思索の森と空の群青

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2011年 08月 31日

事故が起きれば、浜通りも中通りも会津も、福島県そのものが吹き飛んでしまう——佐藤栄佐久『知事抹殺』

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77(399)佐藤栄佐久『知事抹殺——つくられた福島県汚職事件』平凡社、2009年。

版元




 帯には「緊急増刷 福島原発 防げた破滅」とある。本自体は、上に示したとおり、原発事故以前に書かれ、出版されたものだが、全8章構成のうち、第3章と第4章が原発に関する取り組みに割かれている。章名はそれぞれ、「原発をめぐる闘い」と「原発全基停止」である。

 筆者の佐藤栄佐久は、福島県の前知事。元自民党。安積高校(わたしの先輩だ)から東京大学法学部に進み、日本青年会議所、参議院議員1期ののち、1988年から2006年まで5期18年にわたって知事を務めた。

 2006年の辞職は任期途中の収賄容疑での逮捕によるものである。しかし、この逮捕は国策とも言われている(本の副題が示すのはそれである)。理由は、東京電力のトラブル隠蔽などを受け、佐藤栄佐久が当初賛成であった原発のプルサーマル計画に反対の立場へと転じ、それを一貫してきたから、と見られている(基本的に、佐藤栄佐久は中央政府と官僚の言いなりにはならないとの姿勢を強く示してきた)。

 ちなみに、菅直人内閣の国家戦略担当大臣で民主党の政調会長でもある(あった)玄葉光一郎は、佐藤栄佐久の娘の夫(この人も安積高校卒)。

 さらにちなみに、現知事は民主党推薦の佐藤雄平(叔父は民主党衆議院議員の渡部恒三)。この人のもとでプルサーマル計画の受入が決定。お盆に帰省したときの印象では、原発事故後の知事を含めた県の対応に県民の不満は少なくない模様。それゆえに佐藤栄佐久復活待望論もあったりする。


 本の書きぶりは、“わたしはこんな努力をしてきたのだ、すごいことをしてきたのだ”という印象をやや強く与えるものである。わたしはやや割り引きながら読んだ。たとえば、「浪人時代、そして参議院議員になってからも県内をくまなく歩いていた私は、知事になった時には、すでに県内の状況を知り尽くしていた」(37)とか。しかし、この時期だからこそ読まれてよいとは思う。

 それから、知事時代、原発などを議論する「県エネルギー政策検討委員会」に、村上陽一郎や米本昌平を呼んでいたようで、これはなかなかによい人選であると思った。いずれも著作を読むと、真摯に、批判的に、思考を展開する姿勢がうかがえたからである。



〔二〇〇三年〕九月一六日、東京電力のトラブル隠し発覚後丸一年以上たって、初めて福島第二原発を視察した。勝俣社長や社員、そして実際のオペレーションを担っている協力会社のみなさんと意見交換を行い、「県民の安心・安全のため、緊張感を持って取り組んでほしい」とお願いした。
 また、運転を再開した1号機の中央操作室も視察し、当直の所員に対し、
「不正問題を受け、この一年苦労をされたと思う。原発の運転に携わる皆さんと福島県民は運命共同体です。事故が起きれば、浜通りも中通りも会津も、福島県そのものが吹き飛んでしまう
 と、安全運転について訴えた。
「原発と福島県は運命共同体」。これは動かしようのない事実なのだ。
 社員からはこんな意見が出た。
「どこまで情報公開したら皆さんに安心してもらえるか、悩むことがある」
悪い情報も洗いざらい出して議論するのが情報公開。都合の悪い情報を隠す体質を改めないと、どこかで大きな事故につながるし、いつまでたっても信頼は得られないだろう」と申し上げた。

□(100-1)


 原子力委員会が、今後数十年先を展望し、今後一〇年程度の国の原子力政策の基本方針をまとめた「原子力政策大綱」案が〔二〇〇五年〕七月に発表された。八月二五日、福島県ではパブリックコメントとして、県のエネルギー政策検討〔委員〕会で討議した政策決定過程、核燃料サイクル、安全確保の三つの視点から一三項目の意見をまとめ、「原子力政策大綱(案)に対する意見」として原子力委員会に提出した。
 この中では、ヨーロッパ諸国の原子力政策決定過程について触れ、国民投票や国家の議決など、より開かれた議論の必要性について述べるとともに、これまでも一貫して主張している原子力安全・保安院の経産省からの独立についても述べている。

□(105)


 もともと私は、原発について反対の立場ではない。プルサーマル計画については、全国の知事の中で初めに同意を与えている。そういう私が、最後まで許さなかった「譲れない一線」のことを、国や関係者はよく考えてほしかった。
 それは、「事故情報を含む透明性の確保」と、「安全に直結する原子力政策に対する地方の権限確保」の二点であり、県民を守るという、福島県の最高責任者が最低守らなければならない立場と、同時に「原発立地地域と過疎」という地域を抱えていかなければならない地方自治体の首長の悩みである。繰り返しになるが、原発は国策であり、知事をはじめ立地自治体の長には何の権限もない。しかし、世論(県民の支持)をバックにすると原発が止められるのだ。むろん、これは緊急避難である。

□(112)

 以上のことをまじめに進めていれば、という思いがしてしかたがない。



 安藤昌益はもともと医者で、母親が今でいう鉱毒に冒されたため、その治療法を探して京都、江戸と良き師を求めて訪ね歩いてみたものの、都会には時の権力におもねるような医者・学者しか見当たらず、あきらめて八戸に戻って医者を開業した。しかし、江戸からいろいろな情報が船によって集まる八戸も、彼の目にはただの都会としか映らず、
都市の地に於いて、道に志す正人出づること能わず」(都会では立派な人は育たない)と、自分の生まれた秋田の大館の在、二井田村に帰り、独自の思想体系を作り上げた。
 私には「都会には人は育たない」という言葉が、強く印象に残った。
〔略〕
 その頃〔一九七七年頃〕、安藤昌益の墓が新たに発見されたというので、大館に赴き、年若い地方史研究家の山田福男君に案内してもらった。
「大館というのは秋田からも青森からも遠くて非常に時間がかかり、地方も地方、地の果てのようで……」
 私が言ったら、山田君はすかさず反論した。
地方、地方と言うな。俺にとっては自分の住んでいるこの大館が、ここが中央だ
 これはショックだった。〔「東北へ光を」ではなく〕「東北から光を」とは言ってみたものの「東北は遅れている。みちのくは遅れている。白河以北、一山百文」といった意識が私自身にもあった。
〔略〕
 自分の住んでいる地域を東京との「近い遠い」の関係だけでなく、行政も経済も文化も教育も、すべてが東京というフィルターを通してしか見られなくなっているのではないか。これは、東北に限らず全国同じ状況であった。
自分のいるところが、俺にとっての中央だ
 というこの大館の青年の言葉は、私が漠然と抱いていた「地方はこれからどうしたらいいのか?」という疑問を解くのに大きなヒントを与えてくれ、その後の考え方の原点となった。

□(117-9)

「東北」という地名からして、すでに東京からの位置関係に基づいて付けられている。こうした名付けられ方は、「北海道」や「四国」などのレベルでの地域名称のなかでは「東北」以外にない。新しく名前を考えてもよいのではないか。



 もし国が本気で道州制を進めようというなら、今の段階で都道府県に権限も税源も渡してよいはずだ。その上で従来の自治体規模で問題だというならば、そこではじめて道州制という、もっと大きな器(自治体)を用意すればいいことだ。
□(127-8)



 義務教育は、中央政府だけではなく地方自治体も含めて国家の責任であり、国と地方の役割分担が必要である。よって、小・中学校は市町村が設置するが、先生方の給与は都道府県と国が折半して支出している。国、都道府県、市町村が共同して義務教育を支えているわけである。これは、日本全国の教育レベルを同じ水準に保つにはよいが、結果、国(文部科学省)が市町村立の小・中学校の学習〔→ 教育〕内容〔に〕まで口を出すことにもなった。
 たとえば、福島県は小・中学校での三〇人学級の実施や中・高一貫教育などの教育改革を企画したが、国が口を出してくる。正面から文句をつけられないので、口実は予算面だ。しかし国は、義務教育の経常経費のうち人件費の一部を負担しているだけで、その割合は全体の三割に満たないのだ。
 本来、国は教育内容の一番大きな外枠を作り、県、市町村と現場に近いところが細部を決めて行けばよい。教育は地域住民の最大関心事であり、住民に近い地方自治体が小・中学校を運営することにより、学校は住民と真剣に向かい合うことになる。それが地方分権というものだ。その財源として補助金ではなく、国から都道府県に税源を移譲して国からの関与を少なくすれば、全国各地で、都会や農村など地域の特色を生かした教育プログラムが組める。

□(139-40)

 逆に都会の“真似”が進む可能性もあるし、“都会のようにやれ”という要望を出す保護者も出てくるかもしれない。教育の“出口”のところで、あるいは労働への“入口”のところで多様性を認めておかないと、結局は収斂してしまうのではないか。教育を考えるということは、社会全体を考えるということであり、社会全体を考えずに教育だけ変えようとしても結局は変わらない。または、教育を変えるときは社会をどのように変えていけばよいのかというビジョンが不可欠であると言ってもよい。

