思索の森と空の群青

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2013年 05月 26日

教育がサービスで講義が商品だなどというのは、拝金行革狂いの世迷い言だ——遠藤秀紀『東大夢教授』

c0131823_14375387.jpg遠藤秀紀『東大夢教授』リトルモア、2011年。48(703)

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 著者は遺体科学者・比較解剖学者。以前、B笑問題が研究者を訪ね/訊ね歩く番組がありました。著者 遠藤秀紀の回をたまたま観ました。おもしろい人だ、というのはちょっと遠慮した言い方で、もっとはっきり言えば、変な人だ、と思いました。しかし、研究に邁進する変な人がわたしはとても好きです。

 文体は著者(の著者たるところのようなもの)からやや浮遊した印象を受けました、というのは事実なのですが、しかし著者の文章を読んだのがこれがはじめてであり、普段からこうした文章を書く人なのかもしれませんから、わたしが印象を受けたこと自体は事実ではあるものの、フェアな印象ではないかもしれません。ただ、独法化以降の大学のあり方・学問のあり方が嫌いなのだということはものすごく伝わってきました。研究者の“日常”を綴ったエッセイです。

 ちなみに本書帯文は荒俣宏。

表向きにエコが声高に叫ばれたところで、市場原理は物と人を使い捨てる。資本主義に「要らない」と言われた人間と物品だけで、学問は成立する。(35)

「そうさ。ちゃんとしたお金持ちは、社会のことも、文化のことも、考えてくれている。これが資本主義を完結させる姿さ。富裕者が六本木に住んで、あの欽ちゃんに似たなんとかファンドみたいに、『無茶苦茶金儲けましたよ』と人前で叫んでいるうちは、商人はチンパンジーと変わらない。ただの金の亡者だ。富を社会と文化に使ってほしいと思う人物が現れて、やっと資本主義社会は一段落する。なに、トヨタ自動車は毎年十兆円の金を動かす。ソニーも三菱重工も、兆円のオーダーだ。なのに、学問ときたら、それが日本が一番大きい東大でさえ、毎年の予算規模はトータルで二千億円がせいぜいだ。オール東大で、トヨタ自動車の、一民間企業の五十分の一だよ」
〔略〕
学問は小さい。特にこの国では小さ過ぎる。『学問は不要不急で税金の無駄使〔ママ〕い』と言われる筋合いは最初から無いくらいに、規模が小さい。あたしらは、この貧しさを少しでも解消するために、心のこもった寄付を喜んで頂くんだ」
(94)

朝、研究室に学生がやってくると、先生は顕微鏡を覗いたまま、膝の上に分厚い書物を握りしめて、死んでいる。それが俺たちの人生なんだ(109)

「あんたたち、可哀想だよなあ。あたしがここの学生だったときは、微生物の田岡教授や内科の神野教授の講義なんて、あ、まあ、みんな田岡さんも神野さんも知らないだろうが、こんなだだっ広い講義室でなくて、教授室で一対一で講義をしたもんだ。お茶飲みながら、ね
〔略〕
「あたしのころは、学科や専攻の定員など満たしていなくても、大いに結構だった。いまみたいに定員を減らせだの、規模を見直せだのと、ケツの穴の小さいことをお上はいちいち言わなかったんだ。だから定員三十人の学科で、講義を受けているのが自分ひとりでも堂々としたもんだった。そういう教育環境を税金の無駄だと言い始めたのは昔の中曽根さんだったらしいけどね。あのあたりから、学費は倍々で上がるし、大学はどんどん貧しくなった」
〔略〕
あたしが本当にやりたいのは、双方向の根深い議論だ。それは、受講者にとってもちろん嫌になるほど辛い講義だから、覚悟しろ
(137-8)

「こちらは次の世代とどう花火を散らせるかという闘いを、学生と楽しもうとするのみだ。教育がサービスで講義が商品だなどというのは、拝金行革狂いの世迷い言だ(140)

 以来、僕はアジアはじめ調査地の人々と、日本の戦争を率直に語り合うことにしている。かつての保守でも左翼でもなく、ただ感じるままを語り合うことができるのが、個人と個人の対話というものだ。公務員の職務を背負ったり、ミッションの衣をまとったら、真実の人間の言葉など、発せられない。
 学者が幸せなのは、そういう対話を胸にフィールドを生きることができるからだ。
(223)


