思索の森と空の群青

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2014年 01月 30日

Aが不足しているからAを充足させる以外にない、こともない

 昨日は、都内某本部で勉強会でした。実務家と研究者とをつなぐという趣旨の勉強会です。毎回——といっても年に4回くらいのペースで開催される——勉強会のあとは懇親会がありますが、出席したことはまだありません。毎回、今回こそは、と決意して勉強会にも臨むのですが、勉強会が進むなかでわたしの居場所のなさ、わたしの存在の不似合いを痛感していきます。実務と研究とのつながりは、この分野の性格からして意識せざるをえませんが、そのつながり方、つなげ方には多々様式があるはずです。しかし、わたしのような様式はなかなか入り込む余地を見出せません。「研究者」として勉強会の場にいる人びとも、わたし以外はほとんど実務ののちに大学に来られた方々で、その言葉の極限の意味における「研究者」では必ずしもないように思われます。したがってとても意地悪な言い方をすると、実務家と研究者とをつなぐ勉強会というよりも、実務家と元実務家とをつなぐ勉強会になりかねないとも思います。そんなわけで、その言葉の極限の意味における「研究者」であらんとしてきたわたしはとても肩身が狭いのですが、だからこそこういう場に臨んで実務家の方と話をし、また、この分野の“共通理解”のようなものをわかっておく必要があるとも思っています。わたしの議論は、実務の最前線の人にわかってもらわないと意味が半減するのかもしれない、と最近思ってもいます。だからこそ、なのでありますが、しかし懇親会への出席の気持ちは少しずつ萎えていき、結局は断念するという、そういうことが続いています。そもそもわたしは、懇親会が苦手、ということもこの断念を手伝っています。

 肝心の勉強会本番からは、毎回学ぶところが多くあります。誘ってくださった先生には感謝以外にありません。わたしの立ち位置が即座に承認される場よりも、承認されにくい場に身を置くことで学ぶこともあります。居場所がない、といって寂寞に暮れるだけでなく、居場所がないことから学ぶこともあると期待しています。

 昨日は、質問したいことがあったのですが、全体の質疑応答の時間自体が短くなってしまい、これも断念せざるをえませんでした。だからこそ懇親会へ行ってそこで、とも思ったのですが、居場所を見つけられない・作ることができないがゆえの自己肯定感の低下ゆえに、その自己内意見も最終的には却下されました(というか、しました)。

 その質問とその周辺のことをここに書きます。が、ご発表内容を具体的に記してよいものかわかりませんので、踏み込んだ記述は避けます。また、これは「公開質問状」などではなく、自分の頭の整理のためのものです。

 昨日は研究者の側からのご発表でした。そこで問題点と間接的にせよ指摘されていたのは、初等教育における中途退学であったように思われます。中途退学はこのようにある、ではこの中途退学の背景には何があったのか、という点が社会(科)学的に探索されていました。学会大会の発表であればこれでよいでしょう。しかし、昨日の勉強会は実務家と研究者とをつなぐことが目指されています。具体的に言えば、援助にどう結び付けるのか、をも思考の範囲に含めることが望まれています。あの場で示唆され、また、共有されていたのは、いかに初等教育の中途退学を減らすか、であったように思われます(違っていたらどうしよう)。

 では、思考すべきは、いかに初等教育の中途退学を減らすか、そのためにいかなる援助が必要か、(だけ)でしょうか?

 それ(だけ)ではないはずだ、とわたしは考えていました。つまり、子どもが初等教育段階で中途退学しても生きていける社会をどう維持・設計するか、そのためにいかなる援助が必要か、という方向で(も)考えを進めることが少なくとも論理的にはできるのではないか、ということです。現地の人が、と「現地の人」は政策立案者なのか親なのか子どもなのか、裕福な家庭なのかそうではないのかなど多種多様であることを承知で書きますが、その現地の人が初等教育の中途退学を問題として認識しているのかどうか、さらには客観的に観察してその現地の人の属する社会は小学校卒という学歴がないと生きにくい社会なのかどうか、そういった点(こそ)が重要なのではないでしょうか。もし、初等教育の中途退学は主観的にも客観的にも問題ではなさそうだ、と判定されたなら、中途退学しても子どもがよく生きられるという方向での社会の維持・改善が求められることになるのではないでしょうか。むろん、援助の主客が政府系の場合は、こうした道筋は採りにくいとは思います。

 ご発表のなかでも、親が学校教育を重要視していない、とか、小学校を卒業しなくても家業(農業)を継いで生活することができる、とか、小学校を卒業したからといって高賃金の仕事に就けるわけではない、などの紹介がありました。この状況で、初等教育の中途退学は(誰にとって)問題なのでしょうか? 何が問題なのでしょうか? それが問題だと言うとき、どういった価値規準に依拠しているのでしょうか? もちろん、なかには学校に通いたいと願う子どももいるかもしれませんし、そういう子どもには通路をきちんと確保したほうがよいかもしれませんが、確保すべき通路はそれ(だけ)なのか、と考えることもできます。

