思索の森と空の群青

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2011年 05月 29日

教え子からのメール

 去年教えた看護学校の生徒(と言っても同い年だが)から、「1981年生まれで飲みましょう」メールが届いていた。アドレスは、昨年レポート課題を出したさい、課題内容に関する質問を受けるために大学のを教えておいたのだ。

 誘ってもらえるのは、とてもうれしい。

 このことには実は前段がある。先週月曜の講義日に、去年教えた学年の子とたまたま校内で顔を合わせ、声を掛けてもらっていたのだ。ただ、時間があまりなかったため、「先生のアドレスにメールします!」ということでその場は打ち切られた。

 このことにはさらに前段がある。「先生飲みましょうよぉ」のお誘いは、去年から、つまり講義をしている最中からあった。複数の人からあった。しかし、“評価する者”としてのわたしは、わたしから“評価される者”としての学生と、講義期間中に呑みに行くのはまずいと考えていた。むろん、全員と行くのであれば問題性は少ない。だが、一部の学生と行くとなると、それはまずいのではないかと考えた。それゆえにわたしは、「まぁ、そのうち」などと言って、そのお誘いに対してきちんと応答してこなかったのである。

 今から思えば、以下に述べるようなことをきちんと説明しておくべきであった。

 わたしがなぜ一部の学生と呑みに行くことを渋ったかと言えば、評価の公正さが崩れてしまうおそれがあるからだ。わたし自身の評価態度に乱れが生じるおそれがあるのはもちろん、次のようなことも考えられる。

 すなわち、一部の学生と呑みに行ったとすれば、たとえわたしができるだけ評価者に必要な諸観点に依拠し、評価を試み、実際に公正性の高い評価を行ないえたとしても、そのようには受け止められない可能性がどうしても残る、ということである。とくに、一緒に呑みに行かなかった学生にとっては、である。

 “わたしの評価があの人より低いのは、わたしが一緒に呑みに行かなかったからだ。先生は呑みに行った人を高く評価したのだ”

 わたしが悪人になって済めばそれでよいのだが(いや、よくないのだが)、学生同士に不仲をももたらすとしたらそれは回避しなければならない。その場からの逃亡が可能なわたしが、その場に居続けざるをえない者同士の関係性を乱すのは本当に回避しなければならない。

 以上のことから、わたしは学生と呑みに行かなかった。

 評価が終わった今となっては、呑みに行かない理由はすぐには見当たらない。

 ただ、「1981年生まれ」の学生は、今教えている学年にもいて、その学生も参加したいと言っているらしい。すると、7月初旬に講義が終わるのを待って、ということになるかもしれない。

 (あとは、場所。呑むためにわざわざ中野まで行くのは辛いから、山手線の東半分のどこかがよい。秋葉原とか、秋葉原とか、秋葉原とか。)


@研究室
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by no828 | 2011-05-29 16:35 | 日日 | Comments(0)
2011年 05月 25日

自分の欲望は示さないといけないよ。私が学んだ一番のことは、これでした——姫野カオルコ『終業式』

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41(363)姫野カオルコ『終業式 The Closing Ceremony』角川書店(角川文庫)、2004年。

※ 本書は1999年に新潮文庫として刊行。

版元




 本書には地の文がない。ノート、手紙、FAX などしか出てこない。本書の文章はすべて、登場人物のあいだで高校時代から30歳頃までに交わされたノート、手紙、FAX などに記されたことばである。携帯電話やメールが存在しなかった、1975年頃からはじまる物語である。

 本書に記載される文章の中には、書かれはしたものの結局投函されなかった手紙、ある人に書かれたものの事情により別のある人への封書に同封された手紙、などもある。本人に届けようとして実際に届けたことばよりも、あるいは、そうしたことばではなく、本人に届けようとはしたものの結局届けられなかったことばにこそ、素直な気持ちが綴られるのかもしれない。届けたことばと、届けられなかったことばと、どちらに、より本当の気持ちが込められるのか。届けられなかったことば同士のほうが、実はものすごく響き合っているかもしれない。本書を読むと、たとえ具体的なことばが届けられたとしても、そのことばの後ろ側にある、音や記号の与えられていないことばにも、想像力を延伸することが必要なのかもしれない、いや、必要なのだと、そう言いたくなるのである。であるとすれば、音と記号が与えられたことばとは、一体何なのか。それはまるで、そこに出現することで、そこに出現しなかった、できなかったことばがあることを指示しているようである。だが、それもまた、少し、寂しい。


 きっと浜口さんは根っから優等生で、根っから男の人に好かれるなにかを持っている人なんだと思います。でもわたしはそこまでいい子になれない。うわべだけいい子にしてても、そこまではなれないの。
 だから、わたし、浜口さんにはノートを貸さなかった。数ⅡBの練習問題、ほんとはわたし、やってあったんだけど、やってない、って嘘ついた。だって、浜口さんならいくらでもノートを貸してくれる男の子がいると思ったから。
 汚いの。わたしの心って汚いの。みんなから好かれる浜口さんのこと、とくに斎藤先生から好かれる浜口さんのこと、嫉妬してる。汚くて、わたしは自分がいやでたまりません。

□(八木悦子 → 斎藤孝先生 26)


 自分が汚いものに思わないほうがよい、って書いてあったけど、でも思える人はどうしたらいいのか、その答えがなくて、スッとひいてるみたいで、肩すかしされてるみたいだった。
□(悦子 → ユーコ 31)


 桜井さん、きっとあなたはいつもどこかで冷めているのでしょうね。いつもものごとの当事者にならないようにしているのでしょうね。だから、いつも、いつもの桜井さんのように落ちついていられるのでしょうね。
 十五も年上の人に、こんなこと言うのは失礼なことだけれど、でも、桜井さんは、いつもものごとの当事者になるのを避けて逃げてると思う。ものごとの当事者にならなければ他人を傷つけないかわりに自分も傷つかずにすむわけですから。この態度って、ぼくらがインベーダー・ゲームやワープロを相手にしているほうがラクだというのと同じではないのかと。

□(都築宏 → 桜井桂子様 169)


 自分の欲望は示さないといけないよ。実は、私がアメリカで学んだ一番のことは、これでした。
 今となっては昔に私はバカなことをしでかしました。ほんとにバカだったわ。あんなバカなことをするほど自分の欲望を抑圧していたかと思うと、まったくもって実にバカで大バカだったと、つくづく学んだということになりましょうか。
 他人の権利までふみにじる必要はまったくないけれど、明日にでも大地震が来て死ぬかもしれないのに、死ぬときに、しなかったことを後悔するのはものすごくつまらないと思いませんか?

