思索の森と空の群青

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2013年 11月 25日

“真実”はその論理にしかないのである——開高健『片隅の迷路』

c0131823_16243232.jpg開高健『片隅の迷路』東京創元社(創元推理文庫)、2009年。83(738)


版元 → 


単行本は1962年に毎日新聞社。



 冤罪事件を取り上げた本です。実際の事件に基づいている部分があるようです。商店の主人=夫が殺され、物的証拠はなく、従業員の証言で主人の妻が逮捕されたという事件です。

 冤罪で逮捕されて裁判が進行して、周囲は釈放を求め、しかし本人はもういいと言う。たしかに自分は犯人ではないが、この裁判のためにかけられるお金は子どものために使われたほうがよい。だからわたしの裁判のためにこれ以上のお金(と労力)をかけるのはやめてほしい。

 この町の特徴をあげるのはむつかしいことである。町の人も答えるのにとまどう。県庁所在地で、木材を産出し、ワカメがとれる。そのほかにこれというものはなにもないようである。学生の就職率は近県でいちばんであるが、それはここの大学が全学連に入っていないという珍しい事情によるのである。子供はタヌキの合戦の話を聞いて大きくなり、大きくなると大阪へでていく。大阪へは半日ぐらいの時間でいけるのである。(7)

 「この町」は徳島市、「ここの大学」は徳島大学のようです。

 欧米の推理小説や裁判小説はかならず陪審員というものがでてくる。陪審員は一般の“善良な市民”から任意にえらびだされ、論告と弁論の両者のいい分を聞いて、有罪か有罪でないかの裁定を投票できめるのである。したがって、検事も弁護士もこれらの“善良な市民”の常識判断をうごかすように自分のいい分を工夫しなければならない。そこでは論理が生きる。感情に訴えることはもちろん論理の一つである。ただその感情と知性をふくめた“論理”が、あくまでも“善良な市民”の常識と感性と論理にかけられて、それらのヤスリで削られてどれだけ削られてのこるか。そののこった分が、“勝”となり、のこらなかった分は“負け”となる。有罪か有罪でないかの判断は、“真実”とは別に、この論理のゲームによるのである。いや、あるいは、“真実”はその論理にしかないのである。“事実”は空の雲のなかにいてめったにおりてこない神さまと当事者本人しか知らない。ときには当事者本人も知り得ない“事実”というものもあろう。欧米人は“事実”と“真実”の区別に何百年か何千年か苦しんだあげく、その判断を“善良な判断”に求めることとした。〔略〕しかし、日本では陪審員制というものがない。なぜか。“善良な市民”と“理窟”を信用しないからである。誰が。為政者が、である。あるいは、為政者にたやすくまきこまれる“善良な市民”を為政者が信じなかったからである。これは無数のおろかしい悲惨をひきおこした、あの、“よらしむべし、知らしむべからず”である。弁護士は明治以来、誰に訴えてきたか。裁判長である。専門家に訴えはした。訴えはしたが、素人の“善良な市民”には訴えなかった。“常識”を納得させようとはしなかった。いや、そのことを許されなかったのである。(162-3)

 わたしはここを読みながら、研究論文のことを考えてしまいました。研究者は誰に向かって説得しようとするのか、すべきなのか。研究も、専門家ではなく、“善良な市民”に向けられるべきなのか。研究も、“善良な市民”の出した結論が“事実”であり“真実”だということになるのか、なるべきなのか。こうした問い自体が無意味だとするなら、それはなぜなのか。

「……一人の人間が死ぬとなると、たいへんなことになるんだな」
 記者がつぶやいた。
「戦争じゃあ電報一本ですんでしまいますがね。何万人死んだって、誰も見向きもしやしねえ。百万も二百万も区別がねえ」
「たしかにそのとおりですね」
「こりゃあどういうこったろう」
平和のほうが戦争よりむつかしいということじゃないですかね
(309)


@研究室
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by no828 | 2013-11-25 18:57 | 人+本=体 | Comments(0)
2013年 11月 21日

時期がくれば、自分の国に帰ってしまう——神田憲行『ハノイの純情、サイゴンの夢』

c0131823_17264833.png神田憲行『ハノイの純情、サイゴンの夢』講談社(講談社文庫)、1998年。82(737)

版元 → 

単行本は1994年に『サイゴン日本語学校始末記』として潮出版社から刊行(→ )。

////////

 フリーライターであった著者が日本語教師としてベトナムのサイゴン(ホーチミン)で仕事をします。というのが本書の第1部で、単行本の内容のようです。本書は第2部、第3部とありますが、それは文庫化にあたり追加されたようです。

 著者の下の名前の読みと、名前の上の文字はわたしと同じです。著者は憲法で行く人ですが、わたしは憲法で幸せにする人、憲法を幸せなものにする人です。これでわたしが憲法学を専攻していたら最初の講義でのお決まりの話が出来上がっていたわけですが、憲法学というか法学は弟の専門で、その弟の名前には「憲」が含まれていません。と書いていて、学類のときにわたしと一緒に「法学入門」を履修した人ならば、「法学」を「法子」と書きなおした某教授を思い出すに違いありません。

 ベトナムの生活記と言えば、近藤紘一を思い起こす人もいるかもしれません。“妻と娘”シリーズは(たぶん)全部読みました。本書でも名前が言及されていました。

「先生はミュンさんが好きでしたか」
「うん」
「でも先生は外国人ですから、ミュンさんと本当の恋人になることはとても難しいことですネ」
「……そうかもしれないね」
でも、外国人に生まれたことは、先生の責任ではありまセン
 泣きだしたくなるくらい、ディンさんの温かい言葉が胸にしみた。
(70)

