思索の森と空の群青

onmymind.exblog.jp
ブログトップ

<   2014年 11月 ( 15 )   > この月の画像一覧


2014年 11月 30日

自分の意見を主張しないことで、自分の中で作り上げている世界に——本谷有希子『生きてるだけで、愛』

c0131823_21311110.jpg本谷有希子『生きてるだけで、愛』新潮社(新潮文庫)、2009年。36(859)


「本谷」は「もとや」
版元 
単行本は2006年に同社


「過眠、メンヘル、二十五歳」の寧子が主人公。同棲中の編集者津奈木の元彼女安堂の急襲。安堂の寧子への自立(労働)の強要。日常の細部。


 津奈木は自分の意見を主張しないことで、自分の中で作り上げている世界に他人を介入させない。自分と他人の間に絶対的な距離を置いていて、年に漫画や小説を百も二百も読んではその価値観にじっくり浸り、強固な津奈木ワールドを築きあげている。口数が少なくて人当たりが柔らかいからいい人だと勘違いされるだけで、あたしに言わせればあれほど他人に無関心な男もいない。(83)

 ひと昔、いや、ふた昔前には「対幻想」(by吉本隆明)なんて言葉が流行ったこともあるくらいだから、「恋愛」は一種の幻想であるに違いない。けれども、恋愛という幻想が成立するためには、ひとつだけ条件がある。それは当事者同士が「二者完結」(ヘンな用語だけど)した状態にある、ということだ。恋愛の本質とは、色恋の快楽という側面より、そのような完結性がもたらしてくれるユートピア性にあるんじゃないか、とさえ思う。もちろんユートピアは、その語源どおり、実際はどこにも存在しない場所なのだが、存在しないからこそユートピアは求められ続ける。だから恋愛小説は、いつまでも書き続けられ、読み続けられるのだ。(仲俣暁生「解説」137-8)


@研究室
[PR]

by no828 | 2014-11-30 21:33 | 人+本=体 | Comments(0)
2014年 11月 29日

「このことは外で話したりしません。困らせるようなことはしませんから」——ブー『いつまでも美しく』

c0131823_20373244.jpgキャサリン・ブー『いつまでも美しく——インド・ムンバイのスラムに生きる人びと』早川書房、2014年。35(858)


版元 → 
原著 Katherine Boo, 2012, Behind the Beautiful Forevers: Life, Death, and Hope in a Mumbai Undercity


 新刊を購入。

 インドはムンバイのスラム街の人びと、子どもの暮らし。帯にはアマルティア・セン(画像にはないけれど)。

 読み終わり、すぐには言葉が見つからず、まとめ終わり、すぐには言葉が見つからず、言葉を見つけることのできない自分を確認し、言葉を見つけようとしている自分を確認し、言葉以外のことをも見つけようとしている自分がいながらも、しかしこの場に留まっている自分がここにいます。この本に描写された世界との、この本を媒介にしなければ触れられない世界との、この本を媒介にしてはじめて触れることのできる世界との、圧倒的な距離を痛感しています。


ハイアットの最上階の窓から見下ろすと、アンナワディや周辺で不法に生活する人々の集落は、洗練された近代的な建物の隙間に空中投下されたみたいに見える。
まわりはみんなバラの花で、俺たちはその間にあるゴミだな」アブドゥルの弟、ミルチはそんなふうに言った。
(13)

 アンナワディで、あるいはどこのムンバイのスラムでもそうだが、貧しい生活をするということは、何らかの形で犯罪にかかわることを意味する(22)

なかでもひとつ、何にも勝ると思える法則がある。アンナワディでは、幸せになれるかどうかは、その人が何をしたかや何をうまくやったかだけでなく、アクシデントや災難を避けられるかどうかによるところが大きい、というものだ。まっとうな生活というのは、すなわち列車にはねられたり、スラムの顔役を怒らせたり、マラリアにかかったりしない生活のことだ。もっと頭がよければと思うことはあるものの、スラムで生きていくためには頭のよさと同じくらい大事なものを自分は持っているという自負がアブドゥルにはあった。アブドゥルは常に敏感で用心深いのだ。(24)

 同じスラムの住人に対するアブドゥルの姿勢は、基本的にはこうだ。「相手のことを知れば知るほど嫌いになる。そうすると相手もさらにこちらを嫌う。だからかかわらないのが一番(33)

 さまざまな言語を話す人がいるこの都市で、ゴミを種類別に分けるのと同じように、人々が同じもの同士でわかれるのはある意味で当然かもしれない。アブドゥルはそう思っていた。人があふれかえるムンバイでは、すべての人には仕事が行き渡らない。であれば、マハーラーシュトラ出身のヒンドゥーのクンビ〔農民カーストの一つ〕が人を雇うのに、ゴミの回収に従事するムスリムより、同じマハーラーシュトラ生まれのクンビを選ぶのはしかたないのではないか。だが、ミルチは違うという。今はいろんな人が混じりあって共生していて、昔みたいな偏見は減っている。アブドゥルは毎日ゴミの山に頭を突っ込んでいるだけだからわからないんだ、と。(44-5)

数週間前、アブドゥルは一人の少年工が裁断機にプラスチックを入れようとして、誤って手を切断してしまったのを目撃した。少年はみるみるうちに目に涙をためたが、叫び声一つあげなかった。血が噴き出すままそこに立ち、たった今、稼いでいくすべが断たれた少年は、工場主にわびる言葉を口にした。「サーブ、ごめんなさい」白いクルタの男に言う。「このことは外で話したりしません。心配しないでください。困らせるようなことはしませんから(47)

