思索の森と空の群青

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2014年 05月 30日

劣悪な家庭環境が彼女をそうさせたと言える。でも——小路幸也『HEARTBEAT』

c0131823_20114023.jpg小路幸也『HEARTBEAT』東京創元社(創元推理文庫)、2012年。151(806)


著者名の読みは、「しょうじ・ゆきや」です。
版元 → 
単行本は2005年に同社


 ミステリ。高校のときから経過した10年という時間。その謎を解く鍵は何か、という点において、本書では地道に展開した物語が最後にふわっと浮き上がった印象があります。題名からすれば、たしかにそうなのですが……。


 彼女の成績は最悪だった。成績だけならまだしもその素行も最悪だった。彼女の名誉のためにつけ加えるなら、劣悪な家庭環境が彼女をそうさせたと言える。でも、当時の僕はだからといってそれが素行や成績が悪いことの言い訳にはならないと思っていて、だから同情もしなかった。いわゆる〈素行不良〉のレッテルを貼られたのは、ほかでもないヤオ自身の意志による行動が招いたことだろうから。高校生の僕はそう思っていたんだ。最初の頃は。(42)

別に好きでこんなことしてるわけじゃないよ。これしかないんだもん
そんなことはない
あるの。選択肢ってやつがあるのよ人それぞれ。委員長の選択肢はどれをとっても勉強をしていい大学へ入っていいお医者さんになる。そういう、いいのしかない。私にはこうなるしかなかったの。他に道がないのよ。できることなら変えたいけど変えようがないの
 そんな会話を思い出しながら、バスを待っていた。同情すべき点は確かに数多くあったと思う。けれども、当時の僕には、彼女は甘えているとしか思えなかった。できることなら変えたいと言いながら、そしてそのチャンスはあったはずなのに、彼女はそういう生活に流されていると思ったんだ。実際、僕らの高校に入学するのにはそれなりの頭脳が必要だ。あるいは寄付金という手もあったのかもしれない。どちらにしても彼女にはどちらかが与えられていたはずなんだ。それを彼女は無にしていた。
 僕と彼女がそのまま続かずに自然消滅していったのは、そういう思いも僕にあったからだろう。僕は、彼女が言うように、自分で彼女をなんとかしようとは思わなかった。自分の道は自分で切り開くものだという思いがあった。そして彼女は、僕がいつかきっとすばらしい医者になると確信していた。けれども自分がその横に立つ女性になろうとはしなかった。自分はそれにふさわしくないと決めてかかっていた。
 僕はそれを求めたかったんだと思う。僕のそばにいてほしい。僕の傍らに立つ女性になってほしい。自分でそう思ってほしい。
 後悔している。十年も経って。
(87-8)

「たぶん、人間はものすごく弱い生き物なんです。弱い生き物が生きていくために最も必要なものが何かわかりますか?」
 考えてみたけど、わからない。
「武器とか防具?」
「ゲームならそうでしょうけどね。まぁ現実の世界もそうなってしまっているんですが、本当に必要なのは想像力です」
 想像力。
人間には他の動物のような肉体的な武器がありません。牙とか強い力とかそういうものですね。だから生き残っていくためには、いろんな危ないことをあらかじめ考えておかなければならない。考えてそれをできるだけ避けるようにして生きていかなければならない。それには想像力が必要なんですよ。だから人間には想像力が与えられたんだと思うんです」(108-9)

「刺されて運びこまれた黒人の女性、名前はえーとパメラ・ジョンソン」
「そうです」
「彼女が麻酔から覚めたわ。しきりに何か言っているの。聞いてあげた方がいいわ。急いで」
 性急で事務的な喋り方の最後の言葉に感情がこもっていた。ワットマンの方を見ると、彼は行け、というふうに頷いた。僕は慌てて病室へ戻った。まだ息が苦しい。心臓が鼓動を拒否しているようだ。でも、ジョンソンさんはもっと苦しいはずだ。医大に入学したときの学校長の挨拶を思い出した。
一番苦しいのは、患者です
(183)


@研究室
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by no828 | 2014-05-30 20:18 | 人+本=体 | Comments(0)
2014年 05月 24日

時間を売って得た金で、食べ物や電気やガスなどの——津村記久子『ポトスライムの舟』

c0131823_18553163.png津村記久子『ポトスライムの舟』講談社(講談社文庫)、2011年。150(805)


