思索の森と空の群青

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2012年 03月 29日

一所懸命に生きている姿を見せることが、大人が子供にできる唯一の教育——森博嗣『臨機応答・変問自在』

c0131823_13281567.jpg41(511)森博嗣『森助教授 VS 理系大学生 臨機応答・変問自在』集英社(集英社新書)、2001年。

版元 → 


 森先生の「教育」観(の一部)を知ることができます。講義では、試験はしない、レポートも課さない、毎回質問させて、それで評価する、という方法を採用されていました。その一部が本書で紹介されています。
 本書が意図するところは、その問答のしかた(あるいは雰囲気)、そして、意識(あるいは姿勢)にある。(7)
 教育-学習の直接対面関係において学ぶべきは、教育者の「姿勢」であり、それしか残らないのかもしれない、と最近思います。だから教育方法をいかに技術化(するかを議論)しても、あまり実質的ではないのかもしれない、と思っています。
Q 先生の大学生に対する教育方針は何ですか?
★ 教育方針などありません。しいていえば、教育しないことが方針。教育するという動詞は存在しないと思う。教育を受けるとは、人の生き方を観る、ということだ。
(132)

Q 先生は、教育を受けるとは人の生き方を観るということだとおっしゃっていましたが、それでは先生のなさっている、私たちが受けるこの材料の講義はいったい何なのでしょう? 先生の生き方が、プレハブ部材やPS部材〔プレストレストコンクリート部材〕の説明の中で語られるとは思えません。講義は教育ではないのですか? 先生の講義についての定義を教えて下さい。
★ 講義とは、その学問の目次のようなものです。本を捲るのは君たち自身。森の講義の定義は単なるガイダンス。大学の教育の原点は授業にはない。
(133)

 国立N大学工学部の建築学科の教官として、建築材料や力学の授業を担当してきた。その中で、学生全員に毎回質問をさせている。学生たちはノートの切れ端を破って、短い質問を提出する。それらを集め、すべてワープロで打ち直し、個々に短い回答をつける。それを次週の授業のときにプリントで配って説明している。(5-6)

〔略〕ものを教えることほど勉強になることはない〔略〕他人に物事を説明する行為が伴うとき、個人の頭の中で情報がより整理されるのだろう。確実に理解度が深まる。〔略〕自分が教育者に向いていると思ったことはただの一度もない。〔略〕教えることのうちの九割方は自分が学ぶことだと気づいて、わりと楽しめるかもしれないな、くらいには思い直せるようになった。逆に、人にものを教えたい人ほど、教育者には向いていないのでは、とさえ思う。(8-9)

〔略〕大学生ともなれば、〔略〕大勢が一所に集まって授業を行う必要などなく、一人で好きなときに本を読み、調べ、自分のペースで学べば良い。同じレベルの他人との議論も大学なら可能である。教室の授業よりも、その方がはるかに効率が良い。

 したがって、大学の教師に残された役目とは、学生の質問に答えることだけである。
(11)
 大学で授業をする・を受けることの意味・意義、については考えていますが、まだ明確な答えが出ていません。“この時間に図書館で勉強しててもよい”と思い、“授業に出ることで何かしら学ぶこともある”とも思う。「何かしら」は、やはり「雰囲気」や「姿勢」になるのかもしれません。 
 人は、どう答えるかではなく、何を問うかで評価される。(13)

 結局のところ、教育とは、受け手に「学んでやろう」「吸収してやろう」といった積極性が存在しないかぎり、ほとんど無駄だと断言して良い。〔略〕学習する側の「求める姿勢」「意気込み」こそが不可欠であり、それが教育の必要最小限の成立条件といえる。もし、教師にできることがあるとしたら、実に細〔ささ〕やかな範囲ではあるが、学生にその「やる気」を出させることだけだ。(14-5)

 だが、心がけていることがある。子供が勉強している以上に、自分は仕事をしようと思う。子供が遊んでいる以上に楽しく遊んで、「早く大人になって自由に遊びたいな」と彼らに思わせよう、と考えている。一所懸命に生きている姿を見せることが、大人が子供たちにできる唯一の教育(この言葉には抵抗があるが)だと今は信じているからだ。(22)
 共感。あえて先輩とか後輩という言葉を持ち出すならば、先輩であるわたしが後輩に示すことができるのは、“学問に取り組む姿勢”以外にはない(それが優れたものかどうかはまったくの別問題ですが)。
Q 負けず嫌いという日本語はおかしいと思いませんか? 負けないことが嫌い、つまり「勝つことが嫌い」になるのでは?
★ これは面白い問題で、一分ほど考えました。「食わず嫌い」という言葉から推察できるように、「負けず嫌い」とは、負けるのが嫌なので、勝負をしない人のこと、という意味では。
(32)
 鱗。
Q リサイクルが最近盛んですが、リサイクル用施設の建設コスト等で赤字にはなっていないのですか?
★ 赤字になっている。赤字でも、しなくてはならないこともある。それをわかっていない人や組織が多い。
(34)
 
Q 僕のある友人が最近繰返しの毎日に気づき、そんな生活に不安と不満を持ち始め、自分の存在価値と目標を見失いがちなのですが、先生はその友人を知らないので無茶な質問なのはわかりますが、どうすれば良いと思いますか? また、何か気分転換などはありませんか? 先生もそういう時期がありましたか? こういうことをきくのは馬鹿馬鹿しいですか?
★ 後ろから答えましょう。馬鹿馬鹿しくはない。誰にもそういう経験はあると思う。森の経験則では、次のことが言えます。「何かに悩んでいる人は、解決策を知らないのではなく、最良の解決策を面倒でしたくないだけだ」。その友人には、まず、自分の部屋を片づけることをすすめましょう。
(112)

Q 毎年卒論を書く人は沢山いるのに、そんなに時間をかけて研究することがまだあるのですか?
★ あります。研究すればするほど、研究対象は増える。いくら時間があっても人がいても足りない。それが、学問であり、研究です。動物の中で人間だけができる。
(122-3)