 また、このご研究の結果を現地の人に見せたとき、「これは大変だ」と順応されるのか、「だから何?」と反応されるのか、どういった応答があるのか、その見通しも必要だと思われます。というのも、このご研究の結果を現地の人に見せることにより、現地の人の認識が変化させられうるからです。「だから何?」の人を「これは実は大変なことなのだ」へと変化させうるのです。ましてやそこに援助として初等教育の途中退学の減少が掲げられれば、現況が問題なのであるとの認識が一般化するかもしれません。わたしはそこに実務家の「応答責任」、研究者の「応答責任」ということを考えてしまいます。小学校卒でなくても十分に生きていけた社会を、小学校卒でなければ生きていけない社会へと変化させる、その背景に雑多に絡まりあって存在するであろう要因からこの分野における何らかの関与を取り除くことはできないでしょう。

 昨日の勉強会のはじまりに、「ハーフ&ハーフ」という言葉が出されました。昨日ご発表の方を“実務家でもあり研究者でもある人”といった意味で形容する言葉として出されました。わたしはビールのハーフ&ハーフは好きですが、この分野での立ち位置としては“研究者でしかない人”です。黒なら黒です。そこから言えることはあるはずだ、研究を実務へとつなげるときのつなげ方は少なくとも論理的には複数ありうるはずだ、つなげないというつなげ方もあるはずだ、と思います。この位置の存在意義も、この勉強会においてはまだよくわかりませんが、どこかにあるはずだ、と思いたいです。

 以上、文字だらけ、久々の「思索」エントリ。

@研究室
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by no828 | 2014-01-30 18:18 | 思索 | Comments(0)
2014年 01月 28日

努めて濫讀さへすれば、濫讀に何んの害もない——日本ペンクラブ編『素敵な活字中毒者』

c0131823_1642982.jpg日本ペンクラブ編『素敵な活字中毒者』集英社(集英社文庫)、1983年。109(764)

版元 → 
文庫版のみ?

 椎名誠 選。有名な書き手=読み手による読書論。小林秀雄の文章の引用に手こずりました。


 読書というのは、一般に、古典を読むことだと言っていいだろう。すなわち、温故知新である。
 十返肇さんが、亡くなる二年前ごろ、一ト月に一冊は古典文学を読むことにしていると語ったことがある。そういう思いも、よく理解できた。
(山口瞳「活字中毒者」15)

 十五の歳にアメリカに行ってからは、それまでのことを改めて、教科書だけ読むようにして四年間すごした。その間、新聞も講読しなかったし、雑誌も買わなかったから、大衆小説も全然読まなかった。
 しかし、人が思索に際して用いる基本的観念は、幼い時に作られたものが、後まで残る。ぼくが哲学書を読んで、その思想を受け取るにしても、その受け取り方は、大衆小説で養われたぼくの基本的教養と無縁のものでなかった。サンタヤナには、旗本退屈男みたいな所がないでもないし、デューイには『苦心の学友』に似た所がないでもない。元来、ぼくは観念の上に観念を積んで考えてゆくことが、不得手なたちなので、観念に何か形と色とを与えて、具体的な像として覚えないと、不安だった。
 そんなことからだんだんに、哲学史的な意味の哲学から離れて、哲学と大衆小説を結ぶ線上に彷徨し始めた。そして、たくさんの人によって愛される大衆小説の中に、大衆の抱いている哲学思想への手がかりを発見できないかと、後に考えてみるようになった。
 たしかに、大衆小説というものは、哲学性の濃厚な芸術である。日本の純文芸と比較して考える時、日本の大衆小説は、より多く「人間いかに生くべきか」の問題と取りくんでいたといえるし、その意味で、純文芸よりも多分に哲学的なのである。
(鶴見俊輔「大衆小説に関する思い出」112-3)

 濫讀の害といふことが言はれるが、こんなに本の出る世の中で、濫讀しないのは低腦児であらう。濫讀による淺薄な知識の堆積といふものは、濫讀したいといふ向う見ずな欲望に燃えてゐる限り、人に害を與へる樣な力はない。濫讀欲も失つて了つた人が、濫讀の害など云々するのもをかしな事だ。それに、僕の經驗によると、本が多過ぎて困るとこぼす學生は、大槪本を中途で止める癖がある。濫讀さへしてゐない。
 努めて濫讀さへすれば、濫讀に何んの害もない。寧ろ濫讀の一時期を持たなかつた者には、後年、讀書がほんたうに樂しみになるといふ事も容易ではあるまいとさへ思はれる。讀書の最初の技術は、どれこれの別なく貪る樣に讀む事で養はれる他はないからである。
〔略〕
 或る作家の全集を讀むのは非常にいゝ事だ。硏究でもしようといふのでなければ、そんな事は全く無駄事だと思はれ勝ちだが、決してさうではない。讀書の樂しみの源泉にはいつも「文は人なり」といふ言葉があるのだが、この言葉の深い意味を了解するのには、全集を讀むのが、一番手つ取り早い而も確實な方法なのである。
(小林秀雄「讀書について」119-20)