版元 → 
単行本は2009年に同社


 最初の引用文にとくに共感しました。わたしは大学の非常勤研究員もしています。このポストがわたしの研究主題ともかかわっているために採っていただいたものと受け止めていましたし、いまでもそのように受け止めたい。しかし、実際の仕事は研究とはかかわりのない事務作業がほとんどであり、自分の実存が逆に押し出されるように浮かび上がる感覚を抱いています。自分のしたいことができているからこその実存の浮上、実存の実感というのは一般にあると思いますが、その逆でもそれはあるのだと気付きました。もちろん、とくに仕事がない時間には自分の研究を進められ、それを奨励されてもいるはずなのですが、研究の進捗やとりあえずの到達点などを同僚の先生方——という記述が適したものかわかりませんが——と共有することができません。先生方との話も事務的なことばかりです。生活するため、生きていくため、という事情も多分にあって飛び込んだこのポストが、生活を支えるため(だけ)であるがゆえに生それ自体を空虚にしているような感覚があります。むろん実際に生活を支えてもらっているわけであり、とても感謝しています。これまでは、研究と講義をするうえで必要な書物でさえその購入を財政上の理由から渋ることもありましたが、それもある程度自在に購入することができるようになりました。しかし、わたしは何をしているのであろうという自問もあります。わたしはまだ、この仕事を主体的に、積極的に位置付けられていないようです。あるいは、仕事なんてそういうものだ、という割り切りができていません(割り切ることがわたしは苦手です)。こうしたわたしの現在の文脈に、本書の文章は整合的に収まったのでした。

 たぶん自分は先週、こみ上げるように働きたくなったのだろうと他人事のように思う。工場の給料日があった。弁当を食べながら、いつも通りの薄給の明細を見て、おかしくなってしまったようだ。『時間を金で売っているような気がする』というフレーズを思いついたが最後、体が動かなくなった。働く自分自身にではなく、自分を契約社員として雇っている会社にでもなく、生きていること自体に吐き気がしてくる。時間を売って得た金で、食べ物や電気やガスなどのエネルギーを細々と買い、なんとか生き長らえているという自分の生の頼りなさに。それを続けなければいけないということに。(「ポトスライムの舟」14)

本当に、毎日仕事以外何にもなくってさ」ナガトが呟くのが聞こえた。「通り魔がわたしを殴ってくれたら、会社に来なくていいのかななんてこと考える(「十二月の窓辺」137)

 非情〔クール〕であることと親密であることは矛盾しない。また、孤児であることと共同性を生きることも。非情であることではじめて可能になる親密な共同作業。その結果として今ここに作り上げられていくもの。それこそまさに、文学作品そのもののことであろう。(安藤礼二「解説」198)


@研究室
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by no828 | 2014-05-24 19:28 | 人+本=体 | Comments(0)
2014年 05月 21日

きちんと機能してる商店街ってのは、小さな規模のプロフェッショナル集団だと俺は——坂木司『切れない糸』

c0131823_17415970.jpg坂木司『切れない糸』東京創元社(創元推理文庫)、2009年。149(804)


版元 → 
単行本は2005年に同社


 商店街にある家業のクリーニング店を継ぐことになった学生が主人公です。商店街の近くに——商店街のある街に、というと語弊があるかもしれません——住んだことがありません。憧れ、というと少し強すぎるかもしれませんが、憧れの手前にある思いを商店街には持っています。

 今月末に大学院の友人の結婚式があり、披露宴に招待されています。スーツをクリーニングに出しました。そのお店はチェーン店ではなく、地元のお店です(たぶん)。スーツを出したときに直しもしてくれるお店であることがわかり、ではファスナーの調子の悪いスラックスもお願いしようと思い、スーツの受け取りのときに今度はスラックスを出しました。調整が終わった旨、先ほど電話がありました。値段は800円と少しのようです。クリーニングに限らず、チェーン店ではなく地元のお店を使いたい、と基本的に考えています。自分の置かれた立場、位置と重ねるところがあるのかもしれません。しかし、開店時間の制限などからチェーン店を使うことのほうが実際は多いかもしれません。このあたりの齟齬。


「ただ、本当に嫌じゃなかったら、続けてみろ。そしたら見えてくるものもあるし、楽にもなる
 楽? それってどういうことなんだろう。コロッケを食べ終えたシゲさんは、まだラードの匂いが残る手で、俺の肩を叩く。
どんな職場だって、入ってしばらくは今が一番つらいと感じるもんだ。でもな、それは間違いだ
「間違い?」
「ああ。仕事なんてのは、しばらくやってみないと本当のつらさや楽しさが味わえないものだからな。それを知る前に辞めてたら、どんな仕事についたって同じだ
(52)