Q 卒業研究は、世界でまだ発見されていないことをやるそうですが、自分の予想や見解がまったく違っても、問題点を提示するだけで研究となるのですか?
★ 論文というものはそういうものです。その人が最初に見つけたのでなければ、論文とはいいません。また、無駄だったという発見も充分に価値があるし、問題点の提示も立派な成果。
(127-8)
 問題提示型の論文があまり評価されていないというのが事実。わたしが「仮説検証型」の研究を不思議に思うのも、検証されるべき仮説しか提示されていないから。「作業仮説」も一緒。文字どおり本末転倒だと感じます。提示した仮説は検証されなかった、この仮説ではうまく行かない(のはなぜか)、という論文をわたしは寡読にして読んだことがありません(分野的に本当に寡読です)。
 

@研究室
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by no828 | 2012-03-29 14:42 | 人+本=体 | Comments(0)
2012年 03月 28日

私の方に迫ってきている。まるで自分たちを忘れては仕事はできんぞと言わんばかりに——齋藤孝『読書力』

c0131823_16382135.gif40(510)齋藤孝『読書力』岩波書店(岩波新書)、2002年。

版元 → 


 基礎の復習のため。「「単なる娯楽のための読書ではなく」、「多少とも精神の緊張を伴う読書」が、この本のテーマだ」(ⅱ)。文庫に加え、新書をも読むことが薦められています。読書リストもあります。刺激を受けます。筆者の読書への想いには共鳴します。「本は読んでも読まなくてもいいというものではない。読まなければならないものだ」(5)とわたしもわたしに対して思います。が、これを他者へ、つまり「教育欲」へとつなげられると、わたしはややたじろぎます。「若者に読書をしなくてもいいという大人は、自分の後から来る者たちが読書習慣を持たずに無知のままでいれば、自分が優位に立てるとでも思っているのであろうか」(5)。いいえ、思っていません。“自分が大切だと思う、だから、相手にも”のあいだをすぐに順接でつなぐことがわたしにはできないのです。
 私の基準としては、本を読んだというのは、まず「要約が言える」ということだ。〔略〕およそ半分以上に目を通し、要約が具体例を含んで言えるのならば、「その本は読んだ」と言えると私は考えている。(18)

 “本を読んだ”とは何か、という問いは、読んだ者を不安にさせます。その意味で、この具体的な答えはひとつの指標になります。(もちろん、要約してもすぐに“その要約は妥当か”という問いが出てきます。そして、どの規準で妥当性を問うかも、必ずしも一様ではありません。だから、要約の仕方がその人の読み方である、と言い切ってしまってもよいのかなと、そう思ったりもします。)
 読書は「知能指数」でするものではない。むしろ、本を読んだ蓄積でするものだ。〔略〕読書は、まさに「継続は力なり」がリアリティをもつ世界だ。(29)

「本をなぜ読まなければいけないのか」という問いに対する私の答えは、まず何よりも「自分をつくる最良の方法だからだ」ということだ。
 自分の世界観や価値観を形成し、自分自身の世界をつくっていく。こうした自己形成のプロセスは、楽しいものだ。
(50)

 自覚していなくても自分の世界は形成されていきますが、自覚すると、あるいは実感すると「楽しい」と思えるようになります。 
 読書の幅が狭いと、一つのものを絶対視するようになる。教養があるということは、幅広い読書をし、総合的な判断を下すことができるということだ。〔略〕矛盾しあう複雑なものを心の中に共存させること。読書で培われるのは、この複雑さの共存だ。(51-2)

 読書は、もちろん知性や情感を磨くものでもあるが、同時に、複数の優れた他者を自分のなかにすまわせることでもある。(69)

 著者の「教養」観がわかりました。「複雑さの共存」には同意(別の箇所で「ためらい」にも価値を与えています)。ここから“絶対視できるものは何もない!”という方向へ突き抜けないことも大事です。それは結局、“たしかなことなど何もない”という見方を絶対視しているだけになってしまいます。
現在の日本では、何かを知らないということは、恥にはならなくなってきている。
 本当は恥と感じて勉強をする方がお互いに伸びるのだが
、「知らなくたって別にいいじゃない」という安易な方向に皆が向かうことで、総合的なテンションが落ちている。
(54)

 これはすごく感じます。大学院でも競って勉強したいと思える院生は残念ながらいません(かつてはいたけれど、退学してしまった)。だからわたしは勝手に教員(全員ではない!)や学外の研究者を競争相手に見立てています。
〔略〕本を踏むことは心理的にできない。〔略〕書籍には、雑誌にはない著者の生命と尊厳が込められているように感じているからだ。(64-5)

 311の大地震で研究室でもアパートでも本棚から本が落ちて床の踏み場がなくなったときに本を踏まざるをえなかったのがものすごく悲しかったことを思い出しました。
 自分の今まで読んできた本が見渡せるというのは、非常な喜びだ。〔略〕たとえば、私の本棚を見てみると、柳田國男や宮沢賢治、フロイト、ゲーテやニーチェ、ヴァレリーやシェイクスピアたちが、狭い部屋の中で非常識とも言えるスペースをとって、私の方に迫ってきている。まるで自分たちを忘れては仕事はできんぞとでも言わんばかりに、存在感を示している。常に意識しているというわけではないが、ぼんやりと壁を見ていると(壁はすべて本棚で埋め尽くされているので)、本の背表紙が自然に目に入ってきてしまう。
 本は借りるものではなく買って読むものだという私の信念は、この背表紙にある。〔略〕したがって、本を二重に置くのはあまりいいことではない。〔略〕というのは、「探せばある」ということと、「自然に目に入ってくる」ということの間には大きな開きがあるからだ。
(70-6)

 ものすごく同意。内田樹さんも本棚の効用について書いていたような気がします。壁=本棚に憧れます。
 こうした読書会をやってみて気がつくのは、読んだつもりでも意外に読み飛ばしているところが多いということだ。あまり気にとめなかったところが、人に指摘されると非常におもしろいところであったことに気づくことが、私によくあった。
 何となく議論する、というのではなく、常に何頁のどこというように、場所を指摘しながら議論を進めた方が、全員にとって生産的だ。選んだ本が充実した内容のものであれば、たとえ読みの浅い人が指摘した箇所であっても、そこの文章に意識を集めることは無駄にはならない。
(175)

