思索の森と空の群青

onmymind.exblog.jp
ブログトップ

<   2011年 11月 ( 20 )   > この月の画像一覧


2011年 11月 30日

一九六九年にはまだ世界は単純だった——村上春樹『ダンス・ダンス・ダンス』

c0131823_15424390.pngc0131823_1543188.png
127(449)村上春樹『ダンス・ダンス・ダンス 上・下』講談社(講談社文庫)、1991年。

※ 単行本は1988年に同社より刊行。目下販売されている文庫は2004年版。

版元 →   




 これも読んでいなかった。先日(昨日付け)、村上春樹の小説における“こちらの世界”と“あちらの世界”と書いたのだが、小説のなかでは、とくに小説の終わり方において、“こちら”と“あちら”とが融合したようなかたちになっていることがあり、どちらがどちらなのか、よくわからないこともある。村上春樹は現実と想像とをしっかり分けることが大切だと言っているような気がする、と受け止めているわたしとしては、そこで「うーん」と唸ってしまうのである(もちろん声には出さないで)。

 ところで(← 出た!)下巻6ページで「そしてアルコール抜きのビールを飲んだ」という文章がある。1988年にノンアルコールビールがあったのか、村上春樹の創作なのか。


我々は高度資本主義社会に生きているのだ。そこでは無駄遣いが最大の美徳なのだ。政治家はそれを内需の洗練化と呼ぶ。僕はそれを無意味な無駄遣いと呼ぶ。考え方の違いだ。でもたとえ考え方に相違があるにせよ、それがとにかく我々の生きている社会なのだ。それが気にいらなければ、バングラデシュかスーダンに行くしかない。
 僕はとくにバングラデシュにもスーダンにも興味が持てなかった。

□(上.41)

 わたしはバングラデシュに行ったことがあり、後輩のF地くんはスーダンに行った。高度資本主義社会が嫌になったから、ではないはずだが、そうではない社会のありようをそこに見つけようとしたのかもしれない、と今から思わないでもない。むろん、資本から切り離された社会というのは、たぶん、もうない。

 ということが書きたかったのではなく、村上春樹が「バングラディシュ」とか「バングラディッシュ」ではなく「バングラデシュ」ときちんと表記しているところに好感を抱いた、ということが言いたかったのだ。

 しかし、高度資本主義社会に関する引用は続く。


そういう世界では、哲学はどんどん経営理論に似ていった。哲学は時代のダイナミズムに近接するのだ。
 当時はそうは思わなかったけれど、一九六九年にはまだ世界は単純だった。機動隊員に石を投げるというだけのことで、ある場合には人は自己表明を果たすことができた。それなりに良い時代だった。ソフィストケートされた哲学のもとで、いったい誰が警官に石を投げられるだろう? いったい誰が進んで催涙ガスを浴びるだろう? それが現在なのだ。隅から隅まで網が張られている。網の外にはまた別の網がある。何処にも行けない。石を投げれば、それはワープして自分のところに戻ってくる。本当にそうなのだ。

□(上.114.傍点省略)

 高度資本主義社会とリスク社会。再帰性。予言の自己成就。マッチ-ポンプ。情は人のためならず。あれ、最後のは違うか。


「でも今はそうじゃない。何が正義かなんて誰にもわからん。みんなわかってない。だから目の前のことをこなしているだけだ。雪かきだ。君の言うとおりだ」
□(上.362)


「気をつけるんだよ。殺されたくなければ、気をつけた方がいい。戦争というのは必ずあるんだ。いつでも必ずある。ないということはないんだ。ないように見えても必ずある。人間というのはね、真底では殺しあうのが好きなんだ。そしてみんなで殺し疲れるまで殺しあうんだ。殺し疲れるとしばらく休む。それからまた殺しあいを始める。決まってるんだ。誰も信用できないし、何も変わらない。だからどうしようもないんだ。そういうのが嫌だったら別の世界に逃げるしかないんだよ
□(上.154)



「長年こういう商売やってると、まず勘は外れないんだけどなあ」
「長年やってれば外れることもある。確率的に」
「そりゃそうだけど」と運転手はちょっと混乱したような声で言った。「でもお客さん、少し変わってるんじゃないかな」

□(上.109)


「昔ほどは感動しない」
「どうしてかしら?」
「どうしてだろう?」
「教えて」とユキは言った。
本当にいいものは少ないということがわかってくるからだろうね」と僕は言った。

□(上.210)


 僕はベッドに入って、寝つけぬままに枕元の電話を十分か十五分眺めていた。ひょっとしてまたユキから電話がかかってくるかもしれないという気がしたからだ。あるいはユキではない誰かから。そういう時、電話というのは置き去りにされた時限爆弾みたいに思える。いつ鳴り出すかは誰にもわからない。可能性だけが時を刻む。
□(上.230)


「中学校の頃っていうと、君はどんなことを思い出す?」と五反田君が僕に訊いた。
自分という存在のみっともなさとおぞましさ」と僕は答えた。

□(下.25)


死んだ人間のことなら急いで考えることはないよ。大丈夫、ずっと死んでる。もう少し元気になってからゆっくりと考えればいい。僕の言うことわかるか? 死んでるんだ。非常に、完全に、死んでるんだ」
□(下.33)


「彼女に会ってから僕の中での詩に対する考え方自体が変わりました。彼女の写真は何というか、詩というものを裸にしてしまうんです。僕らが言葉を選びに選んで、身を切るようにして紡いだものが、彼女の写真においては一瞬にして具現されているんです。具現(エンバディメント)。彼女はッ空気の中から、光の中から、時間の隙間からそれをさっとつかみとり、人間のいちばん深い部分にある心的情景をエンバディーズするんです。僕の言ってることわかります?」
□(下.84)

 ↑「芸術」とは。


「待てばいいということだよ」と僕は説明した。「ゆっくりとしかるべき時が来るのを待てばいいんだ。何かを無理に変えようとせずに、物事が流れていく方向を見ればいいんだ。そして公平な目で物を見ようと努めればいいんだ。そうすればどうすればいいのかが自然に理解できる。でもみんな忙しすぎる。才能がありすぎて、やるべきことが多すぎる。公平さについて真剣に考えるには自分に対する興味が大きすぎる」
□(下.97)

 何かがやってくるのを待てばいいのだ。いつもそうだった。手詰まりになったときには、慌てて動く必要はない。じっと待っていれば、何かが起こる。何かがやってくる。じっと目をこらして、薄明の中で何かが動き始めるのを待っていればいいのだ。僕は経験からそれを学んだ。それはいつか必ず動くのだ。もしそれが必要なものであるなら、それは必ず動く。
 よろしい、ゆっくり待とう。

□(下.187.傍点省略)

「耳を澄ませば求めているものの声が聞こえる。目をこらせば求められているものの姿が見える」
「標語みたい」と彼女は言った。
「標語じゃない。生きる姿勢を言葉にしただけだ」と僕は言った。

