思索の森と空の群青

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2012年 07月 31日

想像すらしていなかったという罪状で——舞城王太郎『世界は密室でできている。』

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117(577)舞城王太郎『世界は密室でできている。The World is made out of Closed Rooms』講談社(講談社文庫)、2005年。

版元 → 

2002年に講談社ノベルスとして刊行。


 あいかわらずのぶっとびぐあいですが、何か大切なものがちらりと見えたりもします。

 誰でも登れば高いところには行ける。高いところに行けば低いところからでは見れない景色が見える。でも高いところからもし落ちたら低いところから落ちるよりはずっと痛い目に遭う訳だし、その痛みは予想以上に痛くなるかも知れないのだ。その痛みは死を招くかも知れないのだし、その死は冗長となりうるのだし、さらに苦痛に加えて屈辱と惨めさと親の理不尽な説教や罵倒を孕むのかも知れないのだ。それはイヤだった。絶対にご免こうむりたかった。だから僕は高いところに登るのをできるだけ控えるようになったのだ。それは僕が十三歳の時だった。(7-8)

 誰もが想像もしていなかった酷い出来事が起こったとっき、その責任を事態の認識の甘さに求めることは有効なのだろうか?だとすれば僕もルンババも警察官たちもマスコミの人間たちも皆等しく有罪だ。でももしある世界に属するほとんどの人間が有罪ならば、その罪は果たして本当に罪なのだろうか?それはいわゆる「自然の状態」として看過されるべきなのではないだろうか?
 しかしそれが「自然の状態」であったとしても、僕たちの中にある罪悪感は消えない。僕もルンババも、警官もマスコミもその周辺の人間も、あるいはその近くにいた一般住人も通りすがりの人間も、そしてエノキも、皆やはり有罪であって、何らかの罰を受けるべきであると、僕は思う。想像もできないような酷いことが自分たちのそばで起こりうるのだと、想像すらしていなかったという罪状で。
(148-9)


@研究室
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by no828 | 2012-07-31 12:39 | 人+本=体 | Comments(0)
2012年 07月 30日

あまり長くいたために折角伸びる素質を持っていても伸びずに終わる——ヒルトン『チップス先生さようなら』

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116(576)ジェイムス・ヒルトン『チップス先生さようなら』菊池重三郎訳、新潮社(新潮文庫)、1956年。

版元 → ●

原著は Good-bye, Mr. Chips、 刊行は1934年。


 英国パブリック・スクールを舞台にした小説です。一応(?)教育学に身を置いている(はずな)ので、ということもあり、読んでみました。

 ちなみに本文105ページ。すぐに読めます。

 それは兎も角、とりわけ注目に値したことは、彼女との結婚から、彼の人間が変わってきたことであった。〔略〕彼はブルックフィールドで、既に二十五年以上も暮らしてきた。それほどいれば、教師として、心豊かに、また自然、熱の入れかたも違ってくるのはあたり前だが、しかし、一面、あまり長くいたために、折角伸びる素質を持っていても伸びずに終わることも考えられるのである。事実、彼は職業の最悪、且つ終局的陥穽ともいうべき教育法のあの老衰期に、既に一歩足を突っこみ始めていた。すなわち年々歳々同じことを繰り返し教えていると、生活に型が出来てしまい、それに合わないことは、こっちの都合のいいように、容易に合わせて、反省も伴わなくなるのだった。成程、彼はよく仕事をした。良心的であった。奉仕と満足と信頼とその他あらゆるものを与え得る人物だった。——ただ霊感〔インスピレイション〕だけは別として。(29)

「ねえ、チップス、考えてくださいな、今は一八九七年で、あなたがケンブリッジにいらした六七年ではないんですよ。あなたの考えはそのころにすっかり固まってしまったものです、もちろん、すべてが古いというのではなく、立派なものもあると思いますわ。でもねえ、チップス、ほんのちょっと融通を利かして欲しいのよ……」(33)