 少年時代の僕を、何が活字へ引きつけていたかというと、それは活字のみの持つ非現実性であった。活字が描き出してくれる、日常の世界とは全く違った、何かしらの遥かな、異国的な、夢幻の国への深い憧れであった。(江戸川乱歩「活字と僕と――年少の読者に贈る――」183)


@研究室
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by no828 | 2014-01-28 16:54 | 人+本=体 | Comments(0)
2014年 01月 27日

知ってしまったからには助けたい、という気持ちもあるだろ——伊坂幸太郎『陽気なギャングの日常と襲撃』

c0131823_1946769.gif伊坂幸太郎『陽気なギャングの日常と襲撃』祥伝社(祥伝社文庫)、2009年。108(763)

版元 → 
新書判が2006に同社


 『陽気なギャングが地球を回す』(→ )の続編です。人の嘘を必ず見破る人、とにかく中身の薄いことでも話し続けられる人、時間を正確に計測できる人、他人の持ち物を本人に気付かれずに獲得(= 掏摸)できる人、この4人が集まったときに何をするか、答えは銀行強盗です。

 個人的には、話し続けられる能力を伸ばしたいと思っていますが、話すことがなければ話さなくてもいい、とも思っています。


「そういうわけでもないが、知ってしまったからには助けたい、という気持ちもあるだろ」
「私にはない。だいたいな、今もアフリカの国では餓死があったり、温暖化で巨大クラゲが漁師を困らせているわけだ。おまえは、それを知ったからといって、知ってしまったからには助けなくては、と張り切るわけか
「張り切るわけじゃない」
「僕もそんなに乗り気ではないな」と答えたのは、久遠だった。〔略〕「これが逃げた犬だとか、行方の分からなくなった熊だとかなら、俄然張り切るけど、しょせんは人間だからなあ」
「そう厳しいことを言うな」成瀬は笑うしかない。
「成瀬、おまえは英雄にでもなりたいのか?」
「その子のいる場所だけ調べて、警察に通報するのが一番手っ取り早いんじゃないの?」雪子がそこで、頭を上げた。「わたしたちがその子を直接、救い出す必要はないでしょ。そのほうが安全だし」
(224)


@研究室
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by no828 | 2014-01-27 19:53 | 人+本=体 | Comments(0)
2014年 01月 26日

肯定されたかったのだ。看護婦を見て、「一人前だ」とジャッジ出来る能力を持つ、誰かから——橋本治『夜』

c0131823_16541960.jpg橋本治『夜』集英社(集英社文庫)、2011年。107(762)

版元 → 

単行本は2008年に同社


 さらに引き続き、橋本治先生の小説。5つの物語。

“「女」は「男」をどう見ているか”、
 より厳密には
“「男」が「女」の視点に立って「男」を捉えたときに浮かび上がった「女」とはいかなるものか”、
 です。


携帯電話を持つことは、「待つ」ということを受け入れることで、掛かって来ない電話を待ち続ける自分を疲弊させて、絶望に追いやることだ。だから、携帯電話を持ちたくない。持つことに鋭敏になっている自分を、意識したくはない。外でなにがあっても、関知したくはない。
 携帯電話を持つ必要のない時間があった。携帯電話そのものが一般的ではない時代もあった。夫だけが持ち、妻にはその必要がないと思われていた時もあった。妻は、家に属している——その時間が幸福だった。だから、今改めて、その幸福を壊したくない。
(「灯ともし頃」65)

 女は、男を「誠実」などという判断基準で見ない。それは、なんらかの関係がある程度以上進んでからのことで、目の前を通り過ぎる男を見る時、女はまず、「この男とはどういう関係を持ちうるのか?」という観点から見る。そこで「誠実」というジャッジを下される男は、「付き合わなくてもいい」という判断を下される男である。(「灯ともし頃」68)

 中村が死んだということさえ認めにくい。それなのに、なぜ、その遺骸が骨になって、決定的に「生者」とは無縁の形になることまで、確認をしなければならないのか。そうまでして、一人の男が生きていた事実を葬り去らなければならないのか。於初には、よく分からなかった。
 於初と中村が約束したのは、「共に生きる」ということだっただけのはずなのに。

「それでもまだ彼を愛している」というしつこさは、於初の中になかった。「それでも」もない。「まだ」もない。愛していたことに変わりはなくて、納得出来ないのは、その関係がプツンと断ち切られて、永遠になくなってしまっている、そのことなのだ。
(「夜霧」142)

 人が人を好きになるのは、「しみじみと癒されたいと思うからかもしれないな」と、於初は思った。確証はない。自分がそうだった。気がつくと、田島といてしみじみとしていた——ひび割れた枯れ木の中に、水がしみ込んで行くように。
「つらかった」ということが、ようやく分かった。
「人を好きになる」ということがどんなことかは分からないが、そこに「引き離されたくない」という思いが強くあることだけは、間違いがないと思った。
(「夜霧」147)