□(遠藤優子 → 保坂悦子様 277-8)


 かっこいい人間なんか……、私、思うんだけど、この世にいないよ。みんなかっこわるいよ。みんな、かっこわるくてメソメソしていじいじしてるよ。どんな美人も下痢するときだってあるし、どんなハードワイルドな男もコンドームつけるときにはもそもそしなくちゃいけないよ。
 でも、そんなだから人はひとりでは生きていられないんだと思うけどな。そんなだから、いとしいんじゃないのかなぁ。その人が、ってことじゃなくて、生きてるってことが。

□(遠藤優子 → 八木悦子様 292)


 それで、ぼくはなんでも「型」というのは大事なのだと思いました。「型」というか「うわべ」というかは大事です。中身なんか嘘でも「うわべ」を整わせておけばみんな幸せになれると思うのです。
 そんな考え方おかしい、と非難されることが多かったけど、遠藤さんは賛同してくれたのでびっくりしました。
 昨日も言いましたが、ぼくは、外と内で気持ちを使い分けようということを言いたいのではなくて、外側のことはさしてたいしたことではないので、それぞれの人が落ち着くように合わせておけばいいということが言いたかったのですが、それをわかってくれたのは遠藤さんだけです。

□(関口章 → 遠藤優子様 300-1)


 男の人は女の人と話し合うのをいやがります。別れるときにはとくに……きっと貴花田も……。
 だれだったかなぁ、友人か知り合いか忘れたけど、だれか男の人が言ってた。
「だってさあ、泣いたりわめいたりされそうで怖いんだよ、男は」
 って。それを聞いたときこそ、わたしは泣いたりわめいたりしたくなりました。くやしくて……。だって、そこまで男の人というのは女の人をみくびっているのかと……。
 調停で、あなたならわかったと思いますが、そこまで女の人はバカでも感情的でもないのです。ご縁あってつきあったり、結婚したりしたのなら、別れるときには少し長い間話したいというだけのことで、それが、一人の人間がもう一人の人間とかかわったあとの……なんというか……最低限の礼儀だと思うのです。
〔略〕
 わたしはあなたと離婚しましたが、結婚したことを後悔していません。これっぽっちも。
 宮沢りえではないけれど、悲劇のヒロインにはなりません。あなたと結婚したという経験は、きっとわたしを前のわたしよりよくしてくれると思っています。

□(八木悦子 → 保坂昌志様(投函せず)314-5)


 なんていうのかな、わがままを言ってくれなきゃ応対できないんだよ、他人は。わがままを、ありったけのわがままをぶつけることが、それが他人を好きになるということなんだ。好きな人にはわがままを言われなければ意味がないんだ。
 こんなことを言ったら相手に悪いとか、こんなことをしたら相手に悪いとか、そういうことを考えることがもう、冷たいことなんだ。
好きになるってことは、そうだな、別の言い方をすると、好きになるってことはとりみだしてしまうってこと、理屈がなくなってしまうってことなんだ。
 ぼくは淳のママに対して、いつもとりみだすことができなかった。たぶん、淳のママもそうだったんだと思う。淳のママがとりみだすことができる相手は、きっと淳のおじいちゃんだけで、そのことがよくわかっているから、ぼくもまた遠慮してしまう。まあ、理由はほかにもいろいろあるんだろうが、たぶん、ここらあたりが一番の離婚の原因なんじゃないのかな。
 すみません、とか、もうしわけありません、とか、こういうことを思わないことが、愛だということなんだよ。
  Love is not saying sorry.
 淳はなんでも好き嫌いなく食べて大きくなれよ。パパも大きくなるから。

□(都築宏 → 渡辺淳様(投函せず)323-4)


 実は、姫野カオルコを読んだのはこれがはじめてであった。『終業式』、よい本である。


@研究室
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by no828 | 2011-05-25 15:46 | 人+本=体 | Comments(0)
2011年 05月 24日

つまり、プロの書評には「背景」があるということです——豊﨑由美『ニッポンの書評』

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40(362)豊﨑由美『ニッポンの書評』光文社(光文社新書)、2011年。

版元




 “書評って何?”という思いからこの本を手に取った。

 以前、某学会から某学術書の書評(たしか4,000字であったから「書評論文」と言うべきか)を依頼されたことがあった。恐れ多いことと思いながらも、“若い頃の仕事は断るな”というK田先生の教えに従い、お引き受けした。それを機に、近い分野の書評を読み、何を書けばよいのか(内容)と、どのように書けばよいのか(方法・形式)とを、学ぶことにした。“大体こういうことか”というところでその読みを切り上げ、実際に書くことにした。結果として、あらすじの紹介に多くを費やしてしまい、わたしの立場からの評価が少なくなってしまった。また、そのようなご指摘をH田先生からいただきもした。「ハシモトさんらしく、ハシモトさんの立場から、もっと“論じる”ということがあってもよかったのではないか」ということであった。そのことはわたし自身書きながら意識していたことだが、「意識していた」ということの意味は、“できるだけ外在的な評価は控えたほうがよいのではないか、論じないほうがよいのではないか”ということである(その本は、わたしと分野は重なっているが、方法と立場がわたしとは違っていた)。わたしの立場から論じることは、必ずしもその書物の内在的な意味を抽出・描写することにはつながらない。できるだけ内在的に、ということを心がけたら、あらすじの紹介が長くなり、そのぶん、わたしの評価の部分が少なくなった。