@研究室
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by no828 | 2012-07-30 12:38 | 人+本=体 | Comments(0)
2012年 07月 29日

そこにそのようにあるという当然はこれからもそこにそのようにあるという必然を意味しない

c0131823_1543317.jpg 短大の講義も今週で終わりました。試験問題もすでに渡してあります。あとは8月7日に試験監督に行くだけです、と書いて、まったく「だけ」ではない、採点があるではないか、ありまくりではないかと思いなおしました(採点結果の提出期限はまだ聞いていませんが、採点期間はそんなにないはずです。たぶん10日間くらいでお盆明けに提出ではないかと想定しています)。今週は講義の前にメガネを作りなおしました。K千住の「Zフ」です。測定の結果は0.4。明らかに落ちています。本を読むなど至近距離の視力にはまだ問題はないのですが、遠くが見えにくいのです。作っているあいだに食事をしてしまおうと思ったのですが、時間もそんなになく、結局は隣の「M井」内「K海」で「トリ白湯つけ麺」を食べました(Tべログ → )。そのあとメガネを受け取ってT武スカイツリーラインに乗車。


c0131823_15535097.jpg 昨日は読書会の打ち上げをしました。1冊読み終えたら(上下など分冊されている場合は複数冊全部読んでからです)打ち上げをすることが慣習化しています。場所は通称“食いだおれ”の沖縄料理のお店「Tてつ」でした(Tべログ → )。ミミガーの入ったサラダとか、紅芋のチップスとかコロッケとか、ゴーヤのキムチとかチャンプルーとか、ピーナッツ豆腐とか、海ぶどうとか、グルクン(?)の唐揚げとか、おにぎりとか、ソーキそばとか、盛りだくさんでした。おにぎりが出されたとき、食材的にも時間的にもこれがラストかなと思いましたが、そのあとにまさかのソーキそばが出されるという展開がありました。飲み物は、はじめはビールにしましたが、あとは泡盛ロック。結構ロックしたような気がします。


c0131823_15541441.jpg わたしたち4人のほかにもお客さんがいたのですが、みなさんお店の方と顔なじみのようで、三線がはじかれたり、指笛が鳴らされたり、“沖縄感”満載でかなりアウェイな感覚を抱かざるをえませんでした。しかし、帰り際に「実は今日で閉店なんですよ」というお店の方の発言に納得しました。(厳密には「閉店」ではなく「移転」のようです。ちなみに新店舗はK究学園駅の近くだそうです)。「Tてつ」にはトータルで3回くらいしか来たことがありませんが、ここにあったお店がなくなるのは寂しいなと感じました。どうして寂しく感じたのかと考えて、それはきっと、そこにそのようにあるということが当然であり、これからもそこにそのようにあるのであろうという必然化の感覚をいつのまにか抱いていたからであろうと思いました。「寂しい」という感情を少し理解しました。



@研究室
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by no828 | 2012-07-29 16:06 | 日日 | Comments(0)
2012年 07月 28日

なぜなら、他人の人生を背負ってるからだ。覚悟を持てよ——伊坂幸太郎『ゴールデンスランバー』

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115(575)伊坂幸太郎『ゴールデンスランバー』新潮社(新潮文庫)、2010年。

版元 → 

単行本は2007年に同社より刊行。


 久しぶりの伊坂作品です。わたしの非学術書の選択は「ぶ」と「お」を冠する古本屋の105円の棚に大きく左右されますが、運よく入手することができました。本書は、首相暗殺の嫌疑を掛けられた主人公の逃亡劇です。事件を操作する“何か大きいもの”が示唆されています。「ビッグブラザー」がいないのだとしたら、“それ”は何と名指せばよいのでしょうか? 名指すことができないのでしょうか?

