思索の森と空の群青

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2013年 09月 20日

無防備は、多様性を拒否する——星野博美『転がる香港に苔は生えない』

c0131823_16495559.jpg星野博美『転がる香港に苔は生えない』文藝春秋(文春文庫)、2006年。72(727)

版元 → 

単行本は2000年に情報センター出版局。


 留学記。舞台は1997年返還前後の香港。全623ページの香港への——あえてこの言葉を使いますが——愛です。

 裸一貫で命からがら逃げてきた難民は、ただ生きているだけという劣悪な環境での生活を余儀なくされた。人口の圧倒的多数を占める難民の生活環境改善に対し、香港政府は無関心を貫いた。イギリスはそもそも香港へ金儲けをしに来たのであり、はるばる海を渡って慈善事業をしに来たわけではないからだ。波のように押し寄せる貧困者、日増しに悪化する衛生環境、加えて疫病の大流行。その救済に立ち上がったのが、イギリスやアメリカの教会だった。彼らは本国の教会の資源をバックに香港に教会、病院、学校、難民収容施設、孤児院などを建設した。こうして政府が市民の福祉にまったく関心を示さない香港において、福祉を担当するのは教会である、という基本構造が一世紀以上も前に出来上がり、香港市民の間にも定着したのである。(56)

「でも人民公社は失敗したんですよ!」
「なぜですか?」
「人民に強制したからです」
修道院は失敗しません。その理由は、私たちが自由意志で来ているから
(63)

「私はこの村で国民党の教育を受けたが、国民党は好きじゃない。もちろん共産党も好きじゃない。とにかく一つの政党の独裁が嫌いなんだ。自由な社会とはたくさんの声で成り立つものだろう? どんな意見でもいうことができて、民主的で開放されていること、それこそ社会が発展する最低の条件だ。違う意見を受け入れない社会は進歩しない。その意味からすれば、国民党もちょっと前まで共産党とまったく同じことをしていたじゃないか。国家を率いるのは、民主的統治であってほしい。私にとって一番大切なのは、やっぱり民主なんだ。私は調景嶺の住人である前に、香港の住人なんだよ」(86)

香港人って、もともと生きるために香港に逃げて来た人だろ。香港人のアイデンティティは複雑じゃない。ずばり、金をもうけて、自分や家族が生き延びること。香港人のいう『自由』は、経済活動が自由にできて、好きな所に行けて、食卓で好き勝手に意見をいえること。投票権がないとか公に意見がいえないとか、そんなことは自分の自由とは関係ないんだ。もし自分の求める自由が侵されたらどうするか。その時は、香港を良くするために抵抗するより、さっさと逃げる。いうなれば無抵抗主義なんだよ。僕はそんな香港がやっぱり好きだな」(101)

植民地は絶対的に悪の存在。あってはならないものだ。でもその結果生まれてしまったのが香港なんだ。それは認めなきゃならない。中国の芸術家はよくいうよ。香港には文化がない、植民地主義に毒されて、創造性がまったくないって。それは事実なんだけど、だからといって香港文化を尊重しないのはおかしいと思う。
 香港には偽物しかない。でもそれこそ香港の文化なんだよ。僕たちは本物を知らないけど、中国が持っていないものを確実に持っている。香港人はもっと香港文化はもっと香港文化に自信を持つべきだと思う。
 今の香港人は、大陸が香港に与える影響のことばかり恐れて、自分たちが入っていくことは考えていない。一方的に入ることは支配、互いに行き交うことが交流だろう? 香港はどんどん中国に入っていくべきだよ。中国全土を香港化してやろう、それぐらいの野心を持ってもいいんじゃないかな。恐れているばかりだと、いつか本当に中国に支配されてしまうよ」

 世界市民――そんな言葉が頭に浮かんだ。
(109-10)

 夜、自分が一番最後に行きたい場所が近くにあることは、この街で自分が生き延びていくための最低条件だった。このまま一人で部屋に帰りたくないような夜、束の間自分を無言で受け入れてくれる場所。まったく関係のないいくつもの人生が茶餐庁の明かりに吸い寄せられて集い、また夜の街へ散らばっていく。そこにいる間だけ、私は一人ではなかった。互いに干渉はしないが、拒否もしない。それが夜の茶餐庁の魔力だった。(126-7)