「教育は地域住民の最大関心事」とあり、たしかにそうかもしれないが、これはすなわち「学校は地域住民の最大関心事」ではない。“学校は邪魔だ”、“子どもに余計なことを教えるな”と認識している大人・親がまだ多くいる地域をわたしは知っている。


@研究室
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by no828 | 2011-08-31 18:40 | 人+本=体 | Comments(0)
2011年 08月 30日

同じ制服同じ教科書で自由が奪われたと思うのは知的能力が低い証拠よ——瀬尾まいこ『温室デイズ』

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76(398)瀬尾まいこ『温室デイズ』角川書店(角川文庫)、2009年。

※ 単行本は2006年に同書店より刊行。

版元




 みちる、優子、荒れまくりの小学校高学年から中学校卒業までのサバイバル。

 わたしの通った中学校もかなり荒れたところで、小学生のわたしは“行きたくない”と思っていた。“不良がたくさんいる”と思っていた。実際、いた。「裏校則」と呼ばれる、先輩絶対主義の不文律もあった(たとえば、廊下で先輩と擦れ違うときは必ず会釈しなければいけない、とか。先輩が連続して来るときはずっと頭を下げて歩かなければならない。で、それをしないとあとで先輩に呼び出されて殴られたりする)。しかし、わたしが1年生のあいだからすでに、“「裏校則」を撤廃しよう”という動きが3年生のなかから出ており(中心にいたのは生徒会役員の先輩方)、わたしが2年生に上がってからは「裏校則」は消えた、とは言えないのかもしれないが、少なくともだいぶ緩やかになったようには感じられた。

 教員からは観察・看取されない、あるいは教員が観察・看取しようとしない生徒の側の論理。親からは観察・看取されにくい子どもの側の論理。

 ちなみに、瀬尾まいこは『図書館の神様』(→ )などに続いて4冊目、のようだ(ブログ内検索結果)。瀬尾は、典型的な家族、というものを描かない。しかし、非典型的な家族が幸せではない、ということでもない。典型の不幸、非典型の幸、そういうものがある。



「前川さんって、かわいいし、いじめられるようなタイプじゃないじゃん。知的そうだから、俺と一緒でさ、カテゴライズされることに拒否反応を起こしてるのかなって、思ったんだけど」
 お母さんは、学びの部屋には私と同じような気持ちの子がきっといる、って言ってたけど、こういうやつのことなんだろうか。私はぞっとした。
本当に知的なら、教室にいるわ。同じ制服を着て、同じ教科書使うだけで自由が奪われたと思うのは、知的能力が低い証拠よ
「じゃあ、どうして? どうして前川さんは学校に行かないんだよ」
「私は……」
 そう言いかけて、私は戸惑った。
 いったいどうして私は、学校に行かないのだろう。

□(118)



「そうだって。そんな必死にならなくても、学校が全てじゃないじゃんって、みちるを見てると思う。学校生活なんて気楽にやっちゃって、他の何かに夢中になったら、もう少し力抜けて楽になるのに
「他の何か……」
「そう、中学校第一じゃなくてさ」
 私だって、学校生活が何より大事だと思っているわけじゃない。でも、私たちは一日のほとんどを中学校で過ごす。いやでも中学校生活が、自分の時間の大半を占める。他にすること。残念ながら、中学校生活を送ること以外に、これといって思いつかない。

□(172)



「弁当。優子ん家のおばちゃんって、昔からほんと、まめ」
〔略〕
「まあね。確かに弁当は凝ってるし、豪華だよね」
「何それ。ひとごとみたい。もっとおばちゃんに感謝しなよ」
「でも、私、こういうミートボール嫌いなんだよ」
 優子がミートボールをフォークに刺して掲げてみせた。
「そっか。優子ケチャップ苦手だもんね」
「ね。みちるでも知っているようなこと、あの人は知らない」
〔略〕
お母さんって、本当観察能力ないんだよね。子どものころに好きだって言っただけで、いまだにしょっちゅうパイナップル食べさせられるしさ」

□(173-4)



 まったく吉川は当てにならないスクールサポーターだ。強くもなければ、観察力もない。スクールサポーターとして、機能したためしがない。私はやれやれとため息をついた。
「中森さんって、すごいなあ」
「何が?」
まだ希望を持ってるってさ、感心する
希望?
この期に及んで、まだ学校をなんとかしたいって思ってるのがすごい
そんなこと、思ってないよ
今の状態に麻痺してしまわずに、ひどいって感じてるってことは、まだなんとかなるって思ってるからだよ
「そうかなあ」
「そうそう。それに、中森さん、まだ何も投げ出してないじゃん。教室にも行くし、壊されたものは戻そうとする。本当にすげえって、思う。俺だったら、速攻投げ出してほいほい逃げちゃうけどな」

□(179-80)



「どうするって、何もかも捨てて、的を絞るんだ。いろんなことを同時にうまくやろうとするからだめなんだよな。だいたい中学校には、いろんなものが多すぎる。教育委員会、生徒、校長、不良、保護者、地域、自分自身、本当、しがらみだらけだぜ。だから、何一つうまくいかない。半年ここにいてさ、俺〔吉川〕、自分が教師には向いてないってわかった。だから、的は簡単に絞れる」
□(191)


@研究室
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by no828 | 2011-08-30 18:15 | 人+本=体 | Comments(0)
2011年 08月 29日

俺たちはさ、暮らしているんじゃなくて、ただ、生きているだけだから——伊坂幸太郎『グラスホッパー』

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75(397)伊坂幸太郎『グラスホッパー』角川書店(角川文庫)、2007年。

※ 単行本は2004年に同書店より刊行。

版元




 伊坂幸太郎は『重力ピエロ』(→ )に続いて2冊目。

 さて、Roland Kirk の "Volunteered Slavery" を聞きながら。



「岩西が何も教えてくれねえから、俺も自分でちょっとは調べたんだよ。で、おたくの息子の噂を耳にした。水戸に住んでるくせに、悪さをするために、上京してるんだってな。そういう努力って俺は好きだぜ。とにかくよ、仲間が燃やされて、他のホームレスが怒っちまったんだ。あいつらだって、やる時はやるからな。希望は持ってるってわけだ。ホームレスっつっても、ホープレスじゃねえだろ
□(46-7)

「希望」とは何か、と去年から考えているため。



 鯨が来たのは、夏の終わりだ。つまり、二ヶ月近く、その場所で寝泊まりをしている。
俺たちはさ、暮らしているんじゃなくて、ただ、生きているだけだから」とは隣のテントに住む中年男が、以前に怒鳴っていた台詞だった。区役所の担当者が悲しげな表情でやってきて、「ここで暮らされると困るのです」と訴えてきた時のことだ。
暮らしてるんじゃなくて、生きてるだけだから」という抗議は、それなりに説得力があり、隣で眠っていた鯨も目を開けてしまった。

□(87)

 生存は、存在は、違法になるのか? 違法な生存、違法な存在はありうるのか、あってよいのか?



「ジャック・クリスピンはな、本当に国を導く人間は、政治家の恰好をしては現われない。そう歌ってんだよ。さすがだろ。ファシズムはファシズムの恰好をして現われない。そう言ってたんだ。鋭いよな」
□(99)

 兆候を見誤ってはいけない。状況を見極めないといけない。



「孝次郎はどうだ」
「可愛いですね」鈴木は正直に答える。「小動物みたいで。でも、何で小声でしか喋らないんですかね」
「あれは」運転席の槿〔あさがお〕は前方を見たまま、ゆっくりと言う。「俺が教えたんだ」
「何をです?」
本当に大事なことは、小声でも届くものだ、とな
「そういうものですか?」
「大声で怒鳴る政治家の言うことを、人が聞くか?」
「政治家の言うことは、誰も耳を貸さないんですよ」
本当に困っている人間は、大声を出せない。だろ」

□(212-3)

 小声で言われることほど重要だ、であったりもするのかもしれない。

 ちなみに、「槿」は「むくげ」あるいは「きん」と読むのが一般的だが、ここでは「あさがお」とされる。そのように読ませることにどのような意味があるのかまではよくわからない。


@研究室
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by no828 | 2011-08-29 16:59 | 人+本=体 | Comments(0)
2011年 08月 26日

発せられたあらゆる言葉は、受け取った者の数だけ別な意味を持つ——京極夏彦『文庫版 邪魅の雫』

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74(396)京極夏彦『文庫版 邪魅の雫』講談社(講談社文庫)、2009年。

版元




 百鬼夜行シリーズ第9弾。このシリーズは一貫して認識論を展開し、それに付随するようにいくつかのテーマが断片的に論じられることがある。今回はそれらを括り、見出しを付けてみた。

 ちなみに本文は1,311ページ(!)。


 → 認識論


 尤も——突き詰めて考えるなら、それは誰でもそうなのだと思う。人は皆、一人ひとり異〔ちが〕った世界を見て、見たものを異った世間として理解している筈である。それでも、誰もが自分の見ているものは他人が見ているものと同じだと思い込んでいる。思い込むのみならず、差違を認めない者、差違が生じることを怖れている者が殆どである。
□(136)