孤児院にいたころ、裕福な白人女性がやってきても、スニールは小銭をせがんだりはしなかった。それよりも、いつか誰かが、誇り高く自制心のある自分を認めてくれて、選ばれた者になるのだと思い描いていた。長い間、スニールはそんな見る目のある人が現れるのを待っていた。目が合ったら、サニーです、と言おう。そのほうが外国人が気に入りそうな名前だから。だがやがて、そんな願いはかないそうにないこと、そして大勢の貧しい子どもたちのなかで自分はとりたてて特別な人間などではないことを悟る。それでも、人に何かを頼んだりねだったりしない習慣は、自分のなかにしっかり根付いていた。(72)

だが、豊かさに囲まれた都会のスラムでは、子どもたちが親を見くびるようになると感じていた。「いいブランドの服や車なんかを買ってやれないから」だ。(131)

 家の金を自分の自由に使えたら、iPodを買うのにな。アブドゥルは考えた。iPodというものがあることはミルチから聞いた。音楽に詳しくはなかったけれど、アブドゥルはその発想にひかれた。小さな装置から、自分の聞きたい音だけが聞ける。近所の雑音を遮断してくれる装置。(140)

 アッラーが本当にいるかどうかについて、アブドゥルは長いこと、いると言える合理的な証拠があるとすれば何だろうと考えてきた。心の奥深くでアッラーの存在を感じる、という確信がなかったからだ。その結果、こんな結論にたどりついた。「ぼくは他の人よりものごとを理解するのに時間がかかるんだと思う。でも頭のいい人たちはみんなアッラーを信じてる。導師も、アザーンを呼びかける人も、惜しみなくほどこしをする裕福なムスリムの人たちも。アッラーが本当にいなかったら、この人たちがそういうことをしたりお金を出したりするわけがないと思うんだ。そういう偉い人はお金をむだにしたりしないはずだから」だから、アッラーはいるんだと思う。自分がしてもいない罪で囚われたのも、アッラーはきっと何か理由があってそうされたのだろう。(191)

 マンモハン・シン首相はデリーからこの地を訪れ、困窮する農民に憂慮を示し、政府として救済策を講じると表明した。負債を抱えて家族が自殺に至った家には政府から補償金が出ることになり、個人の金融業者ではなく銀行から融資を受けた場合は、返済の延期や利子の免除ができる制度を立ち上げた。農村部の収入を引き上げるための大規模な計画も打ち出された。職のない農村民に対し、政府が公式に支援する仕事に年間一〇〇日間つけるようにする、というものだ。政府のねらいの一つは、これ以上農村民が畑を手放して、ムンバイをはじめとする都市に押し寄せるのを食い止めたいという点にあった。(207)

 自分にも人生がある、とスニールは思う。ひどい人生なのは間違いない。カルーの人生みたいにあんなふうに終わりを迎え、やがて忘れられるのかもしれない。スラムの外の人々にはどうでもいいことなのだから。それでも、駐車場の屋上で身を乗り出しながら、もっと身を乗り出したらどうなるだろうと考えたとき、ちっぽけな人生でもやはり自分にとっては大事な人生なのだと、スニールは思ったのだった。(285)

自分があまり前に進んでいないのを認めずに、成功することの定義をすり替えてきたのではないか。まわりがつまずくたびに、自分は少しだけ前に進んでいる気になってきた。(316)

 現実には、弱い者は自分たちが満たされないのは他の弱い者のせいだと責める。足を引っぱりあい、引きずり下ろす者もいる。〔略〕
 ムンバイで起きていることは、インド全体で起きていた。グローバル市場資本主義では、人々の希望や不満はあまり考慮されない。ともに苦境にあるという意識も薄くなる。そのため貧困層が結束して立ち上がることもない。わずかな、一時の利益をめぐって、貧しい者同士が必死に争いあう。スラムの片隅で起きるそうした争いは、社会全体のなかではわずかなさざ波にすぎない。富裕層が暮らす世界の扉はときおりがたがたと揺れる程度で、打ち破ることはできない。政治家たちは中流階級のことについては多弁になる。貧しい者は互いに罵りあい、世界じゅうの不平等な大都市はこうしてそれなりの平和を保ちつつ、営みを続けていく。
(332)


@研究室
[PR]

by no828 | 2014-11-29 20:53 | 人+本=体 | Comments(0)
2014年 11月 28日

この酒のできた年はどういう年だったか、年表を調べてみたんだ——開高健『ロマネ・コンティ・一九三五年』

c0131823_20184562.jpg開高健『ロマネ・コンティ・一九三五年——六つの短篇小説』文藝春秋(文春文庫)、2009年。34(857)


版元 → 
単行本は1978年に同春秋 1981年に文春文庫


 6つの短篇小説。1935年に世界で何があったのか、分野横断的に羅列されると結構衝撃があります。こういう羅列を、TBSラジオ「菊地成孔の粋な夜電波」のたしか前口上でしていたように記憶しています。あれは何年であったか。


