思索の森と空の群青

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2013年 08月 29日

「あと10分で閉館します」と言われたらよいタイトルだって浮かばない

c0131823_16294060.jpg 昨日はわたしの誕生日でした。メッセージをくださったみなさま、プレゼントもくださったみなさま、どうもありがとうございました。昨日は今月より開始された大学の研究員としての勤務日で、大学図書館の研究個室でごそごそとしておりました。

 11時すぎにK河在住の友人(ち)から「ランチはどうか」とメールがありました。「勤務日だからあまりゆっくりできない(からまた今度のほうがよいのではないか)、しかしもしかしたらすでにこちらに向かっているのか」と返したら、「子連れで向かっている。研究員でもランチ・タイムはあるはずだ」と。はい、そのとおりです。

 そういうわけで、友人に車で拾ってもらい、2歳と5カ月の単位姉妹と初顔合わせをし、2歳児に無視されながら(おそらく母に「あなたの知らないおじさんおにいさんに会うんだよ」と聞かされてきた2歳児は、こちらへ向かう車中「緊張するう」と言っていたそうです) Mつもと(→ )へ行き、ランチとなりました。首が座って寝返りできてハイハイしそうな5カ月児はわたしに抱っこされても嫌がりませんでした。座って抱っこよりも、立って抱っこのほうが子どもは喜ぶのかもしれないと思いました(なぜでしょうか)。母は強し、「育児」ということの一端を垣間見ました。

 夜は誕生日とは別件の飲み会、読書会のメンバーで飲み会。S岡の大学に就職した後輩がA田への帰省の帰りにかなり大きな寄り道をしてくれました。というより、寄り道をしてくれるならぜひ飲み会を、という順番で決まりました。わたしの誕生日だから、というわけではなく、たまたまその日になりました。しかし、終盤ケーキが出てきたりプレゼントが出てきたりしました。どうもありがとう。全然予想していませんでした。いろいろ話ができてよかったです。1次会が終わり、S岡-A田後輩の乗車しなければならない終電まで1時間もないという状況で新たなお店に入る時間的余裕はなく、サ○クスでお酒を1本ずつ買い、みんなで○○モールの階段に座って飲みました。こんな飲み方20歳の頃みたいだ、と思いましたが、実際は32歳になりました。今後ともよろしくお願いします。

 図書館17時閉館のため、駆け足で書いてきました。研究員関係の書類が午後から降ってきたので、勤務日ではありませんが、それに取り組んでいました。そうしたらもうこんな時間です。いま「あと10分で閉館します」アナウンスがありました。

 ちなみに写真は、飲み会へ向かう途中の空です。

@大学中央図書館
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by no828 | 2013-08-29 16:52 | 日日 | Comments(2)
2013年 08月 26日

軽井沢高原ビール 2013年夏期限定スコティッシュエール

c0131823_1592067.jpg軽井沢高原ビール 2013年夏期限定スコティッシュエール ヤッホーブルーイング

 酒類:ビール
 原料:麦芽、ホップ
 度数:5.5%

 蔵元 → 
(ただし、商品の詳細が掲載されたページは見つかりませんでした。軽井沢限定だから?)


 本来は軽井沢でしか飲めないビールだそうです。たまたま発見して、たまたまポイントも貯まっていたので、楽○経由でウェブにて購入しました。

 爽やかに香ばしいです。アルコールであることがよくわかります。ビールのアルコール、というより、ウイスキーのアルコール、と言ったほうがよいかもしれません。そういう印象を受けました。

@大学中央図書館
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by no828 | 2013-08-26 15:23 | ビール | Comments(0)
2013年 08月 23日

頬紅帰省中館2

c0131823_15215598.jpg 「頬紅」と書いたその日の夕暮れ、自転車の空気を入れようとアパートの駐輪場に向かいました。アパートの空気入れがどうも調子が悪いのですが、何とかならないかと試行錯誤しました。そのあいだに虫に刺されました。そのうちの1カ所が頰でした。文字どおり、頬紅の事態となりました。何ということでしょうか。(以上、前口上。しかし何のための?)