□(下.350)


 まったく変な男だ、と僕は思った。死んでからの方が存在感がある。
□(下.256)



本当に何かをやるといのは惨めに混乱して骨の折れることだよ。意味のない部分が多すぎるしね。でも何かをしたくなるっていうのはいいことだ
□(下.313)


@研究室
[PR]

by no828 | 2011-11-30 12:38 | 人+本=体 | Comments(0)
2011年 11月 29日

オスマントルコ帝国の税金のあつめ方について知りたいんです——村上春樹・佐々木マキ『ふしぎな図書館』

c0131823_17281653.png
126(448)村上春樹・佐々木マキ『ふしぎな図書館』講談社(講談社文庫)、2008年。

※ 初出は(たぶん雑誌)『トレフル』1982年6月号-11月号。2005年、初出からなぜか20年以上も経過ののち、同社より単行本が刊行。

版元 → 




 大人向けの絵本。だから引用箇所もとくにないが、1箇所だけ。ちなみに、題名のとおり舞台は図書館。本を借りに来た少年をめぐる物語である。


「いかような本をおさがしになっておられますかな、坊ちゃん?」
オスマントルコ帝国の税金のあつめ方について知りたいんです

□(頁数不明)

「オスマントルコ帝国の税金のあつめ方」というのがすごい。よく思い付いたな、というのが率直な感想である。


 村上春樹には、“こちらの世界”と“あちらの世界”とが設定されることが多い気がする。本書もそうだ。ただ、“あちらの世界”と言っても、“死後の世界”のことではない。それは何というか、“想像力で作られた世界”のことだ。村上春樹は、想像力の大切さを小説のなかで繰り返し書いているようにわたしには思われる。しかし、想像力だけが大切なのではない。想像力を育み、使う側の人間が“こちらの世界”、つまり生身の触れたこの現実世界の日常を丁寧に生きているかどうかがまずは大切なのだ。想像世界だけを重んじ、そこを生き、現実世界を蔑ろにするというのではいけない。現実世界を軽んじたときの想像力は、人間をますます現実世界から引き剝がし、想像世界に引き込んでしまう。村上の言う想像力は、そういうものではない。村上の言う想像力は、具体的な日常を丁寧に生きる人間が育み使うものである。村上が作品のなかで具体的な日常を丁寧に描写している理由もそこにあるように思われる。

 本書の通奏低音もまた、それである(たぶん)。


@研究室
[PR]

by no828 | 2011-11-29 12:22 | 人+本=体 | Comments(0)
2011年 11月 28日

「ニュースです。幹事長の公約が実現されました」と山田アナ

 この前の土曜日、山本幹事長の結婚式と結婚披露宴とに出席してきた(二次会に出席する余裕はなかった)。幹事長はこれまで、友人の結婚式披露宴および二次会の出し物考案、主に映像作成に関する第一人者でありつづけてきた。そのため、幹事長自身の披露宴のときの幹事はどうするのか、まさか幹事長自身に作らせるのか(それはまずいよ)、じゃあ誰が仕切るのか、二次会はどうするのか、おいおいおいおい、という問題の問題性が近年とみに上昇していた。今回は、もちろん幹事長自身が自ら制作に乗り出した部分はありながらも(ということをちらっと聞いた)、Y木編集長、S井ディレクター、Y田アナ、H貝各氏と、それからいつもの柏木のメンバーの支援があった(ようである。すみません、手伝えておりません)。

c0131823_1312465.jpg
 ケーキ入刀 


c0131823_13131298.jpg
 今回はめずらしく高砂正面の席となった。ふたりの仲の良い様子をよっく観察できた。うふふ。ぶふふ。



 披露宴を締める最後の新郎挨拶において、幹事長は「今とても不思議な感覚のなかにある。ここにいるすべての人、誰ひとり欠けても今の自分はなかったからだ。それは妻も同じだと思う」ということを言っていて、それがとても印象に残っている。

 泣けたね。

 幹事長が披露宴はじまりの挨拶で願っていたように、11月26日、いい風呂の日にふさわしい、温かな気持ちになったのでありました。幹事長もといKちゃんと18歳で出会え、そのときからの仲間とこういうめでたい場を共有できるというのは、何だかすごいことだ、幸せなことだと、そんなことを思っていました。そんな余韻に浸りながら、「結婚式以外でも集まりたいね」と披露宴後にS平と話したけれど、結婚式でないと来られない(結婚式だからこそ来られる)人がいるのも事実なわけで、なかなかに難しい。


 注:今回のS井、Y田両名の貢献は目に見えて明らかであり、これはもはや某放送局の全面的バックアップを得られた結果であると言ってよい(言えない)。地域限定でもよいから、平日18時10分からのニュースで放映してもよいのではないか(よくない)。


@研究室
[PR]

by no828 | 2011-11-28 13:29 | 友人 | Comments(0)
2011年 11月 25日

ある種のことはもう二度と元には戻らないんだ。前にしか進まないんだ——村上春樹『国境の南、太陽の西』

c0131823_16464165.png
125(447)村上春樹『国境の南、太陽の西』講談社(講談社文庫)、1995年。

※ 単行本は1992年に同社より刊行。

版元 → 




 ここのところ村上春樹を集中的に読んでいる、とこの前も書いた。読む本は、古本屋の在庫状況に左右される。とくに、105円の棚の状況に。だから、系統立てて、ということをここでは素直に「刊行順に」という意味で使用しているが、そのように読むことができていない。それに、20歳前後で読んだものもすでにある。

 ここまで読んできて気付いたのは、村上春樹の本には「解説」が付されていないということである。だからどうだというところまでは言えないし、考えてもいない。ただ、“本に解説は付属するものである”というのが通念としてあるから、「ない」のが不自然に見えているのはたしかである。しかしながらよく考えてみれば、“本に解説が付く”は「変だ」と言うこともできる。本に解説が付きはじめたのはいつどのような理由からなのか、どの分野の本からはじまったのか、気にはなる。


 でもそのときの僕にはわかっていなかったのだ。自分がいつか誰かを、とりかえしがつかないくらい深く傷つけるかもしれないということが。人間というのはある場合には、その人間が存在しているというだけで誰かを傷つけてしまうことになるのだ。
□(40)

 教育という行為は、そして開発という行為も、その子を「とりかえしがつかないくらい深く傷つけるかもしれない」。


「でもあなたはもし私に出会わなかったなら、あなたの現在の生活に不満やら疑問を感じることもなく、そのまま平穏に生きていたんじゃないかしら。そうは思わない?
あるいはそうかもしれない。でも現実に僕は君に会ったんだ。そしてそれはもうもと〔ママ〕には戻せないんだよ」と僕は言った。「君が前に言ったように、ある種のことはもう二度と元には戻らないんだ。それは前にしか進まないんだ。島本さん、どこでもいいから、二人で行けるところまで行こう。そして二人でもう一度始めからやりなおそう」

