思索の森と空の群青

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2010年 10月 29日

論文提出週末帰省

 本日正午締切の論文を提出しました。博士論文ではなくて投稿論文です。査読が入るので採用の可否が分かれますが、ま、とりあえず。研究者は、やはり書いたもので評価されるべきだと思いますので、媒体にかかわらず、いろいろ書いていくことが重要だと思うようになりました。

 前に先生からこんなことを言われました。

 ある媒体に投稿して落とされて、そこにこだわってまた同じところに投稿するのもいいけれど、それには見切りを付けて別の媒体に投稿して、掲載されて、それでそのテーマには一応の決着を付けて、また新しいテーマを立ててそれで書いていくのも大事なんじゃないかな。

 なるほどたしかにそういう考え方もあるぞと思いました。提示していくこと、開示していくこと、それが大事です。

 今日はこれから実家に帰ります。明日祖母の四十九日の法要があるからです。明後日の日曜日に、非常勤講師をしている看護学校の文化祭があり、学生から「来てくださいね♡」と招待券をもらったのですが(わたしだけでなく、講師みんなに配っているはずですが)、参加できそうにありません。残念。

 ちなみに、この非常勤はもう終わり、月曜から別のところでお世話になります。その準備もしないといけない。初回だからイントロダクションですが、そこで何を話すか、ですね。しゃべりの不得手なわたしは、かなり仕込んでいかないといけないのです。


 先日大野更紗さんのことを書きましたが、そのエントリを読んだ友人が彼女(たち)のブログでそれを紹介してくれています(AMu.の編み目「感服。」)。そちらも読んでみてください。
 友人よ、わたしが言うのは絶対変ですが、紹介してくれてどうもありがとう。

 
 では、離脱。


@研究室  
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by no828 | 2010-10-29 12:25 | 日日 | Comments(0)
2010年 10月 27日

資本主義社会が巨大な「鉄の檻」になり、人々を閉じ込めている——中山元『〈ぼく〉と世界をつなぐ哲学』

c0131823_12262288.jpg中山元『〈ぼく〉と世界をつなぐ哲学』筑摩書房(ちくま新書)、2004年。

 版元

 _φ(..) メモ。



マックス・ウェーバー(一八六四〜一九二〇)はすでに一九〇五年前後から、西洋の資本主義社会の成立を分析し、資本主義社会が巨大な「鉄の檻」になり、人々を閉じ込めていると述べていた。
 ウェーバーはこう語っている。「われわれは職業人たらざるをえない。禁欲は修道院から職業生活のただ中に移され、世俗内的な道徳を支配し始め、こんどは機械的生産の技術的・経済的条件に縛りつけられている近代経済組織の、あの強力な世界秩序を作り上げるのに貢献したからである。この世界秩序たるや、圧倒的な力をもって、その歯車機構の中に入り込んでくる一切の個人の人生を決定しており、将来も化石燃料の最後の一片が燃え尽きるまで、決定し続けるだろう」(ウェーバー『プロテスタンティズムの倫理と資本主義の精神』)。

□(189-90)

 ウェーバーの『プロテスタンティズムの倫理と資本主義の精神』は恥ずかしながらきちんと読んでいない(マジで恥ずかしい!)。もちろん読んでいなくても哲学はできるのだと豪語することもできるが、しかし学問の共有のデータベースというものがあり、むろんそのデータベース自体を疑ってかかることも必要なのではあるが、そのためにもそれを自分の目で確かめておくことが肝要。
 『プロ倫』、ちゃんと買います、ちゃんと読みます。

 上掲引用箇所は本文のコンテクストの中で改めてその意を確認したいところ。ウェーバーもそんなこと言っていたのかーと思いまして。

@研究室
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by no828 | 2010-10-27 12:23 | 思索の森の言の葉は | Comments(0)
2010年 10月 26日

