思索の森と空の群青

onmymind.exblog.jp
ブログトップ

<   2014年 06月 ( 10 )   > この月の画像一覧


2014年 06月 26日

出来ないのではない、西洋人がやらないから、自分もやらないのだろう——夏目漱石『吾輩は猫である』

c0131823_17323660.jpg夏目漱石『吾輩は猫である』新潮社(新潮文庫)、1961年。160(815)


版元 → 
発表は1905年。日露開戦は1904年。


 説明不要の有名な本でしょう。内容は、“まんが日本文学”のような全集で読んで知っていましたが、活字を通読するのは何とはじめて(!)でした。猫の視点から当時の日本の状況を風刺した本です。ちなみに、この猫の飼い主の職業は教師です。博士の学位がないと結婚させない、とか、結婚のために博士論文を書くなんて何事だ、などといった場面がありました。

 当時の日本の状況をその内側にいながらにして突き放して眺められる視点を漱石はどうやって確保したのか、それはやはり一旦日本の外側に物理的に出たがゆえのものであったのか、といったことが気になりました。


 先達中から日本は露西亜と大戦争をしているそうだ。吾輩は日本の猫だから無論日本贔屓である。出来得べくんば混成猫旅団を組織して露西亜兵を引っ掻いてやりたいと思う位である。(210)

裸体は希臘、羅馬の遺風が文芸復興時代の淫靡の風に誘われてから流行りだしたもので、希臘人や、羅馬人は平常〔ふだん〕から裸体を見做れていたのだから、これを以て風教上の利害の関係があるなどとは毫も重い及ばなかったのだろうが北欧は寒い所だ。日本でさえ裸で道中がなるものかと云う位だから独逸や英吉利で裸になっておれば死んでしまう。死んでしまってはつまらないから着物をきる。みんなが着物をきれば人間は服装の動物になる。一たび服装の動物となった後に、突然裸体動物に出逢えば人間とは認めない、獣と思う。それだから欧洲人ことに北方の欧洲人は裸体画、裸体像を以て獣として取り扱っていいのである。猫に劣る獣と認定していいのである。〔略〕それ程裸体がいいものなら娘を裸体にして、序でに自分も裸になって上野公園を散歩でもするがいい。できない? 出来〔ママ〕ないのではない、西洋人がやらないから、自分もやらないのだろう。現にこの不合理極まる礼服を着て威張って帝国ホテルなどへ出懸るではないか。その因縁を尋ねると何にもない。只西洋人が着るから、着ると云うまでの事だろう。西洋人は強いから無理でも馬鹿気ていても真似なければ遣り切れないのだろう。長いものには捲かれろ、強いものには折れろ、重いものには圧されろと、そうれろ尽しでは気が利かんではないか。気が利かんでも仕方がないと云うなら勘弁するから、余り日本人をえらい者と思ってはいけない。学問といえどもその通りだがこれは服装に関係がない事だから以下略とする。(276-8.傍点省略)

ことによると社会はみんな気狂の寄り合かも知れない。気狂が集合して鎬を削ってつかみ合い、いがみ合い、罵り合い、奪い合って、その全体が団体として細胞の様に崩れたり、持ち上ったり、持ち上ったり、崩れたりして暮して行くのを社会と云うのではないか知らん。その中で多少理窟がわかって、分別のある奴は却って邪魔になるから、瘋癩院というものを作って、ここへ押し込めて出られない様にするのではないかしらん。すると瘋癩院に幽閉されているものは普通の人で、院外にあばれているものは却って気狂である。気狂も孤立している間はどこまでも気狂にされてしまうが、団体となって勢力が出ると、健全の人間になってしまうのかも知れない。大きな気狂が金力や威力を濫用して多くの小気狂を使役して乱暴を働いて、人から立派な男だと云われている例は少なくない。何が何だか分からなくなった。(391)


@研究室
[PR]

by no828 | 2014-06-26 17:38 | 人+本=体 | Comments(0)
2014年 06月 25日

十分に自分を表現する言葉をもたない子供を、どうやって描けばいいのか分からない——髙村薫『半眼訥訥』

c0131823_17173059.jpg髙村薫『半眼訥訥』文藝春秋(文春文庫)、2003年。159(814)


版元 → 
単行本は2000年に同春秋


「雑文集」。時代への目、社会への目。髙村の一人称は「わたくし」。

 髙村の思想的な立ち位置はよくわかりませんが、小説などから察するにリベラルなのかと推測していました。ただ、今回の「子供」に関わる文章を読みながら、基本的には共感しつつも果たしてその答えで十分であろうか、とはいえほかにどういった答えがありうるであろうかと思考を触発されつつ、「リベラル」という括り方は妥当ではないかもしれない、と思いました。しかしそれは、髙村の立ち位置の特殊性によるものというより、リベラルな思想にとっての「子供」の扱いにくさによるものかもしれません。

 5番目の引用文中にある《ださい》あるいは《むかつく》に、《やばい》を代入すれば、それはまさに現在の時評として読むことができます。それ以外の文章は時間性にとらわれずに読むことができます。


 しかしながら、何にも興味がないというその事実が、わたくしに小説を書かせていることもまた確かなのである。物心ついたときから、自分自身は何にも加担することなく、ひたすら眺めるだけだった人間にとって、何にも執着がない自分自身もまた観察の対象であるからだが、しかし、さすがに阪神淡路大震災を経験したときから、この平板そのものの世界とそれを眺めるわたくしの心に、ある種の欠落感を覚えるようになった(「物書き八年目」219)