「私は、誰が頭がいいのかは分かる」——於初がそう自信を持つのは、於初の体の奥で、なにかが反応するからだった。(「夜霧」129)

 この感覚はよくわかります。「頭」にまつわることは、実は頭以下の肉体が頭よりも先に反応するように感じられます。何が大事か、何を思考するか、何を発言するか、こういったことの具体的な内実を肉体は告げませんが、“ここだ、ここは考えるところだ、ここはお前が話すべきところだ”というポイントを肉体は告げてくれます。少なくともわたしの場合はそうです。この“お告げ”があると、発言しますが、ないと発言しません。しかし、少し前まで“肉体は邪魔だ”と言っていたわたしではあり、この点に矛盾を感じています。

「一人前の看護婦」になっていることに気づいて、利恵は、自分がなんだか知らない「壁」のようなものにぶつかっている気がした。ふと、「大学に行けばよかったのかな?」とも思った。医師になりたかったわけではない。ただ、「なにか」がしたい。「微妙ななにか」は、「看護婦になっている自分」と、「看護婦でしかない自分」との間に横たわっていた。
 それとは理解されない微妙なギャップ。利恵は、「一人前の看護婦になれているかもしれない自分」を、誰かに「なっている」と肯定されたかったのだ。看護婦を見て、「一人前だ」とジャッジ出来る能力を持つ、誰かから——。
(「灯ともし頃」74)

 「先生」は1ミリでも1センチでも1メートルでも先を行かなければならない、ということを改めて思いました。能力のこの先行、能力のこの懸隔、それを「学生」へ示すことが「先生」の役目であるのだと改めて思いました。能力の格差が有効な効果をもたらすことがある、と言ってもよいかもしれません。

@研究室
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by no828 | 2014-01-26 17:10 | 人+本=体 | Comments(0)
2014年 01月 24日

一切が解体された「戦後」という時代は新しい秩序という収まりを得ることに急で——橋本治『リア家の人々』

c0131823_17263487.jpg橋本治『リア家の人々』新潮社(新潮文庫)、2013年。106(761)

版元 → 
単行本は2010年に同社

 橋本治の小説を続けます。裏表紙の説明。「帝大出の文部官僚である砺波〔となみ〕文三は、妻との間に3人の娘をもうけた。敗戦後、文三は公職追放の憂き目に逢うが、復職の歓びもつかの間、妻はがんで逝く。やがて姉たちは次々に嫁ぎ、無口な老父と二人暮らしとなった年の離れた末娘の静は、高度成長の喧噪をよそに自分の幸せを探し始めていた。平凡な家族の歳月を、「リア王」の孤独と日本の近代史に重ね、「昭和」の姿を映す傑作長編」。


 〔美濃部達吉の「天皇機関説」の〕発表当時、まだ四歳の子供だった文三は、昭和になった学生時代にそれを読んだ。読んで、これは「これは一つの解釈だな」と思った。「こういう考え方もあるのか」と思って、どこかで「危険」を感じた。彼自身がそれを拒絶するわけではない。受け入れるわけでもない。ただ「この考え方を“危険だ”と言う人間はいるだろうな」と思った。その意味で、学生時代の彼は、もう典型的な官僚だった。自分がどう思うかではなく、「どう思えばよいのか」を第一に考えていた。それが、十代の彼が身に付けた、大正のリベラリズムだった。(13-4)

 終戦の年——ことに三月の東京大空襲の後では、役所の中にも弛緩した風が吹いていた。廃墟にも等しい町の中でなにが出来るというのか。少なくとも文部省は、戦争の勝利を推進するための役所ではなかった。〔略〕
 初等教育を受ける子供達――特に都会地の国民学校の生徒達に必要なものは、空襲の危険性のある都会地を避けて、安全な田舎へ疎開をすることだった。〔略〕都会地の初等教育などは、あってなきが如しだった。更に、東京大空襲の後では、全学徒総動員のために、国民学校の初等科を除いて、すべての学校の授業が「一年」の期間を区切って停止となった。上級学校の授業が存在しない中で、都市部を脱出した初等科の授業だけがある。仕事、あるいは担当する職務が存在するのは、初等教育を管轄する局長となった文三だけだった。
 停止するならば、すべての教育が停止してくれればいい。そうなれば、「教育」を管轄する文三にも「教育の必要」を訴えることが出来る。しかし、「労働力にならない」という理由によって、子供を収容する学校だけは開かれている。学校はあるが、果してそこにどれほどの「教育」があるのか。すべてが疲弊し失速して行く中で、どのような「教育」が考えられるのか。惰性と化した軍国教育が、とりあえず細々と続けられ、文三は、終戦へと至る年に「最後の軍国教育の責任者」となった。
(18-9)

 力の時代が終わって、平和の時代がやって来た。しかし、その平和の時代をもたらしたものが、力の時代を終わらせるだけの強大な力を持ったものであることを、古い力の時代に順応していた者達は知っていた。(19)