 本書は、かつて読んだ作品との関連があると思われます。若き首相金田は、以前にも出てきたように記憶しています。

 白ヤギさん、黒ヤギさん、青ヤギさん。

 個人的には、情熱を露にする人よりも、静かに熱い人が好きです。
「金田君は、まだ若いから、理想論を口にしすぎる」とたしなめられた際、「私は理想を叶えるために、政治家になったんですよ」と静かに言い切った。(18)

「びっくりするくらい空が青いと、この地続きのどこかで、戦争が起きてるとか、人が死んでるとか、いじめられてる人がいるとか、そういうことが信じられないですね」(386)

偉い奴らを動かすのは利権らしいですよ」〔略〕
「よく知ってるな、その通りだよ。教科書に載せるべきだ」
(545)

 であれば利権の存在自体を操作すればよいのでは、と思いましたが、難しそうです。

「いいか、人を殺すのが正しいとは思わない。ただな、自分の身を守る時だとか、たとえば、家族を守る時だとか、そういった時に、相手を殺してしまう可能性がないとは言えないだろう? 本音を言うとな、俺はそういうのはアリだと思ってんだ」
「アリなんですか」樋口晴子は笑いを堪え、言った。
「アリだな。だからというわけでもないが、こいつが人を殺す可能性がゼロだとは思わないんだ。何かそうせざるを得ない状況が来ないとも限らない。だろ? ただ、痴漢ってのはどう理屈をこねても、許されないだろうが。痴漢せざるをえない状況ってのが、俺には思いつかないからな。まさか、子供を守るために、痴漢をしました、なんてことはねえだろ。ま、俺の言わんとすることはそういうことだ」
(289-90)

「よし、おまえたち、賭けるか? 俺の息子が本当に犯人かどうか賭けねえか?」と自分を取り囲むリポーターを一人ずつ指差した。「名乗らない、正義の味方のおまえたち、本当に雅春が犯人だと信じているのなら、賭けてみろ。金じゃねえぞ、何か自分の人生にとって大事なものを賭けろ。おまえたちは今、それだけのことをやっているんだ。俺たちの人生を、勢いだけで潰す気だ。いいか、これがおまえたちの仕事だということは認める。仕事というのはそういうものだ。ただな、自分の仕事が他人の人生を台無しにするかもしれねえんだったら、覚悟はいるんだよ。バスの運転手も、ビルの設計士も、料理人もな、みんな最善の注意を払ってやってんだよ。なぜなら、他人の人生を背負ってるからだ。覚悟を持てよ(584)

 わたしは、運転手と設計士と料理人の例に、教師、も付け加えたいです。


@研究室
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by no828 | 2012-07-28 15:08 | 人+本=体 | Comments(0)
2012年 07月 27日

合理性現実的有効性への判断だけで行動できる男——塩野七生『チェーザレ・ボルジアあるいは優雅なる冷酷』

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114(574)塩野七生『チェーザレ・ボルジアあるいは優雅なる冷酷』新潮社(新潮文庫)、1982年。

版元 → 

単行本は1970年に同社より刊行。


 マキアヴェッリ『君主論』のモデルとなった人物チェーザレ・ボルジアについての1冊です。昨日の『わが友マキアヴェッリ』(→ )を読み関心を抱いたところ、古本屋の棚に見つけることができました。

 塩野七生は『わが友マキアヴェッリ』のなかで、たしか“1冊全部使って書いた人物のことを簡略に説明することなどできない(だから『チェーザレ・ボルジア』を読んでほしい)”といった趣旨のことを書いていました。マキアヴェッリを論じるなかでチェーザレ・ボルジアについても触れないわけにはいかないが、どうしても半端になってしまう感があるようでした。

 当時の時代状況。
 これに反して、それまでイタリア人が、田舎者〔イ・バルバリ〕と呼んで軽蔑していたフランス、ドイツ、スペインが、それぞれ専制主義の国家体制を確立することによって力を持ちはじめ、その領土的野心を、小国分立とその間での抗争の絶えないイタリアに向けようとしていた。さらに、地中海の東をおおいはじめたトルコ帝国の脅威に対しても、無関心は許されなかった。
 十五世紀の後半から十六世紀の前半を通じて、イタリアは、自らの生き方を、根本的に考えなおすことを迫られるのである。この混迷の時代は、しかしそれだからこそ、ルネサンスの二大歴史家、マキアヴェッリとグイッチャルディーニを生んだ。