 外国人デート嬢であれ、ヤクザであれ、見えるのは一人の個人の顔であって、「タイ人は」「中国人は」「ヤクザは」と総括する言葉がない。〔略〕
 思うに、ジャーナリズムの視点は、複雑で多面的なものを、極限まで単純化し、相対化するものだろう。一方、わたくしの目はいつも、単純化や相対化を拒むところで生きている。
 小説の最先端の状況は知らないが、少なくとも通俗の小説においては、絶対的な個を描くことでしか、総体をとらえられないとわたくしに教えたのは、わたくしの目である
(「ジャーナリズムの視点」23)

もともと優れた小説というのは、個別の事柄を書きながら、その言葉を絶えず普遍化していくという、大変矛盾した事実によるものなのです。小説は、必ず個別の風土、個別の社会、個別の人間を描き出そうとしますが、読み手は、逆にそこに普遍的なものを読み取っていきます。(「小説の言葉」278-9)

 してみれば、「可愛い」「可愛くない」というのはたしかに、どこまでも個人の本能や情緒を表す言葉だ。言い換えれば、根拠も理由もなく、責任も義務もなく、社会性も利害もない対象について、わたくしたちは普通、「可愛い」と発するのである。だから、トキのヒナは「可愛い」。(「「可愛い」とは何か」63)

 たとえば、若者たちが《ださい》という一語で片づけてしまう諸々の事象を、普通の日本語で表現しようとしたら、どれほどの言葉を費やさなければならないか。そもそも世の物事が一語で表現出来るようなものなら、人間は猿以下の進化に留まっていただろうに。社会や人間の複雑で多様な広がりを無視し、矮小にし、平準化してしまう方向に、日本語は無謀な変形を続けている。言葉が死んでいくというのは、そういう意味である。
 若者たちが《むかつく》という一言で自分を表現するとき、どれだけの思考と言葉を省略していることか。
(「日本語が衰えていく」127)


-----

 わたくしが、小さい子供を積極的に描いてこなかったのも、同じ理由である。子供にも十全な人格を認めるのはよいとして、発達途中にあって、十分に自分を表現する言葉をもたない子供を、わたくしはいったいどうやって描けばいいのか分からない。大人の目から見て、せいぜい可愛いとか、はしこいとか、寂しそうだとか書いてみたところで、ペットと同程度の表現でしかないし、「わが子」という視点で眺めた子供の描写は、結局のところ大人の心情の投影に過ぎない。このように子供という存在はわたくしにとって、あくまで動植物のように眺めるしかなく、小説の主体にはなり得ないものに留まり続けているのである。(「物書き八年目」216-7)

 社会も家庭も《個性の重視》を教育の一番の目標に掲げ、《個人の自由》が際限なく肥大化した、世界に類を見ない自由の化けものを育ててきたのだと言えば、言い過ぎか。
 このことは、子供はなぜポルノを見てはいけないか、なぜ売春をしてはいけないかという当初の自問を呼び戻す。わたくしは、ずっと「ノー」の理由を考え続けてきたのだが、ここで一つ、子供はいまだ未完成の人格だから、という仮の結論を出しておこう。子供にも人権はあるが、それは必ずしも大人と同等の人格を意味するものではない。発達途上の未完成の人格だからこそ、大人が心を配り、その行動に然るべき制限を加える必要があるのだという考え方である。
(「子供の自由について」41.傍点省略)

 さて、子供になぜ過激な暴力や性の情報を与えてはならないか。ここで、「想像力が育たない」という答えを一つ、追加したい。
 子供が大人になる過程で、知識や常識の学習と同じぐらい、性的な想像力の醸成は必要不可欠である。それなくしては、人間そのものへの関心が育たない。人間への関心を失った社会では、あらゆる人間関係がやせ細り、文化もやせ細る。とりあえず小説などは、真っ先に淘汰されることだろう。
(「暴力と性」55-6)

《子供のために》勉強、勉強と尻を叩くのは、半分は親の欲望であるし、《自分の子供が可愛いから》あれやこれやと買い与えるのも、《子供の個性を尊重して》自由にさせるのも、おおかたは親の欲望と身勝手の産物である。そしてそのことは常に、よその子供への無関心、社会全体への無関心と対になっている。〔略〕子供は自分の子供であると同時に、みんなの子供なのだと考えるなら、わたくしたちの社会のありようは大きく変わるだろうと思うのだ。〔略〕
 子供たちをみんなで大事に育てたい。子育てを支える社会的なシステムは、同時に不幸な子供たちを一人も作らないためのシステムにもなる。
(「「みんなの子供」」84-5)


@研究室
[PR]

by no828 | 2014-06-25 17:33 | 人+本=体 | Comments(0)
2014年 06月 21日

S橋の5月の幸せな推論

c0131823_18221549.jpg 5月末日昼過ぎ、大学院の友人O嶌君——学年は彼のほうが2つ後輩だけれどもダブル・マスターなので年齢は同じ——の結婚式と披露宴に出席するため、まずは近隣の小学校の運動会を横目に徒歩で駅へ向かいました。一応、スーツ。気温、30.4℃。上着は着ずに腕にかけて歩きましたが、それでも暑い。

 会場はS橋のホテル(→ )。駅前では古本市が開催されていましたが、それも横目にホテルへ。古本市のことを知っていたら少し早めに到着するようにしたかもしれませんが、当日になって暑いからとあきらめたかもしれません。