 父親と並んで母の位牌に手を合わせた娘に、文三は、「なにを祈ったんだ?」と言った。
 静は、「なんにも――」と言った。
だって、さっきお焼香したばかりだし、今更、どうぞ安らかにお眠り下さいって言うのも、へんでしょう。今までずっと安らかだったんだし
 娘の意外な答に、文三はいささか驚いた。
「じゃ、お前は、さっきお寺さんで、母さんになんて言ったんだ?」
 娘は仏壇の前から膝をすさらせて、父親に言った。
へんだけど、いつまでもお元気でって言っちゃった
 父親はいささか不機嫌になって、「なんでまた、お前――」と言った。
だって、お母さんがあの世で生きてるんなら、そう言うしかないでしょ。私は、お母さんにいつまでも元気でいてほしいし――
(30)

織江は十月一杯で退職して、大学受験に専念する妹のために、家内の面倒を見る――そのつもりだと、結婚を約束した二人は文三に告げた。
〔略〕
 姉とその結婚相手のいる居間に静も呼ばれて、結婚までのスケジュールと聞かされた。静は、姉に対して「おめでとう」と言い、そのデートの相手だったと思しい男にも「おめでとうございます」と言って頭を下げて、それ以上には明るい表情を見せなかった。「もしも自分が大学受験に失敗したなら、姉さんの結婚が延びる」と、そのように考えた。「織江は、お前のために家にいてくれるんだから、安心して勉強に集中しなさい」と父に言われて、「はい」と答えはしたものの、格別に心が安らぐことはなかった。静はいつの間にか、「自分の存在が他人の幸福を妨げることになったらどうしよう?」と思うような娘になっていった。
(125)

 人にはそれぞれの背景がある。同じ時、同じ場所にあっても、それぞれに得るものは違う。違うものを得て、同じ「一つの時代」という秩序を作り上げて行く。一切が解体された「戦後」という時代は、新しい秩序という収まりを得ることに急で、その秩序を成り立たせる一人一人の内にあるばらつきを知らぬままにいた。(262)

 東大が「元の東大」になかなか戻れなかった理由は簡単である。十二人の学生を処分した医学部の教授会が、自分達が下した判断の元になる「事実誤認」をなかなか認めなかったからである。
〔略〕
 医学部の教授達は、なぜさっさと「処分の再検討」をしなかったのか?
 彼等は、処分の再検討をしたくなかったのである。彼等は、その処分によって、医師法改正に反対する「問題のある学生達」を、大学から排除したかったのである。そして、「東大教授」という彼等の信じる権威と誇りによって、「自分達の判断が間違っているはずはない」と信じ、「問題のある学生達の声」などは封殺出来ると思い込んでいたのである。
 問題は、政治でもない、反戦でもない、思想の対立でもない。問題の中心は、既に出来上がっていた秩序を形成する人間達の「体質」にあったのである。
(308-9)


@研究室
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by no828 | 2014-01-24 17:41 | 人+本=体 | Comments(0)
2014年 01月 23日

私はね、自分が我慢しているってことを理解してもらえない人と一緒にいるのがいやなのよ——橋本治『鞦韆』

c0131823_197291.jpg橋本治『鞦韆』新潮社(新潮文庫)、1991年。105(760)

「鞦韆」の読みは「ぶらんこ」

版元 → 情報なし
単行本は1988年に白夜書房より刊行


 今度は、さまざまな「性愛」。

 内容はむろん突き抜けているのですが、本の作りも独特です。328ページや335ページや337ページには1文字も書かれていません。1行だけ、というページも結構見受けられます。327ページは「あ。」、334ページは「ぐッ。」。


 終わったの?

 すぐ終わるのね。
 終わったたんびにいつも思う。
 なんでこんなことするんだろうって。たかがこれっぽっちのこと。
 我慢すればどってことないけど、結局私はね、自分が我慢しているってことを理解してもらえない人と一緒にいるのがいやなのよ。そういうことを“愛情”だって思いこむような人と一緒にいるってことが。
 いやなのよ。
 そんだけ。
(「鬼」312-3)


@研究室
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by no828 | 2014-01-23 19:09 | 人+本=体 | Comments(0)
2014年 01月 22日

私が不幸だからあの男もやさしくしてくれた、だからもっと不幸になれば——橋本治『愛の帆掛舟』

c0131823_2043090.jpg橋本治『愛の帆掛舟』新潮社(新潮文庫)、1989年。104(759)

版元 → 情報なし
文庫書き下ろし

 前作(→ )に引き続き、いろいろな「愛」の4つの物語。文章の流れのなかにときどき読み手を一気に引きずり込む(とわたしの感じる)文章があります。その引きずり込まれた先は、しかしながら混沌ではなく、理解なのです。

 そして前作に引き続き、挿画入り。田中靖夫、宇治晶、東恩納裕一、山本容子。


数恵は、勇作の抽象的な思考能力を買っているのだ――と、自分では思っているのだ。ただの数字だけをいじくっている経理マンではなく、抽象的な数字の向こうになにか目的を見出すような、そういう能力を——。
 しかし数恵は気づいていない。勇作の能力が、ただ“向こうを見ようとすること”で尽きていることに。
 勇作の思考には、目的も展望もない。「こうすればこうなる」ということを知っているコンピューターのオペレーターが、自分の為ではなく、ただ他人の要請に基づいてコンピューターを操作するように、勇作もただ操作するだけなのだ。
(「愛の帆掛舟」57)