「なあ和也、クリーニング屋ってすごいな」
「なんでだよ」
 いきなりほめられても、俺にはぴんと来ない。それにどっちかというなら、料理の出来る奴の方がすごいんじゃないのかな。
だって、何百着っていう服を預かって洗ううちに、クリーニング屋は恐ろしいほどの個人情報を手に入れることができるんだぜ? ここの家は何人家庭で、太ってるか痩せてるか、子供がいるかいないか、ポケットの取り忘れたレシートを見れば、昨日どこで飲んだかまでわかる
(98)

湿気の多い日本では、身につけたものは基本的に汚れ、そして匂いを発する。だから衣料品メーカーは、何度洗っても劣化しないような繊維の開発に力を注ぎ、洗剤メーカーはより新品に近くなるような洗い上がりの洗剤を開発することに執心している
 そんなのは、当たり前のことだろ。俺は、先が読めずに首をかしげる。
つまり、日本においての服は、洗えば新品同様に甦るもの、という基本認識があるわけだ。
 対して、欧米では気候のせいで服は汚れにくく、匂いも出にくい。だから衣料品メーカーは、繊維の丈夫さよりも美しさに重点を置いている。洗剤メーカーも、劣化よりも発色の良さを失わないことが課題のようだ
(238)

きちんと機能してる商店街ってのは、小さな規模のプロフェッショナル集団だと俺は思う
 沢田もうなずきながら、渡辺さんと同じように煙草を指に挟んだ。手先の器用な沢田は、難なくその動きをトレースしてしまう。
別にその業界で一番じゃなくても、経験と知識があって、自分の判断で動くことができる人材が各店にいる。それって、実は結構贅沢な状態だぜ
 部位の指定と、それによって切り方を変えてくる肉屋。旬と調理法を教えてくれる魚屋。そして熟れる頃合いを予言できる八百屋。俺の頭の中には、それぞれの店のおっさんやおばちゃんの顔が浮かんできた。
「この近所で買い物してると、全てがオーダーメイドって気分になるんだよ。デザート用のオレンジ一つとっても、あの人から買った果物だなって思うし」
(280)


@研究室
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by no828 | 2014-05-21 18:25 | 人+本=体 | Comments(0)
2014年 05月 17日

引用のない本——大崎梢『サイン会はいかが?』森博嗣『イナイ×イナイ』岸田るり子『密室の鎮魂歌』

c0131823_19225982.jpg大崎梢『サイン会はいかが?——成風堂書店事件メモ』東京創元社(創元推理文庫)、2010年。146(801)

単行本は同社より2007年。
版元 → 

 本格ミステリ。書店が舞台である、あるいは書店員が活躍するという、『配達あかずきん』(→ )、『晩夏に捧ぐ』(→ )に続くシリーズ第3弾。


c0131823_19231667.jpg森博嗣『イナイ×イナイ PEEKABOO』講談社(講談社文庫)、2010年。147(802)

2007年に同社ノベルス。
版元 → 

 ミステリ。「Xシリーズ」第1弾。探偵。


c0131823_19232995.jpg岸田るり子『密室の鎮魂歌』東京創元社(創元推理文庫)、2008年。148(803)

単行本は同社から2004年。
版元 → 

 本格ミステリ。表紙デザインがこれではない版を読みましたが、そのデザインがウェブ上で探し出せません。


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by no828 | 2014-05-17 19:27 | 人+本=体 | Comments(0)
2014年 05月 17日

信じがたきものを信じよ!——奥泉光『石の来歴』

c0131823_1853474.jpg奥泉光『石の来歴』文藝春秋(文春文庫)、1997年。145(800)

版元 → 
単行本は1994年に同春秋


 石に魅せられた男、その子どもの死、妻の狂気。表題作も然ることながら、同時に採録された「三つ目の鯰」もよかったです。


 教えることはすなわち学ぶことである。それでは科学の魅力とはいったい何であるかと真名瀬は自らに問い、科学啓蒙書などひっぱり出して斜め読みしながらあれこれ知恵を絞ったあげく、しかし結局行き着くのはレイテの洞穴で聞いた上等兵の話であった。
 変哲のない石ころひとつにも宇宙の歴史が刻印されているのである。
(「石の来歴」44)

 ――しかし、革命っていうのは人間が生きるためにするものなんだろう。人間が死ぬためのものじゃないはずだ。(「石の来歴」90)