 そういう見方あるいは意義付けもありますね、たしかに。読書会をやってきてよかったなと改めて思いました。


@研究室
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by no828 | 2012-03-28 17:39 | 人+本=体 | Comments(4)
2012年 03月 27日

この新しい宗教の名は、〈徹底的に無関心な神の教会〉という——ヴォネガット『タイタンの妖女』

c0131823_1525992.jpg39(509)ヴォネガット・ジュニア、カート『タイタンの妖女』浅倉久志訳、早川書房(ハヤカワ SF 文庫)、1977年。

※ 原著の刊行は1959年、タイトルは The Sirens of Titan 。Siren は、パトカーなどのサイレンをも指しますが、“男を惑わす女”といった意味もあるようです。なお、左の表紙デザインは、わたしの読んだものとは違います。

版元 → 


 要約不可。理不尽。逆説的。にもかかわらず(だからこそ?)、本質的。言語で言語ないし論理を超えようとする試みをわたしは「詩」と呼びますが、そんな印象を受けました。宙吊りにされました。ちなみに、ヴォネガットは『国のない男』(→ )に続いて2冊目です。

 それは最高の意味での文学だった。なぜなら、それはアンクを勇気づけ、注意深くさせ、ひそかに彼を自由にしたからだ。(142)


 国境は消失するだろう。
 戦争欲は消滅するだろう。
 あらゆる羨望、あらゆる不安、あらゆる憎悪は死に絶えるだろう。
 この新しい宗教の名は、〈徹底的に無関心な神の教会〉という。
(193)

 “「愛」の反対は「憎悪」ではなく「無関心」である”を思い出しました。無関心は、たしかに愛をも消してしまいますが、憎悪を消すものでもある……。

 しかし、ボアズは、他人を彼の思いどおりに動かす道具よりも、相棒のほうがずっと必要だという気持になっていた。それにどのみち、この一晩のあいだに、彼は自分が他人になにをやらせたいのか、よくわからなくなってきたのだ。
 淋しくないこと、びくびくしないこと——ボアズはこの二つが人生で大切なことだと考えるようになった。ほんとうの相棒は、ほかのなによりも役に立つものだ。
(195)


だれにとってもいちばん不幸なことがあるとしたら」と彼女はいった。「それはだれにもなにごとにも利用されないことである
 この考えが彼女の緊張をほぐした。彼女はラムフォードの古ぼけた曲面椅子に横たわり、背すじの寒くなるほど美しい土星の環——ラフォードの虹——を見上げた。
わたしを利用してくれてありがとう」と彼女はコンスタントにいった。「たとえ、わたしが利用されたがらなかったにしても
「いや、どういたしまして」とコンスタント。


 今回は引用のさい、blockquote と /blockquote を使用してみました(どちらも < > で挟みます)。文字どおり「引用符」? こちらのほうが見やすいかしら。


@研究室
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by no828 | 2012-03-27 16:22 | 人+本=体 | Comments(0)
2012年 03月 26日

同時にそれは、深い神秘思想への傾斜と対応したものだった——笠井潔『サマー・アポカリプス』

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38(508)笠井潔『サマー・アポカリプス』東京創元社(創元推理文庫)、1996年。

版元 → 


 『バイバイ、エンジェル』(→ )に続く作品です。フランスで哲学を学ぶ「矢吹 駆(やぶき かける)」のいわば現象学的探偵ぶりが描かれています。この一連は「矢吹駆シリーズ」と名付けられているようです(上掲版元サイトご参照)。

 ちなみに、「アポカリプス」とは「黙示録」の意であり、「黙示録」とは「人々の眼から覆われているもの、つまり、秘密の教理〔エゾテリスム、とルビ〕の覆いを取り除くために書かれた書物」(206)です。「何かを表現するものとしての象徴は、何かを隠蔽するための暗号になるわけだ」(453)とは矢吹駆の言葉ではありませんが、合意するところであります。

 観念(への妄信)を嫌悪する著者笠井のスタンスが今回も読み取れました。

 ↓(史実の判断はわたしにはできませんが)シモーヌ・ヴェイユへのアンビバレントな評価。実はわたしも、ヴェイユの書いたものには肯くところが多かったりします。


「〔略〕しかし、ナチスのヨーロッパ征服戦の渦中で、ただ一人、正面からナチのオカルティズムに対抗した女性思想家が生まれた。シモーヌ・ヴェイユだ。アナルコ・サンディカリストの戦闘的な革命家だったヴェイユは、義勇兵として参加したスペインでの経験や現場での工場労働者としての経験から、スターリンの収容所国家ロシアにも、また奴隷工場の富の上に築かれたアメリカにも、本質的な点でナチズムを打倒するべき霊力はありえないと考えていた。ナチによるフランス占領のなかで、ヴェイユはそれまでの平和主義を捨て、狂おしいほどに対独抵抗闘争〔レジスタンス、とルビ〕の最前線に立つことを願ったが、同時にそれは、深い神秘思想への傾斜と対応したものだった。プラトンとキリストを直結させるヴェイユの神秘思想は、典型的な西欧秘教〔エゾテリスム、とルビ〕の理念に根ざすものだった。しかし彼女は、親しい聖職者たちの強い勧めにもかかわらず、ついにカトリックとしての受洗を最後まで拒み通した。暴虐な旧約の神と新約の神を同じ神として認めることができなかったからだ」
□(50)

 ↓ さらにヴェイユ。


「論文のなかで、ヴェイユはこう書いている。
『オク語文明を養った霊感の本質は、ギリシャの霊感のそれに等しい。それは力への認識からなり立っている。この認識は超自然的勇気にのみ属する。……力を認識するとは、それをこの世における絶対に至高のものと認めながらも、憎悪と軽蔑をこめてそれを拒絶することである。この軽蔑は、力の打撃にさらされているものにたいする同情の別の面なのだ』」

□(351)

 ↓「力」を拒みながら変革することの困難。(では、どうすればよいのだ?)