@研究室
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by no828 | 2013-05-26 14:38 | 人+本=体 | Comments(2)
2013年 05月 25日

右上三角黒塗りオムニバス

c0131823_14441942.jpg 今週は余裕のない日々が続きました。講義7コマと右上三角黒塗り申請書提出のためです。講義7コマの内訳は、月曜2コマ、火曜2コマ、木曜1コマ、金曜2コマです。本来、前期は週6コマなのですが、オムニバス(毎週教員が変わって全15回)の担当週にもあたり、それで1コマ増えて7コマとなりました。講義をすることよりも、移動することに疲れました。とくに2日連続T塚出講。この大学は都内S金台にも(というかそちらが本部)キャンパスがあります。はじめにこういう非常勤講師の人事があるという話をうかがったときには、そのS金台が念頭にあったので「都内なら近いな」と思ったのですが、「Y浜キャンパスです」と言われ、「遠いな」と思い、「しかし都会だから気分が暗くなることもなかろう」と思ったのですが、選考があり、幸いにして決定されたあとに実際に調べてみたら、キャンパス所在地はたしかに「Y浜」ではあるもののT海道線の駅で言えばY浜の1つ先の「T塚」であったわけです(しかも駅から大学のバスで10〜15分)。もちろん、4年制大学で講義を担当することがわたしの1つの目標でもあり、本件には感謝感謝を繰り返す以外にありません。ありませんがしかし、2日連続となるとなかなかに身体も重くなります。オムニバスの講義は木曜の昼間にあり、それならおいしいご飯を食べてから帰ろうという動機付けもありうるわけですが、右上三角黒塗り申請書の提出が翌金曜に迫っている状況ではそんな余裕もなく、120分の往路、90分の講義、120分の復路の単純な展開となりました。この1週間は大体、朝(早)起きして申請書に取り組み、講義のために移動し、講義をし、戻り、申請書を書き、その合間に次の講義の準備をし、という繰り返しでした。それで何とか申請書を金曜の朝に完成とし、A見で1コマを講じ(そこの事務員さんからビール情報(→ )がもたらされ)、戻り、印刷等を助けられ、TXに乗り込み、申請書を提出しに某大学へ行き、(たぶん無事に)受理されました。そのあとT塚へ向かい、何とか昼食時間を設け、しかし疲労感のために教員ラウンジに設置されている自動販売機で栄養ドリンク(に近い何ものか)を飲み、講じ、帰ってきたわけです。余裕のない1週間でした、本当に。

 そういえば、1週間前の土曜日に(あの広い)イー○スで(たぶん都内に居住・勤務する)学類の後輩に偶然遭遇し、少し立ち話をしました。次の日に早くから友人の結婚式がこの地であったそうです。その後輩とは同じ分野に関心を持っていたので、在学中は勉強会などを一緒にしていました。何年ぶりかもよくわからないくらいに久しぶりでした。明るくなったような印象を受けました。

 それから昨夜は、看護学校の生徒(で、かつ、わたしの高校の同期)から携帯にメールがあり(ということに気付いたのは今朝のわけですが)、「今日はクラスの飲み会があり、先生とも飲みたいという話になったので今度ぜひ」という内容が綴られていました。うまく予定が合えばよいなと思いました。しかし、高校の同期から「先生」と呼ばれるのは変な感覚ですし、そもそもこんな再会の仕方が奇跡的です。これで相手が女性なら、ということなのですが、わたしは男子校の出身です。

 ちなみに写真は、(先週の)そのT塚定例出講日に食したつけ麺です(お店情報 → )。おいしかったですし、実は昨日もそこへ行き別のメニューをいただいたわけですが、白いレンゲのスープに浸す部分がスープの色のせいで変色・着色しているのが気になりました。おいしいだけに、残念だと思いました。

 さらにちなみに、第5あいほんで撮影した写真をアップロードしたらサイズが大きすぎました。調べてみたらサイズを調整する方法がわかったので、それで少し小さくしてみました。

@研究室
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by no828 | 2013-05-25 14:50 | 日日 | Comments(0)
2013年 05月 25日

人間、将来があるうちは無条件にしあわせなんだよ。それから先は全部条件付きだ——奥田英朗『邪魔』

c0131823_12222298.pngc0131823_12224038.png奥田英朗『邪魔』上下、講談社(講談社文庫)、2004年。47(702)