 福音書のどこだったかは忘れたけれど、たしかにイエスは、家族のあいだに対立をもたらすために私はやってきたと語っている。キリスト教は伝来の宗教意識を徹底的に否定する。旧来の人間関係の秩序を全面的に破壊して、新しい共同体に人を投げ入れる。東京にいればさまでは感じられないが、こうして田舎にあってあらためて眺めてみると、キリスト教、とりわけプロテスタンティズムとはほとんど極左思想である。〔略〕血縁地縁を大切にし、先祖伝来の田畑を守り続けている田舎に浸透するのは、ほとんど不可能事だと思えてくる。(「三つ目の鯰」161)

本当をいうとね、キリスト者にとっては墓なんてどうでもいいんだよ」とワタルおじさんはまた口を開いた。「キリストが再臨される日に、人は新しい霊の身体で甦りを与えられるわけだから。墓は一時的な仮の宿にすぎない。というよりこの世自体が仮の宿なんだよね。だから極端な話、それこそ焼いた骨をその辺に捨てたっていいんでね」(「三つ目の鯰」162-3)

森中先生は合理性と非合理性を主題に語った。マックス・ウェーバーを枕に、合理性なる概念内容を素描したあと、最も合理的なるものが、ひたすら合理性を求めて企図されたものが、いつのまにかその反対物に転化する歴史の逆説をまず語り、では合理性はいかに維持されうるのか、と課題を提出した論者は続いて、それは根底に非合理を抱えることでしか果たしえないのだと、いっきに、しかしたいして大声にもならずに、結論を述べた。非合理に支えられて合理ははじめて合理たりうる。この驚くべき逆説、と森中先生はいい、キリスト教とはまさに、イエスの死と復活という、まともな神経ではとうてい容認し難〔ママ〕い、ひとつの非合理を認め、信じることで、逆説的に、徹底的に合理性の立場を貫き、他の一切の非合理を打ち破る宗教であると論じた。〔略〕受け入れがたき非合理を受け入れよ。汝、狂気の淵を越えよ。信じがたきものを信じよ!(「三つ目の鯰」185-6)

 信じられないものを信じるということが信じるという行為の本質だ、というふうに読みました。理性で割り切ることのできる事柄は「信じる」の対象にはならない。それは「理解する」の対象です。理解できないけれどもしかし、という事柄が「信じる」の対象になる。その、理解できないけれどもしかし、を信じないで何を信じるというのか。

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by no828 | 2014-05-17 19:00 | 人+本=体 | Comments(0)
2014年 05月 05日

クラフトマンズ ビア 貴富の薫り

c0131823_17284955.jpgクラフトマンズ ビア 貴富の薫り


蔵元 → 


原料:麦芽、ホップ
度数:5%


 マスカット

が、一口飲んですぐの、味の率直な感想です。前掲ウェブサイトにもあるように、たしかに「白ワイン」——にもいろいろあると思いますが——の味。とはいえ、飲み口が軽すぎるわけではありません。発泡酒ないしはリキュールで本酒のようにホップを立たせようとすると味が鋭く辛くなる傾向がありますが、ビールだとそれがありません。


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by no828 | 2014-05-05 17:36 | ビール | Comments(0)
2014年 05月 04日

相手を選べば迷いが生まれて隙もできる——加藤実秋『Dカラーバケーション』

c0131823_18232880.jpg加藤実秋『Dカラーバケーション』東京創元社(創元推理文庫)、2012年。144(799)


版元 → 
単行本は2010年に同社


「インディゴの夜」シリーズ(?)第4弾。ここでシリーズ展開は途切れているようです。


「そのスイーツって言葉、どうなの。いつの間にか当たり前に使われるようになったけど、普通に洋菓子和菓子、さもなきゃデザートでよくない? 意味の正否は別として、気持ちが悪いっていうか正直バカっぽい」(159)

「人に嫌われたり恨まれたりしても?」
「それが刑事だ。もちろん嫌われたり恨まれたりしたくない相手もいる。しかし、相手を選べば迷いが生まれて隙もできる。そこに付け入ろうと、舌なめずりをして待ち構えてる連中が大勢いるんだ。今回の事件も同じだ」
(218)

「ママ、また混乱してますよ。石が偽物かどうか調べるのは鑑別。ダイヤモンドの価値を評価するのが鑑定です」(262)

「自然に優しい、環境を守ると言われて日本中のスーパーやら雑貨屋やらが売りまくっているポリエステル素材のエコバッグ。あれを作るためには、とても貴重で良も少ない石油成分が必要なんだ。対して悪者扱いされてるレジ袋は、昔は棄てられていた不要な石油成分を再利用したもの。本当にエコなのは果たしてどっちかな」(52)