祈りとは、存在しないものへの祈りなのです。悪に満ちたこの世界には神が存在しないが故に、そうであるが故に、神が存在すべきもうひとつの世界の実在が露になるのです。視えない世界、存在しない世界は、それへの祈り、絶望的な狂気じみた祈りのなかにだけその姿をちらりと現わすのです。わたしたちのなかには、この世界を支配する悪、邪悪な力を決して承認できないなにかが含まれています。〔略〕魂の底から搾り出されてくる、苦しみに満ちた祈りのなかにだけ、神がその存在を示されるのです。〔略〕しかし、それを自分の力で解決しうるもの、しなければならぬものと考えた時、あの邪悪な力の理論に憑かれてしまったのです
□(393)

 ↓(史実の判断はわたしにはできませんが)「労働司祭」という言葉が出てきました。ちなみに、須賀敦子の『ヴェネツィアの宿』(→ )と『トリエステの坂道』(→ )にもそれは出てきました。しかし、“収容所があったおかげで”というふうにも論理展開できてしまう危うい告白にも聞こえてしまいかねない。 


「ナチの強制収容所で、私は学んだのですよ。私だけではない。多くの神父が同じように捕えられた。そして私たちは、収容所のなかで初めて、手を使って働く人たちと共に生活することになったのです。とにかく、神父のほとんどが中産階級かもっと特権的な階層の出身だったから、それはとても衝撃的な体験でしたのじゃ。あるいはまた、自分の手を使って働かねばならぬことにもなったし、パンがないということがどんなものなのかを、自分の胃袋で学ぶようにもなったのです。教会が貧しい者たちのあいだにあらねばならないということのほんとうの意味を知ったのはその時じゃった。戦後、私たちは労働司祭と呼ばれるようになりました。収容所の体験を忘れまいと、解放後も貧しい人々のあいだで日々の糧を稼ぎ出す生活をなお続けたからです」
□(211)

 ↓ 解説は奥泉光。まさしく。


 およそ論理の言葉というものは、それが何であれ、自己の絶対性を主張してやまない。自分だけが正しいのだと言い張ってきかない。この絶対性を妄信するならそれは忽ちイデオロギーへと変ずる。絶対性、あるいは真理は、彼岸に、たとえば「神」の手にあるのだとしない限り、人間はイデオロギーの支配から逃れることができない。ところが一方で論理の言葉はどうしても「神」の居場所を世界の裡に発見できない。このジレンマが主知主義の孕む最大の問題であって、これに著者は突き当たったのである〔略〕
□(531)

 ↓ 本筋とは関係ありませんが、「教育」に関わるところなので。大学教授の言葉です。無知であることが罪、ならば、無知のままにさせることも罪、なのか。何についての「無知」が罪なのか、何について「無知」にさせておくことが罪なのか。わたしはそう問うてしまいます。そして、それに単純な答えはないことも知っており、あるいは単純な答えしかないことも知っています。


それ、無知は罪悪というではないか。とすれば、教えを拒んで他人を無知な状態に放置するのも同様に罪だということになる
□(284-5)

※ 誤植:2003年9版、p. 285「異端審問制度の形成課程」→「異端審問制度の形成過程」


@研究室
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by no828 | 2012-03-26 18:17 | 人+本=体 | Comments(0)
2012年 03月 25日

花さま若さま、おめでとうございます

c0131823_17242750.jpg 昨日土曜は東京。非常勤講師先の教員会議と友人 はな(新婦)の結婚式・披露宴。(写真は後者会場の、雨上がりの庭の風景です。)
 
 6時30分に起床。やや頭痛。お酒に受煙が加わると必定です。外は雨。8時にアパートを出発。徒歩で駅へ。8時28分のTX快速。マスク。車内は読書。10時前にS江古田駅着。駅前のMドナルドへ直行。朝M(「ハッシュポテト」付き。「ハッシュドポテト」でも「8種ポテト」でもない)。コーヒーで深呼吸。雨はかなり小降りだが、傘の人が9割。折りたたみ傘を開くのが面倒なわたしは傘なしで歩きました(本末転倒)。15分ほどで看護学校到着。10時30分から会議。今年度の反省と来年度の方針などを確認。終了は予定の12時を越し、学校を出たのは12時25分くらいになってしまいました。外は本降り。傘を開いて急いでE古田駅へ。


 都営線を乗り継ぎS金台へ。最短最速を目指していたら、14時までに行けばよいところを、13時30分には到着。近くのBオフへ。コンディヤック『人間認識起源論 上』(岩波文庫、1994年)などを購入(下巻は不在)。会議中に母から電話があったため、ここで折り返しの電話(博士論文の「製本」が「出版(本として)」だと思っていたらしい、など)。そのあと、H芳園へ。と言っても、目の前です。敷地内で“本館どこ?”と彷徨っていたら、係の人に「白線の上を歩いてください」と注意されました。外套と(会議資料のぎっしり詰まった重い)鞄をクロークに預け、Dらとともに控室へ。新郎が学類の1つ上のため、ドクターS藤ほか先輩方もちらほら。控室にはS平やKちゃんらが先着でした。


c0131823_17281232.jpg 敷地内の教会へ。新郎入場から「よっ!」と声の掛かる明るく楽しい雰囲気でした。個人的な感想を(書かないほうがよいかなと思いながら)小声で書いてしまいますが、牧師の話がやや(かなり?)冗長でした。長く話しても薄まらない内容、ではなかったと言わざるをえません。ついつい私的見解をしゃべりたくなってしまうくらいに温暖な雰囲気であったことはたしかですが、だからといって、です。儀式に必要な、そして重要なことは、私を滅した“型”ではないか、「淡々と」あるいは「粛々と」という副詞ではないか、その儀式の形式性によって逆に確保される新郎新婦および出席者の内面の振幅ではないか、と思います。もちろん、新郎新婦のおふたりがとくに問題を認めていないのであればそれこそ何の問題もありませんし、はな は「式のことは緊張であまり憶えていない」とも言っていました。(牧師についても事前に打ち合わせをすることはできるのでしょうか。)


c0131823_17275444.jpg 挙式ののち、外でフラワー・シャワーとブーケ・トス。写真は「まさにブーケを投げんとす、の新婦」と「まさにブーケを受けとらんがために前景化せんとす、の方々」であります。