 しかし、悲惨な時代、混乱の世紀であろうとも、そこに生れたものは、あくまでもその中で生き続けねばならない。チェーザレ・ボルジアも、その一人であった。
(38)


 チェーザレ・ボルジア
 まず彼〔チェーザレ〕は、自分の軍隊の兵士に、従来はあたりまえのこととされていた占領地での略奪を厳禁した。違反者には、将校といえども死罪をもって対した。民心を懐柔する必要からだった。征服した土地は、ひとつひとつ、将来の自分の王国の一部となるのである。その時のために、民衆のものにはふれてはならなかった。ただし、敗戦した敵の君主のものは、遠慮なく奪ってしまったが。(118)

彼ら〔ローマ駐在各国大使〕は、このようやく二十五歳になろうとする、チェーザレという男を理解しはじめていた。それまでの世の中を支配してきた宗教的良心とか道徳、倫理などから全く自由な男。その目的遂行に際しては、合理性、現実的有効性への判断だけで行動できる男。それがチェーザレという男の本質であることを理解しはじめていたのだ。(126)

「私は、暴政を与えるために生れたのではない。暴政者たちをたたきつぶすために生れたのだ。」(178)

 歴史上、これほどに才能の質の違う天才が行き交い、互いの才能を生かして協力する例は、なかなか見出せるものではない。レオナルド〔・ダ・ヴィンチ〕は思考の巨人であり、チェーザレは行動の天才である。レオナルドが、現実の彼岸を悠々と歩む型の人間であるのに反して、チェーザレは、現実の河に馬を昂然と乗り入れる型の人間である。ただこの二人には、その精神の根底において共通したものがあった。自負心である。彼らは、自己の感覚に合わないものは、そして自己が必要としないものは絶対に受け入れない。この自己を絶対視する精神は、完全な自由に通ずる。宗教からも、倫理道徳からも、彼らは自由である。ただ、窮極的にはニヒリズムに通ずるこの精神を、その極限で維持し、しかも、積極的にそれを生きていくためには、強烈な意志の力をもたねばならない。二人にはそれがあった。(184-5)

守るということは、全軍を自分の武力でかため、臣下を愛し、近隣諸国を友とすることだ。」と、マキアヴェッリに語ったりした。しかしこれは、現在はやむをえずとらねばならない傭兵制度から脱しようとする、チェーザレの理想であることを、このフィレンツェの若い外交官だけが理解していた。(225)

何かを成し遂げようとする者は、決して金銭を軽蔑しない。その重要なことをよく知っているからである。(132)


 法王は、今なお、十字軍遠征の夢想に酔うシャルルにはあきれはてた。しかし、この馬鹿者は、力をも〔ママ〕っている。力を持〔ママ〕たない時、それに対抗する手段は技〔アルテ〕としての政治しかない。そして技〔わざ〕としての政治とは、こういう場合に、すなわち、力をも〔ママ〕たない者が別の意味の力を得るために使うものである。(44)


@研究室
 
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by no828 | 2012-07-27 17:40 | 人+本=体 | Comments(0)
2012年 07月 26日

人は死んでも、その人の考えたこととそれを実行に移したやり方は残る——塩野七生『わが友マキアヴェッリ』

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113(573)塩野七生『わが友マキアヴェッリ——フィレンツェ存亡』中央公論社(中公文庫)、1992年。

版元 → 

単行本は1987年に同社より刊行。


 少し前になりますが、読書会でマキアヴェッリの『君主論』を読みました。本書を古本屋の棚で感知し、読もうと思ったのにはそういう背景がありました。本書を読み、『君主論』の書かれた背景も、よくわかりました。