大野更紗さん

 ツイッター上で大野更紗(おおの さらさ)さんという方を知りました。

 難病の方です。

 何がどう難病なのか、わたしには説明することができません。とにかく難病なのだということしかわかりません。

 が。

 とても明るい方なのです。ウェブ上で「困ってる人」という連載を書かれています。そこでご自分の病気のこと、病院のこと、医師のことを軽やかな文体で書かれています。失礼な感想かもしれませんが、“素敵だ!”と思いました。いろいろ思うところ・考えるところがあり、また、いろいろ思えないところ・考えられないところもあるわけですが、“素敵だ!”と思いました。

 大野さんの文章を「生命倫理」の授業で読ませればよかったと思いました。これを読んで感じたこと・考えたことを書いてもらう、それだけでひとつの授業になるように思いました。ツイッター上では、「書籍化を!」という声も上がっています。来年度(もしあれば)の授業では、ウェブ上の文章か紙の文章かはわかりませんが、いずれにしても看護師を目指す人たちには読んでほしい、感じてほしい、できればそこから考えてほしいと思いました。

 ちなみに、大野さんは1984年福島県生まれの方です。わたしと同郷です。ご自分の故郷のことを「ムーミン谷」と書かれています。それがどこか具体的にはわからないのですが、高校時代のことを書かれた文章を読むと、どうやら高校はわたしの母校AKの隣のAJのようだと推測されます。そうだとしますと、通学には電車か汽車を使われていたとのことなので、その路線は東か西か、あるいは南東か、そのどれかのような気がしています。ムーミン谷もその3路線のどこかに……。わたしも東北のシカゴのどこかで大野さんと擦れ違ったことがあったかもしれません。さらにもし路線が東であれば、同じ車輌に乗ったことがあったかもしれません。

 という、大野さんとわたしとのありうる接点の話は、まあ、このぐらいでよいのです。今回のエントリはその大野さんの文章を読んでみてくださいね、という趣旨です。以下、関連サイトにリンクを貼っておきます。一読してみてください。わたしは連載最新回の第4回から入ったのですが、第0回から3回まで、すべて読んでしまいました。みなさんもぜひ!

 大野更紗「困ってるひと」
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 ウェブ・マガジン「ポプラビーチ」(連載媒体)

 大野更紗 Twitter アカウント @wsary


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by no828 | 2010-10-26 20:45 | 掲示板 | Comments(0)
2010年 10月 25日

本は、なぜ増えるのか。買うからである。処分しないからである——草森紳一『随筆 本が崩れる』

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 版元

 76(309)草森紳一『随筆 本が崩れる』文藝春秋(文春新書)、2005年。

 偶然書名を知ることになって惹かれたので古本で購入。

 本に埋もれた生活。書棚に収まりきらない本は床に積み上げる。それに触れると本のタワーが揺れる。揺れて終わるときもあれば、揺れて崩れるときもある。崩れるともうそれは本の山。本の尾根が広がる。

 そんな写真付きの新書です。

 ひとつ疑問は、どうしてこの本が「新書」というスタイルで出版されたのか。「文庫」でないのはなぜなのか。わたしはとくに“新書とはかくあるべし、文庫とはかくあるべし”という考えを持っていないが、これは「文庫」寄りのような気がする。その「気がする」理由がうまく書けないのだが。うーん、わたしの中で「新書」は知的鍛錬(とくに“新たな知の獲得”と“幅広い知への接触”と“基礎的知の再確認”のため)の一環で読むもの、「文庫」は知的訓練の外で読むもの、という区分けができているから、といったところか。もちろん「文庫」には、岩波文庫や講談社学術文庫などがあり、それらは知的鍛錬を積むために読むが、それ以外の「文庫」は“趣味”に近いところで読む。この『本が崩れる』もその文庫的要素が強かったため、“これが新書で出版されたのはどうしてかな”と思ったのである。