単行本は2001年に同社より刊行

版元 →  


 一気に読んだように記憶しています。夜中の2時3時に読み終わりました。人間が具体的な日常生活のなかで堕ちていきます。主婦の物語と刑事の物語の交錯。

「おまえ、歳はいくつだ」
「十七ですけど、堅いこと言わないでくださいよ」
「そんなことじゃない」どこか乾いた口調だった。「……十七か、いいな。しあわせだろう」
「わけないでしょう」裕輔が口をとがらせる。「こっちは高校中退でお先真っ暗ですよ」
そんなのは小さな問題だ。人間、将来があるうちは無条件にしあわせなんだよ。それから先は全部条件付きだ。家族があるとか、住む家があるとか、仕事があるとか、金があるとか、そういうものを土台にして乗っかってるだけのことだ
「はあ……」
「上司の受け売りだがな。空しいものよ、人生なんて……」
 井上が遠い目をしている。夕日を浴びて眼鏡が光っていた。
 けっこういい奴じゃん。裕輔はそんなことを思ったりした。
(下.380-1)

 この語り手(=井上。刑事)は主人公ではありませんが、この部分が物語の“まとめ”のような気がしました。

@研究室
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by no828 | 2013-05-25 12:40 | 人+本=体 | Comments(0)
2013年 05月 19日

失うものはやはり大きかった。しかし、どこから後悔すればいいのだろう——奥田英朗『最悪』

c0131823_14145070.png奥田英朗『最悪』講談社(講談社文庫)、2002年。46(701)

単行本は1999年に同社より刊行

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 人間が人生の負のスパイラルに陥っていく様子の描写が秀逸。傍目八目ということばがありますが、読み手が「ああ、それはしないほうが……」という思う方向に登場人物が進みます。奥田英朗には『邪魔』(版元 →  )という本もあり、それも読みましたが(近々ここで紹介します)、それも同様に人間が人生の負のスパイラルを滑り落ちていく様子が描かれています。奥田英朗は人間が堕ちていくさまを書くのがうまい、と思ったのは、この2冊によります。

 誰もが弱みを持っている。それが唯一の救いのように思える。(549)

 失うものはやはり大きかった。
 しかし、どこから後悔すればいいのだろう。
 信次郎にはそれすらわからない。
(637)


@研究室
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by no828 | 2013-05-19 14:26 | 人+本=体 | Comments(0)
2013年 05月 18日

希望をもってせっせと働いてきたのは、なにもこんなふうになるためではなかった——オーウェル『動物農場』

c0131823_13175797.jpgジョージ・オーウェル『動物農場』角川書店(角川文庫)、1972年。45(700)

原著刊行は1945年、原題は Animal Farm

版元 → 

ブログ開設後の非学術書の読書冊数がようやく700になりました。今年は目下45冊です。


 内容を知っているだけに最初から最後まで自ら読むということを怠っていました。先日読みました。

 現実化した共産主義の問題を戯画的に指摘しています。人間に飼育されている動物が人間からの解放を望み、実際に達成します。が、動物のなかにも「階級」が生まれていきます。支配層は被支配層を欺き、被支配層もそれに気付くのですが、支配層の言に説得されます、というか猛犬に嚙まれたくなければ説得されたふうを装う以外にありません。そして動物の支配層は、いつしか敵であったはずの人間のようになっていくのです。
 この構造——共通の敵Bを想定することで集団A内の求心力を高め、A内にあるはずの差異/格差をときに暴力を用いて見えなくする、ないことにするという構造——を現代に見出すことはそれほど難しいことではありません。が、わかりやすすぎる気もします。何かが認識から除外されているような気もします。

 気持ちはわかる、問題意識はわかる、しかしそこから行けるのはその道だけなのか、と思います。

「『人間』だ。『人間』こそ、われわれの唯一の、真の敵である。人間をこの農場より追放せよ。しからば、飢餓と過労の根源は、永久にとり除かれるであろう。
 『人間』は、生産せずに消費する唯一の動物である。ミルクも出さなければ、卵も生まない。力がなくて鋤も引けない。脳ウサギを捕えるほど早く〔ママ〕走ることもできない。それにもかかわらず、彼らは動物たちに君臨している。動物を働かせ、動物には餓死すれすれの最低量を与えただけで、あとは全部自分たちがひとりじめにしている」
(11)