カブには旧東ドイツ製、チェコ製などがあるが、高価なホンダがいちばん人気がある。頑丈でこわれてもすぐ修理できるからだ。とくにこのすぐ直る、というのが大きい。(75-6)

つまりベトナム語で、
「デパートで靴を買います」
 という文を過去形にしたいときは「きのう」をくっつけるだけで、
「きのう、デパートで靴を買いました」
 と自動的に変化しちゃうのである。日本語のように「ます→ました」とする必要がない。
(88)

 統一後、旧南ベトナムのあらゆる権力は新しい支配層にうつった。だが悲しいかな、成り上がり支配者たちのなかには、行政のリーダーとなったり、国営企業の社長として活動するにはあまりにも教養、知識にかけるものが少なくなかった。彼らは学校教育をうけるべき年齢のときに、解放軍兵士としてジャングルを走り回っていたから当然のことだった。
 そこで彼らの知識の欠如を埋め合わせるため、始まったのが仕事をしつつ学校にかよう、在職学校制度である。学校では一般の子どもや学生たちと机を並べて勉強する。
 僕はこの制度自体は良いことだと思う。
 でも新しいリーダーたちは、いまさら学校で勉強しても面白くない。それに若い頭脳と比較すると授業もあまり理解できない。それでテストのときにカンニングする人が多いという。子どもがそれを見つけて先生にいいつけると、先生はこういって生徒をなだめるのだそうだ。
「いいのよ、あれも社会のためだから」
(104-5)

 僕はいつのまにか、〔日本語学校の〕事務員さんたちに「日本流」を押しつけていなかったか。自分がイライラするのは、とどのつまり、
「これは日本流じゃない」
 ということではないのか。でもサイゴンにはサイゴン流があっても良いはずだ。日本語を教えていたせいか、ここがサイゴンであるという「当り前」の事実を忘れていた。
(108-9)

 「日本流」でも「サイゴン流」でもないのではないか。神田流であって、その事務員さん流ではないのか。“わたし”や“あなた”を安易にカテゴリで表現しないほうがよいのではないか。
 と、思いました。わたしの仕方、あなたの仕方、それをわたしの所属する○○の仕方、あなたの所属する○○の仕方というふうに捉えなくてもよいのではないでしょうか。もちろん相関はあるのかもしれませんが、その相関は何ら必然ではない。なぜ“わたし”は“わたし”自身や“あなた”を「日本」や「サイゴン」などのカテゴリで認識・説明しようとするのか、と問うと心理学的・社会学的になりますが、それはわたしの守備範囲を離れます。
 とはいえ、「日本流」は押し付けてはいけないが、「わたし流」なら押し付けてもよい、ということにも必ずしもならないでしょう。

 え、そうなの?

 押し付けはなぜよくない(とされる)のか? そもそも「押し付け」とは何か? 何がどうなったら「押し付け」になるのか?
 考えます。

ベトナムの習慣ですから」という言葉は、サイゴンにいる間、いろんなベトナム人から何度も聞いた。理不尽なこと、許せないことを見て、僕が、
「なぜ、なぜ」
 と問うたびに返ってきた言葉はこれだった。みんな矛盾を自分に納得させるというより、もう諦めているのだった。
〔略〕
「ベトナムの習慣ですから」と聞かされるたびに、僕はチャイさんの、あの悲しい笑顔を思い出す。ベトナム人は本当に悲しい笑顔を作るときがある。
 それでも僕は、日本語学校は素晴らしいと思う。おおげさにいうと「革命的」だと思う。
 なぜなら「黒い履歴書」なんて関係ないから。進級もテストの成績だけだ。有力者の子どもであろうと共産党員であろうと、成績の悪いものは落第させる。
良い成績の者は奨学金を受けて、ただで勉強ができる。そして日本企業に就職して、いいサラリーをとることもできる。自分の能力さえ磨けば、チャンスは広がる。僕たちには当り前のことが、ここでは「革命的」だ。
 僕のなかに、初めて日本語を教える「使命感」みたいなものが湧いてきた。
(126-7)

 引用文中の「黒い履歴書」とは、1975年「解放」前に本人の家族・親族が旧政権側にいたかどうかを重視する闇制度を指します。家族・親族が旧政権側にいた場合、本人の進学や採用などで差別されるようです。
 日本語学校は「黒い履歴書」に関係なく、能力で判断するからすばらしい、と著者は言います。しかし、能力で判断するから問題だ、と日本の文脈では言われたりもします。もちろん、だから縁故で判断せよ、と言われているわけではありません(たぶん)。縁故が問題と言われて能力が採用され、能力が問題と言われて……というふうに、社会の振り分け基準は時代によって変わっていきます、というか、変わっていくだけです。
 主ではAが把捉されない、と従が批判する。そうして批判された主が主の位置を追いやられ、主を批判した従が新たに主’の位置に移行する。すると主’ではBが把捉されない、と従’が批判する。そうして批判された主’が〔以下無限〕。
 虚しさを少しだけ感じます。
 
「先生は私がこの国がキライだから、アメリカに行くと思いますか」
「…………」
「違います! 私はこの国が好きです。でも今の government では、私にキ・ボ・ウがありまセン!」
 アメリカに行ってはいけない、この国はあなたのような人がいちばん必要なんだ、という言葉をのみこんだ。
 彼女はいままでどんな屈辱を強いられ、鞭打たれた生活を送ってきたか。それを思うと僕に彼女を引き留める資格はない。
 僕らはしょせん、外国人なんだ。時期がくれば、自分の国に帰ってしまう。
(164-5)