 帰省中、母の初任地へも行ってきました。母は小学校の教員でした。2012年3月に定年退職しました。母の時代は、ということは、いまから30年以上前は、新採用の教員(初任者)ははじめに僻地〔へき地〕の学校に勤務しました。母も例外なく、大卒すぐに僻地の学校への勤務となりました。その場所がA津のさらに山奥、よもやN潟というI豊山の中腹です。ここで2年教員をし、あとは実家のある郡内を異動し、定年を迎えました。


c0131823_15221466.jpg 母の初任校の最寄駅は2つあるようです。「最寄駅」と言っても山路を車で30分は走らないと到着しないので全然近くはありません。写真は、その一方のU野尻駅の時刻表です。ご覧のとおり、汽車(電車ではない)がこの程度しか来ない場所です。どういった場所なのかはおわかりでしょう。地図にもありますが、母の初任校は「O川」のO川小学校(本校)のさらに奥にある、O川小学校Y平四郎分校ということでした。地図ではさらっと行けそうですが、全然さらっと行けません。本校から分校までがとにかく遠く、道も険しいのです。

 わたしは2歳のときにこの分校を訪れたことがあるそうです。もちろん記憶にはありません。教員宿舎=下宿先の大家さんが亡くなったとき、父母とともにわたしも行ったそうです。

 現在、分校は廃校、本校も廃校、どちらも建物しか残っていません。その校舎もコンクリートになっており、母が勤務したときのものとは変わっています。写真を撮らなかったのはそのためです。ただ、分校のプレートは残っていたのでその前で母を撮影し、また、母と同時期に“給食のおばさん”として分校に勤務していた方と偶然にも会うことができたので、2人を記念撮影しました。


c0131823_15455225.jpg 「偶然にも会うことができた」と書きましたが、「偶然」という書き方はやや誇張かもしれません。と言うのは、その方は分校の周辺に住んでいたからであり、分校の周辺にある20軒のうち、現在住まわれているのは10軒にすぎないからです。大家さんに挨拶に行ったらもはや大家さんはそこに住んでおらず、誰か当時を知る人はいないかということでその元“給食のおばさん”が紹介されたようです。当時は分校の周りに20軒、人の住む家がありました。この20軒のために分校がありました。子どもは1学年に12名ほどいたこともあったようですが、1名ということもあって、常に複式学級だったそうです。こんな山奥に学校があったのか、というのが正直な感想です。こんな山奥にも学校を作ったのか、とも思いました。「平等」ということを考えました。

 校庭——の跡地と正確には書くべきでしょうが——には携帯電話の基地局(? アンテナ? 塔? 何かそういうものです)が設置されていました。ただし、ド○モとたぶんK○DIのみ。わたしのソフ○バンクは、だから当然常時圏外でした。


c0131823_15233075.jpg 校舎の裏を流れる川の水はとてもきれいでした。山の中、ということが少しでも伝わればと思います。わたしたちが行ったのがお盆の時期ということもあり、子どもの姿、他県ナンバーの車をたくさん見かけましたが、お盆の時期が終わったらその車も、子どももいなくなります。ここに住む若者はたぶんもういないのではないでしょうか。冬になれば、雪に覆われます。動くこともままならないでしょう。現在でもこの地の人は山菜を摘んで自家用に缶詰にして保存食としています(いくつかいただきました)。そういう世界が事実としてあります。それを知ることができてよかったです。

 その足でO内宿へ向かいました。昔ながらの茅葺き屋根の家々が並んでいます。写真の空の様子からもわかりますように、この少しあとから雨が降りはじめ、雷雨となりました。雷雨となる頃には車に乗り込んでいたのですが、そのためにあまりゆっくりはできませんでした。


c0131823_1523648.jpg O内宿にはお昼過ぎに到着し、まずは名物(らしい)ネギそばを食べました。長ネギを箸代わりにして蕎麦を食すスタイルのようです。蕎麦の上には大根おろしと梅干しが載っています。ちなみに1,050円です。