 注:後者につきましては、プライバシー保護のため、足元のみの撮影となっております。(優しいなぁ……)


c0131823_17294672.jpg 披露宴会場は木の温もりに溢れていました。照明の当て方もあると思いますが、落ち着きの演出だと感じました。

 席に置かれていた新婦からのメッセージには、“報告を待っています”とありました。いきなり2ショットの写メを送ってくれてもよいし、ツイッター(暗号文可)でもよいから、ということでした。うーん。後者には幹事長の例がありますが……(暗号ではなかったけれど)。


c0131823_1730531.jpg 内容は、「楽しい会にするよー」という新婦からもらったメールにあったように、新郎新婦の入場からすでに「楽しい」ものでした。お色直しからの再入場の仕方も、インパクトがありました。Mちこの挨拶にもあったように、物事の本質を掴むという点に新婦の力はありますし、だからそれが使い方によっては“毒を吐く”ということにもなるのですが(泣かされた男子は挙手っ!はいっ、Q!)、これからは人びとを“はっとさせる”ほうにその力を一層発揮してほしいと思いました。

 その力は、最後の新婦の手紙にも反映されていました。だからこその乾きと、だからこその湿り気が、その言葉には同居していたように思います。事情を知らなかったわたしは、“そうだったんだなぁ”と思いながら聴いていました。


c0131823_1821970.jpg ちなみに、引き出物はそれぞれ違っていたようで(たぶん)、わたしのには「研究がんばって」の付箋とともに、イタリーなペン・ケースが入っていました。わお。最後、新郎新婦と親御さんとご挨拶しながらの退場のときには、名前入りの鉛筆をもらいました。わお。Pほかと「削れないよ」「ナイフで削って大事に使うか」「もったいないよ」と言い合いましたが、個人的には結局、研究室の机の上に飾ることになりそうです。

 たくさんの人が披露宴に呼ばれていましたが、新郎新婦がそのなかの一人ひとりときちんと関係しようとする姿勢がすごく伝わってきました。嬉しかったです。呼んでくれて、ありがとうございました。

 そして改めて、おめでとうございます。(「乾杯の挨拶は短く、ふたりの幸せは末永く」、新郎上司の方の乾杯のご発声、これ結構ヒットしました。)


 
@研究室
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by no828 | 2012-03-25 19:18 | 友人 | Comments(2)
2012年 03月 23日

博士なう

c0131823_17291443.jpg 感慨のようなものはほとんどありません。取って当たり前だから、と書くと傲岸に響くかもしれませんが、博士課程というのは博士号を出す(ために研究指導を行なう)ところであり、院生がその取得を目指して勉強・研究するところですから、それは当然ではあるのです。“末は博士か大臣か”の時代であればまだしも、いまは幸か不幸か、そういう雰囲気にありません。博士号は現下、「末」ではなく「始」に取るものになりました。

 とはいえ、学位を取得してすっきりはしました。


 一貫制の博士課程で8年を過ごしました(後期だと6年です)。8年かけなければ書けなかったのか、と言われると、これは“否”です。書けなかった、ではなく、書かなかった、というのが正直なところです。さっさと書けばよかったと思います。博士論文には、3年で書けるものがあり、5年で書けるものがあるだけです。3年じゃ書けない、5年なら書ける、そういう問題ではない(と思う)。何年かけても納得することはないでしょう。3年なら3年、5年なら5年、書いた年月のそのときどきに、それなりの“納得していない”は付きまといます。これは不可避だと思います。だからわたしは一体何をうじうじしていたのかという思いがあります。修士論文を書いて勢い付いたその流れで一気に書いてしまえばよかったという思いがあります。その流れが相対的に弱まった頃に、博士論文への熱が相対的に冷めてしまった頃に、自らを叱咤激励して書くのはなかなかに辛いものがあります。「君は3年で書くと思っていたけれど」と、ある先生にも言われたことがあります。さまざまあったにせよ、書かなかったのはわたしであり、わたしが書かなかっただけです。

 これだけだとやはり傲岸ですが、謝辞は「あとがき」に記したのでここでは繰り返しません。

 博士号は“足の裏の米粒だ”とよく言われます。“取らないと気持ち悪い、取っても食えない”からです。この喩えを噛み締めています(おいしくないなぁ……)。


@研究室
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by no828 | 2012-03-23 17:24 | 日日 | Comments(4)
2012年 03月 20日

僕は同時にふたつの場所にいたいのです——村上春樹『中国行きのスロウ・ボート』

c0131823_1656720.jpg
37(507)村上春樹『中国行きのスロウ・ボート』中央公論新社(中公文庫)、1986年。

版元 → 

※ 単行本は1983年に中央公論社刊。「新社」になる前ですね。「新社」になったのは読売新聞社に買収(?)されたからだとどこかで読んだことがあります。だから中央公論新社は読売新聞の傘下なうです。「新社」になって何か(それも重要なこと)が変わったのかどうかはよくわかりませんが……。とりあえず、文庫はいぶし銀の作品が多く揃っていると思いますし、新書群における質の高さは中公新書がトップクラスだとは思っています。


 短篇集。(ぶっくおふ105円)

 ⇩ “村上春樹の本質はこれかっ!”と思った箇所です。思わず膝を打ちたくなりました(寝転びながら読んでいたから膝を叩くことも不自然でした。ということを踏まえると、“膝を打つ”は座っていることが前提になっているのだと思いました)。そしてわたしはここに非常に共感します。“ここではないどこか”を希求するけれども、“ここではないどこか”だけを希求するのではない——その態度をわたしは読み取ります。“だけの希求”には、やはり危うさを見てしまいますが、希求しないことにもわたしは危うさを見ます。