□(251)

 この「もう二度と元には戻らない」「ある種のこと」には教育も、そして開発も含まれるはずである。教育者や開発者は、「あなたはもし私に出会わなかったなら、そのまま平穏に生きていたんじゃないかしら。そうは思わない?」という問いを、自らに投げかけることはあるのか。




僕らは六〇年代後半から七〇年代前半にかけての、熾烈な学園闘争の時代を生きた世代だった。好むと好まざるをにかかわらず、僕らはそういう時代を生きたのだ。ごくおおまかに言うならばそれは、戦後の一時期に存在した理想主義を呑み込んで貪っていくより高度な、より複雑でより洗練された資本主義の論理に対して唱えられたノオだった。少なくとも僕はそう認識していた。それは社会の転換点における激しい発熱のようなものだった。でも今僕がいる世界は既に、より高度な資本主義の論理によって成立している世界だった。結局のところ、僕は知らず知らずのうちにその世界にすっぽりと呑み込まれてしまっていたのだ。僕はBMWのハンドルを握ってシューベルトの『冬の旅』を聞きながら青山通りで信号を待っているときに、ふと思ったものだ。これはなんだか僕の人生じゃないみたいだな、と。まるで誰かが用意してくれた場所で、誰かに用意してもらった生き方をしているみたいだ。いったいこの僕という人間のどこまでが本当の自分で、どこから先が自分じゃないんだろう。ハンドルを握っている僕の手の、いったいどこまでが本当の僕の手なんだろう。このまわりの風景のいったいどこまでが本当の現実の風景なんだろう。それについて考えれば考えるほど、僕にはわけがわからなくなった。
□(98-9.傍点省略)


「違うよ。君が怖かったわけじゃない。僕が怖かったのは拒否されることだったんだ。僕はまだ子供だった。君が僕を待ってくれているなんて僕にはうまく想像できなかったんだ。僕は君に拒否されることが本当に怖かった。君の家に遊びにいって、君に迷惑に思われるのがとても怖かった。だからつい足が遠のいてしまったんだ。そこで辛い思いをするくらいなら、本当に親密に君と一緒にいたときの記憶だけを抱えて生きていた方がいいような気がしたんだ
□(126-7)

 記憶。


「どうして新しいものを読まないの?」
たぶん、がっかりするのが嫌だからだろうね。つまらない本を読むと、時間を無駄に費やしてしまったような気がするんだ。そしてすごくがっかりする。昔はそうじゃなかった。時間はいっぱいあったし、つまらないものを読んだなと思っても、そこから何かしらは得るものはあったような気がする。それなりにね。でも今は違う。ただ単に時間を損したと思うだけだよ。年をとったということかもしれない
「そうね、まあ年をとったというのはたしかね」と彼女は言って、いたずらっぽく笑った。
「君はまだよく本を読んでる?」
「ええ、いつも読んでるわよ。新しいのも古いのも。小説も、小説じゃないのも。つまらないのも、つまらなくないのも。あなたとは逆に、私はきっとただ本を読んで時間をつぶしていくのが好きなのね」

□(140-1)


「〔略〕前にも言ったように、僕は大学を出てからずっと教科書を出版する会社に勤めていた。そこでの仕事というのは本当につまらないものだった。何故なら僕はそこで想像力というものを働かせることができなかったからだよ。そこではむしろ想像力を殺すことが仕事だったんだ。だから僕は仕事が退屈でしかたなかった。会社に行くのが嫌でしかたなかった。本当に息が詰まりそうだった。そこにいると僕は自分がだんだん小さく縮んでいって、そのうちに消えてなくなってしまうんじゃないかという気がした」
□(144)


「まずまずの素晴らしいものを求めて何かにのめり込む人間はいない。九の外れがあっても、一の至高体験を求めて人間は何かに向かっていくんだ。そしてそれが世界を動かしていくんだ。それが芸術というものじゃないかと僕は思う」
□(148)


「お前はどうだい。二人の娘はどっちも同じくらい好きかい?
「同じくらい好きですね」
「それはまだ小さいからだよ」と義父は言った。「子供だってもっと大きくなると、こっちにもだんだん好みというものが出てくる。あちらにも好みは出てくるけれど、こっちにだって出てくる。それはお前にも今にわかるよ」
「そうですか」と僕は言った。
「俺は、お前にだから言うけど、三人の子供の中では有紀子がいちばん好きなんだ。他の子には悪いと思うけど、それはたしかなんだ。有紀子とは気が合うし、信用できる」

□(188)

 わからない。この「わからない」は、“義父よ、何を言っているのだ、そんなことあるわけないじゃないか”という非難の意味が込められた「わからない」ではない。「ついていけない」というのとも違う。文字通り、さっぱりわからないのである。「自分の子ども」とは一体どういう存在なのであろうか。

 自分の親はわれわれ兄弟3人をどう思っているのか、とは、さすがに訊けない。

 そういえば、日本でも放映されたアメリカのドラマ「アリーmyラブ」において、多重結婚で訴えられた女性が「自分の子どもが何人でも平等に愛せるように、夫が何人でも平等に愛せるのよ(だから多重結婚は罪にはならないのよ)」と主張していたことを思い出した。


ごく普通のがいいんだけど、それでいいかな? あるいは僕には想像力が欠けているのかもしれないけれど」と僕は言った。
□(258)


「私が何を考えているかあなたにわかるの?」と彼女は言った。「私の考えていることが本当にあなたにわかっていると思う?」
□(267-8.傍点省略)


「私は思うんだけれど」と彼女は言った、「あなたは私に向かってまだ何も尋ねてない」
明日からもう一度新しい生活を始めたいと僕は思うんだけれど、君はそれについてどう思う?」と僕は尋ねた。
「それがいいと思う」と有紀子はそっと微笑んで言った。

□(296)


@研究室
[PR]

by no828 | 2011-11-25 12:45 | 人+本=体 | Comments(0)
2011年 11月 24日

そういう世界をわざわざ作らなくちゃならないっていうこと自体——村上春樹『アフターダーク』

c0131823_15244657.png
124(446)村上春樹『アフターダーク』講談社(講談社文庫)、2006年。

※ 単行本は同社より2004年に刊行。

版元 → 




 ここに来て村上春樹を集中的に読んでいる。自覚的だ。彼の執筆のモチーフが「想像力」にあるとしたら、わたしはそれに接触したい。

「モチーフ」とは、研究のことばで言えば「問題意識」である。論文を読み解き、それを自らの先行研究に位置付けるかどうかを決めるとき、著者の問題意識に共感できるかどうかが分岐点のひとつになる。しかし、問題意識と論理展開とが常に順接しているとはかぎらない。問題意識の鋭利さを論理展開へと十分に反映することができていないこともある。問題意識はある、というよりむしろ、問題意識だけがある、という場合——それはもちろんわたしにも起こってきたことだが——、おそらくは余計に、広い意味での「方法」にこだわってしまう。