 その場から離れ(う)る、ということが持つ意味を博士論文の一部で考えました。教育・開発・援助の文脈です。思考はまだ途上です。

 マリファナ売りもヤクザも、ベトナムのドイ・モイ(経済刷新)政策からこぼれ落ちてしまった存在だ。だが彼らも、サイゴンの住人に違いないのだ。(249-50)

 その日、私は雨の中をバイクに乗って、やっとの思いで学校の門までたどり着いた。そこに足の不自由なモノ貰いが一人いた。彼は両足が付け根あたりからなく、半裸の身体を車輪の付いた板の上に乗せて、手で地面をかいて移動していた。
 彼が門の前に〔で?〕頑張っていると、私はバイクを中に入れることが出来ない。正直、内心「困ったな」と舌打ちした。
 そのとき水たまりを蹴立てて、学校の事務所からバオベイ氏が走り出てきた。そしてモノ貰いの空き缶の中に金を入れ、彼の板を押してやった。モノ貰いは金が欲しくて門の前にいたのでなく、雨で出来たわだちに板の車輪を取られて、動けなくなっていたのだ。
 モノ貰いの板が動き出すと、バオベイ氏は私に気づかず、事務所に走り戻っていった。
 その姿を見て私は自分を恥じた。同じモノ貰いを見て私は自分の都合しか考えなかったのに、バオベイ氏は彼の不自由を気遣ったのである。尊いのはお金をあげた行為ではなく、その精神だ。
(251-2)

 私はサイゴンでたくさんの醜い日本人を見てきた。
 つきまとう物売りの子どもを「うるさい」と蹴飛ばした駐在員。
 日本語ガイドの女性を「ひと晩一〇〇〇ドルでどうだ」としつこくベッドに誘う観光客。
 〔略〕
 私は彼らのような人間になりたくない。また彼らのような人間ではない、と断言できる。
 だけど、と思う。
 私は一度でも彼らにその行為について抗議したり、争ったりしたことがあるだろうか。いつも見て見ぬフリしたり、〔略〕その場から逃げ出してばかりいた。〔略〕
 ベトナム人から見れば私も連中も同列なのだ。
 なぜ抗議しなかったのだろうか。怒りを込めて声を上げ、かりに手を挙げることになったとしても、連中をおばあさんに謝罪させるべきだった。
 なぜ怒らなかったのか。連中がサイゴンで見知った顔だったからか。怒りの感情を露わにすることに恥ずかしさがあったからか。私の心の奥底にそんな配慮やためらいが無意識に存在していたのかもしれない。
 彼らに抗議すべきだった。〔略〕
 抗議をしなかったことで、私は唾棄すべき連中と同列になってしまった。
(261-2)


 誤 「自分の二限目を休みにしようした」(128)
 正 「自分の二限目を休みにしようとした」

 誤 ベトナムで起きた「本田美奈事件」(173)
 正 ベトナムで起きた「本田美奈子事件」

@研究室

 
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by no828 | 2013-11-21 17:41 | 人+本=体 | Comments(0)
2013年 11月 18日

太陽と大地のめぐみ

c0131823_1637253.jpg太陽と大地のめぐみ  エチゴビール


原料:麦芽、ホップ
度数:5%

蔵元 →  ただし、当該商品は掲載されていません。


 缶にも印字されていますが、T木とG馬の大麦を使用したビールです。

 直球勝負の味でした。


@研究室
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by no828 | 2013-11-18 17:33 | ビール | Comments(0)
2013年 11月 17日

思想は、基本的には「人殺し」を正当化する論理を含んでいる——佐藤優『インテリジェンス人間論』

c0131823_1749485.jpg佐藤優『インテリジェンス人間論』新潮社(新潮文庫)、2010年。81(736)

単行本は2007年に同社。

版元 → 

 佐藤優の本は割と好きです。既存の思想的立場に簡単に収納できそうにないところがよいのかもしれません。筆者において地の文でも会話文でも頻出するーーとわたしには感じられてしまうーー「○○(な)ので、△△」という文章がわたしにはどうもしっくり来ません。

 鈴木宗男や小渕恵三や森喜朗やエリツィンやプーチンの人物像をインテリジェンス(諜報)との関連において描き出しています。日露関係の話がよく出てきます。

 トルクメニスタンは永世中立国。

〔略〕人間的に尊厳でき、信頼する人とあたかも友人のように楽しく歓談しても、その後、大使館に戻って、話した内容のうち、日本政府にとって役に立つ部分を公電にして、暗号をかけて、東京の外務本省に送るのが、生理的に嫌だった。公電の行間から友情や厚意に付け込んでいる自分の姿が浮かび上がるような気がしたからだ。
 人は、できることと好きなことが異なる場合がある。インテリジェンス(intelligence、諜報)とは、行間(inter)を読む(lego)という意味なので、本来的には、テキストを扱う仕事なのだと思う。〔略〕私にはその適性があると思う。しかし、このようなインテリジェンスという仕事を私は最後まで好きになることができなかった。
(3-4)

「川奈提案について、ロシア側の検討状況には過去二週間変化がありません」
「あんた、変化がないというのも重要な情報だ。明日、またモスクワに行って様子を探ってきてくれ」
「わかりました」
 小渕〔恵三〕氏が述べた、変化がないというのも重要な情報だ、というのは、まさにインテリジェンスのプロの発想なのである。
(81)

 小渕の叔父・小渕岩太郎は陸軍中野学校の出身のようで、恵三もその「薫陶」を受けていたようです。

 あるとき森〔喜朗〕氏はポケットからボロボロになった書類を出し、「君の作った書類を何度も読んだ。ボールペンで線を引いている内に穴があいてしまった」といって私に見せた。官僚がもっともよろこぶのは、政治家にその官僚の意見が尊重されているときであることを森氏は熟知している。(95)