「さら、人間と闘うに当たって、心に銘記すべきは、人間のまねをするようになるな、ということである。人間を征服した後も、彼らの悪習に染まってはならない。およそ、動物たるものは、ゆめ、家に住むべからず。〔略〕人間の慣習は、すべて悪徳である。そして、とりわけ、およそ動物たるものは、同胞に対して、かりそめにも暴威をふるうべからず。弱いものも強いものも、賢いものも愚かなものも、われわれは、すべて同胞である。およそ動物たるものは、他の動物を殺害すべからず。すべての動物は平等である(15-6)

もしわたしが、自分で未来像というものを抱いていたとしたら、それは、動物たちが飢えと鞭から解放され、みんなが平等で、おのおのが自分の能力に応じて働き、メージャー爺さんの演説のあったあの晩、ひとかえりのみなし児のアヒルのひなたちを、わたしが前脚で守ってやったように、強いものが弱いものを守ってやる、といった動物社会の像だった。ところが、現実は、それとはおよそ正反対で——なぜだか、わたしにはわからないんだけれど——だれも思っていることがいえず、獰猛ですぐ唸り声をあげる犬たちが、ところきらわずうろつきまわっていて、自分の仲間が恐ろしい罪を告白してから、ずたずたに引き裂かれるのをじっと見守っていなければならないような、ひどい時勢になってしまったんだわ。わたし、反乱を起こしてやろうとか、命令にそむいてやろうとかという気はさらさらない。こんな状態でも、ジョーンズの時代と比べてみればはるかにましなんだもの、人間たちの復帰だけは、なんとしてもくい止めなければならないんだわ、それはわたしにもわかっている。どんなことが起こっても、わたしは誠実さを失わずにいっしょうけんめい働き、与えられた命令を実行し、ナポレオンを支配者と認めていくつもりよ。しかし、それにしても、わたしやほかのみんなが、希望をもってせっせと働いてきたのは、なにもこんなふうになるためではなかったんだわ。風車を建設したのも、ジョーンズの銃弾に身をさらしたのも、もちろん、こんなふうになるためではなかったはずよ(94)


 119ページに「教育」という言葉が使用されています。ナポレオンというのは豚で、動物農場の支配者です。
「当分の間、子豚たちは、農場住宅の台所で、ナポレオン自身によって教育された。彼らは庭で運動し、ほかの動物の子供たちと遊ばないようにしつけられた」(119)

 ここに「教育」が出現して違和感を持ちました。本書に限らず小説などを読んでいますと、「教育」ということばの意図的誤用ということなのかもしれませんが、“それを教育と呼ぶのか”と思うことがあります。

@研究室
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by no828 | 2013-05-18 13:20 | 人+本=体 | Comments(0)
2013年 05月 16日

病気というのは試験のために暗記するものではなく、生きている人間を悩ますもの——南木佳士『医学生』

c0131823_1448146.jpg南木佳士『医学生』文藝春秋(文春文庫)、1998年。44(699)

単行本は1993年

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 舞台は1970年頃の秋田大学医学部。1971(昭和46)年当時、国立大学は一期校と二期校に分かれ、一期校不合格者が二期校を受験することになっていたようです。秋田大学医学部は新設二期校。車谷和丸、桑田京子、小宮雄二、今野修三、それぞれの事情から秋田大学医学部に入学した4人の医学生の物語。そして卒業15年後の4人の物語が少し。

 涙の流れるままにまかせたあと、やや冷静になった京子は、ハツさんのときは涙さえ出なかったのに、今はどうしてこんなに悲しいのだろう、と考えた。
 父は死亡の確認を頼むためにとなり村の開業医に電話していた。母は新しい蒲団を敷き、光男は近所に祖父の死を告げに回っていた。一人祖父の横に坐りながら、この悲しみの深さは、たぶん共有した思い出の質と量の差なのだ、と京子は思いついた。
(107)

 臨床の現場に出て患者を診るようになってから、雄二はそれまで退屈でしかたのなかった内科や外科の講義に興味を覚えるようになった。黒板に書かれていく病態の裏に、かすかだが人間の影が見えるようになってきた。病気というのは試験のために暗記するものではなく、生きている人間を悩ますものなのだということがようやく分かりかけてきた。(164)