 村上春樹にとっての「小説」は、あるいは「想像力」についての表現を行なうための、やはり「方法」なのであろうか。


何かを本当に知りたいと思ったら、人はそれに応じた代価を支払わなくてはならないということ
 〔略〕「ハワイにまで来て、霜をなめて、苔を食べて暮らしたいとは誰も思わないよな。たしかに。でも長男には、世界を少しでも遠くまで見たいという好奇心があったし、それを押さえることができなかったんだよ。そのために支払わなくちゃいけないものがどんなに大きかったとしてもさ
「知的好奇心」
「まさに」

□(29)

 自分に重ねて受け取ってしまう。長男本人は、それを「代価」だとは、きっと、思っていない。


「僕にはそれほどの才能はない。音楽をやるのはすごく楽しいけどさ、それで飯は食えないよ。何かをうまくやることと、何かを本当にクリエイトすることのあいだには、大きな違いがあるんだ。僕はけっこううまく楽器を吹くことができると思う。褒めてくれる人もいるし、褒められるともちろん嬉しい。でもそれだけだ。だから今月いっぱいでバンドをやめて、音楽からは足を洗おうと思ってるんだ」
何かを本当にクリエイトするって、具体的にいうとどういうことなの?
そうだな……音楽を深く心に届かせることによって、こちらの身体も物理的にいくらかすっと移動し、それと同時に、聴いてる方の身体も物理的にいくらかすっと移動する。そういう共有的な状態を生み出すことだ。たぶん
「むずかしそうね」
「とてもむずかしい」

□(136-7.傍点省略)


時間をかけて、自分の世界みたいなものを少しずつ作ってきたという思いはあります。そこに一人で入りこんでいると、ある程度ほっとした気持ちになれます。でも、そういう世界をわざわざ作らなくちゃならないっていうこと自体、私が傷つきやすい弱い人間だってことですよね? そしてその世界だって、世間から見ればとるに足らない、ちっぽけな世界なんです。段ボール・ハウスみたいに、ちょっと強い風が吹いたら、どっかに飛ばされてしまいそうな……」
「恋人はいる?」

□(245-6)

 と訊いたのは、コオロギ(という名の女性)。


「マリちゃん。私らの立っている地面というのはね、しっかりしてるように見えて、ちょっと何かがあったら、すとーんと下まで抜けてしまうもんやねん。それでいったん抜けてしもたら、もうおしまい、二度と元には戻れん。あとは、その下の方の薄暗い世界で一人で生きていくしかないねん」
□(233)

 彼女は言う、「それで思うんやけどね、人間ゆうのは、記憶を燃料にして生きていくものなんやないのかな。〔略〕大事な記憶も、それほど大事やない記憶も、ぜんぜん役に立たんような記憶も、みんな分け隔てなくただの燃料」
 コオロギは一人で肯く。そして話を続ける。
「それでね、もしそういう燃料が私になかったとしたら、もし記憶の引き出しみたいなものが自分の中になかったとしたら、私はとうの昔にぽきんと二つに折れてたと思う。どっかしみったれたところで、膝を抱えてのたれ死にしていたと思う。大事なことやらしょうもないことやら、いろんな記憶を時に応じてぼちぼちと引き出していけるから、こんな悪夢みたいな生活を続けていても、それなりに生き続けていけるんよ。もうあかん、もうこれ以上やれんと思っても、なんとかそこを乗り越えていけるんよ

□(250-1)

 記憶がなければ「革命」は起きやすいのかもしれないと思った。“記憶があるから辛くても生きていける、我慢できる”という論理は、“わたしを辛くさせ、我慢させている現状”を存続させるように機能するものである。つまり、“じっと我慢する”は、現状維持の論理に加担するものである。この論理からは、その辛くて、我慢を強いられている“それ”自体を変えようという契機は生まれにくい。もちろん忍耐、もっと言えば、納得したうえでの積極的な忍耐は必要だ。嫌だ嫌だと叫ぶだけはいけない。しかし、どう考えてもおかしい、不条理なこともある。記憶による我慢という論理は、この不条理を保持に役立つ。それでよいのか。「何もかも忘れてぱぁーっと行こう」は、実はすごく重要で、必要なことかもしれない。


@研究室

※ タグ機能の使用を先日より開始しました。
[PR]

by no828 | 2011-11-24 12:22 | 人+本=体 | Comments(0)
2011年 11月 22日

想像するって大事なことだという気がするし——村上春樹『海辺のカフカ』

c0131823_14342420.jpgc0131823_14344013.jpg


123(445)村上春樹『海辺のカフカ 上・下』新潮社(新潮文庫)、2005年。

※ 単行本は2002年に同社より刊行。

版元 →  


 読んでいなかった。そのことには、アパートに新しい本棚を2架導入し、蔵書を整理したときに気づいた。つい先日のことだ。3桁だと思っていた蔵書数は、実は4桁になっているかもしれない、ということにも気づいた。持っている本いない本の区別が、わからなくなりつつある。同じ本を2冊、というパターンは5、6例見られた。

 村上春樹にとって「戦争」とは何(であったの)か、ということを改めて思う。彼はそれにこだわっている、「想像力」とともに。あるいは、想像力の欠如した究極のかたちが戦争、なのかもしれない。

 なお、本書は、上巻486ページ、下巻528ページ、合わせて1014ページ。京極夏彦ならば1冊にまとめるであろう。

 なおなお、「カフカ」はチェコ語で「カラス」の意。本文にも出てきます。


そうなれば、これから先学校に行く機会といってもたぶんないだろうし、教室で教わることは好きも嫌いもなくひとつ残らず、しっかりと頭の中に吸収しておいたほうがいいぜ。君はただの吸い取り紙になるんだ。なにを残してなにを捨てるかは、あとになってきめればいいんだからさ。
□(上.19-20)

 ↑ 捨てられないと思う。


「ナカタさん、ここはとてもとても暴力的な世界です。誰も暴力から逃れることはできません。そのことはどうかお忘れにならないでください。どんなに気をつけても気をつけすぎるということはありません。猫にとっても人間にとっても」
□(上.171-2)


 僕は傷ついているのか? 「よくわからない。でももし結婚するようなことがあっても、僕は子どもはつくらないだろうと思う。自分の子どもとどんなふうにつきあえばいいのか、きっとわからないだろうから」
 彼女は言う。「君のところほど本格的に複雑じゃないけど、私だって親とはずっとうまくいかなかったし、おかげでろくでもないことをいっぱいやってきた。だから君の気持ちもわかるんだ。でもさ、早いうちからあまりいろんなことをきっちりきめつかないほうがいいよ。世の中には絶対ってことはないんだから」

□(上.184)