「昨夜〔ゆうべ〕はウィスキーをひとったらしも飲まなかったけれど、ちょっと調べものをした。この酒のできた年はどういう年だったか、年表を調べてみたんだ。ぶどう酒というのは功徳がある。ほかの酒ではこういうことを思いつかないね。ここへメモを持ってきた。ちょっと読んでみようか」
「おもしろい」
「なかなかむつかしい年だよ。まず日本だがね。この年、昭和十年〔=一九三五年〕だが、美濃部達吉が天皇機関説のため不敬罪で告発された。左翼は袴田里見が検挙されて日本共産党中央委員会が壊滅する。『赤旗』が消えた。いっぽう大陸では支那駐屯軍が何応欽〔かおうきん〕に期限付通牒を発して、いわゆる梅津・何応欽協定が成立する。モスコーじゃジノヴィエフやカーメネフが裁判にかけられる。ナチスはヴェルサイユ条約の軍備制限条項を廃棄し、再軍備宣言だ。中国共産党が抗日統一戦線を提唱し、パリでは人民戦線が結成される。イタリアがエチオピアに侵入する。ヤスパースが『理性と実存』を書き、チャペックが『山椒魚戦争』を書いた。川端康成が『雪国』の第一回を書いたのもこの年だ。『夕景色の鏡』という短篇だ。石川達三の『蒼氓』が第一回の芥川賞になる。湯川秀樹が中間子理論を発表した。忠犬ハチ公が死んだ。おれは五つで、女中に手をひかれて花電車を見にいったり、その女中の手が霜焼でザラザラしてるのでトカゲの皮みたいだなといって、母にしかられてた
(184-5)


@研究室
[PR]

by no828 | 2014-11-28 20:26 | 人+本=体 | Comments(0)
2014年 11月 27日

あなたがたは聖書を持っています。だから自分で自分を治めなさい——三浦綾子『われ弱ければ』

c0131823_17362447.jpg三浦綾子『われ弱ければ——矢嶋楫子伝』小学館、1989年。33(856)


版元  * ただし、文庫


 矢嶋楫子(やじま かじこ 1833-1925)は、女子学院の初代院長であり、日本キリスト教婦人矯風会の創立者です。恥ずかしながら本書を読むまでその存在を知りませんでした。
 また、「女子学院」という名前は知っていたものの、どういう学校かは知らずにいました。いまでも都内近郊の私立学校はよくわかりません。

 本書は、その副題からも推察できるとおり、伝記です。矢嶋の生い立ちから女子学院に務めるようになって死ぬところまでが書かれています。

 良書です。教員を目指す人には読むことを強く勧めます。三浦綾子なら『銃口』も併せて勧めます。


 私は子供が好きで好きでたまらないというだけで、小学校教師になった。もし体力があるなら、今でも幼稚園や保育園の先生をしたいと思うほど、子供に対する思いは熱い。だが矢島楫子を調べていて、やみくもに子供が好きなだけで教師になってはならなかったと、つくづくと思った。むろん、やみくもに子供がかわいいというそんな感情は、教師にとって実に重要な部分ではあるが、「人間とは何か」をとらえることのできない教師であってはならないと、矢島楫子は気づかせてくれた。
 人間というものがいかなるものかわからずに、どうしてなにかを教えることができるだろう。第一、教えるということが、いったいどんなものであるかさえ、明確に知ることはむずかしいのだ。幼い子供を教えていても、その人間としての一生を洞察することが肝要なのだ。教師や母親は、いわゆる優しければよい、というぐらいのことでは、人間を育てることはできない。
 イギリス人の作家サマセット・モームは、
〈情愛深い母親をもった以上に、子供に悪い結果をもたらす不幸はない〉
 という鋭い警句を発している。この警句を理解できない母親や教師がいたとしたら、それは子供にのみならず、母親や教師にとっても、確かに大きな不幸であろう。愛は単なる情愛ではない。「愛は意志である」という言葉がある。矢島楫子こそはその意志的な愛をもった闊達な教育者であった。(6-7)

 この矢島楫子について、女子学院に学んだ九布白落実〔くぶしろ おちみ〕は、次のような一文を書いている。
〈当時、校長の矢嶋先生は口癖のように言われた。
あなたがたは聖書を持っています。だから自分で自分を治めなさい
 そして校内には規則というものはなかった。しかし私が入学して卒業するまでの七ヶ年に、校風を乱して処分された者はただ一人しかいなかった。それも生徒間で処罰して〔ママ〕後に教師にせまって処分したものであった〉
(7)

「校長先生、わたし、学校を……やめなければ……」
 しのぶは涙に言葉がつまった。楫子は父親の手紙をじっと読んでいたが、顔を上げてしのぶを見た。元来、楫子はあまり笑顔の多いほうではなかった。が、この時の楫子は、いまだかつて見せたことのない優しい笑顔をしのぶに向けて言った。
「あなた、お勉強はつづけたいのね」
 しのぶは大きくうなずいた。楫子はまた言った。
石川さん、ではやめなくてもよろしい。これからはね、お金が入っていてもいなくてもかまいませんから、袋だけは持っていらっしゃい。お父さんにはね、またお金が送られるようになった時に送ってくださいと、手紙を書いてあげなさい
(9)

 だが、もの言わぬ子供は、意外とものに感じやすい子供でもあるのだ。褒められてすごくうれしいと思う、なにかもらってほんとうにありがたいと思う。が、その思いは、なぜかぱっと顔には出ず、心の底の深い渕に、いったん沈めてしまう。傷ついた場合も同じである。疎外された淋しさも悲しさも、やはり渕の底に沈めてしまう。こうして悲しみも喜びも、じっくりと一人で味わうということがある。そんななかで耐えることを学んだり、人の心を凝視するという自分だけの世界が生まれ育ったりしていく。
 ふつう、いつもにこにこしていれば、誰もが心をひらいて愛してくれるのだろうが……。しかしここで、人は一つ見落としていることがある。口に出して言う者より、口に出さぬ感謝のほうが、時に深いこともあることを。声を上げて泣くことより、じっと耐えている悲しみのほうが深いかもしれぬということを。
(14)