 駅前の交差点でY口君——学年と年齢はO嶌君と同様——と遭遇し、一緒にホテルへ。ホテルにはすでにわたしと同期のY利がその息子(2歳)とともに到着しており、一緒に階上へ向かいました。

 誰が招待されているのかよくわからなかったので、事前にO嶌君本人に訊いて何人かの名前を教えてもらってはいたものの、それでも詳しくはわからず、控室で「おぉ」とか「あぁ」などと確認することになりました。出身研究室の先輩同輩後輩などがまずはたくさん——「研究室」ってすごいですね——、あとはS田、F井、O方(Y利)などの同期、それから年齢が同じY利、I橋らの先輩——わたしもここに含まれます——が呼ばれていました。

 式の場所は、ホテル1階のロビー(?)に埋め込まれている教会(?)。造りへの驚きが勝って写真を撮り忘れましたが、ホテル提供の説明をここ(→ )から見たり読んだりすることができるようです。扉をバタンと開けて新郎が登場するという構造にはなっていませんで、かなりオープンです。宿泊客なども“外野”から参加できそうです、というか、実際に2階などから見ていた人もいました。


c0131823_18222667.jpg 受付を済ませ、席順などを確認し、披露宴会場に入りました。またしても高砂を背にする席でした。わたしは大体において、新郎新婦を背にする席が振り分けられます。身体をぐっと捻らないと新郎新婦はじめ、挨拶の方などを見ることができません。仕方がないのですが、正面から見ることのできる機会をもう少し与えたまえ、という気持ちがあります。

 新郎新婦の馴れ初めは、O嶌君が大学院へ入院してから割とすぐに聞いていましたし、小さな飲み会を割とたくさん開いていろいろと話してきましたが、そこまで突っ込んで訊いたことはそういえばなく、披露宴での紹介を愉しみにしていました。わたしが知っていたのは、主に次の4点です。(1)新婦と出会ったのはEジプトである、(2)O嶌君はひとり旅だった、(3)新婦のほうがいくつか年上である、(4)遠距離恋愛が長かった。

 司会の方の紹介によって、EジプトへはO嶌君はひとり旅で、新婦は従姉妹——妹説が一部に流れていました——とのふたり旅であったことが確認されました。また、出会ったのはダイビングの名所(地名は失念)であったことも確認されました。しかし、どういう経緯で付き合ったのか、付き合いはじめたのはいつなのか、1対2から1対1の関係になったのはいつなのか、つまり従姉妹ではなく新婦と付き合うことになったのはなぜなのか、といった重要な疑問群は解明されず、大学院の先輩同輩たちは席にて真剣に深く議論することになりました(注:みんな酔っぱらいです)。議論の途中、この場にも来ている従姉妹の方に直接確認しよう、関係者というか当事者からの聞き取りは欠かせない、データのないところで議論しても意味がない、という提案・提議もありましたが、研究倫理の審査を通していないこともあって却下(審査にかけても通らなかったと思う)。そのため、頼れるのは論理的な推論のみ、ということになりました。その結果いずれも決定的な根拠は欠くものの——というか、根拠は何1つないものの——、(1)Eジプトの段階で新婦は誰とも付き合っていなかった、(2)従姉妹のほうは付き合っていて幸せだった(いまも幸せであるはずだ)、よって(3)どの段階でO嶌君が新婦と付き合ったとしても傷ついた人は誰もいなかったはずだ、という推論に落ち着きました。

 公式の2次会はなく、大学院の同輩後輩たちが非公式に開催することにしたようですが、わたしはそのまま帰路に。O嶌君の人柄が濃厚に滲み出た、温かな披露宴だったなあ、よかったなあ、と思いながら帰りました。おふたりとも末永く——まさにその字義どおりに——お幸せに。

(追記:上述の推論の妥当性を検証したいので、今度一杯やりましょう。 > O嶌君。)

@研究室
[PR]

by no828 | 2014-06-21 19:30 | 友人 | Comments(0)
2014年 06月 21日

同じ作家でも、作品ごとに語り手としての人格は異なる——筒井康隆『朝のガスパール』

c0131823_15242843.jpg筒井康隆『朝のガスパール』新潮社(新潮文庫)、1995年。158(813)


版元(ただし電子版) → 
単行本は1992年に朝日新聞社


 本書は新聞連載が初出で、連載中に読者からのコメントなども取り入れながら小説を作っていくという体裁になっています。しかし、どこまでが本当にあったコメントの反映で、どこからが筒井の創作なのか、その境界線はきわめて見出しにくいです。現実と虚構の境界線です。物語——作中作と呼ぶべきか——の進行する事実水準——にも実は複数あるのですがとりあえず——と、その物語に言及する観察水準とが相まって『朝のガスパール』は進行します。しかし、その観察水準が事実かどうかはわかりません。つまり、この事実と観察の2つの水準のさらに上に、この物語を執筆する筒井本人が想定されます。がしかし、この筒井本人は唯一の筒井康隆か、という問題も提起されています。この2つというか3つの水準の整合的な錯綜——という表現は論理的な矛盾か——が『朝のガスパール』です。小説の小説の小説。 