時代に寄り添う必要なんか毛程もないよ。流行に乗っかる必要も全くない。流行ものなんて一年と保たないし、持続する期間もどんどん短くなるだろうからね。ただ、確実なのは君の作品を読むのは現在より先の人間だと云うことだ。君は如何あれ送り手だろう。送り手にとって流行は過去のものだ」
「流行は乗るものじゃなく、作るものってことですかね」
 益田は調子良く合いの手を入れた。
 違うよ、と中禅寺は速攻で否定する。
「流行は個人が作れるものじゃないさ。作ったように錯覚してる人も居るだろうけどね。流行は世間が作る。厚みの全くない世間を無限の深さを持つ世界に見せかけることが出来る事象こそが流行だ。でもそりゃ勘違いだからすぐに廃れる。流行は、中間にある社会をすっ飛ばして世間を世界に結び着けてしまう呪〔しゅ〕だ。だから流行ものは世間を賑やかすだけで社会を変えることは出来ないのさ
世間ってのは何です?」
 君と僕だと中禅寺は云った。
「は?」
君でも、僕でもない、君と僕だ。〔略〕」

□(264-5)


内部世界が変容すれば、外部世界に対する認識も一変するものなんだ。凡ての呪文は対象の歪んだ世界を是正するためだけに貢献する。それ以外の効果はない。ただ、有効な呪文を発するためには、対象が所属する世間を熟知していなければならない。そうでなくては有効な呪は発動出来ない。つまり、裏返せば限定的な効果しかないと云うことだ」
□(274)


「謎とは解らないこと、不思議とは誤った解釈。解らないことを解らないと云うのは良いのです。しかし不思議だと云ってしまった途端——それは解釈になってしまう。その人が知らないだけで当たり前の出来ごとであるかもしれないと云うのに、不思議だ不思議だと当たり前のように云うのは、解釈の押し付けに他なりません
□(1147)


 → 言葉論


 言葉は凡て嘘である。受け取る側次第で如何〔どう〕とでもなるものだ。真理ではあり得ない。発せられたあらゆる言葉は、受け取った者の数だけ別な意味を持つのだ。解釈は——遍く恣意的なのだ。
 だから。
 言葉は便利だ。

□(224)

 だから言葉は便利だ——のほうにはわたしは行かないようにしたい。


思想が社会を創ると云う幻想は慥かにあるのだけれど、実際は逆だ。社会が思想を作り思想が言葉を作るんだ。理想を現実化しようと努力することは尊いことだが、個人の力で社会は変わりはしない
 変わらないのだろうか。
「結局、不可抗力的になるようになるだけだと僕は思う。言葉と云うのはどうしたって個人的なものなんだ。情報操作で世間を動かすくらいは出来るだろうけれど、社会を変えることは——矢張り難しいだろうな」

□(272)


「言葉と云うのは全部嘘だ。だから言葉で綴られた物語も全部嘘だ。記録も記憶も、現実じゃない。正邪や善悪と云った概念は、この嘘の世界にあるものなんだ」
□(1294)


 → テクスト論/読書論/書評論


「だから、それは関係ないだろうよ益田君。大体、作品と作者は無関係だと云うのが、この京極堂の持論なんだよ。殺人犯が書いたものでも良いものは良いし、偉い学者が書いたものだって駄目なものは駄目な訳で、作者の肩書き権威や人品骨柄と作品の価値は一切関係がない、作品と作者は乖離しているべきだ、作品の価値を定めるには、寧ろ読者との関係性こそをだね、その
「僕の受け売りをするにしても、もう少し整理して喋り賜えよ関口君——」

□(240)


「たった今、書評はみんな正しいって云ったじゃないですか中禅寺さん」
「正しいよ。テクストをどう読み取ろうと、どんな感想を抱こうと、それを何処でどんな形で発表しようと、そりゃ読んだ者の勝手なのであって、書き手がどうこう口を出せる類いのものじゃないよ。ま、書評家なんて一読者に過ぎないのだ。小説は読まれるために書かれるものだし、読んだ者の解釈は凡て正解だ。小説の場合、誤読と云うものはないからね」
「作者の意図と違っててもですか?」
作者の意図なんて、そんなものどうやったら判ると云うんだね益田君
「判りませんかね?」
「文章から作者の意図が知れるなら古文書の解釈だってもっと楽になるよ。何が書いてあるのか、何故書かれたのか、どんな風に書かれたのか、判らないからこそあれこれ詮索が必要になるんだ。簡単に読み取れるなら歴史家も国文学者も頭を捻る必要などないだろう。どんな書き振りの文だって、書き手の意図なんか読み手には全く判らんのだよ
 そう云うものだろうか。そう云われればそんな気もする。
「凡ては読む者の推測に過ぎない。その推測こそが読書を娯楽として成り立たせているのだ。古文書や約款なんかが恐ろしく諄〔くど〕い書き方をするのは、文意の解釈に幅があってはいけないからだ。それでも穴は幾らでもあるんだよ。一方で小説は幅があってなんぼだからね」
 作者の意図など十割通じないよと中禅寺は強い口調で云った。

□(248)


 テクストの前に万人は平等だと中禅寺は益田が尋き終わる前に答えた。
読書に上手いも下手もないよ。読む意志を持って読んだなら、読んだ者は必ず感想を持つだろう。その感想の価値は皆等しく尊いものなのだ。書評家だから読むのが巧みだとか、評論家だから読み方が間違っていないとか、そんなことは絶対にない
□(253)


「〔略〕書評は、先行するテクストを材料にした二次的な読み物だ。それだけなんだがね」
〔略〕
「〔略〕あのね、書評なんてものは概ね四種類しかないのだ
 そこで中禅寺は何かを持つような仕種をした。
ここに林檎があると思い賜え。で、林檎がありますと云う。これが一つ目。で、兎に角この林檎は美味しいですよ食べてみましょうと云う。これが二つ目。それから、実際自分で食べてみたけれど少し硬くて酸っぱかったから好みじゃないとか云う。これが三つ目。最後は、この林檎はこうして作られたと思うとか、この林檎の成分はこうだと思うとか、この林檎の所為で蜜柑が不味くなったとか、そう云う空想を巡らせて愉快なことを云う」
「空想?」
「空想さ。まあ——最初のは粗筋を書いたりするだけの紹介記事だね。こりゃ評でも何でもないから、読み書きが出来れば犬にでも書ける
「また犬ですか」
「犬だ。次のは、まあ宣伝だよ。広告。〔略〕これは読み書きが出来て、少しだけ社会性があれば、矢張り犬にでも書ける」
「犬は書きませんって。〔略〕」〔略〕
次のはね、まあ自分で読んで感想を書く訳だ。褒める場合も貶す場合もあるが、印象批判でなくたって、要は好き嫌いに基づく個人的見解だからね、優劣是非を決められるようなものじゃない。これもまあ——犬が駄目なら、漢字さえ読めれば幼児にも書けるな
「ですから」
「いや、決して馬鹿にしている訳ではないのだ。何度も云うが感想は普く尊いし、それを開陳すること自体はいけないことじゃないからね。犬でも幼児でも感じたことを開陳出来るなら、それはそれでいいのだよ。ただ商売にしようとするなら感想文じゃいかんのだ。読み物として成立していなくてはいけない。開陳の仕方が堂に入っていれば優れた読み物にもなるだろう。まあ——さっき云った自称読書の達人と云う族〔やから〕はその辺で勘違いをしている猿頭どものことなんだが——ただ猿でも何でも、賢ぶるくらいの芸は持っている訳だよ。勿論、弁えた人だって沢山居る訳だしね。姿勢や内容は兎も角、まあ書評をするくらいの人物であれば文章もさぞや上手な筈だからね、犬や幼児とは歴然と差が付くだろう」
〔略〕
「まあ——幼児が書いたものも混じっているかもしれないがな。で、最後のものは流石に犬や幼児には書けないのだ。文章力以外にも豊かな想像力と構成力が必要になるからね。なんせ、林檎の栽培の仕方やら、林檎の植物としての位置付けなんかをだね、空想してでっち上げなくてはいけない
「ですから空想って何ですか」
「空想だろうに。そんなこと判る訳がないんだからね。まあ——林檎の場合は或る程度判るかもしらんが、小説なんかの場合は絶対に判らない」

□(255-7)


 → 歴史論


世界を遺すためには、世界は語られなくてはなりません。語られ、そして記されることなくして歴史は生まれない。語ることで世界は嘘になる。嘘になった世界こそが歴史なのです
□(1115)


稗史〔はいし〕?」
「正史ではない歴史、と云うことです」
「正史ではない、と云うのは?」
公式な記録が残っていない歴史——と云う意味です。歴史は、記録されなければ生まれません

□(1142)