「みなさんはこの話をなんとお聞きになりましたか。わたくしは、罪ある者には人を罰する資格がないと、学びました。罪のない者が人間のなかにいるはずはありません。残念ながらわれわれは、毎日神に背を向けながら歩みつづける罪人である。ただの一人として、罪を犯さずに生き得る人間はおりません。外の行いはともあれ、心のなかは情欲と放縦に満ちております。欺瞞と傲慢、怠惰と不従順に満ちております。かかる人間に、どうして人を審〔さば〕く資格がありましょうや。人を審き得るのは、実に神のみであります。
 ゆえにみなさん! われわれは人を審く時、それは神を審きの座より引きずりおろして、おのれがその座についているのであります。その罪深さをわたくしは深く思うのであります。
〔略〕最後にイエスは女に言い給うた。
われも汝を罰せじ、行け、この後ふたたび罪を犯すな
と。この言葉をわたくしたちの心に刻みつけようではありませんか」
 教会を出た楫子は、不思議な喜びに満たされていた。
(118-9)

「わたしは、罪の問題は、神の力に、神の愛にすがるより、しかたのないことだと思います。わたしたちの罪を代わりに負ってくださったキリストの十字架を、しっかりと見上げる以外に、守られる道はないと思います。わたしは生徒たちに、『あなたがたは聖書を持っています。だから自分で自分を治めなさい』と、口を開くたびに申しているわけです」
 教師たちは顔を見合わせた。
「考えてもごらんなさい。わたしたち人間は、規則があるから人を殺さないのですか。法律があるから泥棒をしないのですか。他に律せられれば罪を犯さないのですか。これは、人間として上等の生き方とは言えません。たとい法律になんと定められていようと。もし人間として、してはならぬことは絶対にしない。つまり善悪の判断は法律がするのではなく、わたしたちの良心がするべきではないでしょうか。神の愛に感じて、してはならないことはしない。またすべきことは断固としてする。そうした人間になるよう、わたしたちの学校は教育したいのです。聖書のない学校ではまた別でしょうが。校則は、学校にいる間、あるいは生徒たちを守るかもしれません。しかし生徒たちが大人になって、家庭の主婦になった時、一人で物事の判断もつけられぬ人間になっては困るのです。わたしは、一人で自由に外出もできないような人間に育てたくはありません。イエスさまが校長先生なら、校則をお作りになるでしょうかね
(159-60)

(貧富の差がただちに人間の運命に関わる……)
 それはこの矯風会の仕事に手を染めてから、幾度となく思わせられたことであった。遊郭に売られる女たちにも、貧しさがつきまとった。今見た幼い子守にも親の貧しさがつきまとっている。なんの不自由もなく学校に通って、勉強している生徒たちとは別世界に住んでいるのだ。
(人間はみな等しく神の子だ)
 つくづくと楫子はそう思った。だがその等しく神の子であるはずの子守たちの姿は、決して等しくはない。
(そうだ、あの子たちにも学ばせる機会を与えねばならない)
 子守は幼い命の守り手なのだ。尊い仕事なのだ。まずその自覚を与えたいと思う。子守には子守の、さまざまな心得があるはずだ。おむつの取り換え方、鼻のかませ方、汚物の扱い方、あいさつのしかた、簡単な看護法、読み書き算盤、話し方等、初歩的なものでも教えてやりたいと、切実に思った。
(178-9)

「矢嶋先生、教育というのは学問だけではありません。人間にとって何が大事かということを生活で覚える、これがミッションスクールの教育だと思います。人間は一人残らず同じ立場にあること、人間は神に仕立て上げられてはならないこと、それが大事だと思います」(192)


参考 文部省訓令第12号(明治32(1899)年8月3日)(宗教教育禁止令)
 一般ノ教育ヲシテ宗教外ニ特立セシムルノ件
 一般ノ教育ヲシテ宗教外に特立セシムルハ学政上最必要トス依テ官立公立学校及学科課程ニ関シ法令ノ規定アル学校ニ於テハ課程外タリトモ宗教上ノ教育ヲ施シ又ハ宗教上ノ儀式ヲ行フコトヲ許ササルヘシ

@研究室
[PR]

by no828 | 2014-11-27 17:50 | 人+本=体 | Comments(0)
2014年 11月 24日

書くのが苦しいのは、絶対に完璧な本なんて書けない、ということが最初から——川上未映子『六つの星星』

c0131823_1138374.jpg川上未映子『六つの星星——川上未映子対話集』文藝春秋(文春文庫)、2012年。32(855)


版元 
単行本は2010年に同春秋


 6人との対話、7つの対話。

 斎藤環
 福岡伸一
 松浦理英子
 穂村弘
 多和田葉子
 永井均(2回登場)

 強く深く長く共感するところが多かったです。


斎藤 インタヴューでも「体は脱げない」ということをおっしゃっていましたが、この感覚はやっぱり女性特有だと思うんです。〔略〕体に対する他者性みたいなものは男性には、実はあまりないんです。身体の自己所属感が強いので、放っておくと男性の身体はどんどん透明になってしまいます。運動して汗をかきたがる男性が多いのも、負荷をかけることで自分の身体を確認したい、ということもあるんでしょう。(11)