(この辺はわたし自身の実存にもかかわる主題があるような気がします。博士論文を書きながら感じたことでもあります。関連して、“研究者であること”と“ただのひとりの人間であること”とを分けられる人・その分裂を引き受けられる人——要は、書いていることとやっていることとは別だと割り切れる人——もいるでしょうが、わたしは無理だなと思いました。というか、無理だからしなくてもよいのだな、と思いました。そういう人を批判しているわけではありません。自分で自分にオッケーを出した、そんなようなところです。)


 実のところ、僕は僕自身であることに対して非常な不満を抱いているのです。容貌とか才能とか地位とか、そういうものに対してではありません。ただ単に僕が僕自身であることに対して、です。とても不公平だと感じるんです。
〔略〕
 僕は同時にふたつの場所にいたいのです。これが僕の唯一の希望です。それ以外には何も望みません。
 しかし僕が僕自身であるという個体性が、そんな僕の希望を邪魔しているのです。これはとても不愉快な事実だと思いませんか? 僕のこの希望はどちらかといえばささやかなものであると思います。世界の支配者になりたいわけでもないし、天才芸術家になりたいわけでもない。空を飛びたいわけでもない。同時にふたつの場所に存在したいというだけなんです。いいですか、三つでも四つでもなく、ただのふたつです。

□(「カンガルー通信」143-4.傍点省略)

 ↓ なぜわたしはそれが書けるのか、を問うて自分の位置を反省して何も言えない、というところに留まるのではなく、そこから何を(どのように)言うか、というようなことを日頃から考えていますが、改めてそれを意識させられたところです。


「ところで」彼女が言った。「あなたの親戚に貧乏な叔母さんはいる?」
「いや」と僕は言った。
「私の身内には貧乏な叔母さんが一人いるの。まったくの本物よ。何年か一緒に暮したこともある」
「うん」
「でも私は彼女について何も書きたくなんかない」
〔略〕
さて、あなたには貧乏な叔母さんなんて一人もいない」と彼女はことばを続けた。「それでも貧乏な叔母さんについて何かを書いてみたいと思う。不思議だと思わない?
 僕は肯く。「何故なんだろう?」
〔略〕「今のあなたには何ひとつ救えないんじゃないかって気がするのよ。何ひとつね
 僕はため息をついた。
「ごめんなさい」
「いや、いいんだ」と僕は言う。「きっと今の僕には安物の枕ひとつ救えないのかもしれない」
 彼女はもう一度微笑んだ。「それにあなたには貧乏な叔母さんさえいない」

□(「貧乏な叔母さんの話」58-60)

 ↓ 「なじめない」という表現に目が止まりました。


「ボーイフレンドはいます」と僕は続けた。「一人か二人。わからないな。どれほどの仲かはわからない。でもそんなことはべつにどうだっていいんです。問題は……彼女がいろんなものになじめないことです。自分の体やら、自分の考えていることやら、自分の求めていることやら、他人が要求していることやら……そんなことにです」
□(「午後の最後の芝生」183)

 ↓ 「三十年か四十年経っても読む価値のある本」の条件とは如何に。もちろん、“当時を知るための資料として”以外の理由による「読む価値」です。身も蓋もない言い方をすれば、それはきっと“みんなが「読む価値」あるよ、と言い続けている”です。では、継続的に言及されるための条件とは如何に。……“この文章を誰に届けたいか”の「誰か」への想像力?


 僕は笑った。「昔の風俗小説が多いんですよ。戦前から昭和二十年、三十年代くらいのね」
「誰か読むのかしら?」
「誰も読まないでしょう。三十年か四十年経っても読む価値のある本なんて百冊に一冊です

□(「土の中の彼女の小さな犬」205)


@研究室
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by no828 | 2012-03-20 17:47 | 人+本=体 | Comments(0)
2012年 03月 19日

学ぶべきことなんて必要なんだろうか。感じるだけじゃあなんだって駄目なんだろう——山田詠美『風味絶佳』

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36(506)山田詠美『風味絶佳』文藝春秋(文春文庫)、2008年。

版元 → 

※ 単行本は2005年に同春秋より刊行。


 短篇集。日本語を愉しみたい人に。解説は高橋源一郎。(ぶっくおふ105円。)


学校か。彼は、ひとりごちる。自分は、そう呼ばれるものを、手なずけることがなかった。二十六にもなって、学ぶべきことを学んで来なかった。そう言われたことがあった。でも、学ぶべきこと、なんて、本当に必要なんだろうか。ただ感じるだけじゃあ、いったい、なんだって駄目なんだろう。
□(「間食」11)

 ↓ ここを読んで、研究と重ねる人もいるのかな、と思いました。「仮説」を「仮設」と書く人もいるわけですし。ただ、わたしは「上に行きてえ」とは思いません。少なくともいまは、「基礎」に留まりたい。「上」で作業している人がたくさんいるから、というのもその理由のひとつです。「穴掘って基礎作」る人もいないといけません。


穴掘って基礎作ってる時は、早く材料組んで上に行きてえって思うし、仮設まで行く頃には、下に戻って落ち着きたくてたまんなくなるし、そこにいるだけでいいって思えない。要するに、おれって、中途半端なのかな? 落ちるのも恐いし、下でしょぼくれてるのも嫌だ」
落ちるのが恐い人は落ちないよ。それに、下で退屈する人は、必ず登れる

□(「間食」23-4)

 ↓「自殺」で死ぬのは一体誰か? 