 ただ、それでよいとも思っていない。もっと論じてもよいのかもしれないと思うし、論じないまでも他に書きようがあるのかもしれないとも思う。だから、その執筆以来、“書評とは何か”ということが頭の片隅にずっとある。それに対する回答の一端が得られるのではないかと思い、今回この本を買ったのであった。

 読んで感じたことは、文芸書の書評と、学術書のそれとのあいだには違いがあるということだ。本書では、「書評」と「批評」の違いを論じることにひとつのポイントが置かれていた。その区別で行けば、学術書の「書評」は「批評」に近い。あるいは、学術書の「書評」は“イギリス式の”書評に近い。それらがどのように違い、どのように近いのかは、実際に読んで確認してほしい(というこの態度は、豊﨑流の書評観に依拠したものである)。

 とはいえ、わたしはこのブログこのカテゴリで「書評」をしているつもりはまったくない。ここでの引用とそれに対する/そこから飛躍するコメントは、まずはわたしのためになされており、それに共感してくれるかもしれない未知の(あるいは既知の)人びとに向けられている。


〔略〕実はわたしには「これが正しい書評のあり方だ」なんて考えはありません。面白い書評はあっても、正しい書評なんてない。それが自分がブックレビューを書いたり読んだりする際の基本スタンスなんです。
□(9)

 実際、本書に引用された豊﨑本人の書評や、他の人のそれを読むと、“書き方はいろいろある”ということがよくわかる。読者をぐっと引き込んで、その書物へと向かわせる、書評はそのメディア。


 削りに削った末に残った粗筋と引用。それは立派な批評です。逆にいえば、その彫刻を経ていない粗筋紹介なぞウンコです。粗筋と引用の技にこそ書評家の力量は現れる。わたしはそう思っています。
□(25)


 書評というものは、まずはなにより取り上げた本の魅力を伝える文章であってほしい。読者が「この本を読んでみたい」という気持ちにさせられる内容であってほしい。自分の考えを他者に伝えるための容れ物として対象書籍を利用してはならない。書籍は作家の機嫌をとるために書かれてはならない。自分自身への戒めとして記しておきます。
□(26)


つまり、プロの書評には「背景」があるということです。本を読むたびに蓄積してきた知識や語彙や物語のパターン認識、個々の本が持っているさまざまな要素を他の本の要素と関連づけ、いわば本の星座のようなものを作り上げる力。それがあるかないかが、書評と感想文の差を決定づける。今のわたしはそんな風に考えているのです。
□(109)


 長さの問題で言うとね、八〇〇字なら八〇〇字そのままのサイズの内容しか書けないんじゃダメだと思うんですよ。その背後には、四〇〇〇字を書けるほどの、その本や著者に関する知識なり、過去の作品への読書経験なりが必要。そうしたたくさんのバックボーンを削った先に八〇〇字がある。Amazon のカスタマーレビューや一般読者のブログ書評からはそれが見えてこないんですよね。やっぱり削ったものも見える人にはちゃんと見えるんですよ。書きたいことがたくさんあるのに、それらを泣く泣く切り捨てて書いた八〇〇字と、四苦八苦しながらようやっと埋めた八〇〇字とではまったくちがう。
□(194)

 これは、よくわかる。自分で書いたものでも、他人の書いたものでも。文章の肌理、それは細かいほうがよい。

 これは自分の(過去の)陸上競技人生でも学んだ。1,500メートルを力強く走れる人は、同じスピードで2,000メートルを走れている。3,000メートルを軽やかに走れる人は、同じ余裕をもって5,000メートルを走れている。長ければよいのではない。それぞれの距離をどれだけ濃密な戦いの場所にするか。


分量が少ないことを、ただ批判していればいいんじゃない。そのハンデをテクニックに昇華してはじめてプロなんです。
□(195)

 制約を使いこなすのがプロ。


 以下、チェック。

□ 丸谷才一『ロンドンで本を読む』(マガジンハウス/光文社知恵の森文庫)
□ 『論座』2008年4月号(特集 理想の書評)
□ 内田魯庵
□ 戸坂潤


@研究室
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by no828 | 2011-05-24 15:32 | 人+本=体 | Comments(0)
2011年 05月 22日

私はその、「ぐるりのこと」という言葉に一瞬心奪われた——梨木香歩『ぐるりのこと』

c0131823_17151898.jpg39(361)梨木香歩『ぐるりのこと』新潮社(新潮文庫)、2007年。

※ 単行本は2004年に同社より刊行。

版元

 エッセイ集。2008年に公開された映画「ぐるりのこと。」とは無関係のようだ(映画は観ていないが)。ただ、「ぐるりのこと」の意味は同じ。“身の回りのこと、自分の周囲で起こること”。



 なんだか最近、欧米型の押しの強い生き方こそが生命力の証であるかのような、そして対人関係の場で隙あらば優位に立とうとする抜け目のなさが優秀な遺伝子のひとつでもあるような、錯覚を持つことがあるけれど。
□(19)


 イスラームに対する批判の中には、唯々諾々とヘジャーブを「纏わせれている」女性たち自身に対するものもある。「隠れている」状態は、それを強制されられていることに対する同情と共に、抑圧に対する自覚がなく、自覚があるのなら卑怯であり、個として認められなくても当たり前、というような。
 ヘジャーブ自体は、実際には彼女たち個々の身体的特徴が見えにくくなるだけで(イスラーム的にはそれで性的挑発を避ける)、彼女たちの生きる共同体の特殊性や、社会的な発言に制限が加えられるハンディを考えても、纏っている女性たち自身を非難するのはおかしい。それがファッションなら非難は来ないのだろう。たぶんその宗教的特性に対する反感が、勢い彼女たちに対する過度の非難や同情にすり替わったのだ。それとも「隠れている」というその行為そのものにだろうか。

□(56-7)