 サバルタン。


「さて——今申し上げたように、民俗学と云う学問は、人人の記憶を頼りにして組み上げられています。その村で行われている行事、その地方で為されている風習、その土地に伝えられている口承伝承——そうしたものを聞き集め見廻って、何故そうするのか、どうしてそうなったのかを想像し検証して行く、民俗学とはそうした学問です。私達日本人が何故今のような暮らし方、考え方をするようになったのか——現在の様様なあり方から過去を照射することでそれを探るのが、民俗学だと云えるでしょう。これは、今に受け継がれている記憶を辿る学問なのです」
 一方——と中禅寺は青木を見た。
歴史学と云うのは、これも先程云った通り記録が基本になる。記録偏重——否、テクストクリティークに徹して掛からないと、歴史学的な検証をすることは不可能です。筋道は兎も角、その部分だけは徹底していないと学が立たない。記されていない部分を想像で埋めてしまったのでは、歯止めがなくなってしまうからです。学問に想像力は不可欠ですが、証明する証拠がない限りはどんなに魅力的な想像も構築性の高い論考もただの仮説に過ぎない。逆に、証拠があるならば、どんなに荒唐無稽な結論であっても整合性に欠ける説であっても認めなくてはなりません。こればかりは厳密でなくてはならない。それが歴史学です。現在の社会の成り立ちを考える、古の日本を読み直す、様様な場面で色色な意味で、歴史学と民俗学は大変近しい学問であるように思えますが、その手法は百八十度違っていると云って良いでしょう

□(1152-3)

 甘木先生と甘木先生の違いはここに。教育史学の甘木先生は“語りは証拠ではない、証拠になるのは文字になっているものだけだ”という立場なのに対し、社会学の甘木先生は“語りも証拠になりうる”という立場。


 → その他


 現状を分析理解出来ぬ者とは、即ち未来予測が出来ぬ者と云うことである。
 だから大鷹には予感予測の区別がない。後悔はするが反省は出来ない。来し方の経験を行く末に活かすことが全く出来ない。
 大鷹にとって学習と云うのは単なる情報量の増大でしかない。学べば学ぶだけ、生きれば生きるだけ情報は増えるが、人として成長はしない。増大した情報は持て余されるだけで何の役にも立たない。

□(181)


「考えるなとは云わんよ。考えた方が良いに決まっちょる。いいや、寧ろ考えた方が好いのだ。考えるから悩むし迷うのだろ。だが、信じ込むのは危険なのだ。仕事だから決断は必要だ。だが己が間違ってないとどうして断言出来るか。思い込みはいかん。先ず目の前のものを見ろ。正義なんてものは——見えねえだろう」
□(378)


「そう。それがあったから凡ては起きた——そう考えるしかない。岩盤を砕くために発破をかけました、と云う事件じゃないんだよ。ダイナマイトが手許にあるから破裂させてみました、と云う事件なんだこれは。〔略〕」
□(753.傍点省略)


「親の身分だの地位だの家の場所だの大きさだの職業だの役職だのが、一体何の証しになるんだ? そんなものは酒のつまみにもならんぞ。それじゃあ尋くがな関君。君は親が教員で家が中野の借家で職業が売れない物書きだから、そうやって下向いて背中丸めて怯えているのか? だから身の証しが立たんと云うのかね?」
「いや、そうじゃないが」
 そう——なのだろう。きっと。
 関口は下を向いた。
 くだらないねと榎木津は云った。

□(1011)



 愛情とは他者に与えるものであり、また一切の見返りを求めないものだ。これだけ愛してやったのだから、このくらい愛を返せなどと云う考えは、根本的に間違っている。愛情は常に一方通行なのだ。そして一切の強要は出来ないものだ。そして無上の愛とは、対象を信頼することである。
 信頼とは文字通り信じ頼ることだ。
 目に見えずとも耳に聞こえずとも、相手の愛情を固く信じることである。

□(220)

 この意味において“教育は愛だ”と言うのならば、わかる。とてもよくわかる。わたしもこの意味において“教育は愛だ”と言いたい。


@研究室
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by no828 | 2011-08-26 18:13 | 人+本=体 | Comments(0)
2011年 08月 25日

失意という床の上には、希望という名の階段がついている——橋本治『青春つーのはなに?』

c0131823_16484283.jpg73(395)橋本治『青春つーのはなに?』集英社(集英社文庫)、1991年。

※ 本書は、橋本治の以下の著書、すなわち河出書房新社『パンセ Ⅰ〜Ⅳ』とパルコ出版『ビビッドボーイのカリキュラム』とから構成された。つまり、書き下ろしではない。そしてわたしは『パンセ』のⅠとⅡはすでに読んでいる(→ )。ⅢとⅣにはまだ出会えていない。


 版元


 橋本治の言葉の断片。自分は「青春」のもとにあると把捉する人びとは耳を傾けたほうがよいと思う、今のうちに、自戒も込めて。



 何遍でも死ねる人だと思う。
〔略〕
 一コだけ“天才的なもの”を作った人のことを天才だと思ってるらしいけど、それは間違いだよね。正確には、「その人が天才だった一瞬もあった」っていうだけだからね。
 遺産で食ってくっていう考え方はいや。他人の遺産でも、自分の遺産でも。
 ロクでもない“天才”っていうのは、往々にして、ある瞬間自分が天才であった、その時の遺産で食ってるからね。
 天才である瞬間を作り出し続けることが出来る人だけが“天才”なの。
 だから苦しい。「結局、自分というものの限界から抜け出せないのかもしれない」という考えから自由になるのは、ホントに苦しいことだから。
 ある時“天才的なもの”を作ると、それを作った人間は、うっかりとその中に閉じこめられちゃうからね。
〔略〕
 一遍自分の限界を超えちゃうと、その中に安住してても「自分は十分に並の人間を超えてる」って思えるしね。それで腐っちゃうんだけど。
〔略〕
 改めてそれを超えるっていうのは、だからやっぱり難しいし、つらい。
〔略〕
 ロクに考えないで出来ちゃったからっていったって、“一遍出来ちゃった”っていう経験を踏まえちゃうと、さもしい欲が出て来て、謙虚にバカにはなれないのね。純度が落ちた二番煎じってのはそれだし。

□(「天才論」12-3)

 何度でも謙虚にバカになるのは難しい。積み上げてきた、重ねてきた、自分なりの「枠」があるから。それを意識して突破し続けることのできる人が天才。



【絶望】
 自分一人の特権。
 絶望が好きな人はみんな、そう言われるのをいやがっている。
「あんたの絶望なんかたいしたことない」と言って、みんな進化論式に自分の絶望を深めているので、最後に来た人はしょうがないから、笑っている。

〔略〕

【憎悪】
 素直に通って行く筈の“好き”という感情をねじまげられると、これが湧く。

【失意】
 失意という床の上には、希望という名の階段がついている。
 脚を麻痺させているのは、“他人のせい”という名の呪縛である。

□(「言語学」17-8)

「絶望」と「失意」は違うのか。絶望の先に希望はないが、失意の先には希望がある、ただし、誰かのせいにしなければ。苦しいけれど、それを自分の問題として受け止める、自分の問題として取り組む。“あの野郎”と思っていたって事態は変わらない。苦しくても、“あの野郎”はずるくて嫌だと思っても、自分で、自分の脚で。階段はそこにある。



【牢獄】
 言葉は牢獄だと思う、お酒とおんなじで。それにすがれば自分を閉じ込めちゃうし。
 言葉っていうのは、誰も自分では作れないんだよね。自分が生まれる前に既にあって、それを自分なりに使いこなすか、自分なりに組み変えるかぐらいのものでね。
 自分一人でどうとかしたって、言葉っていうのは相手があって初めて通用して行くものだしね。
〔略〕
 ロクな言葉しかつかまえないくせいに「言葉、言葉」っていうのは、所詮囚人の妄想だよ。だから、「小説書いたんですけど、読んで下さい」っていう人間、絶対に嫌い。
〔略〕
 やっぱり言葉はアルコールとおんなじで、役に立たないけど、なんか人間を明るくするっていう、そういうようなもんであってほしいと思うんだけどね。

□(「社会地理学特講」23-5)



 なにしろ男社会の最大のネックは、男社会であることを自覚しないことにあるから、こういうものに意識的な働きかけをしたって意味がない。効果があるのは無意識的な働きかけで、そういうことをやれるのは、社会的にその存在を認知されていて、そしてそれがバカであることを許されているようなものだけだ。大きな声では言えないが、少女とはそういうものである。
□(「迷宮の中の家出少女」65)



食が食文化になった時、それはグルメの遊びに変わった訳だし、グルメはグルメでいいけどさ、衣食住のすべてが生活という大枠からはみ出して遊びになってしまったというそのことと、衣食住のすべてをかかえこんでいた“生活”というものの中にそもそも“遊び”というものが存在しえなかったという、そのことの発生原因とを一緒に考える人間はどれだけいるんだろう?
□(「棘のある花束」104)



江戸時代が終わって明治になってから始まった近代文学っていうのは、一言でいってしまえば、「自分はどう生きてったらいいんだろう?」っていう、人生の探求だったんですね。模索というか。〔略〕自由っていうのは、自分がどんな風に苦しいのかっていうことが正確に分からないと「そこから自由になりたい!」っていう風にはなかなか思えないもんだから、実のところよく分かんないもんなんですよ。〔略〕日本の近代文学っていうのは、その“よく分からない”の中に“自分”というものを発見しちゃった人間達の模索の跡みたいなもんなんです。〔略〕作家の言いたいことなんてたった一つで、「僕はよく分かんないよォ、みんなだってよく分かんないだろォ、そのことだけをはっきり僕に言ってくれよ」って、実はただそれだけなんだ。
□(「劇的なる純文学」167-9)