 ややこしい。

 2つ目の引用に印字されていた言葉遣いから、ハイデガーを想起しました。『存在と時間』をちょうど読んでいるところです。「世界内存在」とか。


「これはジェラール・ジュネットのいう『語りの水準』の問題だ。つまり『まぼろしの遊撃隊』や貴野原たちの世界のことを語っている語り手はおれだ。では、こうして会話しているおれや君を語っている語り手は誰だい」
「筒井康隆でしょう」
「その通り。しかしながら、その語り手が即ち現実の筒井康隆自身かというと、そうじゃないんだなこれが。あくまでこの『朝のガスパール』だけを語っている筒井康隆に過ぎない。たとえばの話、『吾輩は猫である』の語り手としての夏目漱石と『明暗』の語り手としての夏目漱石はあきらかに違う」
「そりゃだって『吾輩は猫』は漱石の処女作だし、『明暗』は遺作だもの。十年もの開きがあります」
「じゃ『坊っちゃん』と『虞美人草』でもいいよ。一年しか違わないけど、語り手はあきらかに別の人格だ。ええい。ややこしいことを言うな。おれは同じ作家でも、作品ごとに語り手としての人格は異なるということを言いたかっただけだ
(81-2)

「われわれを見下げてる者は、いったい何者なの」笑いながら彼女は続けた。「ご心配なく。石部智子ですから」
 櫟沢は唸った。「時間と空間を越えたのか」
 智子がうなずく。手にオレンジ・ジュースのグラスを持っていた。「虚構の壁が破れたんです。それを破ったのは櫟沢さんでしょう。それがお望みだったんでしょう」
最終目標だった」感に堪えぬように櫟沢は吐息をつく。「そのための努力だった。虚構の側から現実への侵犯は可能か。ぼくはずっと、そればかりを考えていた
「現実を模写してばかりだったんですものね」智子は櫟沢の主張を心得ているようだった。「今までの虚構は」
「もちろん、ここも虚構の中だが」櫟沢はにやりとする。「さらなる現実をめざして、君と一緒にもう少しじたばたしてみるか。せっかく君が来てくれたんだから」
 智子は立ちあがった。「じゃあ、お連れするところがあります。そこには、わたしみたいに最初から虚構の存在だった者だけじゃなく、もともと現実に存在していながら、虚構内存在にされた人たちもいますから」階段をおりてきた。
 瀬の高い智子を見て、櫟沢はたじろぐ。「それはおっかないな。ぼくは今まで物語世界外の存在にろくな登場のさせかたをしていないからね」
(307)


@研究室
[PR]

by no828 | 2014-06-21 15:31 | 人+本=体 | Comments(0)
2014年 06月 15日

なにも無理に前向きに生きずとも、多少は俯いてもいいんじゃねぇの——町田康『耳そぎ饅頭』

c0131823_149543.png町田康『耳そぎ饅頭』講談社(講談社文庫)、2005年。157(812)


版元 → 
単行本は2000年に同社


 三たび、エッセイ集。町田康はロック、パンクロック、などの音楽もしているわけで、それはエッセイのなかでも触れられています。わたしはロック、パンクといった方面にはまったく詳しくないので、「ロック」とは何か、「パンクロック」になるとどう変わるのか、などもわかりません。しかし、少なくとも町田康に鑑みるに、そこに通底するのは「肯定」(人生の肯定)という姿勢なのかと思いました。その人生がどういうものであれ、人生のなかのどういう段階にいるのであれ、それを肯定する——さらに言えば、すべてはよい状態なのだ、と積極的に肯定する——という姿勢を感じ取りました。

 とりあえず、町田康はここで一旦終えます。


 人生を前向きに生きず、俯いてばかりいるせいか自分は、子供の時分からよく物や金を拾う。同行の人がちっとも気がつかず、行き過ぎようとするのが不思議なくらい、路傍には、サングラス、時計、定期入れ、装飾品、裸現金などが散乱しているのである。物の場合は、たいていこれ、安物である場合が多く、金の場合もたいては小銭であるが、高級な時計を拾ったこともあるし、現金、八千円を拾ったこともある。つまり、だから、人生というのは、なにも無理に前向きに生きずとも、多少は俯いてもいいんじゃねぇの、ということが、自分の経験から察知されるのであり、俯き気味の人達も多少自信を持って生きていて欲しい、と自分は切に願うのであります。御清聴ありがとうございました。(35)

 結果、人々は、ソップの味が辛いの甘いの、そんな話ばかりするようになって、テレビジョンなどでも、莫連女グルメ道中といった番組ばかりを放送し、人民大衆はこれに影響を受け、ますます飯の話をするようになる、といった体たらくで、日本国中が餓鬼道地獄に堕ちた感があるというのは、まことにもってあさましいことで、昨日、なになにを食ったら実にうまくて云々、なんてな話を声高にするいうのは、つまりこれは欲望のことを話しておるわけで、昨日は腰が抜けるほどナニいたしまして実に気色がよお御座いまして御座いました。はは、わたくしはど助平でございますよ。と云っておるのと、その恥ずかしさにおいて大して変わらぬ〔略〕。(123)

〔略〕夢も希望もない、いわば絶望した状態で人間は生きていけるかどうかということを考えるに、まあ、小生の体験から言うと、そこいらの物をがんがん蹴る、ときおり、がー、あああ、うっうーん。うーむ。などと無意味な音声を発する、ためにスチールのロッカーがへこんだり、周囲の人に気色悪がられたりするという弊害はあるにはあるが、しかし結構生きていける。
 というより、希望はともかくとして、夢はむしろないほうがいいかも知れん。
(167)