 この期に及んでさ、もう何年も前に別れた男のことを待ってるのよ。
私が不幸だからあの男もやさしくしてくれた、だからもっと不幸になれば絶対にまたやさしくしてもらえる」って、そう思ってたのよねェ、バカみたい。
「こんなに不幸! こんなに不幸!」と思ってて、それでちっともいいことなんかないから、「まだ足りないか! まだ足りないか!」と思ってて、気がついたらもうその先はないってとこまで来てたのね。いくら不幸で、死にそうな不幸ってあるけど、死んじゃったらおしまいだもんね。
(「愛の真珠貝」106-7)

 真紀ちゃん、あんた、私が死んだら、あの家改築しなよ。あれじゃ古すぎる。徹達だってもう大きいんだから。航空会社からもらった補償金ね、あれ、手つかずで取ってあるから。三千五百万あるから。バアちゃんがなに言ったってかまやしないから。死んでく人間の為に生きてく人間が犠牲になる必要ないよ。
 みんなそれぞれ別々で、その別々の人間がうまくやってけるようになるのが大切なんだから。
(「愛の真珠貝」113)

 という訳で、罪もない正起が小学校二年の終わりには、既にして「自分が幸福であるということは果して罪なのだろうか?」などという哲学的な疑問を抱くようになっていたことの重要性などは誰も理解しない。(「愛のハンカチーフ」213-4)

 蟹は自分の甲羅に似せて穴を掘るというが、人間は、自分の気に入った他人の思惑に合わせて自分を作るものだ。そうやって作り上げた自分像に他人を適合させて、そうやって出来上がる“他人の中の自分”を見て、「この人になら自分のすべてを受け入れてもらえるかもしれない」なんてことを思いこむ。ややこしさもここまで手が込んでくると「人間とは不思議なものだ」という一言で片づけた方が手っ取り早い。
 しかし、この手っ取り早さがなんの解決ももたらさないというのも事実ではある——。
(「愛のハンカチーフ」216)

人間同士のすべての行為は愛を生むが、そうやって生まれた愛というものの中には一切の行為を無意味にしてしまうものだってあるのだからしようがない。(「愛のハンカチーフ」222)

 地球の底がぬけて、正起はどこまでもどこまでも落ちて行ったのだが、別にそんなことは今に始まったことではなく、ずーっと前から始まっていたことだということを、正起がやっと自覚したというだけのことだ。
 正起はどこまでもどこまでも落ちて、結局「人生とは落下の方向に対する上昇力でしかない」ということを悟るしかなくなった。
(「愛のハンカチーフ」287)


@研究室
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by no828 | 2014-01-22 20:49 | 人+本=体 | Comments(0)
2014年 01月 20日

大人の世界はすき間だらけで、そのすき間を漂うのは、不幸になった子供だけだ——橋本治『愛の矢車草』

c0131823_19565358.jpg橋本治『愛の矢車草』新潮社(新潮文庫)、1987年。103(758)

版元 → 情報なし
単行本に関する情報もなし


 世の中のさまざまな「愛」。4章構成。橋本治先生の小説です。小説なので(評論以外は)ここに載せます。行間の広さというか、文脈の移動というか、相変わらずすごいなあと思いました。ご病気をされたそうですが、まだまだ元気にものを書いていただきたいです。

 各章に挿画あり。高野文子、しりあがり寿、奥村靫正〔ゆきまさ〕、吉田秋生。


 それからしばらくして、流星号の運転手はまた讃岐亭にやって来た。彼女がやって来ると、ヤエの気分も弾むのだった。ともかく、自分の仕事振りを認めてくれるのは彼女だけなのだから。
〔略〕
 人のいる前で自分をさらけ出して働くことがどんなことなのか、ヤエには全然見当もつかなかった。真面目に註文を聞いてお盆を運んでいる彼女に、まさか冗談を言う人がいるなんて、彼女には想像もつかなかった。冗談を言われて、それで一面識もない相手にお愛想を振りまくなんて、ましてやまして。
 世の中には色んな人がいて、その色んながみんなフラッとドアを開けて店の中に入って来るなんて、考えてみれば客商売というものはみんなそんなものなのに、ヤエは全然見当もつかなった。
 色んな人がいるということは明るく華やかで賑やかなことなのだということを、ヤエは自分の適応能力のなさを確認するという形で、しっかりと自分自身に刻み込んだ。だから初めの内は、言葉があまりない自分の家へ帰るとホッとしたものだった。
(「愛の牡丹雪」143-4)

 それで翔馬は、堤防のある孤児院に来た。大人の世界はすき間だらけで、そのすき間を漂うのは、不幸になった子供だけだ。(「愛の矢車草」215)