 自分は「これがいい」と思う。だからって、それがそのまんますぐれてるかどうかは分からない。人は「つまんない」と言うかもしれない。だから、そういうことが知りたくなって、友達に「こういうのがおもしろかった」と言いたくなるし、「読んでみなよ」と言いたくもなるんです。“批評”というのは、そういうところから生まれる。
 本というのは、結局センスなんです。だから本の選び方というのが重要になる。
〔略〕本を選ぶのはセンスで、これはもう本を何冊も読んで磨いていくしかない。だから「失敗しなさい」と言うんですね。何度も失敗していけば、その結果、「一体自分はどういう本を読みたいんだろう?」という疑問だって浮かんでくる。「自分の読みたい本」という必然性は、そこからしか浮かびあがってこないもんです。

□(「ときには読書もいいものだ」196-8)

 これは、本当にそうだと思う。ぶつかっていって、捨てていって削っていって、それで残るものは何か、その見極め。本に限らず。わからないのは十分にぶつかっていないから。



 いつの日かわかるときが来る。いつの日か利いて来ることがある。だから、橋本治の言葉の断片はたいせつにしなければいけないと思う。
□(中野翠「解説」244)

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by no828 | 2011-08-25 17:06 | 人+本=体 | Comments(0)
2011年 08月 24日

最初に小さな違和感として感知されるそれは、重要なことを意味している——銀色夏生『銀色ナイフ』

c0131823_15231699.jpg72(394)銀色夏生『銀色ナイフ』角川書店(角川文庫)、2007年。


版元
* 銀色夏生の本は全部文庫本? 単行本は出していないのかな? そんなことない?


 銀色夏生は『ばらとおむつ』(→ )に続いて2冊目。エッセイ集。実は、詩集『これもすべて同じ一日』を中学か高校のときに買ったことがある。もちろん読んでもみたが、よくわからなかった。詩、というもの自体が、まだよくわからない。

『銀色ナイフ』は、先に書いたように「エッセイ集」である。が、ここには著者の思考の痕跡、思索の道程が記されている。わたしはこういう本を「哲学書」と呼びたい。

 赤線を引きながら読みました。



 ひとつの言い方では、すべての人に好かれることはできない。1対1で向かい合って話すのなら、伝え方を相手に合わせて変えることができるけど。人の数だけ考え方はある。だからせめて同じような考えの人たちに伝えられたらいい。そして、そういう人たちに共感されたらうれしい。そのために、自分はこう思うということを、まず書かなくてはと思う。
 経験がふえると考えもどんどん変わるから、今の時点ではこう思ってるというのを、その時々に書いておきたい。今のこの気持ちは、きっと今しか書けない。明日になったら、これほど熱くなれないだろう。体験して、考えて、越えてっちゃうから。新鮮な気持ちを新鮮なうちに書いとこう。

□(13)

 書く者の心得として。思考が思想として完成するまで何も言わない、という態度もあり、わたしはそれに惹かれてもいたわけだが、いつからかそれからは離れるようになった。というのも、自分の思考が「完成する」とはどういうことか、わからなくなったからだ。少しずつ進めていくしかない。崖に手を引っかけ、足場を作りながら山に登るようにして、少しずつ進めていくしかない。一気には完成しない。



 私は、子ども(人)が、何をするために、何になるために生まれてきたのかを見るのが楽しみ。
 できるだけ先入観を植えつけず、鋳型にはめず、他人の希望をおしつけずに育てれば、だれもがわりと回り道せずに本来の行くべきところに行くのだと思う。そこは、人によって違う。なんてことない場所かもしれないけど、確かに、その人が自分でたどり着いた場所だ。貴重な場所だ。
〔略〕
 小さな時の好き嫌いって、かなりその人の本質を示しているというから、その頃の嗜好性を覚えていてあげたい。
 私にできることといったら、世の中の固定した考えをくずした見方でコメントするとか、少数意見をあえて言ったりして、偏見というものが、できるだけないようにすること。固定観念って、気を許すと、次から次へと、タンタンタンタンって、作られていってしまう。それだけ子どもって、成長が早い。
 テレビを見てる時の、ぽろりと口にした感想とか、身の回りの人々へのふとした感想など、そういう小さくて無数にある親たちの日々の感想を聞いて、子どもはそれを考えの基本にして思考を作ってしまうから、毎日の積み重ねが、今の子ども、明日の子どもを作るということを、肝に銘じたい。それは、子どもだけでなく、大人もそうだと思う。
 明日の自分を作るのは、今日の自分だから。

□(33-4)

 子どもは、聞いたことばを忘れない。



〔略〕でもどこか、ある瞬間、自分に対するこだわりを失くせる人が、アーティストとしては本物だとも思う。
□(34)

 何かすごいことを言っていそうだ、と感じて線を引いたところ。(「自分に対するこだわりを失く」す、とはどういうことであろう?とよくわからないまでも“すごそうだ”と感じることはできる。)



 人は、自分以外のあらゆる物の中に、自分を見る。
□(39)

 これは、そうだと思う。そのように見ている自分とは何か、ということになる。自分とは何なのか、そうしてしかし、自分のなかに閉じ籠っていってはいけない。



 だれかと、ある日ある時ある場所で、時間を決めて、会うということは、その人の今までの人生と自分の人生がそこで出会うということです。その出会いは一生に一度の真剣な対面です。
〔略〕
 だから、そういう覚悟もなく会いに来る人を見ると、時間が無駄に思えます。せっかく会っているのだから、大事な話がしたいのに。
 大事な話というのは、今、この時、私と、でなければならない話、今日まで生きてきたとりあえずの結論とか、自分の本当に好きなこと、好きなものの話です。

□(41)




 ふと思ったんだけど、もし、専門的なことを、専門用語を使わずに、一般的な言葉で話したとしたら、それは、まわりくどく、抽象的な言い方になるだろう。そして、どの専門分野の人が言うことも、結局、同じになるんじゃないかな、ってこと。
 同じようなことを言ってるんじゃないかなって。
 つまり、物事の肝は、似た構造になってるんじゃないかと、思ったんです。

□(51)

 同感。たぶん、別の道であっても、その道を究めた人同士は、その先で、出会うことができる。専門家の水脈。



 私は、そういう体の不自由な人を見たときには、その人は私かも、と思う。明日、同じ立場になるかもしれない。今はこうだけど、いつか、その人と立場が入れ替わるかもしれない。人ごとではない。
□(54)

 ジョン・ロールズの原初状態を想起した。



 私は、信頼できる人が、目の前で発したなにげないひとこと、っていうのをいちばん重要視してる。そういうのだけ聞き逃さないでおけば、いいんじゃないかな。
□(83)



 自分以外の何もほしがってない時、人って強い。〔略〕
 欲望が生まれた時、人は弱くなる。
 好きな人ができると、人は弱くなる。
 ほしくても手に入れられないものができると、人は弱くなる。
〔略〕
 そして、ほしいものを手にいれるために、人は強くなろうとする。

□(105)



 世話になってるって、大きいね。世話になってたら、不本意なことも、やんなきゃいけなくなるんだよ。おおー! いやだ。
〔略〕
 一匹狼だからこそ、言えることがある。一匹狼にしか、言えないことがある。それを私は言っていきたい。

□(109-10)

 わたしもこれで行きたい。

 前、若手の甘木先生にも言われた。「コネで就職すると早く就職できるけど、そのあと世話してくれた人に頭上がんないよ。それも困ったもんだよ」。

 これで行くしかない。



 生まれてから大人になるまで、人は、いろいろなことを学ぶ。それは、たくさんの先入観を植え付けられるということでもある。そうやって、たくさんの枠に閉じ込められていく。そして、全体の中の位置を覚えていく。より広い世界の大きさも覚えていく。
 そして、大人になったら今度は、その枠をひとつずつはずしていく作業をするんじゃないかな。
〔略〕
 だれでもいつでも、たくさんの枠には取り囲まれてるけど、自分はこの枠とこの枠とこの枠に取り囲まれてるんだな、これにぶち当たってるから、こう感じるんだな、この枠のせいで気持ちが圧迫されてるんだな、っていちいち解れば、その人は、どんなにたくさんの枠に〔ママ〕中にいても、心は自由なんじゃないかと思う。

□(116)

 要訓練。



 人が作ったもので自然界に存在しないものが、よく悪者扱いされるけど、作れたんならそれもまた一部なんだと思う。
□(141)

 原発が想起された。

 蛇足だが、「自然との共生」という言い方に違和を感じる。「人間」も「自然」の一部ではないかと思うからだ。「自然との共生」だと、「自然」から「人間」を外に括り出し、「自然」と「人間」という枠組みで考えることになる。そのときの「人間」とは一体何なのだと思う。



 人の気持ちを、説得して無理に変えたくないんだよね。〔略〕私も自分に絶対的な自信というのはないから。
□(164)