@研究室
[PR]

by no828 | 2014-06-15 14:21 | 人+本=体 | Comments(0)
2014年 06月 14日

絶えず光は苦しみ、揺らぎ、僕は絶対的な光ちゃんです。などとはけっしていわず——町田康『つるつるの壺』

c0131823_1915776.png町田康『つるつるの壺』講談社(講談社文庫)、2004年。156(811)


版元 → 
単行本は1999年に同社


 エッセイ集。ではありますが、今回の引用はそのなかに収められた町田康による書評からであります。句点がなかなかに置かれない、置いたとしても、え、ここか、ここなのか、な文章が多い印象を受けました。それとの関連はよくわかりませんが、とくに2番目に引用した文章を、この文体は、この文体は……と思いながら読み、その文体から川上未映子が想起されたわけでありますが、それはわたしが町田よりも先に川上を読んでいたからで、それが逆であったなら、川上の文体から町田を想起したのではないかと思われます。

 わたしはなぜこのような文体になり、そのような文体にはならなかったのか、文体はすでに固定されたのか、なども、併せて思いめぐらしたことであります。「君の文体は……」ということをこれまで何度か言われたこともありますが、そのときにその人に意識されている“わたしの文体”を、それは“わたしの文体”であるはずなのに、わたしはその人ほどによく“わかっていなかった”と思ったりもします。「文体」とは何か、どういうものとして一般に理解されているのか、わたしにとっては何なのか、ということに改めて意識が向きました。「文体」には自在に着脱できる部分と、それができない部分とがあるような気がします。後者は一体どうしてそのような部分として構築されたのか、なども気になります。


 吉本ばなな著『ハネムーン』の至るところに現れる救済のイメージは、〔略〕海や山や植物や動物などの自然から我々が普段、感知する俗にまみれたイメージを丁寧に奥底まで掘り下げ、我々がそれらとどのように繫がっているのか、ということを理屈や観念ではなくして知らしてくれるのであり、筆者が、人間の抱える果てしない虚無や暗黒は光によって打ちのめされるべきものではなくして、心の中の虚無や暗黒を引き受けることによってしか我々が救われることはないのだということを全力の生で闘っている様がそこにあるのである。
 通常であれば、救済をもたらすものとそれによって打ちのめされる虚無・暗黒は図式的に対置され、前者はなんの疑いもなく善であり光であり、後者は一顧だにされぬ悪であり闇であって、光は常に光りに溢れ、ときに危機一髪的状況に陥りながらも、なんの根拠もない無自覚で無神経な信念もしくは信仰に基づいて悪を懲らすが、日々現実に触れて疲弊しきっている我々はそんなものを見ても、うっそだろーと白けるばかりで、眉ひとつ動かさぬが本書にあっては、絶えず光は苦しみ、揺らぎ、僕は絶対的な光ちゃんです。などとはけっしていわず、苦闘の果てに両者は、時間の流れと空間の広がりの仲立ちによって和解をするのであって、いのちの流れが物事に融けていく現場を見事に言葉に表した筆者にわたしは拍手を送りたい。
(204-5)

〔略〕中には妄念を捨て切れぬ人もいて、きっといつかは自分の才能が正当に評価されるはずだ、と思い、成功した人の、その下積みの苦労の部分を見ずに表面的の栄光の部分のみを見てこれを羨み、自らを省みることをしないで、ああ自分はあたら才能を飼い殺しにしている。これを評価せぬ世の中というのはなんたら馬鹿げた世の中であろうか、と社会を逆恨みに恨むのである。社会の方でもこんな人間を相手にするわけがないから、彼の心の中で恨みや呪いは結晶化していき、彼はますます憎悪を抱きつつ孤立していき、ついには気がおかしくなるか、犯罪に手を染めるか、ごく稀に非合法すれすれのビジネスで大成功したりするのだけれども、考えてみればいずれも不幸なことであり、テレビなどで無闇に田舎の若者の野心を刺激するのはよくないと思うが、しかしながら人間の世の中というものは色と欲で成り立っているのだから、それもしょうがない、ちゅやあしょうがないのであって、まあ、いわゆるところの因果の一例であるが、本書、〔末永直海 著〕『百円シンガー極楽天使』は、〔略〕下積み、すなわち、いわゆるところのドサまわりの演歌歌手の生活・恋愛・その他を描いたものだが、これに自分がひかれるのは、〔略〕ショウビジネスにつきとまう俗臭芬々たるインチキ臭さの中に、陽気で明るい悲哀の調子が貫かれているからであり、滑稽。でも悲しい。でも滑稽。って、相当に烏滸の沙汰なんだけれども、そこで人間が活躍しているという、ある種、こういうことは自分は普段、口が腐りそうな心持ちがするので絶対に言わぬが、実に、生きる勇気が湧く本なのであって、これは作者が目線を下げて人間を直視しているからだと思われるのである。(212-4)


@研究室
[PR]

by no828 | 2014-06-14 19:30 | 人+本=体 | Comments(0)
2014年 06月 13日

これは、対座する者を自らの自我の補強剤としてしまう、実に、さもしい——町田康『へらへらぼっちゃん』

c0131823_19301717.png町田康『へらへらぼっちゃん』講談社(講談社文庫)、2003年。155(810)


「町田康」は「まちだ やすし」ではなく「まちだ こう」
版元 → 
単行本は1998年に同社

 
 町田康の文章をはじめて読みました。『告白』も単行本で持ってはいるのですが、その分厚さの前に読みはじめることへのためらいが生じ、本書エッセイ集を開きました。おぉ、こういう文章を書く人なのか、こういう考え方をする人なのか、とおもしろく読みました。以下の引用は、語尾を上げる話し方に鉄槌を下している場面です。