 我々の口をついて出る「日本はいい国だ」という言葉の意味は、自分たちが無防備でいられるということだと思う。その点では、香港は間違いなく危険な街だった。まったく違った背景や価値観を持った人間が行きかう街では、無防備では生きていけない。大多数の人間の無防備を貫くためには、社会はある程度単一でなくてはならない。無防備は、多様性を拒否する。
 いろんな生きざまを目の当たりにし、その存在を認めることで、人間は生きるということにもう少し謙虚になれる。自分と隣人は違う。でも何の因果か、この瞬間に同じ空間と時間を共有している。そう認めて初めて、他者に対して寛容になれる。今我々に必要なのは、誇りではなく、多様性だと私は思う。単一の方が楽だから、楽な方向へ向かおうとしているだけだ。多様な文化と接してこそ、自分たちの誇りは意味を持つ。単一性の中だけで誇りを持つのは、ただの狂言である。私たちは本当に、深く眠っている場合ではない。苔など生やしている場合ではない。
(621)

 寛容、共生、多様性。

「しがない中学の教師よ。給料はそんなに良くなかったけど、義弟は株の天才なの。働き始めてすぐに株を始めて、少し金ができるとマンションを買う。そうやって買い換えを繰り返して、最終的にここに三軒買ったというわけ。私は株のことはよくわからないけど、義弟には何の値段が上がるかっていうことがわかるみたいなの。
 でもちょっと無責任だとも思う。学校の先生って、毎日生徒と接して信頼関係を築く仕事でしょう? いきなり『移民します』といって先生が移民してしまったら、おいていかれた生徒たちはどんな気持ちがするかしら。でも実際、移民する教師って少なくないらしいの。教師は専業人士〈プロフェッショナル〉で教育程度が高いから、ビザが比較的下りやすいのね
(522-3)

 重要。

(本の記録が続きます。これは、考える時間があまりないということを個人的には意味します。)

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by no828 | 2013-09-20 17:06 | 人+本=体 | Comments(0)
2013年 09月 19日

引用なし——法月綸太郎『法月綸太郎の新冒険』

c0131823_16493827.png法月綸太郎『法月綸太郎の新冒険』講談社(講談社文庫)、2002年。71(726)

版元 → 

1999年に同社ノベルス。



 ひるがえってこちらは引用なし。読み終わったときに引用しようと思った箇所がなかったことに気付き、自分でも驚きました。『冒険』(→ )のほうにはかなり共感する部分があったのに、ということでもあります。

@図情図書館
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by no828 | 2013-09-19 16:53 | 人+本=体 | Comments(0)
2013年 09月 13日

一度偽善の道を歩み始めた者は決して途中で引き返すことはできないのだ——法月綸太郎『法月綸太郎の冒険』

c0131823_18235937.png法月綸太郎『法月綸太郎の冒険』講談社(講談社文庫)、1995年。70(725)

版元 → 

1992年に同社ノベルス。


 短篇集。司書の沢田穂波が頻繁に登場します。「土曜日の本」という短篇も含まれます。が、引用は「死刑囚パズル」のみからになってしまいました。わたしの研究における――ということはわたしの実存における、ということにもおそらくなりますが――問題意識とかなり重なる部分がありました。その部分はおそらく法月自身の――おそらくはエラリー・クイーンから引き継いだ――問題意識でもあるでしょう。その部分にこだわり続ける姿勢にわたしは共感します。そんな部分など気にしないほうが、忘却したほうが、おそらく断然生きやすいとは思いますが、それでもなお――この、それでもなお、というところが、わたしは重要だと思っています。そしてこの、それでもなお、である事柄というのは――わたしに引きつけて言えば――理論家の思案の対象であるだけではなく、実務の最前線の人たちの日々の実感なのでもないかと思ったりもしています。そこをつなげる仕事、研究ができれば、ということを最近は考えています。「それでもなお」の内容は、以下の引用から明らかになるかと思います。
 だが、こうして、死刑囚を刑場に送り出す日を迎える度に、魂の底からいつも同じ、恐ろしい疑いが湧き起こってくるのだ。すなわち、どんなに誠意をこめて、煩悩を断つこと、来世での救いを説いたところで、彼らは絞首される身であり、おのれが絶対の安全圏にいるという事実は免れない。この亀裂をそのままにして、自分が語る言葉にどれだけの説得力があるのか? 自分がしていることは単なる偽善、国家ぐるみの大がかりな欺瞞に荷担しているのみであって、宗教家として最も戒むべき恥辱ではないだろうか、と。
 しかし、今まさに、定められた死を甘受せんとしている男の前で、こうした疑いを口にすることはできなかった。担任教誨師の逡巡は、死刑囚を突き放し、動揺させる結果を招く。たとえかりそめのものではあっても、安心立命の境地に達した死刑囚に、改めて死の恐怖を押しつけるような行為は、かえって仏の道に背くものである。一度偽善の道を歩み始めた者は、誰しも、決して途中で引き返すことはできないのだ。それでも、有明省二は浄土に迎えられるだろう――このおのれが地獄に落ちるとしても。
(「死刑囚パスル」26-7)