 森の父・茂喜はロシア イルクーツク郊外のシェレホフ市の墓地に分骨されているらしいです。

 安倍〔晋三〕氏は、その点、正直だった。「戦後レジームからの脱却」とは、アメリカが日本を占領して構築した秩序と正面から抵触する。それにもかかわらず、アメリカとの衝突を避ける布石を安倍氏は打たなかった。
〔略〕
 小泉改革の本質は、新自由主義政策だった。弱肉強食の市場原理主義を導入し、強い者をより強くすることで、日本経済の活性化と国家体制の強化を図ったのである。その結果、確かに強い者はとても強くなった。しかし、それが国家体制の強化につながったかという設問に対して、答えは分かれる。
 筆者は、かえって日本の国家体制は弱体化したと考える。それは、格差がかつてなく広がり、富裕層と社会的弱者の間で「同じ日本人である」という同報意識が持ちにくくなったからである。
〔略〕問題は、一食百円以下に切りつめなければならない社会層をなくすように国家としての再分配政策を考えることだ。日本の保守主義は一味同心(力を合わせ、心を一つにすること)を基本的価値観とするので、再分配政策すなわち扶助は「美しい国」の伝統にも合致しているのだ。
 安倍氏が格差是正に本気で取り組もうとしたことを筆者は評価している。そのためには、新自由主義政策に歯止めをかける必要があったのだが、それをしなかったため、結局、安倍政権は新自由主義と保守主義の股裂きになって自壊してしまったのだと筆者は見ている。国家運営には思想が必要であるが、日本の政治エリートがその重要性に気づいていない。今後も思想的交通整理をよくしないで、相異なる政策を包含すると、政権が内部崩壊することになる。
(143-5)

 国家を前提に・単位に政治が行なわれる以上、佐藤の言うところの「保守主義」と社会民主主義は背中合わせにあるように思います。背中の部分は共有されているということです。具体的には、国民の生活を守る(← 抽象的な言い方)という点で両者は一致し、市場とアメリカにすべてを委ねてはいけないという指針も共有できるでしょう。その意味で、日本に「保守主義」はほとんどないのかもしれません。鳩山由起夫政権のときに沖縄米軍基地の「最低でも県外」というのがありましたが、あのときなぜ民主と社民と共産と自民内部の“反米保守”は連携できなかったのか、と思います。伝統的左右区分はもはや意味はなさない。一致する主張がある。そのように主張する根拠は異なる、がしかし主張自体は一致する。根拠はとりあえず切り捨ててその主張1点での集合。政治ならそのくらいのことをしてもよいのではないか、と思ったりもするのですが、それは「思想的交通整理」の観点からすると“事故”ということになるのでしょうか。理論は純度が高いほうがよい、と思うところがわたしにはあるような気がしますが、しかし/だから、政治は純度が高くなくてもよい、と思っているところがあります。政治とは妥協だ、には積極的な意味があるのではないでしょうか。

 なぜ、筆者と鈴木宗男氏は福田〔康夫〕政権の成立にこれほど忌避反応を示したのか。それは二〇〇二年の鈴木宗男バッシングにおいて福田氏が重要な役割を果たしたと二人は認識しているからだ。(148)

 蓑田胸喜の反共思想は、独特な論理構成をもっている。共産主義を直接攻撃の対象にするのではなく、共産主義のような反日・反国体思想を野放しにしている自由主義に現下日本の病因があるので、まず自由主義の拠点になっている東京大学や京都大学の自由主義的教授陣を壊滅させてしまおうとするのである。(164)

〔略〕「天皇制」という言葉はコミンテルン[共産主義インターナショナル]が一九三二年の「日本に関するテーゼ」で用いた言葉で、日本の国体の内在論理を示すのには不適切である。(222)

 ーー修験道は、神道、仏教のみならず道教や日本の土着信仰が合わさったもので、多元性を基本とする。吉野は古来より政争に敗れ、逃れてきた人々を匿い、再出発させる場だ。われわれ山伏は偏見にとらわれず、人々を人物本位、言説をその内的ロジックのみで捉える。他者を排斥しようとするような思想や政治とは、武器をとってでも戦い、多元性と寛容の世界を維持する。なぜなら、それがなくなると日本は日本でなくなるからだ。(297)

 神学の世界で、自らの知の枠組みと異なる言説を評価する場合、「私は一言もわからないが、この論文はすばらしい」というのは、よくある表現形態だ。(311)

 有識者の間では異論があるかもしれないが、私の理解では哲学と思想は異なる。哲学とは“知”を愛好する学問であるのに対し、思想は人間が生き死にをかけた営みなのだ。
〔略〕イスラム原理主義、マルクス主義、(北朝鮮の)主体思想、そして私が信じるキリスト教思想も、基本的には「人殺し」を正当化する論理を含んでいる。だから思想を扱うことと殺人は隣り合わせにある。このことを自覚していない思想家は無責任だと思う。
〔略〕
 死を内包する戦争を意識するところから思想は生まれるのだ。裏返して言うならば、戦争を意識しないような思想は、偽物とはいえないとしても「思想の脱け殻」にすぎないのだと私は考えている。
(319-20)

 以上の文章は、「思想」を「宗教」と言い換えてもその意が混濁することはないと思いました。「基本的には「人殺し」を正当化する論理を含んでいる」、これは共通するでしょう。「思想」と「宗教」の違いは何でしょうか。論理的かどうか、は違うような気がします。その体系に超越的なものを置くかどうか、も違うような気がします。信仰の対象かどうか、これも違う。信仰する人の数? よくわかりません。個人的にはいずれも、そこにあるものです。

@研究室
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by no828 | 2013-11-17 18:17 | 人+本=体 | Comments(0)
2013年 11月 16日

一番搾り とれたてホップ 2013

c0131823_17141190.jpg今回は色が見づらいことを覚悟で、あえてこの色でまいります。





一番搾り とれたてホップ 2013  KIRIN





原料:麦芽、ホップ(岩手県遠野産ホップ)
度数:5%


醸造元 → 





ホップ!