 わたしが「教育」に諸手を挙げて突き進めない理由のひとつはここにありそうだ。もちろん、「教育」は不確実な行為ではあるのだが。



 それに、意見は違っても、それを超えた何かを作り上げたいと願って、みんな頑張って一緒にやろうとしてるんだよね。だから、その、希望の方向を見つめて、それが一致していれば、やれると思う。共通の目的があれば。〔ママ〕超えられると思う。
□(185)

 日本の国会を見ていて思うことだ。何のために、というところを突き詰めていけば、わかりあえるはずで、それを確認するところからはじめればよいのに、と思うのだ。



自分でできる範囲というのが、私にはひとつの目安だ。
□(194)

 この感覚はわたしにもある。



 電話をかけるのが苦手、というか怖い。というのも、今相手が何をしているのかわからないから邪魔するんじゃないかと思って。よく知ってる人ならいいんだけど。
□(214)

 非常に同感。そしてこれはそのまま反転する。つまり、電話がいきなりかかってくるのも苦手、ということ。突然訪問されるのも苦手。



 学校でいじめがあったからって、その子、毎日家に帰ってたんでしょ? そんなに死ぬほど学校がいやなら、行かなきゃいいのに。家にいればいいのに。それができなかったっていうことは、その子と親の関係にも問題があったってことだよね。親に泣きつけなかった子と、そこまでの子どもの気持ちに気づけなかった親に。関係が希薄だったのかな。親にも気をつかって死ぬなんて。
□(218)



 ちゃんと物を見つめて考える人は、自分の外側に見えるもの、見つけるものは自分なんだと気づき、やがて世界には自分しかいないということを知るだろう。
 自分にとって、世界は自分だけ。あなたにとっても、世界はあなただけ。世界は、人の数だけあり、たったひとりの孤独な世界をみんなが生きている。孤独というと、恐ろしいかもしれないけど、それは事実だから悲しいことではなく、かえって謎が解けて、妙にさっぱりと落ち着くかもしれない。この世にいるのは自分だけ。
 その淋しさが、淋しさじゃないとわかった時、本当のやすらぎや、満たされるという思いを知るのだと思う。

□(256-7)

 だから人がひとり死ぬということは、世界がひとつ失くなるということなのだ。それは、とてもとても大きな喪失なのだ。



 表現って、そういうことかなと思う。リレーみたいに、みんな、バトンタッチしながら、前の人から教わったことを、一回自分の中に通して、どこか自分なりに消化したものを他の人に受け入れやすく表現するという。感動の伝達。
□(264)

「一回自分の中に通して」というのが大事。



 最初に小さな違和感として感知されるそれは、重要なことを意味している。それは思い過ごしではなく、それは消えてなくならず、砂の中からやがて岩山が浮き出てくるように、目の前に立ちふさがってくる。
 小さな違和感を見過さないように。軽率に判断せずに経過を判断しよう。違和感って大事。

□(277)

 本を読んでいるとき、研究発表を聞いているとき、小さな「あれ?」をきちんと気に留めておく、メモしておく、何となくそのまま先に行ってはいけない、と日頃思って気をつけているけれど、ときどき通り過ぎてしまって“あの違和感はどこだ!”と探すことになり、“あの違和感は何だっけ?”と思いめぐらすことになる。



自由な人生へと、彼らを笑顔で送り出す。それが、愛する者のとるべき態度だ。覚悟をするということだ。そして、ただ、そっと祈る。
 どうか無事でと。
 祈ることしか、人は愛するものにしてはいけない。
 それ以外はすべて、束縛となる。

□(302-3)

「愛」とは覚悟、「愛」とは祈り。自由へ送り出すということは心配するということでもある。しかし、その心配を当人の前に曝すと、束縛になる。



 尊敬は短時間に生まれる可能性があるけど、信頼は違う。
□(336)



 傷つくというのは、気づく、ということじゃないだろうか。自分が、その言葉、その意味に対してわだかまりを持っていることに気づく。その言葉に弱いことに気づく。相手は、それを気づかさせてくれた人なのだから、感謝するべきかもしれない。
〔略〕
 だから、傷つけられたと思ったら、人とのいざこざの中で、自分に向けられた言葉がとても嫌だと思ったら、誰かの言葉によって理不尽なほどの怒りがこみあげてきたら、それはチャンスだと思おう。

□(338-9)



 私がこの人は信頼できるなと思うのは、「自分の判断が正しいとは思っていない」っていえる人。〔略〕正確さを期そうとすると、どんどん断定することができなくなる。でも、なにもかもそういうふうにみていくと人と言葉で話し合うことができなくなるから、ある程度のラインで、言い切らなくてはいけない。そこを思い切る時の、決断と憂慮を併せ呑み、それをかかえて発言をする、そのせつなさを知っている人。
□(346)

 いろいろわかってくると、何も言えなくなる。わかっていることすべてに——ということは、何がわかっていないのかをもわかっているということだが——配慮して何かを言おうとすると、ものすごく膨大な量のことばを質を落とさずに投じなくてはならない。これは大変なことだ。だから、ある程度のところで言わざるをえない。“あぁ、あれについては充分な議論ができていないけれども……”と思いながら、言わないといけないのである。

 これは、「せつなさ」なんだなぁ……。



 思うなら、やってほしい。文句があっても実行できないんだったら口をつぐめ。
□(349)

 実行できなくても文句があるなら言ったほうがよいときもある。“できないのなら黙れ”は単なる恫喝、になるときもある。



 信仰って何かを強く信じること、ひとりひとりがそっと胸の中ではぐくんでいくものだと思う。信仰は、勇気を与えてくれるし、恐怖をとりのぞいてくれるし、迷ったときに正しい道を教えてくれる。
 信仰を広める、っていうのは、勧誘したり、説教したりすることじゃなく、〔略〕

□(387)



 前にも書いたけど、「あの人は頑固で、一度いいだしたらきかない」という言い方は、かなり誤解されていると思う。それってちょっと、融通がきかない、っぽく聞こえるけど、判断するまで慎重に吟味して、一度決定したら翻さないということだから、非常に理性的ではっきりした人だよね。人に説得されてもゆるがない強い意志をもっている。自分のことは自分で責任をとる、というような。
□(398)


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by no828 | 2011-08-24 17:56 | 人+本=体 | Comments(0)
2011年 08月 23日

好きな人の名前訊かれてクエスチョンマーク付きで答えてるうちは全部間違い——舞城王太郎『阿修羅ガール』

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71(393)舞城王太郎『阿修羅ガール』新潮社(新潮文庫)、2005年。

※ 単行本は同社から2003年に刊行。

版元




 内容はよくわからなかったが、ことばはいくつか拾うことができた。主人公は、中学生か高校生の女子。

 ちなみに、舞城王太郎という名前は、川上未映子の文章で知った(→ )。



 減るもんじゃねーだろとか言われたのでとりあえずやってみたらちゃんと減った。私の自尊心。
 返せ。
 とか言ってももちろん佐野は返してくれないし、自尊心はそもそも返してもらうんじゃなくて取り戻すもんだし、そもそも、別に好きじゃない相手とやるのはやっぱりどんな形であってもどんなふうであっても間違いなんだろう。

□(9)

 〈わたし〉の自尊心を喪失させるのは他者である。しかし、〈わたし〉の自尊心を回復させてくれるのは他者ではない。他者が消失させた〈わたし〉の自尊心を回復するのは〈わたし〉でしかない。〈わたし〉って大変! と思いながらも、〈わたし〉は〈わたし〉として生きていくしかない。代わりはいない。



 お兄ちゃんが前に、レンタルビデオ屋のエロビの話とは別のときに、確か、「自己憐憫が一番タチわりーんだよ。うじうじ腐るだけで前にも上にも進まねーから」とか言ってた。なんかそのときに一緒に、「とか言っても自己愛もおんなじくらいタチわりーけど。イマイミキとか。あーいうこんな自分が好きとかこんな自分になりたいとか言ってる奴は結局自己完結で終わって人の話なかなか聞かねーんだよな。とにかく自分自分言ってる奴はどいつもこいつもどんなふうでもとにかく最悪」とかイマイミキなんて会ったことも喋ったこともないのに言ってたけど、それはともかく。
□(17-8)

 気を抜くと、自分をメタ認知できなくなると、自己憐憫のほうに簡単に行ってしまうから注意。腐っている暇なんてないはずなんだ、本当は。



 でもアイコ。相良君の名前を出すときもクエスチョンマーク付きだったじゃない。あのねアイコ、好きな人の名前を訊かれてクエスチョンマーク付きで答えてるうちは全部間違いなのよ。愛ってのは迷わないものなのよ。絶対正解で間違いとは無縁のものなのよ。誰々君のことが好きなのかしら?なんてふうには考えないものなのよ。好きな相手が誰だかなんて、答えは唯一無二でこの世で一番明らかなのよ。
□(22-3)

 近代=理性の時代、懐疑の時代。愛は懐疑の対象にならない。以上2つのことから導かれるのは、愛は理性の対象ではなく、近代のものではない。

 教会の結婚式に参加して、「愛していますか?」と牧師が新郎新婦に訊いて新郎新婦が「はい」と答える場面を見てきたが、わたしは「はい」とは答えられない。なぜならば「愛しています」の意味がまだよくわかっていないから。少しはわかってきたけれど、すっきりはしていない。