 ↑ 鶴見俊輔を思う。彼は中年になるまで、子どもをつくらなかった。


「でも、よくわからないな。そんなの黙って勝手に想像していればいいじゃない。いちいち私の許可をもらわなくたって、君がなにを想像しているかなんて、私にはどうせわかりっこないんだから
「でも気になるんだ。想像するって大事なことだという気がするし、いちおう断っておいたほうがいいように思ったから。わかるわからないのことじゃなくて」
「君はずいぶん礼儀正しいんだね」と彼女は感心したように言う。「でもそう言われればたしかに、いちおうちょっと断ってもらったほうがいような気がしなくもないな。いいよ。私の裸を自由に想像していいよ。許可するよ」
「ありがとう」と僕は言う。
「どう、君の想像する私の身体って素敵?」
「すごく」と僕は答える。

□(上.191)


ヘッドフォンをはずすと沈黙が聞こえる。沈黙は耳に聞こえるものなんだ。僕はそのことを知る。
□(上.291)


「〔略〕ただね、僕がそれよりも更にうんざりさせられるのは、想像力を欠いた人々だ。T・S・エリオットの言う〈うつろな人間たち〉だ。その想像力の欠如した部分を、うつろな部分を、無感覚な藁くずで埋めて塞いでいるくせに、自分ではそのことに気づかないで表を歩きまわっている人間だ。そしてその無感覚さを、空疎な言葉を並べて、他人に無理に押しつけようとする人間だ。つまり早い話、さっきの二人組のような人間のことだよ」
□(上.384)


アイロニー?
 大島さんは僕の目をのぞきこむ。「いいかい、田村カフカくん、君が今感じていることは、多くのギリシャ悲劇のモチーフになっていることでもあるんだ。人が運命を選ぶのではなく、運命が人を選ぶ。それがギリシャ悲劇の根本にある世界観だ。そしてその悲劇性は——アリストテレスが定義していることだけれど——皮肉なことに当事者の欠点によってというよりは、むしろ美点を梃子にしてもたらされる。僕の言っていることはわかるかい? 人はその欠点によってではなく、その美質によってより大きな悲劇の中にひきずりこまれていく。〔略〕そこに不可避的にアイロニーが生まれる
「しかし救いはない」
「場合によっては」と大島さんは言う、「場合によっては、救いがないということもある。しかしながらアイロニーが人を深め、大きくする。それがより高い次元の救いへの入り口になる。そこに普遍的な希望を見いだすこともできる。〔略〕」

□(上.421)

 ↑ リチャード・ローティーを思う。


愛というのは、世界を再構築することだから、そこではどんなことだって起こりうるんだ
□(上.479)


「そうとはかぎらない。象徴性と意味性とはべつのものだからね。彼女はおそらく意味や論理といった冗長な手続きをパスして、そこにあるべき正しい言葉を手に入れることができたんだ。宙を飛んでいる蝶々の羽をやさしくつまんで捕まえるみたいに、夢の中で言葉をとらえるんだ。芸術家とは、冗長性を回避する資格を持つ人々のことだ
□(下.32)

 ↑ 森村泰昌を思う(→ )。

 加えてふと思ったのは、“本質を捕まえること”と“捕まえた本質を表現すること”とは別のことなのだ、ということである。芸術家はこれらのあいだの距離が短いのではないか。「表現」は方法であり、方法にすぎないとも言えるのかもしれないが、方法を持っているのは強みであり、その方法を獲得するまでの孤独な模索もきっとある。


「いいか、ホシノちゃん。すべての物体は移動の途中にあるんだ。地球も時間も概念も、愛も生命も信念も、正義も悪も、すべてのものごとは液状的で過渡的なものだ。ひとつの場所にひとつのフォルムで永遠に留まるものはない。宇宙そのものが巨大なクロネコ宅急便なんだ」
□(下.127)

 ↑ ヘラクレイトスを思う。


「〔略〕状況にとって何かが必要であって、それがたまたまこの石だったんだ。ロシアの作家アントン・チェーホフがうまいことを言っている。『もし物語の中に拳銃が出てきたら、それは発射されなくてはならない』ってな。どういうことかわかるか?」
〔略〕
「チェーホフが言いたいのはこういうことだ。必然性というのは、自立した概念なんだ。それはロジックやモラルや意味性とはべつの成り立ちをしたものだ。あくまで役割としての機能が集約されたものだ。役割として必然でないものは、そこに存在するべきではない。役割として必然なものは、そこに存在するべきだ。それがドラマツルギーだ。ロジックやモラルや意味性はそのもの自体にではなく、関連性の中に生じる。チェーホフはドラマツルギーというものを理解しておった」

□(下.127-8)


「僕はいったいどうすればいいんだろう?」と僕はたずねる。
なにもしなければいい」と彼は簡潔に答える。
「まったくなにもしない?」
 大島さんはうなずく。「だからこそこうして君を山の中につれていくんだ」
「でも山の中で僕はなにをすればいいんだろう?」
「風の音を聞いていればいい」と彼は言う。「僕はいつもそうしている」

□(下.234)


「君が感じている気持ちは僕にもよくわかる」と大島さんは言う。「にもかかわらず、それはやはり君が自分で考えて、自分で判断しなくてはならないことだ。誰も君のかわりに考えてあげることはできない。恋をするというのは要するにそういうことなんだ、田村カフカくん。息をのむような素晴らしい思いをするのも君ひとりなら、深い闇の中で行き惑うのも君ひとりだ。君は自分の身体〔からだ〕と心でそれに耐えなくてはならない
□(下.268)


「そうだ。相互メタファー。君の外にあるものは、君の内にあるものの投影であり、君の内にあるものは、君の外にあるものの投影だ。だからしばしば君は、君の外にある迷宮に足を踏み入れることによって、君自身の内にセットされた迷宮に足を踏み入れることになる。それは多くの場合とても危険なことだ
□(下.271)


「何が書いてあったのか知らないけど、とにかく全部きれいになくなってしまった。世の中からかたちあるものが少し減って、そのぶん無が増えたってわけだ
「ホシノさん」
「なんだい?」
「ひとつだけうかがいたいのでありますが」
「いいとも」
無は増えるものなのでありましょうか?