 本文621ページの大著。かなりのページに犬の耳をこしらえてしまいました。選びながら引用します。

 なぜ『君主論』のモデルは、ロレンツォ・デ・メディチではいけなかったのか。
〔略〕
 『君主論』のモデルは、チェーザレ・ボルジアであった。ロレンツォと比べれば、比較もできないくらいに教養の低い、そのうえ、自己の野望実現しか考えなかった、しかし力量〔ヴイルトウ〕と好運〔フオルトウーナ〕には恵まれていた、チェーザレ・ボルジアだったのである。なぜなのか。
 ここに、『君主論』が、マキアヴェッリの思想のエッセンスである『君主論』が、なぜ書かれたかを解く鍵が隠されている。そして、それさえわかれば、マキアヴェッリはわかったも同然だ。
(145-6)

 人は死んでも、その人の考えたことと、それを実行に移したやり方は残る(295)

 彼は、一度たりとも、あるひとつの政体を選ぶべきだと主張したことはない。彼にとっては、王政でも貴族政でも民主政でもかまわないのである。民族はそれぞれ、自分たちに適した政体を選ぶべきだと信じていたからである。その彼が追求してやまなかったのは、どのように考えどのように行動すれば、政体というものを効率良く機能させることができるか、の一事であった。(401)

 ある制度を維持したいと思えば、ときにはその制度の基本精神に反することもあえてする勇気をもたねばならぬ、としたマキアヴェッリの哲学は、〔フランチェスコ・〕グイッチャルディーニのそれとは完全に一線を画していた。これが、マキアヴェッリを政治思想家にし、グイッチャルディーニを歴史家のままで留めた、ちがいであったような気がする。〔略〕
 だが、秀才の悲劇は、天才の偉大さをわかってしまうところにある。凡才ならば理解できないために幸福でいられるのに、神は、凡才よりは高い才能を与えた秀才には、それを許さなかったのであろう。「神が愛したもう者〔アマデウス〕」の偉大さは理解できても、自分にはそれを与えられなかったということを悟った者は、どのような気持になるものであろう。
(541)


 ところが、当時の戦争ときたら、天候の都合で春から秋にかけて行われるのが普通なのだが、そのような仕事に絶好な季節に、「市民」たちを戦場に駆り出すわけにはいかない。ならば戦争などしなければよいとなるが、二十世紀の今日にいたるまで、非合理的だからという理由で戦争回避に成功したためしはない。それで、仕事に絶好な季節に、仕事に絶好な年頃の男たちを戦争に駆り出して経済の疲弊をまねくより、彼らには仕事に専念してもらって、その仕事からあがる利益の一部を徴収し、それでもって傭った戦争専門屋に、そちらのほうはまかせるということにしたのだった。この制度の普及のおかげで、イタリアの戦争といえば、傭兵同士が戦うものになったのである。(219)

女にとっては息子が一番なのだ。どんなに夫婦仲がよい関係でも、息子が一番にくるのでは変りはない。その大切きわまりない息子を、あなたそっくり、などとは、夫を愛している女でなければ絶対に言わない。(304)

〔略〕教育は受ける側の素質を変えるほどの力はなく、素質を伸ばすしかないものである〔略〕。(81)

 ただし、断っておかねばならない。もの書きというのは、交友関係には根本的には左右されないということである。もともとその面の素質があったからこそ結晶である作品が生れるのであって、環境は、その素質を自覚させる役割しかもたない。(499)


@研究室
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by no828 | 2012-07-26 14:27 | 人+本=体 | Comments(0)
2012年 07月 25日

きみには他人と本気で対決することを罪悪視してそれを避ける傾向があるからね——エルキンズ『偽りの名画』

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112(572)アーロン・エルキンズ『偽りの名画』秋津知子訳、早川書房(ミステリアス・プレス文庫)、2005年。