 本は、なぜ増えるのか。買うからである。処分しないからである。したがって、置き場所がなくなる。あとで後悔すると知りつつ、それでも雑誌は棄てる。大半は役に立たぬと知りつつ、単行本を残してしまう。役に立たぬという保証はないからだ。仕事をするかぎり、この未練はついてまわり、ひたすら本は増えていく。
□(29)

 御意。


 しばしば原稿を書いている時、タバコが切れる。原稿とタバコの関係は、「味う」〔ママ〕喜びからはるかに遠く、がさつなものである。この場合のタバコは、言ってみれば、「石炭」である。原稿を書き進めるための燃料である。山を登る蒸気機関車における「石炭」に比してよい。喫煙は、進行を速めるために「くべる」燃料である。この時の私は、けっして愛煙家とはいえない。
〔略〕すこし疲れて一服するつもりなら、タバコもよいが、コーヒーのほうがよい。
 できるだけ自分で湯を沸かすため、机のそばから立ちあがり、台所へ行って自らコーヒーをいれて飲むのがよい。頭脳の転換になる。〔略〕
 疲労困憊している時は、砂糖をいくらいれても味がしない。からだは、正直である。ふつう角砂糖を三個いれるのだが、疲れていると、まったく甘くないのである。甘くない砂糖でも出現したのかとあわてるほどだが、七個か八個いれると、ようやく甘くなってきて、ほっとする。頭に糖分が欠如しているのだと、ようやくわかる。
 タバコもコーヒーも、麻薬の一種である。妄想を促進し、その集中力をたかめる。それは、錯覚だと、せせら笑う人がいる。多分、彼のいう通りだ。錯覚かもしれぬが、それはそれでよい。今のところ、その錯覚が、役に立っている。肺ガンになってもしかたがないという覚悟もついている。

□(300-1)

 わたしはタバコを吸わないのだが、タバコを吸いながら本を読むとか書くとかしている人を見て羨ましいと思ったことはある。“様になる”っていうのもあるけれど、著者が言うように読む・書くを促進してくれるような気がしたからだ。匂いがないとか、あってもすぐ消えるとか、それ以上に身体の毒にならないとか、そういうタバコであれば吸ってみたいと思う。ちなみに、目下のわたしはもっぱらコーヒーであるが、砂糖は入れない。


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by no828 | 2010-10-25 12:59 | 人+本=体 | Comments(6)
2010年 10月 23日

お勝は毎日、風呂敷に石板と石筆、弁当を包んで山本小学へ通った——宇江佐真理『アラミスと呼ばれた女』

c0131823_18585270.gif75(308)宇江佐真理『アラミスと呼ばれた女』講談社(講談社文庫)、2009年。
 ※ 単行本は2006年に潮出版社から刊行された。

版元

 時代は、攘夷運動、大政奉還、戊辰戦争へ。場所は、肥前長崎、江戸、仙台、蝦夷と行って、再び江戸、長崎へ。

 主人公は、フランス語の通詞(通訳)として榎本武揚率いる幕府軍に付いた女性・お柳(りゅう)。男装して通詞の任務にあたったお柳はフランス人から「アラミス」と呼ばれた。ちなみにアラミスは、フランスの小説家アレクサンドル・デュマの『三銃士』に登場する女性的な男性の名前、らしい。

 著者はこの本をノンフィクションとして書きたかったようだ。というのも、戊辰戦争の頃に男装してフランス語の通詞に就いていた田島勝という女性がいたらしいからだ。だが、彼女の存在は史料の中には描かれていない。だから史実・事実を記述することができない。ゆえに著者はこの本をフィクションとして書いた。しかし、本書には「田島」という名前の男性が通詞として出てきたり、お柳の娘がお勝と名付けられていたりするなど、“史実・事実”の一端を組み込もうとした著者の姿勢がうかがえる内容となっている。

 女性は歴史(the history)から消されてきた、と言うと、ポスト植民地主義というかスピヴァク的というか、そういう話とも接続していけるのだが、ここではそれはしない。ただ、田島勝という人の人生もひとつの歴史(a history)として描かれるようになればとの思いを読後に強く持った。もちろん宇江佐さんによってひとつの物語(a story)としては描かれたのではあるが、実際のところはどうであったろうかと、やはり思ってしまうのである。