□(下.390)


ことばで説明してもそこにあるものを正しく伝えることはできないから。本当の答えというのはことばにはできないものだから
そういうことだ」とサダさんは言う。「そのとおりだ。それで、ことばで説明しても正しく伝わらないものは、まったく説明しないのがいちばんいい」
「たとえ自分に対しても?」
「そうだ。たとえ自分に対してもだ」とサダさんは言う。「自分に対しても、たぶんなにも説明しないほうがいい」

□(下.509-10)


@研究室
[PR]

by no828 | 2011-11-22 12:23 | 人+本=体 | Comments(0)
2011年 11月 21日

「自分は自分の最善を尽すしかない」というのはかなり哀しいあり方である——橋本治『橋本治という考え方』

c0131823_1781125.jpg
橋本治『橋本治という考え方 What kind of fool am I』朝日新聞出版、2009年。

版元 → 




 橋本治先生の著作は読んでもこのブログで紹介することはあまりない。というのは、それはわたしにとっては“平易なことばで語られた一級の哲学書”、つまり哲学書だからであり、しかしこのブログは基本的にそういった書物は紹介しない(で、手書きでノートに書き写す)からである。だが、今回は、もしかしたら“そういう思い”(というのは以下に引用された思いのことである)を抱きながら、寂しさをも抱きながら、自らの思考をめぐらせている方もいるかもしれない、そうした方とはここに書かれていることを共有したい、というふうに思い、いくつか引用することにした。


 「自分は自分の最善を尽すしかない」というのは、かなり哀しいあり方である。「他人の批評に身を委ねることが出来ない」——体質ではなく、状況がそうなってしまっていたからこそ、「自分は自分の最善を尽すしかないな」という決意をしてしまったのである。
 〔略〕「自分で自分に言いきかせるしかない」というのは、考えてみれば、孤独なあり方である。〔略〕気がつくと、「他人の批評」を拒絶している結果になる。この哀しさの大本は、その人間が「他人が共有している批評の埒外にいた」ということにある。
 〔略〕「みんながああやってんだから、自分もそうしとこう」というのは、「他人と共有する批評の埒内にいる」なのである。〔略〕
 一方、「他人と共有する批評の埒外にある」は、他人のあり方を見て「なんであんな風にしてられるのか分からない」と思う人間である。分からないのだから「埒外」で、つまり、「他人と批評が共有出来ない」なのである。

□(68-9.傍点省略)

 こういうふうに言ってもらえたことをありがたいと思うわたしは、つまりは「自分は自分の最善を尽すしかない」「他人と批評が共有出来ない」と考える人間である。少なくとも、自分の専門領域においてはそうである。もちろん、領域内外にわかってくださる、批評を共有できる方がまったくいないではなく、それもまたありがたいことなのだが、広く見ればわたしは「他人と共有する批評の埒外にある」。

 これはしかたがない、というか、それでよいと思っている(し、それがよいとまで思っているかもしれない)。しかし、いつでもそのように思えるほどにわたしは素直ではない。「うぐぅ」と思うこともある。そのような位置にわたしを“追いやっているもの”を想定し、それを敵対視してしまうこともないではない。だが、そういう考え方をしてもしかたがない——と橋本先生は言う。


 〔略〕つまり、「自分を批評の埒外に置いてしまったもの=敵」という考え方である。こういう考え方をせざるをえない時期というのもあるとは思うのだが、しかし、これは不毛な考え方である。この考え方に従っていると、「自分の最善を尽す」というあり方が穢されたり崩壊してしまう。それは、「自分が誰かによって批評の埒外に置かれ、“最善を尽す”を強いられている」という被害意識の誕生である。
 私は「自分の最善を尽す」がそんなに悪いことだとも思わず、「自分の最善を尽す」という立場に立てることは幸運でもあると思っているので、そういう考え方はしたくない。

□(70)


 自分の最善を尽そう。「孤独」ということばは嫌いではない。


@研究室
[PR]

by no828 | 2011-11-21 12:05 | 思索の森の言の葉は | Comments(0)
2011年 11月 18日

「理由」は事象をあとから常識的な範囲で記録するための見出し、インデックスである——森博嗣『赤緑黒白』

c0131823_17392490.png
122(444)森博嗣『赤緑黒白 Red Green Black and White』講談社(講談社文庫)、2005年。

※ 本書は2002年に講談社ノベルスとして刊行。

版元 → 




 Vシリーズ第10弾にして、Vシリーズ完結編。「完結」にしては、どこか半端であるとの読後感を禁じえない。説明不足というか。それが狙いなのかもしれないが。

 ちなみに、第9弾を読んだのは5月のようだ(→ )。だいぶ時間が空いた。

 ところで(← 出た!この強引な展開!論文で「ところで」は使わないように!)、このシリーズの時代設定はいつなのか、気になった。刑事が出先から本部に連絡する場面で、電話ボックスに走ったり、公衆電話を使うところがある。携帯電話が普及する前の時代か。この時代設定に捕らわれたのは、Vシリーズと犀川&萌絵のS&Mシリーズとの交差点がどこなのか、それが気になっているからである。S&Mではインターネットが登場していることから、本の刊行された順番はS&M→Vだが、物語の時代設定の順番はV→S&Mではないかと思われる。そうすると、わたし内部の「へっくん」@V=犀川@S&M説を検証する余地はまだあるということになる。(ファンのあいだではもう明らかになっていることかもしれない。)


 完成のあとにやってくるものが恐いのでは?
 そう考えられないこともない。

□(15)


「そもそもが、我々人間は、そういった揺れ動く存在なのだ。今までレールの上を走ってきたからといって、ずっとレールから外れないと思う方が、どうかしている。そちらの方が不可解だ」
□(120)


 しかし、こうして周囲に対して鈍感になっていくことで、得られる安心もきっとあるだろう。そう思い、そう信じながら、死んでも良いといつかは感じられるように、プログラムされているのだ。優しいシステムではないか。
□(132)


「なんや、命の尊さっていうんは、実体がよくわからんもんやもね。そもそも、なんで尊いん?」
「一度消えちゃったら、もう元に戻らないからじゃないかな」
「そんなん、パチンコの玉かて、消えたら戻らんで」
「また、買えば良いじゃん」
「人間かて、また産めばええやん」
「人間の場合は、同じ人が出てこないもん。死んじゃった人が、もう一度生まれてくるわけじゃないでしょう?」
そういう一回限りいうんが、尊いってこと? それだけ? うーん、なんか、ちょい違ってる気が……

□(258-9)


 一般に、目的のない犯罪に対しては、人間社会の防衛システムはまだ確立していない。どういった人間が、それを引き起こすのかも明確に把握されていない。それは簡単に起こり、そして、簡単には防げないのだ。
 どういった社会ならば、パーフェクトな安全が約束できるだろう。

□(292)


「普通じゃない。そう、誰だって、普通じゃないわ。普通っていうのは、つまり平均でしょう? 平均したものは、シーソーの中心に来る。だけど、そこには誰も乗っていない」
□(299)


 あのキーで封じ込められているのは、
 実はこちら側。
 彼以外のすべて、
 社会のすべてが、
 秋野の築いた牢獄に入れられているのかもしれない。

□(305)


 憎いから殺した、金が欲しかったから殺した、という「理由」は、事象をあとから常識的な範囲で記録するための見出し、つまりインデックスである。
□(335)


「人のこと気にしてたらあかん。自分さえ良かったら、それでええねん。そういうのが、幸せの基本形」
「うん。否定できないな、それ」
みんなが、自分のことが大事で、自分が楽をしたい、自分が好きなことをしたい。それで、今の世の中になったんやないの。自分が幸せになりたいっていうエゴが、民主主義を作ったんやない?