@研究室
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by no828 | 2014-01-20 19:59 | 人+本=体 | Comments(0)
2014年 01月 17日

自分で定めたゴールテープを自分で切ったところでたかが知れている——小川洋子『科学の扉をノックする』

c0131823_1841150.jpg小川洋子『科学の扉をノックする』集英社、2008年。102(757)

版元 → 


 研究者訪問記。登場する研究者は、渡部潤一、堀秀道、村上和雄、小宮聰、竹内郁夫、遠藤秀紀、続木敏之。


今回のシリーズに限らず、科学の専門家たちがしばしば「分からない」と口にするのを、私は聞いた。あまりにも率直に、自然にその言葉が出てくるので、思わずこちらの方が驚くこともある。小説家があれやこれや言葉を駆使して、分からないことをさも分かったかのように誤摩化して書くのとは対照的に、科学者たちは弁解しない。まず分からないことを真正面から見つめなければ、真理にたどり着けないからだろうか。(80-1)

 取材を終え私が一番に思うのは、皆さんが奉仕の心を持っておられたことです。目に見えない何か、自分より偉大な何かに対し、戦いを挑むのではなく、謙虚な心で奉仕する。その心がいつも私を感動させました。これほど多くのものを学んだ仕事は他にありません。(209)


「結局、一度誕生した物質は、無にはならないのです(渡部潤一.33)

 リンゴの皮と聞くと少し心細いが、自分の足元が奥深い未知の世界に支えられていると考えれば、むしろ逆に安心な気もしてくる。人間の力など到底及ばないスケールで地球は出来上がっているのだから、多少人間が愚かな失敗を犯しても、取り返しがつくように思えるからだ。(堀秀道.43)

 この2つを並べて読んで、しばし考え込みました。

「地震で一番危ないのは高層ビルのガラスでしょう。だから雲母にしたらどうかと思うんです。あれはひびも入りませんし、落ちても割れません。もちろん光も通しますし、いろいろな色にもできます。それから断熱作用が非常に強く、100度くらいに熱しても反対側は手で触って平気ですから。更にガラスより薄くて軽く、ビル全体の重量を相当節約できます」(堀秀道.53-4)

「私どもの顔が親に似るのは、親の遺伝子をもらうからです。しかしもう一つ、大事な役割があります。私たちの中で今、働いているんです、遺伝子は。例えば私たちは豚肉を食べても豚にはなりませんよね。何故だか分かりますか?(村上和雄.68-9)

要するに大きな仕事は、あるところから常識を超えないと駄目なんです。理性だけではないんです。ジャンプするのです。証拠はあるの? と言われたら証拠はない。しかし必ずこうなるはずだ、あるいはならせてみせます、という研究者の直感や心意気が大切になってくる。〔略〕失敗は理屈でやるわけではないですからね。たまたま失敗した時、何かあるなと感じるかどうか。それは理屈ではないんです」
 文系型の人間はとかく、論理的な思考能力の高い理系の人は情緒に対して冷徹だ、と決め付けてしまいがちだが、全くの偏見に過ぎない。単に客観的な事実に捕らわれているだけならば、決まりきった結論しか出てこない。誰にも気づかれず世界のどこかに隠されたままになっている、新しい真理を発見しようと思ったら、理屈や常識を飛び越える感受性が必要になってくる。だからこそ、優れた科学者であればあるほど、豊かな情緒を備えている。
(村上和雄.82-3)

サイエンスには元々目的なんかないんです。敢えて言えば、謎に対して好奇心で取り組んでいる。それが、人が人であることのアイデンティティだと思っています。〔略〕新しい知を生み出すことに生きがいを感じているのに、それはお金に還元できないんです。本来、テクノロジーとサイエンスは区別されるべきなんです。
〔略〕
 そもそも人類の知は、目的化された実行に対する答え、という形で出てくるものではありません。〔略〕目的を掲げずに、完結したプロジェクトを掲げずに、死んだ動物を無制限に集め続け、未来に残し続ける。それが一番エネルギーが湧いてくることなんです。〔略〕」
 つまり、たとえ現代の我々にはつまらない遺体であっても、100年後、200年後の人類は、そこから偉大な発見をするかもしれない。現代人の判断で遺体を取捨選択するのは驕りである、ということなのだろうか。
「そうです。人類や文化に対して私が貢献できる本当の形は、そこだけなんです。私が書いた論文など大したことはありません。そんなもので人類の知は変わりません。けれど、無制限に集めた遺体を残しておけば、次の時代に可能性を引き継ぐことができます
 何と謙虚な学問であろうか。
〔略〕
 遺体科学が無目的であることの大事さは、私が理想とする作家としてのあるべき姿にも通じている。先生はゴールテープを切ることを目的としていない。自分で定めたゴールテープを自分で切ったところでたかが知れている。自分の脳みそを超えたところにある真実へたどり着くためには、次の世代にバトンを渡さなければならない。自らが最終ランナーになってしまっては、決して真理はつかめない。遠藤先生の研究の根本は、そうした謙虚さによって支えられているのだ。
(遠藤秀紀.148-51)