 以上でございます。



 で充分かとも思ったのですが、少しだけ。

 発泡酒などで、要するにビール以外でホップを前面に出すと味が尖って舌の上に苦味だけを残してそのまま喉奥へと滑降してしまうのですが、さすがはビールと言うべきか、ホップの尖端をそのよさを損なうことなくうまく丸めて口内咽喉を落ち着かせてくれます。


@研究室
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by no828 | 2013-11-16 17:29 | ビール | Comments(0)
2013年 11月 15日

知恵になっていない思想は死んだ概念の帳簿にすぎない——長与善郎『竹沢先生という人』

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長与善郎『竹沢先生という人』岩波書店(岩波文庫)、1941年。80(735)

版元 → 


 長与善郎(ながよ・よしろう 1888-1961)の「人生観、世界観等が率直に語られた思想的エッセイともよぶべき長篇小説」、と表紙に説明があります。「竹沢先生という人」はこういう人でした、という小説です。長与は「白樺派」でもあるようなのですが、「白樺派」なるものが何を求心としたカテゴリなのかが不勉強のゆえにわかりません。本書においては、理想を擁護する立場(と自然を畏怖する立場)が提示されていますが、それが「白樺派」の思想なのか、「白樺派」として括られることではなくて長与個人の思想なのか、が判じられません。「白樺派」に括られることで見えなくなる長与善郎が気になります。

 カテゴリで括ったからって何? ということを「ダイバーシティ」なるものとの関係で最近改めて考えています。括ることの功罪。括って見えてくることは確実にあるけれども見えなくなることも確実にあります。括って見えなくなるほうにわたしの意識は向いてしまいます。括るな、と言ってしまえればよいのですが、“括らないと見えてこない状況”というのがやはりあるようにも思っています。“括らないと見えてこない状況”を作り出している状況、というのが問題でしょうか。しかし、言語を使用している段階で、わたしたちは世界を分けて括ってしまっています。

 話が逸脱しました。

 本書において8月28日はゲーテとトルストイとが生まれた日であることを(再)確認できました。

 以下の引用は、ほとんど「竹沢先生」(= 竹沢 游)という登場人物の発言です。

「いったい人類はレセップスがスエズの運河を開鑿したという仕事の成績には目をとめておくが、彼がどんな勉強ぶりと研究の結果その事業の成功を信じうるようになったかというような道行きにはいちいち目をくれるようなめんどうくさい事はしないもんだよ。」(11)

「昔僕はなんにもわからなかった時、そしてつまらぬ物を書いていた時、手におえぬ不平家だった。今になってみると、世の中の事は人が思うよりは案外わりに資格相応になって来るもんだ。少なくともそう思って生きるほうが利口で、また得でもあるという事がわかった。愚痴をこぼす前に、自分の真正な資格を考えるこった。ただ資格を高める事だけを考えろ。僥倖を当てに思いわずらうものは俗物だ。(36)

「だがその恐ろしいと言う一つの事実だけに実感の全部が奪われてしまって、色というものをそれだけにしか観じられないような者は思想家とは言えない。思想家は現在での状態や、結果の事実がどうであろうと、それだけの実感に負けないで、もっとものの本来の意味と、全部的な性質とを達観するものでなくちゃならないからな。(57-8)

「まるで人は善人を偽善者にしちまいたくてしかたがないようだね。僕らは第一にそんなくだらぬ恐怖の誘惑から超越しちまわなくちゃいけない。正直者だと言われる獣になるよりゃ偽善者と言われる理想主義者になるべきだ。偽悪もまた悪における一つの偽善だ。低劣な言行一致よりは高い言行不一致のほうがはるかに価値のある事を知るべきだ。高い目標を追って現実につまずいたらすなおに嘆くべきで、それを恥じるより自分の現在をしいて体よく肯定しようとして理想を低くする事をこそ恥ずべきだ。ーー良心のある人間が人間的弱さのために時に自分の言説を裏切るようなつまずきをして悔やんでいるのを、すぐ偽善偽善と責める因業者は全く地獄に落ちる。」(84-5)

「すべての思想は生活となっていなければほんとうのものじゃない。」(99)

「ほんとうにそう、幸福にはある鈍さが必要ですわ。」(123)

 かく言う先生の論理に従えば、多くの否定家と懐疑派とは、もともといわれもなく肯定していたのが間違いであり、根拠もなく信ずべきものと認めていた事が誤りである事を、事さら物々しく否定し、懐疑して得々たるがゆえに滑稽なのである。(165)

「本も読めるだけ多く読むほうがいい。人からも教われるだけ広く教わるがいい。だが結局は世界と自己との直接交渉から、生〔なま〕な身をもってしたおのれの純粋体験から生まれたものでない思想が何になろう。真の思想とは一つの生きた知恵である。知恵になっていない思想は死んだ概念の帳簿にすぎない。(199)

「まあ、一つの意志が最高に発達して、道徳的原理がほとんど道徳律としてでなく、一つの自然律として生きるようになる事。ーー聖人とはまあそういう人の事だが、ーーそして自然の最も高い極妙〔ごくみょう〕な部分の支配律が個体我としての自分の意志〔ウォレン〕を貫ぬ〔ママ〕いて同化してしまえば、さっき言った二つの原則の並行線が一致する事になるんだがねーー」(234)