「安心感かあ。なんとなく分かるような気はするけど、おれなんか安心するのはまだ早いような気がするな」
 雄二は思いがけず本音を聞かせてくれた修三に、二日酔いに特有の心理で、飾らない素直な感想を述べた。
安心感ていうのは停滞を意味するわけじゃないぞ。それをバネにして自分をもっと高いところに跳ねあげてくれるものになったりもするんだぞ
(45)

 不安だからがんばれる人、安心したからがんばれる人。自分はどちらなのかよくわかりません。若い頃は前者であれ(若くして就職した人が研究をしなくなる、という事例は枚挙に暇がない!ということをよく言われます)、という雰囲気も感じます。ただ、どちらにしてもがんばらなくてはいけないからどちらでもいいか、とも思っています。

@研究室
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by no828 | 2013-05-16 15:12 | 人+本=体 | Comments(0)
2013年 05月 15日

当の幸せ者のまわりには、きっと誰か気の毒な者が出てくるんです——宮部みゆき『おまえさん』

c0131823_1845165.pngc0131823_185852.png宮部みゆき『おまえさん』上下、講談社(講談社文庫)、2011年。43(698)

単行本も2011年。単行本と文庫本を同時発売。

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 時代小説。『ぼんくら』、『日暮し』に続くシリーズ作品です。同心 平四郎が主人公。

本音なんて、みんな幻でございますよ
 おや。面白いことを言う。
心にあるうちは、これこそ本物の自分の気持ちだと思うのです。でも口に出すと、途端に怪しくなります。本音だと信じたい思いだけが残って、意固地になります。わたくしがそうであったように、兄もそうであったのでしょう」
(上.545)

罪というものは、どんなに辛くても悲しくても一度きれいにしておかないと、雪のように自然に溶けて失くなることはないのだと、父は申しておりました」(下.144)

「卑しい性のままに悪事をなすなら、せめて露見〔ばれ〕ぬようにやるがいい。そうして何が何でも、身を捨てても隠し遂〔おお〕せるがいい。すべてを己で背負うのが、悪は悪なりの筋目というものだ(下.187)

「好いたの惚れたの、想うの想われるの、それはとっても幸せなことですよ。けども、当の幸せ者のまわりには、きっと誰か気の毒な者〔もん〕が出てくるんです。仕方ないんですよ。だからって一生それに囚われて、泣いたり恨んだり、できもしないことをやろうとする方が、もっと不幸せなんじゃありませんかね」(下.503)

 ↑ これは“リスク社会論的共生論的認識”だと思いました。

「どうすればいいのかと言うから、ああ言ったまでじゃ。何をどうしたらいいかわからぬときは、学問をするのが一番よろしい
〔略〕
 学問に励むならば。
励むほどに、人というものの胡乱さ、混沌の深さがわかってくる。同時に、人が学問という精密なものを生み出したのもまた、その胡乱さと深い混沌故ということもわかってくる
 だから興趣が深い。道は遠い。
(下.520-1)

 ↑ これは源右衛門という、主人公 平四郎の同僚 信之輔の「大叔父上」の言です。わたしも、わからないから学問に来ました。だから共感します。共感しますが、これは万人におすすめのできるものでもないように感じています。なぜなら、そのわからなさを解くために学問に来たとしても、かえってその学問の有する深みから脱出できなくなることがありうるからです。その人のわからなさ、「何をどうしたらいいかわからぬ」というその人のわからなさが実存的・存在論的な種類のものであり、かつ、そのわからなさに学問によって応答しようとするのであればなおさら、あきらめるという脱出も、答えきるという脱出も、いずれも極端に困難ではないかと思います。「覚悟」というものは往々にして、走り出す前にすること・できることではなく、走り出してからしてしまっているもの・せざるをえないものだと思います。わからなさに学問で向き合おうとするのであれば、その覚悟、学問という一種の底なし沼で足掻き続ける覚悟のようなもののことを、念頭に置いておいたほうがよいと思います。それが、政策科学から入って哲学へと辿り着いた、わたしの実感です。

@研究室
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by no828 | 2013-05-15 19:00 | 人+本=体 | Comments(0)
2013年 05月 12日

「無意味」は薄々分かっている。しかし、そのことに直面したくはなかった——橋本治『巡礼』

c0131823_14291888.jpg橋本治『巡礼』新潮社、2009年。42(697)