 長ネギを箸代わりにするのは難しいです。長ネギ2本なら行けそうですが、1本ではうまく掬えません。わたしは早々とその正統的な食べ方を諦め、右手で箸、左手に長ネギ、右手で蕎麦を食べ、左手の長ネギを齧る、という方法を採用しました。問題なし。しかし食べ進めるにつれて、なにゆえにわたしは蕎麦と長ネギを一緒に食べているのか、蕎麦と長ネギはなにゆえに一緒に食べなければならないのか、という根本的な問題に気付き、思案しながらの食事となりました。検索すればいろいろと由来が出てくるのでしょうが、あえてそれはせずにおきます。

 帰省中館おしまい。


@大学中央図書館
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by no828 | 2013-08-23 16:25 | 日日 | Comments(0)
2013年 08月 21日

水曜日のネコ

c0131823_16231878.jpg水曜日のネコ ヤッホーブルーイング

 酒類:発泡酒
 原料:大麦麦芽、小麦麦芽、ホップ、コリアンダーシード、オレンジピール
 度数:4.5%

 蔵元 → 


 苦味のないビールです。コリアンダーシードとオレンジピールが使用されているため、日本の酒税法上は「発泡酒」に分類されます。が、本酒は「ベルジャンホワイトエール」という種類の「ビール」で(も)あります。ベルギーの醸造方法に基づいて造られたお酒です。だからベルギーではこれは当然ビールとなります。

@大学中央図書館
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by no828 | 2013-08-21 16:32 | ビール | Comments(0)
2013年 08月 19日

頬紅帰省中館1

c0131823_15191026.jpg このお盆の時期、実家に帰省した折、母方の祖父のお墓参りにも行ってきました。写真は母方の実家であり、福島第一原発より西に20kmと少しの地点にある叔父の家の前です。当地の線量は0.19μSv/h(→  )。この集落の人はまだまだ戻ってきていないようです。叔父たちは事故後2カ月後の5月には戻っていたはずです。戻ってきた者が偉くて戻ってきていない者は薄情だ、と言いたいのではありません。実際、当地の学校はまだ再開されていません。子どもはさらに西へ10km、原発から30km地点(わたしの実家付近。この辺りは0.10μSv/h 程度)にある廃校となった——しかし建築物としては新しい(注1)——学校に、仮設住宅などからバスなどで通学しています。学校が再開していないのだから戻れない、という意見もあるでしょう。しかし、子どもがいない家庭は戻ってもよいのではないか、という意見もあります。物理的なその場所をどうするのか、という問題がここにはあります。

(注1)少子化で統廃合の対象となり、廃校になることが確実視されていた学校を(廃校になるのがわかっていたのに)新築したということです。当然、それほど使用されることなく役割を終えることになりました。しかし原発事故によって、期せずして活用されることになりました。廃校確実の校舎を新築したという当時の判断の根拠はどこにあったのでしょうか。わたしの知りえない情報があるのかもしれませんが、妥当な判断とは思われません。

 プランター(?)に「結」という文字が見えます。この文字には実は工夫が施されています。写真ではわかりにくいかもしれませんが……「結」を構成する「糸」「士」「口」がそれぞれひらがなで代理表象されています。「糸」は「き」、「士」は「ず」、「口」は——もうおわかりですね——「な」です。「きずな」です。「結」=「きずな」。わたしは「絆」を声高に叫ぶ側に与したいとはあまり思いませんが、この工夫は意匠的な無理も感じさせずに素直によいなと思いました。


c0131823_15194686.jpg 福島県立美術館で開催中の「若冲が来てくれました」(→  )。15日に行きました。美術館の駐車場へと続く道路が渋滞していました。お盆の時期ということも相まって、帰省のついでに寄っていくか、という人がたくさんいたのでしょう。広い意味では、わたしもそうです(実家からは「ついでに寄っていく」にはかなり遠いのですが)。しかし、駐車場誘導係間の連携がうまく取れておらず、やや混乱していました。そしてその混乱の渦中に放り込まれた車に、わたしたちの乗った車が含まれました。