「だんだんどうも子供がふえたりすると、いろんな事を感じるが、やっぱり人間は何かこう、自身の全身の重みをもってそれにぶら下がる事のできるものをつかむか、あるいはそういうもの自身に自分がなるかしなくっちゃならぬとつくづく思うね。(256)

僕らのいちばん満足しきる理想的な人間は、結局釈迦でもキリストでもなくって、やっぱり僕らの理念のうちに求めるよりほかはない。そして僕らはその理念の人格にだんだん自分をたたき上げて近づけて行くよりほかはない。(369)

@研究室
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by no828 | 2013-11-15 16:48 | 人+本=体 | Comments(0)
2013年 11月 13日

連休 古本 鴨せいろ

c0131823_17552938.jpg 11月2日(土)に東京へ行ったときの様子です。用事があったのはJ保町。目的は2つ、(1)映画「ハンナ・アーレント」を観る、(2)古本まつりを探索する。

 11時少し前にA葉原下車。徒歩でA路町経由でJ保町へ向かうルートにしたため、途中に Mつや (→ )があります。写真は正面。引き戸が2カ所にあります。右が入口、左が出口です。11時開店で11時10分くらいに入店しましたが、すでに8割ほど席は埋まり、着席したあともどんどんと間断なく人が入ってきました。相席は当然という仕来りのようです。やきとりにビールとか、天ぷらに日本酒とか、土曜日の真っ昼間に目にするには刺激的にすぎる風景に囲まれました。羨ましい、憧れる、とは思いますが、では自分も、とはなかなか思いません。もう少し年齢を重ねてからがふさわしいような気がしています。

 注文したのは 鴨せいろ(大盛り) です。本体1,600円(!)、大盛り100円です。ホームページ上のメニューには掲載されていません。お店の品書きには 鴨せいろ と書いてありました。ただ、お店の品書きにも大盛りの値段は書いてありませんでした。


c0131823_17554911.jpg わたしの普段の食生活的金銭感覚からすると、1,600円は高いです。蕎麦もそれほど多くない。しかし、あんなに柔らかい鴨肉@鴨せいろを食べたことがありません。鶏団子というか鴨団子も入っていました。鴨肉の臭みはほとんど感じませんでしたが、それは柚子のためかもしれません。左上の透明な液体の入ったコップは、純粋な水であって、冷酒ではありません。お酒と天ぷら、そのあと蕎麦という流れは、少なくともあと7、8年は取っておこうと思います(あと2、3年にするかもしれません)。

 再び徒歩でJ保町へ。“まずは”I波ホールで「ハンナ・アーレント」14:30の当日券を購入。自由席のみです(下のほうに書きましたが、そういうわけでI波ホールで映画を観る場合は、上映開始2時間くらい前には券を購入し、上映開始までのあいだ、古本屋をめぐる、カレーを食べる、コーヒーを飲む、などをするのがよろしいかと思います)。I波ホールのホームページから割引券をダウンロードとプリントアウトをするのを忘れ、そもそも割引券のその存在をすら忘れ、私的に後ろめたくなることなく1,800円を支払いました(あとで気づいて反省しました。→ )。

 J保町は「古本まつり」なのか「ブックフェスティバル」なのかよくわかりませんが(下の写真にある通り(Sずらん通り?)で行なわれているのが「ブックフェスティバル」で、Y国通りで行なわれているのが「古本まつり」?)、普段お店のなかに置かれている古本が——車道ならぬ——人道(?)に出されて売られていました。「人道的配慮」とはこういうことを言うのかもしれません(言いません)。道は狭くなり、人が多いです。こういった特別な催しの期間中にはたしかにたくさんの本が放出されるのかもしれないが実は古本が探しにくいから何もない普通の日に来たほうがよいのではないか、という教訓はすでに過去の体験から確実に得られていたわけですが(→ )、また来てしまいました。


c0131823_1756193.jpg そんななかでは、道沿いの臨時店舗よりも建物店舗内のほうが空いていたりもしますので、お店のなかに入ったりしていました。とはいえ人が多いのでゆっくり見て回る気にならず、絶版となっているジョン・ロックの『教育に関する考察』(I波文庫)を300円で入手するなど、全部で5冊程度を購入するに留めました。ちなみにロック本は熱帯密林などでも送料込みで1,000円くらいで購入できます。稀少本というわけではありませんし、わたしも稀少本を蒐集する趣味はありません。読みたい本、必要な本を買うのみです。ロック本は、いわゆる白板(tabula rasa)論を「教育原理」で講じるために、改めて勉強するために、買いました。本日のこのエントリの流れからすると余談になりますが、教えるようになって当該分野の基本的な本——のことは単に「基本」と言えばよいのでしょうか——を読みなおすことが増えました。わたしは教育学の大学院へ教育学の外からやってきましたので、入院時にはかなり教育学本を読んで勉強しましたが、教えるようになってからはそれと同じくらいに、あるいは読みの深さという点ではそのとき以上に、教育学の基本文献、いわゆる(?)「基本」を読む、読みなおすことが増えました。この人はこういうまとめ方をされているけれどもこの人本人はこういう言い方をしていたのか、などなど(再)発見もあり、それが愉しく、おもしろくもあります。教育においては、教わる側が学ぶというよりも、教える側こそがよりよく学ぶのだということを実感しています。だからこそ、授業のなかで学生による模擬授業を取り入れたりもしています。余談おわり。

 このあとI波ホール。「大変混雑しておりますので、13:50には来てください」と当日券購入時にI波ホール窓口の方に言われていました。窓口は1階、ホールは10階。10階から8階までの階段に人がすでに並んでいます。たしかに大混雑です。14:30の回は満席。内容は、また別の機会にします。ということを前にも言ったような気がします。