□(398)



 つまり、物語とは、それを語る人物(すなわち私)が意図的に線を引き、輪を描いて囲ったうえで、ばらばらに存在する内容物を都合良く順序づけて並べた記号である。
 おおかたは、事実に沿っているといえるが、
 だが、文字にした瞬間、
 文章に記した段階で、
 それは確実に虚構のものとなる。

□(590)

 これが掲載されているのは、菅聡子の「解説」であり、菅が森の『恋恋蓮歩の演習』から引用したものである。わたしからすれば、つまりは孫引きなのだが、そのわたしはすでに『恋恋』を読んでもいて、だから自分でも引用しているはずだと思った。しかし、それはなされていなかった(→ )。いつ、なにに、なにゆえに、自分が捕捉されるのか、というのは、本当にわからない。捕捉されたり、されなかったり、明確な理由があるときもあり、些細な理由しかないときもある。


@研究室
[PR]

by no828 | 2011-11-18 18:44 | 人+本=体 | Comments(0)
2011年 11月 17日

異議申し立てをするものというのは、やはり面白いと思います——森村泰昌『なにものかへのレクイエム』

c0131823_14204095.jpg
121(443)森村泰昌『対談集 なにものかへのレクイエム——二〇世紀を思考する』岩波書店、2011年。

版元 → 




 美術家 森村泰昌の対談集。2010年から2011年にかけ、本書タイトルと同名の森村の個展が開催された。それを機に持たれた対談の、この本は記録。対談者は、鈴木邦男(政治活動家)、福岡伸一(分子生物学者)、平野啓一郎(小説家)、上野千鶴子(社会学者)、藤原帰一(国際政治学者)、やなぎみわ(美術家)、高橋源一郎(作家)。高橋との対談は3.11後に行なわれ、原発にも触れられている。


森村 こうして自分の展覧会を通じていろいろ考えさせられましたが、僕らがまずすべきだと思うのは、「懺悔せよ」です。それはまさに芸術がすべきことでもあると思うけど、「ごめんなさい、すべて私が悪いんです」と、この言葉をまず最初に言わずして、何が社会貢献でしょう。
 日本は一九四五年に原爆を落とされた国です。そして皆が「原爆を忘れない」と誓ったはずなんです。核については非常にデリケートで、「持たず、作らず、持ち込ませず」の非核三原則でやっていくということを、戦後一貫して言い続けてきた国のはずです。でも僕から見れば、原子炉は核爆弾も同然。相手の国に撃ち込むか、自分の国で自爆させるかだけの違いしかありません。〔略〕
高橋 おっしゃるとおり、今回の原発事故は、僕たち自身が選んだとしか思えない、戦後六六年の正しい帰結だと思います。だから「びっくりした」じゃなくて、「やっぱりね」と考えた方がいい。〔略〕
 結局、日本は核兵器を持たない、代わりに原発を作る、と振り替えたんです。原発は日本にとって、経済戦争を勝ち抜くための核兵器だったわけですが、それについてどうかなと疑問を感じながらも、推進派と反対派で勝手にやってくれという感じで、僕らは原発で作られた電気の恩恵を享受してきました。放置していたのは、認めたということです。その正当な報いを受けることでやっと目が覚めて、また負債を返さなくてはならない時期になったのかなとも思います。

□(177-8)

 これは、わたしもちゃんと引き取るべきことばだと思った。原発を放置してこなかった人、しかも今回の事故で汚染された土地にいて原発を放置してこなかった人、を想わずにはいられない。


 さて、森村は“化ける人”である。本のカバー写真の人物も、実は、全部森村。ケネディ暗殺の容疑者リー・ハーヴェイ・オズワルドがジャック・レオン・ルビーに射殺される場面。本の中でも、森村の三島由紀夫、森村のマリリン・モンローなどを観ることができる。もちろん、そのように20世紀の諸人物に“化ける”、“なりきる”、あるいは“追体験する”森村の芸術論も、断片的にだが、本書の中には散りばめられている。

 以下、赤ペンを引いたところからいくつか。“芸術とは”、“科学・学問とは”、そして“芸術と科学・学問との関係とは”あたりを。


森村 〔略〕芸術というものには、さまざまな主義主張を超えた、光景そのものに感受する感性があると思うんです。
□(10)

森村 〔略〕僕がなにものにも染まらなかったのは、芸術だからなんですよ。というのは、芸術は徒党を組まないのです。僕らはなにかの仲間になるのは、すべて嫌っていたんです。
鈴木 そうか。僕らのなかでは、右翼も左翼もそうですが、こうしたら日本はよくなる、世界はよくなるという原理を見つけて、それが一〇〇人に増える、一〇〇〇人に増える、一万人に増えれば、世界はよくなるだろうと思ってやってたんですね。それが僕は四〇年近く右翼運動をやってきた。〔略〕でも、森村さんは学生の頃からそれを持っていたんですね。芸術は群れない、と。
森村 そう言ってもらうと格好よく聞こえますが、「私はこれです」って言えない感受性は、とてもあやふやなものですよ。それは自分にとって大いなる悩みだった。鈴木さんのように一貫してる人を僕は見たことがない。普通はぶれますよ。
鈴木 ぶれないほうが楽だからですよ。
森村 いや、違いますって。
鈴木 かつて竹中労というルポライターが書いた文章でひじょうに印象的なものがあります。「人間は弱いから群れるのではない」。僕らはそう思っていた。一人だと力がないからだと。だけど竹中労は「人間は群れるから弱いんだ」と言う。おおっと思ってね。それは我々にはまったくなかった発想ですよ。

□(12-3)

 ぶれないほうが楽だから、というのは、わかる、気がする。学問の(揺るがない)「立場」もそれ。主義とか。もちろん、他人から、状況によって、与えられた「立場」というのもある。見なされた「立場」というか。そのなかでどう振る舞うか、ということもまた考えないといけない。
 それをも含め、ぶれないのは弱いから、というのは変わらない。ぶれたみっともない(かもしれない)自分に会いたくないから。彷徨いたくないから。
 宗教での「信仰」も、こうした「ぶれない」の一種かもしれない。だから学問の人は、とりわけ宗教と学問とを切り分けて学問をする人は、特定の「立場」、主義主張に固執してはいけないのではないか。
 しかし、そもそも「ぶれない」が望ましい姿として印象されるのはなぜか。「一貫性」が価値とされるのはなぜか。
 あと、“一貫してぶれまくる”のは果たして「ぶれる」なのか、それとも「ぶれない/一貫性」なのか、とか。


森村 〔略〕私には「言葉」というものが重荷に感じられます。「言葉」がこの世にないほうが嬉しい。
□(52)

森村 〔森村の作品は〕まず型を決めることで、中身が生まれる。外側をガラッと変えてしまうことで、その器に入っていく何かが自然と現れてくるという手続きだと思うんです。
□(62)