斎藤 絶望のさなかの幸福とか、決定論的世界における意志とか、価値の底が抜けた世界における倫理とか、そういう絶対的な逆説の可能性が彼〔ヴォネガット〕のテーマですね。「愛は負けても親切は勝つ」って名言は、そういう逆説を背景にしています。
川上 前に斎藤さんは、「川上さんの作品は哲学よりも精神分析のほうに相性がいいんじゃないか」っていうふうにおっしゃってましたね。
斎藤 はい。『乳と卵』の書評にそう書きました。〔略〕あるところまでは分析の考え方のパターンみたいなものを押さえておいたほうが、より哲学的な方向で追求できるんじゃないかなと思うんですよ。〔略〕精神分析と哲学で一番対極的なのが「性」の取り扱いです。極言すれば、哲学はほとんど性の問題を扱えない。性の私秘性は、普遍を志向する哲学とは相容れないからです。いっぽう精神分析は、あらゆることを性(関係)的な文脈で考える。
(36-8)

川上 書くのが苦しいのは、絶対に完璧な本なんて書けない、ということが最初から分かっているからなんですね。
斎藤 うわーっ、そうだったんですか。〔略〕カントの統制的理念じゃないけど、「完璧な本」という言葉だけにしても、そういう、あらかじめ実現不可能な理想があって、それが抑圧している感じですかね、そうすると。
(48-9)

 強く深く共感。


福岡 科学をやってきて非常によくわかったのは、科学は「Why なぜ」という疑問にはほとんど答えられないということです。「Why」は出発点としては大事なんですが、結果としては「How いかなる状態になっているか」ということを記述できるだけなんです。(66)

松浦 だけれども、私の不快感の根源はたぶん社会制度じゃなくて、やっぱり物理的な個体間の差異の問題なんですよ。そこから差別も生まれるし、逆に非常に豊かな、それこそ文学なんかも生まれるんですけれども、それも鑑みた上で、文学がなくてもいいから差異がない方がいい、というぐらいに思っちゃってるんです。たとえば人間ひとりひとりが違うから面白い、なんて言うのは、その人が恵まれているから言えるんじゃないかという疑いをもっているんですよ。はたして恵まれていない弱い者の前でそれが言えるのか、と。
川上 でも、差異がない状態というのは想像できますか?
松浦 無の世界であったりするんだろうけれど、それがなんか憧れなんですね。
川上 その憧れはわかります。私も西田幾多郎の言う「主語のない世界」を小説で表現できたら、なんて考えることがあります。
(110-1)

川上 評論家の石川忠司さんに、川上未映子の文章にマルが極端に少ないのは、完結して終わらせたくない絶対保留への意思である、といったことを書かれたのですが、あ、そういう側面もあるかも知れない、と素直に納得してしまいました。(118)

川上 多和田さんにとって、小説を書かせる原動力があるとしたら、それはいったい何なんでしょうか。
多和田 どうしても、ひとつ挙げるとすれば、前の小説を書いてしまったってことでしょうか。
(151)

 ずどーん。


川上 すべてのものは、ひとつのフォーマットに入ると、そのフォーマットのなかでのありようを強要されるのかなって。だから、プールの枠に入るとプールの水になって、それがコップだと飲み水になる。
 人間だってそうじゃないですか。人との関係性によるところが大きい。人を好きになるのに、「この人といる時の自分が好き」という言い方があるけれど、それって自分が今この形になっているのが心地よいってことですよね。そういう私にしてくれる関係性。反対に窮屈だと感じる関係性もある。文章がすごいと思うのは、そのフォーマットに入るだけじゃなくて、そのフォーマット自体までつくることができる可能性をもっている。
(165-6)

永井 だって人間は死ぬんだからね。しかも若死にする人だっていくらでもいるじゃないですか。そう考えると、殺すというのが最大の悪というのも不思議ですね(181)

永井 プレイヤーでない者として言っている、プレーヤーでないから言えるという、むしろその構造自体を示したいんです。アインジヒトは「自分はプレイヤーじゃないから、猫であって人間社会の一員でないから言えるんだ」と自分ではっきり言ってしまっているわけですが、本当はそのことを上手く示せたらいいのですけど。
川上 でもそこで言ってる「言える」っていうのは言うことが許されるってこと? can っていうこと? どっちですか。
永井 両方です。両方が重なるんです。
川上 can と、許されるに対応する英語がわからないけど、猫はその両方なのね。
(198)

 わたしもここに関心があり、考えています。


@研究室
[PR]

by no828 | 2014-11-24 11:51 | 人+本=体 | Comments(0)
2014年 11月 23日

11/17-11/23

 T塚駅Y浜方面。講義「教職概論」はプラトン『メノン』を手がかりに。
c0131823_1904998.jpg


 昼食はO戸屋「チキンかあ32定食」。右側真ん中は土鍋の取り皿。偶然かもしれませんが触ると温かく、必然だとしたらこれは気遣いです。
c0131823_192986.jpg


 O戸屋もクリスマスに参入。
c0131823_194044.jpg


 T木「教師論」はルソー『エミール』、「教育制度論」はロールズ『正義論』、M蔵境「教育原理」は「教師論」とは別観点からのルソー『エミール』。いずれも時間的に余裕なく写真なし。講義では、それが実践的・制度的内容であるとしても、もちろんその次元はその次元で解説しながらも、古典とされる書物にできるだけ触れようとしています。

 以下、Tくば。

 大学構内。ループ西側、三学からIの矢。
c0131823_196227.jpg


 これらを撮影したのは昨日土曜9時すぎ。S根先生が車でループを通り過ぎて駐車場へ入って行かれました。車体斜め後ろと背面を確認。ご本人を直接認識したわけではありませんが、あの車の形状とナンバーは間違いありません。わたしは車の形状とナンバーを割と覚えてしまうところがあり、“あ、この車は”ということが度々あります。
c0131823_196189.jpg