 七月一日夜、長崎で起こった幼児殺害事件は全国に大きな動揺を与えた。そして加害者が中一の、ごく普通の家庭の少年であったということが分かったとき、その動揺は今度は個々の人々の心に深く食い入っていった。
〔略〕
 教育委員会や学校側代表のコメントは、「これからは心の教育に力を入れたい」「命の大切さを生徒に教えたい」、等々。加害者が判明したそのすぐ後から、「我々は再発防止のためにこういうことを心がけている、不幸な事件だったが、これを糧にしてがんばります」というような、反省とこれからの対策について、の、型どおりの発言。
 この事件によるショックを、まるでつるんと自分の外側で滑らせているようだ。ショックが、内側に入って心身共に参った感じが全くない。

□(114-5)


 今年三月に亡くなられた吉見昭一氏は、京都周辺で開催される茸の観察会の指導者としてなくてはならない方だった。いかにも漢籍の素養のある近所のお爺さんといった媚びない温かさのある風貌で、森の朽ち木の傍に立っておられると、ご自身が茸の化身であるかのような錯覚を覚えた。私もファンの一人であった。その吉見さんが、ある時観察会爽快の最後に(普段の会ではそういうお説教めいたことは〔ママ〕言われることはなかった)、「最近の子どもたちは身の回りのことに興味を持たなくなった。こういう菌糸類は身の回りに沢山あります。自分のぐるりのことにもっと目を向けて欲しい」と言われ、私はその、「ぐるりのこと」という言葉に一瞬心奪われた。なぜなら私の興味のあるのはまさしく「ぐるりのこと」だったから。自分の今いる場所からこの足で歩いて行く、一歩一歩確かめながら、そういう自分のぐるりのことを書こう、と、私はこの連載のタイトルを決めたのだった。
□(117-8)


 ——僕の兄は一歳半で亡くなっているのですが、母は葬式に出なかったようですよ。逆縁、ということだからでしょうか。昔は、子の葬式には親は出なかったようです。
 私はそういうことを全く知らなかったので、とても驚いた。でも、それはなんと当事者の気持ちに即した、心ある習俗なのだろう、と感心した。
〔略〕
 私は今まで「先立つ不孝」というのは、子が先に死んで親を悲しませる、そのことを言うのだとばかり思っていたが、ああ、そうか、子どもには親を養う当然の義務があるとされていたわけか、と軽いカルチャー・ショックのようなものを受けた。〔略〕けれど、私がそのことにショックを受けるということ自体、そして、かつては常識だったという「逆縁」の場合の葬式事情について、訊いた人のほとんどが知らなかったということも、そういう儒教的な色合いが私たちの風土から急激に薄れていっているということなのだろう。
 「逆縁」というのは、けれど人に耐え難い悲しみを与える。あまりの衝撃で、体が分解するかと思われるほどだ。儒教の教えの振りをしているが、その実は、何とかその悲しみを受け止め、日常という大地に還していこうという、ささやかな先人の工夫なのではなかろうか。葬式に出席して一区切り付ける、というような考え方もあるが、子を喪う、というすさまじい喪失感は、そういうレベルを遥かに超えているのだろう。周りには共感し同情する人々だけが全てではない、好奇心半分の心ない目もあるかもしれない、そういう人前から当事者を優しく匿い、心おきなく悲しめる時間と場所を与える意味もあったに違いない。

□(122-4)

@研究室
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by no828 | 2011-05-22 17:51 | 人+本=体 | Comments(2)
2011年 05月 21日

……あのころあった希望を、どんなに小さいものも絶望と呼べる自信があるわ——吉本ばなな『キッチン』

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38(360)吉本ばなな『キッチン』福武書店(福武文庫)、1991年。

※ 単行本は1988年に同書店より刊行。福武書店は、現在のベネッセ・コーポレーション。




 著者名も題名も、どちらもよく知ってはいたが、手が伸びずにいた。あまりにも有名すぎるから、という(不純な)理由。しかし、内容はまったく知らなかった。

 本の構成は、キッチン2連作と他1作。

 書中に「ファミリーマート」という固有名詞が出てきて、“おぉ、この本が出版されたときにはすでにファミリーマートはあったのか”と思った。そうしたら、テレビから“30周年記念おにぎりセール”というのが聞こえてきて、“え、30年も前から?”と思った。公式ウェブサイトによると、設立は「1981年9月1日」とある(→ )。わたしの4日後輩、みきの1日先輩。わたしは威張っていい。


 書き出しは、このようにはじまる。


 私がこの世でいちばん好きな場所は台所だと思う。
□(「キッチン」6)

 「私」の名前は、「みかげ」。

 そして、以下のことばは、みかげの亡くなったおばあちゃんと親しかった雄一くん。


「〔略〕おばあちゃんはいつも、君の心配をしてたし、君の気持ちがいちばんわかるのは多分、ぼくだろう。でも、君はちゃんと元気に、本当の元気を取り戻せばたとえばぼくらが止めたって、出ていける人だって知ってる。けど君、今はムリだろう。ムリっていうことを伝えてやる身寄りがいないから、ぼくが代わりに見てたんだ。うちの母親がかせぐムダ金はこういう時のためにあるんだ。ジューサーを買うためだけじゃない。」彼は笑った。
利用してくれよ。あせるな。

□(「キッチン」58-9)

 次は、雄一くんの“お母さん”。


まあね、でも人生は本当にいっぺん絶望しないと、そこで本当に捨てらんないのは自分のどこなのかをわかんないと、本当に楽しいことが何かわかんないうちに大っきくなっちゃうと思うの。あたしは、よかったわ。
 と彼女は言った。

□(「キッチン」66)

 同じく。


……あのころあった希望を、どんなに小さいものも絶望と呼べる自信があるわ。世にも暗い毎日だった。その頃は、それほどそう感じなかったけれどね、そこがまあ、また暗いところね。
□(「満月」122)

