極論すれば、“解釈は何だってあり”ということになる。

 わたしはそのような極論に諸手を挙げては賛成しないが、確実に一理はあると思っている。テクストは好きに読んだらよろしいと思うわたしが間違いなくいる。


 ちなみに、「妄想だ」、「妄想じゃない」という論争をした当事者たちは“場外乱闘”もしたらしい。大いにやればよろしいと思う。相互鍛錬だ。


@研究室
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by no828 | 2010-04-23 21:41 | 思索 | Comments(0)
2010年 04月 22日

現在のままでよいと思っているのなら、わざわざ書く必要はない——樋口裕一『YESと言わせる文章術』

 あぁ、21時。

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 版元

 35(268)樋口裕一『YESと言わせる文章術』青春出版社、2002年。

 基本に戻ってみる。


 私は、文章というのは基本的に、「人はこう言っている。しかし、私はそれには反対だ。私はこう考える」「あなたは、こう考えているらしい。だが、それではよくない。別のことをするべきだ」「今、このようなことが起こっている。だが、それは間違いだ。こうするべきだ」と書くものだと思っている。
 みんなと同じことを考えているのなら、そして、現在のままでよいと思っているのなら、わざわざ書く必要はない。他人と違う意見を持って、別の考えを持つ人の心を動かそうとしているからこそ、文章を書く意味がある。そして、自分の意見の正しさを示そうとして、物事を考え、自分の考えをより明確にし、自分の考えを広げていくのが、書くという行為なのだ。
 したがって、文章を書くとは、ほとんどの場合、反対意見の人を説き伏せることによって、自分の能力、自分の考えの正しさを示す自己アピールなのだ。つまり、説得力のある文章というのは、わかりやすく言えば、反対意見の人を納得させられる力を持つということだ。

〔略〕逆に言えば、反対意見の人を頭に思い浮かべながら、その人を説き伏せるように書けば、説得力のある文章になるということだ。

■(15-7)

 本書では、そのための具体的な技術が実例も挙げながら説明されている。が、学術論文を書く人にとっては直接は役立たないように思われる(すでに知っていること、実際に使っていることが多い)。もちろん、基本に戻るという意味では再確認しておいたほうがよいことが書かれており、目を通しておくことは決して無駄ではない。

 すでにある意見・事象に対して反対を述べるためには、すでにある意見・事象を知らなければならない(先行研究のレヴュー)。それを調べてみて、別段反対することもなければ何も述べなければよい。調べてみて“何かちょっと違うな”と思えば、すでにあるものと自分のあいだで何がどう違うのかを明確化し、それをきちんと論理立てて“別の意見”として述べればよい。

 あぁ、シンプル。

 しかし、すでにあるもので大切だと思うことは繰り返し述べてもよいと思う(論文にはなりにくいが)。単純にそのように思う。しかし、それに加えて少しメタ的に言えば、“いま・ここ”で“それ”が大切だとわたしが再確認したこと、あるいは他者によって再確認されたことにも何らかの意味はあるはずなのだ。


@研究室
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by no828 | 2010-04-22 21:27 | 人+本=体 | Comments(2)
2010年 04月 22日

問題設定という問題

 木曜3限の授業ではグローバリゼーション論を検討している。今更という気がしないでもないが、大切な主題だからよいとも思う。教育政策がどのように形成されるのかというメカニズムへの理解は深めておいたほうがよい。もちろん、本や論文などの書かれたものは“いま・ここ”という目前のことからはいつも遅れる。だから、書かれていることを読み、それを“いま・ここ”にあてはめることは厳密にはできない。“古い古い”と言うのではなく、その“古い”ものと、そして自分が目下世界をどのように認識すればよいと考えるのかという枠組みとを対比し、そのあいだの“ずれ”を意識するほうがずっと意義があるようにわたしには思われる。

 そんなわけで、グローバリゼーション論である。今日検討したところは、権力の集中と分散とか。

 ふとしたことから沖縄の米軍基地の話になった(逸れた)。これまでは国家政府からのトップダウンで基地問題は“解決”されたきたが、現下はそうではなくなっている、すなわち地方自治体の首長や議員などが声を上げているのはひとつの変化と言ってよいのではないか、権力の分散のひとつの例ではないか、という意見があった。
 
 わたしはそれに加えて、たとえば徳之島の人たちのように、政治家でも行政官でもない“普通の”人びとが声を上げていることにも着目したほうがよいと述べた。さらに加えて、と言うより、ずらして、そうしたローカルな人びと同士がつながっていく可能性はないのかとも述べた。すなわち、米軍基地問題は日本に限ったことではなく、韓国とかフィリピンとか、あるいは最近“話題の”キルギスにもある。そうしたところのローカルな人びとは米軍基地をどう思っているのか、人びとのリアルな生活の一片をなしてしまっている米軍基地についてどう考えているのか、そうしたところからローカルな次元でのつながりが生まれうるのではないか、ということである。

 日本の米軍基地問題、という問題設定ではなく、世界の米軍基地問題、として再設定することで、議論は活性化し、また、そこでの主張も強くなっていくのではないか。(こんなことはすでに言われているとは思うが、わたし自身がそう考えたことはなかったのでここに書いておく。オリジナリティは大事だが、大事なこと(だと思うこと)はオリジナルでなくてもいいから繰り返し述べればよいとわたしは思う。だって大事なんだから。)

 しかしながら基地問題は国家安全保障の問題でもある。“普通の”人びとの声はなかなか反映されないかもしれない。

 実際、キルギスなどの場合では政府レヴェルの話し合いですべてが決まるようで、住民の声などあたかも存在しないかのようだとの指摘が、ロシアとカザフスタンの留学生からあった。


 “問題を設定する”ということは恣意的な作業である。一旦設定されるとその中でしか議論されなくなる。その設定された枠組み自体への疑念は生まれにくくなる。要注意。


@研究室 
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by no828 | 2010-04-22 16:52 | 思索 | Comments(2)
2010年 04月 21日

自由“と”平等——本日のトクヴィル

 トクヴィルを簡単に復習(たぶん次回エントリ以降に続く)。

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 トクヴィル『アメリカのデモクラシー 第二巻(下)』松本礼二訳、岩波書店、2008年。


 民主革命の熱がある限り、人々はこの革命に抵抗する旧来の貴族的諸権力の破壊に専心して高度の独立精神に駆られる様を示すが、平等の勝利が確実になるにつれて、この同じ平等が生ぜしめる自然の本能に少しずつ身を任せ、社会の力を強化し集権化したのである。彼らは最初こそ平等になれるように自由であらんと欲したが、自由の援けを得て平等が確立するにつれて、平等は彼らが自由を保持することを一層困難にした。
■(251)

 自由と平等のパラドクス、は本当か?

 平等の行き着く先は社会主義・共産主義だから平等よりも自由のほうが大事なんだ、は本当か?


@研究室 
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by no828 | 2010-04-21 21:44 | 思索の森の言の葉は | Comments(0)