 では、なぜこのような話し方をするのであろうか。考えられるのは、「断言を避ける」表現であるということである。つまり、自分はこれを専らビールと呼んでいるが、あなたはなんと呼んでいるか知らぬので確認します。ビール、でよろしいですか。といった相手に対して気を遣った表現であるということである。勿論それもあるであろうが、自分は、そればかりではないと思う。なぜなら、この表現、本質的にモノローグなのである。会話にならぬ表現なのである。まともにいくと「わたしが一番好きなのはビール? みたいなぁ」「知らんがな、自分の好きなもんぐらい自分で決めろ、あほんだら」となるべき、非常に失礼な表現なのである。これは、対座する者を自らの自我の補強剤としてしまう、実に、さもしい、厚かましい、下品な、唾棄すべき、浅ましい、表現なのであって、こんなものは、速やかに根絶せなば相成らぬのであるが、日に日に、このようなしゃべり方をする人が増えているのであり、まことに以て憂れうべき由々しき事態である。
 自分が時代劇を愛好するのは、このような言い方がけっして出てこないということであるが
、この氾濫ぶりをみれば、やがて以下のごときになるかも知れぬ。つまり、奉行「なんかぁ、人殺し? みたいなことって、やっぱりやっちゃいけない? って感じ? だから獄門とかなって欲しい? みたいなぁ」悪人「でもぉ、全然、身に覚え? がないしぃ、証拠がない? って感じなわけだしぃ」奉行「でもぉ、あのときの荒れ寺でぇ、遠山桜が咲いてた? みたいだしぃ、いまから出す? みたいにするからぁ、目ん玉ひん剥いて拝んでほしい? みたいなぁ」「なんか、恐れ入った? って感じ」などと。そうなれば、時代劇ももっと面白くなるのでもっと観たい? って感じぃ。
(50-2)


@研究室
[PR]

by no828 | 2014-06-13 19:37 | 人+本=体 | Comments(0)
2014年 06月 11日

犯人は、まだこの本を読んでいないすべての人々です——鯨統一郎『ミステリアス学園』

c0131823_1965640.jpg鯨統一郎『ミステリアス学園』光文社(光文社文庫)、2006年。154(809)

版元 → 
2003年に同社カッパ・ノベルス


「ミステリアス学園ミステリ研究会、通称ミスミス研」が舞台。本書題名と同じ『ミステリアス学園』という本が本書内部にも出てきます。物語水準の無限背進、入れ子構造、マトリョーシカ人形。「ミステリ」とは何なのかの説明にもなっているミステリです(ややこしい)。

 最後の引用文は、この本における「ミステリ」論の中軸を成すものと思われますし、わたしがとくに触発された部分でもあります。「知らない」ということの意味への問いが、研究上の思考上でよく出会します。まだ詰められていません。

 巻末には、「ミステリ作家実質デビュー年区分表」(国内・海外)と、縦軸に「ミステリ度」、横軸に「論理度」を置いた「本格ミステリ度MAP」が掲載されています。ミステリ度と論理度がともに最高値100を示す交錯地点に印字された名前は、法月綸太郎でした。ちなみにその下、ミステリ寄りに氷川透、論理寄りに有栖川有栖。さらにちなみにミステリ度も論理度ももっとも低い場所にマッピングされたのは、舞城王太郎です。法月綸太郎も舞城王太郎も、わたしは好きです。


本格ミステリって、何なんですか?」
〔略〕
ひと言でいえば謎解き小説だ」〔略〕「物語の前半で魅力的な謎が提示され、その謎が論理的に解明される過程を楽しむ推理小説。もちろん、謎を解く手掛かりは、作中の探偵ばかりでなく、読者にも公平に開示されていなくてはならない。いいかえれば、丹念に読めば、読者にも必ず犯人がだれかわかるという建前の小説だ。パズルと同じ。本格ミステリがパズル小説とも呼ばれるゆえんだ」
(18-9)

読者はみんな殺人事件を楽しんでるんだ。ぼくは最近そのことに疑問を感じるようになってきている
「でも、読書体験って、言ってみれば非現実的な体験をすることよね」
「うん。もう一つの現実を体験するとも言える」
「だから読みたがるんじゃないの? 殺人事件の話を。殺人事件なんて、身の回りではまず起きないもの」
「起きたら困るしね」
 亜矢花は頷く。
逆にいうと、実際に殺人事件に巻き込まれてしまった人は、もう娯楽としては殺人事件を楽しめないことになる
「そうね」
「身内が殺された人にとって『殺人事件』って言葉の入ったタイトルを見ることは辛いことなんじゃないかな」
「そうでしょうね」
「でも本屋や新聞のテレビ欄では、毎日のようにそういうタイトルが目に入る」
「それは仕方ないでしょう」
〔略〕
「〔略〕なるべく“殺人”なんて刺激的なタイトルは使わない方がいいような気がするな」
「実際の被害者のために?」
「うん。それと、加害者を刺激しないためにも」
「まさか本格ミステリが実際の殺人事件を増やしてるなんていうんじゃないでしょうね」
「タイトルだけでは影響はないだろうけど、内容まで含めたら、影響はあるかもしれない」
〔略〕
あのね、ミステリのない時代から、異常殺人事件はあったのよ
「あ」
(217-22)