 そのように振り返られる現在には、きっと希望が宿っているはず。


 その後すぐに妻は死んで、パイナップルも枯れたわ。あたし、世話のしかたがわからなくて水やりすぎたのね。パイナップルを庭のすみに押しやって、うまく口に出せないけれど、本当にわかったことがあったの。口にしたらすごく簡単よ。世界は別に私のためにあるわけじゃない。だから、いやなことがめぐってくる率は決して、変わんない。自分では決められない。だから他のことはきっぱりと、むちゃくちゃ明るくした方がいい、って。……それで女になって、今はこの通りよ。
 その頃の私には、その言葉の意図はつかめたけれど、ぴんと来なくて“楽しさって、そういうことなのかな”と思ったのを覚えている。でも、今は、吐きそうなくらいわかる。なぜ、人はこんなにも選べないのか。虫ケラのように負けまくっても、ご飯を作って食べて眠る。愛する人はみんな死んでゆく。それでも生きてゆかなくてはいけない。

□(「満月」124-5)



 人はみんな、道はたくさんあって、自分で選ぶことができると思っている。選ぶ瞬間を夢見ている、と言った方が近いのかもしれない。私も、そうだった。しかし今、知った。はっきりと言葉にして知ったのだ。決して運命論的な意味ではなくて、道はいつも決まっている。毎日の呼吸が、まなざしが、くり返す日々が自然と決めてしまうのだ。そして人によってはこうやって、気づくとまるで当然のことのように見知らぬ土地の屋根の水たまりの中で真冬に、カツ丼と共に夜空を見あげて寝ころがらざるを得なくなる。
□(「満月」148-9)



別れも死もつらい。でもそれが最後かと思えない程度の恋なんて、女にはヒマつぶしにもなんない。」うららはドーナッツをもぐもぐ食べながら世間話でもするようにそう言った。
□(217)

 
 吉本ばなながこれらを書いたのは、大学在学中もしくは卒業してから間もない時期だ。


 ちなみに、吉本ばななのお父さんは、先日紹介した吉本隆明。


@研究室
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by no828 | 2011-05-21 14:36 | 人+本=体 | Comments(2)
2011年 05月 19日

語れる奴を嫉むな/語るための痛みじゃないか、それも他人の——津村記久子『君は永遠にそいつらより若い』

c0131823_14261126.jpg37(359)津村記久子『君は永遠にそいつらより若い』筑摩書房(ちくま文庫)、2009年。


版元


 タイトルに惹かれて@某ブックオフ。女の童貞小説? 大学4年生の物語。第21回太宰治賞受賞作、ということを知らずに読んだ。

 「解説」は松浦理英子。その書き出しは、「文学作品が人の魂の糧となるというような考え方を、全面的に信じているわけではない」(p. 237)。おぉ。それでもう、『君は』は「人の魂の糧となる」ような作品なのだということがわかる。また、松浦によれば、『君は』は「明確な問題意識と倫理観に貫かれてい〔る〕」(p. 237)。それを読んでまた、おぉ、と思った。

 感じてはいる、思ってもいる、しかしことばにするまでもない、あるいはことばにできない——文学作品(の一部)は、そうしたことを正直にことばにしていく、書き出していく。読み手は、それに触れることで、ことばを経由して知ることで、たぶん、安心する。ことばは「客観」であり、「客観」は人を安心させる。自分から出たことばもことばであることに変わりはないが、それが自分ではないところから出てくることに、意味がある。もちろん、自分でことばにすることにも同じくらいかそれ以上に意味があることは言うまでもない。そもそも、「ことば」自体が自分ではないのだから。


 それぞれの「痛み」、それぞれの「(無)傷」をめぐって——。



 とても哀しかったのだった。また変わった女の子だと思われてしまった、とつらくなった。そんなふうに思われたくないのだった。個性には執着しないのだ。執着しないどころか、積極的になくしてしまいたいと思っている。けれどやっぱりわたしは、変なふうに思われてしまうようなことを言ってしまう。いつもそうだった。女としてどうしようもないのなら、せめてそちらの側に立って話ができますよ、といらぬ売込みのようなことをして、変わった子だ、という印象だけを植え付けてそれで終わり。
□(17)

 河北には「アスミちゃん」という彼女がいて、そのアスミちゃんは、という話の流れ。後輩に「アスミちゃん」がいるため、ちょっと重なったりもした。 


痛みに趣味もへったくれもない
 河北は吐き捨てるように言った。
『痛み』ってさ、あんたはそういう気持ちになるのが好きなの?
 わたしはこのやりとりを通しての疑問を呈した。〔略〕
 河北はわたしをめがけてグラスを振りかぶった。氷が鎖骨を打ち、頬が甘ったるく濡れて、アルコールの匂いが鼻についた。いくらか啜った後の飲み残りだったから、たいした量ではなかったけれど、ともかく河北はわたしに飲み物をひっかけた。
自分になにも問題がないからって、語れる奴を嫉むな
〔略〕
 語るための痛みじゃないか、それも他人の。
 そう言い返してやりたかった。〔略〕
問題がないのは悪いことじゃないけど、寂しいことなのかもしれない。わたしにはそれが普通だけど。このまま問題を抱え込んでも、わたしを助けてくれる人はいないと思う」わたしは、顔や首を拭きながら、ゆっくりと言葉を選んで言った。「あんたらは、どんな形だろうと助け合って生きてて、それでいいじゃないか。なんでギャラリーがいる?

□(67-9)

 この場面の続き。


おまえに重要な話はなにひとつしてない
 帰宅への路が分かれる際で、河北は振り返り、能面のような面差しでそう言った。知ってるよ、とわたしは答えた。河北は唇の端を上げ、ゆっくりと手を上げて背を向けた。
 抑えられた蔑みと怒りと悲嘆が、その言葉にはあった。わたしはしばらくそれにあてられて、何度も溜息をつきながらせわしなくコートのポケットのポケットの中のレシートを丸めたりほどいたりして背中を丸めていたのだけど、だんだん悪罵が頭をもたげてきて、しまいには、うるせえよ、このメラニンが、などと、口に出して毒づいていた。自分でも悪いことをしたと認めているにも拘らず。
 おまえもわたしにとって重要なことなんてなにひとつ言えていない。

□(71)