 真偽はさておき、レジ袋はエコではない → エコバッグ推奨 → レジ袋は有料化、という話には乗り切れないところがあって、というのも地方自治体指定のゴミ袋もあって、しかも何種類もあって、これも有料で、結局エコバッグもゴミ袋も作られていて、それならこれまでどおり商品をレジ袋で受け取る、そのレジ袋にゴミを入れて捨てる、でよいのではないか、と思ったりもします。というこの思いは、事実を確認したうえで、ではなく、あくまで生活実感として、抱いているものです。指定ゴミ袋は「エコ」という観点とは別のところから出てきたのでしょうか、よくわかりません。

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by no828 | 2014-05-04 18:29 | 人+本=体 | Comments(2)
2014年 05月 03日

なんか絵を描くために作られたものに向かうと、怖いっていうか——加藤実秋『ホワイトクロウ』

c0131823_19313321.jpg加藤実秋『ホワイトクロウ』東京創元社(創元推理文庫)、2010年。143(798)


版元 → 
単行本は2008年に同社

「インディゴの夜」シリーズ(?)第3弾です。下掲引用部分、後半のM論議の手前までのところに共感を覚えました。長距離走現役時代、練習ではよい記録を出すのに本番ではそのよい記録が出せない、ということがよくありました。大会で出した記録よりも、何の調整もせずに臨んだ体育の時間の記録のほうがよい、とか。そのことを思い出しました。それから、水泳を習っていた小学生の頃は月に1回昇級テストがあり(たしか)、コーチがストップウォッチを取り出して“さあ、計測するぞ”という段階になると「萎縮」した記憶もあります。改まった雰囲気、計測する人-される人、のような位置付けに弱かったように思います。それを打ち破るだけの実力がなかったから(実力がないと自分では思っているから)、という気もしています。それはいまもあります。普段とは異なるときに普段どおりの力を出す、ということは意外と難しいのだということを、そういう体験から学びました。何をどうすればそこを突破できるのか——実力を付ける、以外にもありそうな気がしています。

 というわけで、物語の本筋、文脈には関係のない、わたしの個人的な体験を呼び起こした部分の引用です。


「キャンパスとか、画用紙とかに絵を描く気はないの」
 煙草の箱を向けて訊ねた。頭を下げ、タクミは箱から煙草を一本取ってくわえた。
「うん。なんか絵を描くために作られたものに向かうと、怖いっていうか気後れしちゃうんだよな
「怖い?」
『さあ描け』って身構えられてる気がしてさ。萎縮しちゃうっていうのか、どうしていいのかわかんなくなる。〔略〕」
 目を細め、いかにも旨そうに煙草を吸う。
「なんだそれ。段ボールとかペットボトルには、そういうのを感じないの?」
「そうそう。『絵? 関係ないし。勝手にすれば』みたいな、突き放されてる感じがいいんだよ。ほら、俺って基本的にMじゃん」
「『じゃん』って。知らねえよ、そんなの」
(119)


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by no828 | 2014-05-03 19:50 | 人+本=体 | Comments(0)
2014年 05月 02日

引用のない本——加藤実秋『インディゴの夜』『チョコレートビースト』

c0131823_19142980.jpg加藤実秋『インディゴの夜』東京創元社(創元推理文庫)、2008年。141(796)

版元 → 
単行本は2005年に同社。

 とくに当てもなく古本屋の棚を眺めて、むむ、と思って手に取ることがあります。本書は、創元推理文庫だから購入した、と記憶しています。ホストクラブに関心があったから、ではありません。本書を読んでホストクラブに関心を持つようになった、ということもありません。

 舞台は渋谷のホストクラブ〈club indigo〉です。それが書名にもなっています。フリーライターのオーナー高原と塩谷の2人と各種不詳のマネージャー憂夜と種々のホストが事件を解決する連作短篇集です。


c0131823_19152276.jpg加藤実秋『チョコレートビースト』東京創元社(創元推理文庫)、2009年。142(797)

版元 → 
単行本は2006年に同社。

 『インディゴの夜』の続編です。さらに、『ホワイトクロウ』(→ )、『Dカラーバケーション』(→ )と続きます。既読のこれらには引用があるようなので、別途アップロードします。


@研究室
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by no828 | 2014-05-02 19:27 | 人+本=体 | Comments(0)