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 橋本治先生の長篇小説。「男はなぜ、ゴミ屋敷の主になったのか?」と帯にあります。男の名前は「下山 忠市(しもやま ちゅういち)」です。ゴミを捨てられない、片付けられない、そういう人の内面の論理、誰もが部分的に抱えているかもしれないそういう側面の論理にも通ずるのではないでしょうか。捨てられない、片付けられない、それを一喝するのではなく、なぜ捨てられないのか、片付けられないのか、それを探ることも必要だと思います。おそらくそれは、一般的に言えば、向き合うべきだと自覚している自分の弱さ・暗さに向き合っていないことをも自覚しているのにもかかわらずに向き合っていないこと、です。

 「無意味」ということを考えました。「無意味」をどう供養するか、という表現には必ずしも納得してはいないのですが、それが重要なのかもしれない、そんなことも考えました。

 人は悲しいと泣くという。しかし、深く埋められた悲しみは、それが悲しみであることさえも忘れさせてしまう。人の感情をぶれさせる悲しみが悲しみとして機能しなくなった時、人の表情は動かなくなる。かろうじて持ち堪える自分自身に介入してそして発動されるのは、驚きと、そして怒り。驚き、怯え、怒って揺り動かされたものは、見えなくなった悲しみを増幅させる。しかし、それがいくら増幅されても、見えないものは見えない。
〔略〕
 自分のしていることが無意味でもあるのかもしれないということを、どこかで忠市は理解している。しかし、その理解を認めてしまったら、一切が瓦解してしまう。遠い以前から、自分の存在は無意味になっていて、無意味になっている自分が必死になって足掻いている——その足掻きを、誰からも助けてもらえない。絶望とはただ、誰ともつながらず、誰からも助けられず、ただ独りで無意味の中に足掻く、その苦しさ。
(78-9)

 当然のことながら、勝二は加世を求めた。将来に於ける「当然」は保証されている。「だったら今でもいいじゃないか」と、若い勝二は思った。もちろん加世は、そのことを拒んだ。体を触れられることはいやではない。しかし、性急な行為は、未来の確かさを危うくする。それゆえに、加世は拒んだ。仕方なしに、勝二は引き下がった。しかし、引き下がってもやはり、「保証された未来」は依然としてある。「だったら、今でもいいじゃないか」と、勝二は思った。思っても仕方がない。未来の到来に焦る勝二は、まだ若かった。「いいじゃないか」「だめよ」というやりとりが繰り返されて、加世はその先を許さなかった。加世にとっては、「求められている」と思うそのこと自体が快感で、その先のことを遮断しても、まだ堪えていられた。(136)

 「無意味」は薄々分かっている。しかし、そのことに直面したくはなかった。「自分のして来たことには、なにかの意味がある」——そう思う忠市は、人から自分のすることの「無意味」を指摘されたくはなかった。「それは分かっているから、言わないでくれ」——そればかりを思って、忠市は一切を撥ねつけていた。(211)


 田村喜久江の内に眠る上昇志向は、社会的な名誉欲とは結びつかない求道心に近いものだから、下手な弟子におべんちゃらがらみの褒められ方をしても、嬉しくはない。「そんなことを言っている暇に、少しは自分でも勉強してみたら」と言って、「だって、私には先生みたいな才能がないんですもの」と言われる。明かるい駅ビルの中の教室を譲ってしまった——「あなたならやれるわよ」と言ったことの内には、「あなた程度のレベルでいいのよ、教えられるわよ」という、教室に対する絶望もあったが、そればかりは言わなかった。(45)


@研究室
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by no828 | 2013-05-12 15:10 | 人+本=体 | Comments(0)
2013年 05月 11日

相手がほんとに望んでることなんて、あなたによく分かるわねえ——南木佳士『エチオピアからの手紙』

c0131823_15452919.jpg南木佳士『エチオピアからの手紙』文藝春秋(文春文庫)、2000年。41(696)


単行本は1986年に同春秋
版元 → 


 難民キャンプで医療活動をした経験のある著者の作品集。表題作含め5篇。「破水」という作品で、引用はとくにないのですが、家族の(助けなくてもよいという)意向を気にせずに患者を助けてしまう医者の姿が印象に残っています。

 194ページに出てきた「全三巻で三千ページ近い沖中の内科書を」の「冲」は「冲中重雄」?