「友達かどうかは関係ねーの。手が届きそうなところで誰か困ってたら、普通手、貸すだろ。エチオピアの難民助けるためとかには俺、汗かく気になんねーけど、同じクラスの奴が誘拐されてなんか酷い目にあってるんなら、俺、心配するし、なんか動くよ。普通じゃん?」
 正直な物言いだね陽治。なかなか人が言わないことだけど、ホントのこと。人の親切心にも同情心にも、その人なりの限界・境界があるってこと。誰かが物凄い苦痛を感じてのた打ち回っていても、それが遠い場所の出来事だったり現実感薄い感じだったりしたら、人はちょっと手を差し伸べたり、一歩歩いたり、チラッと見ることすら億劫で、しないということ。そんなことありふれてて当然普通のことだけど、誰もなかなか言わない。面倒臭いと同情心はいつもいろんなところで綱引きをやってるってこと。
 ま、人はやれること、っつーか、やりたいことしかやれない。

〔略〕
 でも自意識守るとかつまんない目的のためでも、いかにも偽善者っぽい感じがしたとしても、それでもやっぱりエチオピアの難民、月の裏のウサギ、別の時空の宇宙人たちを助けてあげて欲しいっぽい。そっちの方がやっぱりいいような気がするっぽい。自意識とか自己像なんて誰にでもあるんだから、そんなこと問題にする必要ないっぽい。

□(93-4)

 ケアなの?結局はケアなのー?
 共同体なの?結局は「愛」の同心円的拡張を唱える共同体主義なのー?


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by no828 | 2011-08-23 17:34 | 人+本=体 | Comments(0)
2011年 08月 22日

いまここでゆっくり考えておかないと、うっかり人生がすぎてしまう——須賀敦子『ヴェネツィアの宿』

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70(392)須賀敦子『ヴェネツィアの宿』文藝春秋(文春文庫)、1998年。

※ 単行本は1993年に同春秋より刊行。

版元




 須賀敦子のエッセイ集。ヨーロッパ留学時代の須賀、“家族へのゆるし”の物語。引用は、もちろんいつものようにそうした本筋とは関係なく。

(帰省していた実家福島について書こうと思ったが、どうも乗り切れない。書くならば乗ったときに書かないといけない。実家では末弟がインターネットを引いて無線LANを設置したが、わたしのパソコンからはアクセスできなかった。
 今日はひとまず、読書記録を。)


 フランスの個人主義を、彼女はきびしく批判することがあった。
「フランス人はつめたすぎる。私たちは生まれつきのジャンセニストなのよ。自分にきびしいあまり、他人まで孤立させてしまう」
「でも」反論せずにはいられなかった。「あなたはフランス人だから、そんなふうに個人主義を平然と批判できるのだと思います
 私の意思を超えて言葉が走った。
あなたには無駄なことに見えるかも知れないけれど、私たちは、まず個人主義を見きわめるところから歩き出さないと、なにも始めたことにならないんです
 こちらのけんまくにのまれて、マリ・ノエルはすこし茫然としている。開けはなした窓から、庭で遊んでいる幼稚園の子供たちの声がとびこんできた。

□(104)

「私たち」というのは、もちろん「日本人」を指す。「近代」とどう関係するか、という問いの具体のひとつがここにある。「近代」の内にいる人は「近代」を批判し、「近代」の外にいる人は「近代」を体験・経験したくなる。この意味においても、“外からの批判はありえない、批判は内からのみなされうる”ということになるのか。

 ちなみに、文中の「ジャンセニスト」は、キリスト教思想のひとつである「ジャンセニスム(ヤンセン主義)」を信仰する人を指す。ジャンセニスムは、予定説から影響を大きく受け、人間の自由意志を軽視するようである。



 一九六八年を境に、若者たちの政治抗争が夫のいた書店にも及んで、仲間たちを苦しい対立に追い込んだのだったが、ぎりぎりの暮しだった私には、物質的にも、精神的にも、闘争にかかわるだけの余裕がなかったし、根本的にはイタリアの政治問題であることがらに、自分がどこまでかかわれるのか、また、かかわるべきなのか、皆目わからなかった。そんな時勢の流れのなかで、私は、カロラの、自由というのか奔放というのか、人や物事にたいするこだわりのなさに、深い安らぎを感じた。若者たちのいう、高くかかげた炬火ではなくて、暗い草むらで点滅する、たよりない蛍火のような、この家の空気に、私は、すくわれる思いだった。身近な死が、白黒のはっきりしすぎた答えの恐ろしさを教えてくれたのかも知れない。
□(174-5)

 この時期の須賀については、『コルシア書店の仲間たち』(→ )に詳しい。



 そこまで言うと、私のあたらしいルームメイトは、忘れてた、というように、あわてて、ベッドから片手をのばした。
「カティア・ミュラーです。たぶん、秋までパリにいるつもり」
 ゆっくり本を読んだり、人生について真剣に考える時間がほしかったので、仕事をやめてフランスに来た、と彼女はひと息に話した。初対面とは思えない率直さだった。ここに来るために、戦後すぐに勤めはじめた、アーヘンの公立中学校の先生をやめてしまったという。しばらくパリに滞在して、宗教とか、哲学とか、自分がそんなことにどうかかわるべきかを知りたい。いまここでゆっくり考えておかないと、うっかり人生がすぎてしまうようでこわくなったのよ。
〔略〕
 そういうことをするためには、自分の国〔=ドイツ〕をはなれたほうがいいと思って、パリに来ることにしたの。あの戦争をした私の国の人たちのものの考え方には、ついていけない事柄が多すぎるから。
 話から察したところでは、カティアは私より十二、三歳うえ、そろそろ四十に手のとどく年頃らしかった。戦争のなかで育って、「お上」がつくった「当局の方針」という人生のプログラムに知らず知らずのうちに組み込まれていった私の世代にくらべて、彼女たちには、戦争についてのなんらかの意見や選択の余地があったはずで、それだけに、苦しみも大きかったかも知れないのだが、戦争の年月をこの人はいったいどこですごしたのだろうか。ドイツを覆ったあの狂気とはどのように対決したのだろうか。それとも、私たちの大半がそうであったように、無力な沈黙を強いられていたのか。

□(209-10)


 私が大学や図書館に出かけているあいだ、カティアはほとんどいつも部屋で机にむかっているらしかった。彼女は夏までにエディット・シュタインの著作五巻を読破するのだといって、気の遠くなりそうにぶあつい哲学書を、本に首をつっこむようにして、読みふけっていた。
 一八九一年に、東部ドイツユダヤ人の家庭に生まれたシュタインは、ゲッティンゲンやフライブルク大学で哲学をおさめ、現象学派を創始したフッサールの助手をつとめるなど、学究の分野で頭角をあらわしたが、三十歳のとき、カトリックの洗礼をうけて私立高校の教師になった。やがてナチスによるユダヤ人迫害がはじまると、彼女は、同胞の救済を祈るために、カルメル会の修道女として生涯を捧げようと決心する。しかし、迫害が修道院にも波及しそうなのを知って、オランダの修道院に身をかくし、いったんは難をのがれたが、まもなくドイツ軍のオランダ侵攻とともに秘密警察に捕らえられ、一九四二年アウシュヴィッツのガス室で死をむかえた。

□(213-4)

 こういうのを読むと、“自分ももっと勉強しないと”って思う。今回はそれから、「どうせ惚れ込むなら大物の哲学者・思想家にしなさい。小粒を掘り下げたって何にも出てこないよ」と、以前甘木先生に言われたのを思い出した。



 毎週、金曜日の夜、フォブール・サン・ジャック街のドミニコ会修道院で、労働司祭がミサをおこなっていて、そのあと、おなじ場所で旧約聖書の勉強会があると教えてくれたのは、シュザンヌだった。行ってみたら、と彼女は言った。なにか、あなたの探しているものが見つかるかも知れないし、だれか話のできる人に会えるかも知れない。
 昼間は工場などで一般の人たちと働き、余暇の時間に司祭の責務をはたすという、もとは戦時の対独レジスタンスから生まれ、戦後、フランスの教会から欧米各国にひろまった労働司祭の運動が、ローマの教会当局の批判を浴びて全面的に禁止されたのは、ちょうどそのころだった。この運動を理論的に推進していたドミニコ会のおもだった神学者たちは、左遷されたり、著作の出版を禁じられたりした。それでも、彼らはくじけることなく、すでにこの活動にたずさわっている人たちにはそのまま仕事をつづけさせるという、ローマ当局にとっては反抗的ともいえる立場をとっていた。そんな状況の中だったから、労働司祭が司式するミサに出席することは、それ自体、宗教的な意味をこえて、教会の方針に対する批判の行為でもあり、ミサに出ようと決めたとき、私は、非合法な政治集会に参加するのにも似た、ある精神の昂揚を感じて緊張した。

□(216-7)

 こういう「抵抗」や「反抗」には(なぜかよくわかりませんが)共感します。わたしはメインのほうに行ってはいけない人間なのかもしれない。


@研究室
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by no828 | 2011-08-22 16:25 | 人+本=体 | Comments(0)
2011年 08月 10日