c0131823_15195879.jpg 美術館の内外にはあまり「若冲が来てくれました」感が漂っていませんでした。看板などがまったく出ていなかったからです。入口を少し進んだところにあったのがこのポスターでした。それ以外はなし。しかし、地元では新聞やテレビで宣伝も結構なされていたようで、人の入りは凄まじいものがありました。絵を観ながら、「こういうのは俺にはよぐわがんねなあ」とこぼしている人もいました。わたしもよくわからないところがありますし、わからなくてもよいのかなとも思っています。絵について「わかる」とはどういうことか、そもそもよくわかっていません。理性を放棄したところで何か掴めればよいなと何となく思って絵を観ることがわたしは多いです。と言いますか、理性を放棄したいがために絵を観ることが多いです。

 ただ、理性を放棄しようとしたとはいえ、「描表装〔かきびょうそう〕」の作品(たとえば「柳下幽霊図」→ )はおもしろいと思いました。描表装は、絵が掛け軸として展示されることを見越して、その掛け軸の部分をも絵に描き込んでしまう画法のようですが、メタ・ポジションを獲得しようとする方法のようでおもしろかったです。


c0131823_15202110.jpg 展示会の題目は、先ほども書きましたように「若冲が来てくれました」ですが、展示内容は必ずしも若冲——伊藤若冲に限られません。と言うより、若冲よりもそのほかの作者による作品のほうが多いです。若冲と同時代の絵を数多く所蔵するプライス夫妻のコレクションが展示されています。プライス夫妻は3.11を受けて、どうしても若冲の作品「鳥獣花木図屏風」を被災者に観てほしいと思ったそうです。その「鳥獣花木図屏風」がポスターにも使用されています。わたしはそのメッセージを読み、そして実際に絵を観て、「共生」ということを思いました。

 「頬紅帰省中館」は言うまでもなくここ(→ )のパロディですが、写真の残りを次か次の次かに、2として掲載する予定です。はじめ「鼻白帰省中館」も思い浮かんだのですが、別に「鼻白む」気分でもありませんので、これはやめにしました。



@大学中央図書館
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by no828 | 2013-08-19 16:24 | 日日 | Comments(0)
2013年 08月 17日

人に笑われようがバカにされようが、自分の信じる説を枉げちゃダメよ——鯨統一郎『新・世界の七不思議』

c0131823_13363175.jpg鯨統一郎『新・世界の七不思議』東京創元社(創元推理文庫)、2005年。67(722)

版元 → 


 『邪馬台国はどこですか?』(→ )の続編。ただし、三谷教授は登場しません。代わりに、来日中のペンシルベニア大学古代史教授ジョゼフ・ハートマンが登場します。舞台は変わらずに、松永がバーテンダーのバー「スリーバレー」であります。このバーのオーナーは、もしかしたら三谷教授かもしれません。

 前作が日本の「不思議」を扱ったものだとすれば、今回は海外の「不思議」を扱ったものとなります。アトランティス大陸、ストーンヘンジ、ピラミッド、ノアの方舟、始皇帝、ナスカの地上絵、モアイ像。

 始皇帝の墓には、DとPとの中国2週間寝台列車卒業旅行のさいに寄ったことがあります。兵馬俑も見ました。当該章を読みながら、そのときのことを思い出しました。

「まあ、初めはそういう説を信じていたんです」
「やっぱり」
「でもそんなことを言ったらまた早乙女さんに笑われると思って」
ちょっと。人に笑われようがバカにされようが、自分の信じる説を枉〔ま〕げちゃダメよ
「は、はい」
 ジョゼフは静香の言葉に感銘を受けた。さすがに気鋭の歴史学者だ。
「あたし、どんなに人が自分とちがう意見を言ったとしても、その人を罵倒したりはしないわよ」
 ジョゼフは今度は考えこんだ。
(「ピラミッドの不思議」129-30)