 日本に帰る日が近くなった頃、クメール人の助手たちとの別れを惜しむパーティーが難民収容所で行なわれた。帰る国がある者たちと、帰る国もなく出ていくあてもない者たちとのパーティー。すぐそういうことにこだわるんだからあ、そういうとこばっかり見て、無理しておじんくさくするんだからあ、と若い看護婦たちに言われたが、ぼくは出席しなかった。(「重い陽光」97)

 死んだ患者の枕もとで頭を下げたあと、勇はいつも言い知れぬ不安にとらわれる。一人の人間の死を、その一生のたかだか数ヶ月だけにかかわった自分がもっともらしく宣言していいのか。呼吸と心臓の停止に加えて脳波の消失を確認したところで、そんなことで多くの想い出をかかえ込んだ人間の死を決めつけてしまえるのか。(「活火山」136)

「もう一度治療すべきだったのよ。あのとき無理にでも引きとめて、たとえだめなことが分かってても、やれることはやっておくべきだったのよ」
「相手が望まないことはできない」
そんなふうによく分かるわねえ。相手がほんとに望んでることなんて、あなたによく分かるわねえ
(「活火山」140)

「そうじゃない。火事で燃えつきようとしている家に最後まで水をかけ続けるのは、消防士の自己満足にしかならないってことだ」(「木の家」166)

 病気だけを相手にする医者にとって、死は己れの知識と技術の敗北でしかない。だから、彼らは死を見ることを極端にきらう。どうしても見なければならない立場に立たされると、彼らは徹底してその死を先に延ばそうとし、やれるだけはやった、という一種のひらき直りの境地を獲得する。(「木の家」186)

「家には家族がいる。ぼくは隠居家に住んどるんだが、となりの母屋には息子もおれば孫もいる。健康で先のある人間は、滅んで行く人間を近くに見たくないものだ。本能的にな(「木の家」207)

思想も宗教の支えもない私が、こんなにたくさんの死者を見送ってきたんですよ。感傷が無意味だと言われるなら、私は……(「木の家」218)

自分一人で負えばいい責任ほど楽なものはないのだから。(「エチオピアからの手紙」)


@研究室
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by no828 | 2013-05-11 16:23 | 人+本=体 | Comments(0)
2013年 05月 09日

ある作品を最適に評価できるのは、通常はただ一人なのである——森博嗣『ηなのに夢のよう』

c0131823_1342861.png森博嗣『ηなのに夢のよう Dreamly in spite of η』講談社(講談社文庫)、2010年。40(695)

2007年に同社ノベルス

版元 → 


 「η」は「イータ」。Gシリーズ第6作のようです。第7作は『目薬αは殺菌します』(版元 → )だそうです。あまり数えずに読んでいます。このブログに書き綴っている非学術書に関しては基本的に(例外もあるということですが)、古本屋にあるかないか(とくに105円の棚に)、というのがわたしの購買条件です。

難しい手続きこそが、生きていくこと、生き続けることの象徴だからだろう
〔略〕
「〔略〕ひっそり死ぬ人の方が、他人に迷惑をかけたくない、と考えているわけだから、むしろ社会性があるってことなのかなあ。ああ、そうだよね。自分が死んでも、家族は遺る。そういう身内に宇少しでもダメージが及ばないようにって考えたら、ひっそりいなくなって、誰も知らないうちに死ぬのが、一番順当だもんね。それって、社会性があるってことになるか」
 海月の方を見る。彼は小さく頷いたようだった。
(59)

「わからないものは、全部、宗教?」
「命を粗末にしている、と私たちは思いますよね。だけど、彼らにしてみれば、ああいうのが、一番命を粗末にしてない、大切にした結果かもしれないわけですし
「それは、一理ある」西之園がすぐに頷いた。
(67)

「そうだ。それが、いわゆる納得できる理由ということだ。どういった種類のものが動機として認められるのか。それは、加害者にもなんらかの正当性がある、という観測あるいは評価だ。たとえば、復讐で殺す、というのは、加害者が過去に負った不利益が原因で、辛い目に遭ったのだから、殺そうと考えてもしかたがない。つまり、ある程度は同情することができる。そういった種類のものだ(148)

「しかし、ある作品を最適に評価できるのは、通常はただ一人なのである。その一人に鑑定されるかどうかで、ものの価値は決まってしまう。少なくとも、世の中に知れる価値とは、そういった偶発的な要素を含んでいる、と椙田は考えていた」(215)


@研究室
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by no828 | 2013-05-09 13:31 | 人+本=体 | Comments(0)