@研究室
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by no828 | 2013-11-13 18:55 | 日日 | Comments(0)
2013年 11月 10日

ためらいはかえって失礼なのかもしれない——たかのてるこ『ガンジス河でバタフライ』

c0131823_15595743.jpgたかのてるこ『ガンジス河でバタフライ』幻冬舎(幻冬舎文庫)、2002年。79(734)

単行本は2000年に同舎。

版元 → 

 有名な本であると思いますが、それゆえに敬遠してきました。学術書以外にも、書物になったもののなかに、開発のあり方、教育のあり方を探っていくことは少しずつでも続けていきたいと思います。

 1人旅に出ることによる自己イメージの変容。香港、シンガポール、マレーシア、インド。

 2番目の引用には、とくに共感しました。わたしもバングラデシュのゲストハウスのベッドの上で毎晩のたうち回っていました。あの感覚をわたしは学問の俎上に載せたい。今回の題目へも引きましたが、わたしも「ためらい」というものに囚われています。相手に期待をさせながらも金銭を渡さない、という意味において相手に「失礼」なのだと思いますが、しかし「ためらい」を積極的に位置付けることはできないものかと、わたしは考えてもいます。

 言葉が通じないから、お互いよけいに一生懸命になる。私の身体は汗だくで、まるでスポーツをやっているときのような爽快感に満ちていた。みんなもアクションを大ゲサにしたり、表情をオーバーにしてみたり、ときには絵を描いてみたりと、もうなんでもありの世界だった。お母さんなんて、料理の話になると野菜やなべまで持ってきて説明し始めたりして、ホント、いじらしいくらいなのだ。
 みんなのキャラクターが手に取るように分かる。ボディランゲージのすごいところは、話の意味が分かったときには、その人らしさまでが一緒になって伝わってくるところだ。どうやって相手に伝えようかと知恵を絞り、あれこれやってみるプロセスそのものに、その人らしさがじわっとにじみ出る。「共通の言語」なんてないのに、この場にいる人たちだけで「共通の言語」を生み出しているような気がした。
(115)

「そんなふうにいちいち構ってちゃキリがないよ。あげないんなら、はっきりした態度を見せなきゃ
 そうか、ためらいはかえって失礼なのかもしれない。私は「ソーリー」と言って、彼女から逃げるように走り去った。少し離れてから振り返ると、彼女がフラフラと危なっかしい足取りで歩いているのが見えた。胸にじわじわと、なんとも言えない虚しさが込み上げてくる。乳飲み子を抱えたお母さんが物乞いだなんて、彼女の旦那はどこで何をやっているんだろう。
〔略〕
 みなのオススメだけあって、その店のステーキは確かにうまかった。なのに、柔らかい肉がうまく喉を通ってくれないのだ。私はさっきの乞食の親子のことを思い出さずにはいられなかった。彼女たちの血色の悪さや、棒切れのように細い体が、頭にこびりついて離れない。彼女たちにあげる金はないのに、自分がステーキを食べる金はあるという事実が重くのしかかってくる。もしかしたらあの親子は飢え死に寸前だったのかもしれない、などと考え始めると、クーラーの効いたレストランで豪華なディナーにありついている自分が、とてつもなく冷酷な人間に思えて仕方がなかった。
 その晩は、ドミトリーのベッドに横になっても、なかなか寝つくことができなかった。
〔略〕
 うだるような暑さのなか、天井で回っているファンをぼんやりと眺める。自分が乞食を目の当たりにして、キレたり逃げたりした映像が何度も何度もフラッシュバックした。
 物乞いされると、その人が本当に困っているのかどうか、いちいち判断する必要がある。インド中の乞食に恵むお金なんて私にはない。じゃあ恵まないと決めてしまえば楽になるかというと、そう簡単なものでもなかった。なんといっても、相手は自分と同じ生身の人間なのだ。「お恵みを……」と言いながらよたよたとすがりついてくる人に向かって、「ノー、ノー!」と延々言い続けることほど、気が滅入る行為はない。恵むにしろ、恵まないにしろ、後味が悪いことに変わりないのだ。インドの旅は、もしかしたら苦行なのかもしれないとさえ思えてきた。
(169-71)

「ほら、あのお家。あそこにはね、とっても貧しい人たちが住んでいるんだよ」
 その掘っ建て小屋を見て、私は愕然としてしまった。そこは明らかに、不可触民と言われている人たちが住んでいると思われる家だったからだ。井戸端のまわりには、痩せこけた体つきの女たちがしゃがみ込んでいて、黙々と洗濯している後ろ姿が見えた。
 私はなんとも言えない無力感に襲われ、やるせない気持ちで胸がいっぱいになってしまった。いったい彼女たちに何の罪があるというんだろう。同じ人間なのに、どうしてこんなに小さな子どもにまで差別されなきゃならないんだ!? にこにこ顔で「面白いことを教えてあげた」という感じのラヴィーには、もちろん悪気はないし、差別しているという特別な意識もない。でもそのことが、よけいに根の深さを感じさせた。カースト制は、制度としては数十年前に撤廃されたというのに、現実はこのありさまなのだ。人の心はそうたやすく変えられるものではない。きっとラヴィーが大人になったときにも、特に疑うことなく、自分の子どもにカースト思想を植えつけてしまうに違いなかった。
(230)


@研究室
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by no828 | 2013-11-10 16:07 | 人+本=体 | Comments(3)
2013年 11月 07日

実存的状況とは取り返しのつかぬ状況、つまり「後の祭り」のことであって——奥泉光『バナールな現象』

c0131823_1635754.jpg奥泉光『バナールな現象』集英社(集英社文庫)、2002年。78(733)