@福島
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by no828 | 2013-08-17 13:50 | 人+本=体 | Comments(0)
2013年 08月 17日

カミツレの花言葉って知ってるか——有川浩『図書館危機』

c0131823_1342812.jpg有川浩『図書館危機』メディアワークス、2007年。66(721)


版元 → 


 言葉狩り・書物狩り時代の図書防衛隊の物語。『図書館戦争』(→ )、『図書館内乱』(→ )に続くシリーズ3冊目。残りは『図書館革命』1冊。

 “図書館とは”に関する記述がシリーズ進展に伴い減少傾向にあるように思います。残念です。ただ、「三 ねじれたコトバ」の訴訟戦略は「うまい」と思いました。


「〔図書隊員の〕階級章を決めるとき、意匠にカミツレを入れることを決めたのも司令だ。カミツレの花言葉って知ってるか」
「いえ」
 郁の知っているカモミール——カミツレは、マーガレットに似たかわいい白い花で、ハーブやアロマの定番。リンゴに似た甘い香りで、ハーブティーにすると初心者向けの優しい味になる。
「恥じらいとか初恋とか?」
 カミツレの持っている優しげな花姿で浮かんだ言葉を当てずっぽうに挙げてみた郁に、堂上は真顔で答えた。
「『苦難の中の力』」
 胸を衝かれたように一瞬息が止まった。
 それは——一体どれほど図書隊の決意に相応しい言葉だろう。
(83)


 共感による引用でした。

@福島
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by no828 | 2013-08-17 13:29 | 人+本=体 | Comments(2)
2013年 08月 14日

真実というものは、もっとも矛盾の少ない仮説だと定義できるんだ——鯨統一郎『邪馬台国はどこですか?』

c0131823_16134267.jpg鯨統一郎『邪馬台国はどこですか?』東京創元社(創元推理文庫)、1998年。65(720)

版元 → 


 定説転覆仮説実証/論証型ミステリ。学問への入り方が邪馬台国だとおっしゃっていたO本先生も本書を読まれたのでしょうか。

 表題ほか、仏陀や聖徳太子や明智光秀などにまつわる定説が引っくり返されていきます。わたしはこれらの主題に関する専門知識が乏しいため、本書の文章の論理展開を追う以外に仮説の妥当性を判定する術を有しません。そのかぎりでは、本書の仮説は妥当だと思いますし、それより(?)おもしろいです。本書のはじめには、「この作品がフィクションであるという保証はどこにもありません」とあります。

 舞台はバー。バーテンダーは松永。客は3人。日本古代史教授の三谷敦彦、世界史助手の早乙女静香、ライターの宮田六郎。先に「定説転覆仮説実証/論証」と書きましたが、これをするのは宮田であり、定説を代表するのが早乙女です。

「そもそも宗教とは、ひと言でいって何だと思う?」
「あなたバカじゃない。宗教を説明しようと思ったらそれだけで上下二冊分の本が書けるわよ」
〔略〕
「むずかしく考えることはない。宗教とは神を信じることだ。そうだろ?」
(「悟りを開いたのはいつですか?」19.傍点省略)

「ぼくは、古代の記録には見方があるといいたいだけだ」
「見方?」
「そう。つまりね、対象者を神格化するような記述は創作である可能性が高い。逆にそうでないものは事実と認定できるのではないか
(「悟りを開いたのはいつですか?」33)

「素材が良ければ生で食べるのがいちばんだ。このアジみたいに」
 宮田はアジを一切れ口に放りこむ。
「ステーキだってレアがうまいだろ。もしくはよく焼いてソースか醬油をつけて食べる。これがいちばんうまい。料理をする必要はないさ。料理というのはね、悪い素材をどうやったらおいしく食べられるかという工夫なんだ
(「邪馬台国はどこですか?」58)