 中里の視線は、保安課長の右腕に釘付けになっている。その手が振り下ろされる瞬間に、ボタンを押さなければならないのだ。もし一瞬でも遅れたら、それは自分以外の四人の同僚に罪悪感を押しつける裏切り行為になるか、あるいは最悪の場合、全ての責任を自ら背負い込む結果を招きかねない。中里の掌は重圧のためにじっとり汗ばんでいたが、他の四人も彼と同様のありさまだった。
 五個のボタンは、人命を奪うという罪の意識を五分の一にするのではなく、ただ単にそれを五倍にするだけにすぎない。中里はそう考えていた。たとえ法の名の下に行なわれるものであっても、死刑の執行は一個の殺人行為にほかならない。
(「死刑囚パズル」31-2)

「執行の際の罪悪意識を軽減する目的で、誰の行為が致命的なものだったか、わからないようにするための措置です。これについては、誰かがうまいことを言っています。国家には〈私〉を殺人者にしない義務がある、とね。でも、一度でもこのボタンに触れたことのある人間なら、そんな仕掛けが何の意味も持たないことを知っていますよ(「死刑囚パズル」73)

「法が力の論理であることは、その通りです。しかし、この狭い部屋の中では、国家とか、法とかいうものは、所詮、ひとつのフィクションでしかあり得ません。国家は死刑囚に絞縄をかける腕を持たないし、法は執行ボタンを押す指を持たない。それは、われわれの良心に対して、ささやかな盾の役割を果たすのみです。手を下すのは、常にわれわれの役目なのですから(「死刑囚パズル」77)


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by no828 | 2013-09-13 18:32 | 人+本=体 | Comments(0)
2013年 09月 11日

本格的な読書家だと、データの量が多すぎて、頭に浮かぶ本の数も半端じゃない——大崎梢『配達あかずきん』

c0131823_15343997.jpg大崎梢『配達あかずきん——成風堂書店事件メモ』東京創元社、2006年。69(724)

版元 → 


 本屋ミステリ。著者は元書店員。駅ビル? 駅の近くのビル? の6階にある本屋「成風堂」の店員 杏子とアルバイト(で謎解きをする)法学部学生 多絵の(周囲の)物語。ちなみに多絵の通う大学は、東京都立大学/首都大学東京 が想定されているのかなと読みながら思いました。

「今のはまぐれよ。あんまり本を読まない私だから、かえってわかったんだと思う」
「読まないから?」
 杏子の言葉に、多絵は不思議そうに聞き返した。
「どういうことですか?」
あのお客さんが興味を持つ本の範囲と、私がなんとなく聞きかじっていた話題とが合っていたのよ。本格的な読書家だと、データの量が多すぎて、頭に浮かぶ本の数も半端じゃないでしょう
「そういうもんですか。でも、勘っていうのはあると思いますよ。この前だって、『死んだ奥さんが現れる本で、あとからふたりは結婚した』なんて、とんでもないヒントだけで、ピタリと当てたじゃないですか」
(「パンダは囁く」11)

 知識がある → 多大な可能性が視野に入る → 判断に時間がかかる、ということは、最後の部分だけを取り出せば愚鈍であり鈍重であり優柔不断であると判じられかねませんが、この身動きの重さは実は重要なのではないかと最近考えています。

自分にぴったりの本を探し出すってのは、至難の業ですよね。まず第一に、自分のことをよくわかってないし、果たして出版されているのかどうかもわからない」(「パンダは囁く」30)


@大学中央図書館
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by no828 | 2013-09-11 15:43 | 人+本=体 | Comments(0)
2013年 09月 09日

知的に後退すればするほど、本当の自分は凄いのだと——奥泉光『桑潟幸一准教授のスタイリッシュな生活』

c0131823_16271832.jpg奥泉光『桑潟幸一准教授のスタイリッシュな生活』文藝春秋、2011年。68(723)

版元 →  


 最近は、大学、学校、図書館、本屋、出版社が舞台となる本をよく読んでいます。あとは(とくに自覚的にというわけでもないのですが、たぶん良質のいわゆる「本格」が揃っているからという理由で)創元推理文庫。