イノギさんの退出時刻にはまだしばらくあったので、新京極通にあるスタンド仕様の食堂に入った。小さなオムレツとソーセージをつまんで、高い位置にある映りの悪いテレビでやっているバラエティ番組を、耳でだけぼんやりと聴きながら、日本酒のあてにどて焼きばかり三回もおかわりしている隣に座ったおっちゃんになぜか自分を重ね合わせたりした。他人にふれまわるほどではないが自分なりに充足していて、けれどその充足は孤独と同居しているというような、そんな感じの人だった。
□(97)


ヤスオカはとにかく変わった子だった。身長が一九三センチもある大きな、そして単純な男で、どこか日本人離れした、さぞ皮の腰巻とかでかい斧とか角のついた兜が似合うんだろうなあという突飛な外見をしていたにもかかわらず、together という単語を「トゥ・ゲット・ハー」と読んでしまうようなどうしようもない子だった。
□(82)

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by no828 | 2011-05-19 15:21 | 人+本=体 | Comments(0)
2011年 05月 18日

いちばんの修正結果は「死は自分に属さない」っていうことでしたね——吉本隆明・糸井重里『悪人正機』

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36(358)吉本隆明・糸井重里『悪人正機』新潮社(新潮文庫)、2004年。

版元




 某ブックオフに行くと、必ずと言ってよいほど在庫のある本がある。しかも105円の棚に。これもそのひとつ。タイトルの読みは「あくにんしょうき」。

 とはいえ、吉本隆明に興味がないわけではない。むしろ、ある(というか、あるからこそ、いつも棚にあるのに気付いていたわけだ)。『最後の親鸞』が読みたいと思って買ってあるのだが、まだ読めていない。「悪人正機」も親鸞の考え方である(たぶん)。「悪人」は極楽浄土に行けるのか、行ける、「悪人」こそが行けるのだ、という考え方である(たしか)。

 『最後の親鸞』を読んだら、またご報告します。


 年配の数学の先生にも、同じようなことを言われてたんですよ。自分が困ったときにだけやって来るんじゃなくて、もっと毎日のように煩がられるほど通ってきて、仕事ないですか働き口探してくださいよってなって初めて、年寄りはやっと腰をあげるんだよ、と。「年寄りというのは、人に頼られるってことが嬉しいもんなんだよ」という、逆の言い方でしたけどね。
□(20)


 目が見えなくなるっていうのは相当にキツイことでね。あの、梅棹忠夫さんなんかでも自殺しようかなんて思ったっていうんですね。僕もそれに近いところまではいったかな。こうなってなお、この世は生きるに値するかみたいことを考えてね、それまでの自分の考えを修正したわけですよ。
 いちばんの修正結果は「死は自分に属さない」っていうことでしたね。

□(21-2)

□糸井重里の文章
 いまの人たちは、自分が完全に「善意の人」でいられないということを、ストレスとして生きていると思うんですよ。西で戦争があったらどうすれば止められるかを考え、東に殺されたアヒルがいれば、南に学校に行かない少年が、北に不治の病に苦しむ人が……と、数限りない「善意への問いかけ」があるわけでして。
 それにいちいち応えることが苦しいから、なにも感じないでいたいと、無関心になっていくように思うんですね。そこに、この親鸞の言葉を持ってくるのはスゴイと思いました。人間が助けることなんてできない、というこれまた逆説的な言い方。

□(32)


 人助けってことに関してなら、それはやっぱり、親鸞の言っていることが完璧じゃねえかと思ってますね。親鸞は、いかに人間が善意を持って目の前の人を助けようとしても、助けおおせるもんじゃない、と言ってるんです。
□(33)


 戦争が終わった時です。
 それに比べたら、一般的に挫折と言われるようなこと、例えば、失恋でも、入学試験に失敗したでも、落第でも何でもいいですけど、そういうのはどこか原因があるから、きっと捉えどころがあるんですよ。でも、敗戦の時の挫折感っていうのは、「全部がちょっと違うよ」っていうか、自分がここにいること、それさえもおかしいよっていうふうになりましたからね。
 終戦の日って晴れてたんですが、その、晴れてるってこともおかしいんじゃねえか、とさえ思ったくらいです。〔略〕もう一瞬にしてっていうか、玉音放送を聴いた前と後では雰囲気がまったく変わっちゃってね。晴れてるのもおかしい、まともな顔してるのもおかしいって、そういう感じになったんです。

□(46-7)


 自分はどうしてきたかって実感に即して言うと、これは太宰治の小説の一節なんですけど「自分はへとへとになってからなお粘ることができます」って言葉があるんですね。
 結局、頭良すぎてキレすぎる人は、何かポシャっちゃって、へとへとになったとき、もう全部やめちゃえって手を引いちゃうんです。〔略〕
 僕は、潔さっていうのはダメだ、全部逃げろ逃げろって方針できたから、やっぱり今のところ、まだ粘って物書きをやっているというところがあるんですけどね。
 僕は愚図だけど、粘るっていうのがあります。じたばたしろっていうことですかね。
 ほんとにダメだと思っても、じたばたしろっていう、ね。

□(71-2)

 わたしもそれで行きます。


 親として、子供に対しては、そういうことができていると思いますね。子供が何をやろうと、たとえ犯罪者になろうと、オウムに入って出家したいって言おうと「やってみな」というだけでね。「挫折したりイヤになったりしたら、まあ、戻ってくればいいよ」って。そういうことなら、やや、僕はできる。
□(89)


 ある事故のようなものに対応して、例外的なことを踏まえて完璧を期するってことは、議論として成り立たないことなんでさ。例えば、原子力発電にしても、管理の人為的な問題があったって、それで原子力発電をやめにしようって論理にはならないんですよ。飛行機飛ばしたってそうだし、車乗ったってそうだしね。どれだけ注意したって事故ってのはあり得るんでね。
□(141)

 そう、なのか?