 
 T園。本日日曜はマラソン大会で構内車両(自転車含む)進入禁止のため、H大通りを自転車で北上して大学へ。T波技術大学の向かい辺り(陸上競技場付近)から構内へ入り、あとはペデストリアン。
c0131823_196881.jpg


 G園線。右。
c0131823_1973157.jpg


 G園線。左。
c0131823_1963791.jpg


@研究室
[PR]

by no828 | 2014-11-23 19:22 | 日日 | Comments(0)
2014年 11月 23日

『不幸な人たち』にこそ、もっとも人間らしい扱いが必要なのだ——ドストエフスキー『死の家の記録』

c0131823_167524.jpgフョードル・ドストエフスキー『死の家の記録』工藤精一郎訳、新潮社(新潮文庫)、1973年。31(854)


版元 → 
原著刊行は1862年


 人間への洞察。獄中記です。裏表紙の説明によりますと「思想犯として逮捕され、死刑を宣告されながら、刑の執行直前に恩赦によりシベリア流刑に処せられた著者の、四年間にわたる貴重な獄中の体験と見聞の記録」。

 今年の本は今年のうちに。アップロードと記録のペースを上げないと、また次の年へと持ち越しになってしまいます。


 わたしは数年のあいだこれらの人々の中に暮して、ほんの少しの悔恨の色も、犯した罪に対する毛筋ほどの呵責も、認めたこともなかったことと、彼らの大多数が心の中で自分はまったく正しいのだと思っているということは、もうまえに述べておいた。これはけっして嘘ではない。〔略〕あれだけ何年もいたら、せめて内心の憂愁や苦悩を実証するような、ちょっとした何か、ちらと走る陰影〔かげ〕だけでも、これらの心の中に認め、とらえることができたはずではないか。ところが、それがなかった、ほんとになかったのである。〔略〕社会に反逆した犯罪者が、社会を憎み、常に自分が正しく、社会がまちがっていると思いこんでいるのは、もちろんである。そのうえ、もう社会の罰を受けたのだから、それによって自分は浄められ、罪は清算されたのだと思っている。〔略〕わたしはただ監獄の中で、もっともおそろしい不自然な所業や、身の毛もよだつような人殺しの話が、どうにも抑えきれぬ、子供にしかないような明るい笑い声の中で語られるのを、聞いただけなのである。(24-5)

自分の知力の限り、能力の限りを注いで打込めるような、自分の特別のしごとをもたなければ、人間は監獄の中で生きてゆくことはできなかったろう。まったく、肉体も成熟し、生活力も強く、生きることを渇望しながら、無理やり社会と正常な生活から切りはなされて、否応なくこんなところへおしこめられた人たちが、いったいどうしたら、自分の意志と望みで、こんなところに正常にりっぱに住みつくことができよう? 無為という一つの理由からだけでも、まえには自分でも考えてもみなかったような、犯罪的な性格が育成されるかもしれない。労働と、合法的な正当な所有権がなければ、人間は生活することができず、堕落して、野獣と化してしまう。だから監獄の囚人たちは、自然の要求と一種の自己保存の気持から、それぞれ自分の手職やしごとをもつようになるのだった。長い夏の日はほとんど終日労役があって、短い夜にやっとわずかな眠りをとることができた。ところが冬は、規定によって、日が暮れると同時に、監房にはいらなければならなかった。長い退屈な冬の夜に、囚人たちはいったい何をしたらいいのだ? だから、ほとんどすべての監房が、禁じられてはいても、大きなしごと場に変ってしまうのだった。(26-7)

 わたしは監獄生活の最初の日に、ある事実を見てとったが、のちにそれがまちがっていなかったことを確信した。その事実というのは、囚人以外のすべての者は、だれであろうと、囚人たちにじかに接している、たとえば、看守や衛兵はむろんのこと、おしなべて、監獄生活に何らかの関係をもつすべての人々が——妙に誇張して彼らを見ているということである。まるで、囚人がいまにもナイフを振って彼らのだれかにとびかかりはしないかと、しょっちゅうびくびくしているようだ。ところが、何よりもおもしろいのは——囚人自身が、おそれられていることを知っていて、それが囚人たちに空元気のようなものをあたえているらしい、ということである。ところが、囚人たちにとってもいい役人は、じつは、彼らをおそれぬ人間なのである。(80)

ロシアじゅうのすべての囚人が知っていることだが、彼らにいちばん同情してくれるのは——医者である。医者はけっして囚人のあいだに差別をつけない。しかし、素朴な民衆をのぞいて、ほとんどの人々が心ならずも囚人をそういう色目で見るものである。民衆は、その罪がどんなにおそろしいものであっても、罪のゆえに囚人をけっして責めない、そして囚人が背負わされている罰と、不幸な境遇のゆえに、囚人を許しているのである。ロシアのすべての民衆が犯罪を不幸と呼び、罪を犯す者を不幸な人と呼んでいるのは、けっして偶然ではない。これは深い意味のある定義である。(83)

民衆は、監獄へはいるといっても、自分たちの社会へ来ると同じことであり、もしかしたら、監獄のほうがもっと発達した社会であるかもしれない。民衆は故郷、家族その他、もちろん、多くのものを失ったろうが、環境はそのままに残されている。教養ある人間は、法律によって民衆と同じ刑罰に服させられるが、精神的にははるかに多くのものを失う場合が多い。彼らは自分の中にあるいっさいの要求や、いっさいの習慣を圧殺して、足りないものだらけの環境にうつり、これまでとちがう空気を呼吸することをおぼえなければならない……これは——水中から砂の上に投げ上げられた魚のようなものである……だから法律によるとすべての人々に平等な刑罰が、しばしば彼らにとっては十倍も苦しいものになるのである。これは、犠牲にしなければならぬ物質的習慣だけを考えてみた場合でさえも……真実である。(101)