「しかし呆気ないもんだよなー。あんなに危なっかしい仕事のやり方してても落ちたりしなかった奴が、自分で仕掛けた訳でもない喧嘩で死んじゃうなんてよお」
「いいじゃない。あんなに誰かれかまわず殺してやる、殺されてえか、とか言ってたんだもの。念願が叶ったってことじゃない?」
 雄太は、寺内の言う意味が解らず、訝し気に彼を見た。視線に気付いた彼は、肩をすくめた。
彼の世界は失くなった。つまり、彼は、世界じゅうの人を殺しちゃったのと同じでしょ?
「前におまえが言ってたのってそういうこと? いつも変なこと考えるなあ」
「哲学の基本でしょ?」

□(「間食」44-5)

 ↓「こつ」ねぇ……。とすると、「愛する」はやはり「行為」なのでしょうねぇ……。だから、“うまく「愛する」”があって、“うまく「愛する」ためのこつ”もあるのでしょうねぇ……。わたしはそういう考え方にあまり共感しませんけれど。


「一日に一度は寂しいって思うことって、人を愛するこつだろう?」
□(「風味絶佳」117)

 ↓ わかる、気がします。だから——とつなげますが——「自分〔わたし〕のために」しかも「一所懸命に」何かをしてほしいと他者に願うことは(あまり)ないかもしれません。“嬉しい”と“悲しい”のうち、後者が優先するからでしょう。そうしてしまうのは、この“悲しい”の理由が、誰かが「自分〔わたし〕のために」しかも「一所懸命に」ならないといけないということは、すなわち誰かが「自分〔わたし〕のために」しかも「一所懸命に」ならないといけないくらいに「自分〔わたし〕」がしっかりしていないから、ということの証明になっているから、でもあるでしょう。「自分〔わたし〕」のそういう側面を認識したくないから、ということです。
 しかし、誰かが「自分〔わたし〕のために」しかも「一所懸命に」ならないといけない、そうことをできるだけ(少)なくしたいと願ったとはいえ、生きるということはそもそも誰かが「自分〔わたし〕のために」しかも「一所懸命に」なって(しまって)いることなのであり、ゆえにその“誰か”と“一所懸命さ”とが明示的であるかどうかの違いしかない、ということもわかっている、つもりです。


人が自分のために一所懸命になってくれるのって、嬉しくて悲しいことなんだねえ
□(「アトリエ」188)

 ↓ わたしは幼い頃、「両親」というものは“一心同体”であると思っていました。「役割分担」で認識したことはたぶんない。それが、“父”と“母”とは別の人であるということがだんだんとわかってきました。「それはお父さんに訊いてみて」という母の言葉がきっかけかもしれません。“母の考えはすなわち父の考えだと思ってきたが、そうではないのかもしかして”と思いはじめました。しかし、“一心同体”にせよ「役割分担」にせよ、両親のあいだの関係性の安定は、子どもに安心をもたらすとは思います。もちろん、両親間の関係性の安定によりもたらされた安心を抱いて育った子どもは“よく”育ち、そうではなく育った子どもは“悪く”育つのです、なんてことを言外に言いたいわけではまったくありません。そういう“示唆”が導き出されがちですが、そこはやはり一人ひとり違うのだと思います。K岡と、よくそういう話をしました。


 母が生きていた時はどうだっただろうか、と章造は思い出そうとする。仲は良かった。しかし、その様子は苦楽を共にして来た同志のように見えた。両親が男と女であるなどと考えたこともなかった。同じ家の中にいるのが当然の二人の人間。そこには性別はない代わりに役割があった。父親として母親としての役割分担がきっちりと嚙み合って均衡を保っていた。そして、その明確さが、子供たちを落ち着かせていた。
□(「春眠」224)


@研究室
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by no828 | 2012-03-19 17:04 | 人+本=体 | Comments(0)
2012年 03月 17日

規則に従うことが自律的だと言われるが、しかしそれは規則に従属しているだけではないのか

 基本的に週末しか呑まない。「週末」というのは、金土日。金曜の夜にビールを1ケース買う。350ml にするか 500ml にするかは気分次第。買うのはもっぱら「アサヒ ザ・マスター」(スーパーで日常的に購入できるビールで1番おいしいのはこれだと思います)。これを金土日に2本ずつ呑む。最近、この規則が好きである。

 土曜日は早起きする傾向にある。土曜日が好きだから、というのもあるが、原因として大きいのは前夜にビールを呑むから、だと思う。しかし、日曜と月曜の朝は土曜ほどではない。すると、やはり土曜日が好きだから、ということにもなるのかもしれない。たしかに土曜日は解放的な気持ちになる。

 大体そうだが、今日は6時前に目が覚めた。今日は雨の予報が出ていた。しかし、雨はまだ降っていない。6時を過ぎる頃からぽつりぽつりと水滴の弾く音がしはじめる。個別の音がやがて消え、集合的な雨になる。その音の推移を布団のなかで聴く。なかなかよい。部屋のなかで聴く雨の音が好きである(ただし、外出する必要のないときに限る。外出する必要のあるときの雨は嫌いだ)。

 7時くらいまで布団のなかで考え事をする。研究のことと講義のことが主(「講義」は聴くほうではなく、するほう)。それからカーテンを少し開けて光を取り入れ、その光で本を読む。少し暗い。今朝は(今朝も?)村上春樹。途中まで読み進めていた短篇集を読み終える(後日感想を書きます)。

 それが9時すぎ。起き出してシャワーを浴びる(いつも夜と朝に浴びる。夜は汚れを落とすため、朝は眠気を覚ますため、寝ぐせを直すため)。朝食兼昼食を作って(と言うほどでもないが)食べる。食べ終えて、食器も洗ってしまう。身支度を整え、研究室に向かう。土曜日の研究室も好きである。

 いつもの土曜日が好きである。“いつもの”が好きなのは昔からではない(と思う)。年齢のせい? そうなの? そうなの? 

 しかし、“いつもの”であれば何でも好きなわけではない。時代劇の“いつもの”勧善懲悪は好きになれない。「それがよいのだ。安心するから」と、帰省したときに父は言っていたが、共感することはできない。

 今日はタイトルだけが大仰である。


@研究室
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by no828 | 2012-03-17 16:32 | 日日 | Comments(0)
2012年 03月 16日

これはもう、文章云々をべつにしてとにかく生きるということしかない——村上春樹・安西水丸『村上朝日堂』

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35(505)村上春樹・安西水丸『村上朝日堂』新潮社(新潮文庫)、1987年。

版元 → 

※ 単行本は1984年に若林出版企画より刊行。


 短めのエッセイの集成。結構昔の本なんですね。

 村上さんは、幼い頃に「世界文学全集」と「世界の歴史」を読んでいたそうです。もしこれが「日本文学全集」と「日本の歴史」であったなら、考え方も書くことも違っていたはずだ、と書かれていました。そこを読んで、「教育」について考えました。「教育」はやはり、不可逆的なのです。