単行本は1994年に同社。

版元 → 

 虚構と現実との交錯。1991年湾岸戦争。「一面の砂漠である」ではじまり、「一面の砂漠である」でおわる小説です。
 
 「バナール」は banal で、“平凡な、陳腐な”といった意味。ハンナ・アーレントの『イェルサレムのアイヒマン――悪の陳腐さについての報告』(版元 → )の原題は Eichmann in Jerusalem: A Report on the Banality of Evil です。ちなみに先日、映画「ハンナ・アーレント」(→ )を観ました。タイトルが「ハンナ・アーレント」だけなので内容が予想できなかったのですが(よく調べませんでした)、もう少し具体的には「『イェルサレムのアイヒマン』のハンナ・アーレント」でした。映画のことはまた別建てにすることになると思います(たぶん)。

 108-9ページに大学の単位、大学教員の役割について論及されています。『桑潟幸一准教授のスタイリッシュな生活』(→ )にもありました。単位か、知識/技術か。

哲学書の棚の前に木苺は立った。大学学部時代から哲学を専攻し、三十四歳になる現在に至ってなお大学に残り「哲学研究」を続ける木苺のこれは習慣である。カントヘーゲルハイデッガー、ニーチェデカルトフッサール。馴染みの面々の勢ぞろい。ずらり並んだ背表紙を眺めていると木苺は勇気を与えられる。ここにはたしかに哲学があった。黄昏にあってなお燦然と輝く王者の栄光があった。木苺にとって哲学とは主に哲学者の名前のことであったから、それらが一堂に会した書棚を眺めるこの時間は、彼が最も哲学的な営みをなす時間でもあった。哲学に限らず日本の大学の学問の多くは、当の学問領域の存続をこそ第一義的な目標にしているのだから、大書店の一隅を哲学書が堂々占拠している様子を眺めて、王家の家臣団の末席に連なる木苺が嬉しく思うのは正当である。(12)

 薄く笑った友人の評言は正しかった。子供を養育する責任は当然引き受けるつもりが木苺にはある。けれども子供がこの世に生まれ出ること自体の責任は避けたかった。逆に子のない夫婦の生活が将来かりに空虚であったとして、その空虚には耐えていかざるをえないし、また耐える自信はある。だが自分の判断が空虚をもたらしたのだと、あとになってから呵責に捉えられたのでは困る。だから木苺にとっての理想は妻が強く主張をなすことである。欲しいなら欲しい、いらないならいらない、そうはっきり判断してくれるのが一番有り難い。ところが妻の側も夫と同じように考えている節があって、夫婦互いが下駄を預けあい、腹を探りあう状況が結婚当初から続いていた。
 かような次第であったから、避妊はしていたものの、若干の甘さがあった。できたらできたで構わない、いい加減に処してよしとする気分が夫婦間にはあって、気づいたときには木苺の鞭毛そよげる生殖細胞は妻の子宮内にしっかり着床していた。ここに至ってようやく木苺は、やはり子供は持つべしと、実存的決断を下した。実をいえば彼が子供の問題に関して真剣な考察をなしたのは妻の妊娠が判明した後のことであった。実存的状況とは取り返しのつかぬ状況、つまり「後の祭り」のことであって、いまさら考えても詮のない事柄をあれこれ考えたあげく、やっぱり手遅れでどうにもならないのだと諦めるのが、既成事実が絶対の重みを持つ東洋における実存的決断である。したがって木苺の決断は文字通り実存的であった。
(32-3)

 ――そんなことないさ。捕虜虐待の禁止というのは国家間の取り決めだからね。戦場で個人と個人が出会う場面ではそれだけじゃ事は済まない。個人の自己の責任において状況に応じたルールをその都度確立しなければならないわけさ。それをするのが倫理的ということでね。カントが示したのは道徳の普遍妥当性の可能性の原理にすぎない。彼もちゃんといってるよ。結局道徳は決疑論的に考察するしかないってね。何が倫理的なのかは具体的な場のなかで個人が判断するほかない。カントの道徳論はマニュアルじゃなくて参考資料にすぎない。(99-100)

 ――しかし、実際に助けてみなければ分からないじゃないですか。
〔略〕
 ――やってみなければ分からないことは絶対にやらない。徹底的に考察したうえで結果が確実なことだけを迅速に行う。それがわれわれ民族の考え方でね。われわれには失敗が許されないから。
(118-9)

 ニーチェはアンチ・テーゼである。だからテーゼがないところでは意味がない。神の死の宣告が衝撃なのは神がいたからである。彼が「世界史的怪獣」であるのは、世界史のある場所だけでの話である。これと示しうるテーゼもなく、神もおらず、歴史もないところでニーチェは無意味である。(222)


 ところで、文中「任して」(101)「任せて」(273)なので、「まかせて」(106)も「任せて」だと思いました。論文や本の校正などを実際にしてみると、こういうことが気になるようになります。

@研究室
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by no828 | 2013-11-07 16:53 | 人+本=体 | Comments(2)
2013年 11月 05日

琥珀ヱビス、あるいはタとテの関係について

c0131823_15574230.jpg琥珀ヱビス

醸造元 →  

度数:5.5%
原料:麦芽、ホップ

 色が綺麗です。味に重みがあります。通常ヱビスよりも1段重いです。そのため、口当たりは鋭いというより鈍くまろやかです。こちらのほうがわたしは好きです。

(ちなみに毎回ビールの背景に本が映り込むのは、わたしの部屋にはこれしか机がないからです。飲酒も読書もこの机です。)

 ところで得心というか疑問なのですが……


c0131823_15585610.jpg




だから、


c0131823_15582969.jpg




なの?




そうなの?


@研究室
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by no828 | 2013-11-05 16:13 | ビール | Comments(0)