「会社でのわたしはだめなんです。にせ者だから」「本物はどこ行ったの」——夏石鈴子『いらっしゃいませ』


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69(391)夏石鈴子『いらっしゃいませ』角川書店(角川文庫)、2006年。

※ 単行本は2003年に朝日新聞社より刊行。単行本と文庫本が別の出版社から出るのにはどういう事情があるのか。

版元




 「感情労働」をテーマにした小説、と Twitter の TL 上で知って、熱帯雨林に古本注文。感情労働は、看護学校の講義でも取り上げた。

 読んでみたら、受付嬢が主人公の小説であった。短大卒女子が就職活動をして出版社に採用されて受付に座ることになる。感情の使い分け、切り離し。切り離された感情の行方。切り離されなかった感情の処遇。



英語を生かす仕事といってもいろいろありますけれど、米兵相手のバーのママだって英語を生かす仕事なんですよ。あの人たちは、英語で生きている
〔略〕英語という鍵で扉を開ければ、国際人という特別な人間になれると思っている、ただ若いだけの女の子たち。〔略〕
 黒田〔=短大の先生〕はこうも言っていた。人間、変わることは簡単なんですよ、すぐできる。でも、ずっと変わらずにいることのほうが、難しいんですよ、と。

□(6-7)



 みのり〔=主人公〕が、地元の進学校に合格した時、母は喜んだ。みのりも嬉しかったけれど、受かったから嬉しかったのか、母が喜ぶから嬉しかったのか、わからなかった。
 いつまでたっても、自分の意志で、自分の行く先を決められない。大学を落ち、浪人することもなく短大に入ることにした、みのり。物事を決める時、自分の気持を基準にして決めることができない。自分の判断に自信が持てない。そんな自分は、本当に「自分」なのだろうか。考え事をする時、いつもこっそり自分の中に「母」が流れ込んでいることに気が付く。わたしは、わたし。そうは言っても、本当はこわくてたまらなかった。

□(16)



「あなたは、どこを受験したの?」
 きっと訊いてほしいんだろうな。〔略〕
「マスコミばっかりだよ。〔略〕いろんな人に会えそうだし、何がチャンスになるかわからないじゃない」
チャンス?
自分を生かすチャンスだよ
 ふーん、あなたのチャンスって有名な会社に入らないとだめなんだ、と一瞬思ったけれど、何もそんな本当のこと、他人に言う必要もない。

□(22)

 

 受付には、「気が付いた人がする仕事」というものがある。
〔略〕でも、この手の仕事って、二人人間がいたら先に気が付いてしまったほうが負けではないだろうか。気が付かないほうは、本当に気が付かないのか。それとも、気が付かない振りをしているのだろうか。
〔略〕
 気が付かないって、強いのだ。
 別に、小鉢を持っていくのが嫌なわけではない。仕事とも言えないぐらいのことなのだ。ただ、それをしないで済まそうとする宮本さんの心が嫌なのだった。

□(118-9)

 実感。でも、そればかり気にしているのも嫌だから、自分がするものだと思ってすればいい、そこから学ぶこともあるはずだ、と切り換えたほうがいい。主人公がそうしたように。



不必要な波風は立てずに、やるべきことを、きちんとする。それが会社で一番必要とされていることだ。今までは、友達かどうか、それしかなかったけれど、友達というスイッチは、会社では使わないものなのだ。それに気が付けば、なんでもないのかもしれない。
□(132)

 “八方美人である”人はみんな、“友達スイッチ”を切っているのか。“友達スイッチ”を明らかに切っている人、「切っている」と公言している人と付き合うのは、実は楽なのかもしれない(でも、そういう人と友だちにはなれないよね)。楽じゃないのは、“友達スイッチ”を入れたり切ったりする人と付き合うことだ。「大学院」という、あるいは「研究室」という、大学(学部)とは違い、会社/職場ともまた違う、よくわからない変な場所にいると、そのように感じる。「大学院」「研究室」という特殊な場所が、“友達スイッチ”を入れたり切ったりすることを求めるのかもしれないが。

 わたしも基本的には“友達スイッチ”は切っているかもしれない。意識はしていないが、そうかもしれないとは思う。しかし、ときどき本音の部分を吐露することもあり、それをきちんと拾ってくれた人とは友だちになるし、逆にわたしが拾えば、というか、わたしが拾ったことに相手が気付けば、その人ともまた友だちになる。そうして友だちができてきた。共感? みんなとそうなる必要はない。それでいいと思う。



「〔略〕その時、わたし、自分がここの社員の役を演じてるなって、感じたんです。台詞は敬語と『いらっしゃいませ』とか『失礼ですが』とかの、決まり文句を言っている。〔略〕」
□(135)

 「社員」でなくても、みんな何かしら演じているのかもしれない。演じていない人はたぶんいない。そこに問題があるとすれば、それは演じる/演じないではないような気がする。



「〔略〕じゃあ、どんな時のみのりを見て、好きになったらいいわけ?
「うーん、よくわからないけど、とにかく会社でのわたしは、だめなんです。にせ者だから
じゃあ本物はどこへ行ったの
休憩中です

□(136-7)

 「にせ者」とか「本物」とか、そのうち区別がわからなくなってくるのではないか、という気がする。「休憩中」の「本物」がいつのまにかいなくなっていることもあるのではないか、という気がする。そして、「にせ者」と「本物」との区別がわからなくなることがわるいことであるとすぐに言えるのかどうかもわからないのではないか、という気がする。

 「教師」という立場に立ったりそこから降りたり、ということを繰り返していると、その立場に立っているときの自分といないときの自分とのあいだのずれに敏感にはなる。



女の人って大変だ、とみのりは思う。人から「何歳ぐらいだろう」とまず思われ、次には「結婚しているのかな」と、思われ、その次は「子供はいるのかな」と思われる。女でいるだけで、勝手に推測されてしまう。だから、せめて自分も女なのだから、木島さんのことは「推測」しないように、とみのりは思った。
□(152-3)


@研究室
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by no828 | 2011-08-10 16:35 | 人+本=体 | Comments(0)
2011年 08月 09日

ようやく人生に関わってきたってこと——朝倉かすみ『田村はまだか』

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68(390)朝倉かすみ『田村はまだか』光文社、2008年。

版元




 もちろんぶくおふで105円。気になっていた。というのも、ここでの「田村」は人名だが、わたしの地元の地名もまた「田村」だからである。3.11直後、原発事故があり、その一部が30km圏に掛かる田村には支援物資が入らなかった。原発直下の町から避難者を受け入れてもいた田村には、しかし支援物資が入らなかった。南相馬やいわきには入っても、田村には入らない。すべてが郡山で止まる。だから『田村はまだか』と、まじめにつぶやきつづけるのもあれだからと、書名を表す二重括弧を付してつぶやいたが、もちろん誰もそれには気付かない。

 ちなみに、本作品は第30回吉川英治文学新人賞受賞作、らしい。さらにちなみに、表紙の男は、髪を短くしたリリー・フランキーにも似た表紙の男は、「田村」ではない。花輪春彦である。

 小学校時代を思い出しながら読んだ。小学校時代の仲間とまた集まりたいと思い、願いもするこの登場人物たちを、少し羨ましく思う。

 田村を待つ人びとにとっての田村の物語、田村を待つ人びとの物語。人生を歩むとは、いろいろなものを背負っていくということかもしれない。


□ 
「チャオ」は、「おはよう」「こんにちは」「さようなら」などを兼ねる挨拶語だが、兼ねすぎでは、と、花輪春彦は思っている。たった一語に、そんなに兼ねることはないだろう。とはいえ、出会いと別れがたった一語でこと足りるのはわるくないとも思うのだった。
□(7)



「七つのときは七歳扱いされて、二十歳になったら二十歳扱いされるのよ」
「四十扱いされても困るんだよな」
 と、これは永田一太。
「でも、そう扱われてもやぶさかではない部分がおれのなかに少しだけあるんだよな」
 いいちこが笑った。
「それって、すれたってこと?」
 世間擦れしてきたってこと、と、永田一太も笑う。
ようやく人生に関わってきたってこと

□(25)

 年を重ねるということは、自分の人生に関わる、関わらざるをえなくなる、ということである——。



 誰か、とても暖かいひとの手で、こうして頭を撫でられながら眠りにつきたい夜が、あたしにだってあったりするのよ。
〔略〕
誰かに頭を撫でられて眠りたい夜なら、こんなわたしにもありますからね
 花輪春彦が耳たぶを触りながらいう。
あなただけじゃない

□(121-2)



 坪田隼雄は、ブルースターには意見がないと思っている。あるのは若い娘の微笑ましい生活だけだ。なにを見ました、どうしました、が、かのじょの世界のすべてだと思われ、そこに好感を持っていた。見下ろすような好感である。
□(137)

 教育という営みは、子どもに対する「見下ろすような好感」からはじまるのかな、「見下ろすような好感」からしかはじまらないのかな、と思ったりして。


@研究室
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by no828 | 2011-08-09 15:37 | 人+本=体 | Comments(0)