 作業がわたしを救い、わたしを健康にし、身体を強くしてくれるかもしれないと、わたしは感じていた。たえまない精神の不安、神経のいらだち、獄舎のすえた空気は、わたしを完全に破壊してしまうにちがいない。『なるべくひんぱんに戸外へ出て、毎日身体を疲労させ、重いものを運ぶけいこをすることだ——そして自分をだめにしないようにだけはしよう』とわたしは思った。『自分を鍛えて、丈夫な、元気な、たくましい、若い身体で監獄を出るのだ』。わたしはまちがっていなかった。労働と運動はわたしにひじょうに有益だった。(149)

 いったいに、人を見くだすようなぞんざいしさや、気色わるそうな態度は、下級の者をいらいらさせるものだ。囚人たちには給与をよくし、設備をよくし、万事法律どおりにしていれば、それで文句はないと考えている者にいる。これもまちがいである。身分がどうであろうと、どんなに虐げられた人間であろうと、だれでも、よしんば本能的にせよ、無意識にせよ、やはり自分の人格を尊重してもらいたいという気持があるのである。囚人は言われなくても自分が囚人で、世間から見すてられた人間であることは知っているし、上官に対する自分の立場も知っている、しかしどんな刻印、どんな足枷をもってしても、自分が人間であることを囚人に忘れさせることはできないのである。そして、囚人も実際に人間であるから、当然、人間なみに扱ってやらなければならない。おお、見よ! 人間らしい扱いは、いつか昔に神を忘れてしまったような者をさえ、人間にひきもどすことができるのである。こうした『不幸な人たち』にこそ、もっとも人間らしい扱いが必要なのだ。この救いこそ彼らの喜びなのである。(172)

なお、ついでに言っておくが、囚人に足枷をはめるのは、囚人が逃げないため、あるいは逃げるのをさまたげるため、ただそれだけのためなのだろうか? ぜんぜんちがう。足枷は——恥辱をあたえる一つの罰なのである、恥辱と苦痛、肉体と精神に加えられる罰なのである。すくなくともそう考えられている。(270)

何かの目的がなく、そしてその目的を目ざす意欲がなくては、人間は生きていられるものではない。目的と希望は失えば、人間はさびしさのあまりけだものと化してしまうことが珍しくない……わたしたち囚人全体の目的は自由であった、監獄から解放されることであった。(386)


@研究室
[PR]

by no828 | 2014-11-23 16:17 | 人+本=体 | Comments(0)
2014年 11月 21日

自分で考えた価値観を自分の責任において遂行するだけのこと——川上未映子『オモロマンティック・ボム!』

c0131823_1934511.jpg川上未映子『オモロマンティック・ボム!』新潮社(新潮文庫)、2012年。30(853)


版元 → 
単行本は2010年に同社、原題は『夏の入り口、模様の出口』。題名が異なるので別の本だと思い、単行本も文庫もどちらも買ってしまいました(ただし、古本屋で)。文庫のあとに単行本を手に取り、読みはじめたら既読感に急襲されました。


 コラムです。裏表紙に「いろんな視点で眺めれば、日常が隠す不思議の種は、みるみる哲学に育つ」とありまして、たしかに、「哲学に育つ」、なるほど、と思いました。


 できる限り世界には客観性をもって臨みたいけど「わかってしまう」のあの不思議。無根拠ゆえの絶対感。なむー。(「ピッコン!」13)

 哲学的思考は倫理学のそれとは違って、好き嫌いや情念は関係なく「そうとしか考えられない」という意味での「真理」を目指す運動でもあって、それゆえにときには社会道徳と相反する価値観を導くことももちろんある。だからこそ、こんなふうに自分の頭で問いをたてて考えをすすめてゆくセンスが決定的に欠如しながら単に調子だけはいいという人を勢いづけ、じつは論理的思考とはまったく関係のない「情念の部分」に都合良く機能してしまう側面もあってしまう。残念だけどこれも事実なので仕方がない。(「おめでたい人」34)

いわゆる「悪」とされるものの根拠に本気で迫りたいのならば、彼はなぜ殺したか、ではなく、我々はなぜ殺せないか、という側面から語られる言葉もおなじように準備するべきである。(「おめでたい人」35)

 世間は手を替え品を替え物語を用意して、最近は「言い切る」かたちで捏造して煽ってくるけど、お待ちください。この人生の主導権はいつだってこっちにあるのだからそういった物言いはすべて堂々と無視する力をもちたいものだ。自立なんてのはお金を持つことでも独立して新しい家族をもつことでも世間の感情に自分の感情をすり寄せることでもなくて自分で考えた価値観を自分の責任において遂行するだけのことなのだった。その意味において自分の好きなように生きてよいのが人生だから、まあときどきは、チョコなどを食べてがんばろう。(「2月、飛躍するチョコレート」148)