 本書は大学ミステリ。敷島学園麗華女子短期大学(通称レータン、東大阪市)から、たらちね国際大学(千葉県権田市)へ移った桑潟幸一准教授(通称クワコー、桑幸)であります。いずれも「底辺」の大学という設定です。本書に部分的に描かれた、大学への就職や大学の運営など政治化しがちなテーマに絡む部分を読んで、筒井康隆の『文学部唯野教授』を思い出したり、自らの置かれた位置を改めて振り返ってみたりしました。

 桑幸のたらちね最初の給与明細に「110,350」と記されていたのには驚きました。常勤なのに? わたしは「相場」を全然知らない(別段知ろうとしていない)ので、「現実」と比較的に捉えることができません。

 著者の奥泉光自身が大学教員でもあります(→ )。

 桑幸が担当する授業は、「日本文学概論」「日本文化の諸相(2)」「文章技術」「児童文学概論」といったもので、どれもレータン時代のノートをそのまま使えばすんだ。だいたい日本文学とか日本文化などというのは、わざわざ教えたり学んだりするようなものではないのである。日本に生まれ育って日本の空気を吸っていれば自然と身に付くものであって、それで身に付かないようなものはそもそも必要がない、というのが桑幸の持論であった。したがって教えなくてもいいのであった。(54.強調省略)


 鯨谷光司教授曰く
このあいだ教授会に出て、ホンマ驚いたんやけど、学期末のレポートを提出しなかった学生には単位をやらんちゅうんですな。そんなアホなことがありますか? 学生はちゃんと学費を払っている。そんなもんに単位をやらんでどうします? レポートを出す出さんは学生さんの勝手でっしゃろ。あっちはカネを払ってるんやから。そしたら、別のセンセが発言して、毎回出欠とって半分休んだあらオトすちゅうんですな。あんた、気ぃでも狂ったんか? といってやりましたわ。たかが出席せんとか、試験を受けんくらいで、単位をやらんなんて非常識がまかり通ってるんですからな、大学ちゅうところは。ホンマ呆れたもんですわ」と慨嘆した鯨谷教授は、学生が単位を登録した段階で全員に一律「優」を与えるという制度を提言したいと、本気でいうので、リクルート委員会の名前で文書を作成した。(129-30.強調省略)


なんか茨城って、日本のフランスらしいよ
「なに、それ?」
「意味わかんねー」
「だけど、だけど」とナース山本は批判を急いで跳ね返す。「筑波大の先生がいってたんだって
「なんて?」
「だから、茨城は日本のフランスなんだって。ただし、パリはないんだって」
(160.強調省略)

 その先生は誰ですか?

 大学教師は、一度なってしまえば試験も何もなく、つまり客観評価を受ける機会がなく、だから主観の妄想の花園にずっと棲息し続けることができることの、桑幸は好例であった。学生による「授業評価」というのがしばらく前からはじまっていて、桑幸も前にいた敷島学園麗華女子短期大学——通称レータンで経験はした。桑幸に対する学生評価は、「冬の海にいるような感じ」「かわききったタコツボ」といった気のきいたコメントも散見されたものの、全体的には最悪で、しかし桑幸は、そもそも学生の頭が悪いのだから意味なし、自分の講義はサルに小判だとうそぶいて恥じるところがなかったから、どうにもならない。しかも、驚くべきことには、世の中、下には下があるもので、桑幸より評価の低い教師がかなりの数いたのである!

 オレはレータンごときで本気を出していないし、出す必要もないし、これでオレが本気を出したら大変だよ、すんごい評価になっちゃうよ、そうなっちゃっても知らんからね、と、傲然となりこそすれ、なにひとつ桑幸が反省しなかったのは、文部科学省にも予想外だっただろう。
 桑幸の自己評価は巨木のごとくブレがなかった。というより、知的に後退すればするほど、無能ぶりが露呈する場面が重なれば重なるほど、本当の自分は凄いのだとする、根拠のない確信の家畜は肥え太り、妄想の花園で花々が絢爛と咲き誇るのだった。
 だが、〔略〕そんな桑幸にも、自分の「低さ」をリアルに鼻面につきつけられる機会がついに訪れた。たらちねへ移って最初の給与明細である。
 110,350——。
 数字の明快さには幻想の入り込む余地がない。
(225-6.強調省略)


@大学中央図書館
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by no828 | 2013-09-09 16:36 | 人+本=体 | Comments(0)