版元 → 

原著は A Deceptive Clarity、1987年に刊行。


 『古い骨』(→ )のエルキンズの別のシリーズ。「学芸員クリス・ノーグレン」シリーズ。『古い骨』が——こちらが勝手に予想・期待したのがよくなかったのですが——すごくおもしろいわけではなかったのですが、すぐにあきらめればよいとも思わせなかったので、同じ著者の別のシリーズを読んでみました。 

 それまでわたしは疑惑のかけらも感じなかったし、自分たちの夫婦仲が深刻な事態に陥っているとはこれっぽっちも気づかなかった。なにしろ、もう何年というもの、わたしたち夫婦は喧嘩の真似ごとさえしたことがなかったのだ。のちになって、わたしの友人でルイスという心理療法医が——ひとえに善意からずけずけものをいう男なのだが——これについて説明をしてみせてくれた。
「ぼくには不思議でもなんでもないね、クリス」彼はきまじめな顔でいった。「きみには他人と本気で対決することを罪悪視して、それを避ける傾向があるからね、ほら、特に二者関係において
 そう、たしかにルイスのいうとおりだ。わたしは対人関係の問題に真っ向から取り組むのがどうも苦手だ。今度も問題にしても、はたして自分が真正面からがっぷり取り組んだかどうか、いまだに確信がない。
(9)

ペヴとわたしは彼女が家を出てから二度しか話をしていない。そして二度とも、結局、最後にはわたしは文字どおり口角泡を飛ばして彼女をどなりつける羽目になった。これには、彼女はいざ知らず、わたし自身がすっかり動揺した。これまでの人生で、ほかの誰かに対して本気で、体が震えるほどに激怒した覚えは一度もなかったし、支離滅裂なことをわめくような、みっともない真似をしたこともぜったいにない。この離婚で、わたしは自分自身についてあまり知りたくないことを二、三、学びはじめていた。(15)



@研究室
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by no828 | 2012-07-25 19:16 | 人+本=体 | Comments(0)
2012年 07月 23日

読書会後の昼食がもたらす人工海の行列

c0131823_16245655.jpg 今月のどこかの木曜日の午前中に読書会(ヴィトゲンシュタイン)をし、「語りえぬものについては沈黙しなければならない」ということについて沈黙せずに語り合ったわけですが、そのままお昼を食べましょうと学食に流れ、食べながら懇談をしていたわけです。

 すると(たぶん)S口が「シーに行きましょう」と言い出し、そう言い出した背景はまったく思い出せないわけですが、なぜかその翌々日の土曜日に行くことになりました。偶数原則が強く適用されなければならないシーにおいて5人という例外を持ち込むことになったわけですが、別段トラブルはありませんでした、ということを先に書いておきましょう。


c0131823_1625332.jpg 当日は、17時からの3,300円の何とかパスというのがあるらしく、それに合わせるために集合・移動ということになりました。今年の3月からだか何月からだか、大学街からシー(もちろんランドも)への直通高速バスが準備されたらしく、14時40分にバス・ターミナル集合、14時50分に乗車、という手はずとなりました。ちなみに、このバスは片道1,500円、往復2,500円で「わお、お得」と思われるかもしれませんが(電車でも片道の値段は大体同じ)、復路の最終バスは20時くらいにシーを出発しますので、この17時からの何とかパスを使う場合は、文字どおり、使えない、であります。結局片道分のみを購入し、帰りはT京駅からの高速バスということにしました。


c0131823_16255511.jpg 早めに到着して何とかホテルで休憩しながら回る順番などを考えましたが、もちろんわたしは考えません。詳しい人が3人もいたので、任せました。術語(テクニカル・ターム)が飛び交う会話に入れるわけもなく、専門外のディシプリンの議論には参加できないということを改めて実感したわけです。