@研究室
[PR]

by no828 | 2014-11-21 19:40 | 人+本=体 | Comments(0)
2014年 11月 20日

風で黄色がなくなる前の

 先週の学内の風景。風が強く、紅葉が落ちる前に、とループを(ほぼ)1周散歩しながら写真を撮りました。

 大学会館前
c0131823_17585533.jpg


 H砂 or 陸上競技場
c0131823_17593816.jpg


 D棟前(目線は上)
c0131823_1759434.jpg


 D棟前(目線は下)
c0131823_17592315.jpg


 合宿所前(写真中央に名峰)
c0131823_1801342.jpg



@研究室
[PR]

by no828 | 2014-11-20 18:04 | 日日 | Comments(0)
2014年 11月 20日

名誉教授は教授ではない。一日警察署長が警察署長ではなく、東京都が京都ではなく——土屋賢二『不要家族』

c0131823_17393219.jpg土屋賢二『不要家族』文藝春秋(文春文庫)、2013年。29(852)

版元 → 
文庫オリジナル

 教授を退職後の名誉教授の哲学エッセイ。

 院生に成り立ての頃に土屋賢二の本に出会いました(と記憶しています)。「論理」はこの人——のエッセイ——から学んだところ大です。あの頃の吸収力はもうないかもしれない、と感じる今日この頃です。


 名誉教授は教授とは大きく違う。給料も出ず、研究室もなく、授業する資格も授業を受ける資格も教授会に出席する資格も欠席する資格もない。ちょうど「済」というスタンプを押されるようなものだ。
 だから名誉教授は教授ではない。一日警察署長が警察署長ではなく、東京都が京都ではなく、ゴキブリがブリではなく、イギリスが酢ではなく、ブラジルが汁ではないのと同じだ。
(「品のいい名乗り方」79)

 退職時に研究室と助手室の鍵を大学に返却した。これでわたしのいられる空間が地球上から十数平米減ったことになる。だが、何事にも明るい面がある。持ち歩く鍵が二本減る。〔略〕これからは家の鍵を一本だけ持ち歩けばいい。だが、何事にも暗い面もある。妻が無断で家の鍵を変えたら、寝るところがない。無断で鍵を変える可能性がゼロでないところに、現代社会の問題がある。(「かごの外の小鳥」95)

 こういう大学での経験のおかげで、何事についても「これが絶対」ということはなく、いま自分がもっている価値観が多くの中の一つにすぎないと思えるようになった。そしてどんなに真剣になっても「これは大したことではない」とどこかで考えるようになった。
 どんな苦しい状況に置かれても「大したことではない」という見方をいつでも取ることができるという資質は貴重ではなかろうか。この資質は苦難を笑い飛ばすユーモア精神と通じるところがある。そしてさらに「教養」にも通じているとわたしは思う。
 わたしの独断では、教養は知識ではない〔略〕。むしろ教養は、ものの見方に関わる。ものの見方がどれだけ幅広いか、どれだけ自由か、どれだけ多様な状況に対応できるか、どれだけ自分を相対化できるか、それを決めるのが教養ではないかと思うのだ。
(「教養の教え方」109)

 わたしが子どものころ読んだ童話には無欲な老人と欲深な老人がよく登場して、最終的には無欲な老人が高価な物を手に入れるという結末になっていた。それを読んで育ったわれわれの世代は、無欲な老人になれば大金を手に入れられるという教訓を学んだものだ。(「最近の若者へ」115)

 考えてみると、どんな出来事も、一人の人間の力で起こるわけではない。もしカバン屋が倒産していたら、わたしは買わなかったはずだから、倒産しなかったカバン屋にも責任があるとは言えないだろうか。もし一週間前に診てもらった医者が誤診してわたしを入院させていたら、カバンを買わなかっただろうから、誤診しなかった医者にも責任があるとは言えないだろうか。同様に、電車を不通にしなかった運転士、金を持ち歩くのを許した妻にも責任があるのではないか。
 これらの問題はあるが、人類は不完全ながらも責任の概念を作り上げ、その気になれば、何にでも責任を感じることも可能になった。夫が浮気した責任が自分にあると思って苦しむ妻もいる。中東紛争やアフリカの子どもの不幸を見て、何も行動を起こさなかったことに責任を感じることもできる。これでは責任の重さに耐えられなくなるところだが、人間は賢いのか愚かなのか分からない。責任の概念を作るだけでなく、責任回避の方法も作り上げたのである。
(「責任の概念の不完全性」130)

 責任を問うならなぜもっと厳密に問わないのか。「お前のせいだ」と言うが、その「お前」とは何か。わたしは細胞の集まりである。細胞の一つ一つに罪はない。カバンを買った責任は胃の細胞にはない。あるとすれば脳の一部の細胞だろうが、その責任を問うなら、『ベニスの商人』のように、他の細胞には一切の影響を与えることなく、その脳細胞だけを罰してもらいたい。
 厳密に言えば、その脳細胞の状態は、それに先立つ諸要因の結果だから、最終責任は他にある。それを正確に追求してほしい。
 さらに、カバンを買った責任はわたしというよりは、わたしの軽率さにある。責めるなら、わたし本人ではなく軽率さという性質を責めてもらいたい。〔略〕
 カバンを買うのだって、さかのぼれば、たぶん親からの遺伝の影響だ。責めるなら親から受け継いだDNAを責めてもらいたい〔略〕。このDNAの塩基配列に責任があるのだ。この化学構造そのものに責任を問うてもらいたい。
 こう言うと、責任を追求する者は「こうやって追求するのもDNAのせいだ」と応じるだろう。
(「責任を回避する新しい方法」133)

新聞は、民意を反映しろと言う一方で、ときどき政治のやり方をポピュリズム(大衆迎合)だといって批判することもある。民意の尊重大衆迎合はどこが違うのか。分からないことだらけだ。(「民意とは何か」138-9)


@研究室
[PR]

by no828 | 2014-11-20 17:52 | 人+本=体 | Comments(0)