 日本の近代化は教育の機関に波及し、明治五年から学校制度が敷かれた。文部省はフランス、アメリカに倣い、全国に小学校を開設して教育の普及に努めた。
 明治六年の全国の小学校数は一万三千に上った。とは言え、就学率は男子で四十六パーセント、女子は僅かに十七パーセントにしか過ぎなかった。
 数え年七歳になったお勝は明石町の小学校へ通っていたが、そこは、官立ではなく、江戸時代の手習所〔てならいどころ〕を踏襲した小規模な私塾だった。お勝は毎日、風呂敷に石板と石筆、それに弁当を包んで明石町の山本小学へ通っていた。
 山本小学の師匠の山本東斎は、御一新前は幕府の祐筆を務めていた六十過ぎの男で、暖かく〔ママ〕思いやりのある人物だった。東斎は居残りさせてまで弟子達を指導する熱心な面もあったので、父母達の評判は高かった。お柳もお勝を東斎の所へ通わせてよかったと思っていた。

□(281-2)

 学制でもって新しく学校が設置されることもあったが、こういう私塾が官立(政府立、行政府立)学校として接収・回収されていった側面もある。

 ちなみに、バングラデシュでもそうであったことを修士論文のときに先行研究で読んだ。バングラデシュでは「接収法」という法律ができて、それに基づいて篤志家などが建てた“小学校”を行政府の管轄下に置いていった。

 ちなみに(2回目)、引用文中で日本の学校制度はフランス、アメリカに倣ったとあるが、具体的には、フランスには教育行政(中央集権制とか学区制とか)を、アメリカからは学校制度(小学校があって中学校があって高校があって大学があって、とか)を輸入した。

 ちなみに(3回目)、平成22年度の小学校数は22,000校(国立74校、公立21,713校(うち分校270校)、私立213校)で、総数は平成12年度からずっと減少している(もしかしたらその前からかもしれないが、手元にあるデータが平成12年度からしかない)。だが、私立の数は少しずつだけれど増加している。少子化で学校統廃合だって言っているのに、なぜだ? 私立に“逃げる”人の数は増えているのかなぁ……。

 出所:平成22年度学校基本調査(速報値)
 ※ クリックすると文部科学省のウェブサイトが開きます。

@研究室
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by no828 | 2010-10-23 19:09 | 人+本=体 | Comments(0)
2010年 10月 21日

院友結婚式の回想

 10月16日(土)の院友の結婚式、披露宴、二次会の振り返り。当日は晴れてよかった!

 9時10分TX快速でひとり横浜方面へ。車内では『アカデミック・キャピタリズムを超えて』。

 11時前に関内着。歩いて披露宴会場を目指す。中華街の横を素通り。

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 11時過ぎから披露宴会場にて余興の打ち合わせ。その場で出し物の内容をいくつか修正。

 以下、披露宴会場の窓から見える風景。

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 観察可能なのは、たぶんレインボー・ブリッジ。位置関係がよくわからない。

 12時頃に、一旦外へ。余興組で昼食@某ジョナサン。会場周辺は少ししか歩いていないけれど、“このあたり”はゆっくり(デートとかで)散歩するにはよいところかもしれないと思った。

 13時前に会場へ戻る。13時に挙式の行なわれる教会へ移動、のはずが13時25分まで待たされる。

 山手の坂をバスでくねくね登って、そこにある住宅を見ながら日本の階層問題に思いを致し、こういうところで育ったら今とはまた違う人格が形成されたに違いないとの確信を強める。

 教会着。撮影禁止のため(Why not?)、写真なし。厳かな雰囲気のうちに挙式終了。

 披露宴会場に戻って再度余興の準備。たぶんオーケー。

 今回は仲人?と媒酌人?は一緒?が存在するパターン(初)で、それは新郎新婦の指導教員ご夫妻で(新郎新婦は研究室の先輩後輩という関係なのですね)、その方のことはわたしも存じ上げている(授業を受けたことはないけれど)。