 シー内はとにかく混んでいました。この分野では博士(ディズニー)と呼んで差し支えないO野によると、「わたし史上最高」の混雑であったようです。たしかにすごかったですね。最新トイ・ストーリー・マニアの影響も多分にあったと思います。200分待ちと表示されていました。すごいですね。


c0131823_1626377.jpg わたしとしましては、タートル・トークの話芸に驚いたり、なぜかはじめての「フローズン・ビール」をシーで体験したり、センター・オブ・ジ・アースの最後半にちらりと見える夜景が綺麗だと感じたり、となかなか愉快な半日でありました。ちなみにフローズン・ビールは泡の部分のみがシェーク強に凍っています。そして実はそこまでの感動はありませんでした。でも、試してみたかったのでよい機会となりました。

 先述の「アース」を最後に乗り、22時頃にシーを出ました。T京駅に行き、競歩(ルールは無視、最速はもちろんわたし)でY重洲口まで行き、高速バス(たぶん最終)23時の便に乗り込みました。


 後日談として、わたしのいないところでこの件が刹那の話題になったらしいのですが、そこで「ハシモトさんもシーみたいなところに行くんですね」という感想があったようです。わたしも行くことがあるんですね(ここでわたしは学類の頃にみんなでランドへ行った記憶が蘇るわけであります)。


@研究室
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by no828 | 2012-07-23 16:28 | 日日 | Comments(0)
2012年 07月 22日

「ぼくを助けてくれる人はいなかった」あなたも助けを求めなかった——森谷明子『れんげ野原のまんなかで』

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111(571)森谷明子『れんげ野原のまんなかで』東京創元社、2005年。

版元 → 

 非常勤講師先の近くの「ブ」と「オ」の付く古本屋で買いました。

 森谷〔もりや〕明子は『矢上教授の午後』(→ )に続く2冊目です。『矢上教授』の舞台は大学でした。『れんげ野原』は図書館です(そして連作短篇集です)。大学、図書館、こういった舞台設定は好きです。


 引用文中の「クローディア」は、カニグズバーグの『クローディアの秘密』(版元 → )の主人公だと思われます。関連して(?)、学校教育を議論する文脈で“学校と家庭と地域の連携”といったことが言われますが、子どもにとってその「連携」が「抑圧」にならないように、子どもに“逃げ場”がなくならないように、ということを考えます。(そして“逃げ場”がインターネット空間になるのでしょうか? そしてそれは、“逃げ場”たりうるのでしょうか?)
「ぼく、クローディアの気持ちがよくわかる。毎日、命令されてばっかりなんだもん。学校行って、先生に立派な人間になれなんて、よくわからない説教されて、うちへ帰っても親は先生と同じことしか言わないし
「それで何かっていうと、お前たちは何不自由ない暮らしをしている、めぐまれている、文句を言うなんてばちがあたるって。ぼくたち、今しか知らないんだもの、そんな、ぼくたちに変えられないこと言われたって、どうしようもないじゃない
(47-8)


 こちらはノートンの『床下の小人たち』(版元 → )が関わっています。ちなみに、『床下』は「借りぐらしのアリエッティ」(→ )の原作だと思われます。
「どうして、鉛筆みたいに小さい体でいられるのか。ぼくは大きすぎるから、目立ってしまうから、学校だのなんだのが放っておいてくれない。こんなに小さければ、どこにだって逃げられるのにと
 男は小さく笑った。
大人はぼくにがんばれ、負けるなとかやいやい言うくせに、ぼくを助けてくれる人は誰もいなかった
 そしてあなたも助けを求めなかった、能勢は心の中でつぶやいた。〔略〕
「なのにぼくはずっと、その本を読むのをやめられなかった。うらやましくて腹が立つけど、それでもひきつけられた。ぼくも誰も知らないところに行きたかったからかな。今いるところではない、どこかに」男はそう言って上目遣いに能勢を見た。そして不思議そうな顔をした。「言わないんですね、そんなのはどんな子どもも考えることだ、とか。あの頃、そんな説教ばかりされましたよ」
(234-5)