森村 〔略〕僕個人としては、今みたいなマウスが登場してくる時代に、では芸術は何をするのかと言えば、そうした科学へのカウンターパンチみたいなもののような気がします。つまり、科学ですごく面白いことが起こっているので、それで芸術をやってみました、というのでもなく、あるいは科学の世界とはまったく無関係にただきれいな山を描きましたというようなスタンスとも違って、科学的な世界に対して視線は行っているんだけど、でもベッタリ密着するのではなく、むしろそこにパンチを食らわせようというようなスタンスですね。
〔略〕
 異議申し立てをするものというのは、やはり面白いと思います。

□(35-7)

森村 芸術というのは、非常に不思議な成り立ちをしているような気がします。それは、公のものと私的なもの、ものすごく個人的な思いと社会に対する何かの発言といったものが、渾然一体、背中合わせになっているような気がするんですね。もしかしたら、人間の行いというものはすべてそうかもしれないです。
〔略〕
 芸術家の場合は、「私」がすごく大事なんです。「私がどう思ったか」「私が何をするのか」「私はどう考えるのか」。そこのところから何かを出発させる。これは、非常にモダニスティックな考え方だとは思います。つまり、一枚の絵を描くというのは、一枚のキャンバスを前にして画家がいて、その画家という「私」が何かを描くのであって、表現というのは、ここがすべての出発点だという、このモダニズムを信じているという面が、私にはありますね。

□(130)



福岡 〔略〕しかし、実は科学のほとんどは、ある人が「これは面白いな」と思ってちょろちょろやるような個人的な営みなんです。だからそんなにお金は必要なくて、年間で数百万とかあればなんとかやっていける。科学振興って本当は、そうしたものに広く浅くばら撒いておくことくらいでしかできないんですね。もちろんその大半は役に立たないんですけど、でもそれでいいんです。〔略〕そうした本来的には何の役にも立たないもの、ただ「知りたい」ということだけに根をもつものとしてスモールサイエンスはあって、そしてその根からしか有用な芽は出てこない。つまり、大事なのはその沈殿の厚みなんです。
□(40-1)

 共感。超共感。


上野 〔略〕「研究者とアーティストは違う」と差別化されましたが、研究者だって、いきなり単純な一般化に到達するわけではなくて、最初は直観から出発します。私がやっている女性学だって、出発点は「おやじぃ、ムカつくぅ」、それだけですから。直観で「なんかイヤだな、キモチ悪いな、何でだろうな」と思っていろいろやってみたら、「あー、そうだったのか」と、あとで謎解きをするというのが学問なので、そこは誤解しないでいただきたいと思います。
□(90)

 共感。超共感。(2回目)

 学問は、直観に留まらない。芸術は留まる。ある意味、芸術には結論しかないのかもしれない。学問は、直観が招来したのち、結論までの思考の軌跡を開示し、説明する。結論だけではいけない。結論までの、その思考の痕跡を刻み付けたのが論文。


 哲学は、というか、学問は、芸術に似ているかもしれない、というか、芸術の一種かもしれない、というのが、本全体の、わたしに引きつけたときの、読後感であります。そういえば、わたしの修士号は、修士(教育学)、英語だと Master of Arts (Education) 。アーツ。


 参考1:森村泰昌『「美しい」ってなんだろう?』の読書記録 → 
 参考2:「森村泰昌」芸術研究所 → 


@研究室
[PR]

by no828 | 2011-11-17 15:55 | 人+本=体 | Comments(0)
2011年 11月 16日

じっくりと腰を据えれば良いことを、早くなんとかしようとされるでしょう?——森博嗣『レタス・フライ』

c0131823_1522472.png
120(442)森博嗣『レタス・フライ Lettuce Fry』講談社(講談社文庫)、2009年。

※ 本書は、2006年に講談社ノベルスとして刊行。初出は『メフィスト』ほか。

版元 → 




 短編集。森博嗣の短篇は、しかしよくわからない。「よくわからない」は、物語性が掴めない、という意味である。そこに断片的に埋め込まれた“ものの見方・考え方”はわかるのだが。


ああ、綺麗ですね。夜の方が立派に見える
だいたいのものは、そうだよ

□(「ラジオの似合う夜」55)

 だいたいのものは、秋から冬の方が綺麗に見える。


貴方はいつも急ごうとなさるの。じっくりと腰を据えれば良いことを、早くなんとかしようとされるでしょう?
「そうかな」
「お仕事だから、しかたがありませんけれど、頭はそんなに速く回らないわ。適度な速さというものがあります
「なんか、叱られているようだね」
「ごめんなさい、そんなつもりじゃないの。時間をかければ、絶対に解決ができると思います。それが言いたかっただけ」
「わかった。ありがとう」

□(69)

 研究における適度な速さ、というものを思う。学友O坪が自らを「大器晩成」と形容していたが、それはわたしにこそふさわしい。


 僕が僕という一人の人間だと認識したのはいつだっただろうか。そして、そのすぐあとにはもう、僕の周囲にという囲いがあって、ここからは出られない、ここから見えるものだけが僕の視界で、すべての悲しみも、すべての喜びも、この内側だけで展開するものだということを重ねて学んできたのだ。
 最初は、それが普通のことだと考えた。むしろ、檻の存在は僕を安心させる。この中にいるかぎり安全だ。恐ろしいものは、たいていは檻の外にあって、そして大きい。だから、檻の中へは、僕のすぐそばまでは、入ってこられない。それだから、居心地が良いとさえ僕は感じていた。
 もう少し大きくなった頃には、この檻は、どうして作られたものだろうか、と考えるようになった。誰が僕のために与えてくれたのだろうか。〔略〕やはり、大人しく内側にいるこの状況が、このうえなく安全で、さらに、ここにいるからこそ僕が僕なのではないか、という漠然とした予感があったからだ。つまり、もし檻を破って外に出ていったら、もうそれは僕という人格ではなくなってしまうのではないか、と思えた。〔略〕そう、そもそも、中に閉じ込められているという発想が間違っているのではないか。ここが僕という存在そのものなのだ。すなわち、僕はここ以外にない。内も外もない。したがって、出ていくとか、打ち破るとか、そういった概念さえありえないのだと。
 けれども、またもう少し大きなった頃には、事情がだいぶ変わってきた。

□(99-100)

 このような感覚をわたしにもたらしたのは、意識であり、今でもそうした感覚はある。次に、身体。身体から離脱したいと思った。身体を伴わない意識を獲得したいと思った。そうした地平に突き抜けたいと思った。しかし、それらはいずれも無理であった。最近は、この身体とも折り合いをつけられるようになった、というか、うまく操縦できるようになった、気がする、のも意識のなせる業なのである。


@研究室
[PR]

by no828 | 2011-11-16 15:42 | 人+本=体 | Comments(0)