 院友集結で軽く同窓会気分。中華料理店での披露宴であったため(初)、お料理も全部中華。紹興酒もあって、結局3、4本を3人で空け(させられ)た(うち、ひとりはわたし)。

 ケーキ入刀。
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 ファースト・バイト(新郎 → 新婦)
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 ファースト・バイト(新婦 → 新郎)
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 余興の写真は、残念ながらない。無事に進行させることに注力していたため、撮影する余裕がなかった。でも、準備の甲斐あって、結構受けた。内容は、新郎新婦の行動パターンに関する実証的研究。学会発表スタイルでふたりの実態を友人の視点から暴露し、今後の結婚生活に活かしてくださいという願いを込めたもの。研究の目的、方法、先行研究のレヴュー、研究の意義など、きちんとパワー・ポイントに掲載して発表した。新郎新婦のみならず、列席者に研究者や院生が多かったがゆえにできた余興。

 披露宴の最後に新郎からの挨拶があって、それで新郎がちょっと泣いちゃって、それにわたしはぐっときた。

 20時から二次会。タクシーで移動。ここでは出番がないので、リラックスすることができた。

 以下は、新郎新婦と同じ研究室の先輩方の出し物。ちなみにふたりとも大学教員です、はい。脱いでいる方もです、はい。

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 わたしは電車の関係で22時に退出。電車に乗りながら頭がガンガンしてきて、それはたぶん紹興酒のせい、呑ませた先輩のせい。


 改めて、おふたり、おめでとうございました。


@研究室 
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by no828 | 2010-10-21 20:04 | 友人 | Comments(2)
2010年 10月 20日

クリーミーホワイト(サッポロビール)

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 販売元

 サッポロ クリーミーホワイト

 ビールではないけれど、試しに。

 結構甘いけれど、たしかに缶に印字されているようにまろやかで、嫌いではない味。好きな味、とまでは言えない。苦みがないから。あと、もうちょっとキレがあってもいい。でも、“これ、リキュールなんだよね”と再確認してみると、その味に驚きを覚えたりもする。泡が決め手の「クリーミーホワイト」、のようだが、わたしは泡よりも味が印象に残った。

 (しかし、写真に明らかなように、泡を少しこぼしてしまったところを見ると、わたしはクリーミーホワイトの泡の威力を軽視していたようである。)

 酒類:リキュール
 アルコール:5%


@研究室
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by no828 | 2010-10-20 20:33 | ビール | Comments(0)
2010年 10月 19日

すべては所を得、すべての鳥は塒に還ったのです——三島由紀夫『宴のあと』

c0131823_18442850.jpg74(307)三島由紀夫『宴のあと』新潮社(新潮文庫)、1969年。

版元

※ 単行本は同社から1960年に刊行。


 三島の本を読んでいると、ときどきぞくぞくっとする文章に出会う。艶っぽいのかな。“何でこんな日本語書けるんだ!”って思うことがあるわけです。

 途中、内容にぐわぁーっと入っていって、自分で文章を作りながら読んでいるような感覚になった。結論が読めたからかもしれない。それで、あれって思って、そうそうこれは三島が書いたものをわたしが読んでいるのであったと、再確認しなければならなかった。変な感覚。

 で。

 『宴のあと』はプライヴァシー裁判で有名になった本らしいけれど、そのあたりのことはほとんど知らない。本の内容は、妻に先立たれた元外務大臣の中年の男が、これまた“男勝り”の中年の女と出会い、結婚し、男の方は党にかつがれて都知事選に立候補し、妻もまたそれを過剰なまでに応援し、しかし結果は敗戦で、それじゃあこれからどう生きていこうかと思ったときに、夫と妻のあいだの価値観のずれがより一層顕在化して別れることになり、それぞれの価値観で生きていくことになった、というものです(一息で読むと息が続かない)。裁判になったということは、そういうようなことが実際にあったということでしょうね。