 感動しました。わたしの分野では、遺体科学における遺体の位置、ただただ集めて残す、そういう位置にあるものはないように思いながらも、それはやはり論文や本になるのか、と考えました。「私が書いた論文など大したことはありません」という言明には共感しながらも、やはりそれしか残せないのではないか、と考えました。院生の頃、七夕の時期に、研究室の前に笹を垂らして短冊を書くことになったのですが(なぜにそのようなことになったかはもはやわからないのですが)、「100年後に残る論文を書く」と書いた記憶があります。その時空間でのみ消費される論文は嫌だ、残る論文を書きたい、しかし残る論文とは何か、というようなことを考えていたと思います。学問という大きな流れの前で、この上で何があったか、この下に何を残すか、この時点地点で何を投じるか、そんなことを考えていたと思います。その考えにどの程度の深度があったのか、非常に心許ないですが、いまはあのときよりは少し実感を伴って深められているような気がします。

@研究室
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by no828 | 2014-01-17 18:52 | 人+本=体 | Comments(0)
2014年 01月 13日

本という物を媒介に人と人が繫がっていく。それが書店だ。私が好きな書店だ——碧野圭『書店ガール』

c0131823_206149.gif碧野圭『書店ガール』PHP研究所(PHP文芸文庫)、2012年。101(756)

2007年に新潮社より『ブックストア・ウォーズ』として刊行された単行本の改題

版元 → 

『書店ガール2』(未入手) → 


 書店の副店長 理子が主人公。上司、部下、客、作家、……本屋の舞台裏が描かれています。何度か目頭が熱くなりました(わたしの記憶ではT武N田線内で)。最近読書をしながらのそういうことが多いように思います。涙腺が緩くなった、という表現がありますが、それは、目の周りの筋肉が衰えた、ということであるのかどうなのか、ということを思ったりもしています。年齢を重ねると涙腺が緩くなる、と言いますが、それはそういうことなのではないか、ということです。感動する機会はむしろ幼い頃のほうが多いのではないか、にもかかわらず幼児は感動して涙するという話はまったくと言ってよいほど聞かない、それはなぜかと言えば筋肉が衰えていないからである——。

 POP は、Point of Purchase advertising の略語。

「これは俺だけが思ってることかもしれないけどね、雑誌ってさ、どんなものでも届いたばかりだと紙の塊って感じがするんだよ
「紙の塊?」
「うん、誰も触ってない雑誌は生気がない感じなんだな。なんだか固くて人を寄せ付けない。ただの印刷した紙の集積っていう気がする」
「はあ」
(56)

「そんなふうに、いちいちお客様のことを考えて仕入れているの?」
「うん。うちに置いてある本はどれも買ってくれるお客様のことを思い浮かべて選んでいるよ。この本は誰々さんの好み、その隣は誰々さんって
(143)

「いやいや、はっきり言おう。編集者より書店員のほうが絶対、本を読んでる
と、開き直る。
「え、そうなの?」
「だって、考えてみてくださいよ。漫画家とがっぷり組んで仕事してたら、忙しくて本なんか読む時間ないですよ。仕事に必要な資料の本はもちろん読みますけど、それが精一杯。締め切りが近くなったら徹夜続きだし。本よりもむしろ映画とか観た方が仕事の役には立ちますから、そっちはチェックしてますけど」
〔略〕
「でも小説の編集者は違うんじゃないの」〔略〕
「俺の同期で書籍編集部にいるやつがいるんだけど、就職してからかえって本が読めなくなったと言ってましたよ。かかえている作品のゲラはもちろん、新人賞の下読みとか、担当作家が別の出版社から出した本とか、仕事で読まなきゃいけないものだけで手一杯なんだそうです」
(151)

「本屋はちゃんとお店があって、紙の本が並んで、店員とお客様がいるからいいんだわ。本屋は本のショールームだもの。本屋で売っているのが、一番素敵に見えるのだもの」
 そうだ、亜紀の言うとおりだ。電子書籍は本ではない。データだ。本とは別のものだ。本屋はお客様や営業の人や書店員、いろいろな人間がいて、直接会って話したり、ときにはぶつかりあって何かが生まれる。本という物を媒介に人と人が繫がっていく。それが書店だ。私が好きな書店というものだ。
(378)


 文庫化に際して、理子が幼い頃から通っていた地元の本屋さんの話を書き加えていることにも最後に触れておきたい。他にも文庫化に際して手を入れた箇所は散見する〔ママ〕が、この挿話が物語の奥行きを作っていることは見逃せない。(北上次郎「解説——私たちと一冊の本を結び付けるもの」397)

 文庫化の前の作品も読んでいないと、こういう解説は書けません。こういう姿勢が重要なのだと勉強になりました。ちなみに、本エントリ上から2番目の引用がこの「地元の本屋さん」と理子との会話です。

 北上次郎は目黒考二です。
 
@研究室
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by no828 | 2014-01-13 20:15 | 人+本=体 | Comments(1)