 ↓ 昨日の奥泉光とも関連します。“生きてなお書きたいと思うならば、書けばよい”というのが結論でした。


 文章というのは「さあ書こう」と思ってなかなか書けるものではない。まず「何を書くか」という内容が必要だし、「どんな風に書くか」というスタイルが必要である。
 でも若いうちから、自分にふさわしい内容やスタイルが発見できるかというと、これは天才でもないかぎりむずかしい。だからどこかから既成の内容やスタイルを借りてきて、適当にしのいでいくことになる。
 既成のものというのは他人にも受け入れられやすいから、器用な人だとまわりから「お、うまいね」なんてけっこう言われたりする。本人もその気になる。もっとほめられようと思う——という風にして駄目になった人を僕は何人も見てきた。たしかに文章というのは量を書けば上手くなる。でも自分の中にきちんとした方向感覚がない限り、上手さの大半は「器用さ」で終ってしまう。
 それではそんな方向感覚はどうすれば身につくか? これはもう、文章云々をべつにしてとにかく生きるということしかない。

□(「文章の書き方」26-7.傍点省略)

 ↓ 読んで安心しました。(ただ、「質」というのも「実体のないもの」と言えなくもないと思いました。)


 数字というのは実に複雑である。だから総理府統計局なんてところはどうも信用できない。GNP も絶対に眉つばである。
 そりゃ GNP なんていうものが新宿西口広場にどんと置いてあって、さわりたい人は誰でもさわってよろしいっていうんなら僕だって信用してもいいけど、でなきゃ実体のないものなんてとても信じられないよ。
〔略〕
 それはともかく学生時代にアルバイトして買ったレコードは今でもちゃんと覚えていて、一枚一枚大事に聴いている。なんだってそうだけど、数とか量の問題じゃなくて、要は質なんだよ、ということです。

□(「アルバイトについて」12-3)

 ↓ 学部教育の意義は何か? わたしは教育学部ではないところから教育学の大学院に入った。入ってそこで、教員から“君は教育学を勉強してこなかったからね”というようなことを言われた。悔しいので勉強した。でも、“何をどうすれば「教育学を勉強した」ことになるのか”、よくわからなかった。それは誰も教えてくれなかった。学部(学類)で教育学を専攻してきた先輩同輩後輩を見ても、「教育学を勉強してきた」の意味が何なのかはよくわからなかった。


 僕は実は早稲田大学文学部の映画演劇科というところに入っていて、映画の勉強をしていた。しかしだからといってとくに映画にくわしいとか、そういうことはない。また他人に比べて映画をより良く理解できるかというと、そんなこともない。そう考えると大学教育というのはあまり意味がないみたいだ
□(「ビリー・ワイルダーの「サンセット大通り」」90)

 ↓ 大学つながり。村上さんは学生時代からジャズ喫茶を開いていたのです。ちなみに、村上さんは大学を卒業するのに7年かかったらしい。さらにちなみに、奥さんは5年。若いときに“時間をかけた”ことが、あとあと意味を持ってくるのかなぁ……(そうするようにしたい、というのは当然として、そうなってほしいなぁ……)。


 今、「金もないけど、就職もしたくない」という思いを抱いている若者たちはいったいどのような道を歩んでいるのだろうか? かつて僕もそんな一員だっただけに、現在の閉塞した社会状況はとても心配である。抜け道の数が多ければ多いほどその社会は良い社会であると僕は思っている。
□(「国分寺の巻」57)

 ↓ “おぉ、そういうものなのかぁ”と感動しました。「実感」が描かれていると、しかもそれが、自分からもそう遠くはないところにあるものだけれど自分は経験していないことの「実感」だと、すごく“おぉ”と思います。


 先日神田の三省堂書店で本を買っていたら、同じレジで僕の書いた本を買っている女の子がいた。この人は二冊本を買っていて、一冊が僕の本だった。もう一冊が何だったか、その時は覚えていたんだけれど、今どうしても思い出せない。本の著者というのは自分の本が他のどんな種類の本と組みあわせて買われているのかということに対して、すごく興味があるものなのである。
□(「「三省堂書店」で考えたこと」118)

 ↓ 実感つながり。ドイツ滞在1ヶ月の実感。


 それよりはドイツの若い連中がみんな反核バッジを胸につけていたり、パーシングⅡ反対キャンペーン・シールを車にベタベタと貼っているのを見ている方が、世界の空気の流れみたいものを肌で感じることができる。
 本当の情報とはそういうものだと僕は思う。
決して新聞が役に立たないというわけではなく、世の中には右から左に抜けていくだけの身につかない情報が余りにもあふれすぎてるんじゃないかと思うだけである。

□(「新聞を読まないことについて」149)

 ↓ 理由は根本において通用しないのです。「だってそうなんだもん」にならざるをえない。


野蛮というのは人間の性向の問題ではなく、コンセプトの問題である。僕がカキを食べられてハマグリを食べられないことに対して「何故そうなのか?」と問いつめられても、僕としてはものすごく説明に困るのである。性向を説明することは可能だが、コンセプトを説明するのはほぼ不可能だからだ。
 話はぐっと飛んじゃうけど、「どうしてああいう奥さんと一緒になったの?」という質問も同じライン上にある難問である。僕はこういう種類の現実を仮りに〈同時存在的正当性〉と呼んでいるんだけど、なんだか今回は話は〔ママ〕ややこしくなった。

□(「食物の好き嫌いについて(2)」159)

 〈同時存在的正当性〉は、よくわからないのですが、「だってそうなんだもん」としか答えようがない「現実」の正当性は論証・実証しようがない、ということでしょうか。なぜ〈いま・ここ〉がこのようにあり、あのようにはないのか、という問題系、あるいは同一主題における選択を複数同時に実行することは不可能である(たとえば、19時03分に研究室を離脱するという選択と19時03分に研究室に留まるという選択とを両立することはできない)、という命題を指示しているのでしょうか。よくわかりませんが、わからないがゆえに関心が駆り立てられます。


@研究室
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by no828 | 2012-03-16 19:11 | 人+本=体 | Comments(0)