――では犯人はやはり作者だとでも言うつもりか。
――それも違います。たとえ作者が形の上で登場人物たちを死なせても。登場人物たちは、違う形で、そう、読者の記憶の中に場所を移して生き続けることができるんです。作者と読者は、ある種の共犯関係に陥るんです。もちろん、登場人物を何とか生かそうという共犯です。それに、読書的量子力学の世界では、作者にも本の内容を特定することはできません。
――では、誰が登場人物を殺すのか?
――この本の登場人物ではない者です。しかも読者でも作者でもない。
――登場人物でもなく、読者でも作者でもない。そんな者がいるのかね?
――います。

 ぼくは頷く。

――誰なのだ、犯人は?
――犯人は、まだこの本を読んでいないすべての人々です。

 “声”は一瞬、間をおいた。

――まだこの本を読んでいない?
――すべての人々です。

〔略〕

 だが、どうしてこの本を読んでもいない者が、登場人物たちを消すことができるのだ。そう、彼らには、動機がないではないか。
――動機は、無関心です。
――無関心だと。
――そうです。登場人物にとって、いちばん恐ろしい事態は何でしょう?
――それは……。
――そうです。無関心なんです。自分たちが存在していることを、誰も認めてくれない。自分たちの存在を、誰も知らない。この事態がいちばん恐ろしいんです。
(338-9.傍点省略)


@研究室
[PR]

by no828 | 2014-06-11 19:16 | 人+本=体 | Comments(0)
2014年 06月 06日

この娘の中の伸びたいという火のような欲求に共感し——瀬戸内晴美『美は乱調にあり』

c0131823_18361160.jpg瀬戸内晴美『美は乱調にあり』角川書店(角川文庫)、1969年。153(808)


版元 → 
単行本の出版社・年は不明


 伊藤野枝(1895-1923)の物語。福岡県糸島郡今宿村からの上京、上野高等女学校への入学、平塚明子(らいてう)との交友、「青踏社」への参加。伊藤野枝は、大杉栄とその甥・橘宗一とともに、いわゆる「甘粕事件」で殺害された人でもあります。

 物語は、瀬戸内晴美が伊藤野枝の遺族を歴訪するところからはじまります。


 うちの家系はみんな長命で、八十、九十まで生きる人が多いんです。姉もああいう死に方をしなければ、まだまだ元気でいたことでしょう。
 私は、とうとうひとりも自分の子供がうめなかったのに、姉は十年に七人の子を産んで今の年でいえば二十八で死んでいったのですからね。それだけだって、大へんな生命力ですよ。産後二十日で、大杉とあの物騒な時に横浜まで出かけるなんてねえ。でも、今でも時々、ひとりで思うことですが、震災がもう半年おそかったら、野枝たちは殺されていなかったんではないかということです。それというのも、本当のところ、あの人たちも子供たちのことを考えて、もうこんな危いことはやめようといって、転向の用意をしていたんですよ。私どもにもそういっていましたから。
(46)

 辻はだまってその話を聞いていたけれど、内心、野枝の興奮のしかたがおかしかった。感じ易く激し易い野枝が、はじめてこの〔足尾銅山の鉱毒〕問題を聞いて興奮するのはわかるし、主義者の中でも筋金入りの、実践運動家の渡辺政太郎が、わざわざ視察にゆきたい気持もわかる。しかし野枝は、家事はおろか、自分の子供の世話ひとつろくにできないくせに、天下国家の悲惨事にまるで救世主のようにいきりたつのは、辻の目からみればこっけいでさえあった。〔略〕幸い母も妹も家事に堪能で、二人の手で家の中は充分おさまっていたので、野枝の仕事はほとんどなかったのだ。それだからこそ、野枝は「青鞜」にも自由に出入りできていたし、本を読んだり原稿を書く時間もたっぷりあたえられていた。問題は子供ができてからだった。野枝は赤ん坊ひとりをもてあましてすっかり手古ずっていた。自分では何でもやればできると思い、家事や育児はその気になれば、女なら誰にでもできることのように考えている野枝は、実際は手の中に泣きわめくだけでことばのない赤ん坊をかかえて、その小さな赤い肉塊にふりまわされていた。〔略〕子供を姑にあずけ、ひとり外出すると、せいせいして、なぜ子供など不用意に生んでしまったかと、後悔した。(241-2)

「あたし、木下〔尚江〕さんの小説は読みました。あの小説の中の白井俊三はすてきだわ」
 野枝は目を輝かしてようやくことばをはさんだ。辻〔潤〕の話を聞いていると自分の無学の度が知られ、絶望的にさえなってくる。あれほど憧れてあれほど無理をして入った女学校で、自分は何を学び得たというのだろう。何も知っていない。何もわかっていないと思うと、野枝は心細さでもっともっと識りたいという欲求に、心がねじあげられるような気持になっている。
「その本、みんな読みたい! あたしに読めるでしょうか」
「ああ、大体、ぼくが持っているから貸してあげよう」
 そんな会話をしながら、辻はやっぱり、この陽にぬくもった獣のような野性的な匂いを発散するぷりぷりした小娘に自分が惹かれているのは、この娘の中の伸びたいという火のような欲求に共感し、この娘の持っている才能を充分エデュケートしようとしているにすぎないのだ、それにやっぱりこの娘の中に流れる熊襲の血をうけた熱い血にふれてみたいという欲望も三分くらいはあるのだろうか、などと考えてみるのだった。
(70-1)