 無口な人ほどその傾向があるが、野口も一旦口に出した言葉は大いに重んじる性格だった。それが自分だけの約束事なら格別、人に命じた言葉の実現も疑わなかった。こうあれかしと思って彼が言うことは、当然そうなっている筈だった。だから〔選挙の〕敗戦の夜、今後は恩給だけのつましい「じじばば」の生活をしよう、と一旦言い渡したからには、かづも全くそのつもりになっているものと野口は思っていた。
□(177)

 この野口の気持ちはよくわかるし、三島の“無口な人=言葉を大いに重んじる人”という特徴付けもよくわかる。だって(たぶん)わたしにもそういうところがあるから。必要なことだから話すのであり、不要なことだから話さない、話したことは必要なことなのだから、その言葉のとおりにする必要があり、また、そうなる必要もある。だから、わたしが勝手に話しているのなら別によいのだけれど、その場でわたしが話す必要があるという状況でわたしが実際に話しているときにそれを聞いていない人がいるとあれですよね。

 ま、野口ほど厳格ではないけれど。

 ちなみに、引用文中の「格別」の使われ方にとまどった。


 あなたはやはり暖かい血と人間らしい活力へ還って行かれるべきでしたろうし、野口氏も高潔な理想と美しい正義へ還って行かれるべきでしょう。残酷なようですが、第三者の目から見ると、すべては所を得、すべての鳥は塒に還ったのです。
□(229)

 「塒」は「ねぐら」です。時代小説にはよく出てきますね。私的統計上、長屋住まいの独身男がよく使います。「塒に帰る」とか何とか。
 
 で。

 最近はこういう、“しかるべき場所”とか“しかるべきとき”とか、そういうのに出会うというか、そういうのに引っかかる。わたし自身がそれを探しているからでしょうね。

 あと、「所を得〔る〕」で「所得」か、と思って、妙に納得した。「応分の」ということか。もちろん何をもって「応分」とするのかが難しいのだけれど……。

 追伸:昨日のアクセス数がなぜか急増。更新していないにもかかわらず。What happened? でも、ありがとうございました。


@研究室
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by no828 | 2010-10-19 19:21 | 人+本=体 | Comments(0)
2010年 10月 15日

SAPPORO 冬物語

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 販売元

 SAPPORO 冬物語

 10月13日(水)発売、冬季限定、を昨日14日(木)に発見してしまいました。研究室を出て某カスミに立ち寄ったのが22時30分頃で、だからまぁ買って呑んでもいいかと思ったのであります。

 原材料は麦芽とホップのみで潔くてよろしい。正統派。「炭焼き麦芽一部使用」、「炭焼き麦芽を配合」とあって、それによってコクが出るとあるのだが、しかし呑んでみての感想は、苦みとキレはある、だが深みはそこまでない、というもので、わたしの中ではコクとは深みのことである。「冬物語」は口当たりが瞬間的で、余韻はほとんどない。すっきりが好きな人にはよいと思う。「炭焼き麦芽全部使用」ならばどうなっていたのかと思う。苦みだけが増すのかしら。

 それから、ビールの色はとても綺麗。販売元のウェブサイトに「色まで美味しい、ビールです」という文句を掲げるだけのことはあるぜ、と思いました。

 酒類はビール、アルコール度数は5.5%。


@研究室
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by no828 | 2010-10-15 18:53 | ビール | Comments(0)
2010年 10月 14日

森崎書店の日々

 本!本!本! こういう映像の雰囲気好き。観に行きたい。

 映画「森崎書店の日々」

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 上記バナーをクリックすると、公式サイトが開きます。そして、そのまま予告編がはじまります。音が出ます!


@研究室
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by no828 | 2010-10-14 21:15 | 映画 | Comments(0)