 このことばは、“核兵器を使用する国家が出現した場合、日本の国防は自衛だけで大丈夫なのか(大丈夫ではないから軍隊を)”という論じ方を批判するという文脈のもとにある。つまり、“核兵器を使用する国家が出現した場合”などを想定して議論を組み立てることはおかしい、起こりそうもないことを想定し、それに対応したことをする、というのは正常ではないという批判である。

 政治思想史の中島岳志さんは、保守の立場から、原発反対を唱えている。「保守の立場」とは、すなわち(1)“人間の理性は絶対ではない、それを妄信してはならない”という観点と、(2)“原発は事故が起きたときのリスクが高すぎる(国土・国民を危険に晒すことはしてはいけない)”という観点とを合わせたものであると理解することができる(もしかしたら中島さんの言う「保守」は(1)だけかもしれない)。わたしは自分を保守だとは別段思わないが、この2つの観点は大切だと考えている。

 この位置から吉本さんの考えをどう評価できるかということを考えたかったのだが、今、中島さんの立場を文字にしてみたら、(1)と(2)は矛盾するのではないかと思うに至った。この“思うに至った”というのは一瞬の出来事のため、さらなる反省と論証とが必要であることは自覚した上で、その矛盾点を簡単に書くと(というか、簡単にしか書けないのだが)、“絶対ではない理性によって計算されたリスクの値もまた絶対ではない、ゆえに原発のリスクの高低も本当はわからない”となり、(1)を支持するとき同時に(2)を支持することはできないということになる(のではないか)。

 リスクが高すぎるからダメ、という立論と、リスクがあってもオーケー、というそれとは、実は論理的には等価なのではないか。

 理性は絶対ではない、だから信頼できない、というふうに進むと、何でもあり、になりかねない。理性を妄信せず、しかし理性を手放さない態度が必要。中島さんの態度も、もしかしたらそういうものかもしれないが。

 ひとまず。


 そういう意味では、大学に行くってことは失恋を経験するみたいなもんで、がっかりすることが重要なんです。こんなもんかって見当がつくようになりますからね。
 三浦つとむっていう、素晴らしい哲学者がいるんです。ところがこの人は、大学出てなくて独学だったってことが、やっぱり弱点になってたと思うんですよ。立派な大学を出たっていうヤツに対して、それだけの理由で嫌悪感を持っちゃうようなところがありましてね、僕は、そこが不満だなあと思ってました。あんたのほうが上なんだから、気にしなくていいのになあってね。そこだけが惜しいなあって。一応ってカタチでもいいから大学に行ってりゃ、そんな余計な見当違いをせずに済んだわけですから。

□(147-8)

 三浦さんの『弁証法はどういう科学か』(講談社現代新書 → 版元)は、よい本だと思います。


 これを僕に言わせれば、っていうかやらせれば、例えば、そういう人たち〔=定年退職後の大学教員〕に大学時代の三倍くらいの給料を払って、中学の先生をしてもらうっていうのがいいんじゃねえかと。それが教育改革じゃねえかって思うんです。ちょうど普通の家で言えば、おじいさんが孫を相手に話をしてやる、くらいの調子でやればいいってことなんです。
 まあ、もともと何らかの分野の大家がやることなんだから、非常にわかりやすくてね、一から十まで教えてくれるっていうことがあるわけでしょう。これは、中学くらいの子供には役に立つし、面白いしね。それに、そういう先生だったら「行儀が悪いぞ」みたいなこととかは、バカバカしくてあんまり言わないだろうからさ、そういうとこでもいいんじゃないか、と。
 僕らでもそうだけど、人間、誰しも「もっと若い時に、これやっときゃよかったなあ」とか思うことがあるじゃないですか。その若い時代に、そういう偉い先生にいろいろ教えてもらったら、自分の興味に筋道ができていくんじゃないかと思うんですよ。

□(150-1)

 給料のあれはともかく、中学くらいで“よくわからないけれど何だかすごくて自分では全然敵わない人”に出会っておくのは重要だと個人的には思う。それが“はじまり”ってことだと思う。


 だいたいの感じで言えば、知識なんて四世紀くらいのね、日本国家の始まりのあたり、古墳時代くらいまでに出尽くしているんです。〔略〕
 先程も言ったけど、知識とか、人間らしさってなんなんだというような重要なことについての変化は、身体と同じように、四世紀くらいからないわけだから、いくら学者や研究者本人がこれは重要なんだって言っても、ほんとはどんな研究も、たいしたことはないんだよ、とも言えますね。

□(152-3)

 うへぇ……(何となくそんな気がするときもあるのは事実だが)。


 それに、子供を産むっていうことは、男と女が仲よくして一緒に住んでいれば本能のあげく、と言えるのかもしれませんが、子供を育てる育てないっていうのは、本能の問題じゃないような気がします。
□(164)

 これはこの前、看護学校で出生前診断や人工妊娠中絶の倫理的(無)根拠を主題にしたときに、ちょっと考えた。


 いつも言うことなんですが、結局、靴屋さんでも作家でも同じで、一〇年間やれば誰でも一丁前になるんです。だから、一〇年やればいいんですよ。それだけでいい。
 他に特別やらなきゃならないことなんか、何もないからね。一〇年間やれば、とにかく一丁前だって、もうこれは保証してもいい。一〇〇%モノになるって、言い切ります。
 〔略〕
 それから、毎日やるのが大事なんですね。要するに、この場合は掛け算になるんです。〔略〕毎日、なんかちょっと、机の前に座るとか……まあ、これは小説の場合ですけどね。もし、この方面を目指そうっていうなら、机の前に座るっていうことだけは毎日やったほうがいいですよ。やって一〇年たてば、必ず一丁前になります。
 これについちゃ、素質もヘチマもないです。素質とか才能とか天才とかっていうことが問題になってくるのは、一丁前になって以降なんですね。けど、一丁前になる前だったら、素質も才能も関係ない。「やるかやらないか」です。そして、どんなに素質があっても、やらなきゃダメだってことですね。

□(171-3)


 ゲイだとかレズだとかっていうことの本質的な意味は何だっていうことになるんですが、つまり、フーコーは、「前提に家族とか男女の関係があってという次元じゃなく、もっと本質的に考えると〈ただ単独の人〉が、人間同士、連帯感を持ちうるのかどうかってこと、それがゲイっていうものの本質的な課題なんだ」っていうふうに答えてるんですよ。これを言われたら、その問題についてちょっと推測だけで言ってるヤツとかは、言うことなんかなくなっちゃいますよ。
□(202)