 “教育とは愛である”とは——少なくともわたしのかつての周囲では——よく言われることですが、その意味を改めて考えさせる文章だと思いました。このあと教師・辻潤は生徒・伊藤野枝と結婚し、教職を辞することにもなります。

 ちなみに、『美は乱調にあり』という題名は、大杉栄の「美はただ乱調にある。諧調は偽りである」から来ているようです。

@研究室
[PR]

by no828 | 2014-06-06 18:46 | 人+本=体 | Comments(0)
2014年 06月 04日

そうした機械が必要だと考える人びとは軽蔑してよいとも言ってきた——ヴォネガット『スローターハウス5』

c0131823_18410100.jpgカート・ヴォネガット・ジュニア『スローターハウス5』伊藤典夫訳、早川書房(ハヤカワ文庫SF)、1978年。152(807)


原題は Slaughterhouse-Five 、刊行は1969年。
版元 → 


 著者の半自伝的小説。連合軍によるドレスデン無差別爆撃のとき、ヴォネガット自身もそこにいました。小説は次のようにはじまります。「ここにあることは、まあ、大体そのとおり起った。とにかく戦争の部分はかなりのところまで事実である」(9)。ちなみに、スローターハウス(slaughterhouse)は、「屠殺場」という意味です。

 それから、以下の英文が挿絵に刻まれています。
God grant me the serenity to accept the things I cannot change, courage to change the things I can, and wisdom always to tell the difference.(246)

 一般に「ニーバーの祈り」と呼ばれるもののようです。この「ニーバー」とはもしや、と思って調べてみたらやはり「ラインホルト・ニーバー」のことでした。その『道徳的人間と非道徳的社会』を読んだことがあります。


 ときには自分のうけた教育のことを考えたりもする。第二次大戦ののち、わたしはしばらくシカゴ大学に通った。人類学科の学生であった。当時そこでは、人間個々人のあいだに差異というものは存在しないと教えていた。いまでもそう教えているかもしれない。
 もうひとつ人類学科で学んだのは、この世に、奇矯とか、性悪とか、低劣といわれる人間はひとりもいないということである。わたしの父が、亡くなるすこし前、わたしにこういった、「おまえは小説のなかで一度も悪人を書いたことがなかったな」
 それも戦後、大学で教わったことのひとつだ、とわたしは答えた。
(17)

 わたしは息子たちに、どんな状況にあろうと殺戮には加わらないように、敵兵殺戮のニュースがはいっても喜んだりはしゃいだりしないようにと言いきかせている。
 またわたしは息子たちに、殺戮機械を作るような会社には勤めるな、そうした機械が必要だと考える人びとは軽蔑してよいとも言ってきた。
(31)

「もしわたしがこれまで多くの時間を地球人の研究に費やしてこなかったら」と、トラルファマドール星人はいった、「“自由意志”などといわれても何のことかわからなかっただろう。わたしは知的生命の存在する三十一の惑星を訪れ、その他百以上の惑星に関する報告書を読んできた。しかしそのなかで、自由意志といったものが語られる世界は、地球だけだったよ(105)


 そのころから、すでにわたしはドレスデンの本を書いていると称していた。当時アメリカでは、それは有名な空襲ではなかった。それが、たとえば広島をうわまわる規模のものであったことを知っているアメリカ人は多くなかった。わたし自身、知らなかった。この空襲については、何もおおやけにされていないも同然であった。(19)

   ↓
 核兵器撤廃の信奉者たちは、目標が達成できさえすれば、戦争はほどよい穏当なものになると信じているようである。そうした考えを持つ人びとは、本書を読み、ドレスデンがたどった運命について熟考されるがよい。通常兵器による空からの攻撃の結果、十三万五千の人びとが死んだのである。一九四五年三月九日の夜、アメリカ軍の重爆撃機が行なった東京空襲では、焼夷弾と高性能爆弾により八三、七九三人が死んだ。広島に投下された原子爆弾では、七一、三七九人が死んだ。(223)

   ↓
 爆撃は一九四五年二月十三日夜から一四日の朝にかけて行なわれた。〔略〕死者は三万五千から二十万余までさまざまにいわれているが、ドレスデン警察の提出した控え目な推計十三万五千が、現在では公式の数字とされている。連合国側は一九六三年までこの爆撃をひたかくしにしていた。
 ついでながら、本書にはこのドレスデン爆撃を広島への原爆投下と比較して「広島をうわまわる規模」といった表現が用いられている。これには異論があるかたもすくなくないと思うので、ひと言説明しておきたい。原爆による広島での死者数は、わが国でも一定していない。十数万から二十万余までいろいろな数字が出ているようである。しかし死者の数だけに限って、アメリカーナ百科辞典が「もっとも控え目な推計」としてあげている数は「七万五千から八万」の間である。そして米軍の発表では、本書にもあるとおり「七一、三七九人」だ。ひとつ残念なのは、生き残った被爆者を苦しめた放射能症に、ヴォネガットが気づいていないらしいことだが、それはべつにして本書で重要なのは数字の比較ではない。肝腎なのは、そのような無意味な大量殺戮のひとつを作者が被害者の側から体験したということであり、それに類する行為がいまだに世界各地で行なわれているということなのである。
(「訳者あとがき」265-6.傍点省略)


@研究室
[PR]

by no828 | 2014-06-04 18:51 | 人+本=体 | Comments(0)