「答えは明白だ。邪馬台国は大和にも九州にもなかったんだ。そう考えるのがいちばん合理的じゃないかな?」(「邪馬台国はどこですか?」67)

「証明する必要はないさ。この部分は直接邪馬台国=岩手説とは関係ない。ただこう考えれば矛盾はなくなるというひとつの傍証にすぎない。もともと真実というものは、もっとも矛盾の少ない仮説だと定義できるんだ(「邪馬台国はどこですか?」107)

「その日本書紀にね、聖徳太子のことが何ページにもわたって記載されているのよ」
逆にいうと、聖徳太子に関する資料は日本書紀にしかないわけだ
「なんですって」
「もし『日本書紀』が、時の権力者によって、意図的に書かれたものであるとすれば、」
「ちょっと待ってよ!」
(「聖徳太子はだれですか?」119.傍点省略)

未熟的というのは常に第三者に対して不満を抱いている状態をいう(「謀叛の動機はなんですか?」173)

「ねえ。明治維新の謎がいったい何なのか、終電までには教えてくれる?」
「いま教えるよ。倒幕派が革命を起こそうとした動機は次の二点だったね?」
 一、幕府の開国政策を正すため(攘夷)
 二、政治を天皇の手に戻すため(尊王)
「そうよ」
「ところが明治維新が成就して新政府が打ち出した政策は、開国および天皇に代わって政府が政治を司るというものだった」
「あ」
〔略〕
つまりね、明治維新があってもなくても、日本の政策には何の変化もないんだよ。これが明治維新における唯一にして最大の謎だ
(「維新が起きたのはなぜですか?」226-7.傍点省略)


@福島
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by no828 | 2013-08-14 17:01 | 人+本=体 | Comments(0)
2013年 08月 12日

結局は人間を信用しなければなにもできないではないか——ハインライン『夏への扉』

c0131823_17293684.jpgロバート・A・ハインライン『夏への扉』福島正実訳、早川書房(ハヤカワSF文庫)、1979年。64(719)

原著は1957年、原題は The Door into Summer

版元 → 


 冷凍睡眠、1970年、2000年。人生の——SFだからこそ可能な——やり直し。時間を遡行するやり直しと、常に〈いま・ここ〉からしか出発できないやり直しと。この物語の寓意とは何か、しばし考えました。

 55ページに「万能」という言葉が出てきますが、そこに「フレキシブル」とルビがありました。万能=フレキシブル、flexible =万能。わたしはここですぐにこの対応を“教育のあり方”へと関連付けました。むむむ、と思いました。

 もしぼくが、かなり強度の自嘲症にかかっていると見るなら、それは正しい。この地球上には、ぼくより不遇な人間は二十億人はいたはずだ。にもかかわらずぼくの胸には冬が住まって、ぼくはひたすら、夏への扉を探していたのである。
 当時、ぼくのもっぱら試みていたのは、酒場〔バア〕のスイングドアだった。
(9)

 ぼくは考えようとした。頭がずきんずきんと痛んだ。ぼくはかつて共同で事業をした、そしてものの見事に騙された。が——なんどひとに騙されようとも、なんど痛い目をみようとも、結局は人間を信用しなければなにもできないではないか。全く人間を信用しないでなにかやるとすれば、山の中の洞窟にでも住んで眠るときにも片目をあけていなければならなくなる。いずれにしろ、絶対安全な方法などというものはないのだ。ただ生きていることそのこと自体、生命の危険につねにさらされていることではないか。そして最後には、例外ない死が待っているのだ。(266)

 十一の子供にむかって、世の中にはどんな貴重な荷物でも、捨てて行かねばならないときがあると、どう納得のさせようがあろう? 子供はたった、一ドルのお小遣いのためにでも、あるいは象の玩具ひとつのためにでも、燃えさかる建物の中へとって返すのだ。(284)


@福島
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by no828 | 2013-08-12 17:56 | 人+本=体 | Comments(0)