 男を好きになろうが女を好きになろうが、人を好きになるってことに変わりはない。


 テレビに出るとか出ないとかってこともそうなんだけど、何でも、僕、信念が好きじゃないんですよ
□(238)


 つまり、バカ話であろうと、そうじゃない話だろうと、逸らさない。人を逸らしたり、逸らした言い方をしたり、そういうことはないんです。それがほんとに唯一の長所で、「あ、それだ」って思ったんです。
□(319)



 自分だけがストイックな方向に突き進んでいくぶんにはかまわないんですけど、突き詰めていけばいくほど、他人がそうじゃないことが気にくわねえってのが拡大していきましてね。そのうち、こりゃかなわねえってことになるわけですよ。
〔略〕
 何かこう、みんなが同じようにそのことに血道をあげて、一色に染まりきらないと収まりがつかないって人たちは、根本の人間の理解から違ってるんだよってことです。
 そんなことをやめてくれっていうふうになりますね。そういうことは戦争中にさんざんやってきて、結局、無効だったってことなんですから。

□(98-9)


 どういうことかというと、人は「自分は、このようにちゃんとしたことを考えているんだ」と強く思えば思うほど、周りの他人が自分と同じように考えていなかったり、全然別のことを考えていたりすると、それが癪にさわってしょうがなくなる、ということでね……。
 でも、それはやっぱりダメなんですよ。真剣に考える自分の隣の人が、テレビのお笑いに夢中になっていたり、遊んでいたりするってことが許せなくなってくるっていうのは、間違っているんです。

□(136)


@研究室
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by no828 | 2011-05-18 16:31 | 人+本=体 | Comments(0)
2011年 05月 17日

本屋好き。

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 昨日、講義の帰りにリブロで買いました。


 本特集ではなく、本屋特集。


 ネットで買えて送ってもらえる時代にわざわざ本屋に行く意味。


 出会いでしょうね、「おぉ、こんな本もあったのか」という。


 わたしは本屋で探してネットで買うパターンが多いです(← おい、本屋特集だぞ)。古本があれば古本、楽天のポイントがある場合は楽天、高めの学術書は大学の書籍部で1割引。定価では買いません。


 ちなみに、昨日のリブロはたまたま5%引(西武のカードの会員向け)。ビールを呑みながら読みたかったので、発売日にすぐ買いました。講義の日は、高めのビールを呑んでいいってことにしているんですよ。


 行ってみたいなと思う本屋もありました。遠い将来は、って定年退職後くらいのことですが、ブック・カフェというか、ブック・バーというか、そういうのを開くのもおもしろいかなと思いました。お客さんと珈琲を飲みながら、あるいはお酒を呑みながらいろいろ話をして、「この本知ってます?」なんて教えたり教えられたりするのは、なかなか愉しいかもしれない。




@研究室
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by no828 | 2011-05-17 14:51 | 人+本=体 | Comments(0)
2011年 05月 13日

茉莉花

 後輩から「眼が赤い」と言われた。うさぎですか? 違う! わたしはうさぎになったわけではないっ! 鏡を見ると、たしかに両眼が充血している。

 昨夜はあまり眠れなかった。博士論文のことを考え、何か思い付いた(ような気がする)が、それが夢の中の出来事なのか現実の出来事なのか、わからない。そして、思い付いた「何か」が何なのかもわからない。大変気持ちの悪い体験である。修士論文のときも、そういう体験をした。でも、嫌いではない。

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 とりあえずの章構成は出来上がったように思う(明日見直して主査の先生に送る)。明日からはその章構成に従い、これまで書いた論文や学会発表の原稿などをカット&ペーストしながら文章を整えていく。基本は、“すでにあるものを組み合わせて言えること(つまり、新たに付け加えなくても言えること)”にしたつもりだが、きっと抜けていることは出てくるはずだ。それに対処するためにも、一通りのかたちを早めに完成させたい。


 写真は、本日休憩のお誘いを受けたときの「夜のお菓子」たち。お茶はジャスミン(載っていないが)。


@研究室
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by no828 | 2011-05-13 17:43 | 日日 | Comments(0)
2011年 05月 12日

5月2日(月)の記録なう

 今頃。


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 国会図書館に久しぶりに行き、大学に所蔵されていない論文をコピー。4本。後輩と一緒に。
(註:写真は首相官邸)


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 お昼は九段下。「斑鳩」。有名店らしく、行列あり。


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 岡本太郎展@東京国立近代美術館(竹橋)。チケット買うのに20分待ち。中も行列。欲望解放や対極主義など、太郎の思想の一部は弁証法で読み解けるような気がする。
 気になったのは太郎の東北や沖縄へのまなざし。オリエンタリズム(的)なのかどうか。周縁の“発掘”と“表象”は中心に何をもたらすのか。(註:そういう二項対立の見方をするのがいけないのか。)
 図録も購入。ビール呑みながら眺めるのだ。


 そのあと神保町でぶらっと古本を見る。デュルケームの『社会学的方法の規準』を200円で買った。博論の第一稿を出したら読む。今、そういう本が増えている。で、喫茶店へ。写真はないが、「喫茶去(きっさこ)」というお店(食べログ → )。ちと高いが、2階は貸切可能で、打ち合わせや読書会などもできそう。


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 上の写真は太郎展の証拠物品。チケットの脇にあるのは、出口に“おみくじ”のように置いてあった太郎のことば。わたしが引いた“くじ”には、


 芸術家は対決によって新しい創造の場を掴みとるのだ。


 と、あります。これにも弁証法的な思考様式を見出すことができる。しかし、太郎は“進化”のような考え方には与していなかった。では、太郎流の弁証法の止揚/揚棄の先には、一体何があるのか。太郎は対決の先に何を見ていたのか。創造? その創造とは、過去のそれらとどういう関係にあるのか。


@研究室
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by no828 | 2011-05-12 15:26 | 日日 | Comments(0)