 月曜日。図書館は休館である。文子は能勢と二人で黙々と書架の整理に励んでいた。
 所を得ている職業人というものはみなそうなのかもしれないが、文子もルーティンの仕事をしている時、体調がよくわかる。バイオリズムが上向きの時は、自然に体が動き、書架に並ぶ背表紙の文字が向こうから目に飛びこんでくる。能率の塊となって脳のごく表層部分だけを働かせ、最小限の動きで作業が進む。これが最悪の時なら、本の表題が、すべて梵字で書いてあるのではないかと思うほどに、体と脳から上滑りするのだが。
(127)

「いや。あれはひどく不毛な思想だ。大体『命には命を』では、奪われた命と奪った命がイコール、等価だと考えていることになる。等価のわけがない、殺人者の命をさしだしたところで償えるはずがないじゃないですか。そんな考え自体、奪われた命にはこの上ない無礼です」(247)


@研究室
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by no828 | 2012-07-22 15:00 | 人+本=体 | Comments(0)
2012年 07月 21日

それが道徳というものだ。あとで考えて自分がいやになるもの——ヘミングウェイ『日はまた昇る』

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110(570)アーネスト・ヘミングウェイ『日はまた昇る』大久保康雄訳、新潮社(新潮文庫)、1955年。

版元 → 

原著は The Sun Also Rises 、刊行は1926年、発表されたのはパリ。ヘミングウェイは1921年から28年までパリに住んでいたようです。この小説の半分の舞台もパリです。


 ヘミングウェイは3冊目? かなり久しぶりに読みました。

 以下にも引用しますが、叙述が展開されていくなかで、突如「しかしこれは、この物語とは何の関係もないことだ」という文章が登場します。おぉ、と思い、ヘミングウェイはこれをどの程度の計算のもとに挿入したのかと思いました。論文には応用できません。

「人生が、どんどん過ぎていくのに、自分がその人生をほんとうに生きていないと思うと、ぼくは、やりきれないんだ」
闘牛士でもないかぎり、人生を徹底的に生きている人間なんていやしないよ
(14)

市役所へ行って、毎年闘牛の切符を予約してくれる老人に会った。彼は、ぼくがパリから送った金を受けとって、予約を更新しておいてくれた。これでもうすべて問題はないわけだ。老人は記録保存係で、町の古文書は全部彼のオフィスにそろえてあった。しかしこれは、この物語とは何の関係もないことだ。(137)

「きみのどこが問題なのか、わかっているのか? それは、きみが国籍喪失者だってことだ。最悪のタイプさ。こういうことを、だれからか聞かされたことはないかね? 祖国を捨てた人間で、印刷に値するものを書いたやつなんて、一人もいやしないぜ。たとえ新聞の記事でもな。〔略〕きみは国籍喪失者だ。故国の土との接触をうしなってるんだ。きみは脆弱になってしまった。偽りのヨーロッパ的基準が、きみを破滅させてしまったんだ。酒は死ぬまで飲むだろうし、セックスにはとりつかれるし、朝から晩まで、書くこともせずに、おしゃべりばかりしている。そういうのが国籍喪失者というものなんだ。わかったか? カフェをうろついているだけさ」(163-4)

どういうものか、アメリカ人にはアフィシオンはないと思いこんでいるようだった。アメリカ人は、アフィシオンをもっているふりをしたり、興奮を情熱〔アフィシオン〕と混同したりしているが、本物の情熱〔アフィシオン〕はもてない人種だ、と思っていた。(189)

生活を楽しむということは、払った金に相当する値打ちのものを手に入れる方法をおぼえることであり、またそれを手に入れたら十分に味わうことである。だれでも払った値打ちだけのものは手に入れることができるんだ。この世は買物をするには絶好の場所だ。これは、すばらしい人生観のような気がする。もっとも、五年もすれば、おれが前に考えたすばらしい人生観と同じように、ばかげたものに思えてくるだろうが。(213)

〔略〕しかし、あんなことをすべきではないと思う。あとで自分がいやになるからだ。それが道徳というものだ。あとで考えて自分がいやになるもの。(213)


@研究室
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by no828 | 2012-07-21 14:56 | 人+本=体 | Comments(0)